887 戻った
「ちょっ、すげぇなこれ、ほぼほぼ幽霊じゃんか、めっちゃ窮屈そうなんだが?」
『オォォォ……狭いよ……狭いよぉ~っ』
『恨めしや~っ、こんな狭小な墓地に押し込まれて恨めしや~っ』
『おいっ、その納骨堂は俺のスペースだぞっ』
『黙れっ、取ったもん勝ちなんだよ場所ってのはっ!』
「しかもめっちゃ喧嘩してるし、おい3人共……はもう気絶してんのか、相当堪えたんだなこの光景は」
墓地のマップに入るやいなや、大量に出現した幽霊と、それを見て失神してしまった恐がりの3人という、ふたつの問題を一気に抱えることとなってしまった。
もちろん3人の方は引き摺れば良いのだが、狭い墓地に押し込められ、さぞかし気が立っているであろう幽霊共に対して、どのようなアプローチをしていけば良いのかがわからない。
ひとまず手近な奴に話し掛けてみるか……いや、何をだ、幽霊とどんな話をすれば良いのかなど全くわからないではないか。
いきなり『良い死にっぷりですね』などと称賛したり、『生前のご職業は?』だの『死因と享年は?』だの、そのようなことを聞いたら失礼に値するのは確実。
そしてこの状況でその欠礼をやってのけたのであれば、十中八九キレて、しかもその対象だけでなく周りの幽霊も便乗して、一斉に襲い掛かってくるに違いない。
ということでまずは慎重に接近して……ダメだ、敵の数が多すぎて隠密行動など出来たものではないぞ。
もちろん速攻で発見され、『あっ、生者が紛れ込んでいるぞっ!』などと、ごくありがちな叫び声を上げられてしまった。
こうなったらもう戦う以外に選択肢はないな、早速複数対の幽霊がこちらへ向かってきているのだが、興味なさげな感じで動こうともしない奴が多いのは幸いなことだ。
『ウォォォッ! 呪い殺してやんよぉぉぉっ!』
「黙れボケ、悪霊退散の斬撃を喰らえっ!」
『ブギョォォォッ!』
『こっ、コイツめっ、対幽霊専用物質で出来た剣を持っているぞっ!』
『本当だっ、あの色と効果、間違いなく対幽霊専用物質だっ!』
「いや、この物質わりかしメジャーだったんだな、幽霊業界では……とにかく次を喰らえっ!」
『ギャァァァッ!』
取っては投げ、千切っては投げ、そんな感じで幽霊を撃退していく俺は、周囲を見渡していてあることに気が付いた。
動く、つまり立ち向かってくる幽霊は、もう最初から怒りを表明していた連中ばかりなのだ。
元々怒ったりせず、この狭苦しい状況においても文句を言わず、ただただ佇んでいただけの幽霊は、この戦闘への興味なしどころか、その他一切の事情に関与していない様子である。
しかしどうしてそのような幽霊が存在しているのか、ゲームの敵キャラとして連れて来たことに意味が見出せないし、もし飾りとして置いておくなら別にホンモノの幽霊でなくとも良かったはず。
ニート神の奴め、この『静かなる幽霊』を用いて何か企んでいるな、アッと驚くサプライズであって、かつ危険極まりないトラップでもある何かを、この後、立ち向かって来る気の立った幽霊を討伐し終えた後に控えさせているい違いない。
まぁ、ひとまずはこの幽霊による襲撃を切り抜けるのが先だな……といっても今戦っているのは本当に雑魚ばかりのようだ。
先程まで森で戦ってきた幽霊よりも遥かに弱い、生者でいえば粋がっているだけのチンピラといった感じの連中なのである……マップ上では先へ進んだのに、敵が弱くなるというのもまたおかしな話だな……
「オラァァァッ! っと、だいぶ減ってきたみたいだな、早く全滅しやがれこのカス共が」
『ふざけんじゃねぇぇぇっ! テメェオラッ、幽霊様舐めてんじゃねーぞおうっ、生者如き俺様の霊力を乗せた必殺のぱちゅべぽっ!』
「黙って死んどけ、じゃなかった消えとけこのゴミが……と、ジェシカ、目を覚ましたのか、改めて見ると凄まじい服装だな、結構良い歳なのに、幼女が着るような衣装だぞそれは」
「むっ……んんっ……あx、主殿か……幽霊は?」
「だいぶ減ったぞ、でもまぁ、まだそこそこ大量に居るがな」
「ひぃぃぃっ! ぜっ、全然減っていないではないかっ!」
「いやそんなことないだろう? 密度に関していえば相当下がったはずだぞ」
「いやいやいやいやっ! あの、ほら柳の木の下とかっ、そっちの墓石に張り付いているのとかっ、とにかく強力な、最も恐ろしいタイプの幽霊がまるで減っていないではないかっ!」
「恐ろしいって……あの大人しそうな連中がか?」
「そうに決まっているだろうっ! あぁ恐い恐い、もうダメだ、恐い……ちょっと座らせてくれ……」
何やら良くわからないことを言い、そのままへたり込んでしまったジェシカ、先程から俺が戦っている雑魚幽霊ではなく、まるで動こうとしないものを中心に見ていたようだが、奴等はそれほどまでに強力なのか?
まぁ、だがそのような幽霊が連れ込まれていることに、ニート神の思惑が働いているという先程の仮説が正しいのであれば、まず間違いなくジェシカの言うことが正しいのであろう。
その後しばらく戦って、どうにかこうにか1人で雑魚幽霊を除霊し切ることに成功した。
同時にミラとルビアも復活し、起き上がったうえでジェシカも一緒に巻き込んで固まっている。
さて、ここからの問題は残りの幽霊だ、墓地の奥にはその先、最後のマップである呪われた幽霊の館へ続くと思しき出口も存在しているのだが、そこは現状では閉じられている様子。
おそらくだが、この墓地マップの幽霊を全てどうにかしないと先へ進むことが出来ない、そういう感じの雰囲気だ……ひとまず残った、イマイチ動きを見せない幽霊に話し掛けてみよう……
「あの~っ、もしもし? ちょっと良いですか?」
『……あぁぁぁっ……あぁっ』
「いや何言ってんのお前? ちょっと、人間の言葉とかわかります?」
『……死ね、貴様も一緒に地獄へっ!』
「ギョェェェェッ! めっちゃ攻撃力あんじゃねぇかっ⁉ 何コレ? ちょっ、対幽霊専用武器でも全然喰らってないんだけどこの人」
突如として腕を伸ばし、攻撃してきた足のない幽霊、『ザ・幽霊』という感じのビジュアルなのだが、その強さはこれまでのものと比べ物にならない、強力無比という表現が似合う最強クラスの霊だ。
攻撃を対幽霊専用武器で受けた、つまり幽霊側はそれに触れているというのに、剣を持っていた俺の手に強烈な痛みが走ったのみで、向こうはケロッとしているのが現状。
おそらくボディーを斬ってもどうということはない、むしろ傷ひとつ付かないのであろう。
俺の力ではもうどうしようもない、というかこの武器でダメとは、一体どうなってしまっているのだ……
「ゆ……勇者様、勇者様の壊滅的な霊力だと……その……このクラスの幽霊には対抗出来ません、いくらその剣があっても、どう足掻いてもです」
「マジか、じゃあどうするんだよ……ジェシカ、お前が戦え」
「えぇぇぇっ⁉ どどどどっ、どうして私がそんな……」
「黙れっ、ほら武器を持って、はいもう俺には何も見えません、何も知りません、見えているのは叩く面積がデカいこのケツだけだっ!」
「きゃいんっ……わかった、わかったかから……うぅっ……」
どうにか立ち上がったジェシカ、もう何も見えない俺だが、ジェシカの視線によってその幽霊の場所はわかる。
元の位置から全く移動していないようだ、そしてカンッという音と共にジェシカに持たせた剣が弾かれる、攻撃してきたのだ。
体勢を立て直し、へっぴり腰で再び幽霊に対峙するジェシカ、なお、ミラは再び座り込んでしまい、ルビアはおかしな経を口ずさんでいる。
ジリジリと後退してくるジェシカの、先程着せたフリフリの衣装のスカートを捲り、ノーパン状態の尻をビシッと引っ叩いてやると、今度は少しずつ前へ……と、また攻撃されたようだ。
このままでは埒が明かないな、少し立て直しを図る……いや、抜本的な意識改革が必要だな……
「おいジェシカ、ちょっと下がれ、こっちへ、ここへ来い」
「わ、わかった、膝の上に腹這いになれば良いんだな?」
「そうだ、お前はお尻ペンペン100叩きの刑だ、ほらっ」
「う、うむ、あり難く受けさせて頂く」
「痛いから我慢しろよっ! それっ! どうだっ!」
「ひんっ、やっ、ひぃぃぃっ……もっとぶって下さい……」
「ダメだな、続きはあの幽霊を討伐……いや、他のもだ、このマップの強力な幽霊全部を討伐したら続きをするし、ご褒美として好きなだけ引っ叩いてやる、どうだ?」
「むっ、むむっ……少し、少しだけだがやる気が出てきたぞ」
「よろしい、で、ミラとルビア、お前等はどうする? もし頑張って戦うなら、この場でジェシカに続いてお仕置きだ、で、ビビったままなら……ミラはセラに、ルビアはシルビアさんに、今回の件をキッチリ報告させて貰う、どうだ?」
「がっ、頑張りますっ、お姉ちゃんに報告されるのはさすがに……」
「私もお母さんに言われるのはちょっと……」
「じゃあ立ち上がって戦え、幽霊にハイキックだの締め技だの、各々好きな攻撃をしてやるんだっ」
『わかりましたっ』
どうやらやる気を出した2人、ジェシカは既に先程の幽霊と互角以上の戦いを開始したようだし、ミラもルビアもそれぞれが、ターゲットに選定した幽霊の方を目指している様子。
と、先にルビアの方が幽霊に組み付いたようだ、ダメージを受け、力を失いつつある幽霊が、その姿を点滅させるようにして現している。
どうにか俺もその戦いの様子を見ることが出来ないものか、戦っているジェシカの妨害をするわけにはいかないので、下手に対幽霊専用武器に触れることは出来ないのだが……何か方法を模索してみよう。
ということで周囲を見渡してみる……1ヶ所、墓石の下がキラキラと輝いているではないか。
これは間違いなく隠しアイテムだ、通常であれば謎のメダルだの何だのぐらいしかゲット出来ないのだが、掘り当ててみる価値がないとは言えないな。
該当する場所の地面を掘ってみる……野良猫のフンを手に入れた、墓になんということをしやがるのだ、罰が当たっても知らないぞ。
いや、しかしこのゲーム内に、巻き込まれてしまった野良猫など居ようはずもない、ということは……さらに掘り進めると、なんと『霊視ヒゲメガネ』を手に入れた。
野良猫のフンが付着してはいないか心配であったが、まぁ、もしそうであったとしてもバーチャルの、ニート神が創り出しただけの嘘でフェイクな存在に違いない。
意を決してその(汚さそうな)ヒゲメガネを装備すると……幽霊の姿が……見えるには見える、見えないこともないという程度のものだ……
ぼんやりと、姿形が完全に見えているわけではないが、ルビアとジェシカは優勢に、そしてミラはかなり劣勢にあることまでは把握することが可能な状態となった。
助けに入るならミラだな、というかもうジェシカは勝利目前で、次のターゲットに目を移している状況だし。
そう思ってミラの方に走って行ったのだが……途中で別の幽霊と接触してしまった俺は、やむなくそれとの戦闘に移行した。
まずは幽霊のターン、ずっと数えていたものの、何度繰り返しても1枚足りなかった定額小為替を、宙に舞わせ、それが小さな人魂となるかたちで攻撃してきた。
紙切れなので良く燃える定額小為替、それが俺の下まで到達し、髪の毛や衣服を焦がす……
『ノォォォッ! やっぱり1枚……どころか3枚も4枚も足りなくなってしまったぁぁぁっ!』
「いやそりゃお前が燃やして投げたからだろうよ、あちちっ」
『口惜しや、これはマジで口惜しや、まさかこの時期に帳簿上の現金残高が、実際の有高と合致しなくなるとは、口惜しやぁぁぁっ!』
「なるほど、それは難儀なことだな、でもその事象、生前の話ですよね……」
どうやらこの霊、『確定申告時期になってようやく現金過不足が生じていることに気付き、その原因が定額小為替の紛失にあったところまでは気付いたものの、そのまま3月15日を通過して死亡した個人事業主の霊』であるようだ。
俺も異世界勇者とはいえ事業主なので、この幽霊の気持ちはわからないでもないが、そういえば今年の分の申告はいつどこでするのか。
まぁ、不在である以上そのようなことは出来ないし、あとで加算税だの何だのと言われても、元々納税するつもりはないと主張し、徴税職員に暴行を加えるなどしてその意思を表明すれば足りるであろう。
そのようなデタラメが可能であるのがこの世界の良いところだ……と、その世界に戻るためには、まずこのゲーム世界から脱出しなくてはならないのだな。
ということで、このかわいそうな例には実に申し訳ないのだが、ここは討伐し、先へ進ませて貰うこととしよう……
「喰らえっ、無申告勇者パァァァンチッ……フッ、貴様の怨念は滞納処分により差し押さえられ、地獄で競売に付されるであろう……うん、ちっとも効いてませんね……」
『幽霊を舐めるなぁぁぁっ!』
「ギョェェェェッ! 超喰らったんですけどぉぉぉっ!」
個人事業主の霊に敗北した俺は、そのまま苦戦していたミラの近くまで飛ばされてしまった。
そういえばあの剣を用いてもダメージさえ与えることが出来なかったクラスの怨霊だ、それに素手で挑もうなど愚の骨頂であったな。
まぁ、幽霊に対して無力な俺は、ひとまずミラに合流して戦うこととしよう、それが最善だし、それ以外に役立つ道はないように思える。
起き上がり、加勢すべく飛び出すと、ちょうどミラが吹っ飛ばされて来たため、まずはそれを受け止めてやった……
「大丈夫かミラ? 強いのかそいつは?」
「ちょっと、どういうわけか勝てません、怨念が強すぎるみたいでして……というか何の霊なんでしょうかコレ?」
「わからんな、そこまでクッキリ見えているわけではないのだが……ちょっと聞いてみよう」
「幽霊に話し掛けるんですか……あぁ恐ろしい……」
まともに戦うようにはなってくれたが、やはりビビッて入るらしいミラ、気合を入れ直すため、手に持った鞭でビシッと叩いて立ち上がらせる。
さて、相対する幽霊の様子だが……どうも内に秘めたる力を防御力に変え、それで攻撃を弾き返しているらしいな。
ジェシカと違って武器がない、つまり素手で勝負しているミラには少し荷が重いか。
で、ついでに言うとこの霊、頭に女物のパンツを被っているではないか……変態だ、変態の霊が強大な力を持ち、それをもってミラを圧倒しているのだ……
「おい幽霊、お前だよお前、何だよそのスタイルは? そのパンツ、どこでゲットして来たんだ?」
『これは……これは罠であった……新品未使用、憲兵が小生を捕獲するために用意した……そして宿舎の軒先に干した……あぁっ! せっかく美人女憲兵の下着が手に入ると思ったのに、こんなものを、こんなものを掴まされてしまうとは……』
「で、それに引っ掛かって捕まって、死刑に処されたのがお前ってことか? 馬鹿だな、お前とかもう下着ドロの中でもかなり低ランクだぞ」
「しかもそれで逆恨みして、怨念の塊となってこの世に留まるなんて……最低ですっ!」
『ブヒヒヒヒッ、最低とは誉め言葉、いや、ロリ系の顔立ちをした美少女に卑下される快感、そしてそれを圧倒する小生の力、実に愉快だ、もっと攻撃してくれっ!』
「きめぇ……っと、ミラ、お前やる気出したのか?」
「ええ、この霊はさすがに許せません、怖いですが……ちょっと頑張りますっ!」
会話してみて初めてわかった幽霊のキモさ、心霊現象耐性が皆無のミラも、このキモさには怒りの方が勝ってきたようだ。
そして次の瞬間、ミラの手の中に光が、そして反対側の手の甲にも同じく……これはミラ本来の武器、現実世界で用いている武器の片手剣と盾が、どういうわけか取り戻されたのである。
その次の一瞬で、既に動き出したミラ、素早さもいつも通り、斬撃のキレもいつも通り、そして攻撃力も可愛らしさもだ。
ズバッと引き裂かれ、小さな悲鳴と共に霧散する変態幽霊、圧倒的である、ミラだけが現実の力を取り戻した、そうとしか思えない現象であった。
「こ……これはどういうことでしょうか……」
「わからん、わからんが……何かの力で、というかおそらく怒りの力で恐怖を打ち破って、それがこのゲーム世界におけるステータスに作用して……」
「それで、抑圧されていた戦闘力が元に戻った……そういうことですね?」
「だと思う、つまりここからは……」
「ちょっと、全力で除霊して来ますっ!」
「頼んだ、ついでに残りの2人にも発破を掛けてくれ」
「わかりましたっ、ハァァァッ! とぉぉぉっ!」
本来の力を取り戻したミラは、そこからザックザクと、周辺の幽霊を連続して討伐していく。
恐怖よりも勝った何かがそうさせたのは間違いないし、それであれば残りの2人も同じように解放することが出来るはず。
既に複数体の幽霊を討伐していたジェシカも、2体目で思いの外手こずっているルビアも、ミラの変貌には気付いている様子。
これで何かに気付いてくれれば、そして自分も同じようにと思ってくれれば助かるのだが……まぁ、あのへっぴり腰では当分無理なことだな。
ひとまずこの場はミラに任せて、次はルビアの方をサポートしに行くこととしよう……
「よぉルビア、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですっ、この幽霊の方、ヘッドロックされているのに何だか喜んでいるみたいで……」
『ぐへへっ、おっぱいボイーンッの美女に締め上げられる快感……』
「コイツも変態の幽霊なのかよ……というかルビア、お前『M度』でこの幽霊に負けてないか?」
「そんなはずはありませんっ! そんなはずは……いえ、許せませんね、私以上にドMな存在は許しませんっ! ハァァァッ! とりゃぁぁぁっ!」
「あ、元に戻った……こんな感じで良いのか……」
本来の力を取り戻したルビア、一瞬で幽霊を捻り潰し、そして手には普段使いの杖が取り戻されている。
これで2人、あとはジェシカと、それから俺が力を取り戻せば、こんな世界のクリアなど容易なことなのだが……




