919 窓から見た景色
「明かりですっ、明かりが近付いてきましたよっ、もうこんな真っ暗なのヤダッ!」
「こらルビア殿、あまりはしゃぐと敵に気取られるぞ、少し静かに、ゆっくり歩くんだ」
「は~い、でも明かりですっ! ひゃっほうっ!」
「全く理解しては貰えないようだな……」
先程までは少しバテ気味で、あまりやる気の無い表情をしていたルビアであったが、真っ暗なこの非常階段の中で、明かりを発見したことによって作られた、そしてその明かりに照らされたのは満面の笑み。
可愛らしいので俺が注意するのではなく、ジェシカにそれを代行して貰ったのだが、どうせ、誰が言ったとしても聞き入れはしないであろう。
とにかくルビアは走り、かなり上の方にある明かり、おそらく窓のようなものへと近付き、今はもう身を乗り出して外の様子を眺めているようだ。
「どうだルビア、何か見えるか?」
「え~っと、こっちがさっきまで居た王都北の森で、そうなるとこっちが王都……だと思うんですけど、ギリギリで見えませんね、残念です」
「まぁ、王都の様子を眺めに来たわけではないからな、それについては別にどうでも良いとして、高さ的にはどんな感じなんだ?」
「えっと、凄く高いです」
「上、建物の一番上までの距離は?」
「凄く遠いです」
「話にならんから俺とそこを代われっ、このっ」
「いててててっ、もっと抓って下さいっ」
アホで、まともに確認することさえも出来ないルビアの尻を思い切り抓り、乗り出していた体を窓からひっこ抜いてやる。
スポンッと抜けたその柔らかボディーはジェシカに預け、俺は早速その誰も居なくなった窓から身を乗り出して……なるほど、凄く高いな、そして建物の最上階までも凄く遠いようだ。
……これはマジでわからないな、ルビアには話にならんなどと言ってしまったのだが、どうやら俺の方もまるで話しにならないらしい。
だがもちろんルビアに対して、謝罪して訂正するなどという真似はしない、したくはないのである。
よって『何となくわかった感』を出しつつ、ここはジェシカかインテリノに交代して……インテリノは身長が足りないのか。
「ジェシカ、何となくだが俺にはわかった、あまり正確とは言い難いがな、何せ目が悪いもんだから、で、ジェシカもちょっと見て、今居る位置と一番上までどのぐらいで、何階層ぐらいなのか、それを確認して俺に考えを述べてくれ」
「……主殿はわか……いてててっ! で、では確認しよう……今は20階層といったところか? えっと、それから全体が50階層で、あと30階層ぐらい、そんなところのように思えるな」
「ふむ、そのように予想したか、俺の予想である『今は21階層』、『全体が52階層』で、残り31階層ぐらいというのと若干のズレが生じているようだが、まぁ、だいたいそのぐらいということでOKだな」
「・・・・・・・・・・」
何やら蔑んだ目線を送ってくれるジェシカだが、無視して話を先へ進めることとしよう。
ひとまずここは半分よりも下の階層、というか魔王城というのはどれだけ巨大な建造物なのだ。
外側からはその高さが際立ったりしない、面積が広すぎてそのような感想を抱かないのであるが、実際の所は推定で50階建てと、建物の範囲のみならずめんせきもそれなり。
まぁ、俺の領地はなかなか広く、王都から王と北の森までの範囲がそうであり、そしてその王都の北から南までの半分程度の距離の、そのうちの4分の3程度を『城だけ』で占めていることを考えれば、その高さにも納得がいく。
で、この高さ、つまりおよそ50階層のうちの20階層程度ということであれば、今はまだ敵の幹部クラスが居るような場所ではないはず。
30階層を越えてから少しづつ偉い、そして賢い奴が日々を過ごし、仕事をしているフロアとなり、40階層を越えてそれ以上が、本当に偉い幹部クラスの居場所であるに違いない。
ということで窓のある場所からさらに上へ、ひとまずは次の窓がある場所を目指して先へ進む……
「しかし魔王城単体でこの広さなのか……本来の敷地全部、もちろん空に浮かんだときにどうなったのかわからないものだが、それを含めたらどんな広さになるんだろうな?」
「確か前にユリナ様が言っていたではないか、マーサ殿だったかな? 『本丸』とか『二の丸』『三十二の丸』とか、そんな次元の建物まで存在していると」
「あ、あったよなそんな話、いつだっけか……忘れたな」
「いやはや恐ろしいですね魔王城というのは、私共の王宮など……」
「百五十の丸ぐらいだろうな、冗談抜きでそんなもんだぞ、てか人が住むところじゃなくて物置かも知れない」
「そういうレベルでしょうね、ゴミ箱でなかっただけマシですが」
「俺様のプレハブ城はそれ以下、便所どころか便器そのものだぜマジで」
などとくだらない話をしつつ、次の明かりが見える場所までやって来た、またルビアがダッシュするかとも思ったのだが、階段ばかりが続いたため疲れているらしく、妙に大人しい。
最初にそこへ辿り着いたのはカレンであり、必死でジャンプしてその窓かr身を乗り出し、『さっきより高いですっ!』という感想を述べる、当たり前だ。
で、今度はジェシカに抱っこされ、どうにかこうにか上半身をその窓から出すことに成功したインテリノが、その高さについて正確な報告をする。
どうやらここは30階層程度らしい、先程の高さと階段の上がり方、その他諸々の事情を考慮しての判断らしいが、体感的にもその通りであろうというところ。
そろそろこの辺りか、壁をブチ抜いて、元々のフロアに戻るべきときが来たのかも知れない。
そう思ったのだが、そこではジェシカとインテリノに否定され、次の『窓がある場所』まで移動することが決まった。
ということでさらに階段を上り、迎えたおよそ40階層程度、そこにあった外へ繋がる窓は……ふたつ、西へ向いたものと、それから南向きのものだ。
かなり明るいのはそのせいであったか、南向きの窓からは晴れた春の日の陽射しが差し込み、まるでこんな陰気臭い場所にはい居ないかのような、外のような明るさを表現している。
今度は2人、西側の窓枠に飛び乗ったカレンと、それから南側の窓から身を乗り出したルビアが……ルビアの動きが止まった、何か発見したというのか……
「ご主人様、王都が見えます、見えますが……」
「王都が見えて、それで何なんだ?」
「あの、ちょっと分厚い雲が、その……」
「要領を得ないな、ルビア、ちょっと俺と代わってくれ」
「ええ、何かこう、凄い感じですよ」
「その凄い感じってのがまたわからなくて……おうっ、何だありゃ?」
南向きの窓、かなり高い位置であり、そこからあ俺達が本拠としている王都は完全に、全てのエリアが見える状態であった……あったはずである。
だがそこから見た王都の様相は、俺達がいつも思い描いていたものと随分違うものであった。
黒い、非常に分厚い雲のようなものが、その比較的大きな町全体を覆い尽くしているではないか。
黒い雲、といっても普通の、普段良く見かけるものとは違う、どんなに強い雨の日にも、そして雪の日も、雹が降り注ぐような日にも、あのような雲が空に出現しているのを見たことがない。
明らかに何かがおかしいな、異常気象だとか特異な現象だとか、そういった言葉では片付けることの出来ない、片付けてしまおうと思えない何かを感じる。
これは少し確認してみる必要がありそうだな、南向きの窓枠から身を乗り出す係りをジェシカに交代し、一旦その様子を見させてみた……明らかにおかしいという反応だ。
ルビアや俺だけではない、他の誰が見ても、あの王都に掛かった雲の様子がおかしいという感想を抱くのであった……
「これ、この感じはちょっとヤバくないか? 気象兵器(魔導)の類で王都が攻撃されているとか、そういうことはないか?」
「可能性は非常に高いな、見てみたところ、あのおかしな雲が掛かっているのは王都の上空だけだ」
「もちろん『単に雨を降らせるだけ』のものには見えませんし、ここは一度、戻って確認した方が良いのではないかと思いますが……どうでしょうか?」
「う~む、今回はここまでか、まぁ、このルートを確認することが出来たというだけでも成果には成果だと言って良いには良いが……う~む、どうかな、行くべきか戻るべきか……」
「ご主人様、ひとまずこの近くの敵さんを1人ぐらい、やっつけてから戻りませんか? ここの壁の向こうですけど、結構人が居るような音がしていますよ」
「そうか、じゃあ最低限の手柄を立てて、それで心配な王都に即帰還する、こういう感じでいこうか」
「ええ、それが良いかも知れません、王都のあの現象については杞憂となる可能性もないとは言えませんから」
ということでここから、壁の向こうに居るであろう敵の殲滅を計画し、少しばかりの手柄を立てることを画策する。
カレンの見立てによると敵の数はおよそ10、魔族とはいえ下級や中級の者は四つ足、またはそれ以上の足で歩行する気持ちの悪いタイプが存在しているため、純粋に壁越しの足音だけでは数を判断出来ないのだ。
で、ここの敵を殲滅するのはもう確定なのだが、俺達がもう一度、次の機会にここへ同じルートで侵入し、何かをやらかす可能性が十分にある。
今回の作戦でそれほど手柄を立てることが出来なければ、またここへ来なくてはならないのが確定なのだが、その際に障害となる要素をここで作り出すわけにはいかない。
そのため『敵が侵入した』ということが明らかにわかってしまう、しかもこの非常階段ルートで、壁をブチ抜く方式で中へ入ったことが、どんなに頭の悪い敵の目、その節穴に映し出された時点で確実視されてしまうような行動は慎まなくてはならないのだ。
よって何か誤魔化すための作戦を立てておくのが筋なのだが……ダイイングメッセージ作戦は先程の二番煎じとなってしまうし、もっと別の方法を考える必要があるな。
すぐに案を出し合うのだが、なかなかこれといった内容のものは出てこない、というか作戦に無理がありすぎるのではないかというのが、現状で最も賢さの高いジェシカの主張である……
「う~む、かといってここまで来て何もしないで帰るというのはな」
「でもご主人様、さっき王子様があの変な魔族を倒しましたよね? それで良いのでは?」
「いや、あんな雑魚如き手柄としてはゴミすぎるだろう、あんなの、『ちゃんとトイレでウ〇コ出来ました』ってのと同じぐらいの手柄だぞ普通に」
「それは手柄というか日常で……と、どうしましたかカレンちゃん?」
「シッ、静かにして下さい、壁の向こうの敵さん達が何かお話ししています、えっと……あ、何だか偉い人が、魔王軍はもうダメだから逃げるとか、そんな感じのことを言っていますね」
「何だとっ? それはちょっと気になるな、それに対する他の奴の反応は?」
「え~っと……そんなこと言わないで下さいとか、この件は上に報告させて頂きます、全くどうしてこの馬鹿がこんなに偉くなって……あ、1人出て行っちゃいましたね、他の人も何か凄く怒っているというか、呆れている感じです……ご主人様が変なことしたときの皆みたいな感じですね」
「カレン、最後の一言は普通に余計だぞ……しかしこれは使えるな、その何というか、情けない上司のせいにして、そいつの反乱的な感じでいこうか」
「そうだな、その状況を使わない手はない、良いと思うぞ」
「私もそれには賛成ですね、この階層の、しかもそこに集まった魔族の最高位者ということであれば、そこそこの手柄となり得る首でしょうから」
「よしっ、じゃあカレンとジェシカで壁をブチ抜いて、俺とルビアで雑魚敵を静かに殲滅、王子はどいつが首魁なのかを目で見て判断して、これまた静かに制圧してくれ、ただし無理はするなよ、皆良いな?」
『うぇ~いっ!』
ここで作戦開始、前に出たカレンとジェシカが、頷き合った後に壁をブチ抜く、静かに、全く音を立てないようにだ……普通はそのようなことを出来ないのだが、そこはご愛敬だ。
で、壁の向こうにはかなり明るい部屋があり、一瞬だけ眩しさに目が眩んでしまった。
陰気臭い魔族の分際で、どれだけの明かりの中に居るというのだ、などということを言ってしまうとマーサなどに怒られそうだな。
しばらくして目が慣れ、ようやく室内の様子を把握することが出来、その瞬間にグルっと、全てを隈なく見渡す感じで内部を確認する。
敵の数は9匹、全部野郎の汚らしい魔族……かと思いきや、女性の上級魔族、おそらく妖精か何かの類だが、体の小さな者が1名、10人目として紛れ込んでいた。
次の瞬間、この事態がどのようなものなのかを認識した1匹、比較的キモ顔でハゲの上級魔族が、本来の出入り口らしき扉へ向かって駆け出す。
だが一瞬だけ遅かった、既にクリアな視界を確保したカレンが走り、出入り口の扉を塞ぎつつ、そのハゲの毛量が少ない首を飛ばしたのである。
残りは動かないのだが……中央、高級そうなデスクの向こうに居るのがここの親玉のようだ。
戦闘力は殺害担当者であるインテリノとほぼ互角だが、若干こちらが上のように思えること、そして敵の方は未だに気が入っていないことなどを考慮すれば、おそらく勝利することが出来るであろう。
残りは……俺は女性キャラの妖精らしき魔族を押さえる、既にジェシカが走り出し、ボスキャラも含めて残り7匹となっていたうちの2匹をスライスしている。
ルビアも動き、ここで1匹を絞め殺す、ここまで音は立てていない、最初の1匹が叫び声をあげる前に、カレンが動いて殺害したのはナイスであった。
しかし敵も徐々に状況を理解してきたようで……ここからは一気に片付けよう、もちろん静かにだ……
「はいそこ静かにっ、静かに死ね」
『ぐぎゃっ』
「ななななっ、何だ貴様等はっ……異世界勇者⁉」
「残念ながらあなたの相手は私です、まずは逃げ出すための足を頂きましょう」
「ぎょぇっ……あ、足が折れてぇぇぇ……むぐっ」
「良いぞっ、そのまま口を塞いでおけっ、コイツは出血などさせず、生きたままここから連れ出す、この妖精っぽい小さな子もな」
「むぐぐぐっ」
そのまま残りの雑魚を殲滅、雑魚と言っても3匹を除いた全てが上級魔族、俺達や筋肉団の居ない王都であれば、単独で滅ぼすことが出来そうな次元の強キャラであったのだが、俺達からすれば単に雑魚である。
インテリノは完全にその『トップキャラ』を拘束し、俺も妖精の子が逃げ出したり、大声を出したりなど出来ないようにしっかりと握り締めた。
ついでに脅しを掛けておこう、騒いだらもっと強く握るぞと、さらに暴れたりしたら爪楊枝でカンチョーしてやるぞと……と、諦めて大人しくなったようだ、他は死んでしまったし、ここからはこの妖精の子と話をすることとしよう。
扉に鍵を掛け、先程出て行ったらしい奴が戻る前に全てを済ませることを皆で確認し合い、ルビアの持っていた細く短い紐で妖精の子を縛り上げる……
「あの……異世界勇者……ですよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「なんということでしょう、こんな無能の下に配属されたばかりに、私はここで殺されてしまうのですね……」
「それはないから安心しろ、俺は魔族であっても、大量殺人鬼であっても、とにかく女の子は殺したりしないんだ……もっとも、俺達の作戦の礎にはなって貰うがな」
「というと?」
「あぁ、今この壁に空いた穴、これはこの馬鹿、ここの室長……か何かか?」
「いえ、『人間の町ネチネチ攻撃課』の課長です」
「そうか、で、その無能課長が脱走を図るために開けた穴ということにしておく。で、コイツは自分のことを上にチクりそうな部下を殺害後、お前を人質にしつつ、この穴から魔王城を脱出したと、そういうストーリーだ。そしてこの馬鹿は後程処分する、わかるか?」
「え~っと、イマイチ飲み込めないんですが、どういうことでしょうか?」
「……うむ、とにかくお前はこっちで捕縛して、まぁ死なない程度に王都……人族の町を攻めたことに対するお仕置きを受けて貰う、そういう部署なんだろうここは?」
「ひぃぃぃっ、お、お許しをぉ~っ」
「はい、じゃあ脱出だ、皆ダッシュで逃げるぞ、ただし力はあまり使わずにな」
『うぇ~いっ!』
壁の穴を通過し、西向きの窓からシュシュッと脱出する俺達、もちろん妖精の子をそのまま紐で吊るし、それから犯人役に相応しいアホの課長を引っ張ってのことだ。
なお、課長の方はインテリノがアゴを打ち砕いたため、もうまともに会話することが出来ないようである。
首がブッ飛んでも、グチャグチャに潰れても普通に会話することが出来る魔族も多い一方、コイツはどちらかというと本来の人間に近いタイプのようだな。
で、魔王城のエリアから脱出した俺達が、やはり気になって王都の方を見ると……先程よりもかなり薄くなったか、それでも黒雲が、怪しい感じでその上空を覆い尽くしていた。
「……なぁ妖精さん、お前、今王都……人族の町な、そこで何が起こっているのか、それについて聞いているか?」
「あ、え? 知らずに乗り込んで来ていたんですか? それでこんなどうでも良い部署を襲って……」
「何だ? どういうことだよ?」
「あの、えっと、今あの町にはですね、魔王軍の大幹部、副魔王様(野郎の方)が総攻撃を仕掛けています……それももう終わり頃で、同時にあの町ももう終わりでしょうね、申し訳ありませんが」
『はぁぁぁっ⁉』
「ちょちょちょっ、ちょっと待って下さいっ! ではもしかしてあの雲が……」
「雲ではなく副魔王様の群です、かなり小さいですし、魔族でさえありませんが、その……何というか凄く強力でイヤらしい軍勢なんです」
「いや……これマジでヤバくね?」
なんと窓から見えた黒雲、それは魔王軍副魔将の総攻撃であった、その事実についてこんな所で知ってしまった。
ここは急いで帰還せねばなるまい、今王都がどうなっているのか、どう対処したら良いのか、杏子はそれについての確認だ……




