897 次の合流
「ちょっと、ちょっとストップだ、何かおかしいぞ」
「ええ、私もそんな気がしていました、とりあえず10階層ごとにあるセーフゾーンみたいな所で停まりましょう」
「おう、次のセーフゾーンは……33階層か、随分登ってきてしまったな」
「そうですね、普通そんな高さの建物なら、天まで届くんじゃないかと思えるほどに高いはずなんですが……」
「いや、ここは俺達が見ていたあのウ○コの城とは別マップだからな、というか、最初の段階で『こちら側の外』へ出てみるべきだったぜ」
どれだけ登っても最上階へ到達する気配のない『美しい方の』城、普通に進んで行けば敵に出会い、それを討伐してミッションコンプリートだと思っていたのだが、どうやら認識が甘かったらしい。
ということで一時セーフゾーンらしき場所へ、下層のものと同じ雰囲気なのでそこがそれであるとわかるのだが、この場所であれば8人全員を外に出すことが出来る。
階段を余裕で上がってくるいい加減かつ都合の良い馬車を停め、全員を降ろして座り込むのだが……まぁ、誰もが状況を把握し、それでどうしようもない現状であることを理解しているようだ。
考えるまでもなく、進むか戻るかどちらかしか選択肢がないのだが、進むのはあまりにもリスクが高そうだし、戻るのは実に面倒臭い。
もしかしたら別の、何か凄く良い案があるのではないかと期待して、そのまま話し合いに移行するのだ……
「それで、この変わらない景色、移り変わる色彩、どういうことだよ?」
「わからないが……いや、どうもこの壁や天井などの色、同じパターンの場所を通るごとに、茶色に近付いているような気がしなくもないな、私はそう思う」
「茶色か、じゃあウ○コに近付いているってことだよな? なぁジェシカ、ウ○コだよな? ウ○コってデカい声で言ってみてくれ」
「なっ、何をそんな子どものようなっ」
「ぶひひひっ、お堅い感じで振舞いつつ『ウ○コ!』とか言うジェシカが面白そうでな、で、本題に戻ろう」
「あ、別に言わなくても流してくれるのか……ウ○コだけに……」
最後に何やら言っていた様子のジェシカだが、良く聞き取れなかったので無視して話を進めることとしよう。
で、そのジェシカの言っていたことは確かにそうであるようだし、それにつき俺が思ったこともまた確かなようだ。
つまりこの美しい城は、俺達が進み、階層を重ねていくごとに、その景色ではなく色合いだけを、鏡の向こうにあるウ○コの城に寄せてきている、そういうことなのであろう。
つまりこのまま何も対策をせず、無駄に進んでいった場合にはどうなるのか、それはウ○コだ、この美しい城であるという景色が、まるで鏡の向こうのウ○コ城のように……いや、そうではなさそうだ。
おそらくは鏡の向こう、あのケツアゴウ○コが大量にひしめき合っていた地獄のようなマップ。
そことここ、今現在俺達が居るマップの境目がなくなってしまうのではなかろうか。
こちら側のマップがウ○コ化し、その影響で鏡のような境界線が崩壊、接続されたマップ同士はNPCや、その他ケツアゴのモブであっても行き来が可能なようになってしまうということ。
それはとんでもないことだ、先程ふと覗き込んだだけでも戦慄した『向こう側の世界』、そこに存在している『連中』が、大挙してこちらへ押し寄せて来るのだと考えると……もう敗走以外の選択肢がない、地獄のような状況に陥ってしまうことが確実である。
「……ヤバい、これはヤバいぞ、このままだと確実にウ○コだ、俺達はウ○コに敗北して、尻尾を巻いて逃げ出すことになるぞ」
「ちょっとっ、そんなこと出来るのはカレンちゃんだけよ、私の、ほら見て、短いから巻いたり出来ないわよ」
「私もですよ、ちょっと難しいかな……カレンちゃんは出来てるっ!」
「えっへんっ、私だけが尻尾を巻くことが出来るんです」
「カレン、それはカッコイイことじゃないぞ、むしろ情けない、負け犬の仕草だ」
「負け……しかも犬、狼じゃなくて犬……」
尻尾を巻いて喜んでいたカレンと、巻くことが出来なくて悔しがっていた良くわからない2人は無視して、とにかく俺の予想を皆に話しておく。
もちろん先程の光景、鏡のような境界線の向こうにあった光景についても、参考資料として添えてだ。
これは恐ろしいことだと認識しているのが……ミラとジェシカぐらいか、他のメンバーはアホなので仕方ない。
で、その状況を最も的確に理解した様子のミラが、わかっていないセラを始めとするアホアホ軍団に対し、補足の説明を試みている……
「え~っと、良いですか? 最初に入ったあの『汚らしい側』の入口、今私達が居るのはそれとは正反対の、境界線を越えた『美しい側』に居るんです、そこまではわかりますね?」
『うぇ~いっ』
「よろしい、で、私達は今、その『美しい側』の謎を解かず、無駄に登って行ってしまっている状況なんです、おそらくはこれに問題があって、このままではいけない、良いですか?」
『ふむふむ』
「そしてこの問題を放置したまま、つまりこのままの状態で進軍し続けると、この『美しい側』の美しさは徐々に失われていくんです、なぜかはわかりませんが、で、最終的には……あの『汚らしい側』の世界と合流し、不潔極まりない『何か』によって、この場も、私達も汚染されてしまう、そういうことなんです」
『えぇ~っ?』
まるでテレビショッピングの観客役のような、露骨な反応を見せるセラ他4名、だがこれがナチュラルであるようだ、シンプルに頭が悪い。
とはいえ今の説明でそこそこのことまでは把握出来たようで、このままではいけないという点と、どうにかして良い方法を見つけ出さなくてはということを話し合い始める。
しかし実際にどうすれば良いのか、それは地味に、見たくはないが見えつつあるのだが……やはりそれには誰も触れようとしないではないか。
もうこの状況からして確実に、どう足掻いてもそうであるというのに、誰一人として主張しないのは妥当なのだが、やはり『汚らしい側』の敵を殲滅するということが、この場における唯一の解決策なのではなかろうかと……誰か口に出して言って欲しいところだ。
そして俺とミラ、ジェシカ、さらには今しがたそのことに気付いたらしいセラが牽制しあっていると、マーサが突如、何か閃いたような顔をした……
「……ねぇ、ちょっと思ったんだけどさ、良いかしら?」
『はいどうぞマーサ議員、はいっ、発言をどうぞっ!』
「えっ? 何その反応は……でも私のは凄い作戦よ、あのね、向こう側の汚い方? に行って、そこの奴等を全部やっつけるの、どう?」
『それは大変に素晴らしいっ! ぜひ実践してみてくれっ!』
「えっと、さすがに皆で行くのよね?」
『・・・・・・・・・・』
なるほど、確かにマーサの案を推したとしても、それに基づいてマーサが単独で、あの不潔極まりない鏡のような境界線の向こう側へ行ってくれるわけではないし、こういう流れになるのは必定。
結局俺達はそれをしなくてはならないのだ、向こう側のマップを攻略し、そしてこちら側の美しい世界を救う。
それ以外にはもう、先へ進むことも、戻ることも叶わないと考えるのが妥当であるのだ……
「……もうグダグダしていても仕方ないわね、一度35階層まで行って、例の境界線がある場所から『向こう側』へ行ってみましょ」
「だな、敵を殲滅して、それでどうなるか確かめるんだ……セラ、攻撃魔法が使えるのは現状で1人だけなんだ、気合入れてくれよな」
「大丈夫、いざとなったらリリィちゃんが変身して戦うわ、石を投げるのも有効そうだし」
「何か良くわかんないけど頑張りますっ!」
遠距離から攻撃出来るのはセラ、それからドラゴンの姿となりさえすればリリィ、その2人である。
もちろんリリィは普段そうしているように、投石攻撃も得意ではあるのだが、どうしても数に限りが出てしまう。
かといって巨大なドラゴンの姿を取った場合には、万が一の脱出の際に足手纏い、どころかその辺に詰まったりして全てを終了させてしまうおそれがある。
ここはなるべくセラだけをメインに、その他飛び道具がないメンバーについても、可能な限り何かを投げ付けるなどの攻撃方法を取るべきだな。
あとはすぐに境界線のこちら側へ戻ることが出来るよう、そのラインから離れることのないように戦うことを心掛けなくてはならない。
いざというときにはすぐに安全な側へ避難するのだ、特に敵がウ○コを飛ばしてきそうな雰囲気を出した際には、そのモーションを見た瞬間に逃げ出していることが必要だ。
と、そのようなことを考えながら進むと、すぐに35階層、1階層と同じホールのような場所へと辿り着いた。
なるほど、良く見ればその同じ形状のホールでも、やはりかなり茶色さが増しているような気がしなくもないな。
とにかくメンバーを入れ替え、俺とセラ、カレン、リリィの4人で、遂にその境界線を、『ウ○コの世界』へと足を踏み入れたのであった……
※※※
『あっ、さっきの奴だっ!』
『野郎! 仲間を連れて戻って来やがったぞっ!』
『応戦だっ、直ちに応戦するんだっ!』
『待って、ちょっとウ○コ行きたい』
『あ、俺もウ○コしてくるからちょっと待って』
「……おい、ウ○コはお前等だろぉぉぉっ! セラ、一撃食らわせてやれっ!」
「わかったわっ! この気持ち悪い奴等、頭にそんなもの乗せてっ!」
「ご主人様、カレンちゃん、石ころあげるから早く投げてっ! この人達はすぐに殺さないとダメですっ!」
「おうっ、カレンもほらっ、そして俺もウォォォッ!」
「とりゃぁぁぁっ!」
本能的な危機感を得たのであろうか、かなり真剣な表情になってリリィは、セラが魔法攻撃を放つのとほぼ同時に石ころを俺とカレンに渡す。
リリィほど的確ではないが、カレンほど強烈な一撃ではないが、俺の投げた石ころも、1発につき5体程度のケツアゴウ○コを貫通し、絶命させている。
この分であればあっという間に敵を殲滅することが出来るな、特にセラの魔法攻撃は範囲も広く、あっという間にケツアゴの数を減らしている感じだ。
そしてそのまま退くことなく、4人全員の全部の力で、ひたすらに攻撃を浴びせ続けていく……
「あのグループで最後だっ! セラ、吹き飛ばしてしまえっ!」
「任せてっ! はぁぁぁっ!」
『ギョェェェッ!』
『体が……千切れっ』
『ぐぬぬぬぬっ』
「どうしたっ? 3体だけ持ち堪えているぞ、もっと威力を……」
「ダメみたい、あの3体はどうも倒せないタイプの敵だわ、威力を上げてもどうにもならないと思う」
「まさか……そんな、そういう系のNPCは……」
負け確定イベント、そんな恐怖の言葉が脳裏を過ぎった……いや、まだそうと決まったわけではない。
見たところ残った3体のケツアゴウ○コは雑魚キャラ然とした見た目だし、何かのイベントであって、通過地点にすぎないものである、そうであると期待しておこう。
セラの魔法は一旦途切れ、それに耐え抜いた3体のケツアゴ、もちろん頭にウ〇コが乗っかっている極めて不快なモノが接近して来る。
雑魚キャラのような雰囲気とはいえ、警戒しておかないと何をしてくるのかわからない存在。
俺達は身構え、ついでにいつでも逃げ出せる場所に陣取ってその様子を注視した……
『貴様等、よくも我等の同志を殺してくれたな、たったの3人になってしまったではないか』
「3人……じゃなくて3匹とか3体とか、そういう感じで頼むわ、お前等完全に人間じゃねぇだろ」
『フンッ、我等からすれば貴様等のような連中こそ人間には見えぬわ、ちなみに我の名はぷ~ん、ケツアゴウ〇コ族の長だ』
『我は臭い戦士もわ~ん、そしてこっちが……』
『モリブリブリデンだ、ウ〇コ物質学者である』
「自己紹介とか要らねぇから、早く死んでくれ」
『そうはいかんっ! 喰らえっ、同志達の恨みと悪臭を込めたウ〇コスラァァァッシュ!』
「ひぃぃぃっ! 汚いですっ!」
「回避! 全員徹底的に回避だっ!」
もういきなりウ〇コを飛ばしてきた3体のケツアゴ、最悪である、最悪なのだが……やはり雑魚でもある。
ウ〇コを刃のように変化させたトンデモ攻撃は、避けるまでもなく俺達の後ろへと通過していった。
だがその様子を見ても余裕の表情を崩さない3体、後方のウ〇コスラッシュは……鏡様の境界線の向こうに消えてしまったようだ、あの美しい造形の城内が、こんな汚らしい攻撃によって汚染されてしまったのか?
いや違う、まだ攻撃は続いているのだ、境界線の向こうは今の俺達から様子を見ることの出来ない場所、そこへ去って行ったスラッシュが、まさかの帰還を果たしたのである。
しかもわけのわからない場所からだ、まるでブーメランのように風を切りつつ戻ったのだが、その軌道は推し量ることの出来ない異様なもの。
咄嗟に回避したから良かったものの、弧を描くようにして前方に回ったスラッシュは、同じようにして再び境界線の向こうへと戻って行く。
いつこれが再接近して来るか、もう一度境界線を越え、背後から俺達を襲うのかわからない。
不潔にして危険極まりない攻撃だ、どうにかしないと、このままではどこに居ても危機的状況から脱することが出来ないではないか。
「リリィ! 次にあの攻撃が来たら確実に撃ち落とせっ、全部じゃなくても、可能な限り数を減らすんだっ!」
「わかりましたっ! やってみますねっ!」
『甘いわっ、追加ウ〇コスラァァァッシュ!』
「増えやがったぁぁぁっ!」
もうこうなってしまえば本体を狙うしかない、このまま俺達が喰らうのも、そして境界線の向こう側にある馬車が被弾してしまうのも時間の問題だ。
すぐに体勢を立て直し、俺とカレン、リリィの3人は舞い戻るスラッシュに警戒を、そしてセラが攻撃の準備を始める。
だが先程セラの魔法攻撃は耐え抜かれてしまったのでは、そうも思ったのだが……あの場ではイベント上、仕方なくそういう風になったのだ、そうであって欲しい。
そして放たれる魔法、ぷ~んだかもわ~んだか知らないが、うち1体の首に風の刃が直撃して……弾き飛ばした、これならいけそうだ。
『あぁっ! リーダーが殺られたっ!』
『怯むでない、我の超化学ウ〇コ戦術で大規模な爆発攻撃を……はっ? ギョェェェェッ!』
「どうかしら? 戻って来る攻撃は、別にあんた達しか出来ないわけじゃないのよっ!」
「それからもう1体、お前ももうお終いだぞ」
『何をっ? はっ、アギャァァァッ!』
「トリプルプレーでゲームセットだぜっ!」
「勇者様、奴等は死んだけど、あの攻撃はまだ生きているわ、すぐに退避しましょっ」
「違いねぇ、よしっ、馬車も一緒にとんずらすんぞっ!」
『うぇ~いっ!』
こうして無限回廊の呪縛から脱した俺達、階段を上ると、すぐに違う景色がお出迎えしてくれた。
以降はループなどしないし、壁や天井の色も茶色くはなっていかない様子、このまま最上階を目指し、『住み付いた悪い奴等』の所へと向かおう……
※※※
「着いたぞ、この扉の先にその『悪い奴等』が居るに違いない……っと、マーサはどうしたんだ?」
「ん? ちょっと音とか匂いとかさ、何ていうのかしら、扉が分厚すぎてわからないけど」
「何を言っているんだ、腹が減ったなら後で何か食ベさせてやるから、今はちょっと我慢しておけ」
「う~ん、そうじゃなくて……まぁ良いわ、とにかく入りましょ」
良くわからないのだが、とにかく何かを感じ取った様子のマーサであった、だがまぁ、勘違いということもあるわけだし、ここはニート神の創ったゲーム世界ゆえ、扉の向こうのマップが必ずしも同じ空間とは限らないのだ。
つまりどこか別の場所から漂っている何らかの匂いを嗅いだり、そこから漏れ出した音を聞いたりしたのかも知れない。
ということでその件についてはそれ以上触れず、目の前の扉に手を掛けたのであった……中は明るい、本当に『悪い奴』など居るのかというぐらいに明るく、そして高級そうな食事の匂いが……
いや、それどころではない、光の向こうに見える4つの影、こちらからは逆光になってしまって何も見えてはいないのだが、とにかく何かが居るということだけは確かだ。
それが目的である、そして討伐しなくてはならない『悪い奴』なのかというと……どうやらそれも違うらしいということは、飛び出して行ったマーサの反応でわかった。
「やっぱり~っ! やっぱりマリエルちゃんだっ! あ、ユリナもサリナも、あと精霊様も一緒じゃないのっ!」
「え? あっ、ちょっと……マーサちゃんじゃないのっ、どうしてここへ……と、どうも探されていたのは私達だったようですね……」
「突然皆揃いましたの、というか本当にどうして……」
「いや、こっちが聞きたいんだが? 精霊様とかほら、酒飲んでないでいきさつを説明して欲しいんだが?」
「ちょっと待ちなさい、この世界の支配者たるこの私に、直接話し掛けるとはいい度胸ねあんた、成敗するわよっ」
「……どうしたんだ精霊様は?」
「富と権力を手に入れて調子に乗っているだけです、もちろんまやかしの、ニセモノのそれですが」
「なるほど、アホだなマジで」
「アホとは何よアホとはっ! 今に見ていなさいっ、私の率いる10兆の軍勢があんたの家へ押し寄せるわよっ!」
「……俺達さ、家は一緒なんだが?」
「・・・・・・・・・・」
そこで黙ってしまった精霊様、どうやら洗脳のような、もちろんサリナにも解除出来ないような強烈な術式を喰らっているらしい。
というか、この4人はここで何をしていたのだ? エリナパパの情報にもこの4人との合流の予定はなかったし、向こうも俺達が来るのを知らないでいたようだな。
これは何かおかしなことが起こっている、というか何らかのバグがこの世界に生じているのではなかろうか。
先程の境界線の部分もそうであったが、この異常については少し調べる必要がありそうだ……




