888 館前
「このぉぉぉっ! どうして私よりも貴族然とした振る舞いをしているんだぁぁぁっ! 許さないぞぉぉぉっ!」
『ギョェェェェッ! もっとスマートに……消滅したかった……』
「フンッ、そんなことが許されるはずなかろう……ところでこの武器は……」
「うむ、ジェシカも元に戻ったか、しかも俺のサポートなしで」
「主殿、これは一体どういうことだ? どうして私達3人の力が戻ったのだ?」
「理由はわからんが、『やる気を出した(出させられた)』ことによって、何らかの条件をクリアしたのが原因ではないかと推測する、知らんけど」
「そうか、では私も、幽霊を片っ端から討伐してくるっ、ウォォォォッ!」
「おう、お気を付けて……で、残ったのは俺だけってことか……」
ミラ、ルビア、ジェシカと順に力を取り戻した俺のチーム、おそらくこれでこの墓地の、いやその先の『呪いの館』も容易にクリア出来てしまうはずである。
しかしどういうわけか、俺だけが本来の力を取り戻すことが出来ていない、恐怖に打ち勝つほどの強い怒り……というか、普段霊感が全くのゼロである俺は、そこまで恐怖を感じないため、常に鬱陶しい霊に対する怒りの方が勝っているのだが……
そうか、3人の幽霊に対する恐怖心は並大抵のものではなく、それに打ち勝った、それを上回った怒りというのはまた、通常では考えられないほどに大きなものであったのだ。
よってそれに応じた力が解放された、つまり元々現実世界で有していた力を抑圧していた、リミッターのようなものを破壊することに成功したのであろう。
しかしそもそも打ち勝つべき恐怖心が小さい俺は、ニート神が設定した強固なリミッターを破壊するほどの、『恐怖と怒りの競合』を作り出すことが出来ないのである。
これは『怒り単体』でもどうにかなることなのであろうか、怒りのみをもってのリミッター解除が可能であれば、それこそその辺の、ウザそうな幽霊の顔でも眺めていれば余裕だ。
だがこれまでの戦いの中でそれが起こっていないとなると……それではダメということなのだな。
まぁ、この場では無理であっても、ゲームというものの性質上、いずれ俺にもその機会が訪れるはず。
というかむしろ、主人公であるこの俺が最後に、満を持して力を解放して、強大な力を振るう。
それこそが主人公として相応しいアクションであり、そうならなければもう主人公とは呼べない。
ということでだ、ここは、というかこの先しばらくは、力を取り戻したミラ、ルビア、ジェシカの3人に、おんぶに抱っこで先へ進む、いや進ませて貰うこととしよう。
それに、どうせこのミッションをクリアしたぐらいのタイミングで、他の仲間達との合流も果たせるであろうし、最悪俺がこのままでも、力を抑圧されたままでもストーリーは進んで行くはずだ。
最後の最後で大活躍するべきである主人公の俺は、この序盤や中盤のストーリーにおいては、仲間に任せて楽をす……パワーを温存しておくという手がないこともない……
「ハァァァッ! 貴殿で最後だっ、成仏するが良いっ!」
『ギャァァァッ! お恨み申し上げるぅぅぅっ!』
「……ふっ、ミッションコンプリートだっ」
「怖かったですね、ほら、こんなに鳥肌が……」
「その感じはもう良いから、力を取り戻して良かったな、先へ進もう」
「ちょっと待って下さいよ勇者様、ほら、そこにお寺みたいなのがあります、きっとセーフゾーンなので休憩していきませんか?」
「う~む、まぁ、ほんの少しなら構わないか、どうせ次の館で最後だし、そこも今のパーティー力があれば楽勝だろうからな」
「これで役立たずは主殿だけになったわけか……」
「おう、何か言ったかジェシカ?」
「なっ、何でもない、本当だぞっ」
ということで、墓地の隣に自然な感じで設置されていた、寺の本堂のようなセーフゾーンへと向かう。
戦っていた3人のフリフリ衣装は汚れが付いた……というか汚れたようなエフェクトが生じているため、これも解消しないとならない。
で、本堂の中は板の間になっており、ここに布団&敷けば十分に寝られそうな雰囲気なのだが、それ以前に修行などをすることも出来そうな感じだ。
ここで座禅を組んで、煩悩を退散すれば、俺も本来の力を取り戻すことが可能なのかも知れない。
だが普通に面倒だし、もし上手くいかなかった場合には時間の無駄だ、今回はパスしておこう。
と、その前に、力は取り戻したものの、未だ幽霊に対する恐怖心が消えていない3人に、ここで修行させてはどうかといったところだな。
フリフリ衣装が綺麗になるまで、脱いでからおよそ30分以上は『洗う』のコマンドを選択する必要があるようだし、その時間を有効に活用することとしよう。
「おらっ、お前等座禅組んでそこへ並べ、修行だ修行、幽霊に対する恐怖心を払しょくする玉の修業をするぞ」
「ご主人様、座禅なんかよりも鞭で叩いて下さい、その方が効きます」
「私もそうして欲しいところだな」
「あ、じゃあそれでお願いします、情けない行動をお姉ちゃんに報告するのに代えたお仕置きも兼ねて」
「そうか、だが座禅は座禅で効きそうだからな、ぞのスタイルで、俺が後ろから鞭でビシバシやってやる、覚悟しろっ」
『へへーっ!』
3人には座禅を組ませ、俺はその後ろを『怖い和尚』のような感じで往復してやる。
時折適当に選んだ1人に対して、『喝』と称する鞭の一撃を加えるのがこの作業のポイントだ。
しかも予告した場所と違う場所を、例えば手に持った鞭で右の肩に触れ、叩く際には反対側を……ということをやるのもまた面白く、身構えていたのとは別のことが起こった際の反応はなかなかGOODである。
ついでにミラに対して予告をしつつ、実際に打ち付けるのは隣のルビア、そして場合によっては予告のみで、実際には誰にも『喝』を入れずに歩行を継続するなど、変化に富んだ行動を取るのもまた面白いのであった……
「……悪霊退散……カァァァッ!」
「ヒギィィィッ!」
「悲鳴を上げるな、修業が足らんっ、カァァァッ!」
「グッ……ありがとうございます」
「次はルビアに、と見せかけてミラにカァァァッ!」
「ひぐっ……いてててっ」
「無我の境地に達していれば鞭など痛くはない、そして幽霊も怖くはないのだ、カァァァッ!」
「ふぎゅっ……ありがとうございますっ」
なんという優越感であろうか、普段生意気なこの連中が、俺様の執り行う『修行』にたいして真摯に向き合い、感謝の言葉を述べているのだ。
まぁ、鞭で打たれて喜んでいるのはいつものこと、そのようなメンバーも誰とは言わず含まれているのだが、とにかくこの修業は俺にとってメリットしかないな。
次は前に回って、正面からおっぱいを鞭で打ち据えてやろう、その後も修行と称して色々と……いや、ここでフリフリ衣装の方が洗浄タイムを終えてしまったようだ。
残念ながら休憩を終え、次のマップへと歩を進める時間が来てしまったのである……と、最後にもう少しビシバシと、先程までビビっていた分のお仕置きも兼ねて打ち据えておこう。
座禅の状態から四つん這いに移行させ、座っていたため討つことが出来なかった3人の尻を真っ赤になるまでお仕置きし、満足したところですぐに着替えるよう命じた……
「ふうっ、なかなかフレッシュな状態になりましたね、修業のお陰で、何だか幽霊にも対抗出来そうな心持ちです」
「そうか、そいつは良かったぞ、じゃあこれからも頑張れよな、もしまたビビッて逃げたり、座り込んだりすることがあったらセラに報告するからな」
「わかっています、もう大丈夫……なはずですから……」
「イマイチ信用に値しない感じの返答ではあるな……」
他の2人も似たような感じなのだが、とにかく幽霊にビビるのはもうここまでにして頂きたい。
で、休憩を終えた俺達は、墓地の出口であり、館マップの入り口でもある場所へと向かった。
一歩踏み出せばマップが切り替わる、そうであることは十分にわかっているのだが……吸い込まれそうなぐらい黒い渦、その中に足を踏み入れない限り、その行動は成立しないような状態。
ここに向かって進んで行くのはかなり勇気が要りそうだな、本当に館のマップへ接続されるのか、またどこかわけのわからない亜空間に飛ばされてしまったりなどしないであろうか、実に不安である。
「さてと……先程やる気を出していた様子のミラさん、先頭に立って、このヤバそうな渦の向こうへ移動してみてくれないかね?」
「そそそそっ、そういうのは勇者様が……」
「いやいやいやいやっ、俺はまだ力を取り戻すことに成功していないんだよ、だからほら、移動した先で一撃喰らってENDとか、そういう可能性だってあるからね」
「大丈夫ですご主人様、私、もうある程度の状態からなら蘇生も出来るはずですから、安心してミンチになって下さいっ」
「ちょっ、いやっ、おかしいだろうっ!」
「まぁ、これで決まりだな、先遣隊は主殿1人で、よろしく頼む」
「……お前等絶対に呪ってやる、恨めしや~っ」
などと文句を言いつつも、3対1の状況で、しかも俺だけ激ヨワという状態で歯向かうことも出来ず、諦め、仕方なく渦の向こうへ足を踏み入れたのであった……
※※※
『……⁉ おいっ! 生者が侵入して来たぞっ!』
『殺せっ! ブチ殺して仲間にしてしまえっ!』
「え? ちょっと待ってお前等、何?」
『うるせぇっ! ぶっ飛べやゴラァァァ!』
「ギョェェェェッ!」
『あっ、しまった、渦の向こうに戻しちまったぜ、まぁ良いかあんな雑魚』
渦の向こうに顔を突っ込んで早々、付近を徘徊していたらしい強力な幽霊に遭遇してしまったではないか。
そして特に理由もなくぶっ飛ばされ、そのまま元の墓地マップへと飛んで戻った俺は、後ろの墓石に全身を強く打ち付けた。
「……と、いうことです、めっちゃ強いのが向こうに……めっちゃ沢山……めっちゃやべぇ奴等で……ガクッ」
「ちょっと勇者様、適当な説明だけ遺して死なないで下さいっ、ほらっ、復活してっ」
「あ、ちょっと貸して下さい、え~っと、このぐらいの魔法強度で……」
「ぎょげぇぇぇっ!」
「あら、強すぎましたか、失礼しました~」
「だがちゃんと蘇生したみたいだな、ルビア殿は完全に復調したと考えて良さそうだな、良かった良かった」
「グギギギッ、ち、ちっとも良くねぇ……」
過剰な回復を受け、危うく破裂してしまうところであったのだが、今の俺の力はその程度、現実世界でいうモブのチンピラ、モヒカン軍団などと同等であるということだ。
このままだと合流した際に、皆から馬鹿にされてしまうな、本来の力を取り戻すのは難しいことだが、少なくとも何か取り繕うことをしておかなくてはならない。
まぁ、ひとまず対幽霊専用の武器である白い剣を握り締めて立ち上がった俺は、態度を『上位者』のものとし、今度は3人に対して、先に渦へ飛び込むよう、そしてマップを切り替えるよう命令した。
と、どうやら誰が先に行くのかについて、激アツバトルであるじゃんけんで決するようだな。
最初に勝ち抜けたのはジェシカ、その後2人であいこが3回、その次で決まった勝負は……ルビアの負けだ、想定通りである……
「うぅっ、どうしていつもこういう目に遭うのでしょうか……」
「仕方ないな、やられそうな役回りはルビア、そして触手系の相手にはジェシカが、それぞれ抜擢されることが決まっているようなものなのだ」
「そんなっ、じゃあ主殿、もし今回『触手系の幽霊』が居たとしたら……と、渦の向こうから何か出て来たぞ、植物の……蔓? やけに透き通っているんだが……」
「いや、それはまさに触手霊だろ」
「そうなのか……あっ、足に絡み付いてっ、イヤァァァッ!」
「はい、いってらっしゃいませ」
「見ていないで助けてくれぇぇぇっ!」
「あ、もしかして私、助かったんでしょうか?」
「ルビアもとっとと行けっ」
「あ~れ~っ」
意味不明だが、どうやら『触手霊』なるものも存在したようである、多様性に富んだ幽霊、それが本来あるべき幽霊界の姿なのかも知れない。
で、その触手霊によってジェシカが攫われ、渦の向こうへと消えて行った、同時にホッとしていたルビアをドンッと押し、強制的に向こう側へ送ってやる。
あとはミラの腕をガシッと掴んで後ろから押し出すようにして、一緒にう渦の中へ入り込むのみ。
少し抵抗しようと試みたミラだが、グイグイと押してやると諦め、そのまま前へと進んだ。
さて、連れ去られたジェシカと、無理矢理送ってやったルビアの様子はどうなっていることであろうか……
※※※
「ひぃぃぃっ! たっ、助けてくれ主殿!」
「そうですよご主人様、ここの幽霊、ちょっと強いんですからっ」
「わかっているって、ミラ、ルビアのほうに加勢してやってくれ、杖での殴り攻撃じゃ限界があるからな」
「わかりました、ジェシカちゃんの方はどうしますか? 勇者様じゃあの触手は……」
「まぁ、この剣があれば大丈夫だろうよ、触手なら俺は襲われたりしないからな、地道に剪定してやろうじゃねぇか」
「気を付けて下さいね、勇者様がゲームオーバーになったら、きっと堰き止めていた恐怖が溢れ出しますから」
「うむ、わかっているさそんなこと」
俺がここに存在していること、強さはどうであれ、幽霊にビビッていない仲間が1人だけでも居るということは、ビビりである3人にとってかなり大きなこと。
つまり俺という存在はこの4人の精神的支柱としてのものであり、下手に戦って傷付き、ゲームオーバーになることが、最も忌避すべきことだというのがわかる。
蘇生まで出来てしまう完璧ルビアさんは戦闘中で、俺に構っているような暇など当然ないであろう。
ということは、弱いのに無理に戦わない、余計なことをしないのが取るべき行動ということだな。
目の前で触手霊に縛られ、吊るし上げられているジェシカは……どうしようか、とりあえず眺めておこうか……
「あっ、主殿、助けに来たのであれば早く助けてくれっ、このままだといつもの如く……クッ」
「おー、でも危ねぇからよ、ちょっとアレだ、他の2人が戻るまで待つんだ、結構苦戦しているみたいだがな」
「そんな悠長なことを、あっ……ほらっ、ちょっ、フリフリ衣装が溶かされ始めたぞっ」
「そりゃ霊とはいえ触手だからな、むしろ単純な生物である分、生前と同じ行動を取るんじゃなかろうか……というかさ、触手の霊って、触手なんぞ討伐していたのは、現実世界においては俺達ぐらいのものだったような……そう思わないか?」
「……というとこの触手霊は……もしやっ」
「因果ってやつだなきっと、その触手霊は俺達がどこかで討伐した触手の怨念が具現化したもの、そして触手と戦った際には、まず間違いなくジェシカが……まぁ、そういうことだ」
触手の出現、それはイコールでジェシカが酷い目に遭うことに繋がっている、そしてそれは今回もなのだが、その触手霊の元となった触手は、かつて俺達が討伐したのであろう触手のいずれかである可能性が極めて高い。
ジェシカもそれを理解したようで、二度目の凌辱をこれ以上受けまいと、必死になって抵抗し始めた。
なかなか面白い光景なのでそのまま眺めることを継続しよう、自力での脱出は無理であろうが、少しぐらいは反撃出来るはずだ。
「クッ、やめろっ、やめてくれぇぇぇっ! というか助けてくれぇぇぇっ!」
「ブヒヒヒッ、なかなかいい格好になったじゃねぇか、ほら、もっと頑張らないと身動きが取れなくなるぞ」
「ちょっ、主殿、どちらの味方なのだ一体? もうアレだぞ、その感じ、『触手マスターのキモい敵』だぞっ!」
「そういうこと言うもんじゃないよ、あ、ほら、向こうの戦いが大体決着したようだ……ミラは残ったのを追撃するのか……ルビアだけこっちへ来たな」
「ルビア殿、この陰湿な誰かさんの代わりに助けてくれっ」
「あ、は~いっ、ちょっと待って……と、どうしたんですかご主人様?」
「ちょっと座りたくなった、椅子になれ」
「へへーっ」
「このっ、そういう妨害をするとはっ、あっ、しまっ……ひぃぃぃっ!」
駆け付けたルビアはその場で四つん這いにさせ、俺が椅子として用いることとなった。
それに抗議していたジェシカは、うっかり抵抗を止めてしまい、触手によって雁字搦めにされてしまったのである。
装備していたフリフリ衣装は完全に溶けてなくなり、あとはもう表現することすら憚られる状況に……と、そこそこのダメージを受け始めたな、そろそろ救助してやらないと拙いことになるかも知れない。
と思ったところで、逃げ出した幽霊を追い回していたミラがこちらに合流する。
館の前、庭のような場所に居たものは全て討伐し終えたようだな、これで建物内部へと突入することが出来そうだ。
で、こちらの現状を改めて確認し、ひとつ大きな溜息を付いたミラは、触手霊に飛び掛かって一気にそれを斬り伏せる。
地面に落ち、消滅していく触手霊、これでこの触手も完全に世界から消え失せるのだが、栄養価の高いジェシカを狙う触手は、まだ現実世界にウヨウヨしていることを忘れてはならない……
「ふぅっ、どうにか助かった、助かったが……主殿のせいでまた素っ裸になってしまったぞ」
「俺のせいにするんじゃないよ、触手の霊のせいだろう? ほら、俺の上着を貸してやるから、それを羽織って我慢するんだ」
「これは……逆に変質者スコアが上昇してしまう服装のような……」
「大丈夫ですよジェシカちゃん、この先は館です、きっとタンスやその辺の宝箱の中に、少しぐらいは装備する防具があるはずですから」
「エッチな女戦士の防具が見つかると良いな、Tバックのやつ……と、それじゃあ動くぞっ」
椅子になっていたルビアの尻をビシッと鞭打ち、立ち上がらせて移動を開始する。
ここがこのミッション最後の場所、呪われた幽霊の館だ、さて、どのようなボスキャラが登場するのか……




