874 集団行進に向けて
「よしっ、じゃあ手分けして、ここから伸びている、というかこの巨大な何かに繋がっている線を、ひとつ残らず把握しておくんだ」
「勇者様、それを後から切断するんですよね? ここで切ったらダメなんですか?」
「ここで切っても今は意味がある、だがニート神に気付かれて、サッと修理されてしまうだろう、あの部屋から出もしないでな」
「なるほど、だから遠くの、あの部屋から出ないと手が届きそうもないような場所で断線させるんですわね」
「その通り、だがその際に打ち漏らしをしないよう、ここで『全ての線』を見ておかなくてはならない、そういうことなんだ、皆わかるな?」
『うぇ~いっ!』
わかったのやらわかっていないのやら、そんな感じの仲間も多くあるのだが、とにかく作戦を開始しよう。
端から端まで数百mはあろうかという巨大なバッテリー的装置、だがそこに繋がっている太いケーブルの数はかなり限定されているようだ。
そしてその伸びている方向には通路が存在し、俺達がやって来たものと同様、腰蓑軍団を使ってあのグルグル回すやつで『発電』をしている場所へと繋がっているのは明らかである。
もしかしたらこの通路を用いて仲間を放ち、適当な位置で断線させるのが有効かも知れないな。
それも1ヵ所ではなく複数ヵ所、もちろん後で、俺達がこの摩天楼の支配権を獲得した際にはつなぎなおせるようにしておかなくてはならないが。
まぁ、実際の作戦はともかく、今は全てのケーブルについて把握し、打ち漏らしてニートの汚部屋がノーダメージなどということがないようにしよう。
だが装置を周回すればかなりの距離、ここは効率を上げるため、とにかく手分けして、エリアごとに数えた分を集計していくのだ……
「ひとつ、ふたつ、みっつ……あれ? どこまで数えたかわからなくなっちゃいました……」
「フンッ、本当にカレンはダメだな、俺に任せろ、1、2、3、4……」
「5、4、3、2……」
「おいリリィ、横で違う数字を被せて邪魔するんじゃないっ、お仕置きされたいのか?」
「あっ、逃げろ~っ」
「全く、え~っと、4つまで数えたんだったな、で、どれを数えたのか……」
「もうっ、ご主人様もダメじゃないですか」
「いやこれはリリィの奴が邪魔しやがってだな、どれまで数えたか不明になったんだ」
「勇者様、カレンちゃん、ちゃんと数えられるように、カウントしたものには印とか付けておいて下さい」
「ミラお前天才かっ!?」
「凄すぎる、さすがです……」
ということで仕切り直し、俺とカレン、それから逃げてしまったリリィが担当したエリアでは、全部で13本のケーブルが発見された。
で、それを他のエリアのものと集計すると、合計では60本キッカリ、つまりそれだけの数、あのグルグル回すやつが存在し、そこで腰蓑軍団が奴隷のように働かされているということだ。
だが場所によっては、俺達がやって来た通路のようにケーブル1本の専用ではなく、比較的細いものが複数本、まとめて送られているようなものもある。
そういうものについては、おそらくその場で使われている腰蓑野郎の数も限定的、数人から十数人程度というような規模の小さい場所もあるはず。
そしておそらくその小規模なものが、万が一の攻撃等に備えて目立たない場所、主に地下などに隠蔽された『発電』のための施設だ。
地表からはわからない、もちろん腰蓑軍団から聞き出そうにも、奴等はその場所を知らない。
まさか俺達がこんな場所へまで侵入しているとは思わないニート神は、きっとその安心感の上に胡坐をかいているのであろう。
だがそんな余裕のニート生活もそろそろ終焉を迎える、ニート退治の秘策である『色々遮断』をやってのければ、奴は必ず様子を見に、面倒くさそうに部屋から出て来る。
あとはそこを奇襲し、殺害するだけだ、神を殺すのはかなりヤバいことなのかも知れないが、今回に関してはそれ以外の方法が見つからない、探す気もしないこと、あと非常にムカつくことなどを理由として、きっとセーフの判定を受けるはずだ。
まぁ、ニート神を殺すついでに、その馬鹿によって亜空間へと放り込まれたという女神も回収するわけだし、その点においても、今回の神討伐は正当なものであるといえる……と思う。
「よぉ~しっ、これで線の配置図が完成したわよ、人数を揃えてもう一度ここへ来れば、すぐに攻撃に移ることが出来るわ」
「相変わらず上手に描くなセラは、よしっ、じゃあこれを元にして作戦計画を練ろう、まずは……何と言っても頭数の確保だよな、むしろそれに尽きる」
「そうよね、腰蓑軍団はここへは来られないし……というか、腰蓑軍団にあのケツアゴマスクを被らせたらどうかしら?」
「おっ、そのアイデアはなかなかアリだな、おいケツアゴ刑事、そんな所に座っていないで、生かして置いて貰っているからには情報を提供しろ、どうなんだ今の話は?」
「ケツアゴマスクの一般配布についてか?」
「うむ、まぁ何となく間違って捉えているような気がするが、とにかく答えろ」
「ケツアゴマスクと腰蓑軍団……ダメだ、きっと大変なことになってしまう」
「どうしてだ? その理由につきまともな返答を得られなかったと判断した場合には殴るぞ」
「あぁ、ここのケツアゴーレムなんだが、様子を見ている限りでは『ケツアゴ=仲間』、そして『腰蓑の原始人=人族』、そしてそれ以外のものを『異物』として認識するようプログラムされているのだ」
「ほうほう、で?」
「もしそのケツアゴーレムが、『ケツアゴ』と『腰蓑の原始人』を同じ客体の中で同時に認識してしまったらどうなるか、きっとバグッて暴走するに違いない、ここのゴーレムはこの世界の他のゴーレムと違って、自分で考えて判断するようなことは出来ないからな」
「そういうことか……ちょっとキツいなそれは……」
ケツアゴ刑事の主張は実に信憑性が高い、腰蓑軍団の顔立ちはとてもケツアゴになるようなタイプではないし、普通にしていれば、ゴーレムがケツアゴと腰蓑を同時に認識することはないはず。
もちろんそのことを前提に造られたケツアゴーレムであるはずだ、おそらく腰蓑軍団がここへ連れて来られた後に、新開発して投入されたのであろう。
そのようなものであるのに、前提を覆すまさかの同時認識をやったらどうなるのかについては、まぁこちらの主張については実際のところどうなのかはわからないが、話の流れ的に暴走する、そして厄介な状況となるのは確かだ。
となると、問題であるのは『ケツアゴ腰蓑同時認識』として、もちろん『腰蓑』だけの単独認識だと、持ち場を離れれば直ちに殺されてしまうのがオチ。
ならばあの腰蓑軍団にはそのトレードマークである腰蓑を止めさせ、俺達のような一般的な服装にチェンジして貰う他ない。
もちろん俺が言っても聞いてくれないとは思うが、そこはまたおっぱいがボイーンッの仲間を活用したり、最悪の場合、魔鳥からの下命というかたちで強制することとしよう。
で、その際に生じる更なる問題は、一体あの原始人共にどのような格好をさせるのかということだ。
俺様のこの正当な服装(冒険者風)を、時代の流れについていけないというようなニュアンスで否定した連中だし、一般的なセンスのものを受け入れようとは決してしないであろう。
そんな連中に着せるとしたら、より原始人的な毛皮の何か、或いはもう全裸で行動させるなどしなくてはならない気がするのだが……腰蓑以外であれば何でも良いのか?
「おいケツアゴ刑事、もうひとつ答えろ、敵、というかケツアゴーレムだが、対象が腰蓑を装備していなければ、その時点で人間とはみなさないんだよな?」
「そう……そのはずだ、他の要素としては槍を持っているのかいないのかぐらいだが、作業中に槍を置いていても特に変化がないからな、きっと腰蓑単体だ、知らんけど」
「いや確証がないのかよ……まぁ良い、とにかくやってみるしかなさそうだなこりゃ」
「勇者様、とにかくあの腰蓑の方々の『それっぽさ』を取り払いましょう、可能な限りこっちのコレ、ケツアゴ刑事に近い姿に持っていくべきです」
「ん? あ、そうか、ケツアゴ刑事と同じ見た目にに改造すれば良いんだな、そうなれば正真正銘ケツアゴーレムだ、あんな非魔導式の目なんぞ簡単に誤魔化すことが出来るぞ」
「じゃあまずは60人の腰蓑軍団を調達して、それにケツアゴ刑事の格好をさせる、そんな感じの作戦ね」
「あぁ、取り急ぎケツアゴマスクとケツアゴ刑事服装セットを60セット、用意してからじゃないと始まらないな」
そこについては帰還後、短い休憩時間を堪能している腰蓑軍団の一部に手伝わせることとしよう。
そして今働かされている連中が交代でここを出た際に、次の連中から入れ替わりつつそれを手渡されるのだ。
これで作戦は決まった、あとはこれを実行に移すのみである……
※※※
「こっ、このマスクは……恐ろしくハイセンスだっ! 監視のゴーレムと同じじゃないかっ」
「すげぇ、このケツアゴ、ジャングルにおけるいかなる生物の威嚇行動よりも強気だぜ」
「あぁ、ジャングルに戻ったら、これは一族の戦士のユニフォームに加えよう」
「まさかこんなにカッコイイ仮面が存在しようとはな」
「俺、いつかあのケツアゴーレムになりたいと思っていたんだ、心の底でな」
「そうだな、奴等は監視としては鬱陶しかったし危険だったが、その姿は実にクールだった」
帰還後、早速の緊急事態である、なんと腰蓑軍団のセンスでは、このケツアゴマスクが最高の、これから大流行するであろうシロモノだと感じてしまうようだ。
この事案の終結後、そしてその後の冒険の完結後、『思い出巡り旅行』として例のジャングルを訪れることがあるかも知れない。
その際に、一歩足を踏み入れれば……このケツアゴマスクの腰蓑軍団が大量に跋扈している、もはや全てを台無しにする最悪の光景だな。
で、ケツアゴマスクがこの連中に受け入れられたのは非常に良いことなのだが、作戦に必要となるもうひとつの要素、腰蓑の排除についてはどうか……
「おうお前等、マスクのついでに原始人的な服装もやめるんだ、その腰蓑だよ腰蓑、それがあのケツアゴーレムから認識されて、人族として行動を制限させているんだ」
「えっ? これ我々の我々たる所以なんだけど……」
「だからどうしたってんだこの原始人め、ほれ、こっちのアレだ、ケツアゴ刑事が着ているいかにも私服POLICEらしいのを自分達でコピー生産して、全員……とまでは言わないが、とにかく着替えるんだよ」
「ちょっ、これとかどんだけ動き辛いんだよっ? 何でこんなに長いの? コート? 腰蓑の上から着ちゃダメなの?」
「ダメに決まってんだろこの馬鹿共、『コートの下は危うい感じの腰蓑でした』とか、どんな変質者だよ全く」
ケツアゴ刑事が装備しているのはくすんだ色の、いかにも使い古された感じのロングコート。
もしこれをババッと開いて、中から腰蓑上裸の原始人が出てきたらどうなるか、それこそ逮捕である。
で、想定通り俺と腰蓑軍団との交渉は決裂し、その後誘いを掛けるルビアにジェシカ、マリエルなどの攻撃も……と、サリナの誘惑に1人折れたようだ、このロリコン野郎めが。
で、結局大半は魔鳥によってその装備を強制され、まずは布切れからコートを作り出す作業に移る。
もちろん高品質の布など使わない、真冬なのに腰蓑一丁でウロウロしているこの連中には、分厚いロングコートの温かさなど無用なのだから。
「はい、ここをこう切って、こういう感じで縫っていくんですよ、わかります?」
「おぉっ、これが布というものか、本当に旧時代的なシロモノだな」
「あんなんでどうやって敵の攻撃から身を守るんだよ」
「全く、オシャレさの欠片もないな」
「あぁ、俺達のように腰蓑にワンポイントでドクロ付けるとか、そういうファッションを知らない連中の使うものだよな」
「ちょっと、真面目にやって下さい、勇者様とか精霊様に殺されても知りませんよ」
『う~いっ』
イマイチやる気が感じられない腰蓑軍団、本当に布で出来た服は時代錯誤で、流行の最先端は腰蓑だと思い込んでいるのか、哀れな連中め。
で、何やかんやとやり続け、ようやく60人分の「ケツアゴ成り切りセット」が完成する頃には、もう作業開始からまる1日が経過しようとしていた。
ここまでで一度政策に関わる作業員を丸ごと交代した、というか『発電』の方の仕事に出ないとならない関係で交代せざるを得なかったのも、作業効率を下げる原因のひとつであったのは明らか。
疲れ切った様子の腰蓑軍団、とにかく全員分、不備なく揃っているのかをチェックしている。
ちなみに今のところは誰も、完成した刑事用ロングコートを羽織ろうとはしない、そこまでダサいと思っているのか。
と、ここで暇潰しをしていたらしいミラが、腰蓑共の作ったものよりも5万倍は出来の良い、もう分厚くすれば店で売っても良いのではないかという出来栄えの刑事用ロングコートを、俺達の仲間の人数分持って来たではないか……
「どうですか勇者様、今ちょっと時間が空いたので5分で作りました」
「いや5分かよ、とんでもねぇ裁縫の実力だな、それで食っていけるんじゃね?」
「いえ、お金を使うのがイヤすぎて、材料仕入が出来ないので、もはや開業することさえ叶いません」
「そこはどうにかしろや……で、ちょっと見せてくれその刑事用ロングコート、これなら俺達も着られるな」
「ええ、これが勇者様のサイズですね、はいXL」
「うむ、ピッタリで凄く良い感じ……」
「ギャハハハッ! あの野郎、すげぇ変な格好になったぜっ」
「本当だっ、腰蓑を着用しないだけでなく、あんなダサいの良く着られるな」
「言ってやるな、美的センスがアレなんだよ奴は、しかし……」
『ホントに気持ちの悪い野郎だなっ!』
「テメェらマジでブチ殺すぞオラァァァ! てか終わったんなら早く出発の準備をしろやボケェェェッ! 死にてぇのかワレェェェッ!」
「げぇっ、そうだったぜ、これから交代する連中もこれを装備するのか、死んだ方がマシだな」
「てかその前に眠いぞ、ちょっと寝ておかないと、この後の作業中に倒れたらどうなることやら」
「そりゃ拙いな、邪魔な位置で転がっていると異物として片付けられそうだ」
渋々な感じでロングコートを装備しつつ、口々にこの後の作業について会話する腰蓑軍団共。
だが安心して欲しい、お前等はいつも通りの服装で、いつも通りの作業をするだけなのだ。
あの廊下にあった返事がないタイプの屍もそうであったが、腰蓑を装備し続けている限り、余程のことがなければ『異物扱い』されることはないはず。
まぁ、それでも過労で倒れればそのまま死に行くのが確定なのだが、それについてはもう自己責任で、弱い自分が悪かったと思って諦めて貰う他ない。
で、肝心なのは今ここに居る、これから交代で『発電』の場に赴く連中ではなく、今現在それに従事させられている腰蓑共。
そして本来はそこに行くべきではないものの、不足した頭数分を補填するための老人などなど。
とにかく実際にケーブルを切断しに行く者共こそが、今回のニート撲滅作戦の要なのである。
「うむ、ではここに居る作戦参加者にだけ、アホの主殿に代わって私から説明しておく」
『ウォォォッ!』
「おいコラ、アホとは何だアホとは、脇腹をこうギューッとするぞオラッ」
「あでででっ、それで、ケツアゴモドキとなった諸君には、まずこの摩天楼の中央、何か凄い装置がある場所へ移動して貰うっ!」
『エェェェッ⁉』
「おいおい大丈夫だお前等、マジで安心しろ、たまに死ぬだろうがそうそう死なない、たぶん生き残って帰って来る奴が居るのかも知れない、まぁ結果として生存者が居るとは限らないが、全員確実に死ぬなどとは言っていない、ほぼほぼ死ぬってだけのことだ、あ、ほぼほぼってのはおおよそ全員のことだぞ」
「主殿、ひと言の中でかなり内容が遷移しているのだが……もう余計なことは喋らない方が良いと思うぞ」
「うん、まぁ、そうする……」
そこからは大半の説明がジェシカが単独で、時折ミラやユリナ、サリナの助言を得て進められた。
ケーブルとはどのようなものか、どうやって切断するのかなど、真面目に話を聞いている連中からの質問が飛ぶ。
そういえばケーブルの切断方法について考えていなかったな、俺達は武器や魔法でどうにでもなるのだが、この連中の得物はわけのわからない打製石器を装着した槍のみだ。
しかもケーブルはこれまでのこの世界にあったもののように、単に魔力が通っているだけのような感じではない、ガチの送電線である。
余計なことをすれば事故、というか一発感電死の元だし、地下空間にて仲間が雷に打たれて死んだとなれば、それこそこの原始人共は恐れ戦き、以降の協力を拒むことは想像に難くない。
「う~ん、あ、じゃあ私の魔法を込めた石ね、これ投げると風の刃がビュビュビュッて、それで良いわよね? リリィちゃん、石を……1人2個として120個貸してちょうだい」
「はいっ、でも余分に渡すんで、余った分は私に下さい、攻撃用に使いますから」
「わかったわ、じゃあちょっと待ってて……」
ケーブル切断用の武器も確保し、それをロングコートのポケットに忍ばせておく。
施設の入り口では、前回やったようにタイミングを合わせたすれ違いを決める。
もちろん一度出た連中もその方法で中へ戻るのだが、人数が合わないため3人同時、5人同時と、慣れていく毎にその規模を増して、効率の良い侵入を心掛けたのであった。
で、作業を開始すべき者達は作業を、そして今まで働かされ疲れ切っている者達に、ケツアゴマスクとロングコートを配布しておく。
装備したらすぐに出発、フェイクケツアゴ軍団、集団行進の開始である、目指すは摩天楼の中央付近、あの巨大バッテリー的な何かのあるホールだ……




