906 最上階へ
『……準備は整ったか? では私から参るっ! 秘奥義、ケツアゴ質量爆弾!』
「げぇぇぇっ! いきなりキモめの大技できやがったぁぁぁっ!」
『ぐぇぇぇっ! よっ、避けるでないっ』
「いや無理だろ受け止めんのは、気持ち悪いし、てか床にケツアゴの形のシミが……めっちゃ脂ギッてんだろお前……」
『当たり前だ、脇汗、足汗に加えてケツアゴ汗も凄まじいのでな』
「きめぇ……」
攻撃を仕掛けてきたケツアゴオリジン、凄まじい一撃であったが、良く考えたらそれで破壊されないこの建物の床もそこそこに凄いな。
で、こちらも反撃に移らなくてはならないということで、聖棒をブンブンと振り回しながら、主に顔面を狙って連続攻撃を仕掛けていく。
ケツアゴが重い分回避性能は極めて低いようだ、当たる、ほとんどの攻撃がヒットし、ケツアゴオリジンのHPをガンガン削っていった。
このまま何事もなければ押し切ることが可能だが、さすがにそうはいかないであろう、隙を見せれば一転して向こうのターンに、凄まじい攻勢がくるに違いない。
そうさせないために、息が切れる寸前まで押し込み、敵の余力を可能な限り削っておくこととしよう……
「オラオラオラァッ! 死ねっ、そのまま死に晒せこのゴミクズ野郎がっ!」
『ぐぬぬぬぬっ! ギョェェェェッ! なかなかやるではないか、とんでもない無能の雑魚だと聞いていたが、神より与えられし戦闘力は勇者そのものということかっ』
「何が神だよ、女神からはこのしょうもない棒以外何も貰ってねぇんだ、これは俺様の本来の実力だぁぁぁっ!」
『そんなはずがなかろうっ! お前は何か勘違いをして……ごふっ……喋っているときに鳩尾を突くとは……』
「黙れ、てか死ね、お前如きの話なんぞ、聞くだけ無駄だし鬱陶しい、耳が腐ると困るから音を立てるな、オラァァァッ!」
『ぐぇぇぇっ!』
ケツアゴに大ダメージを与えることに成功した、これでもHPは3割程度しか削れていない印象だが、こちらは多少疲れた程度であることを考えれば、かなり有利に戦闘を進められていると評価して良さそうである。
しかしここで吹っ飛んでしまったケツアゴオリジンが、一度距離を取って体勢を立て直した。
こちらの連撃は終了し、次の攻撃を受けるか、あるいは回避しなくてはならないということだ。
さて、どう攻撃してくるのか……と、武器を取り出すようだな、光り輝く棒のようなものがケツアゴの手に出現して……これはもしかして聖剣なのか?
対峙するそのバケモノじみたビジュアルの何かとはまるで繋がってこない、全く似つかわしいとは言えない光の剣。
完全に両手剣の形となったその光の剣は、徐々に輝きを弱め、そして装飾によって彩られていく。
間違いなく聖剣だ、聖なる力をひしひしと感じる、もはや聖棒などゴミで、単なる神界物干し竿に等しいと思えるほどに、ケツアゴの手に握られた剣は神々しく、そして強力なものである。
あの剣から放たれる攻撃を受ければ、俺も、そして後ろの仲間達も巻き添えになり、とんでもない目に遭うであろう。
大怪我、下手をすると入院が必要なレベルの傷を負うに違いない、真正面の俺に至っては腕が取れたりするかも知れないな。
そんな危険物をこちらに向け、ケツアゴオリジンは構えを取る……かなり遠くからだが、おそらく斬撃によって生じる衝撃波のようなもので攻撃してくるに違いない……
『ウォォォッ! 受けてみよっ、このケツアゴの剣による斬撃をっ、これを受けた者はアゴが真っ二つに割れ、髪も無駄にセンター分けとなってしまう、恐るべき威力を誇る攻撃だっ、セイィィィッ!』
「ギャァァァッ! 説明が長いしすげぇのきたしっ、皆逃げろぉぉぉっ!」
「勇者様、勇者様以外はとっくに退避しているのでご安心を」
「えっ、そうなの? ってギョェェェェッ!」
「あ、まともに喰らいましたね、大丈夫でしょうか勇者様は?」
「大丈夫じゃねぇぇぇっ! 見ろ、顎だけは守ったが、頭が、こんな髪型にされて……しかも戻らねぇじゃねぇかっ!」
『フンッ、運の良い奴め、私の攻撃を喰らってその程度のダメージで済んでいるとは』
「うるせぇっ! 意味不明な攻撃ばっかり繰り出しやがって、もっとこう、まともなのはないのかっ?」
『これがまともでなければ何がまともなのだ? 見せてみるが良い』
「まともな攻撃か……そうだ、大勇者様忍法、変わり身の術!」
説明しよう、大勇者様忍法とは、今ここで閃いただけの特に意味のない名称であり、変わり身の術とは単なる交代。
俺は勝手に後ろへ下がり、1ターンだけその姿を隠す……で、その間は精霊様が代わりに戦ってくれるのだ。
というわけで精霊様をバトルフィールドに召喚、というか腕を掴んで持ち上げ、放り込んでおいた。
俺はルビアの後ろに隠れ、可能な限り気配を消してその様子を見守っているのだが……ケツアゴオリジンは呆れているようだな。
そしてバトルフィールド上の精霊様は、俺の意図を汲んでくれたのか、それとも単にケツアゴオリジンを殺したいだけなのか、意外にやる気満々な状態である。
一応は『1ターンだけ』ということになっているのだが、精霊様が良ければ、そのまま選手交代としてくれても一向に構わない。
そうすれば間違いなく戦闘には勝利し、無事に先へ進むことが出来るというわけだ。
こんなに素晴らしいことはないではないか、本人がやる気なのだし、このまま隠れていることとしよう……
『……えっと、選手交代などは認められていないのだが? 出て来て戦うが良い、卑劣な心を持った異世界勇者よ』
「うっせぇ、バーカバーカッ! 精霊様に殺されてしまえっ!」
『・・・・・・・・・・』
「ということで1ターンだけ? 私の番ね、手加減はしないから覚悟しなさいっ」
指の骨をゴキゴキと鳴らしながら、ケツアゴオリジンに近づいて行く精霊様……もちろんパンチを繰り出すつもりはなく、普通に水を呼び出してそれで攻撃するのであろうが。
と、ここで天井付近に現れたのは強大な水の塊、精霊様が出したものであることは間違いないのだが、なぜかいつもと様子が違う、そんな気がしてならない。
何やらボコボコと泡が出ているような……沸騰しているのか、そういうことが出来るという話は聞いたことがないのだが。
というか精霊様の水は、付近にあるものをどうにかこうにかかき集めているだけであって、温度までは変化しないとか、そういう触れ込みであったはずなのだが……どうしたというのだ?
「ねぇ、何その技? 精霊様ってそんなのも出来たわけ?」
「ええ、最近、といってもちょっと前だけど、どこかの書庫で押収した水属性以外の魔法を全部コンプリートしたの、15分ぐらいでね、で、これは火魔法の亜種、湯沸かし魔法を使っているのよ、水を振動させてどうのこうので」
「凄いですのっ、今度私にも教えて欲しいですわ」
「良いわよ、で、その前にこのアッツアツの水の塊を……」
『わぁぁぁっ! ちょっ、ちょっと待て、待つのだ、ギャァァァッ! アッツゥゥゥイッ!』
「ひゃはははっ、茹で上がって皮が捲れたわね、食べ頃じゃないの」
『かぺ……かぺぺぺぺ……』
「でもこのまま殺してもアレなのよね、神界に戻るだけっていうか、どうにかして消し去ってしまうことが出来ないのかしら?」
「良いぞ精霊様! さすがは俺の『変わり身』だっ」
「誰があんたなんかの分身なのよ、で、どうする? もうコイツのHP、残り1%ぐらいみたいだけど、たぶん蹴飛ばしたらこっちの勝ちになって、普通に消えてしまうわ」
「あぁ、しかも火傷が凄いからな、継続ダメージで……ほら、今も微妙に減りつつある、どうする? このまま帰してしまうのは何だか癪だな……」
もはや意識を失い、全身の皮が茹で上がったジャガイモのように剥けたケツアゴオリジン。
こちらの勝利はひとまず確定した感じだが、どうにも歯切れの悪い終わり方である。
というかこのままだと恨まれるな、もし俺が死後に行くのが極楽浄土ではなく、神界だとしたらどうか。
きっとその際に仕返しをされるに違いない、粘着質そうな顔をしている、というか物理的に粘着質のケツアゴを持っているようだし、被害を被るのは確実に俺だ。
どうにかしてコイツと和解……いやそれは無理か、やはり消滅させることを考えなくてはならないのだが、どのようにすべきなのかは……そうだ、ニート神に聞いてみよう。
奴ならば色々と知っているはずだ、今はニートでもかつては世界を統べていた、そしてこのケツアゴオリジンを異世界勇者として採用し、どこかの世界で活躍させたのも奴なのだから。
ということでひとまずピクピクと痙攣しているケツアゴオリジンは放置し、ニート神に届くよう、邪悪な祈りを捧げてみた……
※※※
『ダメに決まっておろう、そんな狼藉、我が神として許すと思ったか?』
「ケチ臭っせぇ神だな、そんなんだから就職も出来ないし、神界からも追放されんだよお前は、俺はコイツに恨まれ続けろってのか? 冗談じゃねぇぜ全くよぉ」
『そんなもん自分が悪いんだろうがっ! というかなぜ普通に戦わず、不正をしてまでそのような状態にしたのだ? 正気なのか貴様は? というか本当に勇者なのか? どこのカス野郎なのだ一体?』
「うるせぇなぁ、良いから俺の要求を実現させろよ、あ、神なのにその程度のことも出来ないのか? ニートだから」
『ぐぬぬぬぬっ、限りなくムカつく奴めっ、とにかく登って来いっ、話はそれからだっ……っと、コンビニへ寄るのを忘れるでないぞ』
「へいへい、とにかくこの件は保留だな、ケツアゴオリジンは……放っておこう、何やら苦しんでいるようだが、意識は朦朧としているはずだし、特に問題はないだろうよ」
「ええ、これならもう復活することもないわね、汚いから触れずに先へ進みましょ」
こうしてケツアゴオリジンによる試練を不正に突破した俺達、もう用がなくなったケツアゴに別れなど告げず、普通に乗り越えて階段を上がった……
※※※
『いらっしゃいませ~っ、ケツアゴマートへようこそ、ケツアゴ成長剤はこちら、ケツアゴ活性剤はこちらです、今は貼るタイプが人気ですよ~っ』
「あ、そういうの良いから、とりあえずあんまんと……ハッシュドポテトはないのか?」
『申し訳ありません、本日の分のケツアゴポテトは売り切れです、代わりに激辛ケツアゴチキンはいかがですか~っ?』
「要らねぇよそんなもん、俺はハッシュドポテトが欲しいんだ、しなっしなになったのがな」
『それでしたら冷凍のままお持ち下さ~い、ほら、これで良いですか?』
「おう、カッチカチのままあのニート野郎に喰わせてやるぜ、あとお代は払わないから、請求したら殺すからな、わかっていると思うが」
『いえ、その……さすがにお代の方は……』
金を払えと、そういった趣旨の脅迫をしてきたのはケツアゴコンビニ店員、きっとバイトであって、勝手に商品を無償で提供するような権限は持ち合わせていない、そんな感じだ。
だがそんなことで引き下がる俺達ではなく、武器を突き付け、『とにかく無料で』と主張しておいた。
さすがにビビッたようだな、勇者様たるこの俺様と、その仲間から金を脅し取ろうなど、言語道断どころの騒ぎではない。
いや、この場合にはむしろ払って貰わなくてはならないな、いきなり金を要求され、精神的苦痛を受けたことにつき訴えを提起すれば、どんなケツアゴ裁判長であってもこちらの味方をしてくれるはず。
ということで一旦は収めかけた武器をもう一度、今度は仲間達と共に突き付ける……一瞬だけホッとした顔をしていたケツアゴ店員だが、再び恐怖に満ちた、気持ち悪すぎる顔へと戻る……
『な……何でしょうか? もう商品はお渡ししましたし、今回のお支払は私の奢りということで片付けて……』
「そうじゃねぇ、そのことはもう終わったんだ、わかり切ったことを口にするな」
『ででででっ、では何を?』
「金出せ、この店にある金を全部、俺達に寄越すんだ」
『ひぃぃぃっ! 強盗じゃないですかそんなのっ!』
「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇっ、誰が強盗だよ全く」
「人を犯罪者扱いなんて最低ですね、慰謝料は……この店にあるお金全部で構いません、それで示談にしましょう」
「あの……主殿、ミラ殿……真剣にそろそろやめたほうが……おそらく犯罪だぞこれは」
『どこが?』
「……うむ、何でもない、おそらく私の勘違いだ、だが私自身は関与しないゆえ、ここからは好きに続けてくれ」
「変な奴だなジェシカは……腹でも減ったのか?」
良くわからないことを言い出すジェシカ、それを不思議に思いながらも、レジを開けて中身を取り出すケツアゴ店員が、俺達のものとなる金をちょろまかしたりしないか監視する。
監視するのだが……店員が取り出しているのは単に真っ黒なだけの、たいした価値もなさそうなコインではないか。
そうだ、ここは俺達が住んでいる世界ではなく、ニート神が勝手に創造したゲーム世界なのだ。
つまりこんな所で金をゲットしたところで、クリアしてしまえばもう何の価値もない、単なるゴミにすぎないシロモノを、一時的に所持品の中に加えるにすぎないのである。
ヤメだ、こんなくだらないことに時間を使って、無価値なものをゲットすることがどれだけ空しいか。
まぁ、それでもケツアゴ店員が俺達に対して、品代として金を出せなどというわけのわからない脅迫をしたことに変わりはなく、その罪が消えることはない。
ということで処刑だ、せっせと袋の中にその薄汚いコインを詰め込んでいるケツアゴ店員に声を掛け、顔を上げたところでユリナの魔法を飛ばしてやる……
『アギャァァァッ! アァッァッ、アヅイィィィッ!』
「ケッ、ざまぁみやがれこのド畜生めが、そのまま焼け死んでしまえ」
「悪事を働いた者の末路ですの、十分に苦しむと良いですわ」
「あの、ユリナ様、その……主殿とかと同レベルに落ちるのはちょっとやめた方が……」
『ギョェェェッ!』
「ん? 聞こえませんでしたの、どうしたのかしらジェシカは」
「あ、いえいえ何でもありませんよ、オホホホホッ」
「気持ち悪い奴だなさっきから……まぁ良いや、とにかくあんまんとチキンはゲットしたし、先へ進もうぜ」
『うぇ~いっ!』
251階層のコンビニはそのままケツアゴ店員のせいで、奴が火達磨のままのた打ち回ったせいで火事になり、全焼してしまう勢いだ。
まぁ、それも仕方のないことだな、というかどうせこの世界はもうすぐ消滅する、俺達がニート神を打ち破れば、エンドロールと共に消えてなくなる予定なのであろう。
で、もし消滅しないとしたら俺達の手でどうにかする、或いはこれから救出してやる女神に頼んで、キッチリ消し去って貰わなくてはならない。
さもなくばこんな気持ちの悪い世界が、ケツアゴNPCやその他のケツアゴがひたすらに跋扈し続けるこんな薄汚い世界が、この世のどこかに存在しているという事実、その鳥肌モノの事実と共に、俺達は生きていかなくてはならないのだ。
とにかくこの世界を消したい、そしてその目的を達するために、俺達は階段を上がり、ニート神が待ち構えているはずの最上階を目指した……
※※※
「ふぅっ、途中でエレベーターがあるのに気付いて良かったぜ、こんな所まで階段で上がったりしたら大変だからな」
「脚がムッキムキになってしまいそうですからね、何かこう、モリモリッて」
「あぁ、そういうビジュアルだけは確実に避けたいよな、不自然極まりない」
「ところでご主人様、お腹が空きました」
「私は眠いですね、少し休憩してから行きませんか?」
「だな、体力を回復してから向かうのが得策だ、敵を待ちくたびれさせる意味も込めてな」
あといくつか階段を上がれば最上階、そんな所まで来ておきながら、どういうわけか休憩する流れとなってしまった俺達。
とはいえ腹が減っただの眠たいだの、万全でない状態で戦って勝てるほど、神というのは甘くはないはずだ。
たとえそれがクソニートのゴミ野朗であったとしても、神界から追放された落ち零れであったとしてもである。
というわけで一時座り、一部のメンバーは比較的柔らかい魔鳥の翼や、それから馬車の荷台などを好き好きに使ってゴロゴロと転がる。
もちろん食べるものも好きなだけ、こんなにも必要なのかというほどに取り出して、床に敷いたピクニックシートの上に並べておく。
最後の戦いの前にはこのぐらいしておかないと、腹が減っては戦など出来ないのだし、疲れているのも良くないからな……と、ニート神にやるはずのあんまんは冷め、冷凍のままのハッシュドポテトは溶けてグズグズになってしまったようだな。
だが奴にも戦闘前の腹拵えをさせてやるという点において、俺達の優しさが光り輝いているのは言うまでもない。
そんな俺達の到着を、今か今かと待っているニート神の奴は……何やら言いたげな感じで、すぐ近くに居る俺達に『通信』で語りかけてきたではないか……
『貴様等ぁぁぁっ! そこで何をしているのだ? そこまで辿り着いておいてどうして我が部屋へ攻め入らぬのだっ? 最初はいきなり襲撃して、部屋の床に穴を空けやがったというのに、どうして今回はっ?』
「やまましいボケだな、ミラが寝ているんだから静かにしろよな、で、何か文句があるなら後で聞いてやる、今はただただ俺達の到着を待て」
『だからっ! 待っていても貴様等が来ないのではないかっ!』
「はいはい、そのうち行くよ~っ」
『ぐぬぬぬぬっ!』
ニートの分際で俺達を呼び付けておいて、遅いなどと怒り出している頭の悪い神であった。
もちろん、これが俺達の作戦であることには薄々感付いているはずだが、それがより一層、奴を怒らせているに違いない。
しばらくの後、あまりにもやかましいということで立ち上がる、そして他の仲間も同じようにしたところで、俺達は最上階へと駒を進めたのであった……




