912 イケる
「はいっ、じゃあ用意……いけっ!」
『それぇぇぇっ!』
「……誤差1.1秒です、全然ダメですね、これは0.0001秒なんて夢のまた夢ですよ」
「だよな、こんな狭苦しい屋敷の庭で、声が届く範囲でやってんのに、世界規模でこんなことやれないぞ」
「少し無謀じゃったかの、これが出来ると踏んだのは誤りであったようじゃ」
「だから最初から言ってんだろう、これには都合の良い力など働かない、そういう困難な位置まできているんだよ俺達の冒険は」
「うむ……しかしどうすれば良いか……」
俺達の屋敷の屋根の上、そこに集合している『魔族領域の玉同時破壊作戦実行可能性評議会』のメンバー、即ち勇者パーティーと、それから女神に始祖勇者に総務大臣のババァ。
そこから合図を出し、屋敷の敷地の四隅に散ったミラ、カレン、リリィ、マーサの4人が、そこに設置した『玉』を、どれだけキッチリしたタイミングで、誤差なく破壊することが出来るのかという実験である。
で、誤差は1.1秒、いきなりのこの正確さに驚いているのは始祖勇者だが、500年前においては、この程度の誤差から少し短縮すれば、それでミッションコンプリートとなったのだから仕方ない。
だが、現在における『魔族領域の玉』は、技術の進歩? によってその力も増大、非常に高品質なものとなっているため、破壊タイミングの誤差は『0.0001秒』程度までしか認められないというのが予想となっている。
で、それが無理難題すぎるということが徐々に、非常に楽観的な予想をしていた、今回もどうせ都合良くどうにかなるであろうと考えていたアホな連中にも伝わってきたため、ここでこうして実験や、その他の協議を進めているというわけだ……
「で、代替案としては何がある? 精霊様、いや女神、お前の方が詳しいだろう、ちょっと考えてみろ」
「そうですねぇ、この難しさとなると……最悪別の、もっと技術が進んだ世界から、何か凄いモノを取り寄せるしかないかと……もちろんバレたらとんでもないことになりますが」
「とんでもないことって、具体的には?」
「え~っと、こういう感じの余計なことをすると……うん、滅ぼされますね普通に」
「なるほど、ちなみにバレる確率は?」
「神界捜査機関の検挙率は99.2%です、残りの0.8%については、元々もうヤバい世界だったとかで、摘発する前に消滅していましたね」
「馬鹿か、却下だ却下、ふざけんじゃねぇぞそんなリスクだらけ、というか負け確定みたいなのは……他!」
「そうなるともう、この世界単体でブレイクスルーするしかないわね、テクノロジーの方を」
「……しかしここ500年の間に魔族も進んだものだな、我が世代からは考えられない悩みだ」
結局話にならない、というかどうしようもないということだけが判明したにすぎなかった。
この世界でテクノロジーのブレイクスルー? 冗談じゃない、それに何年の歳月を要し、どれだけの研究開発費が費やされるというのだ。
もちろん『現状、この世界においては存在しない次元の技術』を求めることとなるため、単なるゴーレムをグレードアップさせて、それを各所に配置するというだけでは不足してしまう。
もはやゴーレムではなく、より人間に近い知能を有する、極めて高度な『ハイテク人造(魔導)機械』のようなものが必要になるのだが……そういえばどこかにそんなモノがあったようななかったような。
待て待て、思い出すのだ、俺達が関与してきたあらゆるモノの中で、そういった『超絶ハイテク』を駆使した、もちろん命令に従い、状況の変化に応じて行動することが出来るマシンのようなものが……
「……あ、ひょっとしてだけどさ、奴等ならどうにかするんじゃないのか?」
「奴等って何よ?」
「ほら、ΩだよΩ、ちょうど4体、というか4人と呼んでやるべきだよな、奴等にもう少し何かを上乗せすれば、技術的にどうかはわからないがな」
「あら、そういえばそんな子達が居たわね、ちょっと今は……そういえば王都での大会終了後に移動して……今は西の拠点に居るんだったわね」
「そうなんだよ、プラスしてアイツだよな、ほら、技術者のおっさん、あの天才だよ、レジ袋の有料化という一見無関係な政策で、『犬のウ〇コΩ』とかいうわけのわからないブツによる王都住民への被害を回避したアイツだ」
「そうじゃな、すぐに呼んで参る……いや、さすがにこの時間は寝ているか、明日じゃな、明日その者にコンタクトを取って、すぐにここへ来るように言っておこう」
「任せたぞ、もう可能性があるのはこの方法だけだ、Ωがダメならその先は気合と根性しかなくなってしまうぞ」
これは最後の、最終の希望であり、その希望の光が潰えた瞬間には、俺達の気合と根性をもって、無理難題に立ち向かう他なくなってしまう。
これまでの冒険においては、その脳筋的な策をもってどうにかすることが出来たのだが、空に浮かぶ魔王城をどうこうするという、究極的ともいえる今回のミッションにおいては、おそらくそのような方法で都合の良い結果が得られることはないはず。
ということで、不安ではあるがその日は宴を存分に楽しみ、王宮から持ち込まれた高級食材を俺達が、逆に俺達が用意していたわけのわからない、庶民的な食材を、社会勉強のため、下々の苦しみを味わうためなどという適当な理由で、女神や始祖勇者、ババァ総務大臣に喰わせておく。
ちなみに駄王は埋めたままだ、結局生き埋めにしてしまい、今は頭に乗っていた王冠だけが、空しくその穴の横で光っているのみである……まぁ奴のことだし、ひと晩呼吸が出来なかった程度で死んでしまったりはしないであろう。
ついでに西の拠点の方にも連絡を……と、それはさすがに面倒だな、向こうはまだ夜も早い時間なのであろうが、別にアポなしで突入しても特に問題はない。
もちろんこの屋敷からは、転移装置によってそことの接続が確保されているため、ノータイムで向かうことが出来ることも問題を小さくしている。
あとはどのようにして、どんな感じでΩの力を引き出すのかだが……それは明日以降、技術者のおっさんと共に考えていくこととしよう……
※※※
「……というわけなんだ、Ωの4人をどうにかしてグレードアップしてくれ」
「……うむ、では今日中に、いや午前中にはアタッチメントを作成して、えっと、0.0001秒ですな、まぁ、どうにかなるでしょう、大臣閣下、では本日午後、王宮にて一度成果物の確認を」
「いや、ここへ来るのじゃ、そのままこの勇者らが勝手に開設した西の拠点へと赴き、そのΩ……コパーΩであったか、それを始めとする4人に、試しに成果物を装備……いやインストールするのじゃ」
「畏まりました、ではサッサと帰って作業に取り掛かります、ウォォォッ!」
「凄いスピードで走って行ったな……」
「久しぶりに『凄いモノ』に触れることが出来そうで舞い上がっているのねきっと……」
大喜びでやって来て、そして大喜びで帰って行った技術者のおっさん、やべぇ奴なのは変わりないようだが、そういう奴ほど知能の方は高いという一般的な考えが適用されるため、その実力の方は疑っていない。
で、俺達の方は適当に食事などしつつ、午後になるのを待っていたのだが……まだ太陽が天辺に来る前に、凄まじい砂埃と共に出現したのは技術者のおっさん……が乗り込んだ変なマシンであった。
あっという間に『アタッチメント』を作ってしまったということか、だがマシンから降り立った技術者の顔はイマイチ冴えない様子。
もしかして失敗したのか? これでこの作戦も破綻し、いつもの如く『脳筋処理』をすることになってしまうのか、そのような最悪の事態が頭をよぎる。
だがそうではないらしい、確かに『0.0001秒の誤差』という、とんでもなく正確な処理を、4人が確実にやってのけるだけのモノは完成しているようだが、それはΩ本来の力と、そう離れたものではないらしい。
つまりだ、もしかするとだが、現状でもあの4人は俺達の期待に応えてくれるのではないかということであり、実はアタッチメントなど必要ないのではないかというのが技術者の見解である。
果たしてそのようなことがあるのか、女神でさえも、よくよく考えればそれは不可能なのではないかと理解する、とても『この世界的でない』行動だというのに……
「ということです大臣閣下、これにつきましてはですね、実際に行って、本人らを弄り回して確認してみないと何とも……」
「いやいやそこのおっさん、あんたΩの子達を触りたい、弄り回したいだけなんじゃないの?」
「……そう言われてしまうと否定出来ないのだが……仕方ない、ここは助手の女キャラも同行させて、実際に触れるのはそのキャラ達がということとしよう」
「いやその必要はない、キャラが増えると色々面倒だからな、もうこのまま行って、抵抗したら『OFF』にしてでも無理矢理やってやろうぜ、世界のためなんだからな、なぁ女神?」
「えっと、あまり人道的でないことは許容しかねるというか……いえ、何でもありません」
「よろしい、じゃあ早速西の拠点へ行こう、今すぐにだっ!」
『うぇ~いっ!』
こうして諸々のことが決定し、俺達の屋敷の中にある転移装置を用いて、普通に西の拠点へと向かったのであった。
まずは拠点の中心へと向かうこととしよう、管理者である丙と丁、本来はヘイリーンとティーナなのだが、とにかく2人に話を通して、Ωの4人を呼び出すのだ……
※※※
「Ωですか? 彼女達でしたら今は遠征中ですよ、ここから北の洞窟に、春の山菜を取りに行っています」
「どんだけ呑気なんだよお前等は……すぐに呼び戻せ、さもないと……こうだっ!」
「あいたっ、ひぃぃぃっ! 痛いっ、痛いっ!」
「ちょっと、ティーナを叩かないで下さいっ、わかりました、すぐに呼び戻しますから、えっと、『Ω通信用デバイス』は……あった」
この世界に似つかわしくない、ハイテク気味なデバイスでΩの4人を呼び出す丙、帰還には半日程度を要するとのことだが、なるべく急ぐようにと伝えさせた。
同時にここの連中にも事情を説明し、4つの魔族領域にある玉と、それを同時に、極めて正確に破壊しなくてはならない旨の理解をさせる。
丙と丁は驚いていたようだが、この2人を補佐しているデフラの方は、イマイチわかっていない様子で頷く。
一般的な人族には少しばかりハードルが高い案件だ、強大な力を持つ上級魔族ぐらいにならないと、この件についてはどういうことなのかさえわからないはず。
で、その日は普通に過ごし、夕方に帰還するはずだというΩの4人、即ち『コパー』、『レッド』、『ダイヤ』、『グラス』を待つ。
リーダーはもちろんコパーΩ、俺達が最初に鹵獲したゴールドと、それに続くシルバー、だがその2種類は単なる雑魚で、敵の本命、全てのΩの頂点になるべき素質を持ったΩであったものだ。
そして敵の目的は、そのコパーが最終形態である『クリムゾンΩ』になることによって成功しかけたものの、なんやかんやで俺達によって阻止されたのである。
主犯であった『ブルーチーズおじさん』は処刑され、魔王軍さえも凌駕しようとしていた敵の一大組織は壊滅、今に至ったのであるが、その際に4人の女の子タイプΩは、破壊してしまうにはかわいそうであり、被害者でもあるということで、俺達が迎え入れて配下に加えたのだ。
そしてその4人のΩ、呼び出しからおよそ5時間程度が経過した後に、そこそこのスピード、音の早さをわずかに超える程度の勢いをもって、俺達が滞在している西の拠点へと帰還したのであった……
「ととととーっ! 居ました、申し訳ありませんグランドマスター、まさかお越しになった際に不在にしていることとなってしまうとは」
「いや、だからそのグランドマスターってのやめてよ」
「そう言われましても……それで、今回はどのようなご用件で?」
「あぁ、ちょっと4人にお願いがあって来たんだ、魔族領域を守っている『玉』の破壊についてな」
「玉の破壊ですか? 玉というと人間の……あ、いえそれは口にしてはならないと、しかも4つではなく2つのものでしたね」
「わかってきたじゃねぇか、でだ、ちょっと込み入った話になりそうだし、ここじゃなくてちゃんとした会議室で話をしよう、この技術者とか、あと女神とか始祖勇者とかババァとか……あれ? マリエル、駄王はどうしたんだ? 掘り起こしてないのか?」
「ええ、一度は地面から引き抜いたんですが、まだお酒が抜けていない様子でしたので、マーサちゃんが掘った信じられないぐらい深い穴に放り込んでおきました、もう見えませんでしたよ深すぎて」
「そうか、なら放っておいても大丈夫だな、1人でウロウロさせると人に迷惑を掛けるか、変な賭場とか居酒屋で豪遊しかねないからな、ナイスな判断だ」
「ありがとうございます」
ということで駄王はシカト、もうこのまま土に埋めた状態で政務をさせた方が良いかも知れないな。
どうせ酒を飲むことぐらいしか出来ない、お飾りの無能キングなわけだし、そろそろ必要がなくなってきた感じだ。
で、まともな話をする俺達は、西の拠点の最も高級な会議室へと向かう……もちろん頭が悪くてうるさい連中には黙っていてもらうため、豪華な料理がセットになった会議である。
移動した先で巨大なテーブルを囲み、運ばれて来た料理に手を付け始めたところで、いよいよ本題に入っていく……
※※※
「えっと、その程度のことでしたら普通に出来ますが……」
「だよな、さすがに今回の件はハードルが高くて……出来んのかいぃぃぃっ!」
「はい、誤差0・0001秒でしたか? その程度の通信能力は4人とも持っていますし、特に問題など生じ得ないかと思います」
「マジかお前等、ホントに凄い技術だったんだな……クソ、こんなことなら毛兄弟を生かしておくべきだったかもだな」
「勇者よ、それはさすがになりません、あの2匹の馬鹿は、もう二度と転生しないよう、『地獄ブラックリスト』に登録されましたから、永久に地獄を彷徨う残念キャラになったのです」
「そうか、さすがにダメだよなΩは……で、本題に戻ろうか……」
アッサリと返ってきた『可能である』との返答、コパーもレッドも、それにダイヤもグラスも、そのことについては特に何も思っていない、確実に可能だと判断している様子だ。
だがそれは一度見せて貰わなくては信じられないこと、今はもう夜なのだが、翌朝一番での実験につき了承を得る。
本来であればここで無理だの馬鹿だのとボコスコに言われ、どうにか『アタッチメント』を使って……という流れになるはずであったのだが、どうやらここで『都合の良さ』が発動したらしい。
で、4人がそれを可能だと判断したことの根拠なのだが、どうやらこのΩ達、本来は『全世界同時多発攻撃』をやってのける予定もあったらしく、そのための機能がここで活きてきたのだという。
その攻撃の命令はコパーが、いやクリムゾンΩが、本拠から命令を下すことによって行われ、数々の都市が一瞬で灰燼に帰す、ゆえにどこからも助けは来ず、人族も、そして魔族も、生き残りはそれに続く攻撃によって死んでいくのみという、大変恐ろしいものであったそうだ。
もちろんコパーがそんなことをする意思を持っておらず、そもそもそのプログラムについても後から、全てが終わったあのとき以降に発見したものであるとのことで、いずれにせよそれが実現する可能性は極めて低かったのであるが……
「それで、その機能を使えば確実に、0.0001秒以内に目的を、本当に同時に果たすことが出来るんだな?」
「ええ、じゃあ試してみますか? そこの燭台と、そことそことそこを……せ~のぉっ!」
『それっ!』
「……どうだ女神、今のは?」
「……誤差10億分の1秒以下です、こんなこと、神界で時を司っている神でも不可能なのではないかと思われます」
「そうなのか……すげぇ、すげぇぞお前等……だが女神、このことについては……」
「ええ、神界に報告したりはしませんよ、こんなモノを私が管理する世界で、悪い奴等が、しかも補足済みの奴等が完成させていたことなど……バレたら凄いお仕置きが待っていますね私には」
「だろうな、ということでコレはナイショだ、明日もう一度実験をして、それで大丈夫そうならすぐに実行、あとはもうアレだ、良い感じに誤魔化してなぁなぁにしてしまおう」
これにたいそう驚いていた始祖勇者にも念のため口止めをしておき、その日の会議は良い感じのタイミングで終了とした。
翌日、西の拠点の敷地内、その四隅に設置した『玉』のレプリカを、4人のΩが……昨日よりも正確に、女神でさえその誤差を認識出来ないようなタイミングで破壊してしまったではないか。
これは確実にいける、いけるどころの騒ぎではないな、すぐに4人をそれぞれの場所に配置して……そういえば命令は誰が出すのだ?
4つの玉を破壊するのだとすれば、もちろんリーダーのコパーも現地入りして、現場で作業をすることとなる。
だとすると指示を出す係が欲しいのだが、可能であればそれをこの西方拠点に、俺達と共に配置しておきたい。
となると光るのが技術者の能力か、まぁ、この男であればどうにかしてくれるに違いないし、頼ってしまっても問題はなかろう。
その日の午後、もう一度会議室に集合した俺達は、今後執り行っていく作戦の具体的な部分につき話し合った。
準備も含めて決行は1週間後、それまでに完璧な作戦を立て、万が一にも失敗のないよう、あらゆるトラブルに備えておく必要があるな。
俺達に、普通の人間に出来ることは限られているのだが、掃除洗濯雑用に至るまで、可能な範囲でメインキャラのサポートをしていくこととしよう……




