929 残り1人
「ふぬぬぬぬっ! 見るが良いっ、この圧倒的質量を誇る塊をっ!」
「いえ、それ泥水を熱してとろみ付けしたものを、空気の力で圧縮しただけの単なる玉じゃないですか、ちっとも面白くないのでやめたほうが良いかと……」
「黙れこの小娘がっ! そういう台詞はまず喰らってみてから吐くんだなっ、最もそれが出来ればの話だが……ふんぬっ!」
「やっ、ちょっと、汚れてしまうので投げないで下さいっ!」
「フハハハーッ! もう遅いわっ、ちなみに自動追尾型でもあるっ」
「やーんっ!」
アッツアツに熱したうえで圧縮し、さらにその温度を高めたらしい泥水の玉、どうやってとろみなど付けたのかは知らない、片栗粉でも混ぜたのであろうか。
で、これで副魔王は火魔法、水魔法、土魔法、風魔法の四属性を全て使いこなしていることにはなる、『そうである』というだけで、特段驚くようなことはしていないが、とにかくそうなのである。
もちろんこんなモノを喰らえば、サリナとてひとたまりもないのは明らかだ、服は汚れ、着替えが必要になるのは言うまでもない……ダメージ? それはさすがにないであろう……
「ちょっと、その、これいつまで追尾してくるんでしょうか?」
「3時間である、それを経過すれば大爆発して、この人族の町ごと吹き飛ばしてしまうであろうな、ハハハハッ!」
「困りましたね……あ、良いこと思いついたっ」
「……まさか、我の方に向かって走り、ギリギリでシュッと消えて……(以下略)……という技を使おうと目論んでいるのではなかろうな?」
「まさかっ、そんな使い古されたアレはもう効果がないことぐらいわかっていますから、私のはこうっ!」
「はっ? ギョェェェェッ!」
「やったっ、大当たりですっ!」
サリナの作戦、それは追尾型の攻撃を放った敵の方に走るというところまでは古典的な、原始時代の戦士達がやりそうな方法であったのだが、最後の最後でそれとは違った。
なんと敵の最大、最強の攻撃を自らのコントロール下に置き、さらに形状を、まるで槍のようなものに変化させ、魔力を使ってスッと勢いを増させたのである。
これは予想だにしない、俺もそこまでするとは思わなかったのだが、副魔王についてもそれは同じであろう。
加速したわけのわからない塊、いやわけのわからない茶色の、激アツの槍は、そのまま副魔王の鳩尾辺りに突き刺さる。
そしてスッと、周囲の体組織を消滅させつつ、若干上気味にその体を通過したアッツアツ泥水の槍は、遥か彼方のそらまで飛行した後、徐々に光の帯となり、完全に消滅してしまったのであった。
まるで隕石が逆向きに飛んでいるような不思議な光景、予想外の所で大爆発を起こさなかったのが不幸中の幸いだが、もしそうなったとしても、きっと地上に与える影響は限定的であったろうと、勝手に『安心安全な方の予想』を立て、それを批准しておく。
で、そのカウンター攻撃を行ったサリナはともかく、喰らった方の副魔王は……まだその場に立っている。
だが腹には大穴が空き、大切な内臓のほとんどが消滅するか焼け焦げるかしたような状態。
通常の人間、もちろんそれは魔族ではなく人族のことを指しているのだが、その場合には即死どころの騒ぎではなかろう。
むしろ今ので全身が消滅していない時点で、このハゲの野郎副魔王が持つ魔法耐性の強さを感じ取ることが出来る、そんな状況だ。
しかしそれでもダメージの方は決して小さくない、どころか致命傷に近いものである……
「かはっ……なっ、ななななっ……これは……一体……」
「ええ、ちょっと利用させて貰いました、ありがとうございます……それで、まだやりますか副魔王様、もうどうひっくり返っても私には勝てないんじゃないかと思うんですが……」
「ま、まだまだ……ぐふっ……」
「やべぇな、このままだとすぐに死んでしまうぞ、ルビア、すまないがもう1回行って回復させてくれ」
「ご主人様、追加料金としてケーキ1ピースを請求します」
「安いなお前、とにかく行けっ」
「はーい」
とことこと歩いてステージに上がるルビア、この状態から全回復まで持っていくには、失っている臓器を全て『造り直す』ことが必要なのだが……それについては問題ないようだ。
すぐに優しい回復魔法の光が副魔王の周囲を包み、そして全くの元通りに、完全な状態まで回復させることに成功した。
もちろん意識を保ち、その様子をずっと眺めていた副魔王は、ルビアの回復魔法の力、この世界の女神ではなく、古の癒しの神、乳神オパイオスの力が宿ったその魔法の回復力に驚愕している。
さすがに何かがおかしいと悟ったのか、先程までの『戦う姿勢』というのは、回復直後に見せた副魔王の動きの中には一切なかった。
まぁ、一番弱そうな支援魔法使いの、小さな悪魔であるサリナと、その得意技である幻術を禁止した状態で戦ってこのザマ。
そしてもう1人の支援魔法系、勇者パーティーの回復役であるルビア、副魔王から見ればその辺に居る弱小種族、人族の小娘であるこの女の力も、そのように異常なものであることを知ったのだから仕方ない。
今現在、副魔王が唯一わかっているのは、このような形式の戦闘においてはこの2人、つまり今回復魔法の使用を終え、ご褒美を受け取るためにサッサとステージを降りたルビアと、相対する対戦相手のサリナが、12人の勇者パーティーの中では力が弱い、近接戦闘に向かないキャラであるということのみ。
もちろん最初に捕えた際、寄って集ってボコボコにしていた俺や精霊様など、すぐに手が出るキャラについては自分よりも強いことがわかっていたのだが、そうではないと勝手に思い込んでいた他のキャラまで強いとは、そんな馬鹿なことがあってたまるかという表情をしている……
「ぐぬぬぬっ……我は……我はこのぐらいで失礼するっ! さらばだっ!」
『あぁーっと、ここで変なハゲが逃走を図ったぁぁぁっ! 解説のマリエル王女殿下、これは……逃がしてしまっても良いのでしょうか?』
『いえ、逃げることは叶いません、なぜなら……はい、もうサリナちゃんが追い付いていますね、あまりにもスローなので追い掛けるかさえ迷ったようですが』
「ギョェェェェッ! きっ、貴様どうしてそんなに速いというのだっ? 普段どれだけの走り込みをしているというのだぁぁぁっ!」
「いえ、面倒なんでそんなことしていませんよ、普通に敵とかと戦って経験値を稼いでいるだけです」
「そんな馬鹿なことがあるかっ! クソッ、こっちもダメか、ふんっ!」
「どこへ行かれるんですか? あ、そういえばどこかいかれているんでしたね、おかわいそうに」
「のぉぉぉぉっ! 我がっ、魔王軍副魔王であるこの我がっ、こんな魔将補佐の小娘如きにぃぃぃっ!」
完全に敗北を察した副魔王、そして逃げ出そうと躍起になっているのだが、どの方向へ飛んでも目の前にサリナが立ちはだかるという状態。
だがどうにかして逃げ出さないと、このままではタイマン勝負における負けが確定、それと同時に自らに対する死刑の執行も確定してしまうのだ。
そうはさせまいと、あらゆる角度からの逃走を試みるのだが、毎度全力で飛ぼうとしているため疲れが見え、徐々にサリナが前に出るタイミングが早くなってきた。
ちなみにサリナの方はもう完全に舐めプに移行している様子、観客から投げ込まれたおひねりを回収しつつ、ケチ臭い輩が金以外のモノを投げ込んだ際には、それが菓子であるかどうかを確認、食べられそうならその場で食べてしまっている。
少しずつ、時間が経過するごとに遅くなっている副魔王、遂には司会進行役の普通の人族からも、その動く姿が認識出来るようになったらしい、同時に集まった王都民からも見られているようだ。
飛び交う罵詈雑言、逃げるなだとか卑怯者だとか、それからやはり『その役を代われ』というこえが相変わらず飛んでくるのだが、代わったらこのまま処刑されるということには気付いていないのであろうかそのロリコン変質者は?
「ひぃぃぃっ! ひぃっ、ひぃぃぃぃぃっ!」
「はいはい、どちらへ行かれても無駄ですよ、もう潔く負けを認めて下さい、副魔王様……と、様を付けるのはもうやめましょう、ここからは敬称略ですこのハゲッ!」
「貴様ぁぁぁっ! 元とはいえ上司に向かってその口の利き方は何だぁぁぁっ! 処罰してやるっ、軍法会議に掛けてやるっ!」
「あの、それは無理だと思うんですが……ちょっと発言よろしくて?」
「誰だっ⁉ って貴様かっ! おい貴様、もう1人の、たった2人しか居ない副魔王の片割れなのだから、その力をもって我を助けよっ!」
「え~っと、その件に関して何ですが、そろそろですね、副魔王は私1人になります」
「……どういうことだっ? 我が、我が死ぬというのか? こんなところで、志半ばにして終わるというのかっ?」
「あ、まぁ死ぬのもそうなんですがね、今魔王様から魔導通信で……本日の日没をもって、ハゲの方の副魔王を解任し、その力を全て差し押さえると、そんな通達が入っていまして、日没は……30分後ですね、それまでせいぜい頑張って下さい」
「なぁぁぁっ⁉ そんなっ、どうして我がっ、しかも魔王軍によって本来有していた力まで……それはないっ! それは貴様の嘘だっ!」
「そう思われるのも結構ですが、日没の瞬間にはあまり高く飛ばないことをお勧めしますよ、力の差し押さえ後は人族並みの力しか残りませんし、防御力もそれ相応になりますから、たぶん30m落下しただけで普通に死にますから」
「うぉぉぉっ! いっ、イヤだぁぁぁっ!」
衝撃的な事実を告げたのはもう1人の、美人でスタイルの良い、存在価値を有している方の副魔王であった。
サリナと戦っているハゲの方は本日をもって副魔王の権限を剥奪され、魔王軍も追い出され、そして力さえも奪われてしまう。
あとはもう、これまで無茶をした分の身体的ダメージを、その辺の人族並みの体力で受け止めつつ、さらに先程到着していた『吸血たかし』によってチューチューされ、そのまま枯れ果てるのだ。
その事態を迎えるまであと30分……いや、この間にもどんどん日は傾き、絶望の瞬間が近付いている。
サリナとの鬼ごっこをしている暇ではないのだが、逃げ出せない以上そうするしかない副魔王。
焦りの表情が、時間の経過と共に絶望の表情へと変化していくのを眺め、それを楽しみつつ、タイムリミットが到来するのを待った……
※※※
『さぁーっ! そろそろ、そろそろですっ! もう1人の魔王軍副魔王が告げたタイムリミットがっ、そろそろ到来しようとしていますっ……というかどうしてそんなのが普通に王都内に居るのでしょうか……マリエル王女殿下、おわかりですか?』
『それはえっと、まぁ、その、流れというか何というか、今は害をなさない……と思いますので、安心して下さい、たぶんですけど大丈夫です、たぶん……』
『えぇ~っ、お集りの皆様、一応逃げる準備をしておいた方が無難かと思われます』
タイムリミット間近、司会進行役のおっさんが余計なことに気付いてしまったではないか。
この王宮前広場、つまり王都の中心には、敵である魔王軍の最大戦力、副魔王がどちらも入り込んでしまっている状況なのだ。
だがまぁ、かたやその命も、そして副魔王という身分もこれから消え去ってしまう残念な状況、かたや安心安全を約束して、真っ当な手続きを踏んでやって来ている使者のようなもの。
特に恐れる必要はないのだと、さりげなくフォローを入れ続けているマリエルはそこそこ必死だ。
で、そんな騒動の最中、約束の日没まで残り数分といった時間帯となった。
魔導掲示板がどこからともなく運び込まれ、刻限までの正確なカウントダウンを始めている……
『はいっ、では最後、のこり1分になりましたらっ、皆様ご一緒にカウントダウンをっ!』
『ウォォォォッ! 59! 58! 57……』
「イヤだっ、頼むから逃がしてくれぇぇぇっ!」
「ダメですよこのハゲ、あなたまだ副魔王『様』なんですから、あと38秒間だけですけど、誇りを持って、それなりの態度を取って頂かないと、ほらっ」
「ひぎぃぃぃっ! こっ、この小娘、悪魔か貴様はぁぁぁっ!」
「ええ、悪魔ですが、それがどうかされましたか?」
『29! 28! 27……』
最後の最後、もう飛び跳ねて逃げ出そうとする体力すらなくなってしまった副魔王(在任期間残り23秒)。
腕を組んでちょこんっと立ったままのサリナの前に倒れ伏し、涙を流して……ここで命乞いを始めたではないか……
「すまん、すまんかった、もう謝るから勘弁してくれ、我にも任務というものがあってだな、それでこの都市への攻撃を敢行したのだ、よってアレは正統な戦争行為であって……」
『言い訳すんなハゲェェェッ!』
『そうだぞっ! いくら何でもアレはないわボケェェェッ!』
『死ねやこのカスがぁぁぁっ!』
「だそうです、被害者である王都の皆さんがそう仰っているのですから、もう諦めて……と、時間です」
「あっ、力が、攻撃力が、魔力が……防御力が……いでぇぇぇっ! ギャァァァッ!」
「……このままだとショック死してしまいますね、ルビアちゃん」
「はいはーいっ、この程度でしたらここから、それっ」
「なぁぁぁっ……あ、治った……」
「治って良かったですね、これでキッチリ処刑を受けることが出来ることかと思います、このハゲ」
「いっ、イヤだぁぁぁっ! 助けてくれぇぇぇっ!」
逃げ出す『元』副魔王、今は単なるハゲのおっさんであり、サリナはそれを追うことはしない。
その代わり一般の兵士が、憲兵が、それぞれ集まって、全ての力を失ったハゲを取り押さえる。
ここからは処刑の時間だ、ステージは王都筋肉団によってあっという間に修繕され、その中央にハゲが、無様に泣き叫びながら固定されたのであった。
準備されるのは数体の『吸血たかし』、形状としてはほぼほぼたかしなのだが、その口が特徴的で、蚊のような長い墳を持った、いかにも吸血攻撃を繰り出しそうな雰囲気のモノだ。
それが命令を受けてステージに上がり、泣き叫ぶ『元』副魔王を取り囲んだところで、一旦CMに移行した……
※※※
『……やべぇクスリ、その他違法薬物のご用命は、王都犯罪者ギルドまで、よろしくお願いしま~っす』
『はいっ、これでスポンサー企業によるCMの時間はお終いです、ちょっとアレな団体も協賛してくれていたようですが、そちらは憲兵にお任せ下さい……で、いよいよ本日のメインイベント! 王都を大混乱に陥れた、魔王軍副魔王……元副魔王の処刑ですっ!』
『ウォォォォッ!』
『ではいってみましょう、処刑開始!』
「あっ、やめっ、ギャァァァッ!」
ざまぁみやがれだとか、良い気味だとか、そういった声が投げ掛けられる中で始まった処刑。
元副魔王の周囲に集まった吸血たかし軍団は、その墳をニューッと伸ばし、ボディーの至る所へ突き刺し始めた。
で、そのままチューチューと、ほんの少しずつ体液を吸い取り始めたのだが、この感じだと元副魔王が絶命するまでに数時間、いやもっと要するかも知れないな。
まぁ、既に全ての力を、魔王軍幹部補正が入る前に、元々上級魔族として有していた強大な力までも奪われ、もはやそこらのハゲとまるで変わらない元副魔王が、吸血たかしの攻勢から逃れ、警備兵まで降り切って逃げ出すことは叶わないため、処刑の失敗というのはもうあり得ないこと。
俺達はその開始を見届け、あとは王都の兵やその上位者に全てを任せ、屋敷へと引っ込むことに決めた。
もちろん付いて来るのはもう1人、女性の方の副魔王と、それから屋敷にてもう一度開かれる会談に参加する為政者の連中。
メインとなるのは王子のインテリノだ、魔王軍最後の強敵であるこの副魔王と、一度話をしておきたいとのことで、俺達もそれに許可を出して応じたのである。
「さて、では行きましょうか、あの男はもう死んだも同然で、魔王様によると死亡の確認も、死体の回収も不要とのことなので、もう少し話をしてから私は帰還させて頂きます」
「そうか、そのまま投降してくれると凄く助かるんだがな、俺達もここからレベル上げをして、ガチで本気のお前と戦うのは面倒なんだよ実際」
「それはさすがにアレなんでお断りさせて頂きます、で、何の話をしましょうか……と、やっぱり戦後処理についてですね、そちらに捕えられている捕虜の扱いとかも決めておきたいですし」
「わかった、じゃあとにかく行こうぜ、あんなハゲの最後なんて、見ていても食事が不味くなるだけだからな」
「ええ、それでは」
副魔王を引き連れ、ついでに王国の上層部も引き連れ、俺達は再びの会談を執り行うべく屋敷へと戻った。
まぁ、話すことはもうそんなにないと思うのだが、一応何か会話、というか対話をしておく必要があるのは、今回の事案の総片付けという点においても確実であろう。
しかし、これからこの女とガチのバトルをしなくてはならないのか……正直、今のままの俺達が戦って勝てるのかどうか、そこは不安な点である。
やはりここで時間稼ぎをしておいて、その期間を用いて修行、レベル上げの類をしていかなくてはならないであろうな。
さすがにここまで強くなったのにまだレベル上げなのか、などと仲間から不満が出そうだが、確実に、しかもこの女を酷く傷つけることなく勝利を飾ることが出来るよう、それなりの強さを確保しておかなくてはならない。
ともあれ、まずはここでの交渉によって、その『修行の時間』を得ることが重要である、そのことは明らかだ。
もはや王都のお隣さんである魔王城からの、ネチネチした攻撃を上手く用いて、こちらの力をアップさせる作戦を取る。
そんな感じの動きが可能になるよう、ここで適切な感じの流れを構築していくべきだ……




