917 こちらからの攻撃
「それで、敵はどんな感じでくると思うか、予想が立つものは挙手するのじゃ」
「はいはいはいっ! はーいっ!」
「……勇者よ、答えてみるが良い」
「そりゃアレだぜ、漢はな、ストレート、直球勝負でくるのが基本だ、まっすぐに、正面からぶつかるね俺なら」
「螺旋状にひねくれておるおぬしが何を言うか、次の者、はいモブ貴族A、答えてみよ……」
「・・・・・・・・・・」
俺の適当な予想はババァによって一蹴されてしまった、無理もない、奴は俺の存在から何から、全てを否定するために生きながらえているような、本当に性格の悪い人間なのだから。
で、そんなババァはさておき、ここで発言して目立っておこうと、まるで小学生の如き発想で無駄な考えを発表していくモブ貴族共。
正直この場で皆殺しにしてやりたいのだが、話してみれば良い奴、とかそういうのも居るであろうから、それと会議をブチ壊しにし、ついでに王国の系譜そのものもブチ壊しにしてしまった場合、きっと怒られてしまうに違いないのでやめておく。
しかしこんな馬鹿ばかりなのは本当に問題だな、俺と同等かそれ以上の能力、もちろんパワーについて不可能だが、少なくとも知能についてはそこそこの、『まぁ賢いっ!』と思える程度の連中を取り揃えて欲しいものである。
と、必死で発言していた若手の貴族が諦めて踊り出した、意味がわからないのだが、それを見た他のモブ貴族も、また次のモブ貴族も、遂には大臣クラスの馬鹿まで踊り出してしまったではないか……
「セラ、もうお土産だけ回収して帰ろう、会議が躍り出したらお終いだ、一向に進むことがなくなってしまうと、そういう伝説を俺は知っている」
「そうなのね、じゃあ戻って皆で考えましょ、ほら、総務大臣は踊っていないしまともよ、一緒に行く感じで」
「奴は単に腰が痛くて踊ることが出来ないとか、そういう感じのアレだと思うんだがな」
とにかくその場に居た踊っていないような連中を引き連れ、俺達の屋敷へと戻る、戻るのだが、そして『連中』とは言ったが、連れて来たのはババァ総務大臣と、マリエルの弟の第一王子、インテリノだけである。
他の連中は皆、『会議は踊る』の呪いに憑り付かれ、きっとあそこで骨になっても踊り続け……しまった、それは島国で『ダンゴ』を生成する際に見たあの踊りではないか、ダンゴではなく、何か良からぬものが召喚されてしまわないか心配だな。
そんなことを考えながら屋敷へ戻る馬車に揺られていると、王宮に女神を忘れて来てしまったことをふと思い出す。
まだ神界には戻っていなかったはずだ、奴め、俺達が移動するのに置いて行かれたと知ったらどうするのであろうか、喚き散らして話をややこしくしないと良いのだが……
「はい到着っと、おいババァ、寝てないで起きて動け」
「……はっ、あぁ、わしぐらいの年齢になると普通に寝ている時間の方が長くなっての、どうしようもないのじゃよ」
「やべぇなそれは、でも今は誰も助けてくれないから、自分で馬車から降りて……何を押しているんだ? そのデバイスのスイッチは明らかに押しちゃいけないビジュアルのやつだろ」
「筋肉団呼び出しスイッチじゃよ、ほら、北門を守っておるのでな……と、早くも来たようじゃな」
「チッ、楽ばっかりしてるとボケるぞそのうち、まぁ良いや、ゴンザレスもついでに会議しようぜ」
「おう勇者殿、プロテインを補給してからなっ!」
ここでゴンザレスを仲間に加え、この男には粗茶と茶菓子の代わりにプロテインとプロテインバーとが提供される……アイリスはこれをどこで買って来たというのだ……まぁ良いか。
で、ここでの議題も先程と同じ、魔王軍副魔王の襲来がどのような形式で始まるのかという点についての話し合いである。
意見したがりなミラやジェシカが前に出て、それこそ兵法だの何だのと言いながら、マップの上に並べた将棋の駒のような木片を使って何かしているようだが、俺にはそれが何なのかサッパリわからない。
そもそもだ、敵は『副魔王単体』として攻めてくる可能性が高く、自らの軍勢を引き連れて一気に王都を飲み込む、などという作戦は採用しないであろう。
そんなことをするのであれば、今現在も断続的に続いている小規模な襲撃、それによってこちらの消耗を狙う作戦が意味を成さなくなってしまう……のか?
いや、いつも通り、何の変化もなく北門の襲撃を行いつつ、ある時突然全方位から、しかも途轍もない大軍勢で襲い掛かってくるつもりなのかも知れない。
敵兵は魔物が多く、雑魚ではあるが『畑で採れる兵員』なのだから、これから収穫時期を迎えれば当然その数も増大、品質ではなく物量で押してきたとしてもおかしくはないな。
とはいえ、こちらにはセラとユリナの大規模魔法があるのだし、そもそも要所を防御してしまえば、そんな雑魚が城壁を越えて王都内に侵入することなど出来ないのである。
その点については安心なのだが……と、ここで黙っていたサリナが、敵兵を空中から投下してきそうだという、あまりにも恐ろしい可能性に言及してしまった。
確かにこちらの航空戦力は、強くはあれども数が少ない、リリィと精霊様だけである……と、まぁセラも風魔法で飛べるのだが、リリィとセットで動くべきことを考えると数が増えることはない。
つまり、もし敵が膨大な数の、こちらの航空戦力が全力を出しても受け止め切れない数で王都を襲ったら、それこそかなりの被害を被ることとなってしまう。
もちろん最終的には殲滅することが出来るであろうが、それでも壊滅的な状況に陥った王都の、その中に居る人々の戦意を削ぐことになるのは明らか。
そうあんれば確実に魔王軍有利、いや、戦況こそこちら向きであり、そのまま戦っていけば勝利は見えているのだが、やはり交渉で、しかも相手がいくつか条件を出すかたちでの和平となりそうだ。
しかもそんな和平が長続きするはずがない、敵は魔王軍、悪い奴とその配下共の集まりなのである。
きっとこちらの一般人が疲弊しているうちに、産業が回復の兆しを見せないうちに、難癖を付けてまた制圧に来るはずだ。
そんなことを許してしまうのは馬鹿であり無駄であり、低能勇者のやること、俺達は少なくともそうさせないために、そしてノーダメージでフィニッシュするために動かなくてはならないのである……
「う~む、空を覆い尽くす敵か……純粋に焼き払うとして、どれだけの手間が掛かりそうだ?」
「その敵の分厚さにもよりますわね、積乱雲のような感じで来られたら、それこそ下の火災を考慮して……1時間以上は必要ですわよ」
「ふむふむ、で、その1時間の間に敵は何をしてくると思う?」
「まずは運んで来た地上部隊を投下して、自分達はこっちの邪魔をするか、主要施設への攻撃に移ると思います」
「なるほど、じゃあそれによる被害は?」
「敵の強さにもよるけど、この薄汚れた都は30分で壊滅するわね、あ、もちろん最初にユリナちゃんが言った、敵が積乱雲みたいな分厚さでくるってのを仮定してね」
「ほう、で、お前等どうして積乱雲なんて言葉知ってんだ?」
どうでも良い質問をしつつ予想を終える、これはなかなかヤバいな、もし敵がこの作戦を採用したのだとしたら、王都内部への凄まじい被害は免れ得ない。
まぁ、予想はあくまでも予想であり、これを、この最悪の事態を想定して、地上で戦う部隊を増員しておけばそれで良いのだ。
それにより、被害がゼロとはならないまでも、少しばかり、いや大幅に軽減することが可能になるはず。
敵が『空爆』ではなく、『地上で戦う兵員の投下』を主体とした攻撃をする際に限定しての話だが……そういえば空爆の可能性はないのか?
「なぁ精霊様、敵がさ、空からさ、何かさ、火の点いたアレとかさ、そういうのってないのかな?」
「何が言いたいのか全く伝わってこないけど、要はアレでしょ、敵が油壷爆弾とかで王都を燃やすとか、そんな感じの攻撃をしてこないかってことよね?」
「そうだ、そんな感じの攻撃をしてくるような気がしてならないんだよ、どうだ?」
「う~ん……まぁ、私としてはなんだけど、きっと地上部隊を空中投下してくると思うわ、だって、もしそんな次元の航空戦力、つまり運搬だけじゃなくて攻撃も、頭を使って出来るようなキャラよね、そんなのが沢山居たらとっくに投入しているはずだもの、でしょ?」
「確かにそうだな、そんな凄い力があるのなら、これまでの攻撃で、もちろん空からの攻撃はあったわけだから、そこで一気に投入してきたはずだよな、それをしないってことは……」
「敵にはもう、空からの直接攻撃でこの町を落とす能力はない、その可能性が極めて高いということね」
「なるほど……よし、その話を信じるとしよう、敵は空からの攻撃を試みるかも知れないが、直接的なものではなく、そこから地上部隊を用いた攻撃へ移行させる感じのアレってことで、それをメインの予想としておこう」
『うぇ~いっ!』
こうして何となくではあるが、敵がどう動いてくるのかということを考え、その話をまとめておく。
実際にどうなるのかということは、攻撃を受けるそのときにならないとわからない」のであるが、まぁ、今のところはこんな感じだとしておこう。
で、相手が攻めてくるということはわかっているのだが、こちらもそれをただ黙って見ているというわけにはいかない。
何かこちらから攻める策を考え、むしろ相手側にダメージを与えてやりたいのだ。
ここからはそれを考えるフェーズであり、意見を出し合っていこうと思う、さて、どうするべきか……
「それで、こちらからの攻撃について何か意見がある者は……はいジェシカさん」
「敵の城はこちら側に向いて、王都北の森を背にする格好だろう? だからこっちは東門か西門から少人数で出て……」
「バックから突いてやるということか、それは面白いな」
「うむ、少し語弊のある言い方だが、それしかないように思えるぞ」
「今の、何か語弊があったか?」
「・・・・・・・・・・」
こちらは早速ジェシカの案が採用されることと決まった、そして『少人数で』という話なのだが、出来れば4人程度、一般的なパーティーの人数で攻め込んでみたいと思う。
ということで参加者を決めるのだが、パーティーリーダーである俺と、それから言い出しっぺのジェシカは確定。
残り2人なのだが……直接戦闘係としてやる気満々のカレン、それから万が一の回復役としてルビアが抜擢された。
この4人で明日の朝一番、王都東門から出て森を北へ抜け、魔王城の背後をガンガン突いていく、その作戦で決定したのである。
目標はふたつ、まず第一に次の攻撃者である野郎の方の副魔王の殺害、次いで女性の副魔王、いつもの奴の捕縛である。
もちろん女性の副魔王に、4人だけのパーティーで勝利出来るかどうかは疑問なのだが、一応次なるターゲットとしては、もうアイツしか居ないので仕方がない。
まぁ、どうあっても最後には奴も、そして魔王軍において最高位にある魔王そのものも、捕縛してお仕置きしなくてはならないのだから、ここで仮にターゲットとすることについては特に問題がないのだ。
で、その先、もし本当に作戦が上手くいって、上手くいきすぎた場合には、魔王城の破壊と魔王そのものの捕縛、それも考慮に入れた行動をすることで追加の決定とした。
「よしっ、じゃあこれで作戦会議は終わりだ、出撃メンバーは早く寝て、明日を万全の状態で迎えることが出来るよう配慮しろ、以上!」
『うぇ~いっ!』
「それからババァと、あとゴンザレスも、俺達が出撃している間、王都北門の守りを頼んだぞ、残ったメンバーは使ってくれて構わないからな」
「うむ、では有り難く使わせて頂くこととしよう」
「おうっ、俺達も筋トレのついでに世界を救うぞっ」
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
「はいはい、どうした王子、便所なら下だぞ」
「いえそうではなくてですね、明日の作戦、私も同行させては頂けないでしょうか?」
「王子が? まぁ俺は別に構わないが……」
「やめなさいインテリノ、危険ですよさすがにっ」
「そうじゃ、相手はそこの勇者なのじゃぞ、何をされるかわかったものではありませんぞっ」
「いや、マリエルもババァも、お前等何かおかしくないか?」
突如として作戦に同行したいと言い出す第一王子のインテリノ、かなり強いし、問題などはないと思うのだが、危険性を有する者の対象を履き違えた馬鹿2人からの猛反発を受けている。
だがそんなことで折れるような王子ではないのがこのインテリノ、自分も少しは活躍し、将来の王としての威厳をどうこうしたいと、そんな感情であるに違いない。
で、結局許可が下りた、というか本人が確固たる意思で強引に参加を決定したのだが、翌日から開始する魔王城直接攻撃作戦の参加者は、これで総勢5名となったのである。
あとはまぁ、やりながら、進軍しながら色々と判断し、調整を掛けていくこととしよう。
問題が生じたら修正し、致命的な問題が生じたら撤退するなど、臨機応変に対処していくことが要求される。
もちろんこんなところで無理をするつもりはないのだが、出来れば、やる気十分で参加を決めてきたインテリノに、僅かばかりの手柄を上げさせてやりたいところだ……
※※※
「よし、じゃあ出発するぞ、準備の方は完璧だな?」
『うぇ~いっ!』
「うむ、気を付けて行って参れよ」
ここは王都東門、俺達は突撃部隊として、最小限の見送りを得て出発していく、まずはこのまま東へ、森林地帯へと突入したらすぐに北向きに進路を転換し、魔王城の裏側である王都北の森を目指す。
食料は十分、可能な限り時間を掛けて、ゆっくり、絶対に発見されないように前進していく心づもりだ。
先頭に立ったカレンが音と臭いで敵の存在を察知し、絶対に遭遇しないよう、回避に回避を重ねて進むのである。
出発してしばらく、森の中へと侵入した俺達は、早速進路を変えて目的地を目指していく……
「スンスン……大丈夫です、魔物は居るけど魔族の人みたいな臭いはありません、このまままっすぐ行きましょう」
「すまないなカレン殿ばかり働かせて、私にも何か出来ることがないかと思うのだが……」
「そうか、じゃあジェシカは裸踊りでもしてくれ、それかルビアと共同で尻相撲でもしておくと良い、俺が楽しくなるからな」
「ご主人様、今は王子様が居られるんですよ、教育に悪いことは一切NGですからね」
「ルビアなんかに怒られてしまったんだが……」
ここでいきなりインテリノの存在が邪魔となってしまう、本来であればこの森の中で、セラに殴られたりすることなくエッチな悪戯を、主にルビアとジェシカに向けて……という予定であったのだが、なるほどお子様であり、リリィよりも年下であるインテリノの前でそのようなことをするわけにはいかない。
ということで早速俺の計画は破綻し、本作戦は失敗に終わったと、直ちに報告しに行っても良いところなのではあるが、まぁ、我慢して先へ進むこととしよう。
で、その日の行軍は王都北の森、魔王城が見える位置までで終了し、発見されないため火などを使わず、カラッカラに乾いた味気ない食事を口に入れ始める。
木々の隙間から覗いている魔王城の一部には明かりが灯り、あの中には美味い料理と、温かい風呂で寛ぐ魔王軍幹部共の姿があるに違いない。
そう考えると無性に腹が立ってきたではないか、必ずや目的を達し、奴等に痛い目を見せてやろうと心に誓う。
翌朝、既に起床していたジェシカとインテリノ、俺と同時に起きたカレン、ずっと寝ていてなかなか起きなかったルビアと共に、いよいよ侵入作戦を開始すべく、王都北の森から平地へと出る。
ここからはどうにかして姿を隠していかないと、地形的にすぐ発見されてしまうのがオチだ。
何か草のような色のシートなどを被り……誰かが不法投棄したダンボールが無数に捨てられている、これを被って接近しよう。
「よし、全員ダンボールを被ったか? このままゆっくり、這うようにして接近していくぞ」
「勇者殿、これはあまりにも稚拙な作戦ではないかと思いますが、よっぽどの馬鹿でもない限り、ダンボールの集団が草原を進んで来たら、それが不自然な何かだということに気付いてしまうのではないでしょうか?」
「大丈夫だ王子、言っておくが敵はよっぽどの馬鹿だからな、王子やそのご学友のように、まともな知能を有する奴はこの世界にはあまり居ないのだよ、ほら、お友達のリリィだってすげぇ馬鹿だろう?」
「いえ、まぁ、その……」
仲の良い、というかぶっちゃけ好きな女子であるリリィが大馬鹿者であるということを認めたくはない様子のインテリノ。
だが事実は事実だ、これは仕方ないことであり、決して否定することなど出来ない事柄なのである。
まぁ、それはともかくとしてだ、ダンボールを被った俺達は、再びカレンを先頭に据えて進軍を始める……ダンボールに空けた穴には敵の姿、もちろん魔王城裏側の城壁の上だが、今のところ特に変わった様子はない。
ダンボール越しに目が合ったような気がするのだが、いくら俺達が動いても、そういうものなのであろうという感じの顔をしている下級か中級魔族の兵員、凄く馬鹿である。
隣でインテリノが溜息を、凄い勢いで吐き出したのがわかった、無視してそのまま接近を続けよう。
で、
城壁からハッキリと俺達の姿が見える段階になって、ようやく見張りの1匹が動き出す……仲間に不自然な何かを報告するようだな。
一旦停止し、ここからはしばらく『単なるダンボールの振り』をしておく、、緊張が走り、冷や汗が額を滑り降りるのが感じ取れる。
ここでバレたら全てがお終いだ、俺はダンボール、他の仲間もダンボール、そう自分に言い聞かせつつ、敵がこちらへの興味を失うのを待った……




