922 超兵器
「それでっ、その研究所にある兵器ってのはどんな感じのアレなんだっ?」
「超強力育毛剤ですっ! それを特殊な魔導技術で気化させて、爆発させるんですっ!」
「……ヤバくね?」
「ヤバいとおもいます、効果範囲内の生物はあっという間にボーボーで、もう毛というよりも小さな森ですね、マリモとかでは勝負にならないぐらいの毛玉が生成されます」
「人間が喰らうと?」
「全てを毛に吸い尽くされて0.1秒で死亡します」
「・・・・・・・・・・」
kろえから王都内に攻め入るであろうツルッツルの、全身が鏡面仕上げとなった中級魔族の集団、全ての攻撃をそのツルツルさで無効化してしまうのだが、穴に叩き落とせば滑って登れないということがわかっている。
だがそんな連中を始末するために、王都の町中を穴ぼこだらけにするわけにはいかないのだ。
よって研究所にあるという、『対ハゲ専用決戦兵器』を用いて、奴等からツルツルさを奪ってしまおうという作戦なのだが……
その兵器、どう考えても危険すぎるシロモノだ、間違って普通の人間が喰らってしまったらどうなるのか? きっと巨大な、その人物の毛の色をした『陸上マリモ』が生成され、遺体など残りもしないであろう。
まぁ、その代わりに遺髪だけは大量に採取出来ると思うのだが、そもそもその毛玉が誰なのか、どこのどいつなのかわからない状態では、遺族も困惑してしまうはずだ。
だが、俺達に残された道は、そのわけのわからない兵器を用いて敵を殲滅、その脅威を王都から排除する以外に存在しない。
地道に戦うよりもその方が間違いなく早いし、もしそれをしないとしたら、王都から敵が消え去るのは、相当程度に蹂躙されてしまった後となるのだから……
「見えましたっ! やはりか、王宮もそうでしたが、この研究所も敵の攻撃が分厚いようですっ!」
「俺達の屋敷もそうだったぞ、やっぱ狙ってやがんなあの何だっけ、野郎の方の副魔王か」
「しかし本体はどこに隠れているのでしょうか? 早く見つけ出して殺害しないと、このままではジリ貧もいいとこです」
「わからんが、そして感覚の鋭い仲間があの状態じゃ探しようもないが、とにかくこれからやって来るツルツル軍団と、この鬱陶しいダニ、ノミ、シラミを排除することに成功したら、ワンチャン本体が姿を見せるかも知れないぞ」
「そうだと良いんですが……とにかく急ぎましょうっ!」
リタイヤしたカレンを除き、先に王宮の様子を見に行っていた王子のインテリノと再合流し、4人のパーティーとなった俺達バトルスーツ部隊。
ダニ、ノミ、シラミだらけの王立研究所、その正面玄関から突入し、まずは受付のお姉さんに……と、既に避難しているようだ、入り口付近には誰も居ない。
だが、明らかに火を焚いている、煙を出している様子が窺える感じだ、その煙が濃いのは……奥の階段の方か、そちら方面に逃げた研究所員が、煙で燻す作戦を取って奴等を排除しているのであろう。
すぐにそちらへ、誰か居ないかと叫びながら走ると、上の方から足音が聞こえ、それが急いで走っていることがわかった。
現れたのは比較的小さなバトルスーツと、その後ろにはかなり大きなバトルスーツ、その2人だ。
そして小さい方のバトルスーツ、その中身は……間違いなくマトンだ、元魔王軍魔将補佐で、今は研究所員で、そしてヒツジ魔族のマトンである。
「あ、えっと、勇者さんでしょうか? それからお仲間の……マーサ様は?」
「マトンだな、マーサはやられた、今は王都の外に避難させている」
「そうでしたか、私達研究所の一部の人間は、このバトルスーツを着用していて助かったんですが、かなりの人数が被害を受けて……これ、どう考えても副魔王様の攻撃ですよね?」
「そうらしいが、いや、たまたまそんなのを着用していてラッキーだったなマトンは」
「いえ、最近はもう面倒なんで、出勤時からこの格好ですよ」
「それはそれでなかなかやべぇと思うんだが……まぁ良いや、とにかくさ、ちょっとこっちの事情を聞いてくれ、そっちの……上司か?」
「ええ、この方は研究所の上司ですが、普段は『日がな一日座ってるだけ公務員おじさん』をしています、では上の避難ルームへどうぞ、王子様が来たとあれば皆の士気も高まることでしょう」
「そんな無能上司殺してしまえよ……」
全然喋ろうともしない、自分で判断して行動することが出来ない様子の上司キャラ、バトルスーツのお陰で顔は見えないのだが、きっと中身はオロオロしているのであろう。
これは急ぎでないと大変なことになると、それをすぐ理解したマトンが走り出し、俺達もそれに続いたのだが、無能上司は一瞬固まった後、慌てた様子でその後を追った。
こんな状況なので直接指摘されたりはしないのだが、コイツの無能さについては、既にインテリノの方で確認済みであり、この事案が終了した後には、それなりの扱いを受けることとなる、そのことはもう確定したも同然だ。
で、いくつか階段を上った先に、やたらと煙たい、中でサンマでも焼いているのではないかと思うような状況の部屋へ辿り着き、そこの扉が空けられる。
その先にあった比較的大きな部屋の内部には、バトルスーツを着込んだ研究員が10人程度、それから素の格好をして、かつ両手を広げ、全身に煙を浴びている最中の研究員及びスタッフがかなりの数居た。
サンマこそ焼いていないが、七輪に火を熾して、その中に煙の出そうなものを次々と詰め込んで……一酸化炭素中毒にならないか心配だな、そう思ったのだが、何気に通気口から煙を排除しているようだ……
「おぉっ、その小さなバトルスーツはもしや……やはり王子様でしたかっ!」
「そうだ、所長、ここの現在の様子と、それから『あの兵器』の状態を教えてくれ」
「へへーっ! ですが王子様、あの兵器はハゲが襲来したときのもので……このタイプの敵に対しては特に効果を得ないかと」
「それが違うのだ、敵はこのダニ、ノミ、シラミの影響を受けない兵を、ハゲどころか全身無毛タイプの魔族を送り込んでいるのだ、目下の脅威はそれであり、総攻撃に対してすぐに対応出来るよう努めなくてはならない」
「畏まりましたっ、では兵器の発射準備を、目標はっ……目標は……」
「王宮前広場、ひとまずそこに設定して欲しい」
「なんということか……」
危険極まりない大量育毛兵器を、あろうことか自分達の町の、それも中心であって普段は多くの人々で賑わう王宮前広場に向けなくてはならない。
それを自らの命令でする研究所長の心労はいかほどのものか、だが大丈夫、ストレスでハゲてしまったとしても、大量育毛兵器をほんの少し浴びればたちまち元通りなのだ。
で、その研究所長の説明によると、ここの職員は研究員、その他のスタッフ、実験用にキープされていた死刑囚に至るまで全てが無事。
もちろんかなりやられてしまった者も居るようだが、今のところは痒さに耐えかねて飛び降り自殺したり、大量のダニ、ノミ、シラミに色々とされ、血がなくなって干からびてしまったような者は皆無とのことだ。
いや、ここでは対応が速かったためそうはならなかったのだが、パニックになった市中においては、そろそろそういう最期を遂げるような一般人が出始めてもおかしくはない。
ツルツル中級魔族への対処も重要だが、ダニ、ノミ、シラミの方も早く排除する必要があるのは確実だ。
そして二度と同じ攻撃を喰らわないために、野郎の方の副魔王をサッサと見つけ出し、処分してやらねば……
「勇者さん、あの強烈な決戦兵器の準備が整ったようです、上の『発射室』までお越し下さい」
「何だ発射室って、ヤバそうで仕方ないんだが」
「ええ、かなりヤバいので気を付けて下さい、バトルスーツは絶対に脱いだり、外の空気を取り込んだりとかもしないようにお願いします」
「……イマイチ行きたくないんだけどな」
研究所の人間が隠れているフロアよりもかなり上、というか元々は屋上であったはずの所に、仮に設置されている様子の『発射室』、そこにはバトルスーツ姿の人間が複数終結していた。
そしてその中に入ることなく感じ取ることが可能な凄まじい魔力、仮設の、もしかしたら俺のプレハブ城よりもショボいのではないかと思われるその場所に、おそらくはここの研究所に人間全ての魔力を搔き集めても、ここまでにはならないであろうというレベルの力が蓄積され、地味に溢れ出しているのだ。
その前で待っていたバトルスーツ姿の研究所長が扉を開け、中へ俺達を案内してくれる……中は異様な光景であった、小さな玉が大砲のような真っ黒の筒の中に詰め込まれ、今まさにその蓋が閉じられたところである。
小さな玉と表現してしまったのだが、どう考えてもアレは魔力の塊、しかも通常のモノではなく、人間由来成分の『魔導毛生え薬』を、凄まじい力で圧縮、凝縮したものであることは、もう俺だけでなくジェシカも、そしてルビアでさえも認識していたはず。
たったのひと粒であったとしても、もし飲み込んでしまったりすれば大事、もし俺がこの場でそのようなことをしたら、きっと一瞬のうちに狼男のような状態に、そして数分後には毛の塊へとなり果てていることであろう。
もちろん最強の勇者様で、魔法に対する抵抗力もそこそこ、まぁパーティーの中では最悪の部類だが、魔族を含む全人類の中では、きっと上位0.000001%程度には入っているはずのこの俺様でもそのようなこととなってしまうのだ。
まともな戦闘力を、魔法抵抗力を有していないその辺のモブキャラが、もし万が一その状況に陥ったとしたらどうか、きっと毛の大爆発が起こり、その場所にはダニ、ノミ、シラミの楽園が出来上がってしまうに違いない。
ということで慎重に慎重を期した作戦が、最後に全員バトルスーツの確認をしてから執り行われることに……と、まだ敵の主力は到着していないようだな、西門の方はかなりやかましいが、それがあのツルツル魔族の侵入によるものなのか、それともこのパニックが限界を迎えたゆえにそうなっているのかはわからないのだ……
「発射準備完了、このまま敵の到来を待ちますっ」
「……うむ、責任はわしにあろう、王都中央、王宮前広場に向けて、敵が雪崩れ込むと同時に発射するが良い」
「一般の王都民がそこへ逃げ込まないと良いのですが……」
「躊躇してはならない、もし被害が大きいようであれば、最悪わしが……わしがその育毛剤を浴びて自決しよう」
「いえ、所長はむしろ健康になるのでは? その毛根、死滅寸前ですよ、ちょっとぐらい育毛した方が良いかと思われます」
「・・・・・・・・・・」
若手の空気が読めない発射係にディスられつつ、敵の到来と、それから自ら発射命令を出す瞬間を待つ研究所長。
というか、俺達がここへ呼ばれた理由は何なのだ? 特にやることはないし、この所長が王子からの依頼とはいえトンデモなことを、王宮前広場に向けてやらかすのを見届ける、その役目は果たして必要なのであろうか。
ジェシカも特にやることがないという感じで突っ立っているし、ルビアは……立ったまま寝ていやがる。
顔に落書きをしてやろうと思ったが、バトルスーツを脱がせるわけにはいかない、とりあえず後にしよう。
で、そんな感じで待たされていると、騒がしかった西門の方が、より一層やかましく……敵さんのご登場である。
どうやら数百体、あのツルツル中級魔族が西門を突破し、一般市民や一般兵士を殺戮しながら、王都の中心、つまり王宮前広場を目指しているらしい。
敵の位置は未だにかなり遠くなのだが、そうであることはここからでも把握することが出来る。
テカテカ鏡面仕上げの奴等は、空を覆う、しかしかなり薄くなってきた黒雲の隙間から覗く太陽の光を反射し、その居場所をこちらに伝えてしまっているのだ。
「来やがったぞっ! 奴等がさっき広場で戦ったツルツル中級魔族だっ!」
「何という眩しさっ、だが我が頭頂部も負けてはおらぬ、ここはバトルスーツを脱いででも張り合って……」
「いやそうじゃないっしょ所長、攻撃ですよ攻撃、いっときますか?」
「そうであった、いや、まだまだ引き付けるのだ、もっとこちらへ、広場の中心へ寄せてから……今だっ!」
「おっ、ようやく発射のようだぞ主殿、これでっ、ひぎぃぃぃっ!」
「これはやべぇっ! とんでもない魔力の放出だぞっ!」
真に強烈な一撃というものか、とにかく砲身の中に詰め込まれた超強力魔導育毛剤の、それをさらに凝縮した危険物が、霧状になってそこから放たれる。
喰らった人間は毛塗れになって死亡すると、そういう触れ込みであったのだが、どうやらそうではないようだ。
まともに喰らえばこんなもの、その魔力が持つエネルギーによって、通常の人間などあっという間に蒸発してしまう。
もちろん俺達も、このバトルスーツを着用せずに、この強大な、そして濃密な魔力に触れたらどうなってしまうことか。
きっと頭がクラクラしたり、それから疲れ易くなったり、そういったダメージを受けてしまうに違いない。
そしてこれは単なる魔力の放出ではない、ここからが攻撃の本番、大爆発を起こすことによって超強力魔導育毛剤を広範囲に撒き散らし、そしてどんな攻撃もツルリと受け流すあのツルツル中級魔族にも効果が出るように、良い感じの状態に仕上げるのである、もちろん原理などわからないし知りたくもないし、知らなくても良いし……
「攻撃最終段階、点火……一般市民3、兵士5が取り残されていますが……あ、勝手に死んだ……ということで点火!」
『ぬわぁぁぁっ!』
点火した本人さえ一緒になって叫んでしまう魔力の暴走、光り輝き、そして周囲が真っ黒になる。
だがこれは魔法の効果で黒くなってしまったわけではない、毛が、効果範囲に居た全ての生物の毛が、王都中心の広場を覆い尽くしたことによるものだ。
目が慣れてきたところで見た光景は、生きている者も死んでしまった者も、そしてツルッツルであったあの中級魔族の集団も、ダニもノミもシラミも、生きとし生けるもの全てが全て、真っ黒な毛玉になってしまった、まさに終末の光景であった。
この効果に驚いているのは研究所の職員らだけではない、王子であるインテリノも、そして俺もジェシカも、人類はとんでもないモノを作り出してしまったものだとの思いである。
なお、ルビアは立ったまま寝ており、そのまま先程の魔力にやられて気絶してしまったようだ。
今は起きているのか寝ているのか、気絶しているのかはわからない状態だが、とにかく立ったままである。
「……敵の殲滅を確認、砲身が冷え次第次弾を装填します」
「うむ、そうしておくべきだな、して……わしにもその超強力魔導育毛剤(高度濃縮タイプ)、ひと欠けだけで良いから貰えぬかな? サンプルとして」
「研究所長よ、あまり横領とかそういうことはしない方が身のためだと思う、とびっきりのハゲだと噂の所長が、この一件を機にフッサフサになっていたとしたらどうか、誰もが疑うと思うし、私もしかるべき機関に報告しなくてはならない」
「もっ、申し訳ありません王子!」
「いや、てかあんなのひと欠けだけでも使ったら死ぬだろうよ普通に……」
次の敵集団を待つ間、そんなくだらない話をしながら発射室の中で過ごす。
しばらくして次弾が装填され、もういつあの規模の集団が攻め寄せても良い状態となった。
今度は逆側から来るかも知れないのだが、幸いにもこの発射室は180度回転し、全方位を狙える魔導機構が搭載された夢のような場所、これは完璧だ。
で、やはり東門からやって来た敵、今度は少し狙い辛い位置であったが、それにも一撃……広場の毛量が異様に増えた、しかもその状態になり果てても生きている奴がかなり存在しているようで、魑魅魍魎というか魑魅毛量である。
「……おい、何かこう、えらいことになってきたような気がするんだが……大丈夫なのかコレ?」
「大丈夫かどうかといえば大丈夫ではないと思いますが、いずれにせよそのまま、つまりこの攻撃をしなかった場合には、王都自体が大丈夫ではなかったと考えるべきでしょうから、その、まぁご愛嬌といったところですね」
「ご愛嬌でこんなにされちまったら浮かばれねぇわ、まぁ、ほとんどは敵キャラなんだろうが……して、これからどうするんだ、俺達、正直ここでは役に立っていないぞ全く」
「そうですね……やはりここは研究所員達に任せてしまって、私達は本来の敵、つまりダニ、ノミ、シラミをどうにかするためのアクションを起こしませんか?」
「う~む、それはどうしたら上手くいくものなのか……どうしたマトン?」
「えっと、この研究所には疫病対策の部署もありまして、そこで開発されたそういう生物専用の魔導兵器がありまして……いかがでしょうか?」
「なるほど、それはどんなのかな?」
「当該魔導兵器は人造人間のようなものでして、死をお届けする者『Delivery Die たかし』、通称DDTと呼ばれています」
「いや誰だよたかし……」
またわけのわからない新キャラが登場する予感なのだが、今回は『人造人間』であり、しかも『たかし』という名前の時点で野朗だ。
まともに扱ってやる必要はないし、不要になればブチ殺してしまっても構わないであろう。
とにかく『たかし』、ではなく『DDT』か、そのいかにもダニ、ノミ、シラミに効きそうな名前の魔導兵器を、サッサと起動させて味方に付けなくてはならない。
研究所長からかなり信頼されているようで、当たり前のように重要な倉庫の鍵を手渡されたマトンの案内によりによって、俺達はその『DDT』が格納されているという部屋へと向かう。
着いた先で見たのは……どう考えても人間の、そして俺と同じ黒髪の、しかしそのオーラは人のものではない、明らかな魔導兵器、ゴーレムの類であった……




