900 解呪
「いやぁぁぁっ! ちょっ、早く助けなさいよぉぉぉっ!」
「それは人にものを頼むときの態度じゃないな、ハイやり直し」
「ねぇっ、これもう冗談じゃなくて、その……どうしてコイツには攻撃が効かないわけっ!?」
「そういう仕様なんだよ、諦めて助けを求めろ、平伏すようにしてな」
「クッ、そんな屈辱なんて……」
思いのほか強情な精霊様、ここまで長い間調子に乗り続けていたせいか、そういう謎のプライドまで醸成されてしまったのであろうか。
だが現状では何も出来ない、そもそも戦闘の相手方である『ハイエーテルケツアゴ』を討伐することは、他の誰でもなく精霊様にのみ不可能なことなのだから。
で、そのことを知っている俺達は優雅に、ティータイムを楽しみながら精霊様の反省を待つだけである。
なお、うっかり助けには行ってしまいそうな仲間は既に、食品等によって押さえ込むことに成功したため問題は生じ得ない。
精霊様の方も別に危険なダメージを受けているわけではなく、気持ちの悪いケツアゴのバケモノによって、様々な行為をされているという事実が、主に精神をゴリゴリと削っている程度のことだ。
もちろん攻撃を受けることによってそこそこの痛みは感じているのであろうが、それよりはキモさ、不快感の方が遥かに勝っているはずだからな。
「それで勇者様、もしよ、このまま精霊様が反省しなかったらどうするわけ?」
「というと?」
「例えば反省した振りだけして、それで私達に助けさせた後は……」
「また調子に乗った態度を取り戻すってか、その可能性は……十分にある、どころか濃厚豚骨スープばりに濃いだろうな」
「では主殿、本当に反省して悔い改めたであろう、そう感じたところから追加で10分程度待ってみるのはどうだ?」
「待ってどうなるんだよ? 更なる反省を促すのか?」
「そうではなくてだな、もし反省したのがフェイクだとしたら、その間にきっと豹変して、逆に悪態を付き始めるはずだ、で、もし本当に反省しているのなら……まぁ、大人しくなったりとかするのであろうな、そういうことだが、どう思う?」
「ふ~ん、なかなか良いじゃんか、よし、それでいこうぜ、そういうことだから精霊様、話し聞いてた?」
「何だか知らないけど早く助けなさいぃぃぃっ!」
「うむ、まだまだのようだな、もう少しそこで責められていると良い」
「ひぃぃぃっ!」
精霊様が反省するまでにはまだまだ時間が必要なようだな、ティータイムも飽きてきたし、何かもっとこう、やることがないのかを探して動き回ってみよう。
今俺達に必要なのは何か、そう、精霊様も含めれば12人に戻ったパーティーのうち、本来のマップで戦わせる、外に出すことが可能な4人の配分を決めることだ。
もちろん前衛、中衛、後衛と分けたいのだが、中衛は俺とマリエルだけだし、魔法攻撃が可能なのもセラとユリナのみ。
ついでに言うと回復はルビアのみであり、特殊攻撃が可能なのもサリナのみと……前衛の4人も『受け』タイプと『回避』タイプで2人と2人なのか……
どうやら俺達のパーティー、トンデモなワイルドカードであるリリィと精霊様を除けば、比較的バランスは良くとも『3チームに分離する』ということが難しそうな配分だ。
半分に割るのであればそこそこ簡単なのだが……いや、これから分離してそれぞれが行動しなくてはならない、そういう状況も増えてくるであろうから、ここは少し根を詰めて考えないとならないな。
まず1人でも強いリリィと精霊様、そして次点でフィジカル強者のマーサか、この3人をパワー系の1人に据えよう。
そしてセラとユリナとサリナを分離させて……マーサの居るチームに、この中で最もオールマイティーな能力を発揮するユリナを、そんな感じか、これでそのチームの遠距離攻撃の穴は埋めることが可能だ。
あとはサリナが入った、フィジカル的に弱いチームにカレンを配置して、ミラとジェシカを残りのふたつに割り振ると……余るのは俺とマリエル、そしてルビアか。
ここはまぁ、臨機応変だな、戦闘力が低いものの、回復魔法が使えるルビアをどう運用するのかがカギになりそうなのだが……とにかく上手いこと回して、今回このゲーム世界に限っては、時折入れ替えたりしながら様子を見ても良さそうだな。
で、そんなことを考えている間に精霊様が……もはや泣きそうな感じだ、というか若干泣いてしまっているではないか。
そしてその態度の方はどうかというと……かなり腰低めになってきたらしい、ここでそろそろ反省のピークを迎えるのか……
「うぅぅっ、た、助けて……下さい、ホントにお願いだから助けなさい……助けて下さい……」
「そうか、ちなみに反省しているか? もう調子に乗ったりしないか?」
「反省しました、もう調子に乗りません、うぅっ、助けて下さい……早くっ」
「う~ん、どうしようか、なぁジェシカ?」
「そうだな、もう少し様子をみたいのだが……まぁ良い、ここから10分、いや20分程度様子を見た方が良さそうだな」
「ひぃぃぃっ! もっと早く助けてっ」
「ジェシカちゃん、そろそろ精霊様がかわいそうじゃないかしら? もう助けてあげたらダメ?」
「マーサ、いつも甘いですわよ、ここはグッと堪えるんですの、私だって精霊様を助けたいと、心から思って……チラッ、チラチラッ……」
この後どうなるかわからないことを考慮し、念のために精霊様が復調した場合に向けた『ポイント稼ぎ』をしている様子のユリナ。
ずるい奴にはお仕置きだと宣告し、ピョコピョコしていた尻尾をガシッと掴み、先端を拳でグリグリしてやる……どうやらユリナの方もそこそこ反省したようだ、こちらは非常に簡単で良い。
で、そのまま連帯責任だの何だのと言いつつ、サリナで遊んだり、ジェシカの尻をキツく抓ったりしているうちに、遂に目標? であった20分前後が経過した。
そろそろ精霊様を救助してやろう、他の仲間にも確認して、GOサインが出ていることを確認したうえで、精霊様を襲い続けるハイエーテルケツアゴの方へと向かう……
「よいしょっと、それっ!」
『あぁぁぁっ……もっと精霊を……いじめたかった……』
「ひぃぃぃっ……はぁっ、はぁっ……た、助かった……」
「助かったんじゃないよ、俺達が助けてやったの、わかるか精霊様?」
「へへーっ! 畏れ入りましたっ!」
「今の気持ちを忘れないように、永遠にだ、以降、俺様を神と崇めるように」
「それはちょっと無理ね、あ、でもへへーっ!」
「俺を神と崇めないだと? まぁ良いや、ではこれからお仕置きを宣告する、調子に乗った、そして皆に迷惑を掛けた精霊様は……公開お尻ペンペン1,000回の刑だな、皆それで良いか?」
『うぇ~い』
「精霊様は?」
「へへーっ! それでお願いしますっ!」
執行官はこれまでの一連の流れで最も迷惑を被っていた、精霊様チームの3人ということにして、そのまま刑を執行していく。
四つん這いにさせられた情けない格好の精霊様は、そのまま3人からビシバシと叩かれ、屈辱を味わっている。
俺は前からその表情を楽しませて貰おう、この件をネタにして、後で精霊様が調子に乗った際に笑ったり、蔑んだりしてやるのだ。
しかし精霊様の奴、本当に謎の『フェイクでまやかしな富と権力』という呪縛から解き放たれたのか?
自分1人ではどうにもならない状況に追い込まれ、仲間の大切さを知ることは出来たのかも知れないが……まぁ、それはこれから冒険を続けていけばわかることだ。
もしまだ精霊様に対する呪い……ではなく神の奇跡か、実際には何だかわからないのだが、とにかくニート神によって嫌がらせの如く掛けられた術式が解けていなかった場合には、もう一度この場所へ戻って、あのレアケツアゴモンスターを探して戦わせることとしよう。
で、精霊様へのお仕置きと、それから簡単な質問事項をいくつか投げることによって、もうこれで大丈夫なのだと、いつもの精霊様……よりも若干しおらしい何かになったことを確認しておく。
となればここでの冒険はお終いだ、ミッションコンプリートではないかと、勝手にそう思ったのだが、きっとそれで間違いないはず。
ひとまずこの建物のエリアから外へ出て……と、それについて、結局『どちら側』から外へ出れば良いのだ?
俺達の入ったウ○コの方か、精霊様チームが入った美しい、まともな城の方か、そのいずれかなのだが……ここはエリナの指示が必要そうだな。
ということで一度、元居た部屋に戻って指示を仰ぐと、どうやら精霊様が入った側、そちらから出れば、本来必要ではあるものの、さほど重要でないイベントをいくつかスルーすることが可能だとのこと。
ではそちらから出ることとしよう、俺達の目標は早くこの世界を脱することであり、そしてどうにかしてニート神を滅ぼすことである。
余計なイベントなどないに越したことはないのだ、サッサと帰ることが出来るよう、ひたすらに前へ進むこととしよう……
※※※
「なぁ、ひとつ思ったんだが……この馬車狭くね?」
「ホントに狭いわね、きっと4人しか入れない仕様になっているんだわ」
「まぁ、この狭さも俺にとっては幸せでしかないんだがな、幸せだが……さすがに圧迫感が凄いぞ……」
本来は4人が外でパーティーメンバーとして行動、そして残りの4人が馬車の中で待機しつつ一緒に移動する、そんな感じの流れであったはずなのだが、現状は違う。
メンバーの人数は12人、つまり俺達勇者パーティ-の戦闘員が勢揃いしたかたちなのだ。
もちろん4人乗りの馬車に8人を治めるのは大変だし、今は体の小さいカレンとリリィ、サリナが外に居る時間なのだ。
サイズ感のある俺とルビア、そしてマーサ、ボリュームのありすぎるジェシカなど、体の大きなメンバーは全て馬車の中に居るのだから狭すぎる。
まぁ、最も場所を取っている俺がとやかく言うわけにもいかないのだが、膝の上にセラを抱えたまま、両サイドをルビアとマーサに圧迫されている状況は、天井に張り付いて1人だけ会敵に過ごす精霊様を引っ叩きたい程度には不快なのであった。
で、どうやらこの状況、本来は起こるはずのなかった、確実なエラーによって引き起こされているらしい。
外でマリエルがエリナと通信しているのだが、本来12人揃ったタイミングでは、ちょうど船が手に入っているはずの進行度なのだという。
だが俺達にはそれがない、どこかで、ニート神が馬鹿なせいでバグが生じ、マップがグチャグチャに接続され、何やかんやで船がないまま、4人乗りの馬車のまま、それ以降の冒険を続けているのだ。
これはどうにかしないとならないな、船が手に入ることはストーリー上もうないのかも知れないが、せめて空飛ぶ何とやらとか、わけのわからん高級そうな喋る鳥を仲間にして……と、そんな鳥がどこかにいたような気がしなくもないな……まぁ良いや、次の予定でも確認しておこう……
「それでマリエル……はまだエリナと話をしているのか、サリナ、ちょっと良いか?」
「どうかしましたか?」
「いや、次の予定なんだが……何か聞いているか?」
「それでしたら、えっと、何だかご主人様達が言った賢者ハウス? そこで捕縛したケツアゴ賢者を、酒場で始末するとかしないとかで……カレンちゃんがそう言ってます」
「カレンの指示で動いてんのかよ、リアルにやべぇな……だがまぁ、そういえばそんな話もあったな、カレンは覚えていたようだが、俺はあんなゴミケツアゴ野朗のこと、すっかり忘れてしまっていたようだぜ」
「ご主人様はカレンちゃんより記憶力がアレなんですね……」
「おう、もう歳だからな、必要のないことは覚えない、これまでの経験に生きるような年齢になってしまったんだよ、時の流れが異様に速いぜ、さっき歳が明けたばかりなのにもう確定申告かよってな」
「私達悪魔からすれば、ご主人様なんて赤ん坊のような年齢で……まぁ、それは言いっこなしですね、とにかくそんな感じで進んでいます……狭いですがちょっと我慢して下さいね」
気を使うサリナには申し訳ないのだが、狭くて、この状況をどうにかして欲しいオーラを全開で醸し出す、醸し出すのだが……今のパーティーリーダーはなんとカレンであるため、そのようなことに気が回るはずもない。
ひとまずはこのまま、ケツアゴ賢者を送り込んだ酒場がある町まで我慢する以外に選択肢はないのだが、まぁ、俺に関してはルビアやマーサでも弄っていれば……セラに嫉妬されて殺害されそうだ。
そのセラからは適当に攻撃を受けつつ、そして俺はその攻撃をのらりくらりと回避しつつ、適当に皆の体を触りまくりつつ先へと進む。
しばらくして馬車が到着したのは例の町、薄汚いケツアゴの賢者を放り込んだ、仲間を交換する酒場がある町であった……
※※※
『うぃ~っ、ここは酒場だ、仲間を連れて行くのかい?』
「え~っと、じゃあ……『はい』で良いですか?」
『おっと、今はすげぇ数の仲間が居るじゃねぇか、1人ぐらいブチ殺すか、その辺の草むらにでも捨てて来いよ』
「……だそうですご主人様、ちょっとだけ草むらへ……いてててっ」
「どうして俺が草むら行きなんだ? 主人公様をリリースしてんじゃねぇっ、言っておくが俺様は外来種だぞ、異世界から来た正真正銘のやべぇ奴だ」
「ひぃぃぃっ、何かわかんないけどとにかく痛いですっ」
アホなカレンの耳をグイグイ引っ張りつつ、とりあえずあの汚らしいケツアゴと交代して、1人で寂しく、酒場の酒を嗜む、それを希望するメンバーを募集するのだが……もちろん誰一人として居やしない。
まぁこれは当然のことなので、常日頃から酒を飲むようなメンバーの中からくじ引きで決めることとした。
もちろん文句はナシの1回勝負だ、緊張の一瞬、運悪く赤い帯の付いたくじを引き当てたのは……
「……クッ、どうして私がこんなっ」
「いやいつものことだろうよ、じゃあルビア、お留守番は頼んだぞ」
「あのご主人様、お小遣いの方は……」
「構わん、ここはゲーム世界なんだ、何をしても良いんだ、罪には問われないし、というかお前、最初から囚人服なんだよ、気にせず踏み倒すことだ、高いシャンパンでも頼んでな」
「わかりました、頑張りますっ!」
「別にそれがミッションというわけでもないんだがな……」
ケツアゴ賢者なんぞと交代することとなってしまったかわいそうなルビアには、お香典程度の酒を飲ませてやりつつ、こちらはこちらでやるべきことに着手する。
まずはケツアゴ賢者の召喚だ、カウンターに居た知らないケツアゴのおっさんに呼ばれて出て来たのは、間違いなくあのケツアゴの賢者、色々と失敗をやらかし、囚人服のメンバーを3人に増やした戦争犯罪人だ。
そのケツアゴ賢者は俺達の顔を見て、遂に人生が終わったと、そのようなことを察した感じの表情を作った。
しかしそれは杞憂とかそういうものではなく、普通に正解である、お前だけは許さないし確実に殺す。
「え~っと、まずはコイツをメンバーに加えてっと、で、そういえば呪いを解く装置に役立ちそうなアイテムは……」
「持って来ましたよ、途中の崖とかに沢山ありましたから、適当に削っておきました、これ、かなりの魔力が込められた物質ですね」
「そうか、じゃあおいケツアゴ賢者、これを使って色々とどうにかしろ」
『……そう言われてもその……もうここまで呪いが浸透するとやりようがなくて』
「じゃあ直ちにお前を殺す、殺した後に呪いを解く方法を考える、それで良いな?」
『いやちょっと待って欲しいっ、頑張るから、やってみるから、マジで頼むっ!』
「ならサッサとやれ、俺達はそっちで酒でも飲んでいるから、1時間以内にどうにかしろよ」
「それと、このケツアゴを処刑するための方法も考えておいて下さい」
「あぁそうしよう、じゃあ場所は……そこのケツアゴ集団を排除して、空いたスペースを使おうか、オラァァァ!」
『ギョェェェェッ!』
酒場に屯しているタイプの一般NPCの集団を、一撃で消滅させてスペースを作る、ついでに椅子も用意して、これでケツアゴ賢者が呪いを解くための装置もどうにかなることであろう。
解呪に成功したら、次はこの馬鹿を拷問して、必要な情報、きっとこれからの冒険に役立つ何かがあるはずだから、それを引き出した後に、極めて残虐な方法で処刑するのだ。
ということで呪い状態のミラとルビア、ジェシカを任せて……と、そういえば俺も呪いに掛かっていたのだが、それはそれでまぁ良しとしよう。
どうもこいつの術式でどうにかなるのは、罪を着せられて囚人服が脱げなくなってしまった場合のみのようだからな。
で、酒場の俺達はカウンター席に座り、店主であるケツアゴマスターを脅迫して酒を、もちろん無償で提供させる。
こんな世界でもしっかりとした酒が出され、飲めば普通に酔うことが可能なのはあり難いな。
向こうからルビアとジェシカの羨ましそうな視線を感じるが、2人にはしばらく、呪いが完全に消失するまで我慢して欲しい。
そしてしばらくそのまま酒を飲んでいると、どうやら解呪を行っている3人につき、何か変化があったようだ……
「ガビビビビッ……こっ、これは効きますっ」
「ヒギィィィッ! もっとお願いしますぅぅぅっ!」
「あがががががっ!」
「おっ、見ろよ、3人の囚人服がどんどん薄くなって……弾け飛んだぞっ!」
「ちょっと、ミラまで素っ裸になっちゃったじゃないの、ほら、この上着を……」
「あっ、待てセラ、迂闊に近付くと……」
「ガビビビビッ……」
「まぁそうなるわな、もうどうしようもないから止まるまで我慢しておけ」
こうして3人の呪いは解除され、その点においてはこのケツアゴ賢者の生きる意味がひとつ減ったと言える。だがもうひとつ、肝心の情報を手に入れなくてはならない、そのための拷問を始めるのだ。
きっとこの先の、おそらく終盤の敵に関しての情報、そしてそこへ行くために必要な、間違いなく空を飛ぶための乗り物の情報。
それらを獲得し、いよいよこの世界からの脱出にリーチを掛けるのだ……




