933 地味に
「なるほど、そういう感じで敵が王都内に、『魔物の種』となり得る野菜を搬入していた、いやさせていたというわけじゃの」
「そうなんだよ、で、その卸業者らしい奴は中級魔族だそうで、一般の兵士じゃまるで太刀打ち出来ないからな、俺達か、それに類する力を持った奴が出向かなきゃならん、どうする?」
「どうするもこうするも、野菜を卸すのは早朝じゃて、おぬしらが早起きして行けば良いであろう?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、もう深夜だぞ、寝る暇もないじゃねぇか」
「わしはもうちゃんと寝て、先程起きて出勤したところじゃからの、問題はないが?」
「年寄りと一緒にすんじゃねぇよ、こっちは若々しいんだよっ」
怪しい店で野菜を没収した後、購入者の生き残りであるチンピラと、それから販売者であったタトゥー商人は外の衛兵に預け、どうせ居るであろうと思っていたババァ総務大臣を訪ねて王宮へやって来た俺達。
と言っても来ているのは俺とジェシカ、精霊様の3人のみ、他は疲れたと言って屋敷へ戻ってしまったし、そろそろ寝静まった頃であろう。
で、その場で早朝の、もう本当にすぐの『一般的に仕入をする時間』において、俺達がその卸業者である中級魔族をどうにかしろという要請なのだが……さすがにブラックすぎる。
もう起床してから20時間以上が経過し、精霊様以外はヘロヘロの状態であって、その卸業者討伐作戦の後も、普通に王都北門付近での戦い、そしてそのまま次の夜警に移行と。
これは訴えれば容易に勝てるレベルのブラックさであり、健康に支障を来してもおかしくない活動だ。
どうにか誰かに代わって貰わなくてはならないのだが……いや、むしろ昼の戦いをどうにかさせてみようか……
「なぁババァ、今から俺達3人でその卸業者を殺しに行くからさ、その代わり、昼の戦いについては寝てても良いか? 現場には出るからさ、本部にバカンスチェアでも持ち込んで、そこでゆっくりさせて貰う、良いな?」
「即応体制を取るというのであればそれで構わぬぞ、まぁ、何かトラブルが起こったときだけ動いてくれるというのであれば、それで手を打ってやるということじゃ」
「わかった、じゃあそういうことで決まりだな、ジェシカ、精霊様、すまんがもう少し付き合ってくれ」
『うぇ~い……』
頭の先から足の先まで、もちろん腹の中も漆黒に染まったブラックババァの要請に基づき、俺達はその足で王宮から王都東門へと移動する。
しかも前を歩いているのはクソを漏らしたチンピラ2匹と、クソは漏らしていないが不快な見た目の屋台商人という、まるで地獄のような状況でだ。
腹いせにチンピラの片方でも殺そうかと思ったのだが、そうすると殺すわけにはいかない、この屋台商人も恐怖でクソを漏らす結果となるであろう。
そうなれば本末転倒というやつだ、俺達は最低でもクソを漏らした馬鹿を2匹、夜道を連れて歩かなくてはならないということなのである。
で、王都東門から出た俺達は、そのまましばらく道なりに進み、適当なところで道を逸れて草原の中を進む。
春めいてきた草原ではあるが、夜であるため冷たく、まるで冬のように静まり返っている。
そんな中をジェシカと精霊様と3人で、ついでにクソ野郎2匹と物理的には非クソ野郎であるが内部的にはクソ野郎である1匹を伴っての行軍である、俺もクソが漏れてしまいそうなぐらい不快だ。
……と、前方、遥か先に何者かの気配を感じるな、魔王軍が侵攻して来ているこの状況において、普通の奴が、こんな夜中に王都を目指しているとは思えない。
きっと今察知した何者かが、あのわけのわからないヤバめの野菜を王都に持ち込もうとした犯人、魔王軍に所属している中級魔族に違いない……
「おい隠れろっ、お前等は臭いからちょっとどっか行け、てか死ね……で、この先、ほらチラッと明かりが見えただろう? あの場所に居るのが例の中級魔族か?」
「ちょ、ちょっと見えませんが、昨日もあそこの辺りだったと思います、雰囲気的にもたぶんそうかと」
「おう、じゃあちょっと近付くから、ジェシカ、一緒に来てくれ、精霊様はそのウ〇コをふたつ、逃げないように監視しておいてくれ」
「わかったわ、殺してしまっても良いのかしら?」
「構わんが、殺すなら散々苦しめてからにしてやってくれよ、何か顔がムカつくからな」
『ひぃぃぃっ!』
「騒ぐんじゃないわよ、静かにしていないと本当に虐殺するわよっ」
『へ、へいっ』
確認のため、野原を低い姿勢で進んで行く俺とジェシカ、そして道へ出て、普通にその中級魔族らしき影に接近していく屋台商人。
手ぶらだが、ある程度の買い物を出来るだけの用意があるように装わせる感じで命令を出してあるし、昨日と同じ魔族であれば、また同じ奴が来たなぐらいにしか思われないであろう。
と、コンタクトを取ったようだ、俺達から見えるのはぼんやりした明かりに映る変な肌色の牙だの角だのを生やした魔族、それと会話する屋台商人の姿である。
しかし何やら雰囲気がおかしいな、昨日と同じ感じで買い物をするはずなのに、何やら胸ぐらを掴まれて脅されているような感じだ……いや、誤解が解けたか、殺されずに解放されたな。
「主殿、私達も行こう、あの魔族が牽いているリヤカー、あのヤバそうな野菜が大量に詰まれているぞ」
「あぁ、もうアタリで間違いなさそうだ、ちょっと行ってみようか」
確認は取れたため、俺とジェシカも接近し、中級魔族とコンタクトを取ることに決めた。
立ち上がり、普通に歩み寄るのだが、奴がこちらに気付く様子はない、というか別のことに気が行っているようだ。
すぐ後ろまで行き、まずは普通に話し掛けるところから始めていこう……
「おいオラァァァッ! テメェオラァァァッ! 誰に断ってここで商売しとんじゃボケェェェッ!」
『うわっ? なっ、何だ貴様はっ……人族……だな、俺様が魔族だと知ってそのようなことを言っているのか?』
「はぁ? お前俺のこと知らないとかどこの田舎もんだよ、てかよ、昨日もここで商売してたんだってな、そのことはもう、俺達が雇用したこのスパイによって明らかだぜ」
『何だとっ? 貴様、人族の軍のスパイだったのかっ?』
「ひぃぃぃっ! ちっ、違うっ、俺はスパイじゃねぇし、昨日の魔族はコイツとは全然違うっ!」
「……マジで? じゃあ間違いだったのか、おいお前、昨日ここで野菜を卸していた魔族はどうした?」
『ケッ、何だか知らねぇが、昨日の奴ならブッ倒れちまったよ、ブラックすぎるんだよ俺達の組織は、早朝からここで魔の野菜を卸して、その後普通に北へ移動して戦闘に参加だ、倒れるのも無理はねぇ』
「そうか、魔王軍も苦労しているんだな、ちなみに俺達も今ブラック労働中だ、異世界勇者としてなっ」
『ゲェェェッ! おっ、お前が、もしかしてお前が異世界勇者なのかっ? ひぃぃぃっ、殺さないでくれぇぇぇっ!』
「その願いを聞き届けることは出来ないが……ちょっと詳しい話、聞かせてくれよな なぁっ!」
『ひぎぃぃぃっ!』
武器は持ち合わせていなかったため、低めの回し蹴りを喰らわせ、その魔族の両足首から下を消滅させてやる。
バシュッと血が迸り、少し吹っ飛びつつ草原に倒れた魔族、死にたくはないなどと喚き散らしているが、それが無理な願いであることなど重々承知の上であろう。
で、まずはこの野菜、魔の野菜といったか、これが魔王軍の作戦の一環として、密かに王都内へ運び込まれるべきものであったのかということの確認をする……肯定。
次いで投げ掛けた質問は、この野菜をうっかり食べてしまった人族は、皆一様に魔物のような姿となり、暴れ出すのかというもの、こちらも肯定であった。
他にも聞きたいことは山ほどあるのだが、のたうち回りつつも何か話したそうにしているので、最後の言葉も兼ねて色々と聞いてやることとしよう……
『うぐぐっ、クソッ、どうしてこんなことになってしまったんだっ、どうしてこんな早朝に、こんな所で足を失って転がっているんだこの俺はっ』
「何だよ? 魔王軍に所属して、この俺様と敵対したんだから当たり前だろうよ、運が悪かったし、あと顔と頭も悪かったと思って諦めるんだな」
『……運が悪かった、か、俺だってよぉ、魔王軍に入って、全線で人族の兵士を薙ぎ倒して、そこそこ偉くなって凱旋帰郷する予定だったのによぉ、蓋を開けてみたら営業だぜ、こんな早くに、しかもこの後ブッ通しで魔物の戦いの監視、魔王軍へ入るのに入会金まで払ってよぉ』
「えっ? 魔王軍て入会金要るの?」
『あぁ、一般の中級魔族は金貨5枚だ、だが優秀な兵士だとか、そういうのを1人紹介するごとに、報酬として銅貨1枚が戻って、ついでにその紹介した奴がまた紹介すると銅貨1枚が……』
「マルチ商法じゃねぇかぁぁぁっ!」
魔王軍は何をしているのであろうか、そう思いつつ朝焼けの草原に立ち尽くす俺とジェシカ。
もうコイツには掛ける言葉もない、夢を見て入った魔王軍が、実はマルチの温床でしかもブラック営業と。
まぁ、上級魔族の、本当に優秀な連中はそのような目に遭っていないとは思うのだが、いくら何でも不憫すぎるのではなかろうか。
中級魔族でこれなら、下級魔族はどんな仕打ちを受けているのか、そんなことはもう想像さえしたくない。
もっとも、こうなっているということは、もはや魔王軍が組織として追い詰められているという証拠であり、こちらの有利が魔王軍の側から見ても揺るぎないものであるということが窺える状況。
で、そのままかわいそうな中級魔族から話を聞いていくと、もう全てについて諦めたのか、そこからはベラベラと情報を吐き出してくれた。
まず、この王都を内部から崩壊させるような、これまでにも何度か、もちろん処刑したあの野郎の方の副魔王も取ってきた作戦は、女性の副魔王が立てたものではないということが判明する。
もあちろん魔王もこの件には一切関与しておらず、新たに任命された、例の『ネチネチ攻撃部隊』の長が独断で、誰からの許可も得ずに進めているものであるとのこと。
なるほど、この攻撃を俺達のレベルアップに利用すべく、『そのまま継続』せよという話であったのだが、そこは副魔王の意図を汲み取ることが出来なかった馬鹿な中間管理職が、半ば暴走というかたちでこのようなことを始めたということだな。
「それで、その新しいボスが居る部屋ってのは、前にブチこ……逃走したという野郎の部屋と同じか?」
『なぜ魔王軍の部屋の配置など聞くのだ? 貴様にはそんなこと関係がなぎゃぁぁぁっ!』
「余計なこと喋ってんじゃねぇよ、お前には少しばかり同情するがな、だからといってアレだぞ、許してやるとか、命を助けてやるとかはないぞ、苦しんで死にたくなかったら白状しやがれ」
『……そうだ、どの場所かまでは言えないが、基本的に作戦指令室の場所は変わっていない、前の幹部がその時部屋に居た仲間を殺して、1人を人質にして逃げたのだ』
「そうかそうか、わかった、で、この野菜はどこからどういうルートで運んで来たんだ? 明日も来るのか?」
『俺が死んでも明日、明日の奴が死んでも明後日の奴が、必ずこの時間にこの場所へ来るはずだ、どうせ俺達は使い捨ての駒、過労でブッ倒れても、ここで殺されても、また代わりの奴がやってくるのさ、へへっ』
「何笑ってんだ気持ち悪りぃ、しかしどうするべきか……どうするジェシカ?」
「う~む、これは対策を立てないとだな、この場所を追加で守る、というか毎朝来る中級魔族、いや、そのストックがなくなったら上級魔族が来るかも知れないこの場所で、それと戦って勝利するだけの兵員を……無理だな」
「無理だよな、リソースがアレになりそうだぞそんなことしてたら」
そこからしばらく頭を使い、結果としてこの場所で魔の野菜を卸そうとする魔族についてはスルー。
その代わりこの場所で野菜を購入したと思しき一般の商人などを、東の城門で停めて検査、それが見つかれば没収すべきであるという結論に達した。
そうすれば相手にするのは普通の商人のみであり、その程度であれば一般の兵士によっても成し遂げることが十分に可能である。
ようはこの魔の野菜とやらを王都の中に入れなければ、流通し、誰かが口にするようなことをなくせば良いのだ。
ひとまず王都へ戻り、このことをババァに報告して対策を立てさせよう、ここからはもう、勇者様たるこの俺様のタスクではない。
「うむ、色々と決まったことだし、じゃあいよいよお前の処分について発表する」
『うぅっ、頼むから変な殺し方はしないでくれっ、勇者に絡まれた魔王軍の関係者がどうなるのか、そのぐらいはわかっているつもりなのだが……頼むっ!』
「そうか、じゃあその願いを聞き受けよう、ジェシカ、コイツを王都の中まで運ぶぞ、広場で注意喚起も兼ねた残虐処刑を執り行う」
『ひぎぃぃぃっ! そっ、そんなぁ~っ! やめてくれっ、やめっ……かはっ……』
中級魔族を気絶させ、屋台と、それに乗った大量の野菜については、そこそこに力を込めたパンチをお見舞いして消滅させておく。
跡形もなくなり、水分すらも消え去ったことを確認した後、その辺にあった鳶口のようなもので気絶した魔族を引っ掛け、そのまま連行する。
ついでに屋台商人の方も付いて来るように言い付け、あと精霊様が監視していたウ〇コチンピラについても、役には立たなかったが王都へ連れ帰ることとした。
まずは報告、その後日中の戦いに間に合うように、コイツと、それからチンピラ、さらには何も知らない、殺されるなどとは思っても居ない様子の屋台商人を処分することとしよう……
※※※
『ではまず、王都内で危険な野菜を販売しようと企んだ、流れ者の商人を鋸引きの刑に処すっ!』
「ギャァァァッ! やめてくれっ、俺は何も知らなかったんだ……ギョェェェェッ!」
『次、ウ〇コを漏らしてリアル汚物と化したチンピラの2匹、消毒も兼ねて火炙りとするっ!』
「ひょげぇぇぇっ!」
「おっ、俺達は特に悪いことなんかしてねぇっ! なぁ、異世界勇者さんよ、そうだよな?」
「何言ってんだお前? まずさ、その見た目で町を歩いていて、それを見た市井の人々はどう感じたと思っている?」
「そ、そりゃまぁ、舐められたりしねぇように……やべぇ奴だとは思ったかもだがよ」
「だよな、で、お前等は実際には盗みなんかしていないつもりなんだろうが、その姿を見た普通の人々は不安に思った、そうに違いない、となるとお前等は……その方々の心の平穏を盗んだということだ、よって窃盗罪で死刑!」
『そっ、そんなぁ~っ!』
で、最後に例の中級魔族につき、とても口に出しては言えないような方法で処刑した後、王都民に対して野菜には十分に注意するよう勧告した。
勧告したのだが……凄まじいブーイングである、そもそも先日の魔王軍による攻撃を受けて、ただでさえ搬入ルートが制限された状態にあった食物が、さらにストックまでダメになってしまったのである。
そこに新たな脅威として『搬入される野菜がヤバい』ということが追加され、もう何を食べたら良いのかと、どうやって生活していけば良いのかということだ。
もちろん食べるものが制限される民衆だけでなく、野菜を他所から仕入れて王都内で小売販売しているような業者の怒りもある。
このままでは反乱だ、『野菜一揆』によって、王都は内部からバラバラになり、そして混乱の渦に巻き込まれてしまうということは想像に難くない。
これはさすがにどうにかしないとヤバいな、八百屋のギルドや農林ギルドなどとも連携を取り、どうにか対策を立てて……と、群衆の中から手を挙げるものが現れた、しかも1人ではない、集団でだ……
『皆さんっ! 落ち着いて下さいっ! まずですねっ、食料が不足していることは既にわかっていたことなのにっ、この場で、無策にも追加の要請をしてくる国を、この王都の行政をどう思いますかっ?』
『最低だーっ!』
『もうテロいっとくしかないっ!』
『打ち壊しじゃぁぁぁっ!』
『一揆! 一揆! 一揆! 一揆!』
『まぁまぁ、そのようなことをすれば敗北は必至、ですが私達、そう、王都犯罪者ギルドには蓄えがあるのですっ! もちろん皆さんご所望の野菜もねっ!』
『ウォォォォッ!』
『これからは犯罪者ギルドの時代だっ!』
『犯罪者万歳!』
そこかしこで上がる声、もちろんその発端となる最初の叫びを発している者は、どこの発言を見ても怪しい、明らかに犯罪者のような見てくれの奴ばかり。
奴等は完全に紛れ込んでいるサクラだな、まず救済宣言、備蓄解放宣言をする者を立て、それに呼応するかたちで、まるで民衆の声であるかのように装った、あらかじめ用意されていた発言をする者が現れる。
そしてその流れ、空気感を作り出し、さもこの場における正義が『犯罪者ギルド』などという、どう考えても悪の組織としか思えない連中にあると思わせる、思い込ませて人々を扇動する作戦だ。
それに気付いた王都の権力者連中の下っ端は、慌ててこの集会を解散し、叫んでいた犯罪者ギルドの所属員を捕えようとする。
だがこれに関してはまるで犯罪を構成しない、単なるデモの類であることは、もう誰の目からも明らかなこと。
取り押さえれば公権力の乱用として、そこかしこから石が飛ぶのは確実であり、その後のことを考えても大変に危険な行為だ。
ここはどうにか民衆を解散させ、その後の行動によって、民意がわけのわからないギルドに傾いてしまうのを避けなくてはならない。
食料不足に魔王軍の攻撃に、この機を逃さない姿勢の犯罪者ギルド、そして着々と消化されていく停戦期間。
もちろん犯罪者ギルドには、魔王軍から何らかの援助が入ったり、補助を受けたりしていることであろう。
なかなかのピンチではないか、これは先日のような卑劣な方法ではなく、敵でなければ賞賛すべき上手いやり口で、こちらを地味に追い詰めていくという戦い方のようだ。
考えているのは……新しくネチネチ攻撃を任された何者かであろうな……




