923 こちらの攻撃
「起きて下さい、Delivery Die たかしよ、あなたの出番が来てしまったようです」
「おいたかしっ! 寝てねぇでとっとと起きやがれっ! 遅刻だぞこの野朗!」
「シッ、勇者さん、DDTは非常にデリケートな魔導兵器なんです、あまりそういう態度を取られると、すぐにビビッて狸寝入りをしてしまうんです、気を付けて下さい」
「お、おう、たかし弱いなマジで」
「たかしではありません、まぁたかしではあるんですが、ひとまずコードネームで、DDTと呼んでやって下さい」
「DDTたかし……」
「……そういえばですが……たけしだったかも知れません」
「・・・・・・・・・・」
もう何でも良いのだが、とにかくたかし? たけし? には早く起動して頂き、町を覆い尽くすダニ、ノミ、シラミをどうにかして貰わなくてはならない。
マトンによる優しい呼びかけに対し、最初は微かに、そして次第に強い反応を見せ始めるたかし、ではなくひとまず『DDT』と呼んでおいてやることとしよう、へそを曲げられると厄介だからな。
で、しばらくの後、完全に起動したようすのDDTは、その格納庫的な場所から自発的に降りてくる。
ちなみに服装の方は、健康診断のときに着るような、あの簡易な何かを身に着けているのみ、もちろん野朗だ。
そんな格好を見せられているこちらの身にもなって欲しいところなのだが、デリケートな性格だという情報が既にある以上、いきなり批判的な態度を取るわけにはいかない。
ひとまずは普通に話し掛けてみよう、ご機嫌を損ねないように、威圧感を覚えられないようにだ……
「おう、お前がたか……DDTか、他者を認識することが出来るのか」
『……あの、研究者様、どうしてこんな所にバトルスーツを着込んだ巨大なダニが居るのでしょう? 削除して構いませんか?』
「あ、えっと、その方は、あの……」
「おうマトンよ、なんだか話が違うじゃねぇか、すげぇ調子乗ってんぞコイツ」
「いえ、何だかすみません勇者さん、他の2人には普通にビビッている」様子なんですが、どうやら異世界人に対しては、恐ろしいとかそういう印象を持たないようで、そもそも人だと思っていないみたいですね」
「ってことはアレだな、ここで一発締めておいて、どっちの方が偉いのか、それをわからせてやる必要があるってことだな」
「ダメだぞ主殿、せっかくの兵器を使用前に破壊するんじゃない、ほら、ちょっと落ち着いて」
『っと、そのおっかない2人は我が味方ということですね、やーいっ、そこのダニ野朗、バーカバーカッ!』
「鉄くずが調子乗りやがって、後で確実に破壊してやるからな、覚悟しておけよ」
『おっと、君にそれが出来るかな? どうかな~っ?』
「それよりも早く行くぞ、主殿も、ソイツに構っていては全く先に進まないからな、ほら早くっ、DDTとやらっ」
『ひぃっ! み、味方じゃなかったんですか……すみませんすぐ行きますっ』
全方位、もちろん内部も含めて、どこからどう見ても鬱陶しい性格の魔導兵器DDT、人間らしいのはガワだけであり、中身は所詮魔法人形なのだが、そのガワが表情まで再現していることが問題なのだ。
本来は大量発生したダニ、ノミ、シラミを駆除するためだけに開発されたものであって、もはや『兵器』というのもアレな存在なのだが、それが人の形を成し、そして人間的なノリで調子に乗っているという、その事実が本当にムカつく。
だが今はコイツが有用であることが確かであり、直ちに破壊してしまうとか、そういうことをするわけにはいかない。
一緒に階段を降り、一緒に研究所から出て、しばらく、というか作戦が終了するまで一緒に行動することになるのだ……本当に破壊してしまいたいがやむを得ないな。
で、外に出てみて初めて思ったのだが、王都を覆っていた黒雲、つまりダニ、ノミ、シラミが大量に集合した空中の塊は、もうほとんどが消え掛かっているのであった。
空にうっすらと見えるあのザラザラの層が全て地上に落ち尽くせば、それで今回の攻撃のメイン部分は終了ということだな。
だがその被害は、攻撃の終了と共に自然消滅するものではない、王都内の道、家々、下水溝や口臭便所に至るまで、奴等を完全に駆除しない限り、今回の事案が本当の解決を迎えることはない。
そしてモタモタしているうちに攻撃の第二波が、第三波が、そして副魔王による直接的な攻撃や、あのツルツル中級魔族のような人間ないしそれ以上のサイズの部下を用いた攻撃が、再びこの王都を襲うことは想像に難くないのである。
早く行動を開始せねば、もちろん今現在、目の前にはこのDDTのターゲットとなる奴等が大量に、異常な感じで跋扈しているのだが……誰がその掃討を命令するのかと思えば、まさかのルビアであった……
「さてたかしさん、このダニとかノミとかシラミとか、全部やっつけて下さい、ね、たかしさん」
『あの、たかしではなくDDTとお呼び頂けると……何でもありませんでしたぁぁぁっ!』
「うるさいですよたかしさん、それで、どうやってこの不快なゴミをやっつけるんですかたかしさんは?」
「あ、それはですね、まず体内に埋め込まれたカートリッジからガスを出して、それをお尻から噴射するかたちで……」
『バフゥゥゥゥンッ!』
「え……これめっちゃ汚いんじゃ……オナラですよね普通に?」
「そうなんですが……一応このDDT、最初は研究員がふざけて創り出したものでして……その、ちょっと役に立ちそうなので保管してあったんです」
「なぁマトン、その『カートリッジ』だけあればさ、ぶっちゃけコイツ要らなくない?」
「私もそう思いますが、一応ですね、5秒に1回の噴霧によって後方1m程度のダニ、ノミ、シラミを殲滅することが出来るというのは、かなり効率が良い方でして」
「そうなのか、それならしょうがないな」
「あっ、しかも見て下さいっ! アレは攻撃256回に1回の確率で出せる強攻撃、全身の毛穴から、1階の攻撃に用いる分量と同じだけの薬剤を噴霧して、半径5mという広範囲の敵を殲滅することが出来る技ですっ!」
「……いや、最初から毎回それをやらせろよな」
中のカートリッジがどうなのかはまるでわからないのだが、とにかく屁をこきまくる、対ダニ、ノミ、シラミ用の魔導薬剤を散布しまくるDDTであった。
そして時折見せる強攻撃によって、あっという間に周囲のそれらを、わずらわしい極小吸血生物共を死体へと変えていく。
しかし王都は広いのだ、そしてその広い王都の全てのエリアが同じような、奴等に制圧され尽くしたような状況なのである。
コイツ1体が屁をこき続けたところで、その全てのエリアを、隅から隅まで掃除し尽くすには、一体どれほどの時間と労力、そしてカートリッジを必要とするのか。
この作戦はダメだ、気が遠くなるという最悪のデメリットを有しているし、成功のビジョンが見えない。
このままでは明らかにアウトだと、マトンに伝えようとした瞬間……DDTの動きがピタッと止まり、そのまましゃがみ込んでしまった……
「……おい、何か知らんが止まったぞ、どういうことだよウ○コ座りなんかして……まさかっ?」
「ええ、そのまさかだと思います、あの姿勢は空になったカートリッジをパージする際にキメるポーズだと……」
『うぅぅっ、ふぬぬぬぬっ! はぁっ!』
「汚ったねぇぇぇっ! ウ○コだっ、ウ○コしやがったぞコイツ!」
「我々は何というモノを見せ付けられているのでしょうか? いや、これは研究所の予算を大幅に削減しないと、もうすぐやってくる来年度から」
「あの、王子様、ちょっと待って下さい、私が居る部署はこういうことしてませんからね、勘違いしないで下さいね、ね?」
しゃがみ込み、ケツから茶色いカートリッジを排出するDDT、本当に最悪な奴だ、というかカートリッジを茶色にした研究所員も、社会的にではなく物理的に首を刎ねた方が良いのではなかろうか。
呆れ返る俺達の中で、マトンだけは必死で予算の削減を阻止しようと奮闘しているのだが、これを王子であるインテリノに見られた以上、もう『研究所は普段から遊んでいる』という評価を下されるのは時間の問題。
願わくば、そのアホな研究所から取り上げられた予算が、常日頃真面目に活動し、結果も出している俺達勇者パーティーの方に振り向けられて欲しいと、そう考えてしまうのは強欲か。
で、そんなことを考えている間にカートリッジの排出を終えたDDTは立ち上がり、そして次の攻撃を……始めない、立ったまま動こうとしないのである……
「え~っと、あっ、新しいカートリッジを入れないと動かないようです、ちょっと待っていて下さいね、すぐに取って来ますので」
「すぐに取って来るって……なるほど、ここ、研究所からまだ50mぐらいしか離れてないんだな、つまり全然討伐が進んでないと」
「もうダメかも知れませんねご主人様、一旦帰って、王都からお引越しする準備をしましょう」
「ルビア、王子の前でそういうこと言うなよ、かわいそうだろう、なぁ王子?」
「いえ、正直私もどうかと思います、最終兵器があの使えない、現在の研究所を代表するかのような低能兵器となると」
「……まぁ、おれもそう思うぞ、で、マトンは……何かすげぇ持って来たんだが?」
「お待たせしました~っ、これです、これどうやら15分ぐらいしか持たないらしくて、とにかくあるだけ持って来ました、追加製造もしていますっ、この量なら3日は連続稼動出来ますよ」
「いや、たかしが3日動いてもな……」
カートリッジだけを大量に持って来たマトン、そして追加製造もしているとの情報だが、それについてイマイチ喜ぶ気にはならない。
この茶色のカートリッジを量産するのと同時並行して、DDT……ではなくもっとまともな魔導噴霧装置の方も造らなくてはならないのだが、それについては全く言及する様子がない。
とにかくコイツでは、このDDTだけが延々と、チマチマと稼動し続けるだけではダメだと、マトンに気付いて貰わなくてはならないのだが……賢さが高いのでそれは承知なのではなかろうか?
俺よりもインテリノよりも、そしてジェシカよりも賢さが高い、というか上級魔族としてのステータスの高さをほぼ賢さに全振りしているマトンが、この状況下において何も考えていない、気づいていないということは考えにくい。
となると、その考えを邪魔するような馬鹿がどこかに居て、そいつのせいでこんなにくだらない作戦のまま、カートリッジだけ大量に用意して……ということになっているに違いないのだ。
これは是正してやらねばなるまい、さもないとこのまま、このどうしようもない作戦が継続して、王都はいつまで経っても片付かないどころか、副魔王による次の攻撃で完全に再起不能となってしまうであろう……
「……マトン、もっとほら、別の作戦があるなら言っても良いんだが、どうだ?」
「え~っと、そのですね……少なくともこのDDTが、あと5,000体程度は欲しいかと……そう考えているますし、そのように主張したんですが……」
「いるんですが、何だ?」
「その、上の方からの圧力で、このDDTは1体しかないものだから、それを活躍させている間、少なくとも王子様が見ている間は貴重なものでなくてはならないとか、量産するとその凄さがわからなくなるとか、意味のわからないことを上司が言っておりまして」
「何の意味も成さないアレだな、で、それってもしかして、さっき後ろを付いて来ていた無能っぽい奴が言っているのか?」
「いいえ、奴……というのは失礼かもですが、アレは無能すぎてもう喋ることさえ出来ないんじゃないかという次元でして、ついでに部署も違いますし……で、さっきの馬鹿げた主張をしているのは別の部署、若手がこのDDTをふざけて造った部署の上司なんですが……わかりにくいので私の部署のを『無能ハゲA』、そっちの馬鹿を『無能ハゲB』としておきましょう、で、全部その『無能ハゲB』のせいです」
「なるほど、まずはその『無能ハゲB定食』だっけか? そいつを殺そう」
「ご主人様、定食ではないようですよ」
「そうか、まぁどうでも良いが、王子、ちょっとすまないが王立研究所の無能研究員1匹を処刑する権利を俺にくれ」
「いえ、その権限を渡すまでもありません、私が殺りましょう、これは国の責任ですから」
頑なにDDTを量産しないつもりだという『無能ハゲB』、実際に出会ったことはない、いやどこかですれ違っているのかも知れないが印象が薄いのであろうそのハゲは、きっと非常にムカつく、ゴミのような顔面をしていることであろう。
未だにすぐそこにある、というか俺達が移動していなさすぎるのだが、とにかく研究所へと向かった。
と、その前にカートリッジの装填だ、今は1体だけのDDT、いやゴミのたかしだが、全く稼動していないよりもマシだということでそうしておくべきである。
茶色の、明らかにウ○コなカートリッジを口から飲み込み、ついでに予備の3つを手に持ったたかしは再起動、いきなり抽選に当たり、強攻撃を撒き散らしつつ歩いて行ったのであった。
さて、そんなたかしの姿を眺めつつ研究所へと入った俺達は、マトンの言う『無能上司B』の待つ部署へと向かう……
※※※
「オラァァァッ! 出て来いやこのボケナスがぁぁぁっ!」
「ななななっ、何だねっ? 君は確か異世界勇者の……で、後ろのはその配下の女2人か、フンッ、我々の創り出したDDTが、こんなにも活躍しているということが不快なのかな? きっとそうに違いない、君達と私とでは、きっと人間の価値が違うのだよ、ブワハハハハッ!」
「……この者は本当に無能なようですね、所員の方、誰か武器を持って来て下さい、自前の剣がこのゴミの汁で汚れてしまうのはあまり良い気がしませんから」
「ん? 何なんだこの小さいガキみたいなキャラは……げぇぇぇっ! そのバトルスーツの顔部分からチラッと見えるお姿はぁぁぁっ!」
「私です、そしてあなたを処分しに来ました、死んで下さいこの世のために」
「ギョェェェッ! おっ、お助けぇぇぇっ!」
「……何か、王子とかそういうのに出会ったらすぐにブチ殺される、そのぐらいの認識を持ちつつ馬鹿なことをやっていたようだなこの馬鹿は」
逃げ惑う『無能上司B』、白衣のような上着を脱ぎ捨て、あろうことかインテリノの方に投げ付けている。
それはもちろんバトルスーツと同等の効果を持つ、ダニ、ノミ、シラミを寄せ付けない魔導コーティングがされた高級品であり、王国から貸与された備品だ。
そんな大事なものを、自らの保身のために、この場から逃げ出すためだけに投げ付けているのだからどうしようもない。
この時点で普通に死刑でも構わないと思うのだが、その前段階で既にその刑が確定してしまっているこの馬鹿には、特に意味のない罪であったろう。
で、この『無能上司B』、部下からは相当に恨みを買っていたようであり、インテリノの命令によってほぼ全ての研究員が、手近にあった武器のようなものを手に集合している。
それをインテリノに手渡そうというつもりの研究員達、だがもはやそれをする必要はない。
というかそもそも王子にモップだの箒だの、わけのわからない実験用の棒切れなどを持たせるべきではなかろう……
「よろしい、ここの皆さんからは後程、あのふざけた魔導兵器を創り出してしまったことについてお聞きしたいのですが……」
『はいっ! 全てこのハゲが命じたことですっ!』
「なるほど、皆さんはそれに反対しましたか?」
『当然ですっ! ですがこのハゲが……』
「わかりました、ではこの件はこのハゲのせいということで手を打ちましょう、ただし条件として……皆さんの手でこの馬鹿のハゲのアホの無能な上役を『処分』して下さい」
『ハイ喜んでっ!』
「やめっ、やめっ……やめろぉぉぉっ! ギョェェェッ!」
研究員達によってボッコボコにされ、さらに首まで切り離されてしまったハゲ、良い気味だ。
で、その後のインテリノの号令によって、すぐにDDTの全力をもっての量産が始まる。
マトン曰く、あの程度の魔導兵器であれば1時間に15体ぐらい生産することがかのうであるとのこと。
この点については多少盛っていると思うのだが、研究所の予算を減らされないためには必要な盛りなのであろう。
もちろんあながち嘘ではないというのもポイントだ、ガワについては適当に造って、かつコアとなる思考回路の部分については、その辺の古代遺跡から発掘したAIの機構とかそういったものを、適当にセットして使用可能な状態にするだけで良いのだ。
そんな簡単なお仕事であるからして、俺達がその場で待っている間にも、『たかし』とその必要とされるカートリッジはどんどん生産されていく。
そのまま3体が製造を終えたところで、こちらはそのまま製造を続けるよう、本来は罰を受け、予算を減らされるべき研究所員にそのことを命じ、俺達は研究所を出る。
もちろん製造が終わった『たかし』と共にだ、コレを用いて王都内のダニ、ノミ、シラミを殲滅し、まずは安全を確保するための行動を取るのだ……
「行きなさいたかし2号、たかし3号、たかし4号、それから……今完成したたかし5号! 王都を守るのですっ!」
「……なぁ、どうしてルビアが司令官みたいな感じになっているんだ?」
「さぁ? まぁ成行であろう、とにかく主殿、私達もほら、煙の良く出る松明を持って敵の殲滅に当たるぞ、それから……どうしたマトン殿?」
「あの、勇者さん達はこの魔法薬をマーサ様に……ちょっと、かなりかわいそうなことになっていると思うんで」
「これは……駆虫薬か、よしっ、マーサにも、それから他の仲間達にもコレを届けようっ!」
突如としてマトンが持ち出した駆虫薬、もちろん魔導なのだが、俺達はこれを持って王都の外で待っている仲間達の下へと向かう。
とにかく戦力を増強、いや復活させるのだ、それがこの先の戦いに活きてくることは確実なのだから。
ということでその薬品を持ち、俺達は王都北門を目指して走ったのであった……




