858 楽に勧誘成功
「じゃあセラ、今日のところ俺はこの部屋で待っているから、例の引き込めそうな奴を連れて来てくれ」
「あ、大丈夫よ、戻るのは間違いなく夕方だし、それまでは諜報活動とかしていてくれても」
「うむ、だが万が一ということもあるからな、ずっとこの部屋でゴロ……待機していた方が安心だと思う」
「もう勇者様ったら、どう考えてもサボりたいだけじゃないのよ」
「断じてそうではないっ!」
失礼なことを言い出すセラに対して、全力での否定をぶつけ、それで疲れ果ててしまった俺。
しかも今日は一段と冷え込んでいるではないか、これはもう一度布団に入らざるを得ないな。
まぁ、もし動き出すとしたら昨日と同様、適当に昼ぐらいまで惰眠を貪って……ではなく調整を掛けて、万全な状態を取り戻してからとしよう。
その方が作業効率も高くなり、偵察によって得られる情報も倍以上、そして敵からの発見され易さ、こちらから捉えると発見されるリスクなのだが、それがなんと10分の1にまで低下する(勇者調べ)のである。
これは間違いなく寝てからの方が良いな、昨夜は余計なことが頭を巡りすぎて、ついでに隣で寝ているセラの髪から漂う風呂上りの香りがフローラルすぎて、ほぼ6時間程度しか睡眠を取っていないため非常に眠たくもあるのだから……
「じゃあとりあえず今日も行って来るわね、とにかくダラダラしていないで、早く偵察の方に行きなさいよね」
「ふぁ~いっ、いってらっしゃ~ぃ……ふぁ~っ」
「・・・・・・・・・・」
呆れたような感じで部屋を出て行くセラだが、この程度のことで呆れていたら勇者パーティーのメンバーは務まらないのである。
俺よりもマーサの方が、そしてマーサよりも精霊様の方が、さらにはそんな精霊様も抑え、生きとし生けるもの全ての中で最も堕落したルビアが居るのだ。
今の時点で近くに居る仲間が俺だけであるゆえ、どうしても俺のだらしなさが目立ってしまうのだが、仲間の下へと戻り、全員が集合したのであれば、その中で俺は比較的マシな方だと言えるのだから。
で、そんな感じで今日もセラを見送った俺は、とりあえず殺害した変態監視員野郎が、鼻の下を伸ばしてセラに贈った、というか贈ろうと思って持参したのであろうコーヒーを淹れ、少しの間ブレイクしておく。
さて、本日はどのような休日……ではなく単独作戦行動の予定を取るべきか、悩んでも答えは出なさそうなのだが、それでも明確な予定が入っている夕方までについては、今この場で考える他ないのである。
そうだ、昨日紋々太郎が言っていた少し上級の、現場責任者と思しき犯罪組織構成員の様子を見に行ってみよう。
昨日はあの後すぐに帰ってしまったため、そいつが出現する瞬間というのを目撃してはいないのだ。
きっと今日1日の間にも例の場所、即ち公園作業場中央の、巨大戦艦本体の建造が行われている場所にやって来るのは確実。
それも単発というわけではなく、納得がいくまで、自分がこれで良いと思い込む、というか自分にそう言い聞かせることが出来るようになるまで、何度も何度も姿を現すはず。
おそらく1日張り込んでいれば、二度か三度程度はその出現を確認することが出来るであろう。
だからといって今日中に何か行動に出るわけでもないが、少なくとも顔だけは覚えておくべきだな。
そしてそのためには、今日のミッションとして唯一無二、それのみを選定して徹底的な張り込みをしなくてはならない。
先にウ○コを済ませて、水と食糧を十分に持って、ついでに暖かく出来るようなものや座れる、いや寝転がることも出来る場所の確保をしなくてはだな。
何だか無性にやる気の出て来た俺は、昨日フォン警部補から教わり、わりと使えるなと思っている崖の上へと、ノリノリの気分で向かって行ったのであった……
と、行きがけにフォン警部補、そして一度崖を降りて紋々太郎にも接触しておくこととしよう。
夜のうちに何かあった可能性もないとは限らないからな、これはアレだ、朝の定時連絡のようなものだ。
で、まずはフォン警部補から……と、今日も今日とて変な監視員の雑魚キャラに怒鳴られているではないか、非常にお似合いの光景である。
一見してしょぼくれた派遣のおっさんなのだが、実はその怒鳴っている監視員如き、デコピンの一撃で葬り去ることが可能だという辺りが何とも面白い、物語的な部分だ……もっとも主人公顔ではないのだが。
しかし本日も例に漏れず、しつこくネチネチと奴隷……ではなく『社員』を追い詰めていくタイプの上司……ではなく監視員なのか、色々と混乱してしまうな。
いやそういう話ではなく、とにかくフォン警部補が怒鳴られている間はまともに話し掛けることなど出来ない。
いくらなんでも不自然すぎるのだ、そおして神妙に罵声を聞いている振りをしつつ、反対側で俺と会話し、情報を交換するなど至難の業だ。
ここはどうにかせねばならないのだが……またカマイタチ作戦で殺害してしまうか? いや、2日続けてそんなことを、しかも最初の一撃が昨日と全く同じ、フォン警部補に対して何かしている野郎ともなると、あらぬ疑いを……というような感じになってしまいそうである。
こと『捜査』という活動については、潜入している俺達4人の中でも本職のフォン警部補が頭ひとつ抜き出ているはず。
普段の戦闘ならいざ知らず、この場でこの男の行動が制限される、それは物理的にも心理的にもだが、とにかくとの状況は痛い。
こうなったらもう……本当に嫌ではあるのだが、フォン警部補に対して罵声を浴びせ、ついでに全く効果のない暴行を始めた雑魚監視員野郎に対して、直接この俺様のあり難いお言葉を授けてやることとしよう。
そう決意を固め、汚らしい馬鹿野郎の臭いが漂ってきそうもない風上から、その現場へと接近して行く俺であった……
「オラァァァッ! 死ねやこの無能中年加齢臭野郎がぁぁぁっ!」
「拳臭っ……えっと……ウワァァァッ! 許してくれぇぇぇっ……みたいな?」
「ゲェ~ッヘッヘッヘッ、おいおい、まさかこの程度の『社員教育』如きでへばってんじゃねぇよなっ? まぁ、俺様のパンチを顔面に喰らって立っていられるだけでも今までで初めて……おや、何で立ってるんdだ? 最強であるはずの俺様がパンチして……えっと、あれ? 何の話だったか、とにかくオラァァァッ! このクズ野郎めがぁぁぁっ!」
「だから臭せぇっ……じゃなくてギャァァァッ! 超痛てぇよぉぉぉっ……と、如何でしょう?」
「ゲェ~ッヘッヘッヘッ、おいおい、まさかこの程度の~以下略~」
どうやら監視員は頭が悪いらしく、パンチの際の踏み込み、パンチの後の姿勢を直す動作、そして決めポーズでフォン警部補を威圧する際の動作で、物事の全てを忘れてしまう規定数の『3歩』を進んでしまっているらしい。
で、その度に何やらわけのわからないことになり、そして単純な思考であるゆえ、毎度コピーして再生したかのように同じ動作を、言動を繰り返しているという有様だ。
どうやって、というかどうして敵の上層部はこんな馬鹿を監視員に任命したのかは知らないが、とにかく相手をしてやらなくてはならない方はひとたまりもない。
それに今はやられているのがフォン警部補だから良いが、いや良くはないのだと思わないこともないが、とにかく通常の人間、そこかしこで蠢いている、作業をしている『一般社員』であれば、その都度1人が死亡し、ターゲットが次に移っていたことであろう。
それを一身に受け止めているフォン警部補が何だか輝いて見える……のはそういう系の術式を展開し、リアルに光っているだけのようだが、とにかく助けてやらねばならないな。
ということでさらに2人に対して接近し、風を纏ったまま監視員の側へ、そのまま空気の流れを浴びせて……よし、さすがは強雑魚だけあって、この時点で『何かの存在』に気付いたようだ、ハッとしたのがその証拠である……
「なっ、何か変じゃねぇかっ? おい誰かっ、誰か居るのかっ?」
『……汝、ちょっと黙れボケ』
「……!? これ、これは神の声!」
『そうだ、汝、力が欲しいか?』
「欲しいっ! 欲しいに決まってんだろっ! 早く寄越せっ!」
『そうか、では汝、向こうで腕立て伏せでもしておけ』
「ウォォォッ! 遂に神の預言を得たぞぉぉぉっ! 俺様は腕立て伏せでもっと強くなるんだっ! もっと……スクワットだっけか?」
ウッキウキでステップを踏んだせいか、3歩進んで色々と忘れてしまったよ様子の監視員、しかしこれでフォン警部補からは興味が逸れた、このまま情報収集をしよう。
『……うっす、何か最新情報は?』
『おう、勇者殿か、相変わらずわけのわからん作戦を見せてくれるぜ』
『天才だからな、で、簡潔に済ませたい、こう見えてもめっちゃ必死で反復横飛びしてんだ俺は』
『そうだな……昨日は中央へ行ったんだろう? その際に設計図持ったデブを見たか? 現場責任者なんだが』
『見てはいない、話だけ聞いてすぐに退散してしまったからな昨日は、で、今からちょうどそれを見に行くところだったんだが、そいつがどうかしたってのか?』
『いやな、昨日の夜に入った情報なんだが、そいつ、今日と明日はここに居ないらしいんだよ、どうも工期が遅れている言い訳をしにどこかへ、というか政治屋共の所へ行っているみたいでな』
『マジかっ!? えっと、俺の足、無駄足?』
『そういうことにはなるが……その代わりにだ、そいつ、読めもしない癖にいつも持っている巨大な設計図なんだがな、それはさすがに置いて行くそうだ、この作業公園から出る際にはな』
『てことはアレか、そのデブとやらの自室に……』
『その重要アイテムが眠ったままってことだ、今日明日中はな』
これは無駄足か、そう思った矢先に入った素晴らしい情報、デブ本体の方は不在にしつつ、その片割れである船の設計図の方が取り残されていると、これはまた大チャンスである。
だがそれはこの作業場である公園のどこかから、もちろん居住エリア内の一画だとは思うが、その中から奴の、見たことさえないデブの部屋を見つけ出すことが出来ればという条件付のチャンスなのだが。
と、この明日まで継続するチャンスをものにするのはもしかしたら簡単なことなのかも知れない。
なぜならば本日の夕方、セラが連れて来る『美少女監視員』の件があるため、そこでこの話もついでにしてしまえば良いのだ。
そして場合によっては強硬手段で、美少女からそのデブ野郎の居場所を聞き出してしまおう。
多少荒っぽいこともするかもだが、そうすればきっと情報の方は確実であろうからな。
ということで一度紋々太郎が居る中央作業エリアにも立ち寄り、特に変わったことがないのを確認してから部屋へと戻る。
せっかくの張り込み準備は台無しになってしまったが、それでもそれ以上の情報を得ることは出来た。
あとはセラの帰りを待って、そこから先はもう流れでいくこととしよう、とりあえず昼食だ……
※※※
「ただいま~っ」
「おう、帰ったじゃねぇか、で……その子が監視員の、極悪犯罪者……なんだよな?」
「おぉっ、ホントに人が居たっ、1人部屋なのにどうてってとこだけど、これがセラさんの言っていた『異世界勇者』なんですね、あら、すっごく弱そぉ~っ」
「何だお前はいきなりっ……っと、キレていてもしょうがないな、俺様が異世界勇者様だ、お前も犯罪者である以上、本来は俺様の力に恐怖して、命乞いをして云々なのだが……まぁ、とにかく座れよ」
「変な人ですね、まぁ良いや、はいコレお土産ね、セラさんはこっちの『食用に適したやつ』で、異世界勇者? の方はこっちの『猛毒なやつ』、楽しく食べて笑顔で死んでねっ」
「いきなり物騒なモノ手渡してんじゃねぇよ満面の笑みでっ」
顔立ちは完全にお嬢様系の美少女、極めて色の薄い金髪にして青い瞳、どこからどう見ても西方新大陸系である。
そして服装の方は……何かやたらとメタルな感じなのだが、顔とのギャップが凄すぎて思考が追い付かない。
と、それはさておきだ、この美少女はセラからの紹介によって、俺に対して、さらには俺の仲間達に対して非常に深い興味を持っているとのこと。
特に精霊様に対しては、どうも神と同等かそれ以上には敬愛しているのだと……会ったこともないような相手に対してどうしてこんなに心酔することが出来るのかは謎だ。
そしてこの子、最近出会う新キャラ(脇役)にしては珍しく、やたらと俺をディスってきたり、ゴミ扱いしたりは……しているがそこまで露骨ではない。
これもどうやらセラによる『紹介』の成果であるようだ、というかこの子の憧れる対象、それはどれだけカッコイイ感じのヒーローかという部分ではなく、『どれだけ多くの人間を殺戮してきたか』という部分。
つまりその実行数を公表してもイマイチ人気が出ない、というか逆に嫌われたり、石を投げられるような行為に対して、逆に素晴らしさを感じてしまうというトチ狂った少女なのだこの子は。
「それでそれでっ、異世界勇者さんは今までにどれぐらいの人間を殺したんですか? もちろん敵として立ち向かってきたのを倒したんじゃなくて、無様に命乞いしている雑魚キャラを、笑いながら無残に千切り捨てたとかそういうタイプのアレですよっ」
「さぁ? 殺した雑魚キャラの数なんていちいち数えてないからな、だってお前、今日踏みつけて殺してしまった微生物の数を毎日数えているか? いないだろう、俺にとって雑魚キャラなんぞそんなもんなんだ、わかるかこの発想が?」
「わかりますっ、すっごくわかりますっ! いやっ、ホントにっ、で、お仲間の精霊様って方はもっと凄いんですよねっ?」
「おう、奴は『趣味:人殺し』だからな、場合によっては何もしていない善良な民さえいきなり殺す、狂気だよアレは、人間じゃねぇ、まぁリアルに人間じゃねぇんだけどさ」
「おぉ~っ、それは本当にカッコイイですっ、ちなみに私の『殺しキャリア』は5歳のときに……」
余裕で喰い付いてくる美少女監視員、いける、と思ったセラの目に狂いはなかったようで、明らかにこんな場所にいてはいけない人間であることを忘れ、ついでに事故で死亡したはずの俺が生きていることがおかしいと、知っていつつも無視して盛り上がっている。
もちろん話題の中心はやべぇ犯罪自慢であるのだが、こちらから話す内容は残虐なものであれど全て合法的なもの。
ちなみに、当然ではあるが俺と目が合って舌打ちした者は死刑だし、ムカつく言動の野郎も死刑なのでそれを殺しまくっているのは問題性を有する行為ではない。
そしてそのまま話は進み、いよいよセラがこの子をここへ連れてきた主な理由にして、今回のミッションの成否が懸かった大勝負である、『仲間への引き込み』についての話題となる。
まずは小手調べ、犯罪組織の構成員らしいが、それをやめてこちらへ、光の当たる正義サイドへ来るつもりはないかということを聞いてみたのだが……
「う~ん、どうでしょうか? 私、これまでに色々と殺りすぎていますし、もし犯罪組織から抜けたら、たちまち逮捕されて処刑されちゃうと思うんですよね、そこの辺りはどうなんでしょうか……」
「あ~っ、そんなのOKOK、どうせ汚ったねぇおっさんとかしか殺してないんだろ?」
「それはもちろん、愉しみつつも、なるべく不快だと思ったのを締めてますから」
「じゃあこれから取り返せば問題ない、ちょっと近所のゴミ拾いでもすればそれで相殺だから、もう無罪だから、ついでにこれからは悪い奴の方を殺し放題になるって感じだぜ」
「あ、それは全世界緊急指名手配されててもですか? ちょっと目立とうと思って、こっちへ来るに変な偉い大臣? みたいなの殺しといたんです、西方新大陸で……と、これ、そのとき奪った紙切れです、何か大事そうにしてたんで獲っておいて、それからずっと持ってたんですけど」
「あ~っ、はいはい大臣ね、そりゃちょっと暗殺しちゃったら重罪かもだが……ってコレ超絶汚職の証拠じゃねぇかぁぁぁっ! 国が傾くレベルだぞこんなの、お前、もしかして正義キャラなのか?」
「そんなことはないと思うんですよね……」
この後も話を進めていくと、西方新大陸での殺人自慢、その主張してきたものそれぞれについて、全て『その対象が殺されても仕方ない、むしろ殺されるべき』という感じの理由が発見された。
で、この子はどうやら昨日セラと最初に会話する前、数人の『社員』を殺害していたとのことが話しの中から伝わってくるのだが……どう考えてもその殺された奴等、脛に傷があるタイプの野郎共であったに違いない。
そして、今日の作業中、しつこくセラに『缶詰を寄越せ』と迫ってきていたおっさんも、『たまたま目に付いた』という理由で殺害したらしいのだ。
もしかしてこの子は相当に狂っていつつも、特に自分の意思とは関係ナシに『凄く良いこと』をしてしまう性質なのでは?
だとしたらかなり有力な仲間だし、上手く勧誘すれば俺達の手間が省ける部分も相当にあると思われる。
これは『買い』だな、もう少し押して、こちら側に引き込んでしまうこととしよう、それが世のため人のためなのだ……
「さてどうする? 俺達に協力してくれれば、このあとはまぁ、対象は変わってこれまで仲間だった連中にはなるが、とにかく殺り放題だぞ」
「えっと、もし仲間にならないってことになったら……」
「そのときは俺がこの場でお前を討伐する、一生牢屋に入れて、毎日のように尻を叩いてやるから覚悟しておけよっ」
「ひぃぃぃっ! そっ、それはどうか、どうか討伐しないで下さいっ、仲間に……とまではちょっと困ることがあるかも知れませんが、協力ぐらいはしますから」
「よろしい、では以降は俺達と連携するように」
「へへーっ、畏まりましたーっ」
ということで心強い仲間をGETした、以降、この子を使って色々と調査を進め、敵のクリティカルな部分に素手で触れることが出来るよう、作戦を続けていくのだ……




