892 この世界は
「よしっ、このメンバーだと前衛は分厚いからな、ミラとジェシカ、カレンとマーサを気軽に交代出来るぞ、一方セラとルビアはかなり大変だ、リリィも色々走り回っているが……まぁ平気そうだな」
「で、勇者様はずっと馬車の中と、良いご身分だこと」
「そうですよご主人様、私だって休みたいし、戻っても結局御者じゃないですか」
「まぁ、それは仕方ないさ……いや、ちょっと待った、ジェシカ、一旦御者台から降りてみてくれないか、もしかすると……」
「もしかすると? あっ……どうして動くと付いて来るんだこの馬車は?」
「そうだと思ったぜ、RPG世界の馬車だと、御者とかはあまり関係がなさそうだったからな」
「どういうことなんだ一体……」
この世界の人間にとっては意味不明の極みであろう、もちろん俺にも意味不明だが、おそらくそうなのではないかと思ったのは正解であった。
とにかくこれで御者の問題も解決、ルビアもたまには休ませることが出来るし、かといってジェシカの負担が増えるわけではない。
まぁ、そんなことはずっと馬車の荷台に収容されている俺にはあまり関係のないことだし、必ず他に3人が一緒なので、話し相手が居なくなるようなことも、イジって遊ぶ対象がなくなることもないため、特にこれといって困ることはなくなったのである。
フィールドで敵にエンカウントしたら応援すれば良いし、敵キャラが無様に死んでいく姿を眺め、腹を抱えて笑い転げていれば良い。
こんな楽な冒険がかつてあったであろうか、いやない、これまでは何だかんだいって戦闘に参加させられ、行動させられ続けてきたのだ。
しかし今回は違う、このゲームのパーティーメンバーは『4人』であり、やむなくそこからあぶれてしまった残りの4人は戦闘に参加することが『出来ない』のである。
つまり俺はサボっているわけではなく、致し方ない事情により馬車の中に居るわけであって、本当は皆のために戦いたいと思っているのに、戦力の調整的な面でどうしてもこの場に……と、いきなり外に放りだされてしまったではないか……
「出来たわっ、私が先頭になったからもしかしてと思ってやってみたの、馬車の中の勇者様と、外で戦っていたミラを交代させたわ」
「チッ、そういえば先頭のキャラにパーティーリーダーの権限が委譲されるんだったな、余計なことを覚えやがって」
「これで勇者様が自由にサボることは出来なくなったわ、ついでに、勇者様を先頭にしてあげることはもうないと思ったほうが良いわね」
「げぇ~っ、それじゃあ俺の主人公特性は……」
「ご主人様、たぶんそんなの最初からないと思いますよ、たぶんだけど」
「リリィ、酷いこと言うようになったなお前……」
「えっへんっ!」
「威張らんで良い、で、今どこへ向かっているんだっけか? それさえ忘れてしまったぞこの道中で」
「全く、しょうがない異世界人ね、今は南の山岳地帯に、最近何やら悪い奴等が住み着いたとされる城があって、その様子を見に行くというミッションの最中よ」
「おっと、そうだったそうだった、南の山岳地帯の……何だっけ?」
エリナパパが攻略本……もちろん今まで用いていたものとは別売りの『中巻』なのだが、それで調べてくれた次のストーリーに従って先へ進んでいる俺達。
攻略本が『中巻』ということは、まだ『下巻』を売りつけられることが確定していると思うのだが、おそらくエリナパパは金持ちなので大丈夫であろう。
で、目的地である『何やら悪い奴等が住み着いたとされる城』なのだが、それがあるという山岳地帯までは、今のペースだと相当な時間を要してしまう感じだ。
そしてその往き道にポツンと、小さな町が存在していることも確認されているのだから厄介である。
おそらくはその小さな町へ立ち寄らないと、何か重要なフラグが立たずに先へ進めない、そんな予感がしなくもないのだ。
まx、これについてはエリナパパから何の指示もない、ゆえにストーリーとは関係がないかも知れないのだが、攻略本には載っていない、もっと詳しい内容の情報を得ないと発見することが出来ない隠しイベントの類かも知れないので気が抜けない。
とにかくその小さな町へ立ち寄るために俺達は今、セラをリーダーにしつつ俺、マーサ、ジェシカの4人で旅をしている。
時折暇で仕方ないカレンが馬車から顔を出したりするが、リーダーのセラが指示しない限り、外のメンバーと交代することは叶わないのだ。
そして現在外に居る、カレンとの交代要員であるマーサは……元気に、何だか楽しそうに先頭を歩いているのだが、本来隊列としてはリーダーであるセラが前に出るべきなのだが……
「おいマーサ、1人だけ先走りすぎだぞっ、どうしてそんなに前に出たいんだ?」
「だって、久しぶりにこうやって歩いて移動するじゃないの、最近は船とか空駆ける船とか、あと変な乗り物ばっかりだったでしょ? しかもここ、結構快適な暖かさだし」
「まぁそうではあるがな、もうちょっと落ち着いて……と、マーサ、ちょうど良い所で会敵だぞ、快適な気分のままどうにかしてくれ、会敵だけにな」
「なにそのダジャレ……あ、いや、ちょっと大きな……ケツアゴのNPCさんね……超気持ち悪いじゃないの、あんたにパス」
「コラッ! 勝手に下がってどうしようって……ちょっ、俺を押し出すんじゃないっ!」
せっかく快適に会敵したというのに、ケツアゴNPCがキモいことを理由として、その対応を俺に押し付けるマーサ。
後ろから応援するつもりらしいが、まぁ、逃げ出したりしないだけ『キモい耐性』が付いてきたといえよう。
今回の一件では、ミラとルビア、それからジェシカの幽霊に対する耐性が、ほんの僅かだけだだが付いたことが一番の収穫だと思っていたのだが、俺の見ていない場所でも変化はあったようだな。
これまでのマーサであれば、全身の半分異常がその巨大なケツアゴで占められているケツアゴ人間、そんなモノに遭遇すれば、直ちに馬車の中へ隠れていたはずだ。
まぁ、ケツアゴの割れ目から分泌される変な汁をブッカケられても敵わないし、本来は逃げるのが正解なのだが、戦わなくてはならない以上そういうわけにもいかないのである。
とまぁ、もちろんこのケツアゴ塗れの世界に放り込まれ、徐々にケツアゴの放つキモさに対抗出来るようになってきたとはいえ、やはり直接戦闘を試みることはしない様子のマーサ。
仕方ない、ここは俺が中心になって戦い、セラとジェシカには手を出させず、かつマーサを俺の後ろに、可能な限り前に出させるかたちで戦闘に参加させることとしよう……
「ほらマーサ、このっ、捕まえたぞっ」
「いやんっ、ちょっと……首は押さえないでよねっ、ねぇ、言うこと聞くからっ」
「よし、じゃあ逃げるんじゃないぞ、今から俺と2人で、あのケツアゴと戦うんだ、無理はしなくて良いが逃げ出すことは許さん、もし逃げたら1週間ニンジン抜きだからな」
「ひぃぃぃっ! それだけはダメよっ、頑張るからやめてね、ね?」
意を決して立ち上がったマーサであったが、やはりケツアゴの敵を目の前にすると、俺に接近して、というかもうくっついてスリスリしている。
ちなみにケツアゴの方は一切動こうとしない、さすがはNPCだけあり、こちら側のアクションがない限り何も出来ないのであろう。
……というか、時折遭遇する自発的に動き、こちらの問い掛けにもキッチリ反応するケツアゴ、妙に人間らしさが出ているケツアゴは何なのであろうか。
この世界に存在している全てのケツアゴがNPCであるとしたら、それらは明らかにおかしいと言わざるを得ないのだが……と、今目の前にあるケツアゴは完全なNPCなのだ。
他の、明らかにおかしい側のケツアゴについては後に調べるとして、今はコレに対処することに力を注ごう……
「はい、じゃあマーサ、そのケツアゴに話し掛けるんだ、そしたら会話になって、続いて戦闘が始まるはずだからな」
「えぇ~っ……でもニンジンが……」
「おい、モタモタしていると、ニンジンだけじゃなくてサトウキビの欠片もやらないことにするぞ、どうする?」
「ひゃっ!? そんなのイヤッ! もしもしそこの気持ち悪い……人なのかしら? とにかく答えてちょうだいっ、あっ、口開かないでね、臭そうだし、変な汁とか飛沫とかヤダだし」
『……ハーッハッハッハッ! 貴様等、ここは俺様の道だっ! 通りたかったら金と女を全て置いて行きなっ! さもなくば死ねっ!』
「ちょっと何よコイツはっ!? 何で? 今までこんなに静かだったのに、どうしていきなり威勢が良いわけ?」
「本当ね、こんな反応初めてだわ、変なの……」
「マーサ殿、セラ殿も……今までこういう感じの敵には遭遇しなかったというのか?」
「うん、もう何か普通の人ばっかりだったわよ」
「私もそう思った、コイツみたいに変な動きじゃなかったもん、今まで固まっていたのもヘンだと思うけど、いきなりこれって……やっぱ超キモいわ、ねぇ、早く死んで?」
『ハーッハッハッハッ! 貴様等、ここは俺様の……』
ケツアゴNPCに話し掛けたマーサも、そしてその様子を後ろから見ていた、外のパーティーメンバーに含まれているセラも、この当たり前なNPCの反応が新鮮なのだという。
そんなはずはないのだが、こちらのNPCの方がむしろ普通であり、まともに喋る連中の方が異常なはずであることは、先程少し考えた中で結論付けられたのだが……これは一体どういうことなのであろうか。
まず、俺達のチームが遭遇したNPCの中にも、当然そのような、まるで生身の人間ではないかと思うほどの奴が存在していた、これは確かなことだ。
しかし多くの敵やその辺の村人などが、この面前に居るわけのわわかんケツアゴのような、今まさにマーサが『はい・いいえ』の選択肢を無視していると先へ進まない、同じ話を無限にループするような『あるべきNPC』であった、これもまた事実。
どうしてそれらが混在していたのか、そしてどうしてセラ達の方には前者、『生身の人間らしさを有しているNPC』ばかりが登場したのか。
……もしかしてニート神の奴、NPCの準備、というか創造が間に合わず、現実世界におケツアゴを掻き集めて、それをこの世界に放り込んだのではなかろうな。
もちろんそうしたのだとすれば、この世界の理に合致するように調整を掛けてからやったのであろうが……ではこの世界の理とは何なのだ?
そもそもどうして俺達は、この生身の状態でここに存在することが出来るのだ? その辺にある草や木のオブジェクトは? これはデータなのか現実なのか? もし現実であったとして、それは何を意味しているのか? もし単なるデータであったとして、それはまた何を意味しているのか?
疑問符だらけの展開である、もしケツアゴが現実の世界の現物のまま、この世界へ放り込まれているとして、もちろんそれは俺達にも言えることなのだ。
つまり『この世界現実説』を採用した場合には、ニート神が新たに作成した現実の世界、もちろん元々俺達が居た現実の世界とはまた別の現実の世界に、現実の世界の俺達を現物のまま……これはまさしく異世界転移ではないか。
当該仮説によれば、俺達は知らぬ間に、ニート神が新たに創り出した『新現実世界』に転移させられ、その世界の住人にされてしまっているということとなる。
そして俺が最初に異世界転移したときと同様な感じで、自室からアドバイスを送っていた女神をニート神に、そしてニートゆえ働かないため、その任意代理人であるエリナパパに代えて、パーティーメンバー全員参加でいくつかの冒険を進めさせられているのだと、そういうことにはならないか。
いや、これは今考えても結論が出ないであろうな、確かに俺が異世界に転移したときと同じような感覚は覚えたのだが、良く考えればここまで状況が酷似していたとは……まぁ、本当に深く考えればすぐにわかったことか。
俺はこの世界が『ニート神が勝手に創り出したゲーム世界』であると頭から決め付けて、その概念に基づいて行動していたのだが、どうやらそれは改めるべきことらしいな。
もっとも、それを改めたからといって、この世界が『RPGゲーム様の世界』であることは不変だ。
冒険の方法としてはこれまで通り、普通にミッションをクリアしていけば良いのである。
そうすれば必ずまともに、トラブル、というよりもクリアすべき問題に見舞われつつ、確実に冒険が進んでいくということは、やはりこのゲームのような世界独特の……独特なのか?
それについても考えてみれば、元々俺が転移して、実際に魔王軍その他と戦っている方の現実世界、これもそこそこに『都合の良い事象』によって、確実な無理ゲーが毎回どうにかなっているような気がするような気がしなくもない、という気がする。
しかも時折何の脈略もない、取って付けたような方法や追加イベントによってそれが起こり、全てが丸く収まるのだからわけがわからない。
まぁ、この件についてはマジで一遍女神の奴を尋問、いや拷問してみる必要がありそうだな。
で、その拷問のために、まずは亜空間に放り込まれたというその女神を、そこから『取り出してやる』ということをしなくてはならないのだ。
そこで回帰するのがこの世界の冒険、それを進め、全てをクリアすることによって、どうにかこうにかニート神を討伐する。
それに成功しさえすれば、女神の奴も『取り出す』ことが出来るわけだし、そこから拷問するのは俺の自由だ。
ということで考えはまとまった、未だに『はい・いいえ』が選択出来ていない、というか選択すべきであるということを知らない様子のマーサにそのことを教え、大ケツアゴとの戦闘開始へと導いてやった……
『ふむっ、金も女も、それから富と権力も、要求したものは一切提出しないというわけだな?』
「いやんっ、何か最初より要求? とかが増えてるじゃないの、早く死んでくれないかしら?」
「マーサ、もう一度『はい』を選択しないとダメだぞ」
「あ、えっと、じゃあ『はい』っと」
『グォォォッ! それならば許さんっ! 貴様の命を通行料として受け取らせて頂くっ、覚悟しろぺぽっ!』
「はい終了、おつかれさまっしたーっ」
戦闘開始の台詞、ケツアゴがそれを言い終わる前の段階で、既に戦闘開始が成っていることに気づいた俺は、余計な時間を使うことを良しとせず、台詞の完結を待たずしてそれを撃破してやった、もちろん一撃でだ。
ついでに言うと、マーサには逃げずにその場に留まり、ケツアゴNPCがグチョッと潰れ、粉々に弾け飛ぶ瞬間を間近で観察するよう強制した。
かなり気持ち悪がってはいるのだが、いつものように隠れたり、隠れる場所がなければ穴を掘って逃げ出したりなどしない様子。
その反応も、粉々になったケツアゴNPCが地面に吸収され、完全に消え失せるとなくなり、いつもの調子に乗り切った、偉そうな態度のマーサに戻った。
かなり『気持ち悪い耐性』が付いているようだな、これはかなりの成長だ、この感じをずっと、これからの冒険においてもキープして欲しいところである……
「へぇ~っ、こんな感じで討伐していけば良いのね、こっちのNPCの方が簡単で良いわね」
「そうなんだよ、ちゃんと台詞を言い終わるまで攻撃してきたりはしないからな、それまでの間に撃滅してしまえば良いんだ、楽勝だろう?」
「でも、もっとこう、人間っぽい反応をする敵に対してはそうもいかないのよね」
「うむ、そっちはなかなかに面倒な相手だ、異様に発達したケツアゴで気持ち悪いのは同じだしな」
本来のNPCらしい行動をする敵の討伐方法についての確認を終え、そのまま時折エンカウントするものを討伐しつつ先へ先へと進んで行く。
ステータスの制限が一切ない今の俺達にとっては、そのような雑魚キャラなど取るに足りない、路傍のウ〇コのような存在だ。
よってサクサクと討伐しつつ進んで行くことが出来、想定よりもかなり短い時間で次の町へ、目的地である南の山岳地帯へ途中に存在する、何かイベントがあるのかも知れないポイントへと到達することが出来た。
ここで外に出すのは俺のチームであった、呪われた装備によっておかしな格好に固定されてしまっている仲間を除く4人、セラのチームである。
町のマップへと入り、まずは馬車の荷台から身を乗り出して様子を……ここもケツアゴNPCだらけだな、真っ当なビジュアルの人間キャラは存在しないのであろうか……
「え~っと、まずはどこへ行くべきなのかしら?」
「あっちに酒場があります、酒場ですよ酒場!」
「ご飯があるかもっ! わうわうっ!」
「もう完全にそこへ行く感じね、まぁ良いわ、『情報収集は酒場』って、どこかの冒険指南書にも書いてあった気がするし、その酒場へ行きましょ」
『うぇ~いっ!』
「というかマップ上でハリボテじゃない建物はその酒場だけみたいね……」
馬車は酒場の前へ停められ、中に居る俺達4人は置き去りに……ならなかった、いきなり外に放り出されたかと思ったら、なぜか店内のテーブル席に着かされていたのであった。
きっとマップごとに出現することが可能なキャラの数が変わり、こういう場所においては、現役で選ばれていないメンバーであるおかしな格好の俺達もその輪に入ることが出来ると、そういうことなのであろう。
で、その俺達の扱いはどうなのかというと……何やら冒険者風の服装をし、剣を携えたケツアゴNPCが接近して来たではないか。
どうやら絡まれてしまうらしい、ターゲットは囚人服のミラ……ではなく、1人だけ『真っ当な役人』の格好、『女看守』スタイルのルビアであるようだ。
コイツはきっと調子に乗ったタイプのカスNPCだ、趣味は公僕いじめ、役所の窓口で日がな一日文句を垂れ続ける、実に鬱陶しい住民のそれである。
まぁ、間違いなくここから戦闘に突入するのであろうが、これは何かのイベントであり、重要な何かかも知れない。
ということでスキップ、というかいきなりブチ殺したりなどせず、まずは話を聞いてみることとしよう……




