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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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860 危うい侍

 公園の作業場で建造されている、俺達の拠点たる大陸を滅ぼしかねない巨大戦艦の設計図を不正に書き換えた翌日、俺は気になってしまい、セラとほぼ同時に部屋を出て『調査』へと向かうこととした……



「勇者様がこんなにやる気を出すなんて凄いわね、きっととんでもないモノが出来上がるよな、そんな気がしてならないわよ」


「おう、期待しておくが良い、俺と、それから美少女監視員1号ちゃんの合作だからな、あの船は大海を越え、世界に名声を轟かせる最強の戦艦になると思っている」


「それじゃあまるでダメじゃないの……」


「うむ、確かにそうだ、実際は完成とほぼ同時に爆発炎上、真っ二つに折れて中の乗組員は全員圧死または焼死するような仕組みになっているんだ、残るのは巨大オールと、アヒルさんボートの首部分だけだな」


「一体どんな状態なのかしらそれは?」



 適当に、ノリノリで改竄しゑてしまった設計図、それそのままの完成に思いを馳せながら、潜入作業員としての仕事を続け、心なしか今までよりも貧相な体型になってしまったのではないかと見えるセラとは別の方向へ歩き出す。


 本日の俺の目的はまずフォン警部補への定時連絡、ちなみに俺が神の声を偽装し、『力が欲しくば腕立て伏せでもしておけ』と告げた馬鹿な監視員の犯罪者は、その担当であった作業エリアの隅でスクワットを続けたまま死亡し、腐りかけているという、本当に哀れな奴だ。


 そして次にはその作業エリアから先、鉱石を採掘している崖を伝って到達することが出来る、公園中心部の作業エリア、そこで紋々太郎にも連絡をし、ついでに、いやむしろ連絡がついででなのである。


 本来の目的はそこで行われている作業の進捗状況の確認、および改竄された設計図に疑念を抱いて居ることが明らかな人間がどの程度居るのかということの確認。


 もちろん作業員側、つまり現地で『雇用』された『社員』であり、真っ黒な職場で過労死するまで働かされる連中がどう思っているのかについては、特に問題を生じ得ないこととしてスルーする。


 見るべきは監視員側、つまりこの都市国家にて無理矢理ではあるが、採用されている民主主義の方法に則って政権を奪取した西方新大陸系犯罪組織、そこに属する敵方の連中の反応だ。


 非常に知能が低いと思しきデブ責任者はともかく、ここで他の奴、立場は弱いが頭は強いようなインテリ犯罪組織構成員が、その責任者の馬鹿野郎に対して何か進言をするような、設計図の異常さを指摘するようなことはぜひないものとして欲しいのである。


 と、寮の建物から外に出たところで、出勤途中であると思しき美少女監視員の姿が見える、どうやら本日は御前の当番のようだな、少し話をしておくか……



「シュシュッ……ようっ、朝早くからご苦労なことだな」


「あ、ご機嫌麗しゅう、今日はこんな時間から活動なんですね」


「おう、ご機嫌麗しゅうぞ、ここには酒がないからな、朝からゲロゲロのグロッキー状態ってことはないんだ、で、何か報告しておくべきことはあるか?」


「特に……あっ、昨日の夜帰還したデブ責任者についてなんですけど」


「ほう、デブ責任者がどうかしたのか?」


「えっと、どうやらサボりを疑われているというか、もし至らぬ部分があったらすぐに殺されてしまう感じらしくて、そのための監視が付いて来てしまったみたいです」


「監視か、まぁ、でもたいしたことないんだろう?」


「それが、犯罪組織界隈では有名な現地雇用の危険人物らしくて、名を『侍次郎』と言います……あ、私の方が危険でデンジャラスで、とんでもない悪党なんですからね、そこを勘違いしないで下さい、ビビッてませんから絶対にっ」


「ほいほい、わかったわかった、じゃあその『侍次郎』とやらには注意するよ、そんじゃ、また夕方にでも会おう」


「お気を付けて~」



 その侍が何者なのかはわからないが、『侍』の名を冠している以上、この島国においては相当の強者、もちろんそこそこの力でのし上がってきたような奴なのであろう。


 もっともそれが俺の、この異世界勇者様の脅威たり得るとは思えない、どうせわけのわからない、直ちに『侍』の名を返上した方が良いと忠告出来るような雑魚キャラであるに違いない。


 まぁ、人族の中では異常な力の持ち主である美少女監視員なのだが、それでも俺からすればその辺の雑魚と大差ない次元の実力である。


 それよりも上位の力を持つものが居ても特に不自然ではないし、そういうのが敵に回ってしまう可能性がある以上、『味方側』となった俺に対しては十分な注意喚起をしておく必要があるのもまた事実。


 美少女監視員の場合、俺とセラが敗北すればもう単なる裏切り者なのだ、これは可愛いから許して貰えるとかそういう次元の裏切りではなく、最悪の場合処刑さえもないとは言えない、非常に悪質なものなのである。


 で、そんな美少女監視員と離れた俺は、また風のように移動し、次はフォン警部補の……と、また新しい奴にいびられているのか。


 しょぼくれたおっさんというのは本当に大変だな、目の着けられ方、ターゲットにされ方が凄まじい……少し接近して様子を見てみることとしよう……



「オラァァァ! このおっさん! テメェさっき0.001秒サボっただろぉがぁぁぁっ!」


「いや、そんなこと言ったってなぁ……」


「なにぃぃぃっ⁉ この男、俺様のパンチが効かないだとぉぉぉっ⁉」


「あ、おっと……うわ~っ、や~ら~れ~た~っ……」


「フンッ、時間差で効いてきやがったか、オラッ、寝転がってないで仕事しやがれこの給料ドロボウがっ」



 給料など一切受け取っていないうえに、雑魚キャラがするその力を誇示するためのデタラメに付き合わされているフォン警部補。


 毎日のようにこれ、監視員の担当が代わっても、変わらずご愛顧頂けているのは本当に良いこと、というかそういう対象にし易いということなのであろうが、本人からすればたまったものではない。


 しかしこうも連日『死亡事故』や『神の声に惑わされて発狂』など、通常はそこまであることでない事案が発生するというのは少し……いや、かなり問題だな。


 もしかするとこれをキッカケに体制、主に安全に関してのマニュアルに疑義が呈され、それによって大量の調査員、もちろん賢さの高い連中がやって来るようなことになるかも知れない。


 そうなると俺の暗躍に気付いたり、場合によっては巨大戦艦の設計図を見て、それが明らかにわけのわからないものにすり替わっている、それに気付いてしまう奴が来ないとも限らないのだ。


 ということでフォン警部補には我慢して貰おう、俺が接近していることには既に気付いているようで、ようやく解放されると思っていたのであろうが、その俺がスッと消えると、フォン警部補の顔もスッと悲しげな表情へと変わったのであった……


 で、次は紋々太郎の所へ行くのだが、崖を伝い、公園中央のメイン作業エリアへと到達すると……どうやら昨日までとは空気が違うようだな。


 かなり高い場所から、遠巻きに眺めているだけではあるが、それでも確かにわかる慌ただしさ。

 作業員がせかせかと動いているというだけではなく、監視員の側もかなり何というか……焦りが見えるな。


 というか、作業員がちょっとしたミスをしても、それを見咎めた監視員がキレたり、殺害しようとしたりはしない、落下した鉄塊が脳天を直撃しても、気にせず自分のやるべきことを続けている。


 これは何かあったに違いない、そしてその何かというのは、どこからどう考えても昨日までここを出て、言い訳行脚に向かっていたデブ責任者の件。


 未だその姿を拝んだことはないのだが、この感じであれば少なくとも今日中に、バッチリ顔を覚えることが可能なぐらいの回数はここを訪れることであろう。


 しかしその姿はまだ見えてはいない、今のうちに紋々太郎と接触して、今日の予定がどのような感じとなっているのかを確認しておくべきだな……



『シュシュッ……どうも勇者です』


『……来たかね勇者君』


『ええ、で、どんな感じなんすかこの状況は?』


『……工事速度超絶アップ命令というのが出たらしい、最悪監視員も参加して、可能な限り早く完工せよとのことだ。そして監視員も、この命令を完遂することが出来なかった場合に自分達がどうなるのか、どういう感じで粛清されるのかを理解しているようだからね、もうなりふり構わず必死だよ』


『なるほど、命令したのはやっぱりデブ責任者ってことっすか?』


『……一応、形式上はそういうことになっているらしい』


『形式上? 実質上は……』


『……デブ責任者を監視する最上位監視員、侍次郎がそう命じるよう指導したらしい』


『出たよ侍、そいつの強さについては何か?』


『……あまり詳しくは聞けていないが……この監視員共の必死さを見るに、相当に凶暴で危険な奴なのであろう、そしてそれがあと数十分もすればここへやって来る』


『おっと、デブ責任者だけじゃなくてそいつも来るんすね、わかりました、じゃあ俺はまた上から見てますんで』


『……うむ、そうしてくれたまえ』



 デブ責任者だけでなく、同じタイミングで侍次郎とやらの顔も覚えなくてはならないとは、かなり骨の折れる作業になってしまいそうだぜ。


 そもそも討伐後、数分で忘れ去られるレベルの雑魚、そんな連中の顔を覚え、罠に嵌めなくてはならないのはかなり面倒である。


 とはいえ、美少女監視員にその場で殺さず、追い詰めていくことの良さを(適当こいて)説いた以上、俺もそれに準じた行動を……まぁ、場合によっては侍次郎の方ぐらいは殺してしまおうかな。


 などと考えつつ崖の上へと戻り、そこからしばらく待機、2杯目のコーヒーでも入れようかと思ったところで、下の現場が一瞬ザワッとなり、それからはたと静かになった。


 ようやくお出ましのようだ、さて、俺に騙される哀れなデブ責任者のご尊顔は……ただのデブ、そしてその後ろでデブを睨み付けているのは、なぜかサーベルのような得物を携えた……単なるおかしな侍であった……



 ※※※



 現場に到着すると、早々に何やら叫び出すデブ、本来あれほどの音量であればここからでも内容を聞き取ることが出来るはずだが、声が裏返り、しかも活舌が悪いため何を言っているのかまるでわからない。


 と、ここで頭にきた後ろの侍が、デブの頭をサーベルの柄でガツンと殴り、黙らせた。

 近くに居ると相当不快であったに違いない、そしてコレが『現場責任者』だと思うと、作業している側はひとたまりもないはず。


 とにかく会話の内容をキッチリ聞き取るため、多少のリスクはあると思うが下へ降りることとしよう。

 高速での反復横跳びを忘れず、特にあのサーベル持ちの侍に注意して行動すれば大丈夫そうだな……



「いででっ、オイィィッ! 貴様等ってんじゃねぇぇぇっ!」


「だからうるさいと申しておろうっ」


「ギィィィッ!」


「高音の絶叫を放つなこの馬鹿めがっ」


「グヒョォォォッ!」


「全く、この場で殺してしまっても構わないとのことだが、本当にそうしてしまうべきかも知れぬな」


「ヒィィィッ! 勘弁してつかぁさいっ!」


「だったら少し黙れっ! 不快だぞ貴様はっ!」



 どうやら侍の方が圧倒的に立場が上であるようだ、デブは西方新大陸系、そして侍は明らかにこの島国の出身者であることがわかる顔立ちをしているのに、一般的な関係とは真逆のようだ。


 まぁ、犯罪組織の中にも実力主義を採用し、それによってどのような出自でも上を目指すことが出来る『組』があるのかも知れないな。


 この犯罪組織連中はイコールで人種差別主義者、とりわけ肌が白いことを是としているゴミ共、『K&KK』だか『KK&K』だか、その類ではないということだ。


 だが犯罪組織は犯罪組織、どのような組織構造を持っていたとしてもゴミはゴミなのであり、解体して中身のゴミ人間をゴミ箱へ放り込んでやらなくてはならない。


 もちろんあの侍も、見かけ上は普通……ではないか、普通に異常だ、しかし少なくともヒャッハーな態度でないことから誤解してしまいそうになるのだが、犯罪組織に加入した、協力した時点で終わりである。


 で、その侍の方は船をチラッと見たのみで、どう考えても完成にはあと数か月を要すると判断したらしい。

 拳を握り締め、デブのボディーに対して強烈な一撃をお見舞いしている、まぁ、腹の肉が厚いため死にはしないのだが……



「おいっ、貴様この船はあと1週間以内に完成させると申しておったな、これのどこがっ、あと1週間で完成するというのだっ?」


「そそそそっ、それはもう急がせますゆえ、へへーっ! どうかこのままお待ち下さいっ!」


「出来なかったら?」


「へっ?」


「出来なかったらどうするのだと、そう問うておるのだっ!」


「へへーっ! そのときは私めの……えっと、金……」


「首を差し出すのだな?」


「へぇぇぇっ⁉」


「へぇではない、あと1週間、もちろん起算日である本日を含み、最終日は……昼までとする、それまでにこの船が、請け負った巨大戦艦が完成しないなどということになれば、貴様の首を施主に送らせて頂く、もちろん貴様の全財産を添えて、工事の遅延に係る損害の補償としてな、わかったのであれば返事をせいっ!」


「へっ、へへーっ、でございますですっ!」



 大慌てで作業へと、というか作業の監視へと戻って行くデブ責任者、その手には俺達が昨日改竄した、『ウルトラ手漕ぎ&足漕ぎアヒルさんボート』の設計図が握り締められている。


 そしてその設計図を……必死になって作業員に見せているではないか、首を傾げている者も多いが、指示通りに造らないと殺されてしまうこと、そして何かを指摘しても良いことなどないという現状を知っているため、誰も何も言おうとしない。


 あとはこのまま完成を待つのみだ、弄られた図面によって本来的な工事の期間はかなり短縮され、かつこの急ぎようだ。

 おそらくあっという間に船の形を成し、それが巨大戦艦などではないことも明るみに出てくることであろう。


 それまではいつも通りのルーティーンで潜入ミッションを続けつつ、『最後のとき』を待っておくのだ……



 ※※※



 デブ責任者の帰還およびデタラメな設計図の不正な採用から3日後、俺はいつも通り朝の流れで中央の作業場へとやって来た。


 工事は夜通し行われているため、建造されている『ブツ』につき、昨日とは見た目が変わっているのは当然のことなのだが……今日はまた一段と進んだな。


 船首に掲げられたアヒルさんボートのアレ、タングステン製の巨大なオールは持ち上げることが出来なか田町で、数匹のゴリマッチョモブ監視員がその下敷きとなり、車に轢かれたカエルの如き状態で死亡している。


 そして高い側面には巨大な布が……そういえばこの島国へやって来ている犯罪組織の最高指導者、それの似顔絵が、侮辱するような、極めて不適切な言葉を添えて描かれているのであったな、これはお披露目が楽しみだ。


 で、そのまましばらく船を眺めていると、ウッキウキのデブ責任者が、その腹のや顎の肉をタプンタプンと揺らしながら、大変嬉しそうな感じで船を目掛けて走って来た。


 その後ろからは驚いたような表情の侍、次郎であったか、とにかくそれがゆっくりと、船を見上げながら付いて来ている……いたのだが、何やら溜息を付いた後、踵を返して立ち去ってしまったではないか。


 奴はこのブツのヤバさに気付いてしまったようだな、それに比べて頭の悪いデブは、完成間近、いやもう完成を宣言しても良いのではないかとも思える見た目にご満悦の様子。


 ここで俺が対応すべきなのはどちらか、それは一目瞭然であり、直ちにこの場を離れ、侍の方を追跡するべきだ。


 きっと上層部、つまりこの公園内には居ない敵の偉い連中、および在来の腐った政治屋連中に対し、船の建造が失敗に終わったこと、さらにあのデブを処分することを伝達しに行くに違いない。


 それだけはさせてはならない、そんなことをすれば、まぁデブがどうなるかは別に構わないのだが、せっかく大量の敵を、自分達の失敗という最高のかたちで葬り去ることが出来る、そのチャンスを失ってしまうのだ。


 高速移動を繰り返し、時折発見した障害物に身を隠し、俺は侍次郎の後を追って……居住エリアに行くのか、奴はこの公園に滞在している間そこのどこかに部屋を用意しているに違いない。


 そう思ったのだが……部屋ではなく道場のような場所へ辿り着いた、とても大都会の中とは思えない、木々が生い茂った森の中にある小さな道場、いかにも侍のアジトといった感じである。


 で、そこに入って行く侍次郎だが、入り口の引き戸を開けた瞬間、庭に転移装置のようなものが用意されているのが見えた。


 このままだと転移され、手の付けようがない場所へ行かれてしまう、それにもしあの装置が転移のためのものではなかったとしても、きっと外部との通信に用いるものではあろう。


 とにかく先に、巨大戦艦の変わり果てた姿について報告される前に、俺が奴をどうにかしてしまわねば……と、この付近には誰も居ないようだし、殺ってしまうか……



「……むっ……むむっ……何奴?」


「ほう、俺様の存在に気付くことが出来たのはお前でだいたい5人目だ」


「ふむ、それはそれは、して、拙者に何用かな?」


「わかってんだろあの船のこと? それを報告されまいと思ってな」


「船のことを? あの戦艦か、雄大で、全てを滅ぼすに相応しいフォルムをしていたが……それに関してだな、まさか破壊工作をっ?」


「え? 何かちょっと……その感じだとさっきの反応はどういう……」


「さっき? その場にも居たというのか貴様は? さっき……うむ、拙者がその場を離れた際のことであるな、あのときは少しアレでな、致し方なかった」


「アレとは……意味がわからんな」


「アレとはアレだ、まさか貴様、有名な拙者のことを知らぬと申すか? 拙者は侍、『侍痔瘻さむらいじろう』、ケツの病変がそこそこ危うい者だっ!」


「単に痔なだけじゃねぇかっ!」


「ちなみにさっき指で薬を塗って、手を洗っていない、では参るっ!」


「来んじゃねぇぇぇっ!」



 ほんの少しだけまともそうに見えていた侍は、実はお馴染みのトンデモな野郎であった。

 とにかくコイツは討伐しよう、サッサと殺して……消えた、と思ったら背後に回ったのか、そして後方から強烈な突きを……

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