928 圧倒的
「ハッハーッ! どうした? 恐怖で動くことさえ出来ぬのか? それなら我から攻撃を仕掛けさせて貰うぞっ、ハァァァッ!」
「あ、えっとそっちは……うわぁ~っ、知りませんからね私……」
『おぉーっとぉぉぉっ! 開始早々気持ち悪いハゲの攻撃が飛んだぁぁぁっ! だがそれは当たらずっ、後ろにあった王宮の何か大事そうな部分を吹き飛ばしてしまったぁぁぁっ! 解説者でロリ悪魔評論家のイビルゲイシーさん、今の攻撃、どう思われますかね?』
『う~む、我らのサリナたんはスカートの下に黒パンを穿いていたでござるよ、さすがにパンチラまでは見せてくれないようでござるね……てか戦っているあのハゲのおっさん、誰?』
『さぁ? 私も先程現着したところですので、詳しい内容も聞いていませんし……と、はい、今入った情報です、どうやらサリナ選手の対戦相手をしているハゲ、魔王軍大幹部、副魔王とのことですっ! ゲイシーさん、これはどう思われますか?』
『サリナたんのもっと激しい動きが見たいでござる、この解説席は場所も良いし、他の大きいお友達を出し抜くチャンスでござるよ』
『はい、ありがとうございます、なお、ゲイシーさんにはこの後、憲兵に任意同行を求められる予定です、私が通報しておきましたので』
『えっ? えぇっ!?』
開設席の茶番がやかましくて仕方ないのだが、そして解説者でロリ悪魔評論家のゲイシーさんをブチ殺したくて仕方がないのだが、話をややこしくしたくはないため、ここは我慢してスルーしておくこととしよう。
で、調子に乗った、サリナとのタイマン勝負で確実に勝利を得ると確信した副魔王の舐め腐った攻撃は、ひとまず様子見をしていたサリナの横を掠め、後ろの王宮を盛大に破壊したのであった。
まぁあの場所であれば誰も死なない、もし巻き込まれたとしてもそれほど重要な人物ではないであろうという感じの場所だ。
そもそも攻撃したのは『敵キャラ』であr野朗副魔王なのだから、その責任は全てコイツに……選抜タイマン勝負を提案した精霊様にもあるような気がするが、きっと思い過ごしであろう。
ちなみに、王宮の破壊については副魔王も気付いているが、どうやらそれを誇示したりということはしない様子。
普通に考えて、あの程度の破壊など別にどうということはないのだ、本気になりさえすれば、簡単に『王都の建物全て』を粉々にすることが出来るのだから。
もちろんそうはさせないことは確実であり、その素振りを見せた瞬間、精霊様が割って入ってイベントは中止、野朗副魔王は直ちに処分し、中止に係る逸失利益等については、観戦している女性の方の副魔王経由で魔王軍に請求するつもりだ。
とまぁ、こんな感じのシステムで運営されている今回のイベントなのだが、最大のポイントとなるのは、もう確実に敗北する、そう決まっているようなものである副魔王が、勝てると思い込んで調子に乗っているという点である……
「フハハハーッ! どうだ、今のでもう負けを悟ったか? 恐怖に打ち震え、動くことが出来ないのか? ん?」
「あ、いえそういうわけでは……その、チャック開いてますよ」
「フハッ!? あ、本当ではないか、危うく醜態を晒すところであった、しかし貴様、この状況でそれに気付くとは、もしや魔将補佐などにしておいたのは惜しかった人材であるのやも知れぬな」
「いえ、凄く目立ってましたし、あと副魔王様は副魔王様にしておくにはちょっと……アレな人材難じゃないかと思います……えっと、何かすみません」
「ん? 何をブツブツ言っているのだ? まぁ良い、チャックの件に関して指摘してくれたことには感謝するが、これは1対1の真剣勝負、次の攻撃は当てさせて貰うぞっ!」
そう力強く宣言する野朗副魔王のチャックはもう一度開いていた、どうやら腹が出すぎて、動くだけでチャックが自動に下がってしまうような、そんな情けない仕様らしい。
で、そんなチャック全開の副魔王は、今度は離れた場所からではなく、直接サリナにダメージを与えることを目的とした、接近して顔面を殴り付けるのではないかと思われるモーションを起こした。
ステージにクレーターのようなものを生じさせながら消え、棒立ちのサリナに向かう副魔王。
次の瞬間にその副魔王は姿を現した、ステージ横の地面に上半身が刺さり、どこかの湖で起こった殺人事件のような有様で……
『こっ、これはどういうことでしょうかぁぁぁっ!? サリナ選手の敵、何だか知らないハゲ……ではなく副魔王でしたね、失礼しました、それが攻撃を仕掛けたかと思いきやっ、なぜか地面に突き刺さっていますっ! ゲイシーさん、これは?』
『……場外負けだね、サリナたんの勝ちでござるよっ!』
『いえ、今回はそういうルールがないそうで、普通に死んだら負け、戦闘不能でも負け、ウ○コ漏らしたら当然負けとのことですっ』
『あ、そうなのね、となると……あの一瞬、サリナたんのスカートは大きく捲れたはずでござるよ、小生、たとえ下に穿いているのが黒パンであったとしても、その瞬間を目に焼き付けておくべきであったのでござる、しかしそれが……』
『速すぎて見えませんでしたね、本当に何が起こったのでしょうか? 解説の馬鹿が使えないのでどなたか説明をお願いしたいところですが』
さすがに解説の馬鹿や司会者には見えなかった今の攻撃、だが俺達にはハッキリとその様子が見えていた。
勢い良くサリナに突っ込んだかに思われた副魔王は、実際にはかなり離れた場所、完全な場外エリアにて、上からの強打を加えたのである。
そこで間違いに気付き、すぐに停止しようと勢いを殺したのだが、それが間に合わず、無様な格好で地面に突き刺さって今に至ったというのが今回の真実。
なぜ攻撃を外したのか、しかも大幅に、わけのわからない所を狙う結果となってしまったのか。
もちろんそれがサリナの『攻撃』であることは言うまでもない、サリナはひっそりと幻術を発動していたのだ。
自分の位置を見紛うよう、そしてその急激な視界の変化に気付かれることのないよう、ジワジワと、時間を掛けて副魔王を陥れていたのである。
そうとは気付かず攻撃を仕掛けた副魔王が、直前までその異変に気付くことがないように……
「ぐぬっ、ぐぬぬぬっ、何という醜態を晒してしまったのだ我は、まさか攻撃ポイントを見誤るとは、全く歳は取りたくないものだな、なぁ悪魔の小娘よっ」
「え、いえ、そう思っているのならそれで構いませんが、というか大丈夫ですか?」
「この程度でダメージを受ける我ではないわっ! そして次こそは本当に最後だ、ウォォォッ……あれっ?」
『今度は反対側の場外に突っ込んだぁぁぁっ! これはおかしい、何かがおかしいようですっ!』
「何が、何が起こっているのだ……まさか貴様ぁぁぁっ! 卑怯にも幻術を使ったなぁぁぁっ!」
「卑怯とか言われましても、私、幻術使いなんですから」
「黙れっ! 禁止だ禁止! そういうのこれから一切禁止!」
「・・・・・・・・・・」
ヤバいと感じたのであろうか、かなり焦った感じで『幻術使用の禁止』というルールを勝手に宣言する副魔王。
本当に情けない奴だ、もしかしたら勝てないかも知れない、とは思っていない様子だが、自分に効果のある敵の攻撃を、一方的に使わないよう命じる姿勢は、やはり『無能な権力者』のやりそうな馬鹿げたものである。
で、それに対してのサリナの反応はというと、しばらく考えた後に、それならばそれで良いという感じであった。
こちらとしてはサリナに、自らの持ち味である幻術を使って戦い、圧倒的な勝利を収めて欲しかったのだが、本人がそれで良いと言っている以上仕方がない。
ということで戦いは仕切り直し、副魔王は先程の焦ったような表情から、また自信満々の、価値を確信している表情へと回帰している。
良くそれが恥ずかしいことだと思わないものだと、そういう感想を述べたいのは俺だけではないはず。
だがここで余計なことを言っても始まらないし、これで敗北するようであれば、『魔王軍大幹部』の名声は、既に地に堕ちている状態からさらに地下へと掘り進むこととなるのだ。
その方が面白いと言えば面白いし、そうなることはまず間違いがないのだから、ここで野暮ったいツッコミを入れるのは止めておこうというのが、俺を含めた観戦者達の共通した見解である。
「フハハハッ! 先程は油断したがな、幻術が使えない以上貴様は単なる悪魔の小娘、これから少し痛い思いをするが、覚悟して受けると良い」
「は、はぁ……」
『あぁーっとっ! ここで変なハゲによるさらなる挑発だぁぁぁっ! サリナ選手タジタジですっ! 芸シーさん、この状況はどう思われますか?』
『サリナたん、本当にかわいそうでござるね、得意技を封じられて、これじゃあ戦いにならないでござるよっ、小生、厳に抗議してこの試合の中断を求めるでござるっ』
「ん? うるさいハエだな、貴様は死ねっ!」
『ギャァァァッ!』
『ここで解説者のゲイシーさんが殺られたぁぁぁっ! 司会のこの私もかなり汚い汁を浴びてしまいましたっ! ですがこれも職務、新しい解説者が来るまで、しばし私が解説者も兼ねようと思いますっ、うわっ、汚ったねぇなマジで……失礼しましたっ! では引き続き戦いの方をご覧下さいっ!』
キモいロリコン解説者を、ただのひと睨みだけで赤い霧に変えてしまった副魔王。
こんな野郎だが、一般人と比較するとこういう強さなのだ、それは集まっている王都民にもキッチリ伝わったことであろう。
そしてその視線をサリナへと戻し、もう一度、今度は幻術の影響下にない状態での攻撃を試みる。
再び地面を蹴り、凄まじい勢いでの『殴り攻撃』を繰り出しそうな姿勢で構えているのだが……コイツは魔法だの何だのを使うことがないのか?
と、一応調べてみると、火魔法、風魔法、水魔法、そして地魔法と、それからわけのわからないマイナー属性の魔法まで、ひと通り使いこなすことが出来るようだ。
しかもこの力であれば、あっという間にステージを岩の檻へと変貌させ、そこで吹き上げる火災旋風のようなものを生じさせ、最後には消火しつつ全てを洗い流すという、とても人族には出来ない、魔族ならではの芸当をやってのけることが出来るはず。
だが副魔王はそれをしない、ということは現状、相手の得意技を禁止せざるを得ないこのような状況においても、自分の勝ちが揺るがないこと、そしてそのために用いるのが物理攻撃だけで必要十分であることを信じているのであろう。
これはそこそこ面白いことになりそうだ、徐々に追い詰め、どんどん大技を使わせたうえで、それでもなお敵わないということと地道に認識させていく。
そして最後には絶望の淵に沈み、ついでに死刑も執行されるというトンデモコンボ精神&肉体的攻撃を加えることが出来る可能性があり、それは全てサリナに懸かっているという状況だ……
「ゆくぞっ! ウォォォッ!」
「あ、はい……ひょいっと」
「のぉぉぉっ! ぶぎゃぽっ!」
「あっ、ちょっと強く払いすぎました、すみません、あまりにも脂ギッていて触れたくなかったもので……大丈夫でしょうか?」
「かぺ、かぺぺぺぺっ……」
『なっ、何が起こったのでしょうかぁぁぁっ⁉ またしても凄まじい衝撃波と共に姿を消したハゲ、今度は城外の地面に突き刺さらず、サリナ選手の横にめり込んでいますっ! これについてはどう思われますでしょうか、新たな解説者としてお越し頂いたマリエル王女殿下』
『そうですね、あのハゲはそれはもう自信満々で、この一撃で全てを決めるぐらいの勢いで殴り掛かり、おそらく自分では、今現在サリナちゃんがこの場にめり込んでいることを想像して向かったのですが……チョイッと叩き落とされてしまいましたね』
『ということは……サリナ選手の手があのハゲに触れたと、そういうことなのでしょうか?』
『いいえ、それについては大丈夫です、サリナちゃんのファンをされているロリコン変質者の皆さんもご安心下さい、確かに叩き落としましたが、それは何というか、手を動かした際の風圧によってですから、一切、どこにも手は触れていませんし、あの程度の敵でしたら、この先も手を振れずに勝利することが出来るかと思います』
『なるほどっ! サリナ選手の強さは、この場所から王宮をちょっと破壊したり、あの変な解説者のきめぇのを消し飛ばしたり、そのようなことをやってのけるハゲの副魔王とやらよりも上だと、そういうことですね?』
『当然です、何しろ勇者パーティーのメンバーですから、後衛で、補助呪文の使い手であっても、あのぐらいの力は有しているのが現状だと思って頂いて結構です』
盛り上がる群衆、それはサリナが気持ちの悪いハゲに手を触れたのではないかと、汚れてしまってはいないであろうかという不安から解放された安堵と、それからマリエルの口から語られたその圧倒的な強さについてのものだ。
そしてどうにか起き上がった副魔王に向けられるブーイング、死ねだの雑魚だの、気持ち悪いだのといった単なる罵詈雑言が主体であるが、時折サリナに接近したこと、触れる直前まで手を近付けられたことに対する怨嗟の声も交じっている。
で、その起き上がった副魔王だが、先程までの余裕の表情は崩れ、これはもしかしたら本気を出さなくてはならないのでは? そういった感じの顔に変化しているではないか……
「……ふむ、貴様もかなり腕を上げたようだな、まだ300歳程度のガキとは思えぬその力、我は感心したぞ、だが……この極大火魔法に耐えられるかなっ! 喰らえっ! 50年前、かつての魔王様の元で開催された『魔王軍大野球大会』において敵チームの全てと観客の大半を殺害し、減給100分の30(6か月間)を喰らった苦い思い出のある我の必殺技! 火の玉ド直球!」
「あ~、その、解説が長くてどうも内容が入ってきませんが、これ、この火の玉がそうですか? ひょいっと」
「なぁぁぁっ⁉ す……素手で受け止めただとぉぉぉっ!」
「ええ、この程度の技でしたら、この間お姉様が寝惚けて発射してしまった『ちょっとした火魔法』の方が遥かに危険でしたから、アレは肝が冷えましたね、放っておいたらこの世界の半分を焼き尽くしてしまったでしょう」
「……ユリナ、後でちょっと話がある」
「はいですの、反省していますのよ……ちょっとだけ」
遂に魔法を発動した副魔王、最初は単体の火魔法であるが、必殺技といっている以上、これが本当に最強の技なのであろう。
もちろんそれは、今サリナが指先で、念のため直接は触れないように注意しつつ受け止めた火の玉だが、この王都を焦土と変え、おそらくは魔王城の一部にも被害を及ぼす強大なものであり、そこらの人族が一生のうちに用いる全てのエネルギーを遥かに上回るものだ。
そんなブツを手元に置き、適当に形を変えたりして遊んでいるサリナは相当にヤバいことをしているのだが、本人にはその認識がないことと、さらにはサリナのコントロール下にある以上、それがたいして危険ではないということが同時に言える。
さて、サリナはその火の玉をどうするのか、このまま投げ返すのか、それともどこかに投げ捨ててしまうのであろうか……
「え~っと、あの、ちょっとこの形状だと使い辛いというか、私、ボールとか凄く女の子投げになってしまうんで、こんな感じに引っ張って、ここをツンツンッと……はい、手裏剣になりました、シュシュッ!」
「ちょまっ、ギョェェェェッ!」
『決まったぁぁぁっ! ハゲの良くわからない野球攻撃をっ、支配下に置いたうえで手裏剣に加工してしまったサリナ選手、それを投げ返すとっ、ハゲのボディーは真っ二つになってしまったのですっ、しかも轟々と燃えているではないかぁぁぁっ! マリエル殿下、これは決着ということでよろしいでしょうか?』
『いいえ、今救護班が向かっていますから、ほら、もう全回復です、こんな簡単に戦いを終わらせるなんて、興行成績の面でもかなりイマイチになってしまいますから』
『するとこのまま……』
『ええ、ここからは一方的な蹂躙に移ります、皆さんお楽しみにっ』
『ウォォォォッ!』
救護班、もちろんルビア単体なのだが、その回復魔法を受け、ついでに真っ二つとなっていたボディーの方も接続されたことによって、再び完全な状態へと戻った副魔王。
すぐに自分の手や足を確認し、その後はしばらく呆けていたのだが、どうやら徐々に正気を取り戻しつつあるらしい……いや、正気ではないな、現実の方は見えていないようだ。
意識を完全に取り戻してから、副魔王は『一体何が起こったというのだ?』だとか、それに類似する言葉を延々と発している。
おそらく『サリナの力が自分を圧倒した』という現実を突き付けられ、それが確実であるということを察してはいるものの、足りない脳みその方がそれを拒絶、絶対に真実として認めない姿勢を崩さないでいるのであろう。
元気になった体でスッと立ち上がり、今度は無表情で力を高めていく副魔王、濃厚な魔力が目に見えるほどに溢れ出し、地面は揺れ、散らばったステージの破片がユラユラと宙を舞い始める……
「……何が起こったのか、それは我にもわからぬ、だがひとつだけわかったことがある……この戦いには本気で臨まねばならぬということだ、わかるか小娘?」
「えぇ、まぁ、命懸けのようですし、そうなんじゃないかなとは思います、はい」
「そうか、では見せてくれよう、我が極大の四属性複合魔法をっ!」
「というか、最初からそれをされていれば良かったのではないかと思うのですが?」
「何を言うか、正義の味方というのはだな、最後の最後まで究極の技を隠しておくものなのだぞ」
「いえ、副魔王様、あなた悪の権化ですから、そこはお忘れなきよう……」
何やら『強敵感』を醸し出し始めた副魔王、だからといって勝負の趨勢には影響しないし、頭髪も薄いままなのだが、事態としてはそこそこ面白いゆえ、このまま戦いを見守っておくこととしよう……




