908 勝利?
「あぁぁぁっ! 我が、我が超絶イケメンフェイスがぁぁぁっ!」
「いやちっともイケメンじゃなかったろうに、根暗のそれだったぞ確実に……てかその状態で喋るんじゃねぇよ気持ち悪りぃな……」
「主殿、少し話の方が膨らみすぎな気がするぞ、本当に収拾が付かなくなる前にどうにかしないと」
「わかっている、わかっているが……ルビア、ちょっとストップ、伏せっ」
「へへーっ」
「よろしい、しばらくそのまま待機だ、で、おいコラそこの馬鹿ニート!」
「ちょっと待つのだ、今頭の方を修復してだな……クソッ、自分がどんな顔だったか忘れてしまったではないかっ」
「きめぇ面してたぜ、とびっきりのブサイク野郎だったな」
「おのれっ、神である我に対してそのような侮辱をっ」
ルビア単体の力によって圧倒され、頭を吹き飛ばされてしまったニート神、今は絶賛修復中なのだが、引き篭もり生活が長く、自分の顔を見る機会がなかったため、忘れてしまったらしい。
で、俺達はそれを待たされるということになるのだが……そんなに暇ではないので早くして欲しいところ。
とりあえずへのへのもへじでも良いからどうにかしろと、ニート神を急かして修復を終わらせる。
……本当にへのへのもへじで再生しやがった、自分では全回復したつもりであり、実際ルビア以外の攻撃が通ることなど考えにくいのだが……やはりこの姿では締まりがないな。
ということで何かこの顔がわからなくなる方法を見つけ出そう……ちょうど良い所にお盆があるな、きっと誰かがこのニート神のために食事を運んでやった際に用いたものだ。
それをスッと手に取り、ニート神に差し出す……局部を隠しやがった、そういうネタではない、というか今のところ、しっかりズボンを穿いているではないか……
「おいコラ、そこじゃなくて顔を隠せ顔をっ、キモすぎてまともに会話出来そうにないんだよお前とは」
「何を言うかこのゲス野郎が、全身に肉と書かれ、無様な姿を晒しているのは貴様の方だ、違うか?」
「馬鹿なことを、俺のはちゃんと綺麗に洗えば落ちるんだよ、お前のは先天性、二度と治ることのないキモさと無職さなの、違うか?」
「ぐぬぬぬぬっ、言わせておけばこの野朗……死ねぇぇぇぃっ!」
「はい、ルビアガードです」
「ひょげぇぇぇっ! 乳神オパイオスに触れただけで腕がぁぁぁっ!」
「あの……だから私、その何とかという神ではなくて……その……あ、聞いてませんね……」
いきり立って襲い掛かってきたニート神、怒りのせいで動きに制裁を欠き、誰を狙って、どのタイミングで攻撃がこちらへ到達するのか俺でさえもわかるほどであった。
ひとまず足元で『伏せ』をしたままであったルビアの襟首を掴んで引き起こし、『盾』としてその攻撃と俺との間に挿入してやる。
それに対して留まろうとさえせず、勝手にぶつかってきたニート神の、右の腕が消滅してしまったではないか。
先程まではここまでではなかったのに、もしかしてルビアの力、いや、ルビアが乳神から受け継いだパワーが増幅しているのでは?
そう思いつつルビアの顔を覗き込んでみるも、特にこれまでと変わった様子はない、念のため頬っぺたを抓ってみたのだが、あうあう言うのみで何かが起こるわけでもなかった。
だがその力が増している、というかニート神に対してのみ効果を有する何らかのパワーが、ルビアに流れ込んだのか、それとも内から沸き出でたのかは知らないが、とにかくそんな感じであることだけは間違いない。
このままで大丈夫なのであろうか? 本来は人間に使えないはずの力を振るい、もちろんそれによる反動を肉体で受けているという事実。
後遺症なども心配だし、そもそもこのままルビアの体が持たなくなり、ダウンしてしまうことさえ考えられる。
ニート神に対抗出来るのはあり難いのだが……ここはあまり無理をさせたくないところだな……
「……で、ルビア、お前本当に大丈夫なのか? どこか痛くはないか?」
「いいえ、全然どうってことないですよ、むしろ叩いて痛くして欲しいぐらいです、ほら、早く叩いて下さいっ」
「うむ、表面的にも、それから中身の方も変化はないようだな、ついでに尻を叩いたときの反応は……どうだっ?」
「あうっ、もっとお願いしますっ」
「完全に大丈夫だな、よし、もうちょっとだけあのクソニート野朗を痛め付けてやれ」
「わかりましたーっ」
腕が消滅し、今度はそちらの再生に躍起になっているニート神……かなり焦ってはいるようだが、顔がへのへのもへじなので表情を読み取ることが出来ない。
だがまぁ、コイツがルビアに敵わないということはもう確実視して良さそうな感じだな。
頭や腕を再生したところで、またどうせ『触れただけで』吹き飛ばされるに決まっている。
何やら考えているようだが、有効な作戦など見つかろうはずもない、ここでこのニートがルビアに、いや乳神オパイオスの手で滅ぼされることは、神界の伝説にあった時点で確定しているのだから。
もちろん俺を含む他の仲間達は、このニート神に全く、一切勝てる見込みがないのだが……それでもそのオパイオスとやらを宿したルビアがこちらの言うことを聞いてくれる分、完全に有利な状況だ。
で、その有利な状況のまま話を先へ進めるべく、未だ腕の再生が終わらない、というかどうも再生がまるで進んでいない様子のニート神の下へと、ルビアがゆっくり近付いて行く。
後退りするニート神、だがここは奴が用意した狭い空間、ニートの汚部屋なのである。
どこへも逃げられない、逃げることなど許されない、それが無職のストーカー野朗の末路なのだから……
「ひぃぃぃっ! ちょっ、ちょっと待つのだオパイオス神よっ!」
「あの、ですから私は……あら? それでも今、ひとつだけ頭に浮かんだ言葉があります、聞いて頂けますか?」
「ど……どうぞ……」
「死ねっ! このストーカー野朗!」
「ギャァァァッ!」
「とのことでした、あ、もちろん私がそう思っていたりとか、そういうわけじゃないんで安心して下さい」
「ルビア、ソイツもう意識ないぞ、というか肉体さえ大部分がない」
「あらっ……あぁ……え~っと、とにかくごめんなさいね」
ニート神への暴言と共に放たれたのはルビアのチョップ、もちろん対象は真っ二つに裂け、ついでにその両側に分かれたそれぞれの部分が、グチャッと潰れてアレな状態となった。
さすがは神だけあってこの程度で死ぬようなことはないのだが、どうやら全く再生することが叶わない様子。
どういうことなのであろうか、やはりルビアが当てる攻撃が、何らかの特殊効果を発揮しているとしか思えないのだが。
というか、先程の暴言は明らかにルビアの言葉ではないな、こんな言葉遣いなど絶対にしないルビアであるから、これはきっと……神の、乳神オパイオスの言葉を代弁させられたに違いない。
いよいよルビアに起こった変化がその神によるものだと、そうであることにつき極めて肯定的な感想を述べなくてはならない事態だな。
そのうちに神が、ルビアの中からポンッと飛び出してくるのではなかろうか、そんな気さえして……と、そういった傍から、ルビアの目の前に何やら黒い穴が空いて……少しヤバそうだなこれは……
「ルビア! ちょっと避けるんだっ、足元のソレ、何か危なさそうだぞっ!」
「え? は、あふっ……」
「ほい避難完了、で、何よあの黒い穴……から何か緑のがはみ出してきてるじゃないのっ!」
「ゲェェェッ! マジで何なんだあれは?」
「……あ、えっと……マーサちゃんちょっと……」
「アレね、もしかしてアレって……アレよね?」
「何だよマーサ、マリエルあの緑の粘菌みたいなコケみたいな、とにかくその正体を知っているとでも言うのか?」
「ええ、だってあの緑の変なの、王都のお屋敷の、私とマリエルちゃんの部屋にあった……てか凄い増えていたのよ、アレ」
「あっ、確かそんなことを言っていたような……それで、どうしたんだっけか?」
「ちょっと亜空間へ放り込んでおいたの、たまたま良さげなのがあったから」
「亜空間って……うむ、そういえばそんな話を聞いたような聞いていないような……でも亜空間って……」
ルビアが力を振るいすぎたのであろうか、その足元付近に出現してしまった亜空間へと続く穴。
そしてその亜空間、どうやらマーサとマリエルが、王都の屋敷のゴミを押し込んだ亜空間と同じ亜空間であるようだ。
とんでもない、ファンキーな色と激臭を放つ緑色の物体……スライム……ではないな、もっと何かこう、禍々しい存在のようである。
しかし亜空間といえば、もうひとつ亜空間について重要な話があったようななかったような、そんな気がしているのだが……まぁ、今はとにかくこちらの亜空間の処理が先であることに間違いはない。
溢れ出す緑色の物体のせいで、俺達と、それからグチャグチャに潰れ、再生さえままならない状態のニート神の居る場所は完全に分断されてしまった。
このままでは時間を掛けて再生したり、隙を見て逃げ出したりなどされてしまいそうだな。
せっかくここまで追い詰めたというのに、この緑のおかしなののせいで台無しではないか……と、グチャグチャ状態のニート神もこの事態に気付いたようだ……
「おい貴様等! 何なのださっきからこのっ、緑色の変なのはぁぁぁっ!?」
「いや俺に言われても知らんわ、てかその状態でどうやって喋っているのか、その謎を解き明かしたいところだぜ、だから逃げようとか思うんじゃねぇぞ」
「フンッ、誰が逃げ出すものか、必ずやそこの乳神オパイオスを我が手に収め……ん? この感覚は……まさかこの亜空間はっ! しまったぁぁぁっ!」
「何だよ、何かヤバいことでもあって……むっ、この直ちにグーで殴りたくなってしまうような存在感は……まさかっ!」
突如として何かを感じ取ったのは先程までニート神であったモノ、そしてそれに続き、俺にもここにあるはずのない気配が感じ取れたのであった。
直後、床に空いた亜空間との連結部分より、ドロッと飛び出して来た緑色の塊、いや正確には緑色の何かに覆われ、完全に包み込まれてしまった人型の物体である……女神の奴だ……
※※※
「・・・・・・・・・・」
「……女神様、発見出来て良かったですね」
「……まぁな、とはいえ身動きが取れないようだが……この緑の変なの、触ったらヤバそうだしな」
「でもご主人様、女神様の口が、どうも『タスケテ』という感じに動いているようなんですが?」
「あぁ、それは見間違いだよきっと、ほら、良く見たら楽しそうじゃないか、なぁ……ほら、楽しいって」
「勇者様! ちょっとメンバーを交代して下さいっ! それじゃ女神様がっ」
「私も救助に参加するぞっ、カレン殿、交代してくれっ!」
「……ちょうど良い連中が居たもんだな……まぁマリエルに関しては犯人の一味でもあるんだが」
女神のことが大好きなマリエルとジェシカ、2人とパーティーメンバーを交代してやると、すぐに部屋の中へと突入し、緑色のアレを素手でアレして女神を救出し出す。
どうしてそんなモノを素手で触ることが出来るのかと、疑問に思ってしまうような光景なのだが、別にこのブツが危険だとか、とんでもないモノだとか、そういうことはなく、単に臭くて汚いだけであるということがわかった。
特に衣服を溶かされたり、攻撃を受けたりすることなく女神の救出に勤しむマリエルとジェシカ。
そしておよそ5分後、どうにかこうにかではあるが、ドロッとしたその緑色のブツの中から、女神がズルッと排出されたのであった……
※※※
「ふぅっ、どうにか助かりました、ニート神が私の世界で何かを企んでいると知り、調査に来たのですが、まさか亜空間に放り込まれてあのような緑の……思い出したら気持ち悪くなってきました、しかし神である私も知らないあの緑のブツは一体……そうだ、創り出した者に神罰をっ!」
『ガビビビビビッ!』
「あら? どうしてこの場に居る2人が罰を……もしかしてあなた方、アレを作成した当事者なのですか?」
『す……すみませんでした、ガビビビビッ……』
「しょうがない方々ですね、後でもう一度、本格的にお仕置きとします、それで、ここはどこなのですか? 私はニート神をどうにかしなくてはならないのですが」
「ニート神ならそこでグチャグチャになってんぞ、あの状態でもなお話をすることが可能なようだがな」
「……!? ニート神をあのような状態にっ? 勇者よあなたが、いやあなた方が協力してやったのですかっ?」
「いや、ここに居るルビアが単騎でやった」
「あ、どうも~」
「はぁぁぁっ!? いやあなたっ、回復魔法使いなんじゃ……」
露骨に驚いてみせる女神、無理もない、自分が一撃で亜空間に放り込まれてしまった、つまり自分を遥かに上回る力を持った神を、勇者パーティーの回復担当が単騎でボコボコに、しかもベチョベチョにして再生さえ出来ない状態に追い込んでしまったという話を聞いたのだから。
特に反応しないルビアの両肩をガシッとつかみ、グイグイと前後に押して問い詰める女神。
これは少し説明をしてやる必要があるな、そうしないと話が前に進まなさそうだ。
「あ、え~っと……おい女神、この件はかくかくしかじかで、お前は馬と鹿で、とにかくそんな感じだ、わかるか?」
「なっ、なんとっ、そのようなことがあって……いえ、確かにこの者からは乳神オパイオスの力をひしひしと……あの伝説の、大宇宙おっぱいビッグバンによって自ら爆散し、それ以降全ての巨乳にその欠片が宿ると言われているオパイオス神の力がこんなにも濃く……素晴らしいことですよこれはっ!」
「は、はぁ……何だかわかりませんがありがとうございます……それで、あちらの神様はどう処理するんでしょうか?」
このままだと面倒なことに発展する、そう感じたのであろうルビアは、咄嗟にグチョグチョのニート神をダシに使い、話を逸らす。
女神の奴もどうやらそちらに気が行ったようだ、そういえば忘れていた、そのような顔をしつつ、ニート神……であった何かに近付いて行く。
そして何やら小さなボトルのようなものを、どこからともなく取り出し手蓋を開ける。
すると、途端にニート神が、床一杯に広がっていたそれが、その小さなボトルの中へと吸い込まれていくではないか。
全く、塵ひとつ残さず収納されてしまったニート神、女神はその中身が一杯になったボトルを、同じくどこからともなく取り出した装置にセットして……これはどう見てもミキサーだ、しかも家庭用、調理用のものである。
「え~っと、ここを押せば……ポチッと」
『ギョェェェッ! あがぁぁぁっ! ひっ、挽肉になるぅぅぅっ!』
「おぉっ、ちゃんと動きましたね、勇者よ、これはあなたが転移前に居た世界で購入した、肉だの野菜だのをミックスする装置です」
「何でそんなもん買って来てんだよ……」
「いえ、実はこのニート神、神界追放後も悪事ばかり働いて、そのくせ通常の労働は一切しないというゴミっぷりでしたので、一度潰して別の形、どうあっても働かなくてはならない形状に作り変えよというのが神界上層部からのお達しでして……あら? 止まってしまいましたね、新品なのに故障でしょうか?」
「お前ソレ、密林通販で安く買っただろう?」
「ええ、確か年に一度のプライム大中華見本市とやらで、現地マネーを少しばかり使って……あ、動き出しましたね、どこか接触が悪いんでしょうか……あっ、また止まった」
「安物を買うからそうなるんだ……と、動き出したな」
『ギョェェェッ!』
哀れミキサーに掛けられたニート神、もはや原形を留めない、ファストフードで使われているという『ピンクスライム肉』のような状態となり果て、終いには諦めたのか、完全に沈黙してしまった。
で、女神の奴は後程これを神界へ持ち帰り、資源ごみの再処理を司る神とやらに引き渡すとのことだが……これは俺達の勝利ということで差し支えないのか?
いや、この世界を脱出し、そして消滅させるか、或いは封印してしまわないことには、完全に勝利が成し遂げられたとは言えないであろう。
だが女神もこの先は協力してくれるはずだし、どうにかしてここから脱出、エリナとアイリスが待っている外の、摩天楼にあるニート神の居城へと戻るのだ。
安物のミキサーをどこかへしまった女神と、そのミキサーが消えた場所をもの欲しそうに眺めている精霊様を引き離し、ひとまず女神と話をする、もちろん床に転がっているマーサとマリエルと、それから未だに溢れ出し続ける緑色の物体を退けてである……
「おう女神、俺達はここから脱出しなくちゃならないんだ、ちなみにここはニート神が勝手に創造したゲーム世界なんだが、どうだ、いけるか?」
「ゲーム世界ですか? 脱出……ちょうど良いです、私達は外へ出て、この緑色のやべぇのが出続ける亜空間ごと、この世界をクローズしてしまいましょう、ちなみにですが、この世界には他に放り込まれている善良な人々が居たりとか、そういうことはありませんね?」
「おう、俺達以外にはNPCと、それからケツアゴ世界のケツアゴ連中ぐらいだ、奴等が善良かどうかは知らんが、少なくとも人ではないだろう」
「OKです、それなら脱出しますので、全員私の周りに集まって下さい、いきますよ~っ!」
『うぇ~いっ!』
こうしてニート神の創り出したゲーム世界から脱出した俺達、辿り着いた先はモノが散らかる例のニート部屋であったため、そこに居たエリナとアイリス、それからボッコボコ状態のエリナパパと共に、更なる脱出を図る。
で、向かったのはこの建物、『ニー塔』の先端にある尖塔の、すぐ横にあるヘリポートのような広場。
ここでこれまでの話をまとめ、女神の方の事情なども聞きつつ、少し状況を整理していくこととしよう……




