890 立ち寄り
「勇者様、現金らしきものがありましたよっ! ほらっ、お金ですっ!」
「おぉっ、でかしたぞミラ……って言ってもさ、それってゲーム内通貨であって、この世界から出たらもうなかったことになるんだよな……」
「というか、この世界においてもイマイチ使えていないというか……お金というだけで飛び付いてしまいましたが、たいしたものではなかったですね」
そう言いながら真っ黒なコイン数枚を握り締めているミラ、結局金は金ということで、それを手放すには体の拒否反応をどうにかしないとならないらしい。
当該コインは他の場所からも次から次へと、どう考えてもこんなに分散して保管したりはしないであろうと思えるほどに、様々な場所から出てくる。
他にはケツアゴマスクにケツアゴの盾、ケツアゴの兜など、ケツアゴ系のアイテムが、宝箱の中などから出てくるぐらいだ。
肝心の『まともな衣服』というものが、このフロアにはまるでないようだ……と、そういうモノがあるのは2階な気がしなくもないな、というか間違いなくそうであろう、そうであろうが……その2階へ続く階段がないのはどうしてくれるというのであろうか……
「……なぁ、ひとまず階段か、2階へ接続する通路を探そうぜ、さっきケツアゴが落ちて来た穴は塞がれたし、このままじゃ移動出来ないぞ」
「そうですね、やっぱり階段はないですし……ブチ抜いてみたらどうでしょうか?」
「私もそれが良いと思う、先程の穴が開かない限りは上階と行き来出来ないようになっている可能性もあるからな」
「しょうもない構造の館だな、造った奴の顔が見てみたい……と、見たことはあるのか、しかもニートだからな、職業経験がないからこういうゴミみたいな建造物を造って、その異常さに気が付かないんだよな、マジでゴミな野郎だぜ」
「ご主人様も似たようなもので……痛いっ、ウソですっ、でももっとぶって下さいっ」
ということで天井ブチ抜き作戦に移行する、使われるのは今しがた調子に乗ったルビアだ。
天井に向かってカンチョーする方法は、この間ケツアゴ刑事を使ってニート神の部屋をブチ抜いた方法と同じである。
3人で下から押し上げてやるかたちで発射するルビアだが、当然自分の脚の力も加わるため、凄まじい勢いで天井へと向かって行く。
一瞬で指先が到達したその分厚くはない天井板は、たいして大きな音も立てずに、バーンッという感じで穴が開いてしまった……かなり広範囲に破損したな、床後と抜けてしまいそうで心配だ。
と、まぁ、ここはニート神が創り出したフェイクの世界なのだ、天井が破れたからといって、その他の部分が物理的に崩壊するなど考えにくい。
そのまま上階へ上がって行ったルビアは特に何も言ってこないため、問題などは生じていないのであろう。
次にジャンプしたのはミラで、その次にジェシカ、慎重派である俺は最後に飛び上がる。
スッと天井の穴を抜け、着地した床にはカーペットのような素材の何かが敷かれている……というようなエフェクトであり、現物ではないのだが。
で、その付近にあるのは……広い部屋の中央、ぶら下がった1本のロープ、先端が輪っかになっており、明らかに縛り首の処刑を行うためのものである。
「……ここは……処刑場だったのか?」
「間違いないな、先程ケツアゴボスが降りて来た穴、そこが本来は罪人を落下させる、そしてそのまま縛り首にするための穴なのであろう」
「ケッ、あの野郎、普通に落ちて来ないで縛り首的に落下すれば良かったものを……で、どうしてこの館が処刑場なのか、それについては……わからんな」
「怖さを演出するために、ニート神が創り出したんじゃないでしょうか? 怖い場所、イコール処刑場みたいな短絡的な発想で」
「いやしかしな、そもそもこの部屋は通常到達しない、1階でケツアゴを討伐したら、余程のことがない限り入らないような場所だぞ、それがどうしてこんなに……しかも結構精巧な造りだ」
外のいい加減なオブジェクトとは異なる、今ここに適当な罪人を連れて来れば、すぐにでも処刑が執り行えそうな部屋。
これをわざわざ創ったということは、ニート神に何らかの意図があったようにしか思えないのだが……そもそも階段などなく、この階層が実質隠し部屋になっていたのも、馬鹿による単純なミスではないように思えてきたな。
そしてこのフロアにはこの処刑場意外なのも存在していない、部屋の隅には宝箱が4つ並んでいるのだが、本当にあるのはそのぐらいだ。
で、宝箱の方は早速、興味を持ったルビアが勝手にオープンして……と、これは目的の品、衣装として装備することが可能な防具のようだ。
しかも4つの宝箱には、それぞれ異なったサイズ、雰囲気の衣装が入っていて……一番大きいのは俺の装備アイテムだな、『拷問官の衣装』である。
赤い三角の頭巾で顔が見えなくなりそうなのだが、それも被りさえしなければ単なるフード、単に白いだけの、ギリシャかローマ風の衣装だ、とりあえず今着ているものの上から装備しよう。
で、二番目に大きいのはルビアのもの、こちらは制服のような、しかしタイトなミニスカートの……『女看守の衣装』だな、そして次にジェシカのもの、こちらは鞭がセットになった『女獄卒長の衣装』である、で、ミラのものは……
「あの、どうして私だけピッチピチの囚人服なんdねすか、納得いきませんよこれはっ」
「さぁな、でもアレだろう、ニート神の『積みエロゲ』と回収しようとしたこと、それについて恨まれているのが原因なんじゃないか?」
「ねちっこくて陰湿な神ですね、必ず仕返しして、というか殺しましょう普通に」
「俺もそのつもりだ、奴を処分する際にはこの処刑場を使ってやりたいとさえ思っている、もちろん縛り首なんぞじゃ足りないし、ズタズタに引き裂いて燃やしてやるがな」
何のために用意され、どうして隠されていたのかもわからない処刑場、少なくともミラがエッチな囚人服に着替えたり、ルビアもジェシカも超絶エッチな格好になったのはメリットでしかない。
ひとまずここのことについては保留して、例の村へ戻って報告をしておこう、そうしないと時間の経過と共にイベントが進み、タイムアップで全裸リスタートになてtしまう危険性が高まるのだ。
ということで再び1階へ、そこから外へ出て、何も居なくなった墓地と森を抜けて外へ……と、ここでエリナパパからの通信だ、何か調べが着いたことでもあるのか。
或いは俺達が通信可能なマップに出たことで、定期報告のようなかたちで連絡し、ついでにアドバイスも送ろうという魂胆なのか……
『やぁ、ようやく出て来たようだな、この後すぐに村へ戻って報告してくれ、そうすれば時間内に見xションコンプリートとなるはずだ、そして……やはりその隠し装備を身に着けているか……それ、めっちゃ呪われているらしいのだが……』
「えっ? そんな呪いなんて感じたりとかは……脱げないっ⁉」
「私もですっ、こんな格好でウロウロするのは凄くイヤなんですが……マイナス効果は?」
『大丈夫だ、ステータス的には問題などないらしい、おそらく先程までのミッションで取り戻した力がそのまま残っているはずだ、残っているはずだが……どうやらNPCからの扱いが変わってしまうらしいな』
「NPCって、ケツアゴからの扱いがってことっすか?」
『そのようだ、具体的には……』
エリナパパの説明によれば、この呪われた衣装を装備した者は、その見た目の職業らしい扱いをNPCから受けることになってしまうとのことである。
つまり、俺は処刑人として、ジェシカは狂った獄卒の長として、人々から恐れられてしまう。
そしてミラに至っては、捕まって収監された犯罪者として、多くのNPCから投石を受ける羽目になってしまうのだ。
まともに扱われそうなのはルビアだけか、いや、一般的な女看守だからといって、『役人嫌い』とかそういう奴には蔑んだ目で見られてしまうはず。
だが村へ戻らなければそもそもゲームオーバーだ、もう一度今までのミッションを最初からやり直すことになってしまうのである、もちろん全裸リスタートだ。
まぁ、確かにそうなればこの呪い装備も外れるのだが、それよりは今のまま居て、ミッションを進めるうちにどこかで勝手に外れることを祈るべきだな。
「う~んっ! もうっ、全然脱げませんよコレ、お風呂の時にはどうするんでしょうか?」
「最悪そのまま入るしかないな、それよりも時間が大事だ、サッサと村へ戻ろう」
「あの勇者様、私、やっぱりこの囚人の格好のまま行かなくちゃならないんでしょうか……」
「そうだな、ピチピチ囚人服が脱げない以上そうする他ない、というか、そのままだと不自然だからな、付属の手枷をちゃんと嵌めて、ほらっ」
「いやぁっ……もう完璧アレじゃないですか……」
嫌がっているミラだが、こうなってしまえばもう流れに身を任せ、ついでに状況にも流されるしかない。
ミラには申し訳ないのだが、無理矢理に手枷を嵌め、腰紐も付けて引っ張り、村へと向かった……
※※※
『おーいっ! なんか知らんが犯罪者が来たぞぉぉぉっ!』
『本当だっ、極悪な囚人を連れた極卒率いる集団だっ!』
『囚人も極卒も、それから看守もウザいわっ!』
『処刑人も居るぞっ、なんて薄汚い野郎なんだ、死ねっ!』
『運良く呪いが消えたと思ったらこれかよ……』
「……何だか全然歓迎されていませんね」
「全くだ、その呪いをどうにかしたのは俺達だってのによ、で、これでミッションコンプリートなのか?」
「それはないと思いますが、たぶん誰かと話をしないとならないかと」
「話をするってもな、この状況じゃ……」
イマイチ、どころかまるで歓迎されていない俺達、石だの空き缶だの、ドリアンだのがやたらと飛んで来る。
で、もちろんその飛来物に狙われているのは主にミラだ、囚人の格好をしているため、心理的にも狙い易いのだ。
で、この先どうにかミッションを進める、おそらくこの村のケツアゴ村長か何かと話をして、それをもってミッションコンプリートとしなくてはならないのだが……この状況でどうせよというのであろうか……
「さてどうしようか……とりあえずあそこのNPCに話してみようぜ、ほら、ケツアゴ村長っぽい感じだろう? お~いっ!」
『……忌避すべき処刑人などと話はせぬ、神殿で転職して出直して参れっ』
「はぁ? ふざけんじゃねぇよお前、殺されてぇのか? 処刑してやろうかマジで」
「待って下さいご主人様、ここは『少しだけまともな格好』の私が対応します、隊列を変えて下さい」
「いや、しかしまともな看守とはいえ役人の格好だしな……果たしてどういう反応をされるか……まぁ良いや、リスクはないだろうしやってみてくれ」
「わかりました~っ」
ということで隊列の変更、ルビアを一番先頭にして、NPCと会話する際にその代表者となるように設定する。
もう一度村長らしきケツアゴに話し掛けると……露骨に嫌そうな顔をしたのだが、それでも俺のときのように一蹴はされなかった。
で、ケツアゴ村長には館のケツアゴ幽霊を討伐した旨、それからこの呪いに関しては全て終了した旨を通知して、これにてミッションコンプリートである。
タイムリミットへの進行は止まり、ひとまずは全裸リスタートの心配がなくなった。
これで次の冒険へと進むことが出来るのだが……ここからどうしたら良いのであろうか。
ケツアゴ村長の話によると、ここから西へ行った所にある大きな町で、俺達と同じような『4人組の冒険者』が目撃されているのだというが、おそらくセラか精霊様の率いるパーティーのいずれかだ……
「え~っと、エリナパパは……おっ、こっちに構っている暇がありそうだな、ちょっと良いっすか~っ?」
『うむ、次のミッションについてだな、次は……西のケツアゴタウンで他のパーティーと合流だ、そこで馬車を手に入れて、4人ずつ交代出来るようになるのだ』
「それで、その合流すべきパーティーはどっちので?」
『魔法使いの人族の娘、それがリーダーをしているパーティーなのだが……未だに飲食店に入り浸っていて、ほとんど冒険を進めていないのだ、どうにかしてくれ』
「セラの方か……わかったっす、とにかくその町で合流して、引っ叩いて動かせますから」
『では頼んだ、こちらも引き続きもう少し頑張るよう伝えつつ、合流についても触れておくから』
セラのパーティーはその当人と、それからカレンにリリィ、そしてマーサの4人である。
肉だの野菜だの、スウィーツだのに現を抜かし、まともに冒険を進めていない姿は容易に想像出来るな。
ここは知能の低さに関して少し問題があったチームなのだが、合流出来るのであれば、こちらから働きかけて何とかすることも可能であろう。
ミラに向かって飛んで来る石と、それから俺やジェシカに投げ掛けられる死ねだの消えろだの不浄だの、あとは時折ルビアに向かって飛ぶ税金ドロボウだのといった言葉に対し、いちいち中指を立てつつ村を後にする。
目的の町まではおよそ半日程度の道程ということだが、その半日もこのゲーム世界においては数時間程度のこと。
まぁ、そこまで遠いのはこの世界に来て初めてなのだが、おそらく他のチームとうっかり合流してしまわないための配慮であるに違いない、本当に余計なことをしてくれる。
「ご主人様、今回はちょっと歩くみたいですけど、ご飯とかはどうするんでしょうか?」
「どうするって……本来はあの村で報酬とかお礼とか、そういう感じでや山盛り貰えたんだろうが、呪い装備のせいでそれがフイになったからな、どうしようもない」
「この世界にも『餓死』とかあるんですかね? もしあるとしたら普通にゲームオーバーだとは思いますが……」
「それはわからないが、まぁ普通に、どころか現実世界よりも速いペースで腹が減るのは確かだな、どこかで調達しておかないと……しかしどこでって話だよな、うん、これは困ったことだよ非常に……」
などと1人で喋っている暇ではない、本格的に腹が減ってきたし、それに伴って、こころなしかHPの方も減少してきたようなきがしないこともないのだ。
力を取り戻した現状であれば、その辺の敵から攻撃を受けてゲームオーバーになってしまうことなどないはずだが、空腹や、毒などの状態異常によって受けるダメージはそうもいかない。
既に文句を言い始めたルビアは、おそらくもう限界近くまでの空腹を感じているはずだし、俺にしても、そして忍耐力の高いミラやジェシカも、このまま飲まず喰わずで平気というわけではないのである。
何か、どうにかして食糧を確保しなくてはならないな、ついでにマップ上ではもうすぐ夕方になりそうな感じだし、何かを確保するのであれば今が最後のチャンスだ……
「あっ、勇者様、あの森のオブジェクト、中へ入ることが出来そうですよ」
「本当だ、そのまま突っ込めば、別の空間に接続されている感じだな……見ろ、『夜の森』ってメモ書きがしてある、配置する際に消し忘れたんだ」
「ということは、その森の中で狩りをしたり、採集する感じですか?」
「あぁ、あの腰蓑軍団みたいなライフスタイルになってしまうのは癪だが、背に腹は変えられないからな、ひとまず入って様子を見てみよう、もう時間的に何かするならここしかないからな」
『うぇ~いっ』
ということでオブジェクトに向かってまっすぐ歩き、空間を越えて内部へ突入していく。
今の俺達の力であれば、中に何があっても特に危険ということはないであろう、何があっても……いきなり敵に遭遇してしまったではないか。
入った瞬間に振り向いたのはケツアゴ……の盗賊団のような連中である、5匹のグループで、焚火を囲んで何やらやっているのだが、これはどう考えても料理をしている以外の何でもない。
そして食材の方は……横に、裁かれた鶏肉と豚肉、それから木の実やスパイスのようなものまで用意されていることが確認出来た。
これはアタリだ、この夜の森マップは、空腹に耐えかねた際に立ち寄り、こういうチンピラのようなケツアゴNPCから食糧を奪う、そして腹を満たすために用意されていたものなのであろう。
理不尽にもこんな世界に飛ばされてしまった俺達だが、ゲームである以上、さらなる理不尽でクリアすることが出来ない、途中で詰んでしまうというようなことにはならないのだ……
『おうおうっ、何だテメェらっ、俺達に何か用でもあるってのか?』
「お前等なんぞには用がない、俺達が見ているのはそっちの鶏肉とか豚肉とかだ、だから死ねっ!」
『ギャァァァッ!』
「やかましいですね、NPCの分際で悲鳴なんか上げないで下さい、夜だし、近所迷惑ですよっ!」
『ギョェェェッ!』
『だっ、ダメだ逃げろっ!』
「逃がさんっ! そっちもだっ!」
『ごぉえばっ!』
『ふんぎょべっ!』
「主殿、あとはリーダーらしいその比較的大きなケツアゴだけだっ」
『……ま、待ってくれ、情報をやるから待ってくれ』
「情報を? うむ、ちょっと待ってみようか、これはイベントフラグかも知れないぞ」
チンピラのケツアゴ共を順番に排除していくと、最後に残ったリーダーケツアゴが突如、何の脈略もなく『情報を提供する』などと言い出す。
もちろんこれは最初からそうなるようプログラムされていたことであり、このケツアゴが意思を持って、苦し紛れにそのようなことを言い出したのではないことだけは確実。
つまりここでは食糧調達だけでなく、『何らかの情報を得られる』というイベント……いや、本編とは関係のない隠しイベントか、その発生のトリガーとなる会話が出来たということだ。
で、おそらく急造のこの世界において、『サブイベント』などというものは用意されていないはず。
であれば、きっとここでの『情報』が、メインイベント、すなわち完全クリアへと向かう冒険に資する何かなのであろうと、そう予想出来る。
まぁ、ひとまずこのケツアゴの話を聞いて、その内容から色々と判断していくこととしよう、もちろん食事を摂りながらだ……




