914 持久戦の開始
「なぁセラ、俺の領地にあったのってさ、プレハブ城じゃなかったっけか?」
「そうだった……と思うわよ」
「で、今ある巨大な城は何なんだ? 俺の領地目一杯に、とんでもない面積と高さを誇るキャッスルが出現したんだが?」
「きっと誰かからのプレゼントよ、ほら、頑張ったことに対するご褒美とか」
「いや、にしては禍々しいオーラを漂わせているんだが、あの城……」
「気のせいということにしておきましょ、むしろお城の存在自体を……」
西の拠点での作戦を成功させ、王都に帰還した俺達、転移のための装置がある屋敷の2階へ上がると、窓から見えていたのは明らかにおかしな光景であった。
王都の北、屋敷のすぐ近くにある城壁の向こうに、見慣れない巨大な、禍々しいオーラを放つ城が出現していたのである。
もちろんそこは俺の領地だ、城自体は壁のすぐ近くというわけではないのだが、間違いなく『俺の領地として定められた更地』に存在している、それだけは確かなこと。
一体アレは何なのか? 俺が活躍しすぎたせいで、一定の条件を満たした俺のプレハブ城が、突如としてあのような姿に進化してしまったのか?
いや、もしそうだとしたらもっと『正義の味方感』に溢れた、白亜の城が出現しているはずだ。
プレハブの壁は白かったからな、そして今城壁越しに見えている城はほぼほぼ黒であることを考えれば、アレが我がプレハブ城の進化した姿でないことは明白。
ということはだ、ここで突如姿を見せた城、城……ダメだ、考えたくなどない、その結果だけは最悪なのだが……横をマーサが走り抜けていった……
「見てよユリナ、サリナ、魔王城があんなに近くにっ!」
「ホントですの、ちょうどこの付近に居たんですのね」
「で、それが力を失って落ちて来て、あそこに鎮座したってことですね」
「……お前等」
『えっ?』
「お前等それを言うんじゃねぇぇぇっ!」
俺の領地にいきなり、不法占拠的に出現した城、考えたくもなかったその正体を、ニッコニコのマーサと、それからユリナ、サリナの3人が指摘してしまう。
そう、あの造形はどう考えても、誰が見ても『魔王城』そのものだ、どんなフィクションであったとしても、どんなお気軽ファンタジーであったとしても、魔王城といえばこんな感じ、その定義には従って描かれるであろう、そんな感じのビジュアルなのである。
まぁ、周囲に変な黒い霞だか雲だかわからないが、そんなものが纏わり付いているうえに、コウモリらしき何かが飛び交い、城の両サイドにある高い尖塔付近では、なぜか黒雲と、それから無駄に雷がフラッシュしているのだからわかり易い。
で、どういうことなのかというと、あのときΩの4人が魔族領域を守護する玉を破壊したのだが、その玉の力によって支えられ、大空に浮かんでいた魔王城が力を失い、そのとき存在していた場所にそのまま落下してきた……そして今に至るということだ……
「……えっと、勇者よ」
「何だ女神?」
「あの、ラスボスの城というのは得てして……」
「最初の町の隣にあるんだよな? いきなり行くことは出来ないけど」
「まぁ、そんな感じなので、ここは諦めて戦うことをお勧めします」
「普通は海とか隔ててるんだがん、これじゃあ……と、何だこの警報は?」
俺とセラが、女神と共にその魔王城であることが発覚してしまったものを眺めていると、城壁の、いや北の城門の方でカンカンと、鐘のような警報が鳴り響く。
きっと急拵えで設置した簡易なものなのだが、それと同時に、付近の家々から風呂式を担いだ人々が、やれやれといった感じで出て来て、王都の奥の方へと避難して行く。
と、その反対側からやって来るのは兵士達、ゾロゾロと、それぞれの持ち場を離れたその連中が、部隊ごとに思い思いのルートで北門を目指している。
「セラ、俺達も行ってみようか、お~い、カレンも行くか~っ、リリィ……はもう寝てんのか」
「わうぅぅぅ、何だかうるさいけどとにかく行きます」
「そうかそうか……おっ、ゴンザレスの奴が仲間を連れて向かっているみたいだぞ、ちょっと行って話を聞こうか、どんな状況なのかも知らないとアレだからな」
『うぇ~いっ』
結局外に出るのは俺とセラとカレンの3人、他はイマイチ興味なさげであったり、他の用事で忙しいためパスするとのことであった。
いやいや、いきなり魔王城が、しかも実質お隣さんとして出現しているというのに、その冷め切った態度は何なのだと、おかしいのではないかとの主張はもちろんしておく。
だが仲間達のうち、賢さの高い連中に関しては『まぁこうなるだろうなと、薄々感付いていた』と、それぞれそんな感じの返答であった、折込済みということか。
で、仕方ないので3人で外へ出て、小走りでゴンザレス、それから後ろに続く王都筋肉団の下へ接近して行く……と、かなり遠くから気付いたようだ、気持ち悪い筋肉をモリモリいわせながら手を振っている……
「おう勇者殿! えっと、島国からはこの間戻って……今度は西での作戦から帰還したようだな」
「そうなんだが……この状況は?」
「いやな、いきなりあの巨大な城が降って来たんだよ、ほら、模擬戦大会で使った仮の都市があったろう? それを内包するかたちでな、今はアレも魔王城の一部として、勝手に利用されていることが確認されている」
「最悪だなそれ、で、この警報は何なんだ?」
「敵襲だよ、激アツの経験値アップイベントだ、それとちなみに、勇者殿の城と、それから道沿いに設置していた小さな店舗は無事だから安心すると良い、そこの従業員らもな」
「そうか、そりゃ良かった、よし、じゃあ俺達もその敵襲とやらに混じらせて貰うとしようか」
『うぇ~いっ』
魔王城があの場所に出現したのはついこの間、コパーを始めとするΩの4人が、魔族領域の玉をそれぞれ、同時に破壊したあの直後のことであるのは間違いない。
つまりアレがあの場所にあった時間はまだ1週間程度でしかないということ……にしては皆そこそこ順応しているようだな、この敵襲も、本来であればパニックになってもおかしくないような状況なのだが。
と、そんなこんなで北門の前に到着した俺達、前に方には冒険者らが、気合の入った様子で、人土手散るのだが……その更に前、城門から100m先ぐらいの場所には、その冒険者であったもの、そして敵であったものと思しきご遺体が、いくつか転がったままになっているというのが印象的だ。
というかここは名目上『勇者領』なのであって、いくら敵との戦闘に使われているからといって、死体をそのまま転がしておくのは勘弁して貰いたい。
せめて供養するなり何なりして、霊的なアレで祟りだの何だのがアレしないようにアレして欲しいところだ。
後でババァに苦情を言って……と、そのババァも今しがたこの情報に触れたところであろう、まだそれについて動くのは無理に違いない。
いや、しかし大臣でさえもおよそ1週間、西の拠点に滞在している間は報告を受けることが出来なかったのか……まぁ、最初はかなりパニックになったのであろうな、指揮官たり得る者はかなり向こうに行ってしまっていたのだし、それも仕方ないと言えば仕方ないことだ。
それで、待っているところに出現した、というか見えている魔王城の敷地からこちらへやって来る様子の敵は、上級魔族が10体程度、あとは中級以下の雑魚が100体程度の比較的小さな部隊であった。
一気に王都を攻め滅ぼそうという感じには見えないな、もちろんそれが無理だということは、これまでの経験から魔王の方も学習していることであろうが、それゆえ今回はネチネチ攻め続けて削る作戦に出たということか。
もちろんこの小部隊も捨駒で、きっと10体程度の上級魔族以外は生きて帰らせるつもりもないのであろう。
或いはその上級魔族の少し前を走る、中級魔族や下級魔族の一団、そのぐらいまでが生存のボーダーラインか。
良く見ると前の方の連中は全て単なる魔物兵、それも何やら野菜系の奴ばかりな感じだな。
きっと『畑で採れる兵士』なのであろうが、奴等はそういった安定供給される兵員を用いて、こちら側に嫌がらせをしようという魂胆なのであろう。
で、こちら側の前衛に居るその辺のモブ冒険者らと、そして敵の先頭集団がぶつかる……互角の戦いだ、時折双方に死者を出しつつ、一進一退の攻防を繰り広げている……
「おう勇者殿、俺達は後ろの魔族を狩りに行くが、勇者殿達はどうする?」
「どうするって……さすがにだりぃな、セラはどうする?」
「私はここからでも攻撃出来るもの、敵が敗走を始めたら、状況に応じて上役の魔族をやっつけるわ」
「そうか、じゃあカレンだけ行ってくれ、ゴンザレスの言うことをちゃんと聞いて、倒す奴を間違えたりしないようにな、作戦上生かして帰すべき奴も居るだろうから、ということでカレンを頼んだ、連れて行ってやってくれ」
「おうっ!」
カレンだけを連れて敵を掻き分け、グイグイと前進していくゴンザレス達筋肉団の面々。
もちろん魔物からは攻撃されているのだが、まるでハエでも止まったかのように、サッと振り払って再び歩き出す感じで進む。
で、そのターゲットに選定されている魔族連中、特に最後尾を守る、というか最後尾で身を守っている上級魔族なのだが……俺達のドライブスルー専門店で買い物をしているではないか。
確かに何やらそれらしき乗り物、戦車なのか強キャラ専用のバギーのようなものなのか、とにかくそういうものに乗ってはいるのだが、まさか敵との戦闘中に買い食いなど、指揮官にあるまじき行為である。
まぁ、きっと奴等も本気ではないのだ、今回のこの攻撃の目的は、もちろんこれまでのものに関しても違わないのであろうが、とにかく『嫌がらせ』であり、俺達人族側を消耗させることが主目的なのだ。
ゆえに全滅して逃げ帰ることなど最初から想定内のこと、『畑で採れる野菜系魔物兵』がどうなったところで、また栽培すれば良いのだから、魔王軍にとっては全く被害が生じていないこととなるから、もうそれで一向に構わないし責任を取らされることにもならないのだから。
で、対するこちら、人族側についてはどうなのかというと……人が死んでいる、しかも1人や2人ではない、致命傷を追った雑魚の冒険者が、10人単位でそこらに転がっているではないか。
確かに死んでしまっているのは雑魚ばかり、魔物に負けてしまうような低ランクの冒険者ばかりなのだが、これはこれでよろしくない。
このまま敵の攻撃が長らく続き、それによって即応可能な冒険者が瓦解してしまえば、次は兵士が、そして多くの一般人が、この最前線で戦うこととなりかねないのだ。
ゆえに何か対策を……ということで、ゴンザレスの筋肉団、その他にも強い力を持った組織等が前線に出て、『経験値稼ぎ』などの名目で戦うことに決めたのであろうな。
そうすれば雑魚敵に関しては最小限の被害で押さえ込むことが出来、ついでに敵の指揮官クラスのキャラも討ち取ることが可能になる。
こちらだけが削られ続けるのではなく、逆に攻め入った敵にも損害を与え、地味な持久戦で勝負しようというのが、今のところ、国の最高幹部がいない状況において、その場で動くことが出来る者だけで考え出した作戦ということだ。
ここからは俺達と共に帰還した、そして事態を把握してすぐに王宮へと走った国の中枢を担う連中が、その年老いて枯れそうな脳味噌をフル回転させて作戦を考える番といえよう……
「あら、カレンちゃんが跳び上がったわよ……敵の首魁狙いね、良い位置に飛び込んで……もう討ち取ったみたいね」
「まぁ、敵は単なる上級魔族だからな、見ろ、他の魔族も散り散りになって逃げ出したようだぞ」
「そうね、私が撃つまでもなく、追撃している筋肉団の人だけで全部いけそうな感じだわ」
「そうでもないぞ、ほら1匹上手く逃げて……ドライブスルー専門店に寄ったな、今日発売の新商品が出来たてだったんだ」
「で、ちゃんとお金まで払ったところで殺されたわね、馬鹿なんじゃないのかしら……」
おそらくあの魔族共、特に上級魔族に関しては、本当に軽い気持ちでこの作戦に参加し、魔王城から出て来たに違いない。
それゆえこの状況下にあっても、ギリギリのところで緊張感が足りず、それが命取りとなってこの世を去ってしまうのだ、まぁ、さすがに敗走中の買い食いはどうかと思うが。
いや、しかしこの感じだと俺にとってはかなりラッキーな状況、敵は律儀に道を経由して王都の北門へと向かう感じ出し、その度にドライブスルー専門店が儲かってしまうではないか。
もちろん今後、ゴンザレス達や国家上層部の決定によって派遣される『強キャラ達』によって、敵の指揮官クラスが当たり前のように死亡する、そしてその恐怖を十分に感じつつ攻め寄せる敵ばかりになった際には、このビジネスモデルは崩壊してしまうのであろうが、それまではそこそこの収益を上げてくれそうである。
などと金のことを考えている間に、戦いは完全に終わり、人々はこの戦い始まって以来の『完全殲滅』に沸き上がっている様子。
死んでしまった者も多いが、それは身寄りのない、もう冒険者ぐらいしか生きる術のない者達であり、それについて残念に思う者は多かれど、悲しみにくれる者は少ないであろう……
「ご主人様、敵の大将の首を持って来ましたっ! 玄関に飾りましょうっ!」
「ダメに決まってんだろそんな不気味なもん、その辺の土にでも埋めておけ」
「しょぼ~ん……」
「ガッカリしてもダメなものはダメ、ほらサッサと捨てる! で、ゴンザレスは……あ、居た居た、おーいっ!」
「おう勇者殿、何だずっと初期位置に居たのか? ちゃんと戦わないと、筋肉が鈍って萎縮してしまうぞ」
「いや別にどうでも良いしそんなもん、で、これからどうする?」
「うむ、勇者殿達が帰還しているということは、やはり国の中枢を担うお偉い方々も帰還しているということなのであろう? すぐに王宮へ行って対策会議を始めたいところだ、戦力の増強も進言しないとだからな」
「やっぱそうなるか……わかった、俺達は一旦屋敷へ戻るから、先に王宮へ行っていてくれ」
「おうっ!」
ということで一時帰宅、仲間達に事情を話し、今回は可能な限りメンバーを揃えて王宮へ向かうこととしよう……
※※※
「……ということなんだ、ミラかジェシカ、あと精霊様辺りが来てくれると助かるんだが?」
「そんなことより勇者様、庭が凄いことになっています、草むしりを手伝って下さい、もうアイリスちゃんとかバテちゃったんで」
「お前等は魔王軍の襲来より庭の草むしりなのか……いや、平和で何よりだが、事態はそれどころじゃないんだ、ジェシカと精霊様を借りるぞっ」
「あっ、逃げないで下さいっ、帰ったら徹夜で草むしりと、あと地下倉庫の片付けですからねっ」
「やなこった! てかそんなもん徹夜でやるようなことかよっ! 行くぞジェシカ!」
「いやちょっと、まだ庭の掃除が……」
ジェシカを拉致し、ついでに無理矢理庭掃除を手伝わされていた精霊様に救いの手を差し伸べ、俺とセラ、マリエルにジェシカ、精霊様の5人で、ジェシカの操る自前の馬車で王宮を目指す。
すぐに到着し、颯爽と馬車から降りると、なぜだか知らないが王宮の前がやたらと騒がしいということがわかった。
何かトラブルが発生しているようだ、とにかく王の間へと急ぎ、そこに詰めていたババァ達と話をしてみる……
「おいババァ、何かあったのか? もちろんさっきの襲撃以外のことでだ」
「うむ、それがのぉ……王が人質に取られてしまったようなのじゃ」
「駄王がか、そんなことがあるはずは……いや、あるな、確か西の拠点に向けて出る前に、土に埋めて処理した記憶が……」
「そうなのじゃ、王は何とか自力で脱出して、居酒屋にでも行こうと思ったのじゃろうが、そのまま穴を掘り進めて、着いた先が城壁の外であったという感じじゃな、おぬしの屋敷の庭から、モグラの掘ったような穴が……あの出現した魔王城のすぐ近くまで続いていることが判明したのじゃ」
「馬鹿じゃねぇのかアイツ? どんだけ飲みに行きたかったんだよ……で、数日かけて掘り進んで、ようやく地上に出たところで……」
「空から魔王城が降って来て、すぐにそこから出た偵察部隊のような魔族に捕まってしまったのであろう」
「……もう放っておくか?」
「う~む、さすがにそれは……」
どこまでも迷惑な野朗だというのがここに居る全員の見解であるのだが、ひとまず王の座にはインテリノでも座らせておき、このまま対応策を考えるべきであろう。
まぁ、奴のことだし、きっと攫われ、人質にされたことさえ気が付いていないのであろうが、ババァも言うように、一応は人族のトップであるのだから、それを簡単に見捨てるわけにはいかないというのも事実。
だが絶世の美女を敵の手から救い出すならともかく、あの王であること以外に何ら価値を有さない変なおっさんを助けるというのは、誰もがあまり気乗りしないことであるということもまた事実。
この件はこちらではなく、王国中枢側による交渉に任せるべきではないか、そう考えたところで、王の間へと飛び込んで来た兵士によって、また新たに魔王城から敵が出たということが伝えられる。
俺達はそちらへの対処をしよう、そうすべきなのだが……出現した敵は1体のみであり、女性型で、かつ城壁を飛び越えるような高度で飛行しているのだという。
これはかなりヤバいな、きっと強キャラの魔族が、王都内部を直接攻撃すべく動き出したに違いない。
そしてその強キャラの女性魔族とは……おそらく副魔王の奴だな、そうであることはもう流れ的にアレな感じだ。
すぐに戻って、可能な限り城壁の向こう側で迎え撃つこととしよう、そして激アツのバトルを経て、副魔王の奴を屈服させてやるのが目標である……




