907 神の再降臨
「オラオラオラァッ! カチコミじゃボケェェェッ!」
「なぁぁぁっ⁉ 貴様等、さっきまでダラダラしていたくせにっ、何なのだその気合の入りようはぁぁぁっ? てか扉壊すんじゃねぇぇぇっ!」
「うるせぇぞぉぉぉっ! ニートのお前なんぞとはスイッチの切り替え力が違うんだよぉぉぉっ!」
「貴様こそうるせぇぇぇっ! 叫ぶんじゃないよいちいちっ!」
「いやお前もな、あ、それとこれ、お目当ての品……の亜種だ、受け取れ」
「ほう、我のために251階層のコンビニで肉まんとチキンを……ってこれあんまんじゃねぇかぁぁぁっ!」
「ギャハハハッ! 参ったか? ちなみにそっちもチキンじゃなくて、冷凍のままのハッシュドポテトだっ!」
「Nooooooo!」
「何をしているのよあんた達は……」
初撃、ニート神の部屋へと殴り込み、間違った、しかし見た目的にはどことなく正解のそれに近い品を放り投げ、一瞬だけぬか喜びさせ、叩き落とすという攻撃を仕掛けた。
効果は抜群だ、冷めっ冷めのあんまんと、もはやハッシュドポテトというよりもポテサラの元となり果てたそれを受け取ったニート神は、それはそれはお怒りの様子だ。
まぁ、文句があるなら自分で、部屋から出ることによって買いに行けば良いのである。
もっともそのためのコンビニは、俺達が(店員に)火を放ったため今頃全勝していることであろうが。
で、気を取り直してこちらへ向き直るニート神、部屋の中は狭く、中へ入ることが可能なのはニート神そのものを除いて4人だけであるようだが、これが最終決戦における初期のパーティーメンバーになるということだ。
選抜された、というか成り行きで前に居たのは俺とセラ、カレンに、それから呆れ果てた表情で俺とニート神のやり取りを眺めていた精霊様となった。
カレンはやる気満々だが、単独ではこの神を討ち滅ぼすことが出来ないということぐらいは理解している、いや肌で感じ取っているようだ。
攻撃態勢を取りつつも、実際には相手の出方を待って行動を決めようと、そんな感じの構えである。
だが敵の方も仕掛けて来る様子はない、このままだと無駄な睨み合いが続いてしまいそうだな。
というか奴め、何だかんだ言いつつあんまんを喰らっているではないか、相当に腹が減っていたのであろう、天使からの食事の供給も、この世界に具現化している間は受けられないということか……
「むぐっ、この、ちょっと固くなっているが……食えなくはないな、本当は肉まんが良かったのだが」
「喰ってんじゃねぇよこのボケ、早く死ねっ、消滅しろっ、全ての世界から消え失せろっ」
「まぁ、そう怒るでない……と、腹が満たされたら少しイライラが収まってきたな、もうすぐ貴様等の相手をしてやるゆえ……しかし我は4対1で戦わなくてはならないというのか?」
「当たり前だろう、お前自身がそう設定したんだ、ほら、早くしやがれこのウスノロがっ」
「……まぁ良い、ではそうしてやろう、ちなみにもはや3対1だがな」
「何だと? はっ?」
「あっ、イヤァァァッ!」
「どうしたセラ……あっ!」
突如として4対1から3対1へ、つまりこちらの戦力が1人戦闘から離脱した旨を表明するニート神。
そこでセラの悲鳴、振り返ると、いつの間にかセラの胸元に『貧乳(雑魚)』の貼り紙がなされているではないか。
ニート神が動いた気配はまるでなかった、というかそのままあんまんを、両手で持って食べているようにしか見えなかったのだが……一体いつ動いたというのだ。
で、身体に直接酷い書き込みを貼り付けられたセラはショックを受け、その場にしゃがみ込む。
戦闘不能だ、セラは完全に戦う意思を喪失し、ガタガタと震えている……メンタルが弱すぎやしないか。
「……この野郎、セラ、ユリナと……いや止めておこう、ルビアと交代するんだ」
「そ、そうするわ……」
「ちょっと待ちますのご主人様、今明らかに胸元を見て言いましたの、抗議しますわっ」
「だってしょうがねぇじゃん、ユリナ、お前もセラと同じ運命に……しまったっ、そうなるとカレンがっ!」
「うぅっ……何か貼られました」
「クソッ、『貧乳チビ(雑魚)』だと……おいこのニート野郎、さすがに許せんぞっ」
「ちなみにご主人様、おでこに『肉』って書かれてます……」
「……マジでかっ? ちょっ、どこか映る場所で……何で俺だけ直接書かれてんだよぉぉぉっ! しかも油性で書きやがった、この野郎! マジで殺してやるっ、ウォォォッ!」
「そう怒るなと言っているであろう、ほれ」
「ギョェェェェッ! 全身に『肉』って、いやどこも確かに肉だけどさ、ふざけんじゃねぇぞこのっ」
「ちなみに、あまりにも不潔そうなので珍には書いていない、安心せい」
「なお悪いわっ、『珍なし芳〇』になったらどうしてくれんだこのボケェェェッ!」
圧倒的、もはや目で追うことさえ、そしてその動きを認識することさえ、俺達にとっては不可能なニート神の素早さ。
初期メンバーで唯一何もされていない精霊様も、その動きを把握することが出来ず、ただただ焦りを見せることしか出来ていない様子だ。
このままでは確実に敗北する、俺達はニート神に攻撃を当てることはおろか、やって来る攻撃を見切ることさえ出来ないのだから。
どうしたものか、ここは一旦謝罪して退くこととするか? いや、こんな奴に謝罪するのは癪どころか人生の汚点だ。
ならば戦うべきか、しかし現状では勝てない……行くも戻るも地獄ということだな、完全に詰みである。
いや詰んでいる暇ではない、何か考えないと、このまま仲間が酷い目に遭っていくのを眺めているしか……と、攻撃が止んだな、何か理由があるのかはわからないが、ひとまずこれ以上変な貼り紙や落書きを、俺達に対してすることはしないようだ。
同時にあんまんを喰らう手も止めてしまったニート神、ジッとこちらを見ているのだが……いや、こちらを見ているというわけではない、見ているのはセラと交代したルビアの方である。
普通に見ている、というかこれはもうガン見だな、全身を舐めるように、隅から隅までジックリと観察しているではないか。
ニート神がルビアの姿を見たのはこれが初めてではないはずだが、今回に限ってどうしたというのだ。
まさかルビアのおっぱいを狙って、何か悪戯することを企んでいるのではなかろうな。
だとすると非常に危険な状況だ、奴の悪戯は破壊的で、ニートだけあって社会性の欠片もない、冷酷な方法で精神的ダメージを与えてくるはず。
たとえルビアがドMであり、多少の屈辱は喜びに変換されてしまうようなアホであるとしても、ニート神による悪戯はそれを凌駕し、必ずルビアに地獄を味わわせてくることであろう……
「おいちょっと待てコラ、おいそこのニート! 何でルビアの方を見ているんだ? 気持ち悪いからやめろ」
「本当に、凄く見られています、どうしたんでしょうか?」
「あっ……あぁ……あ、いやそんなはずは……この娘は単にこの女神が支配している世界における人族という存在であって……違うはずだ、まさかそんなことは……」
「……何言ってんだコイツは?」
「わからないわね、ルビアちゃんの方を見てブツブツと……」
勝手に全ての行動を停止し、独り言を呟き出したニート神、もはやキモいとかそういう次元のアレではない。
しかも未だにルビアの方をガン見しているのだからやめて欲しい、いや普通に死んで欲しいところである。
一体何があったというのだ、今ここで話し掛け続けても、何ら情報は得られなさそうだが……とにかくこの独り言の中から、何か情報を得られるワードがないか、それを拾っていくこととしよう……
「まさか……いや、見れば見るほどにそうだ、彼女が人族などという矮小な存在には見えない……」
「もしも~っし、ルビアが人族じゃないなら何なんですか~っ?」
「……彼女は、彼女は『乳神オパイオス』、かつてそう呼ばれていた存在だ……そうに違いないっ!」
「何だそのおかしな神は? おっぱいなのか? 18禁のそういうアレなのか?」
「・・・・・・・・・・」
「黙りやがった、何なんだよ全く……」
ルビアを挙げて『乳神オパイオス』などと言い出すアホなニート、ルビアは人族であり、これまでに一度も神を自称したことなどない、しかもまだ20歳であり、『かつてそう呼ばれていた存在』にしては若すぎる。
きっと何かの間違いなのであろうな、たまたま顔が……いやおっぱいの感じが似ているとかそういうものだ。
ニート神はニートゆえ、この自らの主張の矛盾に気付くことが出来ないほどにアホなのであり、残念な存在なのである。
で、念のためということでルビアを……女神の奴から借りパクした『箱舟』の中から出ないよう言っておけば大丈夫かも知れないな。
これで敵対しているこのニートは、ルビアに指一本触れることが出来ない状況となったのだ……おそらくだが。
あとは誤解を解いて、これ以上ルビアに危険が及ばないようにするべきだな、何やらヤバそうな感情が渦巻いているようだし。
ということで箱舟入りしたルビアは念のため後方待機、相手が神である以上、その効果が限定的、或いは無効である可能性も考慮に入れなくてはならないためだ。
俺と同様に危機感を得ている精霊様と、それから胸元に貼り紙をされたままのカレンがその前に立ち、既に落書き塗れの俺がさらに前へ出て、敵の攻撃の盾とならんとする……
「……乳神オパイオスよ、我のことがわかるか?」
「知りません、というか私、そんなのではないんですけど……」
「そうか、やはりそうなのか、我のことは覚えていない、我が1万年間に渡り、1日5万通の手紙を直接手渡していたことも覚えていないか」
「とんでもねぇストーカー野郎だな、迷惑だぞお前」
「ニートの考えることは良くわからないわねぇ」
「我のことを覚えているか、それはともかくだっ、そこに居るのが乳神オパイオスではないというのであれば、その証拠を見せてみよ」
「いや、そういうのはそっちが証明するんじゃないのか? てかよ、ルビアは普通に人族だし、完全に何かの間違いだぞ、俺が保証してやる」
「……そんなはずは、確かにそのおっぱい感は乳神のものだ」
「ダメだなコイツ、死ねよ普通に」
断固として譲らない、ひたすらにルビアがそのおかしな神だと言い張り続けるニート神。
諦めさせるには殺すしかなさそうなのだが、戦闘力的にそれが出来ないのがもどかしい。
そしてどうにかしてこの場を納めたとしても、ストーカー気質どころかストーカーの権化であることが判明したこのニートが、このあとルビアに対してどう粘着していくかまるでわからない状況。
間違いなく1日5万通の手紙、しかも極めて不快な内容のものを、いちいち手渡ししに来るに違いないのだ。
それこそ大迷惑である、直接の被害者となり得るルビアだけでなく、きっと俺達全体の問題となろう。
で、ということはだ、ここはもう俺達が『ルビアはそのおかしな神ではなく、人族であって俺達の仲間である』ということを証明、最低でも疎明する必要があるということだ。
幸いにもニート神が俺達に対する攻撃を再開する様子はないし、ここは少し頭を使って、こちらから積極的に働きかけていくこととしよう……
「え~っと、まずだな、お前がその神……オパイオスさんだっけか? それにしつこく関与していたのはいつの話だ?」
「5万……いや50万年前か、その間ぐらいかといったところだな」
「範囲広すぎんだろ、馬鹿かよお前……で、そのオパイオスさんはどうして今お前の近くに居ないんだ? 裁判とかで接近を禁止されたのか?」
「違う、そのようなことはない、彼女は、彼女は消滅したのだ、強化されすぎたおっぱいの爆発、『大宇宙おっぱいビッグバン』によってなっ」
「また意味のわからん単語を……じゃあさ、その消滅したはずの女神が、どうしてここにルビアとして、人族として存在しているんだ? おかしいだろう普通に考えて」
「いや、それは普通にわからん」
「わかんねぇのかよこの馬鹿」
「……あ、でも何か聞いたことのある話ね、ちょっと思い出して……そうだわ、神界における伝承のひとつにそういう話があったと思うの」
「何だよ、まさかの精霊様が知っているってのか……」
ニート神によるわけのわからない話、根拠に乏しい主張であって、全く信用ならないものなのだが、それについて精霊様が知識を有しているとのこと。
まぁ、もちろんルビアがそのおっぱいの神だの何だのという話ではなく、ビッグバンがどうのこうのという方の『意味不明な話』についてなのであろうが。
で、その精霊様が語るところによると、話の内容は以下のようなものである……
『神界に巨乳を擁する神あり。そのような女神多くあれども、オパイオス神のそれはなかなかのものなり。オパイオス神に言い寄る有象無象の神も多くあり。そのうち、怠惰を是とするゴミのような無職の神、これがまたウザけり。如何に尻を叩かれて喜ぶドMのオパイオス神なれども、この無職の馬鹿による攻勢には耐えかねり。オパイオス神、大宇宙おっぱいビッグバンを巻き起こし、それをもって神界から姿を消せり。いずれかの世、いずれかの世界において、オパイオス神これ復活し、必ずや無職の馬鹿を討ち果たさん』
とのこと、なるほどルビアだ、尻を叩かれて喜ぶドMなのは、そのオパイオス神の特徴と合致している。
そして容姿の方は……まぁ、言うまでもなくそのオパイオス神のものと同じなのであろう。
つまりどういうことだ、考えろ、後のいずれかの世で、いずれかの世界で……オパイオス神が復活して、ウザい無職の神を討ち果たして……今だ、それは今この瞬間なのだ。
もしかするともしかする、いや、もしかしなくともそうであろう、ルビアは確かに人族なのだが、その実かつての神、乳神オパイオスが復活し、顕現した姿なのではないかということ。
これはとんでもない事実だ、人族の身でありながら、実は内に神を宿していたと、そのようなことが発覚すれば、もはやただ事ではないのではなかろうか。
この事実、もちろんそれが真実だとは限らないのだが、それが世に知れ渡れば、神界に知れ渡ればどうなるのか、それについて予想してみよう。
まず、ルビアは崇め奉られ、きっと最高の待遇によって、神の申し子として、今よりももっと凄い、何か特別な、もちろん人族の敵である魔王軍と戦う組織に……いや、それは間違いなくウチの、勇者パーティーのことではないか。
……つまり何が起こったとしても、現状は基本的に変更されず、きっとルビアもルビアのままで……もしかして何の影響もない、そういうことなのではなかろうかといったところ。
そして、現に後ろで突っ立っているルビアも、頭が悪すぎて現状が理解出来ないのか、はてなといった表情で首を傾げている。
おそらくこのまま一生理解しないであろうな、確かに最初からおかしなところもあったし、『人族は原則1人につきひとつだ』と言われていたスキルも、特別な何かを経ることなく、王侯貴族でもないのにふたつ有していたのだが、それを、その凄さを本人が理解していない時点で、何が起ころうと一生このままだ。
ここで新たな事実が発覚し、『実は凄い』となったとしても、きっとこれまで通り、低知能でドMで、ヘタレのルビアのままであることはもう確実視して良い状況である……
「……で、これどうすんの? ルビア、お前が今回の主人公なんだから、全部決めて良いんだぞ」
「私ですか? う~ん……えっと、一応今はこの神様をやっつける、それがミッションなんですよね?」
「そうだぞ、こんな感じだが実は戦闘中なんだ」
「あ、じゃあえっと、おっぱいビンタラッシュ!」
「ギャァァァッ!」
「お尻ダイナマイトアタック!」
「ギョェェェェッ!」
「……何よこれ、めっちゃ効いてるじゃないの、避けられもしないみたいだし……対ニート神必中攻撃なのかしら?」
少しばかり悩んだ挙句、まずはおっぱいビンタを、そしてそのままヒップアタックを、さらには脚を使った関節技を……とにかく超絶羨ましい攻撃をニート神にブチ当てていくルビア。
なんと効果は抜群だ、俺達が束になっても敵わない、というかもし精霊様が100倍に分裂して、一斉攻撃を仕掛けても勝負にさえならないと思われたその神を、おそらくフィジカルでは勇者パーティー内でサリナに次ぐ程度に弱いのであろうルビアが、なんと完全に、単独で圧倒してしまっているではないか。
この事態に口を開け、ただただ見ているしかない俺達残りのメンバー、もはや4人パーティーなど意味はない、タイマンで勝利してしまう勢いだ。
で、みるみるうちに顔面がボコボコになり、血を吐いてのたうち回り始めるニート神……そろそろ止めないと本当に殺してしまいそうな感じなのだが、まぁ殺しているのだからそれが普通なのか……
「ハァァァッ! とぉぉぉっ!」
「グゲェェェッ……か、かくなるうえは……大無職セクハラタッチだっ!」
「あっ、お尻を触られて……しかもギュッと……ひぃぃぃっ」
「どうだっ、我の執拗なセクハラタッチから逃れられた者は居ないっ!」
「おい止めろよ、それもうセクハラじゃなくて痴漢だかんな、てかどっちにしろ犯罪だかんな」
「黙れっ、勝負に勝てば全てが許されるのだっ、神界においては、かねてより『勝てば神軍』と言われているのだからっ!」
「最低な野郎だな……ルビア、もう少し本気を出しても良いと思うぞ」
「わかりましたっ、では……技の出力を15%まで上げますっ、ハァァァッ!」
「しまったっ、尻を握った手が外されて……ギョェェェェッ!」
ルビアの攻撃(出力15%)を受けたニート神、次の瞬間、その顔面にヒットしたルビアの尻が魔力による輝きを放つ。
そしてニート神の頭が……弾け飛んで消滅してしまったではないか、凄い威力である……で、これはどう収拾を付けろというのだ……




