915 交換交渉
「見えたわよっ! あまりスピードは出ていないけど、もうすぐ城壁を越えてしまうわっ」
「マジか、ジェシカもっと急げっ、このまま侵入されたらひとたまりもないぞっ! それで精霊様、飛んでいるのは副魔王の奴なんだな?」
「ええ間違いないわ、でも……あら? 城壁を越えてすぐに降りて……私達の屋敷の方へ向かったわね……」
「え? それ益々ヤバくねぇか?」
「大丈夫よ、最初に帰還したときに女神の結界を張らせておいたもの、私のと合わせてふたつ、いくら奴でも通過出来るわけがないわ」
「そうか、それなら良いんだが……一体俺達に何の用なんだ」
出現したのはやはり副魔王、もちろん女性キャラの方のそれであり、未だに野朗の方は姿さえ見せていないのだが、とにかく強敵、どころか魔王軍の主力の片割れである。
そんな副魔王が向かったのが俺達の屋敷であるということを知り、猛烈な勢いで馬車を飛ばして帰還したところ……屋敷の門の前で必死に呼び鈴を鳴らしている、実に情けない強キャラの姿が見えたのであった。
精霊様が馬車の窓から身を乗り出し、最大威力の水鉄砲でその頭をガツンとやると、どうやらこちらに気付いたらしい。
涙目で、いかにも痛そうな表情を作りながら、振り向いた途端にこちらを視認、同時に笑顔へとその表情を変えた。
敵の本拠地に単騎で接近しておいて、入ることが出来ずに呼び鈴を鳴らして、奇襲攻撃を受けたというのに笑顔で、ついでにこちらを見ながら手を振っているではないか。
全くどんな敵キャラなのだと疑問に思ってしまうような相手なのだが、今馬車の中に居るメンバーで、全力で戦ってもどうなるかわからない。
そしてその全力をもっての戦闘の結果として、王都が更地どころか永遠に草木も生えない、荒れ果てた呪いの地へと姿を変えてしまうことは明白。
奴がそのような力を有する敵であるということは、これまでに関与した数件の事案において判明しているのだ、しているのだが……どうも締まらない奴だな本当に……
「お~いっ、やっと帰って来たんですね、30秒も待ちましたよ」
「待ちましたよじゃねぇよ、何しに来やがったんだこの敵女めが、降伏なら白旗揚げて土下座でもしやがれ」
「あらあら、降伏するのはそっちなんじゃないですか~? まぁ降伏まではしないにしても、大幅な譲歩を引き出せるカードを私達は持っているんですよ、わかってますよね?」
「……お前もしかしてアレか、『王様人質にしちゃったぜっ! 大勝利だぜっ!』とか思ってない?」
「え? あ、あぁ……え~っと、もうご存じでしたか……とりあえず今回はその件についてのお話、というか交渉です」
なるほどそういうことであったか、副魔王の奴は普通に俺達の屋敷を破壊しに来たわけでも、トチ狂って無差別攻撃を仕掛けに来たわけでもない。
駄王を人質にしていることが、魔王軍にとって凄まじく有利なことだと考え、その返還によってこちらから譲歩を引き出すべく、俺達と交渉しに来たというのだ。
だがそもそも交渉の相手は俺達ではなくもっと偉い、国の中枢を担っているジジババ共であること、そして駄王の価値が、コイツが思っているような強大なものではないということ、そのふたつにつき考え違いをしている。
まぁ、もちろん駄王が戻って来れば、俺のサンドバッグとしての復帰やお飾りとしての復帰など、使い道が山ほどあるのは事実だが、それにしても……まぁ良い、とにかくこの場で適当に交渉し、良い感じに事態を収めるべく動くこととしよう……
「それでですね、このお屋敷、どう考えても前より凄いバリア的な何かが張られていて、私でさえも通過することが出来ないんですが……中に入れて貰えませんかね?」
「何言ってんだ敵の癖に、てか前よりって何だ? お前ここに来るの初めてだろうに」
「そうでもありませんよ、以前、このお屋敷の地下牢の中を見たことがあります」
「地下牢の中を? 何だそれ、いや、意味がわからんぞ、お前のような奴をそこへ招いた覚えはないからな」
「あら、覚えていませんか? 私がせっかくそこの王女様への伝令とかその他として、忍者みたいな感じで王国軍に採用されて……最初に来たときに怪しいとして捕まってしまいましたね」
「はぁ? そんなことあったっけか? マリエル、どうなんだ?」
「え~っと、確かあったようななかったような……そういえば勇者様達が外の敵を迎え撃っている間に、地下牢から脱獄した子が居たという報告は受けましたが……あまり主要っぽいキャラではないので放っておいたそうです」
「シルビアさんがか、まぁ、となると……覚えているようないないような、そんな感じだな」
「他人をとっ捕まえて、いきなり三角木馬に騎乗させて、かつ牢屋の中に放置しておいて良くそんなことが言えますね……で、ここからが交渉なんですが、今現在地下牢に居る魔王軍の関係者、それからこのお屋敷の横の施設に収容されている同じく関係者、その全部と、それからそれから……」
何だか知らないが、とにかく俺達がひっ捕らえて、処刑などせずに地下牢行きにしていたキャラ、もちろんそれは全て女の子キャラなのだが、その中に副魔王が変装した、偽の人族が存在していたらしい。
で、そこで得た情報をもとに、誰だ彼だと交換すべき人質を挙げていく副魔王、その中には四天王の生き残りである2人や、大魔将の4人なども含まれている。
これに応じれば実質、魔王軍の当初戦力のおよそ半分を、完全な状態で戻してやることとなるのだが、もちろんそういうわけにはいかない。
というかコイツは駄王を何だと思っているのだ? あんな奴にたいした価値がないということぐらい、パッと見どころかその放っているオーラと、酒臭い息を感じ取っただけでわかるのではなかろうか。
いや、コイツ自身は魔王軍の中でも№2の上位者、攫って来た人族の何かなど、コイツにはお目通りしていないのは明らかだ。
ゆえにその『人族内で最大規模を誇る国、そして勇者パーティーやその他強力な組織を傘下に置く最強国家の国王』であるということだけが伝わり、根本的な勘違いをしているのであろうな。
そしてそれはトップである魔王も同じことだ、2人でわけのわからない間違いをしつつ、調子に乗って『交渉』という名の恫喝をしに来た、そういう感じであることが、今この場で判明してしまったのである……
「……それでそれで、この王都? ですかね、ここに魔王軍の部隊をひとつ駐留させること、魔族領域のさらなる拡大と、それに伴う複数都市の割譲……この辺りですかね、どうです? 人族の『大王』と交換であれば、このぐらいの条件は呑めるものだと期待していますが」
「馬鹿言うんじゃねぇ、まず魔王軍の捕虜は返還しないし、奴等に食べさせるための食料をそっちから提供して欲しいぐらいだ、領土なんぞ言うまでもない、駄王と交換するなら……」
「ご主人様見て下さいっ! ダンゴムシ捕まえましたよっ! ご主人様にあげますっ!」
「ありがとうリリィ、よしっ、このダンゴムシと交換しようじゃないか、ほら、すっげぇアーマーで防御力が高いんだこのダンゴムシさんは、どうだ?」
「えぇっ⁉ ちょっ、何を言って……」
「わからんようだな、どうしようか?」
「とりあえず危険はなさそうだし、中へ入れてあげても良いんじゃないかしら?」
「そうだな、おいお前、ちょっと来い、ここじゃアレだから中で話し合うぞ」
「へ、へぇ……」
リリィにはダンゴムシさんをリリースしてやるように言い付け、屋敷の中へ……副魔王は自力では入ることが出来ないので、精霊様と2人で無理矢理引っ張ってやった。
女神の神聖なオーラを用いたバリアにビリビリとやられ、副魔王にはかなりのダメージが入ったようだ。
だがこの程度、数秒あれば回復してしまうというのが痛いところ、継続して喰らわせてやらないと意味がないのである。
で、屋敷の中へ、俺達がいつも使っている2階中央の広い部屋へ案内し、ひとまず座らせておく。
アイリスが茶を淹れて来た、もちろん俺とセラ、精霊様の分だけだ、敵に飲ませてやる茶はないのである。
そして落ち着いたところで、いよいよ駄王に関しての真実を伝えるとともに、せっかくなのでこちら側からの交渉めいた話も切り出してみた……
「えぇぇぇっ⁉ じゃ、じゃあその人族の王は単に汚いだけの、アル中のおっさんだと、そういうことなんですかっ?」
「そうだ、その認識で間違いはない、だがあと『ヤニ臭い』という要素も忘れてはならないぞ」
「ついでに頭も悪いですねお父様は、私もですが」
「ということだ、第一王子であり、王位継承権を持つアイツ……まぁ誰とは言わないが、それを拉致したならまだ交渉の余地はあったろうが、あんな馬鹿1匹、さっきのダンゴムシさんでも等価交換にはならんほどのゴミクズだ、わかったか?」
「そんなぁ~っ、せっかくチャンスだと思ったのに、ここで交渉に成功すれば、あんな、あんな男に出番をやることも……いえ、何でもありません」
「何だ? 何か言いたいなら言っても良いんだぞ」
真実をわからせ、さてこちらからの条件を切り出そうと、そう思った矢先、副魔王の奴が何やら含みのあるトークをしているのが耳に入る。
これは気になる発言なのだが、聞き直しても、それから少し脅しを掛けてみても、副魔王はそれ以上言及することがなかった。
あんな男というのはどういう男なのか? それを知るにはまず予想を立てて……いや、もう1匹、魔王軍には『野郎の方の副魔王』が居るという事実を忘れていたな。
それが動き出すのが、今回の『駄王人質事件』における交渉が失敗した、つまり今この場で確定した事実を受けてのことであれば、今の発言との辻褄が合いまくるではないか。
このように予想を立て、それについて副魔王に質問を投げ掛けてみると……目が泳いでる、これは間違いなく正解に辿り着いたようだ。
しかしその『野郎の方の副魔王』、こちらの女性副魔王からはかなり嫌われているようだが、そんなにヤバい奴なのであろうか。
もしかしたら、いやもしかしなくても強大な力を有していることは確実なのだが、単に力が強いというだけでない、何かトンデモな能力を持っていて、それでこの王都を、人族の地を壊滅させ、その後に魔王軍が進駐することさえ出来なくしてしまうとか、そういうことである可能性もないとは言えないな。
ここは諦めず、徹底的に聞き出すべきだ、多少であればこちらが譲歩をしても良いし、今から提示しようとしていた無条件降伏および魔王以下女性敵キャラの逮捕と、それから今現在俺達が関わっている者の親類縁者でない野郎共の完全処刑という主張を、多少ばかりは曲げてしまっても良い。
とにかく少しでも情報を引き出すのだ、実質最後の『知らない敵キャラ』であるその野郎副魔王について、こちら側が少しでも被害を軽減しつつ戦うための情報を……
「なぁ、もしその何だ、お前が言う『あんな男』の情報をくれたら……そうだな、多少はそっちに配慮した戦いの終結を企画してやっても良いぞ」
「……本当ですか? というか具体的にはどんな?」
「例えばだ、お前と魔王は逮捕した後、とんでもない苦痛を与える鞭だとか拷問器具を用いて、公開でお仕置きしていこうかなというところをだな」
「ひぃぃぃっ、何ですかそれ、前に聞いていたよりもかなり酷いような……」
「まぁ落ち着け、それをだな、公開でお尻ペンペン5億回ぐらいにしてやっても良い、どうだ?」
「そう言われましても……あの変なのは一応こちらの秘蔵カードであって、もし動けば必ずや最終交渉を有利なものにしてくれる、引っ掻き回したうえで滅びてくれると思っているので……申し訳ありませんがそのお誘いには乗れません」
「そうか、じゃあお前もそうだが、魔王の奴にも言っておけ、鞭で叩かれる尻を洗って待っておけとな」
「わかりました……それで、人質交渉の方なんですが、どうしましょうか?」
「っと、切り替えてきやがったな」
さすがにこれ以上は話したくないと思ったのか、俺だけではなく、俺の賢くて天才な仲間達も同席していることを理由に、ここでボロを出すのを恐れたのか、とにかく副魔王は話題を切り替え、というか元に戻してきた。
当初の予定であった人質交換の件、俺としては先程のダンゴムシさんで手を打って欲しいのだが、生憎彼はリリースされてしまったのである。
同じダンゴムシさんを用意することが出来るとは思えないし、何か他のモノを提示して駄王を返してもらわなくてはならない。
そう考えて周囲を見渡す、駄王と同等の価値を有するモノを探しているのだが、なかなか良い具合の物品を見つけ出すことが出来ないな。
そろそろ捨てようと思っていた雑巾、これは価値が高すぎて、魔王軍の方から清算金等を受け取らなくてはならない。
古紙も、ゴミ箱の中身も処分してしまったし、あとは窓枠に溜まっている埃ぐらいのものであろうか。
ダメだ、駄王に価値がなさすぎて、この部屋にあるあらゆるモノが同等になるとは言えない状況だ。
ここは新たに何かを取得するか、むしろもうタダで返還させるというが妥当な線であろう。
で、そんな考えをしている俺に対しての、副魔王からの新たな提示の方は……
「それではですね、まぁ、本来これがこちら側の最大譲歩で、この条件で交渉が成立した場合には、失敗と定義されて攻撃……と、これは秘密でした、とにかくですね、せめて元魔将、幽霊のレーコだけは返還して頂けないでしょうか? お願いします」
「はぁ? てかさ、前から思っていたんだが、どうしてレーコだけに拘るんだよ魔王軍は? 俺はマーサの方が可愛いと思うぞ、おっぱいもアレだし」
「いえ、可愛いとかどうとかじゃなくてですね、その、利用に長けるというか、今ではもう魔将クラスの戦闘力などどうということはない状況だというのはわかっています、わかっていますが、魔王城の様々なシステム、それをレーコの霊力に依存していた節があるんですね、私達は」
「なるほど、確かにレーコの奴を押さえて以来、王都の外に浮かび上がる魔王の幻影……が幻影じゃなくて『NO IMAGE』になったもんな、だせぇったらありゃしないぜあんなもん」
「いえ、そういうこと言わないであげて下さい、魔王様も結構頑張っているんですから、ね?」
「へいへい、それで、どうあってもレーコだけは返還して欲しいと、そういうことだな?」
「そうなります、可能……でしょうか?」
「わかった、だがこちらで少し相談させてくれ」
こちらで捕獲した魔王軍幹部のうち、魔将のレーコだけを返還するということ、それについてこちらにどんなデメリットがあるのか、まぁ、交換相手が駄王なので、実質タダで返してしまうようなことになるのだが、とにかく色々と考えなくてはならない。
まず、魔王軍にとっては戦力の復帰であるのだが、現状レーコ程度の力では、この戦況をひっくり返すことなど到底出来ないことは、誰の目から見ても明らかである。
むしろレーコの力は戦闘ではなく、魔王軍のプロパガンダに役立つものであり、その他こちらからは窺い知れない、魔王城内部における不都合を解消することにも用いられるということだ。
だがそれについてこちらに不都合はない、となれば返還してしまっても構わないのだが……さすがに条件を付けさせて貰おう。
その条件については、立場上少しアレなユリナやサリナ、興味津々で話に入って来ていたエリナなどは加えず、俺とミラ、精霊様にジェシカの4人で相談をしておく。
結果として、まずは『レーコを直接・間接問わず戦闘に参加させないこと』を、最低限の条件とすることが確定し、魔王軍全権である副魔王もそれは了承してくれた。
もちろん魔王の幻影がどうのこうのとか、そういったことに使ってくれるのは一向に構わないのだが、それ以上、つまりこちら側、人族側にとって直接の不利益になるような使い道は避けて欲しいということである。
まぁ、あの魔王の幻影はパンツが見えるからな、その巨大パンツが出現しなくなったことにつき、不利益だと感じている王都民も少なからず居るはずなので、それについてはこちらのメリットにもなり得ると考えよう。
で、もう少し条件を付けておきたいのだが……そうだな、それはこちらの有利になるような、何か情報を得るための条件を……と、良い案があるではないか……
「おい、もうひとつなんだがな、その『捕虜交換の儀』において、お前だけじゃなくてもう1人、いや1匹の副魔王も参加させろ、それが追加の条件だ」
「参加させろというのは……居るだけで構わないということですね?」
「うむ、まぁこちらからどれがそうなのか、キッチリ視認することが可能な程度に『参加』していればそれで良い、どうだ?」
「わかりあmした、どうせ奴は暇だし友達も居ませんから、そうさせるよう魔王様に進言しておきます、よろしいですね?」
「あぁ、それから……マリエル、一応王宮の方にこの件を報告しておいてくれ、俺の機転で駄王が帰って来たってな」
「わかりました、ではすぐにゴールデン伝書鳩グレートで……行って帰って来ました、即レスで助かります」
「もう鳩じゃねぇからな、それ……で、マーサ、ちょっとレーコを呼んで来い、怖くないから大丈夫だと言ってな」
「はーいっ、じゃあちょっと待っててね」
窓からはしたなく飛び降り、庭を駆けて行くマーサ、すぐにレーコが連れて来られ、当の本人、いや本幽霊は、部屋の中にあった副魔王の姿に大変驚いていた。
レーコに関しては、魔将という微妙な幹部ポジションではあれども、他の魔将のように魔王以外の大幹部と面識があるようだな。
とにかく事情を説明し、その了承を得て交渉の結果を確定させ、あとは捕虜交換の儀を行うのみとした……期日は明後日、朝一番で執り行うことも同時に決まり、これで今回の交渉を終えた……




