869 バレー
「お~いっ、見つけて来たわよ~っ」
「戻ったか、よし、ちょっとソレ汚いからその辺に置いてくれ」
「はいはい、じゃあここね、ドサッと」
「ひゅぶっ! ななななっ! なななぁぁぁっ! 何をする貴様! 我は王なるぞ、神なるぞっ!」
「いや首相じゃなかったのかよ、王だの神だの言っている引き篭もりニート野郎なら向こうだぞ、まぁ、アレはガチで神らしいがな」
「いやっ! 我が神だっ! 我が神だ我が神だ我が神だ我が神だ我が神だ我が神だぁぁぁっ!」
「もうダメかも知れんなコイツは……いや、サリナ、何かの術式で正気に戻せないか?」
「う~ん、さすがにここまで壊れていると……無理かもです」
「いや君達、それなら私に任せたまえ」
そう言って前へ進み出たエリナパパ、どちらかというと技術系などと主張しておきながら、実のところそこそこの攻撃魔法使いであることが判明しているこの男。
下手をすると、この貴重な情報源を物理的に壊してしまいそうだな、だが中身の方はもはや完全に壊れて使い物にならない状態なのだ、外側を多少破壊してでも、それで中身が元に戻るのであればそれで構わない。
で、エリナパパがどんな魔法を用いてこの薄汚い政治屋、ソーリー大臣を元に戻していくのかと眺めていると……魔法ではなく『クスリ』を用いるようだ。
おそらく独自に開発し、精製したものなのであろうが、小さな錠剤を粉にして、それをソーリーの臭そうな口に突っ込むエリナパパ……突如、ソーリーの目がギンッと見開いたではないか、そしてそのままフリーズしたのだが……
「えっと、それ大丈夫なんすか? てか何飲ませたんすかそのヤバそうなクスリは?」
「これは私が独自に開発したクスリで、適量を服用させれば、特に副作用もなく、無意識のうちに秘密を喋ってしまうものでな……昔はこれを定期的にエリナの食事に混ぜて、変な虫が付いていないかなど事細かにチェックしていたものだ」
「あんた最低だなマジで、で、いまこの馬鹿に飲ませた量はどうなんだ? かなり多かったように思えるのだが?」
「うむ、力を持った上級魔族における適量が1錠分で、雑魚の人族にはその1万分の1程度が……今飲ませたのが5錠分で……と、膨張してきたな、30分程度したらこの男は破裂して死亡するね、それまでに必要な情報を引き出さなくては」
「いやいやいやいやっ、だからもう発狂してんのにどうやって?」
「大丈夫だ、壊れていようとも聞かれたことにはちゃんと答える、試しにスリーサイズでも聞いてみると良い、きっと正確無比な答えが返ってくるはずだ」
「おっさんのスリーサイズなんか聞いてどうすんだよマジで……しかしそれなら……おいこの豚野郎、金持ちなんだから自宅にあるだろう、巨大金庫とかさ、それの鍵の番号を教えろ」
「自宅金庫の鍵の番号は……左53……右22……左90……最後に右67だ……」
「中身は?」
「脱税したり賄賂を受けて蓄えた金貨が50万枚程度、あとは金塊と宝飾品、総額で金貨10万枚程度」
「ほう、こりゃなかなかだな、ミラ、ちゃんとメモしたか?」
「バッチリです!」
何だか知らないが、この馬鹿な政治屋が蓄えた金品はあり難く頂いておこう、もちろん豪邸に住んでいるのであろうから、今後執り行われるであろう家宅捜索の際、その他の調度品なども適当に回収して金に換えよう。
で、余計なことを聞いているうちに、ソーリーのボディは更に膨らみ、先程までは多少むくんでいるような感じであったものが、今はまるで赤ん坊のような体型になってしまっている。
このままだと本題に入る前にタイムアップとなってしまいそうだな、もっとこの馬鹿の隠し財産の在り処を聞き出して、誰にも見つからないうちにコッソリ回収しておきたいところなのだが……まぁ、それは余った時間でやるとして、今は肝心のこの先へ進む方法を聞き出すべきだ……
「おいこのクソ野朗、次はこの……何だ? とにかく谷の底の摩天楼だ、安全に中へ入って行くための方法を教えろ、知らないとは言わせないからなっ」
「谷の……摩天楼、知らない、谷の摩天楼などという場所は知らない、知らないことには答えられない」
「はぁっ? あ、何か一気に膨らみやがった、どういうことだこりゃ?」
「うむ、本当に知らないことを聞かれて、かなり負荷が掛かったのであろう、もっと正確に質問しないとならないようだ、例えばこの谷のハイテク都市の名前を調べて、それの入り方を聞く感じにするとかだな」
「なるほど町の名前っすか……いや、知らんぞそんなもん、リリィ、ちょっと下を見て、何かそういったものが書いてある看板等を見つけるんだ」
「はーいっ、えっと……あった、あそこの広い通りみたいなとこ、アーチみたいになって……『シスコンバレーへようこそ』って書いてありますっ」
「おうそうか……いや、どうなんだよその名前は……」
ハイテク都市といえば、俺がこの世界に来る前に住んでいた、それこそ汚い政治屋共が跋扈している薄汚い世界において、似たような名前の都市があったような気がしなくもない。
いや、あれはロリコンバレーであったか、違うな、確かスポーツの試合で勝ったら先生のおっぱいがどうのこうの……もうすっかり忘れてしまったな。
で、その『シスコンバレー』というのが、リリィが見たように大通りのアーチに書かれているのであればまず間違いなく都市の名称だ。
もしそれが間違いで、その何らかの名称についてソーリーの奴が何も知らないとなると……さらにボディの膨張が進み、今度こそ、大幅に時短されたタイムリミットを迎えて破裂してしまいかねない。
だがそのことについて協議しているような時間はない、今ある情報はそれのみ、そしてそれが正解であるとして、もう一度同じ質問をぶつけてみる以外に方法はないのである……
「おいこのクソ野朗、次はこの……『シスコンバレー』だ、安全に中へ入って行くための方法を教えろ、知らないとは言わせないからなっ」
「シスコンバレー、シスコンバレーへの入り方は……徒歩のみが認められている、馬を含む車両の持ち込みはご法度だ、バレたら死刑」
「交通手段じゃねぇよっ! 入るために必要な何かがあるだろう? それを教えろって言ってんだよこのダボがっ!」
「シスコンバレーに入るために必要な呪文、それは神に認められしソーリー大臣のみが唱えられる伝説の呪文、素人には扱えない」
「チッ、専用の呪文があんのか、厄介だな」
そんなものがあるということは、おそらく指摘された通り、何も対策をせずに侵入すればえらいことになっていたのであろう。
何せあの女神でさえも亜空間に放り込んでしまうような邪神だ、まぁ女神の奴は迂闊な点も多いため、隙を突かれれば簡単にやられてしまうとは思うのだが、それでもそこから脱出させないだけの力を有していると考えて良い。
で、そんなニート神が張った何らかの術式の展開される真っ只中へ入って行くための呪文、もちろんそれがないと安全もないのだが、唱えられるのはこの馬鹿のみということ。
そしておそらくニセモノの呪文をを用いてとか、ソーリー大臣自体のニセモノを仕立て上げてとか、そういった小細工は通用しないはずだ。
だがこのソーリーの命はもう残り僅か、ここで一発その呪文を唱えさせても、それだけで全員が中へ入り、そして事案の終了後に脱出することが出来るのか。
そこに不安が残っている以上、あまり余計なことは出来ないな、いつものように『まぁ何とかなるであろう』という考え方は、今回の敵には禁物であろうから……で、俺がそんなことを考えている間に、エリナパパは何をしようとしているのだ……
「あの、ちょっと、今度なんすかそれ、またやべぇクスリでも与えるんで?」
「いや、これは単なる超高品質魔導音声レコーダーだ、今開発した」
「なるほど、じゃあそれを使って……」
「うむ、こやつにその呪文とやらを喋らせておいて、それを録音して使うのだ、神をも欺く超高品質音声というキャッチコピーだから、きっとあのニートの神も騙すことが出来るのであろう」
「そういうことならすぐに、おい馬鹿、その呪文を唱えてシスコンバレーへの道を拓けっ」
「……シスコンバレーへ入る呪文……サイタサイタ、ハルノシスコニサクラサイタ、アトウ○コモーレタッ!」
「汚ったねぇ呪文だなしかし、そんなの唱えていて恥ずかしく……っと、何だ?」
「凄いですっ! 見て下さいご主人様ほらっ! 桜の花びらで道が出来ましたよ、谷の底まで繋がってますっ!」
「本当だ、さっきの呪文からは想像も出来ないような、ごく美しい光景ってやつだなこれは」
ソーリー大臣の唱えた薄汚い呪文、というかこの世界の連中はどれだけウ○コが好きなのだ? もう小学生の会話の頻度でウ○コウ○コ言っているような気がするのだが、改善しようとは思わないのか……
というのは女神に言うべきだな、きっと奴の知能の低さがこの世界全体の頭の悪さに影響しているのだ。
奴をどうにか更生させなければ、この世界に明るい未来は訪れないと考えた方が良さそうだな。
まぁ、どうせこれから例の部屋を切り裂いて、あの馬鹿ニート神を取り出してシバき倒すのだから、その際に女神のが入った亜空間もついでに見つけて回収しておこう。
そしてこれまでしばらくの間姿を見せず、そんな亜空間などに囚われていたことにつき、反省の弁を述べさせたうえで、それによって俺達が被った損害を、こちらの言い値で賠償させるのだ。
で、それはともかく、今の呪文によってとりあえず道は拓けた、そしてこの美しい桜の花びらで出来た、谷底へと繋がる通路が閉じてしまったとしても、エリナパパがそれを録音していたため問題はない。
これで帰りも安泰なはず、そしてその直後、膨張し続けることで生じた強い痛みによってなのか、ソーリー大臣の奴が自我を取り戻したようだ……
「あげっ、ががががっ、体が痛い、我は一体どうしたと……ここは……はっ、これはシスコンバレーへの入口、そして貴様等さっきの不埒者共……いでででっ」
「おい、無理すると死期を早めるだけだぞ、もっと安静にして、ゆっくり苦しみながら膨らんでいけ」
「膨らんで? 何をいてっ……この腕はっ!? 脚もっ、腹がぁぁぁっ!」
「いや腹は最初からそんな感じだったろうよ、食べすぎ飲みすぎでな」
「えぇぇぇっ! だって、そんな……はぎぃぃぃっ! 超いでぇよぉぉぉっ!」
もがけばもがくほどに、その膨張のペースを速めていくソーリー大臣のボディ、遂に目玉が飛び出してきて、服がバリッと破れ、そして最後に……皆がその瞬間を悟り、サッと回避した瞬間に破裂した。
しかも吹っ飛んだのは腹だけであり、内臓が飛び散りつつも圧が抜け、ソーリーはしばらく……いやまだ生存しているようだ。
顔がピクピクと動いているし、その表情は苦痛に満ちたものなのだが、これまでやってきたことに対する報いとして、その状態を真摯に受け止め、しばらくしたら地獄へ引っ越せば良い。
俺達はそんな死にかけの政治屋に構っている暇はないのだ、早くこの桜の道を通って……と、ここで俺達の後ろに魔鳥が舞い降りる、どうやら一緒に行きたいらしいな。
『我を連れて行け、この下に見えている人族、おそらく我が領地から連れ去られた者共と、その子孫か何かのようだ』
「そうか、じゃあ好きにしろ、しかし敵はかなりの奴、というかどこかの神だからな、それだけは忠告しておくぞ」
『フンッ、神とはいえ所詮は地を這う人の形を成した者、飛行タイプである我の恐れるところではないわ』
「いや神なら空ぐらい飛ぶと思うんだが……まぁ良いや、とりあえず先へ進もうぜ」
『うぇ~いっ!』
ということで未知の空間、『シスコンバレー』へと足を踏み入れた俺達、今回は神への挑戦だ、気合を入れて、細心の注意も払って先へ進まなくては……
※※※
「到着! ここがその何とかって場所ですか、建物が高いですねーっ」
「これは登ってみたいですねーっ、登って上からダイビングしたいですねーっ」
カレンとリリィの意味不明な実況をBGMにしつつ、とりあえず降り立った場所から歩き出す。
目標は谷の中央、最も高い尖塔の様なものが付いた巨大建造物である、あのニート神の部屋は底から分離したものであるに違いない。
で、しばらく進んだところで、突如として建物の影から出現したのは……原始人、槍を持った変なおっさんである。
先程米粒のように見えていた人族らしき連中のうちの1人であることは明白、そして敵意むき出しなのだが……ここで魔鳥の奴がスッと前へ出た。
『貴様……やはり我が領地から連れ去られた……子どもの人族であった気がしたのだが、確か族長のせがれで……』
「……⁉ こっ、これは魔鳥様、どうしてこのような所へっ? てかへへーっ! 攻撃しようとしてすみませんっしたっ!」
『良い、下等生物とはいえ我がここへ来たのは突然、無理もないことだ……しかし連れ去られた人族はこんな場所へ移されていたというのか……』
「そっ、そうなんですよっ、何か知らない政治屋? とかボランティア? みたいな胡散臭いのが俺達を変な人だらけの場所へ無理矢理連れて来て、それからすぐにここで働くようにと、変な神だか何だかのための安っすい労働力として……ところでその後ろに居る古臭い服装の連中は何者でしょうか? 原始人?」
「いや原始人はお前だろっ!」
わけのわからないことを言う槍を持ったおっさん、魔鳥の支配エリアから連れ去られた際には子どもであったようだが、ここまでおっさん化してもなお、魔鳥のことは覚えていたようだ。
で、ソーリー大臣がこのおっさんを含む人族を攫ったのは、ジャングルで暮らさせるのが人権侵害に値するから町へ……というのは当然建前で、反乱を起こしそうもない連中を発見したため、ニート神の下僕として献上するためであったということか。
もちろんソーリーの奴はその対価として何らかの報酬か、便宜を図って貰ったに違いない、奴め、私腹を肥やすために『人間のコミュニティ丸ごと』を好き放題してしまうとは、そんなことごく一般的な政治屋のやること……いや、奴は政治屋であったか、ならばそのような卑劣な真似をしていても全くおかしくはないな。
で、おそらくだがこの『シスコンバレー』の中に居る人間は、魔鳥の予想通り連れ去られた人間とその末裔ということである。
そしてこのことはこちらにとって実に都合の良いことだ、ひとまず人族を集めて、魔鳥の前に立たせれば、あの特に恩のないニート神と大恩あるこちらの魔鳥、どちらの言うことを聞くのかなど、わかり切ったことであるから……
「よしっ、じゃあそこの原始人、お前、ちょっとこのシスコンバレーの中の人族を搔き集めるんだ、良いな?」
「はぁ? 何で俺がお前のような奴に命令されないとならないんだよ、魔鳥様、コイツちょっとブチ殺してやっても良いでしょうか? どこぞの蛮族のようですが、あまりにも生意気すぎます」
『いやならぬ、というかたぶん無理だ、この連中、なぜか我と並ぶほどの恐るべき力を有していてな、それにここにはいらっしゃっていないのだが、我が崇めし伝説のハーピー様と共に行動している……ゆえに、この馬鹿そうなサルが言った先程の言葉、我が代わって口にすることとしよう、それで良いな?』
「へへーっ! 畏まりましたでございますっ! では早速スマホで他の者に連絡を」
「えっ、スマホ?」
「何だ、お前スマホ知らないとかどこの田舎もんだ? あ、原始人だったか、こりゃ失礼、今度打製石器の作り方とか教えてやるよ、で、スマホよ来いっ!」
『ムフフフッ! 呼んだか大将! ムフフフッ!』
「・・・・・・・・・・」
スマホを取り出すのではなく呼び出した原始人、そこへやって来たのは新たな槍を持ったおっさん、不気味な笑顔を浮かべてだ。
全くこれのどこがスマホなのだと、一瞬期待した俺が馬鹿であった……と、『スマイルホモサピエンス』か、きっとそうに違いない、そして間違いなく電話の類ではない。
で、その『スマホ』は用件を聞くと、普通に大声を上げながら、ダッシュでその辺を走り回るという行動に出たではないか。
アナログだが確かに効率的な方法、欲を言えばもう少し静かにして欲しかったとは思うのだが……まぁ、どこからともなくワラワラと、原始人共が集合して来たのでそれで良しとしよう。
で、しばらくして集まった人族は……50程度か、まだポツポツと合流しているのも居るし、シスコンバレーの中にはまだまだ居るのであろうが、ひとまずこの近辺ではこの程度ということだな……
『おい見ろ、魔鳥様が居られるぞっ』
『我等を助けに来たのかっ』
『やっと帰れる、ここまで長かった』
『またバナナの葉っぱでケツを拭けるぜっ』
『死んでしまったじい様の骨も持って帰ろう』
『しかしあの後ろの連中、特に若い野郎は何なんだ、悪魔じゃない方』
『しっ、きっとサルだよあれは、目を合わせたら襲ってくるかも』
好き放題言いやがる原始人共、まぁ良い、もうこんな反応にも慣れてしまったのである。
で、ここから必要になるのは……まずこのシスコンバレーについての情報を集めることだな。
これだけの数の人族、それも攫われて以降、ずっとこの地で暮らしていた連中なのだ。
知らないこともあるにはあると思うが、それでもある程度の知識は有しているに違いない。
リーダーは……最初の生意気な原始人のオヤジ、元々族長であって、今は長老とでも呼ばれていそうなジジィ、きっと最年長なのであろう、それが前に出て、魔鳥に対して深々と礼をする。
「魔鳥様、お久しぶりにございます、我等ジャングルの民、お迎えを心待ちにしておりましたぞ」
『うむ、早速報告をして貰おう、ここで暮らし、見知ったことを全てな』
『畏まりましてございます』
魔鳥の活躍、というかその存在によって、原始人共の協力を得ることに成功した俺達。
さてこの太古の昔から来たような連中は、このいかにもハイテクそうな都市で何を感じ、暮らしていたのか、それについて知るときだ……




