865 ロストした
「シュシュシュッ……こんにちは魔族の方、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ひっ、殺られ……てない? なっ、なななっ、何だ貴様は?」
「いえ、別に何でもございません、今この場で死にたくなかったら、黙って俺に付いて来て下さい、行った先で処刑しますから、それまでは生きながらえることが出来ますよ、どうしますか?」
「わかった、行くから殺さないでくれ……お願いだっ」
「うるせぇボケ、喋るんじゃねぇよこのハゲがっ」
「ハゲなどではない、生まれつきこういう髪型の種族なのだが」
「生まれつきハゲなだけじゃねぇか、良いからこっち来いこのハゲ!」
「ひぃぃぃっ」
まずは『実績』を作り上げるため、その辺ではぐれていた弱そうな上級魔族を捕らえ、連行して行く。
その先で待っているのは『ケイドロ』の『ドロ』を収容するようなエリア、看守はカレンである。
不満そうな表情で、俺が拉致してきた魔族共逃げ出さぬよう見張っているカレン、やる気はないが命令されたらそれに従う、実に犬らしい行動を……狼であったか……
「ご主人様、ちょっとダメですこの人達、弱そうで、戦うに値しないというか……」
「おう、そりゃすまんかったな、じゃあそこのお前、ちょっとアレだ、テレパシー的なので強い奴を呼べ、コッソリ、そいつだけに伝わるようにな」
「え? ちょっとその、そういうことが出来るかどうか……」
「出来るかどうかじゃねぇ、やるんだよっ、ほれ、さもないと殺すぞお前マジでっ!」
「ひぃぃぃっ! よっ、呼びますっ、何とかして来賓の中で一番偉い方、『大総務部長様』をお呼びしますっ!」
「おう、内線はガンガン使っていけ、良かったなカレン、ちょっとだけ強い奴が1匹来るぞ」
「100人ぐらい欲しいですあんなの……」
「無茶を言うな、大騒ぎになるぞ100匹なんて、1匹殺すだけで我慢しなさい」
「はーいっ」
ということで適当に選抜した魔族に対し、連中の中で最も強い1匹を呼ぶように命じる、ついでに第二位の強者もだ。
で、第三位の強者である、マーサが気になっていた1匹なのだが、奴についての対応はどうなったのか。
そしてマーサとどういう関係で、どうして見たことがあって覚えていたのかという点なのだが……
ここでマーサが帰還するらしい、トットットッと、小走りでこちらへ向かっている足音に、言及はせずともカレンの耳も反応していた。
そして見えてくるその姿、魔族のおっさんは殺害したのか、それとも正体を確認して、そのままスルーして戻って来たのか……と、後ろから何か付いて来ている……まさかのそのおっさんではないか……
「はーいっ、ただいまーっ」
「ただいまじゃねぇよ、何でそんなもん連れて来てんだよ? てか何だそのおっさんは……悪魔か、悪魔であって、しかも2人……じゃなくて1人の方にかなり似ているようだが……」
「あ、この人ね、エリナのパパだったわ、事務官で一番偉いから、毎日肖像画とか見てて覚えてたんだわきっと」
「やぁ、君が異世界勇者かね、いつも娘と、それから姪が世話になっているよ」
「とんでもねぇ奴連れて来やがったなマジで……で、どうすんのこの状況……」
マーサが連れて来たのはなんとエリナパパ、もちろんユリナとサリナからすれば親戚のおじさんである、で、当然に魔王軍幹部でもある。
ついでにこちらで身柄を押さえている雑魚が、どうやったか知らないがテレパシーのような、何か不思議な力で呼び出した上位者の魔族のこり2匹も、どうやらそれに応じてこちらへ向かっているようだ。
ここは海に面した港らしき場所の、倉庫らしきジメジメした建物の中であり、沸き立つ外の様子とはかけ離れているのだが……どうもこの場所に、今この近辺に存在している強者の全てが集結してしまう勢いだ……
いや、今はそんなことを考えている暇ではない、この悪魔、というかマーサが勝手に連れて来たエリナパパはまぁ仕方ないとして、その目の前で他の魔王軍幹部を……カレンは殺す気満々だな、このままだとヤバいことになりそうな感じだ。
とりあえずこのエリナパパはどうなのだ? 戦う、というか俺達に敵対する意思があるのかないのか、一見なさそうだが内に秘めているのか、それとも本当に争う気はないのか。
そしてもし今は戦う気がないとしても、目の前で仲間というか、おそらく上役に当たるのであろうが、それがブチ殺されたらどうか、イマイチ判断出来ない感じである。
ここは少し話の流れを止めて、このエリナパパと、それからもうすぐやって来るであろう魔王軍の上位者2匹と、話をしてみたり何だりということを試みるしかないようだ。
そして、まずは現時点で目の前に居るエリナパパと、じっくり腹を割って話をしてみよう……
「え~っと、カレン、もう2匹の魔族が来たら殺さずに待てよっ、ちょっと、ここでいきなり殺るのはアレだからな」
「えっ? そうなんですか? 何か爆発するとか……」
「そうじゃなくて状況的に……な?」
「……いや、もしかして来賓の最上位者2人のことを言っているのかね? こちらへ向かっている、いやだらしなく馬車に乗ったまま向かわせているようだが……やけにのんびりだ、イマイチやる気がないと見える」
「あ、まぁそうだけど、それがどうかした……しましたか?」
「彼等なら殺してくれて構わない、というか、そもそも魔王軍はもう……おっと、どこで誰が聞いているのかわからないからな、発言の方は慎重にせねばならないのだが……とにかく、我が一族はもう魔王軍の外に3人も出しているからね、このまま軍と一緒に……というようなことはないし、私もこの件を機に離脱しようか……っと、これはまた不適切発言であったな」
「いや……何言ってんすかあんた……高級幹部でしょ?」
「そうだが、いや、これから来る無能で、本来の力を隠すことさえ出来ていないような『アレら』よりは低い階級だが……まぁ、ここでその狼獣人の少女に『アレら』が殺されれば、今回派遣されている中ではトップとなるのか……うむ、これでいきなり辞任したりしたら副魔王の奴はどういう反応を……いや、それをやると魔王様と女副魔王の2人がかわいそうでもあるな……ここは当たり障りのない感じで、せめてあの2人には迷惑を掛けぬようフェードアウトするか……その方が退職金もありそうだし、我が一族のさらなる発展のためには、この私が『仕事バックレ』などするのは芳しくないと思われるし……」
「えっと、何1人で喋ってんすか、てか仕事バックレとか、バイトじゃないんだから無理っしょ、高級幹部でしょあんたっ!」
「ん? これは大変失礼した、で、何の話をしていたのか……などと言っている間に『アレら』、ではなく私よりも高級な方々がご到着あそばされたようだよ、表で派手なイベントを眺めていれば良いものをこんな裏側のジメジメした場所までやって来るとは、まぁ、この方が消し易いのではないかと思うがね……」
「うぉっ⁉ 急に魔力をっ!」
「ひゃんっ! いきなり凄い力!」
勝手に延々と喋り、しかも魔王軍において上役である2匹の上級魔族を……自ら消すつもりなのか、そんな感じの力を発揮し、当たり前のように『来賓の魔王軍幹部』の中で最大の力の持ち主に躍り出たエリナパパ。
今の話を聞いている感じ、どうもこの男は魔王軍に対して忠誠を誓っているというわけではないらしい。
というか見捨てる気満々、むしろ今この場で起こっていることを利用して、魔王軍に見切りを着けようとしているのは明らかだ。
もちろん魔王や、比較的、おそらくこの男よりは遥かに年下である女副魔王については、裏切ってしまうのがかわいそうだと、なるべく迷惑を掛けたくないと思っているようだが、それ以外の奴に付いてはどうでも良い、むしろ始末したいのであろう。
いや、確かにユリナやサリナをこちらに引き込んだ際にも言っていたな、魔王軍であれ人族側であれ、勝った方にあって、しかも活躍をしていればチャンスは無限大のようなことを。
この悪魔という連中、利己的などと表現してもし足りないぐらいには自分、いやこの場合自分の種族中心の考えの持ち主であり、その中でも年長者と思しきこのエリナパパは、ユリナ、サリナ、そしてエリナの3人が、魔王軍から外されてこちら、つまり勇者サイドに付かされていることを、非常に良いことだと考えているに違いない。
というか、これまではどちらの勝利にも備えた分散、つまり一族の中で二大勢力の両方に誰かが入り込んでいるという、まるで武家などがお家存続のためにやっていそうな状況につき、それで問題なかったのであろう。
だが現状、どう考えても魔王軍の側に『勝利』の目はない、『和解』であればワンチャンなのだが、少なくともその『和解』は、実質的に『降伏』とみなされてしまうようなものだ。
そんな状況下において、今まさに海面から姿を消そうとしているあの巨大戦艦ではないが、沈み行く船から逃げ出そうとする者が……このおっさん、エリナパパのことだな……
で、そんなエリナパパが力を解放したところへ、何事だと驚いた馬鹿そうな、しかし高級な衣服や装飾品をふんだんに身に着けた魔族が2匹、馬車から飛び出して来たのであった。
片方はデブだが魔力が強い、もう片方はムッキムキで、どちらかというと直接戦闘タイプのようだな、カレンが相手をすれば……それぞれ0.0005秒程度、いや2匹まとめて掛かって来て、その時間以内でこの世を去ることに違いない。
だがその2匹が見ているのはカレンではなく、無駄に力を解放したエリナパパの方であった……
「ななななっ? 貴様、おい貴様! 何をしているのだこんな所でっ?」
「そうだぞ、貴様は『人気のない場所で叫んだり、パワーを込めてみたり』ということをするような年齢ではなかろう、一体何が……げぇっ、ま、まさか異世界勇者⁉」
「うっす、異世界勇者だよ、すまない、いやすみませんがエリナパパ、この2匹、ウチの子が殺る約束なんで、お命貰っときます」
「そうか、では勇者パーティー初期メンの1人だという狼獣人の力、見せて……今まで居た2人はどこへ行ったのだ?」
「もう消えちゃいました、触らずに、隣をビュビュビュッと通って、その衝撃で消しました」
「え、今殺ったの?」
「もちろん今殺りました」
「あまりにも強すぎるではないか……ちなみにえっと、あぁ、ユリナの友人のマーサ君だったね、君は……もちろんあのぐらい強くなってしまっていると、恐ろしいな……」
「えっへんっ、私、素早さが凄いのっ」
威張って見せるマーサだが、威張られている側、つまりエリナパパにとってこれほど脅威を感じることはないはずだ。
この感じだとおそらくエリナも、そして姪であるユリナもサリナも、今はもう人知を超えた力の持ち主となっていてもおかしくはないためである。
いや、むしろ自分が情けなくなったのではないか、場合によっては自らの手で上位者を始末してしまおうと企み、隠していたという力まで解放したというのに、蓋を開けてみればこの結果だ。
エリナパパは自分が気付かない、感じ取ることさえ出来ない程度に高速で動き、2匹をこの世から、分子ひとつ残さずに消し去ったカレンに対し、何をしたのかについての説明を受けなくてはならない、その尋常ならざる力と、それの自らとの差を痛感してしまったのである……
「それで、エリナパパはこれからどうするんすか? ユリナとサリナはこの町へ来てるけど、エリナはまた別の場所に居るんですが……呼びます?」
「良い、私のエリナがどこに居るのかなど、この新開発の魔導デバイスを使えば一撃で……うむ、え~っ、個別にブロックされているようだな、何の不具合であろうか」
「単に嫌われてるだけっしょそれ……」
結局エリナの居場所を教えてやり、これでこの気まずい状況から脱することが出来るのであろうと思っていたのだが……エリナパパは一向に出発しようとしない。
何であろうか、魔王軍に提出する辞表、ないし退職届的なものの文案でも練っているのであろうか、いや違うな、そもそもまだこの大都市国家で用があるような、そんな印象である。
と、周りをキョロキョロと見渡しているエリナパパの視線が止まったのは……上空でコッソリと、これから拷問に掛けたうえで残虐処刑すべき、この大都市国家の政治屋、並びに生き残った西方新大陸系の犯罪組織構成員であった。
いや、別に処刑が趣味だというわけでもなかろうに、もしエリナパパがこの場に残るというのであれば、そんなことよりも先に連れて来ている他の魔王軍関係者を……と、それに関しては手遅れなのか、精霊様が上空から、手頃な奴を見つけ次第ごく小さな水の弾丸で殺害しているようだ。
ということできっとこのエリナパパ以外の魔族は全滅するのだが、それとあの人族のゴミ共と何の関係が……また話が長そうではあるのだが、考えてわかりそうなことでもないし、本人に直接聞いてみることとしよう……
「あの~っ、え~っと……空がどうかしたっすかね?」
「うむ、人族が救い出されているのだが……アレは勇者パーティー、水の大精霊か、あの救い出した中に秘密を知る者が居れば良いのだが……」
「秘密を知る者って何すか?」
「おや、勇者パーティーはこれを目的としていなかったのか、いや、ロストテクノロジーだよ、この地域の人族が再起動に成功したという、古の何とやらだ。私はそれを入手し、悪魔族の専用兵器とすること裏の目的として、この『新兵器お披露目イベント』への参加を希望したのだ。もっともあのわけのわからん、極めてローテクなゴミの船を見たときには失望したがね、やはりロストテクノロジーなど嘘であり、人族の力ではアヒルさんボートさえも満足に建造することが出来ないのかと。あんなもの、私が昔エリナのために造ってやったものの100分の1程度の大きさしか有していなかったうえに、あっという間に沈没してしまったではないか。私が造ってやって自宅前の湖に浮かべたアヒルさんボートなどな、未だに苔むした状態で現役稼働……と、それで遊ぶような者ももう居なくなってしまったのだがな、まさかエリナが実家を出てアパートで暮らしたいと言い出すとは、しかも仕送りした私の魔導手作り料理が受け取り拒否されて戻って来るとは、一体どこで何を間違えてそのようなことになってしまったというのだ……」
「いやもう最初から最後までほぼほぼ間違ってるし、あと話長いのもどうかと思いますよ、しかしロストテクノロジーか……そういえばその存在を忘れていたな」
無駄に長い話を聞かされる、その想定していた事態は見事に実現してしまったわけだが、あまり期待していなかった方、どうしてエリナパパがこの場に居座り、とっととどこかへ行かないのか、その原因について知ることが出来た。
なるほどロストテクノロジーの話か、そういえばエリナもそういう、『魔導何とやら(兵器・サイボーグ・ロボ・その他)』に対して深い執着を持っていたが、その直系尊属であれば、『ロストテクノロジー』にこの反応を示す、というかそのためにはるばるこんな地へと足を運んでもおかしくはなかろう。
そしてそんな話を聞いてしまった以上、俺もロストテクノロジーとやらの正体を知りたくなった。
これは俺達も少しこの地に留まり、それについて調べを進めるべきであろう、危険なものかも知れないしな。
それに、この地域、もはや実験を握りしめて離さなかった馬鹿共が既に消え、ないしこれから順次消えていくこの大都市国家において、『片付け』が必要なのはもう言うまでもない。
それについては紋々太郎と英雄パーティーの配下キャラ3人が中心となり、治安維持については……そもそもPOLICEの組織だけは残っているのだ、フォン警部補手動でそれを形骸化した状態から引き戻していけば良いであろう。
ということで俺もロストテクノロジー……の前に、集めて来ておいて放置状態であった、そしてこの状況に付いていくことが出来ず、混乱して立ち尽くしている魔族連中に行き先を教え……ではなく引導を渡してやろうではないか。
「おうお前等、お前等だよそこの魔族共、ちょっとそこ並べ、横にだ、グズグズすんな」
「こ、こういう感じか?」
「何なのだ貴様は……と、そういえばこれが異世界勇者」
「おいっ、もしかして今この場で首を獲ればどうなるか、わかるか?」
「あぁ、ワンチャンだな」
「あの狼獣人はヤバそうだし、あっちは元魔将のマーサだが……」
『勇者自体はたいしたことなさそうだもんなっ! ヒャッハーッ!』
「うぜぇよお前等、臭い息を吐いてないでサッサと死ね」
『ヒャーッ……あべろぼっ!』
古の人族はテクノロジーをロストし、今同じ地で、調子に乗っていた魔族の馬鹿は命をロストした。
ついでに、ロストしたテクノロジーを再発見した人族共は、これからその権限を俺達に譲渡し、その命をロストする運命にあるのだ。
いや、もちろん隣のエリナパパがそのロストした権利の取得を狙っているのだが……ここは勇者パーティーとして、正義の味方として、悪魔にそんなヤバそうなものを受け渡してしまうわけにはいかない。
ここはひとまず争わないようにするが、いざとなれば力だ、パワーで押して、エリナパパにそのロストテクノロジーの取得を諦めさせる、そうせざるを得ないな。
まぁ、場合によっては『エリナに権利を取得させる』という、何かと丸く収まりそうな方法を提案すれば良い。
このおっさんもエリナのパパである以上、それに反対したりはしないし、嫌われることを恐れて何も口を出せないはずだ。
もっとも、もう既にかなり嫌われているのは明白な事実なのだが……しばらくは共闘する可能性もあるし、余計なことは告げないでおく方が無難であろうな……




