902 さほど変わらない
『グォォォッ! ケェェェツゥゥゥアァァァゴォォォッ!』
「アタリですっ! こっちがケツアゴモンスターでしたっ! とりゃぁぁぁっ!」
『ギョェェェッ!』
「弱いですっ、このままガンガン討伐していきましょう」
「いや……後ろだミラ!」
「はっ? あっ、きゃっ……どうして、こっちは人間らしきモノの方じゃ……」
「違うっ、大前提が間違っていたんだ、人間と魔物が争っていたんじゃなくて、魔物同士が争っていただけなんだよこの町ではっ、最初に『魔物だぁぁぁっ!』とか何とか言っていたのもおそらく魔物だ、魔物が魔物に襲われて、それでそんな叫び声を上げていたに違いない」
「……意味がわかりませんよそんなの」
「俺もだっ、だがひとつだけわかるのは、この町が敵だらけだってことだ」
倒したのが敵であったのは良かったのだが、どうやら助けた方も敵であったという意味不明な状況。
人間らしきケツアゴに見えていたものも、実は人間らしきケツアゴの魔物であった、そういうことだ。
実際であれば、ラスボス直々の命令を受けたような強力な魔物が町を襲い、なぜかそれと互角に戦っている人々に加勢するというのがこういうシチュエーションにおいての基本である。
もっとも燃え盛る村の、これまた火が回った建物の中で、悠長に魔物なんぞとタイマンを張っている時点でそこそこどうかしているのだが、それはフィクションなのでしかたがないといったところ。
で、そういう『普通』を超越し、この町において戦闘を繰り広げているのは全てにおいて魔物。
攻め込んだのも魔物ならば、攻められている、本来は一般モブNPCのポジションにあるのもまた魔物なのである。
そしてもちろん両者共にケツアゴだ、というかNPCは原則ケツアゴで、人間のようであってもそうではない、どことなく違う見た目を有していることから、こういう状況において『どちらかが人間なのではないか』と思ってしまうのも自然なこと。
まさかそれがガセであり、どちらも人間として配置されているNPCではないということなど、当然誰にもわからないことであろう……
「え~っと、とにかく全部、そこら中で争っているものの両方を倒していけば良い、そういうことですかね?」
「あぁ、おそらくそのようだ、それから……この町の中では12人で動けそうだぞ、パーティーを3つに分けて、それぞれで行動することが可能な感じだ」
「そうですか、そしたら……とりあえず適当に分けて動きましょうか」
「うむ、そうしよう」
その場で班分けをし、俺はカレン、ルビア、精霊様と4人のチームを組んで動き出す。
敵は捜索する必要がなく、その辺を歩き回っていればすぐに発見することが可能だ。
早速4人で最初の敵、ケツアゴの青いのとケツアゴの赤いのがバトルをしている薄気味悪い現場へと接近し……精霊様が一撃で消し飛ばしてしまった、俺達のやることがなさすぎる。
その次、今度は大型のケツアゴと小型のケツアゴが……今度はカレンが横を高速で通過し、その際に生じるソニックブームでズタズタに切り裂いてしまった、俺とルビアのやることが……ルビアは休憩しているようだ。
「……ご主人様、この人達は弱くてつまらないです、もっと強いのを探しましょう」
「そうだな、もしかしたらボスキャラ的なのを倒せば、他の敵を全部倒さなくても停まるイベントかも知れないし、それっぽいのでも探しに行こうか」
「あ、それじゃああっちの建物へ行くのはどうかしら? ちょっと市庁舎っぽいわよ」
「ホントだ、エリアボスが居るとしたら間違いなくあそこだな、ちょっと行ってみようか」
カレンの意見に従い、精霊様が見つけた市庁舎らしき建物へと向かう俺達のチーム、俺は比較的ノリノリダし、カレンと精霊様は言うまでもないのだが、ルビアはイマイチやる気が感じられない。
どうやらルビアの奴、マップの中にあるカフェやスウィーツの店が気になって仕方ないらしいな。
ニート神の奴が『オシャレな町』を意識して創ったのであろうこのマップだが、そういう系の店ばかりが立ち並ぶのはセンス的にかなりアレだ。
で、そんなルビアを無理矢理引っ張り、ついでにガワだけはオシャレであったとしても、そのショップの経営者はケツアゴであって不潔極まりないものだと教えつつ、どうにか前に進ませる。
手を牽いてやるとようやく従うルビアは、後で寄ってみたいカフェだのそういう店だのをチェックしつつ歩くのだが……その途中でふと何かを発見した際にする表情へと変わった。
またどうせ余計なものを、そう思ったのだがそうでもないらしい、ルビアが発見しひたのはなんと地下道への入口だ、しかも入口が土管という。
そしてそういう場所の、そういう感じに設置された地下道である、もちろん中へ入ると、空中に大量の金貨が……浮かんでいなかった、無数のケツアゴNPC(敵)が、俺達を待ち構えていたのであった。
『ボゲェェェッ!』
『ギョォォォッ!』
『ヒョゲェェェッ!』
「全く、冗談じゃねぇぜこのケツアゴ共が、弱いんだから調子に乗ってんじゃねぇよマジで」
「でもご主人様、この地下道、ずっと先の方へ続いて……矢印と、それから看板に『エリアボス庁舎』って書いてあるんですが……」
「……マジだ、でかしたぞルビア、これ、ショートカットの道だ」
「これでまた色々と端折れますね、まっすぐ、敵とかもうスルーして先へ進みましょうよ」
「だな、じゃあこのまま敵の本拠地へ……と、そうもいかないようだ」
「凄い数の敵ね、ケツアゴウェーブ、そんな感じだわ」
「戦い甲斐がありそうですっ!」
喜んでいるのはカレンだけなのだが、前方、俺達が向かおうとしていた『エリアボス庁舎』の方から波のように押し寄せて来るケツアゴNPC
当然全て敵だ、というか魔物タイプのケツアゴだ、全て討伐しないと、目的地へ到着するどころか、ケツアゴの波に飲まれ、汚染されてしまう、俺達までケツアゴになりそうで恐いな、それだけは避けなくては。
ということで正面突破を仕掛ける俺達、チマチマと討伐していったり、範囲攻撃で全てを消滅させるのではない。
点で突っ込むことにより、最小の労力で、最高のスピードで前に進みつつ、それなりにやった感も出せるというのがこの作戦のメリットだ。
バァーッと、まるで埃でも吹き飛ばすかのように進んで行くカレンの後ろに付いて……非常に楽な仕事だな、踏み留まった雑魚を虐殺するだけの簡単なタスクである。
で、一気に駆け抜けた先に存在していたのは、何だか『トクベツ感』を醸し出したケツアゴのパーティー。
どれも人間のようで魔物のようで、どちらかというと魔物のようなケツアゴなのだが、どうやら俺達を止めようと企んでいるらしい。
立ちはだかるその気持ち悪い4匹のケツアゴを前にして、さすがのカレンも急ブレーキで停止した。
同時に俺とルビアも停止、精霊様は……空を飛んでサボッていやがったのか、何食わぬ顔で高度を下げ、合流している。
横一列に並んだ4匹のケツアゴ、それぞれ武器のようなものを装備し、どこからどう見ても敵であることがわかるようなビジュアルなのだが……どうやら台詞まで用意されているようだ……
『我が名はケツアゴ武器屋!』
『ケツアゴ防具屋!』
『ケツアゴ雑貨店!』
『ケツアゴ宿屋!』
『4人揃ってケツアゴ冒険サポート隊! 貴様等はモンスターだなっ? 平和なこの町への侵略は許さぬぞっ!』
「いやどっちがモンスターなのよ、死になさいっ」
『ギャァァァッ!』
「フンッ、こういうのは例外なく雑魚なのね、先を急ぎましょ」
「……なぁ精霊様、今のって殺して良かったのか?」
「知らないわ、でも邪魔だし、顔がムカつくから殺しちゃった、ダメかしら?」
「わからんが……まぁ良いや、今は先へ進むのが先決だ、カレン、そんなケツアゴ武器屋の遺品なんか漁らなくて良いからな、ルビアも、ケツアゴ雑貨屋がまともな回復アイテムとか持っているわけがなかろう、早く行くぞっ」
『あ、はーいっ』
何やらイベント的なノリで登場した冒険サポート何とやらのケツアゴ共であったが、精霊様が勝手に、まともに話を聞く前に殺害してしまったため、その詳細はわからないままとなってしまった。
とはいえ邪魔であったこと、そして顔面が気持ち悪かったことは確かだし、もし普通に道を歩いていて、すれ違いざまに話し掛けてきたら、迷わず殺しておくべき存在であることも確かだ。
ということでこの件につき精霊様は不問に処し、特に引っ叩いたり、正座させたりすることなく先へと進む。
それからしばらく、途中で発見した適当なNPCを手に掛けつつ進んで行くと、ふと気付いたところで、目標としていたケツアゴ庁舎はもう目の前であった。
入り口の前にはやはり魔物らしきケツアゴが突っ立って門番をしているのだが、ここは『話し掛ける前に討つ』戦法で切り抜け、中へ突入することとしよう……
※※※
「え~っと、こっちが階段か、こういう施設の場合にはロビーに案内表示があるから便利だよな」
「しかし、どうしてニート神の奴がこんな真っ当な、明らかな公的施設を構築出来るだけの知識があったのかしら?」
「さぁな、でも奴も生まれつきニートだったわけじゃないんだろうよ、一度や二度ぐらいはハローワークとかに行ったことがあったのかも知れないな」
「で、どの世界の神としても採用されずに、引き籠って神界を追放されたと……本当にダメな奴なのね」
ニート神の悪口を言いつつ階段を上がって行く、庁舎は5階建てのようで、比較的現代的、というか俺が転移前に居た世界のそれに近い感じの構造であった。
階段や廊下の壁には、『住民へのお知らせ』だとか『ケツアゴ診断の勧め』、それから『ケツアゴ義勇軍募集』などの張り紙が並び、ここがケツアゴNPCにとってのそういう施設であったことが窺える。
そして到着した最上階、最も立派な部屋は……フロア中央部、町全体を見渡すことが可能な、極めて偉そうな場所に設置されているようだ。
そこにこの町のボスキャラが居ることは間違いない、その他の部屋については一時スルーし、まっすぐにそこを目指して進む。
到着と同時に扉を蹴破った俺が中を覗くと、そこには1匹のケツアゴ、通常のものの2倍は超える体躯とケツアゴの、いわばケツアゴジェネラルのような存在があった……
『……遂にここまで来たか、侵略者共め』
「待て精霊様、まだ殺るんじゃない……で、お前は?」
『我の名はMayorケツアゴ、この町を統べる者だ』
「Mayor……ひょっとしてマヨラーなのか?」
「ご主人様、たぶん違うと思いますよ」
「そうか違うか」
『いや、プライベートでは普通にマヨラーだ』
「そうなのか……って何の話をしてんだボケ! この魔物野郎! ブチ殺して先へ進ませて頂くぞっ!」
『魔物野郎とは人聞きの悪い、好きでこの姿になったのではないというのに』
「どういうことだよ? ちょまっ、精霊様待って、ステイ、ハウス、ハウスッ!」
何やら気になることを言い出すMayorケツアゴ、とりあえずケツアゴ市長とでも呼んでおくこととしよう。
好きでこの姿になったのではないとはどういうことか、もしかしてコイツ、ケツアゴ的センスの持ち主ではないということなのか?
直ちに攻撃行動に移ろうとしていた精霊様をひとまず止め、討伐の前にもう少しだけこのケツアゴ市長の話を聞いておくこととしよう。
もしかしたら何かヒントが、冒険の進展に資する情報が得られるかも知れない、いや、その可能性が極めて高いと考えて良さそうな雰囲気なのだ。
カレンにも、元々やる気のなさそうなルビアにも少し待つように告げ、あとはケツアゴ市長が引き続き語るに任せておく……もちろん時折ツッコミは入れるつもりなのだが……
『我は、いや我等は元々立派なケツアゴヒューマノイドであった』
「いきなり変な新造語を使うな、何だよケツアゴヒューマノイドってのは」
『だがあるとき、朝起きたら急にこの、このモンスターの姿に変貌していたのだ、我だけではない、このケツアゴ終着駅タウンの住民全てが、悉くそうなってしまっていたのだ。しかも町の様子……は普通だったんだが、一歩その領域を出れば、わけのわからぬハリボテの木々に囲まれた異様な世界で……恐ろしだろう? 悲しいだろう? なぁっ?』
「……同意を求められても困るな、俺達はそんなにキモくないし、あとお前、おそらくそのケツアゴヒューマノイドの状態だったとしても、もう十分に普通じゃないし、人間じゃないぞ」
『何を言うかこの非ケツアゴ人類がっ! 貴様等など我が故郷の世界では非差別対象なんだぞっ、恥を知れ恥をっ、この劣等人種がっ!』
突如として別の世界の話をし出すケツアゴ、というかコイツ、単なるNPCでも何でもなく、ニート神やケツアゴ刑事が言っていたあのオリジンとやら、そいつが転移前に住んでいた世界の住人のようだな。
おそらくだが、かつてニート神が担当者として統治していたその世界において、平和に、幸せにケツアゴライフを送っていたところ、いきなり町ごとこの世界に転移させられ、しかも姿まで(微妙に)モンスター化していた、そんな感じなのであろう。
しかし転移先の世界で『非ケツアゴ』である俺達と遭遇し、勝手に侵略者であると決め付けて、人種差別的な言葉をもって批難するとは言語道断。
なるべく苦しむようにして殺してやる必要があるのだが、その前にもう少し情報収集しておくべきかな……
「それで、モンスター化したお前等はどうしたんだよ? 神にでも祈ったのか?」
『あ、いや、モンスター化したのはショックだったのだが、良く考えたらまぁさほど変わってないし、別に良いかなと思って、特に対処はしていないのであるっ!』
「アホかっ! てか元からモンスター様のビジュアルだった自覚があんじゃねぇかっ!」
『まぁ貴様等ほどモンスターチックではないがな、しかしこの町を襲った魔物の群れ、アレは間違いなく貴様等が差し向けた……え、違うの?』
「違うに決まってんだろうよ、てかこの町で物資の補給をして、邪悪なるニートの神と戦いに来た正義の味方なの俺達は、わかる?」
『なんとっ! ではもしかして、我が町を、そして我が町最高の4人であるケツアゴ武器屋他を助けに来て……』
「あ、そこはマジですまないが、魔物とお前等の見分けが付かないし、話し掛けると普通にどちらも襲い掛かって来るからな、まとめて殺してしまっているぞ」
「あとその最高の何とかも……たぶんさっき殺しちゃったわね」
『NOOOOOO! 我が町最高の4人が戦死しただとっ? しかも住民が話し掛けただけで襲い掛かって、そこまでモンスター化が進んでいたとはっ、もう我はお終いだ、辞任しかあるまい……いや、最後にあのいけ好かない議会のジジィ共を道連れにして解散をしたら……』
何やらショックを受け、辞任どころか議会の解散まで企み出したケツアゴ市長、地方自治法的にそんな理由での解散が叶うのかは知らないが、その前にひとつ勘違いをしていることがある。
コイツはまだ自分がそのまま生きていける、この場で生かしておいて貰えるなどと考えているのだ。
その思考自体が間違いであることを、これから加える一撃によって教えてやる必要があるということだな。
と、そこで窓の外から轟音と振動が飛び込んで来た、ふとそちらを見ると、空から攻撃を仕掛けているリリィ、そしてその上にはセラの、後ろにユリナの姿が。
もちろんセラもユリナも、かなり規模の大きな魔法で攻撃をしている様子……もうチマチマやるのが面倒になり、無差別範囲攻撃で町ごと蹂躙し始めたようだ。
もちろん崩壊していくマップと、その中で焼かれ、切り刻まれ、吹き飛ばされていく住民系ケツアゴモンスターおよび侵略系ケツアゴモンスター。
窓際へ駆け寄ったケツアゴ市長はその様子を見て、ガックリと膝を落としてへたり込んだのであった……
「さてと、じゃあそろそろコイツを殺して、この町で生じているイベントを解決する手立てを探ろうか」
『……我を……殺すとは? どういうことだ、我って結構主要なキャラじゃないの?』
「いや、だとしても顔が気持ち悪いしな……」
『ひぃぃぃっ! そっ、そんな理由で殺すと言うのかっ? 貴様等のような劣等人種がべぽぴゅっ!』
「そういうのがムカつくんだよマジでっ!」
気持ち悪いケツアゴの分際で、人間である俺やカレン、ルビア、そして人間ではないがそれよりも高位の存在である精霊様をディスる市長。
どちらが劣等な存在かといえば一目瞭然なのだが、そんなことさえもわからない程度に知能が低いらしい。
まぁ、発達しすぎたケツアゴの方に栄養が持っていかれてしまっているのだな、或いはモノを喰った瞬間、口のすぐ下にあるケツアゴから排泄されてしまうため、栄養を吸収する暇もないとか、その辺りであろう。
と、まぁそんなことはどうでも良いとして、壁にめり込み、ピクピクしているケツアゴ市長を……気絶しているのか、このまま処刑してもあまり面白くはなさそうだな。
コイツはしばらく放っておいて、こちらは今やるべきことを考えていくとしよう、町の方はもう焼け野原になりつつあり、ほとんどの施設が破壊され尽くしているのだが、本当にそれで良いのであろうか。
俺達がこの町へやって来た本来の目的は……そういえば補給のつもりではなかったか?
それがなぜか、モンスター化した住民と、それからそこへ攻め込んだガチ魔物を、共に抹消する作業をしているのだ。
補給どころか消耗しているではないか、そして現状、今後補給するための何かを、リリィとセラ、ユリナの3人が空爆して損壊しているではないか。
これは少し待った方が、待たせた方が良いな、今蹂躙している一般ケツアゴの居住区についてはまぁ別に構わないが、この中央のエリアでは、何かまともなものが手に入るかも知れないのだから……




