882 呪いの元
『おはようございます、ゆうべはお楽しみでしたね』
「いや、私達は1人1部屋だったのだが……主殿、もしかしてそういうサービスを依頼していたのか、コッソリと……」
「しねぇよボケ、だいたいこの世界、どのNPCも揃ってケツアゴじゃねぇか、呼ばねぇよ絶対、全く、俺を何だと思っているんだ」
「ケツアゴ好きの変質者であててててっ! 抓るなっ、ダメージが入って……ひぎぃぃぃっ!」
『やぁ旅の人、ここへ泊まっていくかい?』
「いや結構です、いいえ、さようなら……よし、とりあえずこの村を出て先へ進もうか」
『うぇ~いっ!』
ジェシカを救出し、これでどうにか規定のパーティーメンバー数である4人が揃った俺達のチーム。
向かうべきは次の村、と、その前に最初の村で一泊したのだが、気が付いたら朝とかそういうことはなく、普通に一晩寝て過ごしたのであった。
まぁ、一晩といっても時間の流れがかなり早く、夕方に宿へ入り、そこから6時間程度でもう昼前の時間。
通常の2.5倍から3倍程度の速度で時間が経過しているようだな、元の世界に戻った際、時差ボケなどしないか心配だ。
で、宿屋からまっすぐ歩いて村を出た俺達は、どういうわけかジェシカの所持品の中にあったマップを広げ、次の村の位置を確認する。
隣の村とは思えないほどに、もうそれなら合併してしまえよと思うぐらいに近い距離であった。
これについては『ゲーム内』なので仕方ないし、むしろ余計な手間が省けるのはあり難いことだ。
早速北へ向けて歩き出し、たったの数十歩だけ進むと……いきなり敵が現れたではないか、遭遇率が高すぎやしないか? このまま行ったら、かなり近いと思われた次の村までどれだけの数の先戦闘をこなさなくてはならないのであろうか……
「ちょっ、ケツアゴの群れって何だよっ?」
「気持ち悪いですっ、ご主人様、早くやっつけて下さいよっ」
「そうは言ってもな、俺だってあんなキモいの、しかも群れだぞ群れ、近付きたくもねぇよっ」
「でも勇者様、武器を持っているのは勇者様と、それから……ジェシカちゃんは?」
「あっ、ジェシカの奴、逃げやがったぞっ、捕まえて生贄にしろっ!」
「ひぃぃぃっ、前に出すんじゃないっ、明らかに汚いだろうこの敵はっ!」
ジェシカは逃げ出した、しかし回りは(俺達によって)囲まれてしまった、ちなみに仲間割れをしている隙に、俺達全員がケツアゴの群れに囲まれてしまった。
もう逃げ出すことは出来ないうえに、ケツアゴの群れはそれぞれその自慢のケツアゴをこちらに向け、割れ目から謎の汁を飛ばしてくる。
非常に不快な攻撃だし、今の俺達ではこれを喰らったらひとたまりもない、溶けて死亡してゲームオーバーにされてしまいそうだ。
必死でその初撃を回避し、俺だけが靴にそのケツアゴ汁を喰らってダメージを受け、ついでに前に押し出されていたジェシカが、『悪徳領主の剣』を使ったカウンターで2匹、一刀の下に斬り伏せた。
その様子を見て怯むケツアゴの群れ、ろくな武器も持っていない雑魚パーティーの中で、1人だけ『剣』という、最初から武器として作成されたようなものを持っているとは思わなかったのであろう。
倒れたケツアゴは溶けて地面に吸収され、残ったケツアゴもかなり距離を取ってきた。
そこで俺は物干し竿を突き出し、手近な1体のケツアゴをブスッっと……倒したは良いが物干し竿が汚れてしまったではないか……
「げぇっ、汚ったねぇなこのケツアゴ」
「神が創り出した仮想の世界だと思っていましたが、こういうところはリアルなんですね、その辺の植物とかは杜撰なのに」
「拘る場所がおかしいんだよな、まぁ、そんなんだから延々就職も出来ず、ニート暮らしをしているんだろうが」
「とにかくご主人様、武器の汚れなんて気にしないで、頑張ってこのピンチを切り抜けて下さいっ、応援していますっ!」
「何か凄い他人事みたいなのが居るんだが……ルビアも戦えよなちょっとは」
「遠慮しておきますっ、、私、回復魔法使いなんでっ」
このメンバーで唯一の『後衛』であることを上手く使い、脂ギッシュなケツアゴとの直接的な戦闘を回避しようと試みるルビア。
まぁ、確かに武器ナシで、しかもハイキックなどではなく締め技で戦うタイプのルビアは、こんな気持ちの悪い奴等と戦いたくないのであろうな。
ミラも汁を飛ばしてくる不潔系ケツアゴとの戦いは難しいであろうし、ここは武器を持っている俺とジェシカで頑張っていくしかないということか。
ひとまずジェシカを前に、俺はその後ろから、物干し竿のリーチを活かした攻撃をしていく感じで戦う。
徐々に徐々に、ケツアゴの群れを削っていくのだが、その数はなかなかゼロにはなりそうもない。
ここで魔法を使うことが出来れば、こんな雑魚キャラなど一撃で複数体潰してしまい、もっと素早く、効率良く討伐することが可能だというのに。
残念ながらこのメンバーでは全体攻撃の類がまるで使えない、唯一の魔法使いが回復系であることがネックなのだ。
というか、セラにリリィ、ユリナと精霊様と、勇者パーティーには全体攻撃可能キャラが4人居るというのに、どうしてこのチームには誰も配属されていないのであろうか。
その分最前列の、敵の攻撃を受け流す役目のミラとジェシカが、2人共ここに入ってしまっている。
どうもバランスが悪すぎるのだが、ニート神の奴はどういう理由でこのメンバーを選定したのであろうか……
「そこっ、1体逃げて行くぞっ!」
「待てやオラァァァッ!」
『ギャァァァッ!』
「よしっ、これで討伐完了だ、ケツアゴの群れを殲滅したぞ、で、ドロップアイテムとかは……」
「ケツアゴの髪飾り、ケツアゴの骨片、それからレアアイテムのケツアゴリングですね、回復薬の類はまるで見当たりません。」
「ねぇ、そのケツアゴリングって何だよ?」
「わかりません、たぶん呪われたアイテムですけど、装備してみますか?」
「イヤだよそんなの、もうその辺に埋めとけよ汚らしい……」
このゲーム世界の中においては、どんな能力を用いたとしてもそのアイテムの中身を知ることが出来なかった。
まぁ、レベルが上がればどうにかなるように進歩するのかも知れないが、とのかく危険そうなので、今はそのケツアゴリングなる呪われしレアアイテムを装備するのはやめておこう。
で、それ以外にはケツアゴの骨片というのが武器になりそうだ……と、装備出来ないのか、これは店売りアイテムのようだな。
もしかすると、次の村へ行けば武器屋が存在し、そこでアイテムを換金、その受け取った金で武器を購入することが出来るのかも知れないし、一応回収しておこう。
もうひとつのアイテムであるケツアゴの髪飾りも、どうせ呪われていると思うので装備はせず、次の村で換金するためとしてゲットしておくべきだな……
「よし、じゃあこんなもんだろう、再スタートして……また敵かよ」
「しかも同じケツアゴの群れです、もっとこう、何というか、捻りがないんですかね?」
「文句を言っても仕方がないさ、とにかく倒して、換金アイテムを大量にゲットすんぞ」
『うぇ~いっ!』
先程よりも明らかに数が増えたケツアゴの群れ、だが戦い方も覚えたし、俺とジェシカの2人だけでも十分に対応が可能なようだ。
そしてそこへ勇気を出したミラも、蹴りを中心として攻撃に参加したためかなり強い。
ルビアは未だに後ろで見ているのだが、万が一のときに回復は出来る態勢であるため、特に文句は言わないでおこう。
そこから先も何度も何度も、同じケツアゴの群れと遭遇し、それを1匹残らず討伐していく。
基本のドロップアイテムである『ケツアゴの骨片』はかなりの数が集まったな、大漁といって良いであろう。
で、そんなドロップアイテムを抱えて歩いて行くと……何やら煙が立ち上る場所が見えたではないか……
「煙だぞ、もしかして村か?」
「あぁ、ようやく到着したようだな……だがアレは飯炊きの煙ではないぞ、何か事件が起っているに違いない」
「と言っても、燃えているのは1軒だけのようですね、あの程度であれば、王都とかでも日常的に起っている無差別大量放火殺人とかその程度の事件なんじゃないでしょうか?」
「その内容を『その程度』」で済ませられる世界が改めて恐いわ……まぁ、とにかく急いで行ってみよう、どうせイベントが発生しているんだからな」
などと言いながら走り出すも、結局そこから二度に渡ってケツアゴの群れの襲撃を受けてしまった。
さらに追加されたアイテムを回収し、俺達はようやく目的の村、その入り口のゲートへと辿り着く。
確かに燃えているのは1軒だけのようで、その周りに複数のNPCが集まっている以外、村内は平穏無事といった感じである。
ということで先にアイテムの換金からだ、そして武器の購入等、そちらを優先するだけの余裕は十分にありそうだ……
※※※
『いやいや、それを売ってしまうなんてとんでもない』
「馬鹿かお前は? こんなもんどう見ても換金アイテムだろうが、数も多いし、普通は買い取るだろうよ、まぁ二束三文だとは思うが」
『いやいや、それを売ってしまうなんてとんでもない』
「ブチ殺すぞテメェオイッ!」
「まぁキレるな主殿、しかしどうしてこのようなアイテムを買い取ってくれないのだ? これでは冒険を進めるための装備さえも整わないではないか……と、こっちのアイテムはどうだ?」
『まいどっ、じゃあケツアゴの髪飾りをひとつ売ってくれるんだね、はい、ゲーム内通貨(仮)5枚だよ』
「それは売れるのかよっ! しかもゲーム内通貨の単位ぐらい考えとけやあのボケェェェッ!」
明らかな換金アイテムは店売りすることが出来ず、本来装備すべきな感じのアイテム(ケツアゴの皮脂で呪われている)は普通に買い取ってくれるらしい。
その時点でもう意味がわからないのだが、この手元に残った謎のアイテム、『ケツアゴの骨片』の用途についてはさらに意味がわからないな。
とりあえず売れもしない、使えもしないアイテムはその辺に不法投棄して、最初の村よりも比較的大きく、NPCの数も多いと思しきこの場所での情報収集を始めよう。
まずは火事になり、完全に焼け跡と化した1軒の建物に接近してみる……どうやら燃えカスは建物だけでなく、何やら焼死体のようなものがあるようだ。
NPC連中は建物の焼け跡よりはむしろ、その焼死体の方を気にしている様子なのだが……なるほど、焼死体になってもなおケツアゴなのか、もはや骨格からして人間とは異なるのだがこのケツアゴ共は……
『やぁ旅の人、こんなときにこの第二ケツアゴ村(仮)へ来てしまうとは不運だね』
「いや村の名前も(仮)なのかよ、いい加減なゲームだなマジで」
「それよりも勇者様、次の人と話をしてみて下さい、これはイベントフラグが建った気がしますよ」
「おうそうだな、え~っと……まぁ、近い方から順番に話していこうか……」
隣のケツアゴへ、さらにその隣のケツアゴへ、服装は違えどほぼ同じ顔をしたケツアゴNPCに、順番に話し掛けていくと、その答えによって、ひとつの情報が形成される。
どうやらこの火事は単なる火事ではなく、『呪い』によって引き起こされたものであるらしいということ。
そしてこの『呪い』をどうにかしない限り、この村のケツアゴ共には順番に、確実に死に至る不幸が襲い掛かるのだという。
残っている家はおよそ20軒か、それが順番にやられ、内部のNPCも殺られていくとすると、それが全滅する前に、呪いの元を断ち切るのが今回のミッションということなのであろうな。
もう少し詳しい話を聞くべく、ここからは一度話し掛けたNPCにももう一度話し掛けていくこととしよう。
会話の内容が変わり、それがキッカケで話が先へ進んで行くのは良くあることだし、そうしないとまだ情報不足だ。
最悪の場合、ミッションコンプリートのための戦闘やその他冒険をこなしたものの、未だストーリーの進行フラグがキッチリ、最後まで建っておらず無効、もう一度この村で話をしてからやり直しなどということになりかねないのも、ここで慎重にならざるを得ないことの理由である……
『うむ、この村を襲った悲劇は、最初の1人が森へ、幽霊の森へ迷い込んでしまい、それがそこで死なずに帰還してしまったのが原因なんだ』
「ひぃぃぃっ! 勇者様、今この人……ではなくケツアゴ、幽霊とか……」
「言っていたな、幽霊の森だと、ミラは失神しなくて良いのか? あとの2人はもう真っ白になっているぞ」
「わ、私もこれ以上話は……聞けません……ガクッ」
「で、おい次のケツアゴ、何があったかもっと詳しく……と、コイツは関係ないのか、さっきと同じ台詞だぞ、じゃあ次のケツアゴに……」
棺桶、ではないのだが、とにかく気絶して動かなくなった3人を引き摺りつつ移動し、ケツアゴNPCから話を聞いていく。
幽霊の森という場所はここからさらに北、そしてその先にあるのは『心霊の墓地』、その墓地を抜けると、『呪いの館』なる廃墟が存在し、村に呪いを掛けた主はその館に潜伏している、超強力な幽霊の類なのだという。
しかしそれは困ったな、敵が幽霊ということが問題なのだ、後ろの3人は勇者パーティー内でも屈指の怖がり、そして俺は霊的センスゼロの心霊弱者、つまり霊が見えないか、怖すぎて対処不能か、そういう仲間だけで構成されたのがこのチームなのだ。
……いや、もしかしてニート神の奴、これを狙ったというのか? 俺達を貶めるため、あえてこのストーリーで、その内容につき最もダメな4人を集めて配置したと、そういうことなのではなかろうか。
これはエリナパパに聞いてみる他なさそうだな、他の3チーム、いや1チームは知らない誰かなのでどうでも良いのだが、最低でもセラと、それから精霊様のチームがどうなっているのかを確認しておきたい……
「エリナパパ、エリナパパ……は、繋がったか、ちょっと良いっすか?」
『どうしたんだ? 今ちょっとユリナとサリナの居る4人パーティーがピンチでな、そちらも……もうひとつもかなり危険な状態だな、そちらはどうなんだ?』
「どうもこうも、大ピンチっすよマジで、ほら、俺を除いて完全にダウン、あと俺自身ももう使い物にならない感じっすね、行き先がちょっとよろしくない感じなんで」
『そうか、やはりここで……狙われていたようだな……』
「というと?」
『実は、先程から水の精霊が率いるチーム、あとのメンバーはユリナとサリナ、それから人族の王女なんだが、どうもまやかしの富と権力を提供されて、それに溺れてしまったようで……』
「うむ、いかにもそれにやられそうな4人だ、で、もうひとつは……セラとカレン、リリィ、マーサの4人か、どうなっているっす?」
『それぞれ焼肉食べ放題が2人、サラダバー、ケーキバイキングの幻想にやられ、宿屋の布団でずっとそんな夢を見ているようだ、早くチェックアウトしないと延滞料金がヤバい』
「いやショボッ! 内容超ショボいじゃないすか、やられているのは皆同じだが、どうやら俺達が一番のピンチのようで……」
その後、エリナパパには何か攻略法がないかということ、主に3人の怖がりをどうにかする方法がないか探すよう依頼しておく。
ちなみにエリナパパの後ろから、寝転がっていると思しきニート神の楽しそうな声が聞こえてくる。
このゲーム内の幽霊は『全てホンモノ』だと、そこら中から搔き集め、俺達と同じようにこの中へ閉じ込めたのだと。
これは最悪の事態だな、もしゲーム内であれば俺が霊的センスを持ち合わせていたり、あからさまなニセモノの幽霊に残りの3人が奮起したりするかも、そう思っていたのだが、そうはいかないようだ。
現実世界と同じ幽霊、それがそのままこの先に待ち受けているというのであれば、それはもう普段と同じ。
全く見えない俺と、怯え、おもらしし、気絶する3人とでそれを討伐していかなくてはならないということである。
確実にこのままでは無理だな、かといってこの3人を今から鍛えるのは……というか、それはこれまでの冒険において何度も試み、失敗してきたことなのだ。
今更、たとえわけのわからない杜撰なゲームの中だとはいえ、一朝一夕でどうにかなるようなことではない……
「んっ……ん? ここは……どこだ? どうして私は気絶して……ミラ殿もルビア殿も、どうしたというんだ主殿、敗北したのか? 主人公だけHP1の状態でセーブポイントに飛ばされたのかっ?」
「まぁ落ち着くんだジェシカ、まだ敗北したり、ゲームオーバーになってりなどしていない、まだな」
「まだ? というのは……」
「とにかく色々と説明するから宿へ行こう、あとエリナパパからの指示も待たないとだしな」
「う~む、そういえば何か重大な話があって……何であったか、かなり衝撃的な……」
「いや今思い出すんじゃねぇ、ちゃんとそっちの2人を宿へ運んでから、そしておもらししないよう準備してから話すから、なっ?」
「う、うむ、ではそうしよう、宿はすぐそこのようだしな」
釈然としない、そんな様子のジェシカはミラを、そして俺はルビアを抱えて宿屋へと向かった。
宿屋で出迎えてくれたケツアゴNPCは、村の呪いのことなどまるで知らないかのような対応をする。
ここでいきなり幽霊だの何だのと言われれば、また気力を失ったジェシカを運ぶ必要が出てくるため、その対応は素直にあり難い。
で、4人では泊まることが可能な部屋を確保し、いよいよその説明をしていこうと思ったのだが、そこでエリナパパからの通信が入った。
ここは説明なども一緒にして貰うこととしよう、ミラとルビアもどうやら気が付いたようだし、ショッキングな事実は俺の口から、ストレートには言わない方が良いはず。
エリナパパの賢さであれば、少しは段階を踏んで、徐々にその内容を伝えてくれるはずだ……




