870 施設で行われていること
「魔鳥様、我々がここへ来てまず驚いたのは、この巨大な都市の、あまりにも時代に乗り遅れた姿でしたじゃ」
「いやそれ槍持った原始人のジジィが言うか普通!?」
「黙れこの蛮族が、そのような流行に疎い服装をしよって、男ならもっとこう、腰蓑をじゃなっ」
『これこれ、話を逸らすでない、それで、確かに見慣れない風景ではあるが、この人族の都市のような場所はどのように遅れているというのだ?』
「ええ魔鳥様、まずは地面が硬いのですじゃよ、これでは転倒した際に怪我をしてしまうため、落ち葉や枯れ枝など、クッションになるものを敷き詰めるのがベストなのですじゃよ。それに建物がこんなに低い場所から積み重ねられて、本来は木の上に造らねばならぬものを、これでは下の階の者は、外敵などの襲来に対してあまりにも脆弱、よってここもイマドキのジャングル暮らしからは想像も出来ないほどの遅れっぷりで……」
『・・・・・・・・・・』
その後もつらつらと、いかにこの摩天楼が時代遅れなのか、ジャングルの民目線でアツく語ってくる腰蓑ジジィ、アツくなりすぎて口の横から泡を吹いている。
魔鳥も『遅れているのはお前等だ』ということを指摘したいようだが、さすがにこの状況で、自分達の方が遥かに進んでいるのだと信じている連中に対し、それを否定するような言葉を投げ掛けることは出来ない様子。
ここでこのジジィ、いや後ろに控えている原始人共にショックを与えてしまえば、以降の情報収集に支障を来すことを、俺様ほどではないにしても比較的知能の高い生物である魔鳥はわかっているようだ。
まぁ、ここはもう、このジジィの語りをしばらく聞いてやる以外に道はないのかも知れないな……
「……それでですじゃよ、我々は言ったんじゃ、謎めいた『仕事』をするのはもうこりごりじゃと、こんな何をしているのか、何の意味があるのかもわからない、単に皆で変なグルグル回すでっかいやつを動かして『発電』などということをするよりも、ジャングルに戻って最先端の狩猟生活をしたいと、最近は女衆も取られてしまったし、それも返してくれと、何度も言ったんですじゃっ、それなのに奴は、いや奴等はっ」
『む、今の話の中に、重要なポイントがいくつかあったようだが……まず発電とは何だ?』
「わかりませぬじゃ、とにかく変な装置を皆でグルグル、全く意味のない行動にしか思えませんですじゃよ、あの労力があれば、きっと1か月分程度の食糧ぐらいすぐに……」
「あ~っ、『発電』なら俺が知っているんだが……この世界にはあってはならない力を生み出そうとしてん名あのニート野郎……そうか、神界の神だから、色々な世界のことを知っていて……当然その中から便利なものを使おうとするよな……いや、これは保留しておいた方が良さそうだ」
ここで『発電』の仕組みについて、この連中や魔鳥、そして俺の後ろの仲間達……とりわけヤバそうなのはエリナパパだな、それらに対し、安易に喋って良いものなのかどうなのか、俺には判断が出来ない。
それはこの世界の『当たり前』を歪めてしまうことにはならないか? 確かに魔法の力でそれなりの暮らしをしているのだが、魔法に頼らない新たな力の原泉を、こんなところでアッサリ紹介してしまって良いはずがないのだ。
これについては女神の奴を亜空間とやらから引き摺り出した後に協議してみるべきだな、場合によってはこの原始人連中に、ここであった全てのことを忘れて貰う……いや、この連中ごと消えて貰うという決断が下されることとなるかも知れないな……
まぁ、物騒な話はさておき、俺の意図を酌んだ魔鳥が、話題を変えて腰蓑ジジィに質問を投げ掛ける。
今度は先程のジジィの言葉の中でもうひとつの引っ掛かる点、女衆を取られてしまったということについてだ。
確かにここへ集まったのはほぼ腰蓑野郎ばかりであって、遠巻きに眺めている女衆も、そこそこかそれ以上の高齢者、つまりババァばかりである。
原始人連中がシスコンバレーの内部で世代交代をしていたと考えれば、この男女比というのは明らかにおかしいし女がどこかへ行ってしまっているというのは火を見るよりも明らか。
前にもヨエー村の連中でそのようなことがあったのだが、やはりこういう『人間のコミュニティごとどうこうされた』という場合には、まず女が連れ去られてしまうということなのであろう。
で、腰蓑ジジィが魔調の問い掛けに答えたところによると、最初は普通にこの摩天楼で、家族ごとアパートのような所へ押し込まれて生活していたとのこと。
だが最初に連れて来られたときに子どもであった者と、第二世代以降については、なぜか女衆だけが『スクーリング』などの名目で集められ、次第に帰ることさえ少なくなってきたのだそうな……
「お陰さまで今の若い男衆は独身ばかりで、我が息子ももう45歳になりますが、相手が居らず、ハゲでゴリマッチョオヤジで童○という、あまり芳しくない属性ばかりを得てしまいましたのじゃ」
『うむ、それはもう無理だと思うとアドバイスしておこう、して、その人族の雌……女衆というのはどこへ集められているのだ?』
「わかりませんじゃ、あの堕落したニートが我々に告げるのは働けということだけ、自分は何もせず寝て食ってウ○コしているだけだというのに、それが本来あるべき人間の掟なのだと、搾取する側とされる側に分かれ、される側の者は永遠に、世代を経ても這い上がることが出来ないのだと、そう申しておるのですじゃ」
『ふむ、やはり人族というのは極めて低俗……いや、あれは神であったか、まぁ人の形を成している以上、人族と似たような生活様式、主義主張なのであろうが、もはやゴミとしか思えぬな』
「ええ、ですので我々は元の暮らしに、ジャングルに戻りたいと何度も、しかし奴は働けと、効率良く働き、利益を生み出せば休みをやろうと、そしてその休みを用いて、レジャーとして数日間だけの狩猟生活をせよと、もう意味不明なのですじゃよ」
結局『女衆』についての情報は得られず、長老以外、主に後ろに居る中のババァ共に話を聞いても、そのどこかへ行ってしまった若い女らの居場所は知らないという。
その後は単に長老の愚痴を聞かされるターンとなり、およそ文明社会に適合しているとは思えないこの連中が、無理矢理にこの摩天楼での生活を強いられている中で感じた苦痛について、意味もなく長々と述べられただけに終わった。
これではこの連中から話を聞いた意味がまるでない、せめてこの摩天楼の重要施設、この連中以外にどんな生物が存在しているのかなど、そういった有益な情報を得たいのだが……ここでの長話もそう安全とは言えない、場所を移し、どこかの施設内での対話に切り替えるべきだな。
だが俺が言ってもこの連中は反発するに違いない、ここはこういう属性の奴に最も人気がありそうな人物を立てよう、もちろん勇者パーティー最大、最強のおっぱいを持ち、賢さも高いジェシカを抜擢するのだが……
「あの、少し良いか、この場所ではいつあのニート神に発見され、攻撃を受けないとも限らない、よって場所を移動したいのだが、どこか良い場所はないか?」
「おぉっ、では我々も立ち寄ったことがない、この先にある夜になると何かガビガビに光るホテルという施設へ向かおうではないか」
「……すまないがそういうのではない、もっと公序良俗とかそういうものを意識した施設へ向かいたいのだが……さすがにあるだろう?」
「ふむ、ならばこちらも初挑戦なのじゃが、この先にあるハプニングバ……」
「殺すぞご老体、まともな施設へ案内しろと、そう言っているのだ私は」
「し、仕方ないのう……では向こうの暗がり……ではなく、我々が集会などの際に用いている施設へご案内しよう」
「最初からそうしてくれ……」
無駄にジェシカを誘い出そうとして失敗した腰蓑ジジィ、本当に哀れな奴だ、しかしこの摩天楼には様々な施設が存在しているのだな。
パッと見、というか明らかに人の気配がない建物ばかりで、一体この腰蓑軍団だけでどうやって維持しているのであろうかという疑問はあるのだが、それについてもハッキリさせておかないと拙そうだ。
で、ゾロゾロと徒歩で移動した先、しかもなぜか裏路地のような場所をどんどん進んで行った先にあったのは、スラム街のような場所にあるボロボロの……教会のような建物、もちろん木造である。
表向きは誰もいない、がらんとした近代の大都市であったのだが、1本裏へ入れば薄汚い、貧民窟のような場所となる……これも俺が転移前に居た世界では普通にあったことだな、住んでいた国ではそうそう見かけなかったのだが、諸外国においては当たり前の光景であったはず。
そんな歪んだ構造の摩天楼の中のこの場所で、腰蓑軍団の残りの連中はひっそりと、だが昼は強制的に働かされ、夜遅くに帰宅した後で、束の間の時間を過ごしているのであろう。
そして俺達の到着と同時に、ボロボロの家々からもはや働くことの出来ない、労働者としての価値を見出すことが出来ないような年寄り達が、きっと魔鳥の姿を確認したために違いないが、ワラワラと外に出て来た。
なにやら盛り上がっているが、今はこのまま先へ進もう、元々集まっていた比較的若く、体力のある連中を中心とした集団に、知識のありそうな年寄りを若干名加えたこのメンバーで、教会のような建物の中で対話をするのだ……
※※※
「しかし汚ったねぇ場所だな、おいルビア、そんな椅子に座るな、尻が汚れたらどうするんだ?」
「だって疲れたんですよもう、あ、本当に汚れてしまいましたね、凄い埃……ご主人様、思い切り叩いて払い落として下さい」
「仕方ない奴だな、オラッ!」
「ひぎゃんっ! きゃいんっ!」
「ほら2人共、遊んでないでこっち来なさい、普段から使っている場所は比較的綺麗……とも言えないけど、まぁ座れなくはないわ」
「ほら、ルビアのせいで怒られたじゃねぇか」
「ごめんなさ~い」
ひとまずひと塊となって、まずはこの摩天楼の全体図を用意させる、腰蓑ジジィ曰く、ジャングルの原始人達は広い外側のエリアで、バラバラに『収容』されているとのことだ。
きっと団結して反乱を起こすのを防ぐためなのであろうが、それ以外にも複数個所で『発電』をさせ、何かトラブルがあった際に摩天楼全体が機能を停止してしまうことを防止する、そんな狙いもありそうには見える。
で、もちろん中心部、あのニート神が居座っている部屋が収納されているのであろう、高い建物を中心としたエリアには、人族は入ることさえ許されていないとのこと。
ニート神に何か要望を伝える際には、あの部屋が顕現している状態で、下から話し掛ける感じでするらしい。
もちろん奴を怒らせれば、部屋そのものなのか奴がそうしているのかは不明だが、謎の閃光を発して周囲の者を焼き殺されてしまうため、対話は慎重に行っているようだが……
「ふむ、ふむふむ……この中央付近にある施設、これが実に気になるな、ここがその『発電』とやらを行っている場所で、ここから力を伝える線のようなもので……なるほどな」
「さすがはエリナのパパ、こんなマップだけでそういう仕組みまで予想するとは……となると重要なのはここ、この施設を叩けばもしかしたら……」
「でも勇者様、そこにはエネルギーが集められているんですよね? そんな場所を攻撃したら、何が起こるかわからないんじゃないですか?」
「う~ん、確かにそうだな、もしこのエネルギーが俺の想像しているものだとしたらそこまでではないのかも知れないが、念には念を入れて、攻撃箇所は別にすべきかもだな」
「それならこの力を伝える線のようなもの、これを断絶させて回っては如何か」
「なるほど、どこかにあるはずのバックアップも含めて、全ての線を切ってしまえば……あの摩天楼の中央部に『発電』で得たエネルギーが届かなくなるということ、つまりそれは……」
つまりそれは『ニートの倒し方』として最も有効なものである、この世界の人間からは考えられないかも知れないが、ニートというのは『発電』の力を常に用いており、それがないと生きていくことさえ出来ないのだ。
そして神であろうともそれは同じこと、引き篭もり汚い部屋で悠々自適に生活しているところへ、突如としてその部屋で使用している全てのエネルギーを断たれたらどうなるか。
きっとニート神は発狂して、場合によってはブチ切れて出て来るはず、そこを叩く……と、今回の敵はそれでも勝てるかどうか微妙なところなのだが、とにかくこちら側から手が出せる状態へ持ち込むにはもうそれ以外に方法がない。
もっとも、それまでには何か障害があり、下手をすると作戦失敗どころか逆に不利な状況へと追い込まれ、撤退を余儀なくされてしまう。
それにつき、こちらもキッチリとした作戦を立てて、もし失敗した場合にもリカバー出来るように、他の形であっても、とにかくこの摩天楼、シスコンバレーの攻略を続行出来るようにしておかなくてはならないな……
「よし、じゃあ早速やるべきは……『発電』がなされている施設を全て発見することだな、絶対に漏れがあってはいけないぞ、隠されているものも含めて全ての場所を把握するんだ」
「ご主人様、どうして全部じゃないとダメなんですか? その『発電』ってのがひとつぐらい残っていても、他のほとんどを潰せば勝ちだと思うんですけど」
「良いかカレン、相手は複数だが、これは人間の軍団じゃない、敵軍なら確かに、瓦解させてしまえばあとはもう落武者狩りでヒャッハーだ、しかしこれは違う」
「というと……どうしてですか?」
「奴等は単なる施設だからな、『発電』というのは人やモノではなく行為のことだ、それが意思を持っていない以上、たとえ他の仲間を全て失ったとしても、その最後のひとつでどうにかしようと、文句も言わずに頑張り続けるからな」
「へぇ~っ、『発電』って根性があるんですね、感心しました」
「うむ、『発電』の何たるかがわかっていないようだが大丈夫だ、カレンは普通に戦ってくれれば良い」
「わかりました~っ」
摩天楼の方々に点在している『発電施設』、マップ上に存在が記されているものだけでなく、それ以外の隠し施設も破壊しなくてはならない。
そうしないといつまで経ってもニート神の部屋は稼動したままで、奴は違和感を感じつつも、当たり前のように食っちゃ寝の生活を続けることであろう。
と、ここでエリナパパから提案が入り、ひとまず最寄の『発電施設』を見に行こうということが決定した。
まぁ、おそらくは『グルグル回すやつ』も俺の想像通りのものなのだが、念のため確認しておくことは必要そうだな……
※※※
『では、我は目立つゆえここで待機しておく、十分に気を付けて行って来るが良い』
「はい魔鳥様、行って参りますじゃ……とはいえ、我々が働かされている『施設』はすぐそこでしての、しかし元々ジャングルの民として上位に位置していた者が集められておる場所ですゆえ、他の場所よりは少し規模が大きいようですじゃ」
『ふむ、きっと上位者により強度の高い労働を課し、疲れ果てさせて反乱の意気を削ぎ落とそうという狙いかも知れぬな……まぁ良い、報告は後で聞こう、貴様等人族は無能にして矮小ゆえ、あまりハッキリとした内容には期待していないがな』
「へへーっ、畏まりましたでございますっ」
ナチュラルに人族をディスってくる魔鳥であるが、腰蓑原始人軍団はそのディスりを、さもそれが当たり前のように受け止めてしまっている。
まぁ確かにジャングルの中では人族など雑魚、鍛え上げたコミュニティ最強の戦士であっても、他の大型生物をタイマンで討ち果たすのは難しい程度の力しか有していなかったはずだ。
で、そんな魔鳥に見送られた俺達は、スラム街のような場所をしばらく歩き……何やら騒がしい、明らかに中で何かが動いている、そんな施設の前へと到達した。
この施設だけは表に、摩天楼の大通りに面しており、そのお陰でかなり綺麗に整備されているようだ。
窓の先にチラッと見える中の様子は……5人程度の腰蓑野郎が班になり、やはり奴隷が無駄に回さされているありがちな何かを、必死になって押している様子であった。
「うむ、では早速中へ……」
「あ、ちょっとお待ち下され悪魔の方、無関係の者が入るのは危険ですじゃよ」
「つまり……どういうことだ?」
「自分とは関係ない場所へ無断で行こうとしたり、居るべき場所から逃げ出そうとしたら、すぐに『謎の筒』を持った『鉄の人』が出て来て、あっという間に『蜂の巣』にされてしまうのですじゃ」
「鉄の人……蜂の巣……なるほどそういうことか、やけに人間、というか生物の気配がしない場所だなと思っていたんだが、ほとんどがその『鉄の人』、つまり警備用か何かのゴーレムだったんだな」
「ゴーレム? そんな魔力は感じませんわよ、何かの間違いじゃないんですの?」
「いや、そのゴーレムはきっと魔導じゃない、もっと別の、この世界では一般に用いられていない力で動いているに違いない」
「そしてそれは『発電』と関係がある、というよりもむしろ、その『発電』こそが、ゴーレムのエネルギーの原泉、そう言いたいのだな?」
「まぁ、そんなところです、で、そのゴーレムを倒してしまうと……また厄介なことになりそうっすね……」
屈指のハイテクさを誇るのであろうこの摩天楼だ、きっとその警備用のゴーレムも、何らかの形で中央との通信をしている状態に違いない。
ゆえに、下手なことをすればニート神の奴が飛んで来て、俺達はどうということはないにしても、この腰蓑軍団を皆殺しにしてしまうであろう。
それは魔鳥に対して申し訳ないな、ここは何か、そのゴーレム共を欺くための作戦を考え、施設内への侵入を成功させなくては……




