883 リスタート
『え~っと、次の敵はご存じ幽霊だ、しかもリアルな、ホンモノの幽霊を用意した手の込みようらしい』
『ヒギィィィッ!』
「って、モロに伝えてどうするんすか、あ~あ、ルビアはまた気絶しちゃって」
『すまない、幽霊が苦手だとは聞いたが、そこまで怖がりであったとは思わなかったのでな、それで、この先の行動なのだが……』
「いや、この阿鼻叫喚の状態で普通に話するんすかそれ」
『誰か1人でも聞いていてくれれば良いのでな、他への指示もあるし』
「・・・・・・・・・・」
1人で3パーティー、プラスひとつの不明なキャラクターに指示を出しており、忙しいのはわかるのだが、そんなに投げやりな感じでやって欲しくはないと感じた昼下がり。
ゲーム内の時間の進行は早く、このまま普通に過ごせば、それこそ夜遅くに宿屋へ入ったのと同じ感じで朝を迎えることであろう。
とりあえずエリナパパからの指示を受け、その朝の時間になったら出発することが出来るよう、作戦を立てたりしないとならないのだが……それどころではない様子だな。
で、エリナパパによると、まずは森の幽霊を躱しつつ先へ進んで墓地へ、そこでさらに強力な幽霊と対峙し、どうにかこうにかクリアして館へ。
そして館の一番奥に居るボスキャラ……ちなみにこれは普通の幽霊ではなく、この世界のオリジナルキャラ、つまりケツアゴ系の何かである可能性が高いとのことだ、それを討伐し、村へ報告するとのこと。
タイムリミットはこの村の家々が、そしてケツアゴNPCが、呪いによって全滅させられるまでの間。
ゲーム内での1日ごとに事件が起こり、それが全て進行してしまうまでということだ……
『それでだ、早ければ早いほどミッションコンプリートに対する報酬が大きく、もし失敗した場合には……全員の全ての装備が没収され、全裸でリスタートすることになるようだ、気を付けたまえ』
「気を付けたまえって、もうこの状況からどうしろってんですか? 普通に無理でしょ、ちょっとそこのクズ神に抗議して欲しいところなんすけど」
『それは難しい、ニート神はこの状況が楽しくて仕方ないようなのでな、ゲーム内の君達が全裸に剝かれ、そのスタイルでモブ敵と戦闘するのを見たくて仕方がないらしい』
「ホントにクズだなあの野郎……して、攻略法とかは?」
『攻略法か……曖昧だが、無理矢理にでも勇気を出させる、それが見えない者のやるべきことだ……などとの記載があるな、この攻略本には、もう意味不明の極みだがね』
「使えねぇ攻略本だな……まぁ、もうこっちで何とかしますわ」
たいした情報は得られなかったのだが、とにかく3つのエリアにリアル幽霊が放たれ、そこをこの恐がり3人組と、霊感皆無の俺で進んでいかなくてはならないということだけはわかった。
しかし、『無理矢理にでも勇気を出させる』というのは一体何なのであろうか? ここまで手の込んだことをやってきたニート神が、まさかここで適当などということはあるまい。
きっとそれには意味があり、その意味を理解して初めて、今回のミッションは先に進むのであろう。
逆に、その正解に辿り着かなければ、延々と同じ失敗を繰り返し、ゲームオーバーとなって全裸リスタートする始末となるのは確実だ。
ということでその内容を考えなくては、そう思ってブッ倒れた3人の顔を眺める……ミラは金銭的なインセンティブでどうにかなるのではなかろうか、ルビアにしても菓子を与えたり、ジェシカは……まぁ、賢くはあるが単純なので、調子付かせるのは簡単であろうな。
だが今回の敵は、この3人がこれまで長きに渡って克服出来なかった『心霊』なのだ、もしかすると『インセンティブ作戦』は効果を得ないかも知れない。
とはいえ思い付くのはこれぐらいのものだ、明日早速やってみるとして、夕食の前にそのことを伝えてやることとしよう……
「う~ん……んっ……あら、エリナちゃんのパパとの話は終わったんですか?」
「あぁ、とっくに終わったぞ、で……おい、ルビアもジェシカも起きろ、食事をしつつ話をしよう、明日以降のことだ」
「む~っ、もうちょっと寝ていても……」
「ダメに決まってんだろうがっ、オラッ!」
「ひゃいんっ! はいっ、起床しましたっ!」
「よろしい、ジェシカも起きろっ」
「きゃんっ……拳骨はやめてくれとあれほど……」
「あれ、ダメージが……まぁ良いや、とにかく起きろ」
気が付いた後も、いつまでもゴロゴロと転がっていた2人をリアルに叩き起こし、ゲーム内の夕食……ちなみにちゃんと味がするのは凄いのだが、とにかくそれを摂って体力を回復しつつ、次のミッションについての話を進める。
あまり目を合わせようとしない3人、明らかにビビッており、食事がまともに喉を通っていない様子だ。
ミラもジェシカもカタカタと小刻みに震えているし、ルビアに至ってはもはや現時点で泣きそうである。
もちろんここに留まるという選択肢がないことを十分に理解しており、明日は無理矢理にでも連れ出され、幽霊の森へと足を踏み入れるのが確定していることも察している様子。
「そっ、そそそそっ、それでご主人様……本当に行くつもりなんでしょうか……その……森とか何とかへ」
「当たり前だ、ミッションを先へ進めないとだからな、行かないという選択肢はないし、俺1人で行っても戦えないからな、明日は4人全員でその森へ、そして余裕があればその先の墓地だの呪いの館だのへも足を踏み入れるつもりだ、わかったか3人共」
『ひぃぃぃっ! むっ、無理にございますっ!』
「無理じゃない、無理じゃないが……もし恐い中頑張って行くというのであれば、それ相応の報酬に期待してくれて構わない」
『報酬など要りませんから行くのをやめましょうっ!』
「……マジかお前等、そんなにイヤなのか」
「フンッ、私はお断りだな、主殿が何と言おうと、そのような場所へは行かない」
「おいジェシカ、ヘタれといて何を偉そうにっ、このっ、尻叩きの刑だっ」
「ひゃぁぁぁっ! 痛いっ、主殿、そんなことをしたらダメージが……入っていない……普通に痛いのだがダメージはないぞ、ちょっ、もっとハードに叩いてくれっ」
「このっ! オラッ! どうだっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
確かにダメージを受けていないジェシカ、先程まで拳骨を食らわせたりしていたのだが、その際にはキッチリとダメージが入っていたのに。
というか、最初にルビア(森の魔物)と遭遇した際に、初手でカンチョーを喰らわせたのだが、その際にもダメージは十分に入っていた。
それがどうか、今ジェシカの尻を、これまでにないほどハードに引っ叩いているというのに、ここでは一切のダメージが入っていないのである。
もちろん痛いらしく、試しにズボンとパンツをズリッと下げてみると、ジェシカの尻は真っ赤に染まっていた。
つまり尻が叩けていないわけではないのだ、叩いてはいるものの、それによってはダメージが与えられていないということなのだ、そういえば先程の拳骨もダメージが入っていなかったな。
これまでの戦いの中で拳骨を食らわせたり、頬を抓ったときにはダメージが入っていたのに、これは一体どういうことなのであろうか。
とりあえず対照実験だな、このままジェシカに対して別の攻撃も仕掛けて、その結果ダメージが入るかどうかを確認するべきなのである……
「頭グリグリの刑を喰らえっ」
「あいたっ! いたたたっ、それはやめてくれっ、ほら、ダメージが……入っていないのだが……どうしてだろうか?」
「ご主人様、私も叩いてみて下さい」
「よし、じゃあ尻を出せ」
「お願いします……ひぎぃぃぃっ! きっくぅぅぅっ! 効くけど……ダメージは受けませんでしたね」
「どういうことなんでしょうね、これは……って、いたたたっ! どうして急に抓ったりするんですか勇者様はっ」
「ん? いやミラでも試しておかないとと思ってな、抓り甲斐のある良い脇腹であった」
「もうっ、でもこれでわかりましたね、先程までは普通にフレンドリーファイヤもあり得たのに、この何というか、今回のイベントが始まってから先、それがなくなったと」
「うむ、おそらくだが『無理矢理にでも勇気を出させる』というのは、引っ叩いてでも行動させろということだったってわけだな」
正直なところ俺は一切戦うことが出来ない、相手が幽霊である以上、霊感がないと触れるどころか見ることさえ叶わないのだから。
そうなると、俺は残りの3人、もちろん幽霊が見えており、それに恐怖して逃げ出そうとする情けない仲間を操る、ひたすら監督側に回ることが想定される。
で、インセンティブを提示するのは無意味であるとわかった以上、臆した場合の罰の方を充実させる必要があるということも、先程までの話し合いで判明しているのだ。
そしてこの『フレンドリーファイヤ無効』のイベントにおいては、やはり痛みを与えることで仲間を動かしていくこと、それが最も効率良く先へ進み、ミッションを完遂するための行動であるということが自ずとわかってきた……
「よしお前等、明日、というか明日以降は覚悟しておけよ、幽霊の出る森と墓地、それから呪われた館に突入して、最悪泊り込みだからな」
『ひぃぃぃっ!』
「ちなみに幽霊を見て逃げようとしたら尻叩き、おもらししたら尻叩き、文句を言う奴も泣き出す奴も、それから失神して現実から逃げようとする奴も、とにかく全員尻叩きだ、わかったか?」
『わかりましたっ』
「そっちの返事は良いのか……うむ、じゃあ明日に備えて早く寝よう、その森にちょうど夜頃に到着するよう、出発はなるべく早めだからな」
『う……うぇ~い……』
やる気があるのかないのか、とにかくビビッてはいる様子の3人は先に寝かせ、俺は明日以降のプランを考え……ダメだ、布団に入ったらすぐに眠くなってしまった……
※※※
「っと、森らしきものが見えてきたぞ、きっとあそこから中へ入るんだ」
「その重要なイベントのためのシンボルもハリボテなんですね、ここからでも2Dであることがわかりますよ」
「まぁ、中に入れば薄暗い森だし、この感じだとちょうど夜になるぐらいだな、とにかく急ごう、夜の方が良く出るってのは間違いないし、その方が討伐効率が良いからな」
まるで巨大なダンボールを緑色に塗り、それを立てただけのような森のシンボル……何だかマップがどんどん雑になっているような気がするのだが、そこには触れないでおくべきかも知れないな。
で、そのハリボテの森には入口らしき穴がポッカリと空いており、その中は確実に別の空間であって、こちら側からはその中の様子を窺い知ることが出来ない仕様であるようだ。
つまり、ここから中へ入らねば、幽霊を克服どころかストーリーが進まず、ずっとここで待機しているだけの、NPC同然の人生となってしまう。
しかもタイムアップと同時にゲームオーバー、セーブポイントから全裸リスタートとなってしまうため性質が悪い。
3人は青い顔をしているが、そうなりたくなければと脅してでも一歩を踏み出させて……と、別に引っ叩けば良いのか、非常に楽なことだな……
「うむ、じゃあ入るぞ、付いて来いっ」
「ひぃぃぃっ! やっぱり無理ですっ、私は退散してぐげっ……どうしてロープが……」
「3人共腰紐で繋がせて貰った、俺は特に攻撃などする必要がないからな、逃げ出したらこれを引っ張って……」
「ぐぇぇぇっ、ちょっ、引っ張りすぎですし、あっ、抱えられてっ」
「お仕置きだっ! 尻叩きを喰らえっ!」
「きゃいんっ、ひゃんっ、痛いっ、お許しをぉ~っ」
「……という感じだ、逃げ出すことは許さないが、うっかり逃走を図ろうとした場合にはこうなると心得よ」
「あの、こんなのって……むしろご褒美なんですが」
「そう思うなら思っていれば良い、どうせ中へ入ったらそれどころじゃなくなるんだからな」
「まぁ、それはそうだと思いますが……」
ということで出発、まずは俺が森の中へ……っと、中は完全に夜の光景だ、木々の隙間から見える空には星が輝き、BGMはフクロウなど、猛禽類の鳴き声である。
今のところ幽霊のような気配はない、というかあったとしても俺にはわからないので、ひとまず3人に繋がったロープを引っ張って中へ引き入れた。
ミラは目を瞑っており、ルビアは手で耳を塞いでいる、ジェシカはどういうわけか口を押さえているのだが、ミラ以外はそれに何の意味があるのかまるでわからない。
「オラッ、周囲を見渡して幽霊を探せ、居るんだろうどこかに、ルビア、どうなんだ?」
「えっと、近くには……ひぃぃぃっ! ご主人様の後ろに大量の霊がっ!」
「何だってっ? 叩き潰せっ、討伐するんだっ!」
「ひぃっ、えっ、えいっ!」
『・・・・・・・・・・』
「どうだ、やっつけたか?」
「き……消えました、全部……あ、経験値が入ったんでたぶん……」
「そうか、しかしビクビクしやがって、お仕置きを喰らえっ」
「きゃんっ、もっとお願いしますっ、あとご褒美としても追加して下さいっ」
「この変態めがっ! オラッ! どうだっ!」
「あうっ、お尻痛いっ、もっとっ……」
「ちょっちょちょちょっと、ひゃぁぁぁっ!」
「今度はジェシカか、どうしたんだ一体?」
「い、いいいいいっ、今の音でほら……大量のぉぉぉっ!」
「……そんなこと言われてもな、ぜんっぜん見えないんだからさ」
上空を指差して悲鳴を上げるジェシカ、ルビアもその場にへたり込んでしまった、そしてミラは目だけでなく、耳と口も塞いで完全防御の体勢を取っている。
どうやら上空に大量の幽霊が現れたようだな、生者である俺達がこのエリアに侵入したことを、ルビアの尻が叩かれる音で察知し、寄って来たのだ。
とはいえおれにはどうしようもないので、まずは……ミラをどうにかしよう、しゃがみ込んでいるところ申し訳ないが、襟首をガシッと掴んで立ち上がらせる。
同時に目や耳を塞いでいた手を無理矢理引き剥がし、そこに俺の装備していた物干し竿を持たせ、戦闘の準備をさせた。
強さ的には十分だし、物干し竿のリーチであれば、迫り来る幽霊に触れられることなく討伐していくことが可能だ。
とにかく振り回していれば良いのだし、やる方にとっても指示を出す方にとっても簡単なお仕事だな。
で、物干し竿を握ったミラは……暴れだしてしまったではないか、これはなかなか危ないぞ……
「わぁぁぁっ! 来るなっ! こっち来るなぁぁぁっ! いやぁぁぁっ!」
「ひっ、ひぃぃぃっ! わぁぁぁっ!」
「やぁぁぁんっ!」
「ちょっ、お前等暴れるのはやめてっ、クソッ、腰紐が絡まって俺がっ……おいっ、落ち着いてっ、ギョェェェッ! おっ、俺にはダメージが入るのか……ぐぇぇぇっ! ふんぎょぉぉぉっ! やめろぉぉぉっ!」
恐怖が伝播し、ミラに続いてジェシカが、そしてルビアも暴れだしてしまった、ちなみにジェシカは剣を持っているので、そこそこ強力な攻撃を四方八方に繰り出している。
で、ここで発覚した事実なのだが、喝を入れる側として存在している俺には、これまで同様フレンドリーファイアが可能、つまり殴られたり蹴られたり、剣で斬られたりすればダメージが入るのだ。
そのことについて仲間達に伝え、どうにか落ち着かせようとするのだが……ダメだ、もう見境が付いていない状態ではないか。
そして絡まった3人の腰紐によって、攻撃が繰り出される範囲はどんどん俺の周りに集中してきた。
時折誤ってヒットしていた流れ弾も、3回に1回、2回に1回と命中率を上げていき……
「ギャァァァッ! もうほとんど俺を攻撃してんじゃねぇかぁぁぁっ! やめろぉぉぉっ! やめっ……しまった、HPがなくなって……目の前が真っ暗に……」
意味不明なかたちでゲームオーバーを迎えてしまったらしい、ちなみに主人公であり喝を入れる係である俺が倒れると、他の仲間同士のフレンドリーファイアも解除されるらしい。
そのままパニック状態で殴り合い、結局全滅して、完全なゲームオーバーを迎えてしまったようだ……
※※※
「で、この状況について何か言っておきたいことは?」
『申し訳ありませんでした……』
「まぁ、俺の分の衣服だけは確保出来たから良いものの、武器も、その他のアイテムも全て失ったんだぞ、わかってんのか? どうすべきだと思う?」
「とりあえず私達は全裸で冒険しますので、まずは勇者様が使う武器を確保して下さい」
「俺が使うのはその辺で拾った木の枝だけで良い、どうせお前等を引っ叩く以外に用途はないんだからな、それよりも……さっきの討伐、かなり効率が悪かったと思うぞ」
「あおれはそうだ、物干し竿と剣では、いくら何でもキツすぎるぞ、私達の力はかなり制限されてしまっているし、幽霊に攻撃をヒットさせるための魔力もかなり少ない状態だ、ひと振りで1体倒せれば御の字だな」
「そうか……まぁ、いつもが楽勝すぎるだけなんだよな、これが普通なのか……いや、でもそういう感じの武器、絶対にどこかにあると思わないか?」
「そういう感じとは……専用武器ということか」
「その通りだ、幽霊退治専用の、3人が装備出来る専用武器があるはずだ、それをゲットしてからでないと厳しい、そんな感じのミッションなのかも知れない」
ゲーム上で時折見かけるイベント専用アイテム、場合によってはそれがなくても、ゲットしに行かなくとも力押しでクリア出来る場合があるが、その難易度にはかなりの差が出てしまうのが通常だ。
そしてそのアイテムのゲットなしでクリアに至らなかった、というかもう序盤で破綻し、早々にゲームオーバーとなった俺達には、どうにかしてその専用の何かをゲットしなくてはならない理由が出来た。
もう一度、今度はその情報に絞って収集することとしよう、そしてエリナパパにも、イマイチ使えない攻略本に何か書いていないのかなど、調べて報告して貰うこととしよう……




