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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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934 黒い労働

「はいはい落ち着いてっ、落ち着いて下さいっ!」


『ウォォォォッ!』


「ダメだなこりゃ、いっそアレか、あの犯罪者ギルドの連中、全部処分するかもう」


「やめておくのじゃ、確かにこのままじゃ収まらぬが、かといってこれ以上火種を作るのは良くない」


「そうだぞ主殿、ここはこちらが冷静になって、呼び掛けを続けるんだ、落ち着いて下さいっ! 落ち着いて下さいっ!」



 単に中級魔族の馬鹿と、それからチンピラだの何だのを処刑する、本当にちょっとしたイベントであったはずの今回。


 最後の『野菜に関する注意喚起』によって、食料供給を絶たれつつあった王都の人々が、よりにもよって犯罪者ギルドなどという連中に扇動されてしまうこととなった。


 朝の早い時間帯ではあるが、集まっている民衆の数は300程度、そのうち20から30程度が、その犯罪者ギルドの仕込んだサクラという状態である。


 もちろんこの場で俺達が手出し出来ない、しようがないということを確信し、こちらからの呼び掛けに対してさらに声を張り上げ、自分達の主張で場を包み込もうと画策している様子だ。


 この鬱陶しい連中にどう対処していくか、ここでの行動がこれからの空気感を作ることは確実なのだが……状況的にどうしようもないな、こちらもサクラを用意しておけば良かったのだが、そんなこと、最初の段階で敵の動きに気付いていなくてはどうしようもないのである。



『え~っ、ひとまずこの場は解散としますっ! この後、本日も王都北門に敵が攻め寄せるかと思われますので、どうかそちらには近付かないよう願いますっ!』


『それは国のせいだっ!』

『政治が悪いんだよ政治がっ!』

『戦争反対! 直ちに降伏をっ!』


『解散しない場合は排除しますっ! その際に負う怪我などについては、国としては一切補償致しかねますのでっ!』


『横暴だぁぁぁっ!』

『権力乱用反対!』

『王都死ねっ!』


『・・・・・・・・・・』



 黙って解散して行く人間が大半のようだが、やはり一部の連中は叫ぶ犯罪者共に流され、その場に留まって抗議を始めている。


 かつて王都が魔王軍によって制圧された際、こういう話に乗っかってしまうような連中はほとんど排除されたはずなのだが……その事件より先に、新しく王都入りした連中が原因となっているのかも知れないな。


 王都は国の首都であり、日々様々な人間が流入しているのだから仕方ない、その中には無能で馬鹿で、それこそ陰謀論などをガチで信じ込んでしまうような奴も、少なからず存在はしているのだから。



「困ったな、これで犯罪者ギルドに協力してしまいそうな輩が……50人は増えたんじゃないのか? このままこんなことをされ続けたらどうなるかって話だ」


「……いや、だが主殿、これは根本的な理由、食料不足があるからであって、それを解消してしまえばまた元通り……にはならないと思うが、一時的に不満を抑え込むことぐらいは出来るのかも知れないぞ」


「なるほど、そうやって不満を解消しつつ、来るべき日、俺達が大勝利を飾って、様々な利益をここにもたらすその日を待つってことか、やってみるしかなさそうだな、おいババァ、どうだ?」


「うむ、では少し考えるが、それと同時並行して、おぬしらは魔王軍がしている王都への干渉、攻撃ルートを潰していくのじゃ、もちろん昼の戦いにも参加しつつな」


「……俺も犯罪者ギルドに入ろうかな、向こうはホワイトかも知れんし」


「とても勇者とは思えぬ発言じゃの……」



 何だかんだと言いつつ、俺はこの先どう立ち回るべきなのかについて考えを巡らせた。

 まずは昼間、王都北門に押し寄せる敵への対処、これは適当にやっているわけにはいかない、何といっても俺達の経験値稼ぎを兼ねているためだ。


 本日これからのように、俺やジェシカなどの徹夜組については少し力を抜いてやらないとどうしようもないのだが、そうでない場合にはそれこそ張り切って、『良い戦いと正しい経験値稼ぎ』をしなくてはならないのである。


 経験値を稼ぐには戦いへの参加が必須だし、参加したとしてもサボっていればまるで意味がない、とにかく敵をどうこうして、効率良くブチ殺していく『経験』をしなくてはならないということ。


 そしてそんな戦いを毎日しつつ、おそらく魔王軍からの援助を受けていると思しき犯罪者ギルドを捜査、中の悪い奴等……というか悪い奴等の集合体であることが明らかなのだが、とにかくそれへの対処をしなくてはならない。


 もちろんその任務については夜の時間帯だ、きっと昼間はシャッターが閉まっているのであろう犯罪者ギルドは、夕暮れと共に動き出し、多くの犯罪者、半端者で賑わうのだから……



「……それで、来週からは副魔王が動き出すってことよね、最悪なことに」


「そういうことだ、つまり、俺達はその犯罪者ギルド案件だな、それを今週中にどうにか終えないとならないってことだ、いけるのかコレ?」


「やるしかないだろう、で、今日はもう北門へ移動しないとならない時間だ、犯罪者ギルドに流された馬鹿な連中については、今憲兵が職質して任意同行を求めているから大丈夫だろう」


「だな、じゃあとりあえずそっちへ移動しようか……以上に疲れ切っているがな……」



 すっかり朝になってしまった王都、先程の騒ぎを知っている者も知らない者も、今日という日の生活を始めるべく動き出し、夜勤の連中はとっくに帰って布団の中という時間帯。


 俺達はそんな中を、王宮で借りた馬車に揺られて……寝ていたらすぐに北門へ到着してしまった、もう少し寝られると思ったのに一瞬だな。


 で、やはり昨日同様、既にやる気満々の冒険者だの兵士だのが集合している状態の王都北門。

 昨日は4人パーティーであった冒険者のチームが、3人と棺桶ひとつになっていたりするが気にしない。


 というか空気感が違いすぎて付いていくことが出来ない、他の連中は元気一杯の様子であり、対して俺やジェシカはやつれ、精霊様もあくびをしているような状態なのだ。



「ふぁ~っ、さてと、私達はちょっと休憩していて良いのよね、作戦本部へ向かいましょ」


「まぁちょっと待て精霊様、他の仲間は……居た、ちょっとマーサに用があるんだ」


「マーサちゃんに? あ、あぁ、野菜のことね」


「その通り、マーサは一応『王都野菜評議会』とかいう天下り是金無駄遣い団体の参与だか何だかだったからな、今までに活動しているのを見たことがないが」


「名義貸しだけってことね、でも今はその名義が重要になってくるかもしれないと」


「あぁそうだ、おぉ~いっ!」


「……あっ、3人が帰って来たわよ……徹夜かしら?」



 こちらの呼び掛けに対し、やはり耳の良いマーサは真っ先に気が付く、ちなみにカレンは半分寝ているので振り向きもしない。


 で、他のメンバー全員でこちらへと駆け寄り、まずは報告を聞こうと口々に話し掛けてきた。

 だがそれに構っている暇はそんなにない、ひとまずマーサだけを前に出し、今までのことについて要約を伝えることとしよう……



「……と、そういうわけでかくかくしかじかなんだよ、わかったか?」


「シカ? カクカクのシカなの?」


「そのワードは拾わなくて良いから、とにかく理解したな?」


「ええ、バッチリよ」


「いやホントかよ……」



 毎度毎度信用ならない返答なのだが、とにかく昼の戦闘後、王都の中で野菜についての協議を行うということぐらいはわかったことであろう。


 その後の犯罪者ギルド捜査にも参加させれば良いし、本人がこの面倒臭さについてイマイチ認識していないということは、実は凄くプラスの作用をもたらす要因だ。


 で、もちろん野菜だけでなく、今の王都には肉類も不足しているという事実がある。

 北は魔王城、西は副魔王のせいで危険につき立ち入り禁止、つまり『肉類』を狩る場所が半分以下ということ。


 おそらく王都内で供給される食肉は、これまで大半が王都北の森、今では『魔王城北の森』となってしまった場所で狩られていたということを考えると、現時点における王都の肉事情はかなり切迫した状態だ。


 昨日の夕方には肉屋の軒先で食事を摂ったのだが、その際にもかなりの人数が、これまでとは比べ物にならないぐらい買い物をしに来ていたからな。


 このままだとドライブスルー専門店も危ないのではなかろうか、そんな状況に陥る前に、こちらもどうにか救済していかなくてはならないのだが……とにかく今は野菜の方だ、こちらはむしろどうにか出来そうであり、ついでに言うと危機的状況の進行具合が肉よりも上回っているのだから……



「で、勇者様達3人はこれからどうするんですか?」


「ん? あぁ、もう本部に引き籠って寝ることにするよ、何かあったら起こしてくれ、あと夕方、少し早く屋敷へ戻って風呂に入るからそのつもりで」


「自由ですね、まぁ、そんなに寝てはいられないと思うんですが……と、そろそろ配置に着かなくちゃならない時間です、行って来ますね」


「は~い、いってらっしゃ~い」



 戦闘に参加する仲間は既に移動を始め、最後まで残ってこちらの報告を聞いていたミラも、そのまま前に出て行くということで去ってしまった。


 俺とジェシカ、精霊様の3人は、そのまま作戦本部へと引っ込んで、ひとまず仮眠を取ることとして中へ入った、入ったのだが……実に狭苦しいではないか、あと人が多い……



 ※※※



「はいおやすみなさい、おやすみなさい皆様」


『ガヤガヤ……ザワザワ……』


「えっと、おやすみなさい、おやすみ……出て行けやオラァァァッ!」


『ザワッ!』


「・・・・・・・・・・」



 とにかく人が多い作戦本部、一体誰が何をしていて、どうしてこんな人数が必要なのか、それは不明である。

 まぁ、給料ドロボウが大半か、自ら戦うわけでもなしに、単にここで無為な時間を過ごしているのであろう。


 先程から気になっていた近くのおっさんも、デスクに座ったまま引き出しを開けたり閉めたり、ときに万年筆のような筆記用具を取り出してみたり、とても仕事をしている最中とは思えない状況だ。


 こういう連中を大幅に削減、もちろん『クビ』ではなく物理的に首を落としてしまえば、王国や王都の財政も少しはどうにかなるのではなかろうかと、そう思いつつ、我慢して目を閉じておく。


 どうして勇者様たるこの俺様が、こんな雑兵のような寝方をしなくてはならないのか、それについては後に抗議するとして、さすがに眠さの方が勝ってきた……と、ここでやかましそうな奴が本部入りする……



「敵主力部隊! 行軍を開始しましたぁぁぁっ!」


「うるせぇ、もう少し静かに報告しろよな」


「すやせんっしたぁぁぁっ! 以後気を付けまぁぁぁすっ!」


「殺すぞテメェまじで……」



 最初の安眠妨害はそのやかましい兵士、次に敵との戦闘が開始された旨を伝える兵士、そしてその後、度々戦況を報告しに来る兵士や、有名な冒険者の戦死等を報告しに来る兵士。


 そういった現場の連中は気合十分、大きな声でハキハキと情報を伝えるのだが、俺達にとってはそれが迷惑で仕方ない。


 そして作戦本部内の『働かない、居るだけおじさん』達にとっても、その報告は単にうるさいだけの、どうでも良いことのような感じだ。


 しかし今日はやけに戦死報告が多いようだな、基本的に知らない奴ばかりであり、俺が名前を知っているような人間がこの場で果てることはないのだが、それにしても……と、横でジェシカも体を起こした、やはり気になったのであろうか……



「……う~む、主殿、何だか今日はやけに忙しいようだぞ」


「報告に来る連中ばっかりな、全くやかましいぜ」


「しかしこれは少し……様子を見に行くべきではないか? 緊急事態だが、こちらに報告を入れる暇もないとかそういう状態なんじゃ……」


「……ダルい」


「いや、起きて欲しい、精霊様も……起こすのは危険そうだな」


「あぁ、機嫌を損ねたらこの作戦本部はおろか、王都軍の壊滅に繋がる事態が生じかねない」



 熟睡し、そのまま浮かび上がって天井に貼り付いてしまっている精霊様、起こすのが忍びないとかそういうことではなく、単に危険であるということだ。


 というかよくもまぁこんな状況で寝られるなと感心しつつ、俺とジェシカは2人で起き上がり、作戦本部を出た……うむ、異様な光景が広がっているではないか。


 昨日は普通の野菜系魔物と、それから後方の巨大野菜が暴れ狂っているのみであったのだが、今日は違う。

 巨大野菜、とまではいかないが、その4分の1程度のサイズの魔物が、前衛に出てこちらの兵を殺戮しているのだ。


 魔物とはいえそこそこ強い様子であり、これでは多少腕が立つ冒険者であっても、場合によっては敗北してしまうようなことがあるかも知れない。


 というか実際、今見ただけで3人の駆け出しでない、少しまともな格好をしたおっさんが殺害されているのを目撃してしまった。


 すぐに動いたジェシカと、それに釣られるようにして行動を始めた俺が、2人で目に付く『中サイズ野菜』を始末していく。


 もちろんそれでは足りないし、範囲攻撃によって一気に討伐しなくてはならないのが明らかなのだが、セラやユリナは……戦線の前の方で動いているのか、そちらはこの中サイズだけでなく、ジャンボサイズの方もかなりの数だ。


 さすがにこちらを気に掛けている暇もないか、ここは俺とジェシカ、2人でどうにか対応する以外になさそうな雰囲気である……



「オラァァァッ! 死ねやボケェェェッ!」


『ギャァァァッ!』


「ケッ、野菜の分際で断末魔なんぞ、人間に転生してからやれってんだこのクソが」


「主殿、魔物の死体に話し掛けていないで、もっと頑張って討伐するんだ、チマチマやっていたらキリがないぞ」


「面倒臭いとはこのことを言うんだな、あ、向こうで襲われている冒険者が……手遅れみたいだ、放っておこう」


「いや、本気でもう少し頑張ってくれ……」



 俺は聖棒で、ジェシカは剣を用いて野菜の魔物(中サイズ)を薙ぎ払っていく、薙ぎ払っていくのだが……そこら中の兵士や冒険者が邪魔で、広範囲に影響を及ぼす一撃を出すことが出来ないでいる。


 もう少し避難してくれたり、もっと別の場所に移動して、固まって戦ってくれれば良いのだが……まぁ、殺られながらも気合十分の冒険者達には、俺達の気持ちなど届くことはないであろうな。


 で、結局多数の犠牲者を出しつつその日の戦いは終了、徐々に日が傾き始めた頃に、前線で戦っていた仲間達がこちらへ戻って来る。


 結局精霊様は起きて来なかったようだな、昼間シッカリと寝た分、これから先は物凄く頑張って貰わなくてはならないのだが……あの女にはそれも通用しないか。


 それで後方、俺とジェシカが戦っていた辺りの惨状を目の当たりにした仲間達、筋肉団の連中、それからその他の王都主力部隊は驚いた様子である。


 強敵は後ろから、わけのわからないビーム攻撃をするのみだと思っていたのか、まさか中サイズの魔物が、こんな場所にまで食い込んで弱い兵員を殺戮していたとは思わなかったのであろう……



「……これはそこそこに酷いですね、王女としていたたまれない気持ちになりました、あとお腹が空きましたね」


「いたたまれない気持ち、もっと大事にしろよなマリエル……で、今日これからの予定なんだが……セラ、逃げるんじゃない、ルビアもだ」


『へ~い……』



 この後、夜の作戦に参加するメンバーは先に帰宅、風呂に入ってその前段階、野菜評議会の会議に出席することが決まっている。


 開始時間まであまりないな、すぐに戻って準備をして、そのまま夜の戦いに出られるようにしてから出立しよう……



 ※※※



「あ~っ、ねみ~っ、死ぬ~っ」


「こらそこ、勝手に死なない、今は王都台所事情の一大事なのですぞ」


「うっせぇなハゲ、殺すぞテメェマジで」


「なんと態度の悪い男なのだ勇者というのは……」



 これからの王都に対する野菜供給につき、無駄な机上の空論を挙げ、ペラペラと喋り続けるクソジジィ共、リアルに殺してやりたいところだが、今はその元気がないので明日にしよう。


 で、結局有効そうなのは、野菜に関する話で生き生きとしているマーサが提案し、同じ草食系魔族であり、元から頭の良いマトンが支持した『王都内急速野菜育成作戦』のみであった。


 これは王都内の余った土地を全て畑に、農地に切り替え、貧民から貴族まで、手の空いている者は全て農作業に駆り出すという、実に画期的な作戦だ。


 もちろん農地への移動を拒否した者は死刑、インテリも死刑、眼鏡を掛けていると、手が綺麗な奴は……などという、どこかの世界の大馬鹿者がやってのけたような政策ではないが、ある程度の強制力を持たせて進めていくことが肝心である。


 俺としてはあの欲張り総務大臣ババァに、その辺のおばあちゃんの格好をさせて、腰が曲がったまま二度と元に戻らなくなるまで労働させてやりたいし、駄王に至っては農作業など出来そうもないので、ミンチにして肥料として使ってやりたいところ。


 まぁそう上手くはいかないのであろうが、やいのやいのと言い続けるジジィ共は黙らせ、マーサの作戦を採択、直ちに実行に移すよう、今創造した『大勇者様権限』をもって命じてやった。


 さて、これに関してはまた明日以降、開始してから修正を掛けていくべき案件であるとして、そろそろ夜の帳が降りるため、次の行動に出るべく移動しなくてはならない……



「はぁ~っ、さて、行くとしようかさらなるブラック労働の場へ」


「勇者様、その言い方は余計に疲れるからやめなさい、とにかく犯罪者ギルドだっけ? それを叩きのめしに行くのよね?」


「あぁ、だがいきなり攻撃するもんじゃない、地道に調査を進めて、魔王軍との関係とかそういったものを確実にしてから踏み込むんだ」


「案外簡単にボロが出そうだけど……」



 楽観視するセラは良い性格の持ち主だ、とにかく今夜のミッション、『王都犯罪者ギルドの捜査』についても、引き続き寝てしまわないよう頑張っていくこととしよう……

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