926 廃屋に隠れた
「それじゃあ、とにかく行こうか、ちなみに突如暴れ出して俺達の屋敷を破壊したりするなよ、損害賠償を請求するからな」
「そんなことしませんよ、私はあくまで『平和の使者』として、あからさまな戦争犯罪に手を染めるあの男を止めるために協力するのですから」
「副魔王の分際で何が平和の使者だよ、だったら最初から人族に攻撃を加えるんじゃねぇっ!」
「あいたっ! そう言われても魔王軍ですから……それと、平和の使者を叩かないで下さい」
「調子乗ってんじゃねぇよボケッ!」
「あいったぁぁぁっ!」
何かと鬱陶しいことを言う副魔王に拳骨を喰らわせつつ、大量のダニ、ノミ、シラミがそこそこに片付き、その代わりに大量のたかしが沸いている王都を歩く。
もちろん副魔王は人族の敵であり、その中でも最大クラスの大物、強敵であることに代わりはない。
本来であれば、こんな所を一緒になって歩いている、しかもこんなに仲良さげにというのはあり得ないのだ。
で、その副魔王が逃げ出したり、実はここまでが盛大なフリであって、いきなり王都侵攻を本格化させたりという行動に出ないよう、後ろに立った精霊様が常に睨みを利かせている。
もしもおかしな動きがあれば、確実にその場で大ダメージを与えることが可能なように、副魔王が動くよりも遥かに素早く、抉るような水のカンチョーを喰らわせることが出来る態勢なのだ。
もちろん副魔王もそれをわかっており、もし今現在、何か邪な考えを持っていたとしても、それを実行に移すような愚かな真似はしないであろう。
動くとしたらこちらが隙を見せた瞬間、だが俺やマーサはともかく、セラは馬鹿だから除いて、ジェシカや精霊様についてはそのようなことがない、どちらかといえばこの副魔王を疑う視線で眺めているのだから……
「よしっ、たかしのお陰で屋敷も随分綺麗になっているな、これなら会談の場を設けることが出来そうだぞ」
「出来ればダニ、ノミ、シラミの死体の方も片付けて欲しかったんだけど……結構な量だし面倒よね……」
「あぁ、しかも放っておくと感染症とかそういうリスクもあるからな、おい副魔王、ちょっと魔王軍から掃除部隊を出せ、王都中のコレを片付けさせて、最後はそいつらも火で炙り殺してやるからよ」
「無茶を言わないで下さいよ、現状ではそんな命令を出すことは出来ません、ただでさえ魔王軍にヘイトが集まっている状況だというのに、片付け班なんか町へ入れた途端にリンチされてオシャカですよ」
「まぁそうなるだろうな、だがこの状況は……そうだ、たかしに命令して片付けをさせられないか? 何も全たかしにじゃない、この屋敷で屁をこいているうちの十数体ぐらいで良いんだ」
「あ、それならえっと、『たかし洗脳マニュアル』の『コードB-2』がそれに該当して……こんな感じでしょうか?」
『へへーっ! 副魔王様の仰せの通りにっ!』
「片付けを始めたな……最後は人知れず自爆するように差し向けて欲しい」
「え、えぇ、まぁ、何とかしてみます」
屋敷に散乱していたダニ、ノミ、シラミの大量の死骸、セラの魔法で吹き飛ばしたり、精霊様の水で洗い流したりということが出来なくもないのだが、それをやってしまうと今度は近所迷惑になる。
王都内はどこもかしこも似たような状況なのだが、『戦力拠点』であるとして特に狙われていた様子の勇者ハウスは、他の場所よりも一層奴等の量が多く、その分死骸と、それから集まって来ているたかしの量が多いのだ。
で、会談の相手である副魔王の命令だけは良く聞くたかし、本来は人族側の魔道兵器のはずなのだが、とにかく片付けをしてくれるというのであれば一向に構わない。
むしろこのたかしの権限全てを、今後魔王軍、というかこの女性副魔王に移譲してやっても構わないとさえ思っている。
その方が気兼ねなく、全力でブチ壊すことが出来るからな、いくらムカつく顔をしているとはいえ、王国の備品だと思うとつい手心を加えてしまいそうになる……いやならないか、どのような状況下においても、この気持ち悪い面の自律型魔道兵器など、全力で叩き壊してしまうことが可能だ。
で、たかしについてはさておき、早速綺麗になりつつある、そして箒を使い、必死になってダニ、ノミ、シラミを室内から掃き出していた仲間達が迎える屋敷の中へと入った……
「どうしたんですのご主人様、このたかしとかいう魔道兵器は全然止まらなくて……っと、副魔王様じゃありませんの」
「どうも元魔将ユリナよ、少しお邪魔します、これからちょっと今回の件について話し合いと、それからあの鬱陶しいハゲの処断について考えていく場を設けて頂きまして」
「あ、交渉事ですのね、確かに今回のは現状を鑑みない、この段階にしてはやりすぎな作戦でしたわ」
「ええ、このままだと魔王軍はおろか、魔族そのものにヘイトが集まる可能性があります、どうにかしないと今後が……」
「まぁ、そういうことで座れや、誰か俺達の分の粗茶(濃いめ)とこの副魔王に出す便所の水を用意してくれ」
「あの、そういうのだったらお構いなく」
ひとまずテーブルが用意され、そこに対面で座るかたちにて始まった会談であるが、こちらの交渉員は俺とミラ、ジェシカ、精霊様の4人、対する魔王軍側は副魔王1人という、圧倒的にこちらが有利な状況だ。
で、先程の約束通り、この下劣な攻撃を仕掛け、今後卑怯者の誹りを受けつつ処刑される予定の野郎副魔王についてだが、その居場所は案外近くであるということがわかった。
王都の北、何やら使われていない廃屋めいた建物を勝手に拠点として、そこに気配を消して隠れているのだという。
食事についてはあり難いことに、俺達の運営しているドライブスルー専門店に、朝昼晩と足繫く通っているとのことだ。
だが少し待って欲しい、王都の北ということは俺の領地、もちろん大部分の占有をを空から落下して来た魔王城に奪われてしまっているのだが、そこの地理には非常に明るいつもりである。
そんな『マイ領地』に、使われていない建物などあったものかと、考えを巡らせるものの一向に思い出せない。
いや、もしかしたら俺も知らない、そして仲間達も知らないような建物を、その辺の建築技術を有する流れ者などが勝手に造ってしまったのではなかろうか。
とにかく詳細を聞いてみよう、そうしないと何が何だかわからないことだし……
「セラ、ちょっと『マイ領地全図』を出してくれ、敵の詳細な居場所を確認する」
「はいコレ、ちなみに南北はここからここまで、東西はここからここまでが魔王城ね」
「とんでもねぇ範囲だな、で、このマップ上のどこにあの卑劣な豚野郎が居るんだ? その建物とやらの場所は?」
「えっと、ここです、この場所にあの男がいつも通っているお店があって、その道を挟んで向かい側のここですね」
「……そこに何があると思ってんだお前は?」
「えっと、落選に落選を重ねた無職立候補者の選対事務所みたいな、薄汚いプレハブの廃屋です」
「それは俺の城だぁぁぁっ!」
「ぎゃいんっ! え? 城ってお城ですか? どう見ても汚いプレハブだったような……アレが城って、正気ですか? 狂気ですよね?」
「精霊様、ちょっと万力をふたつ用意してくれ、コイツのおっぱいをぺちゃんこにしてやろう」
「ひぃぃぃっ! 何かすみませんでしたぁぁぁっ!」
何を勘違いしたのか、大切な俺の城を『使われていない廃屋めいた誰かの選対事務所』などと表現してしまった副魔王、徹底的な処断が必要である。
だがまぁ、そうだと言われてみればそうなのであろうし、何も知らないでパッとアレを見れば、それが『勇者城』であるなどと思う者は居ないであろう。
今度から何か看板でも掲げて、それが俺様の、異世界勇者様の城であることを公示するべきかも知れないな。
看板に書くのは……ひとまず『異世界勇者』だけで良いであろう、縦書きだと完全に選挙のアレになってしまうので、入り口の上にそう書いた木の板でも掲示しておくのだ。
で、そんなプレハブ選対事務所、ではなく俺様の城を、誰も居ないからといって勝手に使っているような馬鹿野郎は絶対に許すことが出来ない。
すぐに抗議したうえで攻撃し、ギリギリ意識を保つような状態で生かしつつ連行、王都中央の広場にて公開処刑に付してやることとしよう、いや、そうしなくてはならないであろう。
「よっしゃ、じゃあ早速クズ野郎をブチのめしに行こうぜ、殴る蹴るだけじゃなくて、刺す、抉る、捻り潰すとか、そういった残虐な行為も含めて暴行していこう」
『うぇ~いっ!』
敵の居場所を知った俺達は、たかし共の活躍によってかなり片付いてきている王都内の様子を確認しつつ、城壁に勝手に開設した『勇者専用通路』を用いて外へ、不法に占拠されているプレハブ城へと向かったのであった……
※※※
「もしも~っし、居るんでしょ~っ? 返事して下さいよ~っ……出て来いっつってんだろボケェェェッ!」
『・・・・・・・・・・』
プレハブ勇者城前、向かい側にあるドライブスルー専門店のスタッフらが、怪訝な表情でこちらを見ているのはガン無視して声掛けを始める。
ちなみに店の前に集っていた客は、全てこの隙に乗じて王都に侵入し、ひと暴れしてやろうと画策している様子の魔族、もちろん魔王軍の連中であったため、普通に虐殺して所持している金銭等をドロップアイテムとして回収しておいた。
で、そんな感じでしばらくプレハブの戸をノックしてみるのだが、中からは一向に反応がない。
もちろん窓も閉ざされ、中の様子を確認するためには、それこそ色々と破壊しなくてはならない状況だ。
だがこの場に立っていても、微かに魔の力を感じ取ることが出来、それが隠し切れていない、そこそこの力を持つ者から溢れ出した力であることは明らか。
つまり野郎の副魔王はこの中に居るのだ、俺の城に勝手に侵入し、ハゲ散らかした頭から僅かな毛髪を散らしているということ。
排除後は徹底的なクリーニングをしなくてはならないな、もちろん費用は半分が没収した馬鹿の個人資産から、残りは使用者責任だの何だので魔王軍に負担させたいところだが、戦争終結まで待つことは出来ないため、一旦王国に建て替えさせることとしよう。
というか、この戦いが終わったら、さすがに『魔王軍壊滅作戦成功勇者様』であるこの俺様が、こんな薄汚い、それこそ廃墟と見紛うような城を所有しているわけにはいかないのでは?
もっとこう、立派な城を、もちろん王都にあるあの馬鹿の王宮よりも巨大で美しいものを与えられ、そこで『さすがは勇者様です』と連呼する、頭の悪いこの世界の住民に囲まれて、ウハウハライフを過ごさなくてはならないのだ。
そんな俺様にこの小汚い城が果たして必要なのか、いや、間違いなく必要ではないであろう。
つまり少しぐらいであれば破壊したとしても、それを直して使わなくてはならないような期間は限られていて……
「ちっと勇者様、壊してはいけませんよ、一応国から与えられた大切なお城なんですからね、故意に破壊することは少しでも看過出来ません、王女として」
「だってよ、このまま呼び掛けても居留守を決め込まれるだけだぜ、どうするってんだよ?」
「そうですね……皆さ~んっ! 聞いて下さ~いっ! ここの住人は借金を返しませんよ~っ! ここには他人から借りたものも返さない、とんでもなく卑劣な男が住んでいますよ~っ!」
「おいコラやめろっ! それだと俺が借金取りに追われているみたいじゃねぇかっ!」
「いえ、そう言われましても他に方法が……っと、中で少し動きがありましたね」
「あぁ、ちょっと静かに、リリィも止まれ、走り回るなっ……」
『……あの、どちら様でしょうか? 我には借金などなく、むしろ高額の隠し財産さえあるのですが?』
「ほう、その隠し財産について詳しく教えろ」
『いえ、あなたが誰かは知りませんがね、我はちょっと忙しいのです、セールスなら他所へ行って下さい、邪魔ですから』
「何が忙しいってんだ? その忙しい理由を言ってみやがれこの不法侵入者がっ!」
『……おや、よもや我の正体を知っている者が来訪しようとは……なるほど、少しばかり魔族の気配がしますね』
ようやく呼び掛けに応えた野郎副魔王、『少しばかり魔族の気配がする』とは言うものの、気配を隠し、力を抑えることが出来ているのは女性副魔王の1人のみ。
他はマーサにしてもユリナにしてもサリナにしても、それから興味本位で付いて来てしまったエリナにしても、あとはいつから居たのか知らないが、物陰からエリナの様子を窺っている気持ちの悪いエリナパパも、それはもう上級魔族の強大な力が周囲に飛び散らんばかりに溢れ出している状態。
もしかして野郎副魔王の奴、それを察知することが出来ないタイプの魔族なのであろうか。
確かに討伐済みの四天王よりは強く、自らは力のコントロールも出来ている様子だが、だからといって察知能力が高いとは限らないからな。
で、ここはひとまずこの状況を利用することとしよう、向こうがこちらの正体に気付いていない、こちらがとんでもなく強いキャラばかりであり、もう1人の副魔王まで含まれているとは思っていないのだから、戸が開くまでそう信じさせておくべきだ。
このまま借金の回収に来たヤ〇ザのフリでもしつつ、奴が面倒になってそれを直接的に排除しようと動くのを待つのだ……
「すみませ~んっ、ねぇ、せっかくお応え頂いたんですし、ここらでちょっと話し合いませんかねぇ? 金のこととか、お前が気持ち悪いハゲの豚野郎であることとか、ねぇ?」
『……何を仰っているのかはわかりませんが、出て行かないのでしたらこちらも実力行使に出ますよ、よろしいですか?』
「おい聞いたか? 実力行使だってよ、こんな所に隠れて、中からしょぼくれた声で喋ってんのによ、上等だ出て来いやオラァァァッ!」
『仕方ありませんね、もう排除する以外ないようですっ!』
ガンガンと、壊れない程度に戸をノックしていた俺の手は、あるところで突然スカを喰らう。
ようやく出て来たようだ、汚い手で俺の城に触れ、しかも中で生活までしていたゴミ野郎が。
スッと開く扉、ヌッと出て来るハゲの頭、近くで見るとより一層気持ちの悪い野郎だ。
そしてその自信満々のハゲは、こちらの顔をひと通り見渡した後、額に冷や汗を浮かべながらそっと、静かに戸を閉じようとしたのであった……
「おっとぉっ、せっかく出て来たんだ、ちょっと外で話し合おうぜ、このプレハブ城の利用料金について」
「貴様! 異世界勇者であったかっ! そしてその仲間と、さらにはそこの女! どうして貴様がここに居るのだっ? もしや我を売ったなっ?」
「いえ、売るような価値はないと思うんですが、あと頭髪も、その量じゃ全部引っこ抜いても筆にさえなりませんね」
「売り物になるかならないかは知らんがな、とにかく不法占拠は良くねぇんだよ、出て来いっ!」
「ギョェェェェッ! なんというパワーだっ⁉」
開いた戸の隙間からはみ出していた副魔王の襟首を掴み、一気に外へ放り出してやる。
弱い、そして軽い、あの苦戦した四天王よりも強い副魔王なのだが、あの頃よりも強くなった今の俺達にとっては敵ではない。
そして飛んで行った先にあったのはドライブスルー専門店、間合いに入った、ということは入店したということなので、何か購入しないとそこを離れることは出来ないのだ。
すぐにいらっしゃいませと、店長を務めている元縦ロールお嬢様、コリンによる笑顔のあいさつで迎えられる副魔王。
常連化しているゆえ顔馴染みなのだとは思うが、この従業員らはこの知らないおっさんが、俺の城へ普通に出入りしていることを疑問に思わなかったのであろうか。
いや、そこは商売人であり、プレハブ城がどうなろうと儲かれば良いのだから、そこをあえてスルーするという選択肢は当然のもの。
もちろん彼女らの私物も、勝手にこの城の中に運び込まれているのだから、こんな汚らしいおっさんにそれを見られ、場合によっては使用されてしまうなど、耐え難い屈辱であったに違いない。
しかしそれをグッと堪え、この魔王軍大幹部で金持ちで、カロリーの高そうなものを好んで喰らいそうな馬鹿な魔族を客として、それこそ上客として扱ったのは賞賛に値する。
で、その上客のフィナーレ、死ぬ前の最後の食事はいかがなものか、注文を聞くコリンは何を追加でオススメするのか……
「はい、肉野菜サンドがひとつ、ドリンクはオレンジジュースですか、もう二度と買い物しないことを考えると、ダンボールに雑草を挟んだサンドと、それから床を拭いた雑巾の搾り汁がおススメですが?」
「のぉぉぉっ! 我は買い物をしに来たわけではないのだっ、すぐにここを立ち去らねば……」
「おいっ、入店しといて何も買わずに帰ろうとするんじゃねぇよ、冷やかしには死を、それが勇者流商売術なんだ、コリン、コイツに『末期の雑巾搾り汁』をくれてやれ」
「かしこまりましたーっ、雑巾搾り汁LLサイズ入りまーっす、お会計金貨50枚でーっす」
「オラッ、金貨50枚、耳を揃えて支払いやがれ……早くっ!」
「そそそそっ、そんな手持ちはないのだ、魔王城の居室へ帰れば50枚でも100枚でも、取りに行くゆえ今は見逃してくれっ!」
「無理だな、勇者流商売はいつもニコニコ現金払いなんだ、耳を揃えてというのはこういう感じかなっ?」
「ギャァァァッ! わ、我の耳がぁぁぁっ!」
「あの、出来ればカウンターを汚さないで頂けると……衛生的にアレなんで」
「おっと、それはすまんかった、ほら、有り金全部出したらこっちへ来いっ」
「ギョェェェェッ!」
こうして野郎の方の副魔王を捕えた俺達、こんな奴でも魔力、戦闘力は高く、あの不快な害虫を使わずとも、本気を出せば指先ひとつで王都を更地に変えることぐらいは出来てしまう危険生物だ。
念には念を入れて、その指先も、それからその他の危険なパーツも削いでおくこととしよう、生きてさえいれば、これから王都内にて執り行われる処刑については、十分に楽しむことが出来るのだから……




