920 王都へ戻れ
「行くぞっ、走れ走れっ! とにかく急いで王都へ戻るんだっ!」
「待って下さい勇者殿! 少し落ち着いてっ!」
「どうしたんだ王子、急がねぇとマジでやべぇぞっ!」
「いえっ、王都は確かに心配ですが、まずあの黒雲の正体が何かを把握してからでないと、無闇に突入するのは危険です」
「お、おうっ、そうだな、確かにそうだ」
「あと勇者殿!」
「あと何だ?」
「走るのが遅いです……」
「・・・・・・・・・・」
お子様王子のインテリノに走りの遅さを指摘されてしまった大人勇者の俺、だがこればかりは仕方がない、俺の素早さはイマイチ成長しないのだ。
ちなみにルビアの姿は遥か彼方、もちろん後ろであり、もうあの女のことは誰も見ていないし、誰も期待していない。
俺達がしばらく停止していることを、自分を待ってくれているのだと思い込み、息を切らせながら笑顔でこちらに手を振っているのだが、実はそうではないということについては黙っておこう。
で、確かにインテリノの言う通り、このまま普通に王都へ向かうのはあまり良い選択ではない。
場合によっては俺達も、あの黒雲、というか副魔王の兵だという何かから攻撃を受けかねないのだ。
もしそれで俺達が、ここに残ったメンバーが戦闘不能になればそれでアウトである。
そのまま王都を制圧され、副魔王の攻撃は『成功』ということになってしまう、それはよろしくない。
ということで、ゴロゴロと転がっている岩によって少し影となっている、魔王城からも、王都からも視認し辛い位置に全員集合し、作戦会議を始める。
作戦会議といっても、俺達だけで何か考えるよりは、手元にある『情報源』から色々と話を聞く方が早いのだが……とりあえずそのようにしてみよう……
「おい妖精さん、あの黒雲、副魔王(野郎)の兵は何なんだ? ガス状の生物とか、そういう感じのアレなのか?」
「いえ……それをお答えするのはちょっと……」
「そうか、ルビア、ちょっと爪楊枝を貸してくれ、尖った方でカンチョーしてやる」
「ぜぇっ、ぜぇっ……私にですか?」
「いやさすがに違うから、そんな拷問、この妖精の子に喰らわせるに決まってんだろ、なぁ?」
「ひぃぃぃっ! やめて、やめて下さいっ! 私だってそんなに詳しくは教えられていませんし、普通に経理なんですからその、戦闘のことは……」
「そうなのか、でもアレが何なのか、どんなものなのかを教えることぐらい出来るだろう? あ、爪楊枝サンキューだ、さて……オラッ!」
「はうあっ! きゅぅぅぅ……」
「やべっ、気絶させてしまったぞ、しまったな、これじゃ話が聞けないじゃないか」
小さな、手のひらサイズの妖精の子、妖精の中でもかなり小さい種族なのであろうか、とにかく爪楊枝でのカンチョーによって相当のダメージを受けたらしく、普通に目を回して気絶してしまった。
こんなくだらない失敗で、貴重な情報源をしばらく会話不能に陥らせてしまったのはかなりのミスだ。
だが情報源はこの妖精の子だけではなく、もっと扱い易い、何を喰らわせても差し支えない馬鹿が手元にあるではないか。
インテリノによってアゴを砕かれ、さらにここまで引き摺られ、半死半生の状態のまま連れられているハゲ課長。
コイツを使えば情報は得られるであろうし、かなり偉い存在である分、その内容にも期待が持てそうだ。
ということでまずは……治療をしてからでないとどうしようもないな、というかこのままでは普通に死亡してしまう。
かなり息が整ってきたルビアに回復魔法の使用を命じ、あっという間に全回復の状態へと持っていく。
気を取り戻し、シュタッと立ち上がったハゲは、一時ファイティングポーズを取ったものの、確実に敵わないということを一瞬で悟り、逃げの姿勢に入ったのであった……
「クソッ、我はここで失礼するぞっ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよこのハゲ、おいっ、ちょっと待てコラ」
「ぐべぽっ……あっ、あがががっ……」
「っと、やべぇやべぇ、殺してしまうところだったぞ、こんな情けないクソ野郎だが、今は生存価値のある貴重な存在だからな」
「・・・・・・・・・・」
「で、お前さ、あの副魔王の兵? 何アレ? 知ってんなら答えろ、知らないと言い張るのであれば……どうする王子?」
「首を落としましょう、手柄は首だけで十分ですから、ここで死んでしまっても構いませんからね」
「ひぃぃぃっ!」
「だってよ、だが王子はまだまだ甘いぞ、首を斬るだけとか子供の考えだ」
「ではどうするというのですか?」
「首を落とすんじゃねぇ、体の方を磨り潰してやるんだ、こういう風になっ!」
「ギョェェェェッ!」
まずは足先だけ、ほんの少しだけを、その辺にあった大き目の石を用いて磨り潰してやる。
きっと練り物というのはこういう感じで作るのであろう、もっとも、こんなハゲを蒲鉾にしたとしても、誰も購入したりはしないであろうが。
なお、もちろんルビアの回復魔法を僅かに掛けつつ、磨り潰された箇所からの出血によって死亡してしまわぬよう心掛ける。
ついでに意識の方も保たせたままとし、このまま何も喋らなければ、このハゲ課長は足先、手先から徐々に、自分の体が練り物にされていく痛みと恐怖を味わい続けるのだ。
さて、この苦しみから解放されるため、早く胴体から斬り離された首が、その胴体の方に与えられ続ける地獄の苦しみから解放されるため、ハゲは俺達が聞きたいことを、包み隠さず話してくれることであろう……
「で、どうなんだ結局? おいこのハゲ……答えないならこうだぞっ!」
「ギャァァァッ! わ、わかった、教える、我が知っていることは全て教えるから、頼むからその拷問を止めてくれっ!」
「ほう、じゃあまずあの黒雲の中身というか正体というか、それを教えろ」
「アレは……アレは副魔王様の兵である」
「そんなことは知ってんだよこのボケェェェッ!」
「のわぁぁぁっ! ひっ、ひぃぃぃっ……副魔王様の兵は……ダニ、ノミ、シラミ、その他諸々の小さな生き物だっ!」
「えっ?」
「驚くのも無理はない、副魔王様はな、そういったわけのわからん生物を巧みに操り、敵にとんでもない痒みと、それから地獄感染症を与える凶悪な攻撃をなさるのだっ!」
「……で、アレ全部そうなの?」
「そうだっ! あの黒雲に見えるモノ、それが全て副魔王様の操るそういった生物なのだ、空から撒き散らすのは常套手段だな、苦しむが良いっ!」
「……ジェシカ、カレンが気絶したから解放してやってくれ、ノミは天敵だろうからな、で、コイツは……王子、ゆっくり時間を掛けて磨り潰すぞ、調子に乗りやがってこの野郎!」
「わっ、我がやっているわけではないのだが……ギャァァァッ!」
ダニもノミも、シラミにしても、毛量の多いカレンにとってはとんでもない天敵である。
それがあんなにも大量に、しかも自分の生活空間である王都に撒き散らされているのだからたまらない。
ひっくり返ってしまったカレンは、ジェシカが地面に敷いたシートの上に寝かせてやり、ルビアが団扇で扇いで解放してやっている。
俺とインテリノはその間、悲鳴を上げ続けるハゲのボディーの部分を、今度は小さな石を用いて徐々に、ゆっくりと練り物にしていく。
どうせこのままでは王都に接近することが出来ない、今行けば、せっかく無事で済んだ俺達までもがあの攻撃に、ダニだのノミだのシラミだのに暴露され、凄まじく痒い目に遭ってしまうのだから。
結局のところ、今はまだ待つしかないというのが確定された事実であり、そもそもここを動くべきではない。
最低でもあの黒雲様のダニ、ノミ、シラミが地面に落ち切るまで、それまでの間は様子を見なくてはならないのだ。
王都に残っている仲間、とりわけマーサが心配だな、いや、髪の長い仲間はそれこそ全滅であろうし、それ以外の仲間も無事では済まないであろう。
これはとんでもなく凶悪で、非人道的な攻撃方法、この件については魔王軍に正式抗議し、戦後、生き残った敵連中に与える罰を大幅に割り増ししなくてはならない……
「それで勇者殿、これはいつまで待つべきなのでしょうか?」
「わからん、確かに『黒雲』は小さくなってきているようだが、それでも全部落ち切るのにはかなり時間が掛かりそうだぞ」
「ですね、かといって燃やしたり、吹き飛ばしたりすれば……」
「燃やせば地上の人だの建物だのに引火して大火事だ、吹き飛ばせば奴等がより拡散して、最悪王都周辺の生態系が丸ごとアレになるぞ」
「クッ、どうにか近付くことが出来ないものか……っと、アレは何でしょうか?」
「ん? あ、え~っと……人間のような形をした、しかし人間のようには見えない何かが、王都北門から出てこちらへ向かっているようだな……何だろう?」
「……あぁっ! アレはゴンザレスですよ! 彼が人間なのかどうかはわかりませんが、あのフォルムは間違いなくそうです、ほら、筋肉が異常なほどに隆起していますっ!」
王都から出てこちらへ向かう、必死で走っている様子のゴンザレス、その後ろは王都筋肉団の仲間達のようだが……奴等にしては走るのが遅い、先程の俺と同程度だ。
そして途中で1人、また1人と倒れ、その場で行動不能となってしまっている様子。
戦闘を走るゴンザレス、あの強靭な肉体を持った男でさえも、良く見ればフラフラのようである。
今の感じだと100mを走るのに2秒近く要してしまっている、もしかしてだが、王都内に居た、しかも外に居た筋肉団連中は、攻撃によってかなりのダメージを負ってしまったのではなかろうか。
いやそうであるに違いない、通常の人間の10倍以下の速度で走り、その最中にバタバタと倒れるなど、本来ある筋肉団の姿ではない。
奴等はダニ、ノミ、シラミに吸血され、キャラによってはモジャモジャの胸毛の中に忍び込まれ、凄まじい勢いで体力を奪い取られているのだ。
そして接近して来たゴンザレス、追い付いている筋肉団員は、基本的にスキンヘッドのツルツル野郎ぐらいのもの。
こちらに向かって必死で手を振り、ようやくここまで辿り着くことが出来たと、そういった表情を作っている……
「お~うっ、勇者殿~っ! 大丈夫か~っ?」
「いやあんたが大丈夫かよ? 攻撃の話はここのコイツから聞いたぞ、大変だなこりゃ」
「おうっ、ミートボールと話が出来るのか勇者殿は、しかしやられた、この俺が、俺が……」
「あ、倒れやがった、大丈夫じゃないのは自分だったんだな」
「どうしましょう勇者殿、ひとまず木陰に運びますか? ゴンザレスの体重は2.3tらしいですが」
「いや、この男はもうダニ、ノミ、シラミにやられ尽くしている、迂闊に触ると俺達も被害に遭うし、近付かない、特にカレンには近付かせちゃダメだ、あと何だその体重は? 金属製なのかこのおっさんは」
明らかに人間の重さではないゴンザレスには申し訳ないが、重いから、という理由ではなく、危険であるため運んでやることが出来ないという事実。
ゴンザレスだけではなく、他の筋肉の方々も倒れ、地面に這い蹲って痙攣しているという悲惨かつ気持ちの悪い光景なのだが、現状、彼等こそが危険物そのものなのである。
迂闊に接近すれば、たちまちダニ、ノミ、シラミがこちらへ、目にに見えないままピョンピョンと飛び移り、新たな被害者兼危険物の出来上がりということになってしまうのだから……
しかしこの屈強な連中でもこのザマなのか、王都の中に居た一般の連中はどうなっているのやら。
もちろん兵士も、王都を守るために駐在している冒険者やその他の兵員についても同じだ。
彼等はもっと、動くことさえままならない状況に違いない、それも攻撃開始直後からである。
つまり、今の王都はガラ空き、誰も守備していないも同然の、単なる空白地帯に他ならない。
これに乗じていつもの連中が、この首だけとなったハゲ課長率いる『ネチネチ攻撃部隊』が攻め込んでいたらどうなっていたことか。
王都そのものが簡単に落とされ、この馬鹿のハゲ散らかした首は、『功績者』として魔王軍でも一目置か裸る存在になっていたのかも知れないな。
もちろん副魔王(野郎)による今回の攻撃あってのことだが、それでもチャンスを活かし、手柄を現実のものとしたのであれば褒められてしまうのは確実。
で、逆に考えてみよう、俺達はその事態を、偶然にではあるが未然に防ぐことに成功したのである。
一応は『このハゲがネチネチ攻撃部隊の首魁』と知って討伐したのであるから、功績は功績だ。
もし俺達が今回の作戦を完遂しなかったら、あそこで壁をブチ抜くことなく、王都が心配だからと撤退を決め込んでいたら、今の状況はこの最悪を、さらに越えたトンデモなものであったに違いない。
これにつき、後程たんまりと報酬を受け取ることとしよう、もちろん王都が、王都を運営するお偉い方が、この攻撃による健康被害でどうこうなってしまっていないという条件付きにはなりそうだが……
「それで主殿、彼等はどうするのだ? このままではその……変な生物に喰い尽くされてしまったり……しやしないか?」
「いや、さすがにそれは大丈夫だろうよ、たぶんだけど……で、この連中は俺達にピンチを報告するという役目を終えたんだ、ここにそのまま放っておけば、いずれ蘇生して戦線に復帰することであろう、なぁ王子?」
「ええ、私もそうなると思います、彼等についてはまだあまり研究が進んでいないのですが、訓練中の事故で死亡した団員が、一度腐り果てた後何かこう、芽が出て来て新しく生成されたとか……」
「王子、それはもはや生物としてアレなのでは? まぁ、彼等のことを私はあまり知っているわけではないのだが、それで、とにかくこのままにしておくとして、黒雲はだいぶ小さくなってきたぞ、私達はそろそろ動かないのか?」
「待て、それはカレンが回復してから、そしてほら、王都の方からやって来るあの人影を迎えた後だ」
「人影? あぁ、あの人影か」
「あら~、あの格好はもしかして……お母さん、ですよねおそらく……間違いなく」
「そうだろうな、銀ピカのバトルスーツに身を包み、同じものを5人前抱えてやって来る伝説の戦士、救世主だ」
「そんな救世主伝説ががあったとは、さすが勇者殿、勉強になります」
「うむ、今創ったのだが、せっかくなので後の世まで語り継ぐが良い」
「・・・・・・・・・・」
適当な救世主伝説はさておき、王都の方からやって来るのは明らかにルビアの母であるシルビアさん。
そして着込んでいるのは、以前用いた『養蜂業者』的なものよりもさらに防御力の高い、対放射線用とも思えるような防護服……バトルスーツだ。
ゆっくりと歩いているのだが、それは少しでも気密性を保ち、ダニ、ノミ、シラミの侵入を一切許さないために仕方がなく、かつその方が雰囲気が出るためであろう。
襲われる王都を背に、一定のリズムで歩を進めるその輝くスーツの姿は、まさに救世主そのものであり、そしてそんな演出はどうでも良いので早くして欲しいところ。
しばらくして、ようやく辿り着いたシルビアさんは、こちらに向かってバトルスーツを投げ付けつつこう言った……
「皆、王都が大変なのよ、これでは商売にならないし、商品である革製の乗馬器具もダメになってしまいそうなの、そのバトルスーツを『有料』で『貸与』してあげるから頑張ってちょうだい」
「……わ、わかりました、じゃあ早速」
「あっ、ちょっと待って、それ、内側にダニ、ノミ、シラミが入り込んでいないか、入念に確認してから着用した方が良いと思うわよ」
「ひぃぃぃっ! 確かにそうだっ! おい皆、しっかり確認してから袖を通すんだぞっ」
襟、袖、その他諸々、全員で必死になってそのバトルスーツが清浄な、『奴等』に汚染されていないものかを確かめる。
特にひっくり返っているカレンに着せるためのものの、その頭と尻の部分は入念にチェックした。
耳と髪と尻尾、それらがやられれば、カレンはとんでもない苦痛を、痒みを味わうこととなってしまうためだ。
で、目視にて確認はしたものの、もしかしてわからない、目にも見えないような小さい『奴等』が存在するかも知れないと、そう思った俺達。
一旦聖棒を使ってそのバトルスーツを干し、ついでにインテリノが使える火魔法によって出した炎と、それを受けて燃焼した枯れ草や木の枝などを用いて、煙で燻すかたちで『奴等』を排除していく……
「どうだ? かなり煙臭くはなってしまったようだが、これでどうにかなると思わないか?」
「主殿、ちょっと私が着てみよう、こういうときに犠牲になるのは年長者と、そのような相場なのだからな」
「頼もしいな年長者、まぁ、実際に年齢がいくつなのかは忘れたことにしておくが、王子、この光景を見るんだ、これが本来年長者が取るべき行動であって、あの何だ、王都の貴族とか、特に偉そうにしている、自分さえ儲かればどうでも良いと思っている貴族はゴミだ」
「わかりました、この事案が終結したら、そういう者を炙り出して処刑しておきます」
「おう、ちなみにソイツが有用であるのなら殺すなよ、こちらが金儲けするに際して使える馬鹿は泳がせておくんだ、要らなくなったら処分すれば良い」
「は、はぁ……」
「主殿、王子様にそのようなことを教えてはいけないぞ、で、このバトルスーツは大丈夫なような、皆も、そしてカレン殿にも着せてやることとしよう」
「あぁ、これで王都に突入することが出来るな……ちょっとイヤではあるがな……」
こうして『バトルスーツ』を着用した俺達5人、自分も戦うとの主張をするシルビアさんを伴い、そのまま王都の北門を目指していく。
ダニ、ノミ、シラミだらけのあの場所に、俺達は気合で、もちろんバトルスーツの力を借りて飛び込むのだ。
目標は仲間や関係者、王都尾住民の救出と、それから脅威となっている敵の排除である……




