901 最後の合流は
『ギャァァァッ! ギョエェェェッ!』
「……おっと、また鑢がダメになってしまったな、どれだけ頑丈なケツアゴと無精髭なんだよ?」
『も……もう殺してくれぇぇぇっ!』
「アホか、まだ情報を聞き出してもいないし、それについての質問さえしていないんだぞ、殺すのはその後だからな、ルビア、ちょっとコイツを治療してやってくれ、拷問の仕切り直しだ」
「わかりました、でもケツアゴの削れてしまった部分はそのまま、傷だけ治癒する感じになりますが、大丈夫ですか?」
「あぁ、良く見れば、というか他のケツアゴNPCと比べると随分削れてしまったな……そろそろ質問事項に入っておくべきか、ケツアゴの全部分を喪失すると自動で死亡したりとかもありそうだからな」
ケツアゴ賢者のケツアゴはかなり丈夫だが、鑢を使って削っている以上、その残り部分がどんどん少なくなっていくのは致し方ない。
このまま調子に乗って全部削ってしまう前に、まずは情報収集をしていくこととしよう。
必要な情報は主にふたつ、次の敵の居場所と、それから物語の終盤である以上、空を飛ぶ鳥のような仲間キャラの存在についてだ。
前者はおそらくもうラスボスか、それに近い存在のものについてとなるはずだし、もしラスボスなのであれば、間違いなくニート神そのもの、或いはその分身体のようなものとなるであろう。
最終の目標は奴を殺すことなのだし、勝てるかどうかはさておき、戦いへ進む以外の選択肢はない。
もしダメならひとまず謝罪して良いにして貰い、力を蓄えてリベンジしに来れば良いのだ。
というか勇者というのはそういうものなのである、誰しもが一撃でラスボスを討伐出来るわけではなく、敗北することもあり、その都度レベル上げをしたり、良い武器防具、アイテムを揃えて再チャレンジするのである。
このゲーム世界においても、そして現実の、今現在の俺が仲間とともに在籍している世界においても、そうであることは疑いの余地がない事実なのだ。
で、とにかくそれについて、この何でも知っています感を醸し出す、しかしそれでも生かしておく価値はないゴミケツアゴ賢者に聞いていかなくてはならない……
「オラァァァッ! ラスボスの居城がどんな感じなのか吐けやぁぁぁっ!」
『どどどっ、どんな感じと言われても……白亜の居城、そのような感じのものだ、もちろん天空にある』
「やっぱ天空なのかよ、で、白亜の……この、ちょっとマリエル、王宮の絵が入ったハガキを持っていないか?」
「ありますけど、どうぞ」
「うむ、おいケツアゴ、これは俺達の住む大陸の国にあるものなんだが、城ってのはこんな感じか?」
『……それがもう少し白く塗られていて、宮殿というか……まぁ、そんな感じなのだが』
「コンチネンタルとかそんな感じかな? まぁ良いや、そこに居るのは引き篭もりのゴミみたいな神、それで良いんだな?」
『神に向かってゴミなどとはっ! ケツアゴ世界の神は確かにケツアゴでもなく、滅多に、というかトイレのとき以外には姿も見せない、暗い部屋に住むお方だと言われていたが……それを引き篭もりなどとはとんでもないっ!』
「余裕で引き篭もりじゃねぇかぁぁぁっ!」
『ブチュゥゥゥッ!』
「で、確かにソイツがそのコンチネンタルな城に居る、それで間違いないんだな?」
『は……はい、左様にございます……』
どうやらラスボスはニート神であることが確定、ここまでの話の中でそう断定してしまって良さそうな感じだ。
で、その居城は天空に浮かんでいると言うのだが……何だか現実世界の魔王城のような、それを模したような……まぁ、偶然の一致ということもあるし、下手な憶測はしない方が無難か。
そしてやはり天空ということで、最後の最後に手に入るべき移動手段、世界のどこへでも行くことが可能な、全員で乗り込める鳥のような仲間キャラ、或いは空かける船のような存在についてだが……それについてもこのケツアゴ賢者が知っていると見て間違いなさそうだな。
もう少し殴る蹴るなどの暴行を加えて、それについても正確に、誤魔化すことなく説明するように仕向けてやろう。
まずは更なる恐怖を与えることを準備している旨を伝え、それをもって脅迫とするのだ……
「おい、例えばそこのケツアゴNPCだが、アレを……ミラ、数万の破片になるよう、ズタズタに切り裂いてやれ」
「わかりました、シュシュシュッ!」
『ギョェェェッ!』
「……とまぁ、お前もこんな風にしようと思えば簡単になるわけだし、ついでに言うと……ミラ、すまないがもう一度頼む、今度はコイツの右手、人差し指のみ切り刻んでくれ」
「シュシュシュシュシュッ!」
『……あっ……あぁぁぁっ!? ギャァァァッ!』
「うっせぇぞボケ、良かったじゃないか指1本だけで済んで、その程度で勘弁してやったこと、ぜひ感謝して欲しいものだがな」
『ひぃぃぃっ……』
追加でのダメージを与え、もちろんその分も治療を済ませ、それから本題へと移行していく。
そのニート神が待ち構えているのであろう天空に浮かぶ城、そこへ行くための交通手段についてだ。
で、しばらく詰問してみると、やはり『巨大な鳥』というワードがケツアゴ賢者の口から飛び出してきた、ここまでは想定内だ。
やはりそうかということで、そこからさらに詳しい情報を聞き出していく……と、どうやら俺達がそれを知っているはずだと、そのような内容の供述だな、これはどういうことなのであろうか……
「おいっ、その巨大な鳥ってのは何だ? どうしてそんなものを俺達が知っていなくちゃならないんだ?」
『それは神のみぞ知る、神から与えられた情報に基づき、本来は単に現地の協力者として、その話を伝えるのが我が役目であったはずなのだが……この状況は……』
「うっせぇっ! 誰がお前のような奴に協力を仰ぐか、ブン殴って聞き出す方が早いってのによ、こうやってなっ!」
『ブビィィィッ!』
「ケッ汚ったねぇ面しやがって、ろくな情報も持ち合わせていない分際で偉そうに賢者などと、虫唾が走るわ」
『・・・・・・・・・・』
結局それ以上の情報は得られず、その『巨大な鳥』についてはこちらで協議して、その正体を地道に探っていくしかないという結論に達した。
そしてこれでこのケツアゴ賢者の存在意義が無となる、つまりもう生かしておく価値はないということだ。
ニート神が勝手に創造したこの世界においても、やはり空気というものは有限で貴重なリソースゆえ、こんな奴に『無駄吸い』させておくわけにはいかない。
ということで念のためその鳥についての協議終了を待ち、本当にこれ以上の質問事項がないことを確定させてから、コイツを処分していくこととしよう。
まずはテーブルと全員が座ることの出来る椅子を用意……と、ここまでで無駄にNPCを殺した分、破壊され尽くしてしまっているな……仕方ないカウンター席を使うしかないな。
全員で椅子を寄せて並び、適当に酒を注文しつつ話を始めると、酒場のケツアゴ店主がお代をどうのこうのと言い出したため、拳の一撃をもって対価としておく。
もちろんギリギリでカクテルをシャカシャカするだけの力は残しておいた、後程この酒場ごと消滅して貰うのは確定だが、今は有用なのでこの程度で済ませてやったのだ。
で、それはさておき『巨大な鳥』についてだ、それに関して仲間から意見を聞き始める……
「巨大な鳥ねぇ……何だかどこかでそんなのがあったような気が……しなくもないわね」
「あっ、アレですよご主人様、そう、ほらジャングルで出会った……」
「おぉっ、そう言えばそんな」
「お尻ペンペンギンさんですよ」
「あれ? そんなんだったっけか?」
ルビアがなかなかクリティカルなことを言い出した、だがそうではない、そいつではなくて、もっとこう……それらしきモノがなかったであろうか。
そう思ってしばらく考えてみるも、どういうモノであったか、その答えは一向に出てこない。
いや、喉元まで出かかってはいるのだが……何であったか、本当に思い出せないのである。
しかもそれはつい最近のことのような気がしているのだが、それでも思い出せないのはおかしいな。
もしかしたら何か記憶に制限が掛けられているのか、いや、そうとしか考えられない状況である。
おそらくは思い出してしまえばそれで良い、それで良いのだが、なかなかそうもいかないのはニート神による罠なのであろう。
あの野郎、余計なことばかりしやがってタダではおかないぞ、そう思いつつ記憶を辿り、何らかのブロックが施されている領域に辿り着く……
「……あ~っ、何だっけ、その……ま、ま……魔?」
「……魔鳥、じゃないかしら? そんな気がしない?」
「精霊様、まさか俺達がそんな悪そうな名前の奴と知り合いとか、そんなはずがあるまい」
「そうかしらね……でもほら、ここで『悪魔』が一緒に居るし、マーサちゃんだってこんなに可愛らしいのに魔族だし、そういうことってないのかしら?」
「なるほど、そう言われてみればそうだな、で、そのキーとなるキャラが魔鳥だとして……おいケツアゴ、お前にもうひとつ聞いておきたいことがある、その『巨大な鳥』はどこに居るんだ? もちろん知っているよな?」
「聞いていない、神からは何も聞いていないのだが……おそらくはここから東、『魔の森』に何かヒントが……」
「チッ、使えねぇ野郎だな、だがまぁ良い、その魔の森……というとやはり魔鳥で間違いないのかそいつは、とにかくそこへ行ってみよう」
『うぇ~いっ!』
行き先は決まった、ケツアゴ賢者を酒場ごと焼却処分し、俺達は東にあるという魔の森へと向かった……
※※※
「ほう、ここが魔の森か、相変わらず入口の方はハリボテだな」
「勇者様、今日は展開が速いわね、途中の雑魚もスルーしちゃったし、どうしたのかしら?」
「もう途中経過とかそういうのが面倒臭くなってな、すべて無視して一気に到着してみた、この方がスマートで良いだろう?」
「ご主人様、せっかくまっすぐ来たのに、ここで無駄話をしていたら同じことですのよ」
「おっと、確かにそうだな、じゃあサッサと中へ入って、その何とやらを調服してやろうぜ」
やって来た魔の森、ハリボテのオブジェクトから中へ入ると、そこは木々が鬱蒼と茂るジャングルのような、そしてどこかで見たような場所であった。
敵らしき姿は見受けられないのだが、念のため慎重に奥へと進んで行く……どうやら1本道のようだな、特に迷うこともなく、ズイズイと先へ進むことが出来る、もちろん狭苦しい馬車も一緒にだ。
そして行き着いた先、木々に囲まれて袋小路になっている場所へ到達すると、その先には巨大な鳥、確かに人間が乗り込める程度の、それはそれは巨大なものである。
いや……奴は魔鳥ではないか、こちらを見てようやく来たかというような顔をしており、俺達の側は奴についてすっかり忘れていたものの、向こうはキッチリ覚えていた、そんな印象だ。
『……やれやれ、遅かったではないか……と、その顔、どうやら記憶を制限されていたようだな、実は我もあの神によって色々とやられてしまって、用事を思い出して一時ジャングルへ帰ったつもりが、どういうわけか違う世界の、つまりこの場所へ誘われていたようでな』
「そうだったのか、いや、俺達もようやくお前のことを思い出したようだ、もちろん協力してくれる……と、俺が言っても仕方ないと思うんだが、ほら、ちょっとこっちの仲間達がそう言っているんだ」
『よかろう、では我が背中に乗って……12匹は無理だぞ、飛べる者は飛んで、ついでに言うと誰か乗せられる者は乗せてくれないと……』
「だってよリリィ、ちょっと大変だがセラと……それからカレンを乗せてくれ、その組み合わせが最も負担が軽くなる」
「わかりましたーっ」
「で、精霊様は精霊様で、自力でキチッと飛ぶこと、魔鳥とかリリィのスリップストリームに入るのも禁止な」
「良いじゃないのよそれぐらい、減るもんじゃないわけだし、私の労力は減るけど……」
「で、そうすると8人か……リリィが飛んで、精霊様も飛んで、ついでにリリィが2人乗せる分はどうなるんだ?」
『おそらくだが、その4匹は一時的にパーティーから外れることになるであろう、そんな予感がする』
「そうかそうか、そうすると残りは8人だが……出来れば馬車も持って行きたいところだな」
『うむ、馬車の中に4匹、そして表に出ているパーティーメンバーは、我の背中に乗るが良い、それで12匹だ』
「わかった、あとその1匹2匹ってのやめて欲しいんだが……」
特に何かを請求してくるわけでもなく、普通に要請に応じてくれた魔鳥であった、まぁ流れ的にそうせざるを得ないということぐらいは、その賢さによってわかっているのであろう。
で、リリィは飛ぶということで、久しぶりの空中散歩にテンションが上がるカレンをサッと乗せ、セラも搭乗したうえで待機させておく。
カレンが早くしろとうるさいので、ひとまずは魔鳥の背中に乗るメンバーをミラ、マーサ、それからユリナとサリナに選定して、残りのメンバーで馬車へ入った。
魔鳥曰く、馬車はまるで紙切れのように軽いのだという、もちろん俺とルビア、マリエルにジェシカが入った状態でだ。
と、別にジェシカが痩せて軽くなったとか、マリエルの頭がスッカラカンであるため軽いというわけではなく、どうやらそういう仕様となっているらしい。
おそらく馬車の荷台には、なぜか主人公キャラが武器だの防具だの、世界中からいくつも搔き集めたオーブだのを袋に入れて持っても、普通に歩いて移動することが可能になる謎システムと同じロジックが採用されているようだ。
もちろん馬車そのものもガチでペラッペラのハリボテだし、魔鳥がその鍵爪で掴み、飛行するのに一切支障がない程度の質量となっているのであった……
「……それでだ、これで移動出来る態勢が整ったわけだが、これからどこへ向かえば良いんだ? その辺りについては全然知らないし、敵、というかニート神の居城が空にあることぐらいしかわかっていないぞ」
『そのことについてだが……どういうわけか我が知っている、あのわけのわからぬ神め、我におかしな記憶を植え付けよってからに……これだから人型の生物はアホだというのだ、神とはいえ低俗極まりないな』
「まぁそう言うなって、じゃあ早速だがその敵の城へ……いきなり押し掛けるのはヤバそうだな……」
「予約とかしてから行った方が良いんですか?」
「予約は要らないだろうが、ほら、こっちの準備とかそういうのがな、魔鳥、どこかデカい町とか、そういうのがあったら案内して欲しい」
『良いであろう、別の記憶に……そこまで大きな町ではないが、目的地のすぐ近くにひとつ存在している、やけに顎の発達した人族……ではなくて何だこの生物は? とにかくそういう連中の住処だ』
「おう、じゃあそこへ行って欲しい、出発だっ!」
ということで最後の最後、ニート神或いはその分体か、データに起こしたものを撃滅しに行く前に、俺達はその手前にあるというケツアゴの町へと向かったのであった……
※※※
『ウォォォッ! 魔物だっ、魔物が出たぞぉぉぉっ!』
『応戦しろっ、俺達の町を守るんだっ!』
「何この状況……イベントなのか?」
「凄いっ、あのケツアゴの人、結構強い感じの斧を持った魔物と互角に戦っていますよっ」
「待て待て、共にケツアゴだからな、もはやどっちが魔物で、どっちが人間なのかわからんぞ……」
「確かに……あっ、斧を持っているケツアゴの方は人間の方でした、剣を持っている方がケツアゴの魔物さんですね……わかりにくいです」
最後の町へ到着して早々、何やら炎上しているようなエフェクトが目に入ったと思ったのだが、どうやら『町が魔物の集団に襲われている』というシチュエーションらしい。
で、もちろんこの状況、最後の方に出現する比較的強力な雑魚敵と、その辺のケツアゴとさほど変わらない、モブ以外の何者でもないNPCが互角に戦っているという、もはやお馴染みの光景であった。
これはアレだな、いちいち魔物に話し掛けて、1体ずつ討伐していかないと、そして最後の1体までキッチリ討伐しないと、ストーリーが先へ進まないタイプのイベントだな。
まずは手近な奴に近付いて行くパーティーメンバーの4人、馬車と、それからメンバーに含まれない巨大なドラゴンや魔鳥、精霊などを引き連れた間抜けな行進なのだが、こればかりはシステム上どうしようもない。
そしてそのパーティーの先頭のミラ、辿り着いた激戦の現場で、互角の戦いを繰り広げるケツアゴの人とケツアゴの魔物の前で……固まってしまったではないか。
これはいけない、ケツアゴNPCにもそこそこの個体差はあるのだが、向かった先のそれはどう見ても魔物の類であり、ホンモノの魔物とガチで見分けが付かないタイプであったのだ。
下手なことをすれば『一般NPCの死亡』によってミッションが失敗となってしまう可能性がある。
どちらを攻撃すべきか、迷ったミラに対して、まずは話し掛けてみることを勧めておく。
こういうイベントの場合には、『人間キャラ』の方に話し掛ければ、普通に、ごく一般的なピンチの状態である旨を主張してきて、それで会話が成立するのだ。
一方の魔物、モンスター側は、話し掛ければその途端に戦闘へと移行してしまう、それさえわかっていれば、無駄に『人間らしきモノの方』を誤爆、殺害してしまう可能性がなくなる。
良いことを聞きましたと素直に感謝の言葉を述べたミラは、さらに少しだけ迷った挙句、片方、どちらかといえば魔物なのかという雰囲気のNPCに話し掛ける……襲い掛かってきた、どうやらこちらが魔物、敵NPCであったようだ……




