931 地域のほのぼのニュースに出そうなジャンボ野菜
「おぉ、もうかなり集まってんな」
「気合十分な冒険者とかが多いわね、もっとも、このうち何人かは今日無言で帰宅することになりそうだけど」
「まぁ、弱い奴は死ねば良いさ、弱くても生き残っていけば強くなるからアレなんだが、その強くなる奴を抽出する過程での多少の犠牲ってのはもうやむを得ないからな」
「そうねぇ……明らかにダメそうなのも多いけど」
「特にテンションの高い奴とか、アレ絶対死ぬだろすぐに」
副魔王との第二回会談を終えた日の翌朝、俺達はパーティー12人に加え、早くからやって来ていたインテリノを伴って屋敷を出た。
非戦闘員のアイリスと、それから万が一の際に屋敷を防衛するようにと命じたエリナをお留守番にして、王都北門の敵襲ポイント付近へと移動したのである。
朝も早いというのに相当な人集り、兵士の数も多いのだが、やはり前に出て、どうにかして武功を上げて昇格しようという魂胆の雑魚冒険者達が目立っている様子。
敵が来るのはおおよそ1時間後であろうということが、これまでの防衛線におけるデータから把握されているらしい。
作戦本部やその隣の救護所に近付くと、テントの設営などを手伝わされそうであるため、俺達はそのまま、前の方の冒険者達の中へと入って行く。
そこでまず目に入ったのはやたらとデカい集団、筋肉団である、それと一緒に居るのは……同じく王都の主力レンジャー部隊と、それから西の拠点付近から戻してある王都獣人部隊の面々だ。
朝っぱらから筋肉団長のゴンザレスと話をするのは刺激が強すぎる、というか筋肉の圧に押されて気持ち悪くなりそうだな……と、獣人部隊の中でかなり昇格した猫獣人のミケが居るな、奴と話をしよう……
「うぃ~っ、元気してたか?」
「にゃっ、勇者さんだにゃ、今日の作戦には参加するってことで良いのかにゃ?」
「その喋り方やめろって、あぁ、ちなみにこの攻撃が停戦期間も継続するってのは、ここに居る王子の作戦だからな、俺達も関与してしまった以上、参加せざるを得ないんだよ」
「にゃにゃにゃっ、王子様だにゃ、向こうの方にも国の偉い人達が見えていたし、ここは活躍してさらに昇格を……」
出世のことしか頭にない様子のミケ、最初に出会った頃は単に俺達の案内係をしていた、少し強いだけの兵員であったのだが、今では左胸にキラキラと輝く勲章を大量に留め、襟の星も金色に輝いている。
この時点でかなり出世しているということは確実であり、現状、もし怪我などをして戦えなくなったとしても、その後は教官だとか、後方の指揮官だとかに抜擢されるのであろうが……本人はまだ現場が、戦場が自分の居場所だと認識しているらしい。
まぁ、無理をしない程度にそこそこの武功を上げてくれと告げ、その後レンジャー部隊の知らない人達と雑談を交わしてワンクッション置いた後、暑苦しいオーラを放つ筋肉達の下へと移動する……
「おう勇者殿、今日も明日も明後日も、筋肉を限界まで追い込んでレベルアップしようではないかっ!」
「う、うむ、そういうのはほら、カレンとかマーサとかと一緒にやってくれ、なぁ2人共」
「ご主人様、今日は私、筋肉団の人達と一緒に前へ出ても良いですか? その方が強い敵に当たりそうです」
「そうだな……しかし殺りすぎるなよ、それだと作戦が早々に終了しかねない、1週間持たずにな、なぁ王子」
「ええそうですね、攻め寄せる敵の後方、魔族を討伐しすぎるのはあまり芳しいとは言えません、出来るだけ生きたまま帰して、明日も明後日も同じように攻めようという気にさせないとですから」
「王子、では討伐は下級魔族までとして、中級魔族や上級魔族については、それなりに戦わせて殺しはしないと、そういうノリでいかせて頂きます」
「え~っ、つまんないですよそんなの、もっとこう、ビシッとやってしまいたいです」
「我慢しろカレン、これはあくまで修行なんだ、本戦は来週から、副魔王の主力部隊、魔王軍最後の攻勢からなんだ」
「じゃあ、それまで我慢して、その後は超暴れますから、お腹が空くのでそのつもりで」
「よろしい、というか先に腹拵えをしておこうぜ、ドライブスルー専門店の位置は前線の向こう側、敵の最後列よりも後ろになるからな、戦いの最中は気軽に立ち寄ったり出来ないだろうし」
「おう勇者殿、そういうことであれば俺達も先に行っておくぞ、筋肉を修復するための肉類と、力が出る穀物類を摂取しておかないとだからな」
「あぁ、てか何でそんなことがわかっているのかが疑問なんだが……異世界の医学書とか読んだ?」
「なぁに、だいたいの感覚でわかるのさ、筋肉のことについてはな」
こんなファンタジー世界においてもそれなりの知識を有している、それが筋肉団の凄いところなのだが、もちろんその鍛え上げた筋肉の方もかなり凄い、というかあからさまに人間ではない。
この筋肉団員という存在が、果たしてどのようなものであるのかということについては、今後この世界の謎のひとつとして解明していく必要がある。
まぁ、わかったからといって特にどうということはないし、その強さの秘密を取り入れて、俺達もムッキムキになろうとは思わないのだが。
で、戦いの前にカロリーを摂取し、血糖値を上げておきたいと感じた俺達勇者パーティーと筋肉団の面々は、他の主力部隊に『場所取り』を依頼しつつ、俺達のドライブスルー専門店へと向かった……
「え~っと、肉肉肉サンドはふたつ、野菜オンリーサンドがひとつ、あとは何かそれなりので良かったですかね」
「おうっ、食事はバランスが大事だからな、肉も野菜も穀物も、バランス良く摂取することでバルクアップするんだ」
「だってよカレン、リリィもそうだが」
『ギクッ』
「まぁ、カレンはもう今から野菜食っても無駄だろうがな」
「しゅんっ……」
肉しか食べない2人を適当にディスりつつ、受け取ったサンドウィッチ、それから仮設テーブルの上に広げられたピザなどを食していく。
ちなみにドライブスルー専門店はこの後しばらく営業を継続、敵が侵攻の際に買い物していくのをキッチリ拾い、その後は巻き込まれることのないよう、一時撤退して仕入れなどに行くそうだ。
夕方、おそらく俺達が敵の魔物や雑魚の下級魔族を屠り尽くした後、負けて帰る馬鹿な魔王軍の夕飯需要も余すことなく拾っておくようにと、業務上の指示を出しておいた。
さらにこの戦いが、同じ感じであと1週間は継続する見通しであること、魔王軍からはかなりボッタクリ、というか強気の値段設定で金を受け取っても構わないということなどを告げつつ、そのままこちらの作戦会議に移行する……
「おうっ、では俺達は前へ、勇者殿達は後方で、魔物を屠りつつ冒険者軍団のサポートをしてくれ、なるべく死人を出したくはないからな」
「まぁ、全部は無理だと思うぞ、こっちも『経験値を稼いでパワーアップする』ということに注力したいからな、適当に、目に付いたヤバそうな奴を助けるよ、ルビアがな」
「それ、物凄く大変そうなんですが……」
文句を言うルビア、ちなみにこちらからは前に出るキャラとして先程立候補していたカレン、それからマーサと、万が一にも敵が城門から王都内へ侵入しないよう、リリィを後方に配置することが決まった。
何だかかつての戦い、あの頃は魔将として、魔王軍側として攻め寄せて来たマーサに対し、似たような感じで応戦したものだと、そう懐かしい思い出を追憶する。
たしかあの戦いではゴンザレスがマーサとの一騎打ちに敗北し、瀕死の重傷を負って担ぎ込まれたのであったな……と、あの当時の俺達の力というのは、今とは比べ物にならないほど低いものであった。
もしあの際、今のネチネチ攻撃が敢行されていたらどうなっていたか、おそらく王都は危機的な状況に陥っていたことであろうな。
魔王軍が『ストーリー重視』で、まずは魔将から、次いで大魔将、四天王という感じの作戦を取ってくれて本当に良かった。
まぁ、どう考えてもアホであり、俺達勇者パーティーの力が弱いうちに戦力を投入すべきであったのは言うまでもないのだが、そこはこうなるべくしてなったということ。
やはり主人公様であり異世界勇者様であるこの俺様に都合の良いように、この世界は回っているのだ。
これからも、そして魔王軍との戦いが集結した後も、変わらずのご都合展開で異世界大冒険を進めていきたいものである……
「……さてと、そろそろ敵さんがお出ましになるんじゃないか? 戻って配置に着かないとだ」
「そうね、遅刻して、バケツ持って城壁の横に立たされるのは勘弁よ、早く戻りましょ」
ということで元居た場所、魔王軍ネチネチ攻撃部隊を迎え撃つべき場所へと後退する俺達。
何とも呑気なものだが、これは戦争なのである、これから敵と、命を賭けた戦いを繰り広げるとは思えない行動だ……
※※※
『来たぞっ! 敵襲! 敵襲にございますっ!』
『全員戦闘準備! 敵前列の魔物を討ち滅ぼせっ!』
『ウォォォォッ!』
「えらく気合が入った感じだな、俺達はもっと肩の力を抜いていこうぜ、疲れるからな」
「そうですわね、じゃあまずはこの『とても小さな火魔法』を、敵の最前列から少しだけ離れた場所へ……それっ」
「あ、姉様、それじゃあ100匹以上殺してしまって……」
「殺りすぎんなよ、もっとチマチマいかないとすぐに終わってしまいそうだからな」
「ごめんなさいですの」
「ダメだ許さん、ユリナと、それから連帯責任でサリナとジェシカも、帰ったらお尻ペンペンの刑だ」
「うぅっ、早速やらかしてしまいましたわ……」
お仕置きの宣告をされて沈むユリナと、なぜか巻き込まれて喜んでいるサリナとジェシカ。
そんな3人は放っておいて、押し寄せる野菜のような、畑で採れる敵魔物兵を迎え撃つ。
接近したところから1体ずつ、丁寧に丁寧を重ねて討伐していくのが俺達のやるべきことだ。
ナスの魔物はヘタの部分を綺麗に切り落とし、ピーマンの魔物はふたつに切り裂き、中の種を残さず取り出す。
前の方に食い込んだマーサがこの魔物を食べてしまったりしていないか心配だが……まぁ、そこはゴンザレスが見ていてくれることに期待しよう。
で、そんなことを考えていた際に俺の方に向かって来た魔物が……ピーマン、にしてはやたらに小さいな、もしかして唐辛子の魔物なのか? 青唐辛子?
『キィィィッ! キィィィッ!』
「いや何だコイツ? 小さいし弱いし……もしかして栄養が足りていなかったのかな?」
「畑から離れた所で勝手に生えてきた魔物なんじゃないかしら? ほら、獅子唐とかじゃなくて普通にピーマンよ」
「ホントだ、いやちょっと精霊様、もしかしてコレ……ガチで魔王軍の管理下じゃない魔物なんじゃないか?」
「……かも知れないわね、よくよく考えたらさ、これまでこの場所でこういう野菜みたいな魔物を討伐して……ちょっと雨が降ったりもして……それで勝手に?」
「可能性は高いぞ、ほらっ、今串刺しにしたピーマンの魔物、これ、何かの刻印があるだろう? 字は読めないが、何て書いてあるんだろう?」
「これは……『足ピーマン 5個で税込み鉄貨2枚』って書いてあります」
「売り物でもあり兵士でもあるのかこのピーマンは……ミラ、5個で鉄貨2枚ってどうなんだ?」
「この品質だと微妙ですね、地域の、誰が生産したのかわかる安全なものならそのぐらいでも良いかと思いますが」
「そうか、となると魔王軍め、この作戦にはもうひとつの目的がありそうな感じだな」
ここで気付いてしまったこの作戦、つまり畑で採れる兵士を用いた侵攻における、魔王軍のもうひとつの目的。
それはこの侵攻を用いて、野菜の種をこの王都北、つまり俺の領地に撒き散らそうというものだ。
野菜の魔物、足ピーマンだとか足ニンジンだとか、足ジャガイモだとか、そういったものがこの場において討伐され、地面で朽ち果てる。
するとどうであろうか、その場所から新たな魔物が、地面の栄養を吸収して出現するのだ。
もちろん魔力を注ぎ込まれていないそれは、現時点では先程倒した栄養失調ピーマンのような雑魚である。
だが撒き散らされた種に対し、何らかの力を注ぎ込めば……と、敵陣に食い込んでいた仲間のうち、マーサだけが走り戻って来たではないか……
「大変よっ! すっごく大変なのっ! 聞いて聞いてっ!」
「どうしたマーサ、ちょっと落ち着け、ほら、さっき討伐した足ニンジン、食べるか?」
「イヤよそんな糖度の低そうなの、でねでねっ、このニンジンとかなんだけど、後ろの方の敵がね、私がニンジンを無理矢理育てるニンジン魔法ってあったでしょ? そんな感じのこととかしてね、何て言うかその、地面からボコボコって、その辺の地面よ、凄いのよとにかくっ!」
「全く伝わらないんだが、もう少し賢さを上げてから出直してくれないか」
身振り手振りを交え、必死で説明するマーサは可愛らしいのだが、どうにもこうにも頭が悪い。
だがその言わんとしていることは、こちらが気付いている状況を重ね合わせることでおおよそ把握することが出来る。
敵は元々魔王城から出した魔物だけでなく、これまでに討ち果たされ、その場で地面に倒れ伏したそれを、魔力を用いて種の状態から復活させているということだ。
もちろん先程の雑魚のように、そこらにある微弱な魔力を拾い、勝手に生えてきてしまったようなものは完全な雑魚なのだが……後ろの上級魔族が故意に、強い力をもってそれをしたとなると話は別。
おそらく魔王城内にある畑においても、それほど魔力の強くない、雑用的な魔物が力を使い、野菜系の魔物を生長させているのであろうが、ここではそれを上級魔族が、その本来絶大である力をもって行っているのだ。
で、これによって出現する野菜の魔物はどのような状態になるのかというと……と、もう考えるまでもないな、遥か彼方、敵陣最後列において、地面が大きく割れた様子である……
『ギャァァァッ! 何だアレはぁぁぁっ!』
『出たぞっ、巨大な野菜の……イチゴだぁぁぁっ!』
『クソッ、イチゴは果実というよりもむしろ野菜で……ギョェェェェッ!』
「あ、ビーム出したぞあのイチゴ」
「イチゴのヘタの部分から発射したわね、どうなってんのかしら? てかあの場所、茎と繋がってないとおかしいんじゃ……」
「まぁ、それを指摘するのはやめよう、話がややこしくなるだけだからな、で、どうするよアレ? 放っておくと遠距離攻撃で色々ヤバいぞ」
「私、戻るわね、ちょっとパンチして来る」
「やめとけ、あのサイズのをパンチで破壊したらすげぇ飛び散るぞ、もっとこう、鋭利な刃物か何かで殺らないとだ」
「あ、はいはいじゃあ私が殺るわよ……って、また増えたっ、いえ向こうにもっ!」
「何この状況? ちょっとアレじゃね? 敵さん本気出しちゃった?」
次から次へと地面を割り、そこからズズズズツとせり上がる巨大な野菜の類、どれもこれもがビーム攻撃の使い手であり、敵陣最後列から王都の城壁を狙うことが可能な状態だ。
そしてその攻撃を受け、こちら側の兵員である冒険者がジュッと、またジュッと、次から次へと消し炭にされてしまっている。
そのやられたモブの下へはルビアが、ノロノロと動いて回復に向かうのだが、もはや手遅れであり、そもそも髪の毛1本さえ残されていないことを確認し、そのまま立ち去っているような状況。
これは被害甚大になりそうだな、しかしここにきて敵がこのような作戦を、いきなり開始するとは思わず……まさか副魔王の奴、こちらとの交渉の内容を逆手に取り、メチャクチャをするよう命じたな。
確かにこのネチネチ王都侵攻は、こちらのレベルアップ、経験値稼ぎのために続けるよう要請し、そして全くその通り、約束は違えられていないのだが、少しばかり状況が変わってしまっているではないか。
昨日の会談において、もう少しだけ念を押しておくべきであったな、そう思っているのは俺もそうだが、交渉の中心にあった王子のインテリノも……と、本人がこちらへやって来た……
「すみません勇者殿! 敵が何やら新しいことを始めてしまったようで、既にDランク以下のモブ冒険者に50名以上の死者が出てしまっています」
「あ、そんなもんだったか、別に良いだろうそんな奴等は、で、これからどうするつもりだ?」
「そうですね、とにかくあの巨大なビーム野菜をどうにかしないと何ですが……完全に焼き尽くさなかった場合、ちょっと、その……イヤな予感がするというか……」
「だよな、特にあのイチゴとか、ツブツブの部分が全部種だと思うと……しかもそれが最初からあのサイズだからな、それを地面にそのまま残して、上級魔族の魔力を注いだと仮定して……」
「高さ500mを超える巨大なイチゴ(手足付き)が、単に歩くだけで王都を踏み潰していくでしょうね」
「やべぇな、ちょっと火魔法の使い手を搔き集めてくれ、ユリナ、ようやく出番だぞ、さっきの分のお仕置きは消えないがな」
「わかりましたの、じゃあ城壁の上から、一斉に火魔法を放って……前に出ているこちらの兵員はどうなりますの?」
「そのまま撃て、大丈夫だろうよ奴等なら、風呂と溶鉱炉の区別が付かないタフガイばかりだからな、あ、でもカレンは戻すぞ、焦げ臭くなるとたまらんからな、マーサ、ちょっと行って呼んで来てくれ」
「はーいっ、じゃあ他の人にも言っておくわね、そのまま攻撃に巻き込んじゃうからよろしくって」
「そうだな、ビックリされるよりは告知しておいた方が良い、じゃあ頼んだっ」
敵の策略によって少しばかりのピンチを迎えた王都防衛軍、これから火魔法を使って敵の一部を焼き尽くすのだが、果たしてそれで全てが解決するのか。
実はこの程度の策略は前座であり、今後さらに奇抜な攻撃方法を提示してくるというようなことは……もちろんあるに違いない……




