863 動き出す
「……まぁ、少し待って欲しい、我々は確かにこの巨大戦艦をこのような形状に仕上げたのだが、これは設計図通りに作成した結果である」
「はぁっ? ふざけるのもたいがいにしろよこのヤク……なっ、なんという力なのだ、魔族である我を上回って……そんなことが……貴様一体何者だっ!?」
「……この公園作業場の『平社員』である、だがこの場で、この中央エリアでの作業に従事していたゆえ、全てを見て、知っているのだ、確かに設計図にはこの船の、この姿が描かれていたことを」
『オィィィッ! そこのゴミ野朗! 貴様雑魚キャラの分際で来賓の方と直接話しなんぞ……』
「黙れ人族、雑魚キャラは貴様だ」
『へっ? あれ……俺の足、臭い……』
ある程度の力を解放し、一番キレッキレで怒り狂っていた上級魔族の前に立つ紋々太郎。
さすがに魔王軍におけるそこそこの上位者だけあって、その強さ、この場にそんな人族が存在していることの異常性に気が付いたようだ。
で、強さなど推し量ることが出来ず、デブ責任者が落とした魔導拡声器を拾い上げた犯罪組織のモブ、いや多少は上位の雑魚か、とにかくその間に割って入るようにして紋々太郎を怒鳴りつけたところ……スパンッと首を落とされ、最後は自分の足の臭さと共に果てていった。
見たところその場で立ち上がった上級魔族と紋々太郎は……紋々太郎の方が遥かに強いようだな、だが他の上級魔族の中には、それと同格ないし上回っている奴も居る。
ここは俺が飛び出して行くべきか、いや、事故で消滅したとはいえ、一応『社員』としてのデータぐらい残してあるはずだ、それなのに生存していて、しかも顔を覚えている奴が居たらなお悪い。
しばらく様子を見るか、或いは下に居るセラが、独自の判断で動くのを待つか……いや、セラが動いてしまった場合、せっかく仲間にした美少女監視員を見失ってしまうな。
大規模な戦闘、いや魔族による一方的な蹂躙となれば、混乱の中で何が起るのかわからないし、セラは常に美少女監視員を守護する場所に居なくてはならないのである。
あとはフォン警部補だが、紋々太郎よりも弱い以上、迂闊なことは出来ないと自分でもわかっているはず、ここはもう独自の判断に委ねこちらはこちらで出来ることを探そう。
怒り狂った魔王軍の来賓による会場の破壊はひとまずナシとなったものの、そこからが膠着状態、巨大アヒルさん戦艦が、未使用のまま破壊される危機に瀕しているのは変わりない……
『え~っと、皆さん落ち着いて下さいっ! 我々の建造したこの美しい巨大戦艦、これに至らぬ部分があったのだとしたら、それについてご指摘下されば……』
『全部だ全部! こっちから渡した仕様書とまるで違うぞっ!』
『最初に作成した設計図とも違うっ!』
『さっきわけのわからんヤ○ザみたいな奴が言っていたのは全て嘘だっ!』
『責任はそこのデブに全てあるっ! お前だよお前!』
『サッサと腹切れこの体脂肪野郎がっ!』
『そ、そう言われましても……えっと、その……』
『待てっ! もうお前等うるさいから少し黙れっ!』
勝手に喧嘩を始めた、というかデブ責任者に全てを押し付けて逃げ出そうとした犯罪組織の上層部、そして政治屋の連中、やはり自分さえセーフならそれで良いようだ。
で、そのやかましい、単に罵声を浴びせているに過ぎない騒ぎに対し、紋々太郎と対峙しているのとは別の、それよりも強い上級魔族が立ち上がり、先程処分された雑魚の落とした魔導拡声器を拾い上げる。
たったひと言、『少し黙れ』の部分に魔力が乗っていたような気がするが、そのひと言の効果は凄まじく、会場内の馬鹿連中は一斉に喋るのをやめた。
というかまぁ、後ろの方で事態を見守っていた作業員、いや社員達は元々静かにイベントを見守り、もうすぐやって来るであろう自分が不用品として殺される瞬間を待っていたのだが……
『うむっ、静かになったようだな、とりあえずだ、こんな船はあり得ないっ! 魔王様にどう報告したら良いのか、それさえわからない状況だ……しかし、このビジュアルだからといって機能がアレだとはまだ言っておらぬ、ゆえに……そうだな貴様等、そこの貴様等だ、人族の分際で偉そうにしている暇があったら、この船に乗り込み、大海へと漕ぎ出でて見せよっ! 主砲もちゃんと発射してみろよ、良いな?』
『そっ、そんなっ、政治屋である我々が、そんな兵士の真似事などっ』
『ではこの場で死ぬか? 言っておくが、本日の魔王軍代表、その力を合わせれば、今この場でこの都市全体を消滅させることが出来るのだが……どうする?』
『いやぁ~っ、前から巨大戦艦には一度乗ってみたいと思っていたのだ』
『わ、わしもだっ! こんなチャンスは滅多にないからのっ』
『うむ、政治屋として新兵器のテストは必要な事項だよ、政治屋としてね』
『おっ、俺達も乗るぞ』
『あぁ、冗談じゃねぇが、こんな所で殺されるよりはマシだ』
『ひぃぃぃっ、死にたくねぇよぉ、あんな船、もう絶対ダメだろ』
『も、もしかしたら大丈夫かも知れねぇ、もしかしたら……』
変わり身の早い政治屋連中と、助かりたい気持ちを前面に押し出している犯罪組織の上層部連中、それぞれ反応は異なるものの、結局それぞれが『乗る』という決断をしたことに変わりはない。
で、魔族の連中に睨まれつつ、政治屋も犯罪屋もぞろぞろと立ち上がり、プルプルガタガタと震えながら、その奇抜なデザインの船へと向かって行く。
だがまず搭乗口がないではないか、確かに上の方は上手く書き換えたのだが、そういえばどうやって乗り込むかなど一切考えていなかった。
まぁ、そもそもベースがアヒルさんボートと、それからその辺にある12ft手漕ぎボートのハイブリットだからな、サイズさえ違わねば乗り込むのは容易であったはずなのだが……と、どうやら魔族から、壁にナイフを突き立てて上がるよう命じられたらしいな。
比較的痩せ型で若い犯罪組織の1匹が、ザクッ、ザクッという感じで2本のナイフを使い、壁に描かれた似顔絵を毀損しつつ登って行った。
もちろんその似顔絵の元になったのはその男の上司であり、この島国にやって来ている犯罪組織の実質トップであり、さらにはこの光景を後ろから見ているというのがまた面白い。
似顔絵とはいえ、巨大な自分の顔にナイフを刺され、そこを部下が通過していくのはどんな気持ちなのであろうか、いや、これから死亡する可能性が極めて高いと思うと、もはやそんなことを気にしている余裕などないのかも知れないが……
『オラァァァッ! 早くしろやゴラァァァッ!』
『全く、どうして人族というのはああも弱いのだ? あの程度の高さぐらい、ジャンプで半分程度までは到達出来るであろうに』
『さぁな? だが我等魔族に支配され、いじめ殺されるために生まれてきた種族だということはもう間違いないがな』
『ギャハハハッ、確かにそのようだ、この世界は魔族が支配し、人族はそのオモチャか家畜だなっ』
過去に遡れば全てが人族であったことも知らず、勝手に盛り上がっている魔王軍の連中だが、今この場で処分するのはやめておいてやる。
未使用のまま破壊されてしまう俺の設計図の賜物を、どうにか一度だけ使用……というかまぁ一度使用したらもうそれでお終いなのだが、とにかくその『使い捨て』な感じを発揮させることが出来そうなのは、この魔族共が人族をいじめてやろうと思ったことに起因するためだ。
まぁ、もちろんこの連中は後で悉く処刑、どころか拷問によって様々な情報を集めることにも用いるのだが、とにかく今は助けてやった、もちろん、この時間の猶予の分の『利息』として、死ぬまでにさらに10分から15分程度の苦しみを与えてやろう。
と、そんなこんなで壁を登っていた馬鹿犯罪者が上へと到達、垂らされたロープを使ってまずは政治屋連中……は犯罪組織の上層部から蹴飛ばされ、後ろに下げられたようだ。
どうやら上層部連中はかなりの割合で人種差別主義者らしく、『肌が白くない』、つまり島国出身の人間が触った、どころか力を込めて登って行った後のロープなど、絶対に使いたくはないらしい。
もっともその上層部共の大半が、自力でロープを登ることなど出来ず、部下のモヒカンだの何だのに手伝わせた、完全に介助されながら上がって行ったため、特に意味はなかったように思えるのだが……
「っと、これで全部上がったみたいだな」
「ねぇご主人様、あのでっかい船、どうやって海まで運ぶんですか?」
「そりゃアレだよカレン、人間を寝かせておいて、それをローラーの代わりにしてゴロゴローッと」
「へぇ~っ、あ、でもそのゴロゴローッとされる役目は誰なんですか?」
「そりゃアレだよカレン……そこに集められている善良な市民とかだよな、やべぇよなこのままだと……」
「助けに行ってあげますか?」
「いや、それも良くない、ちょっと見守っているしかないなこりゃ……おっと、セラは脱出したみたいだな、姿が消えたぞ、美少女監視員も、フォン警部補は……ダメだ、半分寝ながらハナクソ穿っていやがる、危機感のないPOLICEだぜ全く」
姿を消したセラはいつの間にか群集の外へ、美少女監視員の手を牽いて脱出することに成功していたようだ。
そして紋々太郎もフェードアウトする勢い、取り残されたフォン警部補は……ボーっとしている、相当に疲れているらしいな。
で、監視員をしていた犯罪組織連中の号令によって、やはり作業員達、それから動員された一般の民衆が船の前へと徐々に並ばされ始める。
価値のありそうな人間、つまり可愛い女の子やOLなどを、その巨大な物に踏まれ、磨り潰されて潤滑剤になる対象から排除していることは評価するが、それでも無関係の民草をそういう扱いにしていることそれ自体が問題だ。
この動きを見て、先程まで対峙していた魔王軍管理職の前から消え去った紋々太郎は……素早く移動している、どうやらその魔族より上位と思しき、比較的強い力を持った幹部クラスの前へと移動していた……何やら話をしているようだな……
「マーサ、ちょっと紋々太郎さんの話している内容を聞き取ってくれ」
「任せてっ、えっと……あのね、『こういう結果になったのは全てあの犯罪組織と、それから変な政治屋の連中のせいだから、そいつらを先に使うべきだ』みたいなことを言っているわね」
「それで、魔族の奴の反応は?」
「う~ん、あ、『それもそうだな、あの調子に乗った馬鹿そうな人族の者共をあの場所に据えよ』だって、そういえばあの人どこかで……う~ん……」
「見たことがあるのか、まぁそこそこの力を持っているみたいだし、事務方の幹部の誰かだろうな、だが話のわかる奴だ、殺すときにはそこまで苦しまないよう、3時間程度の拷問の末に火炙りぐらいで良いにしてやろう」
「火炙りぐらいで死ぬのかしらあの人……」
とにかく、紋々太郎の機転を利かせた交渉によって、善良な人々の代わりに馬鹿なチンピラ連中、つまり監視員やその他の犯罪組織構成員が、海まで船を運ぶための『潤滑油』として指定され、泣き叫びながらその場所へと連行される。
もちろん連行しているのは魔族、魔王軍の幹部に付き添っていた召使の中級魔族や、攻撃を受けた際のたて代わりとするのであろう下級魔族などだ。
だがそんな連中であっても、その辺のチンピラ人族よりは遥かに強く、逆らえば一撃でこの世から退場することになってしまう、それをわかっているチンピラ共は、これから自分がとんでもない死に方をするということを理解しつつ、従わざるを得ないという状況、本当に良い気味だな。
しかしセラが美少女監視員を連れてあの場所を離れたのは本当にファインプレーであった。
もしあのまま留まっていれば、その『潤滑油』にされるはずの彼女を連れ出すのはかなり不自然であったろう。
そもそも事務方とはいえ魔王軍の幹部クラスである以上、勇者パーティーの顔と名前ぐらいは知っているはず。
そこでセラの姿を見られてしまえば、きっと裏で俺達が動いていることなど簡単に見破られてしまったに違いない。
見たところ並ばされている中には他に女の子キャラは存在しないし、運良く助かったとしてもどうせ殺すべき存在ばかり、特に口を挟む必要はなさそうだ。
で、離脱したセラはこちらへ向かっているらしく、崖の先からチラッと、後ろに回って登り始めるのであろう行動を取っているのが見えた、美少女監視員も……それから同じように救出したらしい、敵方の女性2人が一緒のようである。
彼女らは監視員ではなく、表に出して『社員』を募集する役目を担っていたのであろう、そういう服装をしているのだが、やはり敵の、犯罪組織の一員である以上、放っておけば『潤滑油』にされてしまいかねないため、救ってやったのは間違いではない。
で、『潤滑油』の整列がある程度済んだイベント会場では、その指名された連中の命乞いなど無視して、魔族共による出発の宣言がなされる。
明らかに『潤滑油』が足りず、きっと海まで到達する前に船底が大変なことになってしまうと思われるのだが……まぁ、どうせえらいことになるのは確定なのだ、別にどうなろうと、一度海に浮かべばそれで良い。
『それでは海へ向かって出発する、押せっ!』
『待ってくれっ!』
『ギャァァァッ!』
『ぶちゅぅぅぅっ!』
『ハハハハッ、この程度の衝撃で磨り潰されてしまうとは、やはり人族というのは軟弱なゴミだな』
『勇者パーティーの奴等もこのぐらい弱ければ良いのだがなっ』
『全くだ、ぶわははははっ!』
動き出した巨大戦艦、その下敷きとなってモヒカンだの何だのが磨り潰され、船底を保護しているため、今のところは特に何かが破損したり、変な音を立てたりということにはなっていない。
もちろんそのうちに『潤滑油』の効果が減衰し、遠くに見える海へ辿り着くことには何もない状態で地を這って行くことになるのだが。
と、ここでセラと美少女監視員、それに救出した2人の敵女キャラが崖上へと登場した。
一応セラの風魔法を軽く使い、落下は防止してあったようだが、それでも恐くはあったろう。
同時に紋々太郎と、それから疲れ切った表情のフォン警部補もイベント会場を離脱し、セラ達とは別のルートから俺達の所へ……と、ここでフォン警部補の目の色が一気に変わった……
「おいっ、おいおいおいおいっ! そこの女、もしかしてっ?」
「あっ、西方新大陸のPOLICEさんですね、こんにちは」
「こんにはじゃねぇぇぇっ! 殺人と死体遺棄、強盗に放火に、その他諸々の罪で逮捕するっ!」
「ひぃぃぃっ!」
「ちょっ、ちょっと待てフォン警部補、この子は一応俺達に協力してくれたんだ、だからもう無罪なんだよ今のところは」
「え? そうなのか、しかしこれまでにやって来たことを考えると……いや、そういえばコイツが殺した連中、死後には悉く生前の不正行為だの何だのが発覚して……偉かったのにその名声は地に堕ちて、協力者も全員逮捕されて死刑に…もしかしてお前、義賊なのかっ?」
「そうじゃないっ、そうじゃないですっ、私は極悪非道の犯罪者でっ、あ、でも逮捕しないでっ」
「う~む、まぁ良いや、この件はちょっと保留としよう、それで勇者殿、これからどうするつもりなんだ? もしかしてあの船を追うのか? 敵に見つからずに行くのはかなり大変だと思うが」
「大丈夫だ、少人数で……セラは美少女監視員1号と、それからそっちの……おいフォン警部補、代わりにそこの2人を逮捕してやれ、それでセラと一緒に安全な場所まで退避するんだ」
「わかった、お前等を逮捕するっ」
『ひぃぃぃっ! 畏れ入りましたぁぁぁっ!』
何だかわからないがアッサリと逮捕されてしまった女2人、それと逮捕した側のフォン警部補、あとはセラとハピエーヌが協力して退避する側のチームとなる。
そして俺と紋々太郎はもちろんのこと、暇潰しに来ていたカレンとマーサ、それに精霊様は船を追うチーム、この人数であれば見つからずに接近することも容易なはずだ。
で、早速それぞれのチームが動き出し、俺、カレン、マーサは崖からジャンプ、精霊様は普通に飛んで、進み始めている船の後方へピッタリと付いた。
「皆気を付けろよ、事務方の雑魚とはいえ魔王軍の幹部が居るわけだからな、あまり力を出しすぎると察知されるかも知れない」
「わかたとぁ、でもあの人どこかで……う~ん」
「まだ言ってんのかマーサは、あのおっさんなど別にどうでも良いし、本当に気になって仕方がないなら殺す直前に聞けば良いだろう、死に行くあなたのお名前は? みたいな感じでさ」
「まぁ、それもそうよね、何の関係があったのかも忘れちゃったぐらいだし、きっと大丈夫よ、それよりもこのあとはどうするつもりなの?」
「どうって、そりゃあの巨大アヒルさん戦艦の最後を見届けるんだ、中身になっている連中が全員死ぬ……のはちょっと芳しいとは言えないな、それに救助活動もしなくちゃならない、あとはまぁ流れだ」
「相変わらず適当よね、ま、私も他人のことことなんか言えないけどっ」
そう言って少し前に出るマーサ、何だかんだと言っても、先程の『見たことある系おじさん』の正体が気になって仕方ないようだ。
後でそのモヤモヤを解消してやる必要はありそうだな、マーサは単純な性格ではあるのだが、それでもそのことを忘れるまでの数日間は考えが止まらなくなってしまうであろう、処理能力の極めて低い脳味噌には多大なる負担である。
で、しばらく走ると先を行っている船の姿がハッキリと見えてきた、ここからは慎重に、せめて海に出るまでは、余計なことをして発見されるのを避けるべく、控え目な行動を取っていくべきだな。
そして海に浮かんだ船は、きっと俺の求める面白い瞬間を提供してくれるはず、中身が死滅しないよう、一定の救助等をする必要が生じることは少し問題だが……




