909 コンプリート
「……ここはどういう場所なんでしょうか?」
「ここ? ニート神が勝手に造った摩天楼の中心にある建物の、その屋上にある……何なんだろうな?」
「ドラゴンが発着出来そうな広場ですね、この神、もしかしてそういう感じの攻撃も想定していたのでは?」
「確かにな、リリィよりもデカいドラゴンが、10体以上は発着出来そうだぞ……おう、どうなんだよニート野郎!」
『我は知らん! というか我を元に戻すのだっ、何でこんなスムージーみたいな状態にされなくてはならないのだ我がっ!』
「この状況でなお威勢が良いとはな、きっと顔が見えない状況では最強なんだなお前は……で、これからどうしようか……」
ニート神の摩天楼、居るのは腰蓑軍団ぐらいのものなのだが、とにかく静かで、不気味であって都市としての賑やかさはまるでない。
そこに一旦集合した俺達は、これからの対応につき、女神も交えて話を進めることとした。
ちなみに帰ったのは魔鳥のみ、奴は奴でやることがある、ジャングルへ、腰蓑軍団を連れ戻すというミッションがその途上なのだ。
で、まずは女神がどうしてこうなったのかということについてだが、簡潔にまとめると、やはりニート神の力の前に敗北し、簡単に亜空間へ放り込まれてしまったとのこと。
そんな強大な力を持ったニート神を、ルビアが単体で圧倒したというのはいまだに信じ難いのだが……まぁ、内に秘めたる神の力を用いたのだから、本来は特に不思議なことではないのであろう。
そしてその神、乳神オパイオスなのだが……どうにかしてその本体と話をすることが出来ないであろうかという話となった。
女神がその職権で試みるということなのだが、果たして上手くいくかどうか……
「回復魔法使いルビアよ、まずは……そうですね、そこに座りなさい」
「ここでしょうか? はい……」
「そしてこの小瓶に入ったヤバそうな色の液体をブッカケして、どうなるか試してみます、それっ」
「おいおい大丈夫なのかよそんな……光ってるし、やべぇことにならないだろうな?」
「大丈夫です、そこで見ていなさい……と、完全に分離するのは無理ですが、そのうちにオパイオス神が滲み出てくる……来ましたっ!」
「おぉっ、何か霊体みたいなのが出て来たぞっ!」
正座したルビアの背中から浮かび上がったのは……ルビアだ、どう考えてもルビアなのだが、それは見た目のみである。
雰囲気としてはどことなく神々しいというか、とにかく女神のそれに近い感じを醸し出しているではないか。
これが乳神オパイオス、ルビアに宿ったこの古の神が、これから果たして何を語るというのか……
『……この世界の女神よ、一時的にではありますが、私の言葉をこの者達に伝える機会を下さったこと、感謝致します』
「ええ、あなたからも話を聞いておかなくてはなりませんから、それで、あなたは今どういう状態なのですか?」
『私ですか? 私は自ら引き起こした大宇宙おっぱいビッグバンの効果で、その肉体を消滅させました……で、その原因となったあの無職の方を滅ぼすべく、チャンスを窺っていたのですが……』
「そのチャンスがこの時代に訪れることを知って、何かこう……勝手に人族に宿ったと、そういうことだな?」
『いいえ、勝手に宿ったのではありません、この者の一族は、常に私の後継者たり得る資格を有していた、いわば神の系譜なのです。そしてこの時代に、勇者と共に戦うドM女回復魔法使いが生まれ、それがあの無職神と戦うことがわかったため、私に残された全てのリソースをこの者に注ぎ込んだのです』
「そうなのか、で、このルビアの力は……もしかして役目を終えて消えたりはしないよな?」
『大丈夫です、むしろ今回の件でかなり力が引き出され、強化されました、まぁMなのは私のアレなので治癒しませんが、それは諦めて下さい。あとこの者が叩かれたりすると私も嬉しいので、そのつもりでビシバシいって頂けると幸いです』
「別にそれについては困っていないんだが……まぁ良いや、そういうことね」
「勇者よ、勝手に話を区切るのはやめて下さい」
他にも聞きたいことがある様子の女神、まぁこれについては神界の話であり、俺達はルビアが強ければ、これまで通りに回復魔法を使えればそれで差し支えない。
で、徐々に薄くなっていく霊体のような乳神オパイオスに対し、女神の奴は次から次へと、くだらない質問を投げ掛けては、その答えをメモ帳に書き写している。
今後復活の予定はあるのか、他に滅ぼしておくべき鬱陶しい神は居ないか、バストアップの秘訣はなど、特にこちらには影響のない話ばかりなのだが……最後の最後でクリティカルな質問が出た。
それはこの先、ルビアをどのように扱えば良いのかという内容の質問、つまり人族として普通に過ごすのか、神の系譜として大切にするのかといった内容だ。
確かに今の時点でのルビアは間違いなく人族、そして身分の方は無駄に奴隷という最低ランクに留まっている。
しかしそれが神の系譜、そしてその神の影響を色濃く残している存在だとすれば、それはもうそんな扱いに留め置くわけにはいかない。
もちろん古の神である乳神オパイオスは、この頭の悪い女神よりはランクが上なのであり、ここは本柱の意志に基づいて、これからルビアをどう扱うのかを決めるべきという判断に至ったのだ。
しかしこれは拙いな、ニート神との戦闘中に一瞬だけ思い至った、ルビアが『トクベツな存在』として崇め奉られるという、極めて面倒な事態に発展しかねない。
で、それに対する乳神オパイオスの返答の方は……首を横に振っている、どうやらセーフであったようだ……
『この者は人族でありドMの身、あまりちやほやされるよりは、これまで通りの乱雑な扱いを望むでしょう、そうですよね?』
「ええ、もっとお仕置きされたいです」
『ほら、私とてこの者が鞭で打たれたり、縛り上げられて庭木に吊るされるのを楽しんでおりますので、そういう方向性でお願いしたいと思います』
「わかりました、ではこの件は……関係者のみの秘匿事項として扱いましょう、今この場に居る者、そしてこの者の一族、それから……あの低能な人族の王に伝えるのはやめましょう、何をするかわかりませんから」
「そうだな、だが女神、一応総務大臣のババァと、インテリノ王子……あ、マリエルの弟な、奴等にだけは伝えた方が良い、あれらなら少しは信用出来るからな」
「ええ、そのようにしましょう……と、どうやら時間のようですね」
『それでは皆さん、これでしばしの別れとなりましょう、ですが私は常にここに居ます、もし何かありましたら、祈りを捧げるなどすると良いでしょう……具現化は難しいですが、お手伝いとか、あとこの者の一時的なパワーアップは……その機能はご存じですよね、叩いたりしてダメージを与えると、私の力が伸びてこの者に還元されますから』
「……それってアレか、被虐の力はそのせいで……あ、消えちゃったな」
単なる変態スキルの類だと思っていたルビアの被虐、ダメージを受ければ受けるほどに、身体能力や魔法力が強化されていくという、ドM専用のものだ。
これまでこの力に助けられたことは数知れず、意味不明なところで勝手に無双して、危機的状況から脱したことも何度かある。
まさかそのルビアの力が、内に秘めたる古の神のドM力を背景にしているとは思わなかった。
これは以降も大事にしていこう、それがルビアの、そして乳神オパイオスの意志なのだから。
で、その件についてはそれで良いとして、次は今後のことについて話し合っていくこととしよう。
既にニート神の影響はなく、腰蓑軍団も魔鳥と共に本拠であるジャングルへと帰って行くようだ。
そしてこの摩天楼がある、というよりも摩天楼を内包した巨大都市、島国最大の民主国家(笑)なのだが、それももはや制圧し、既に英雄である紋々太郎の手の内にある。
ここは島国の人間に、主にこれまで半ば抑圧され、西方新大陸系犯罪組織とそれに協力する政治屋の支配下にあった人々の手に戻すべきだ。
あとはまぁ、ニート神が勝手に創造したゲーム世界なのだが……こちらは中のケツアゴ諸共、サービスを終了して消し去ってしまえば良い。
ということで女神にもその旨伝え、まずはゲーム世界のクローズに取り掛かっていく。
これは簡単なことだ、世界をひとつ滅ぼす程度の力を使えば良いことなので、俺達が外に出ている以上、その仲間のほとんどが、単独でそれを成し遂げることが出来てしまう。
それは精霊様に任せてしまおう、女神による承認も得たことだし、単に『世界をひとつ消し去る』というだけの簡単なお仕事に、数人の力を用いる意味は特にないのだから……
「それじゃあいくわよ、まずは力を圧縮して……それっ!」
『ギャァァァッ!』
『なっ、何なんだぁぁぁっ?』
『この世の終わりじゃ……』
『ケツアゴォォォッ!』
「あの……何だか凄い数の断末魔が……もしかしてそのケツアゴ世界の住人ってかなりの数が……」
「おう、もはや許されないレベルの大量虐殺だよな、まさか女神の命令でこんなことをさせられるとは」
「そうよねぇ、全責任を負うのは当然だし、もしケツアゴ世界の方から問い合わせがあったら……まぁ、頑張ってちょうだい」
「ひぃぃぃっ! 凄く面倒なことになってしまいましたっ!」
イマイチ説明を聞いていなかった様子の女神、ケツアゴ世界の住人、つまりNPCではない生物が、たった今精霊様が圧縮し、ボールのようにして投げ捨てた世界の中に相当数あったことは、既に伝えてあった事項だ。
もちろん幽霊だの何だのと、わけのわからない存在も数多あったであろうが、問題となり得るのは間違いなくあのケツアゴタウンの『住人』のみであろう。
いずれ『ウチの世界から連れ去られたケツアゴをどうしたのか?』という質問が、今はスムージーにされた状態のニート神に投げ掛けられ、そこから色々と経由して、この女神の所へやって来るに違いない。
その際にどういう返答をするのか、どう取り繕うのかが見てみたいのだが……きっとそのようなこと、10年や20年程度の『直近』の話ではなく、相当後になってから起こるのであろう、神界の神々の時間感覚は俺達のそれとは異なるのだから。
で、世界の片付けの方を終えた俺達は、ひとまずこの摩天楼を出て、次は紋々太郎やフォン警部補が活躍している、元々この世界に存在していた大都市の方へと移動した……
※※※
「うぃ~っす、ようフォン警部補、治安維持の方はどうだ?」
「おぉっ、勇者殿が帰還したか……で、ケツアゴのHAGEの奴は……」
「立派な最後だったよ……知らんけどな」
「そうか、奴は色々と、この世界がどうとかスケールのデカい悩みを抱えていた節があるが、遂にこの世界のために命を捧げたか、今度墓にビールでも供えてやることとしよう」
「おう、で、こっちの様子は?」
そういえばケツアゴ刑事の話を、このフォン警部補は全く知らないのであったな、単に元同僚というだけで、奴がケツアゴ世界の勇者のクローンであったなど、言っても信じないかも知れないが。
そしてその死に様も……と、俺達でさえ最後に奴をどう処理したのか、どこでどういう感じで死亡したのかさえ覚えていないな、まぁ、詳しく聞いてきたら適当にそれらしい話で誤魔化しておこう。
で、フォン警部補曰く、この大都市の治安は1日で完全に回復し、というか元々一般市民にそこまで悪い奴も居らず、過重労働で疲れ果てていたため楽勝であったそうな。
もちろん悪い奴は居る、あの政治屋共の残党や、それの協力者などは、現在片っ端から逮捕し、雑魚は直ちに生きたまま焼却処分、大物については念のため裁判にかけ、後に処刑する予定だという……
「……とまぁ、そんな感じでな、仮の統治者は英雄として、犯罪組織の連中も、奴等が『ダンゴ』を不正に製造していた一大拠点も押さえたし、あとはもう処刑、処刑処刑処刑だな、ひたすらに悪を懲らしめていくフェーズだよ」
「そうか、じゃあここで、というかこの島国やるべきことは……と、どうしたんだサリナ、何か残っていたか?」
「残っていますよ、あの、始祖勇者の玉を開放したのは良いんですが、それに『リンゴ』とかを捧げてパワーを付けさせるというミッションが……」
「あっ、それは忘れていたわ、どうしようか……」
そもそも、俺達は既に始祖勇者の玉を開放し終え、この島国における本来的なミッションである『ダンゴ生産拠点の制圧』もそこそこ終えていたのだ。
で、最後にやるべきこととして、島国の、主にリンゴの森でゲットしたリンゴを捧げて……というようなアレが残っていたのであった。
すっかり忘れてこのまま帰還するところであったのだが、それについてはキッチリ終えておかないとならない。
せっかく帰ったのに、その件が終わっていないことを理由に、またこの遠い場所まではるばるやって来ることになりかねないからな。
とはいえ普通に島国をもう一度周回し、全ての玉に供物を捧げていくのは面倒臭い、ここは部隊を分けるか、それとも……いや、女神の力を借りてしまおう。
本来であれば、この世界の勇者である俺が直々に動き、全て処理していかなくてはならないのだが、これは『出来ない』のではなく『出来るが、時短のための措置』であるため、問題はないように思える。
まぁ、最悪俺が女神の力を使って各地へ一瞬で赴き、そこで必要なことをやってしまえばそれで体裁を保つことが可能となるであろうから、そのことも伝えつつ依頼をしていくこととしよう……
「……ダメです、それは認められません」
「はぁっ? 俺まだ何も言ってねぇし、どこがどういうふうに、どういう理由でダメだってんだよ?」
「とにかくダメです、言っていなくても表情でわかりますからねあなたは、どうせ不当な要求をしようと企んでいたんでしょう?」
「いやさ、始祖勇者の玉に捧げる供物だよ、ほら、全部回るのは面倒だからさ、お前の力でどうにかしてくれよな」
「私の力と言いましても……いえ、それでしたらほんの少しだけ力をお貸ししましょう、その代わり、私が亜空間から助け出された、というかそんな所へ閉じ込められていた件、ナイショにして頂けますね?」
「おう、ブリブリだぜ、で、どういう感じで力を貸してくれるんだよ?」
「そうですね、必要な供物はもう所持していて、あとはそれをこの島国の各地にある始祖勇者の玉へ……良いでしょう、5秒待って頂ければ、その間に『オンライン供物納入システム』を立ち上げておきます」
「オンラインとかどんだけ味気ないってんだよ……」
オンラインでの供物納入、これは賽銭を小銭でなく、電子マネーで納入することを遥かに超えて味気ないことだ。
供物を捧げるべきあり難い存在は、目の前にないどころか遠く離れた場所に存在しているということ。
信心深い者であれば、きっと拒否して自分の足で、徒歩でそこに赴きたがるところだが……残念なことに俺はそうではない。
オンラインとか何とか、そういうモノであったとしても、目的さえ達成出来てしまえばそれで良いタイプなのである。
ということで5秒間、キッチリと秒数を数えつつ待機し、システムの立ち上げに5秒と0.03秒要した女神にウスノロだの何だのと言って拳骨を喰らわせておく。
で、完成した『オンライン供物納入システム』、聖なるタッチパネルで納付先の玉を選択し、その後聖なる供物投入口から様々なものを放り込むタイプのものだ。
まずは試しにひとつ……『黒ひげの玉』にしよう、選択して、黒リンゴ(超リンゴ里長由来の品)を放り込んで……申請書を書かなくてはならないのか、面倒な仕組みだな……
「勇者様、この申請書を、王女たる私の名で書いておきました、これを使って下さい」
「おう、さすがはマリエルだ、え~っと、供物とこの納付申請書を一緒にして……どわぁぁぁっ? おいっ、凄い勢いで突き返されたぞっ、女神、お前コレどういうことだっ?」
「う~ん、あ、申請書に不備がありますね、補正して再提出して下さい」
「チッ、ここかよ、マリエル、宣誓同意事項は自署しないとダメみたいだ、スタンプで突いたから返ってきたんだ」
「凄まじく面倒な仕組みですね……じゃあこれで、ひゃぁぁぁっ?」
「あらあら、今度は別の不備が見つかったようですね、残念ですがやり直しです」
「こんなんで不備ループしてんじゃねぇぇぇっ!」
「あいたぁぁぁっ! いてててっ、抓るのはやめて下さいっ!」
どうしようもない仕組みを生み出した女神にお仕置きしつつ、どうにかこうにかオンライン供物納入システムに係る申請を進めていく。
同じ感じで提出したのに、突き返されたりそれで通ったりと様々であった、一体中の審査は何をしているというのだ、バイトか? 臨時雇いのバイトが審査しているのか?
……で、1時間以上消費しつつ、どうにか4つある始祖勇者の玉、その全てがフルパワーとなったようだ。
どこからともなく聖なる力を感じる、これが大陸側の、魔族領域を守る玉と呼応して、何かトクベツな事象が発生するに違いない。
しかしその事象は待っていればそれで起こるのか、それとも追加で何か行動を取らなくてはならないのか、それについての情報は……もちろん教えてくれるのは女神だ……
「おう女神、これから俺達はどうしたら良いんだ? ナビぐらい出せよこの役立たずめが」
「それは自分で考えて……いえ、何でもありません、えっと、とりあえず本拠地へ戻って、そこから大陸側の玉の効果を切る方法を調べてですね……」
「調べて、どうすれば良いんだ?」
「あの、それ以上は不当介入になりそうですので、ちょっとここまでで、あの、やり方を知っている方の連絡先とかも教えますから」
「知っている方? っていうと……」
これにて島国でのミッションはオールコンプリートとなる、あとは王都へ戻って、その『知っている方』とコンタクトを取るところから始めていくべきだな……




