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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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856 やべぇ奴の出現

「おはよう勇者様、じゃあ私はちょっと出かける準備をするから」


「出かけるって、まだ夜も明けていないぞ」


「でもここに書いてあるんだもの、通常の作業時間は朝6時から夜中の12時まで、1時間前に集合と開始、就業1時間後まで作業だって」


「それじゃ20時間労働じゃねぇか、ブラックの極みだなここは」


「でも大丈夫、私は昨日のあの変なのから6時間労働まで下げてもらっているから、え~っと6時間だと……あら、1時間働いて1時間休憩だから、結局戻るのは夕方ね……」



 昨夜殺害した監視員の馬鹿野郎、そいつが『お土産』兼『口止め料』として持ち込んでいたらしい缶詰を開け、ついでに一度煮沸した安全そうな水を飲みつつ作戦を立てる。


 ちなみに置いて逝ってくれた食糧はせいぜい3日分、これを食べ尽くし、本格的に腹が減る前に作戦を完遂、この作業場全体を安全に滅ぼせるだけの知識を得ておかなくてはならない。


 で、昨日事故によって死亡したことを装い、居ないものとなっている俺はともかく、セラは未だ作業員としてこの公園内で雇われている身分である。


 朝早く、そして馬鹿馬鹿しい作業ではあるが、休憩が貰えるというのであれば万々歳だ、その間に情報を集めれば、逆に飛び回っている俺が見出せなかった何かを発見することが出来るかも知れない。


 そんなことにも期待しつつ、そして出かけていくセラを見送りつつ、俺はもう一度布団に潜り込んで……これはヤバいな、完全にヒモニートの気分だ。


 いや、セラに働かせておいて俺自身は楽をする、そういう将来設計もアリかも知れないな、そもそも俺様は勇者様なのだ、前に出て戦うのも良いが、最終的には後ろへ引っ込み、指示を出すのみの偉い人となるのが妥当であろう。


 と、まぁ都合の良い考えはここまでだ、とりあえず起き上がって歯を磨いて、ついでに朝食を取って……ダメだ、まだ外は寒いし暗い、出かけるのは危険だからしばらく待つべきだ。


 などとダラダラ過ごしているうちに真昼間となってしまったのだが、とりあえず昼食後には活動を開始しよう、そのぐらいの時間の方が監視員の気も抜けていてやり易い。


 何と言っても今回は隠密行動であるのだ、姿を見られるわけにもいかないし、かといってビビりすご、重要施設へ接近しないというわけにもいかないのである。


 ここで働かされている人々を救出するため……は二の次なのだが、とにかく巨大戦艦が完成し、それが王都を(魔導)砲撃するような事態とならないよう、全力で調査を進めるのだ。


 その決意を胸に昼食の缶詰を取りつつ、もう一度布団に入ったところで、気が付くともう良い感じのアフタヌーンであった。


 そろそろ動かないとヤバいな、もしこのままダラダラしていて、セラが戻った際に何をしていたのかと聞かれたらマジでヤバい、ブチ殺されることは免れ得ないし、最悪本当に消滅させられるかも知れない。


 ということで動き出すのだが、まずは部屋を出て廊下、人が居ないことを確認しつつ、昨日あの監視員の馬鹿野郎を焼き殺した非常階段へ……と、ここは現場検証、いやもうそれは終わり、いつも通りサボりの馬鹿共が葉巻を咥えて屯しているようだな。


 ここを強行突破するのはさすがにアウトであろう、昨夜は1匹だけであったため、飲酒、というか燃料をパクって酒の代わりにのんで、それで喫煙もしたクズが勝手に引火して焼け死んだだけに見せかけることが出来たのだ。


 ここの監視員はチンピラ、西方新大陸系犯罪組織の連中の中ではかなり下っ端のゴミ共ばかりであろうし、その程度の事故は日常茶飯事、特に誰も気にしないような軽微な事象なのであろう。


 だが今の時点で非常階段にて屯しているのは……およそ10匹か、さすがにこのクラスの死人が出ているとなると、少しばかり上の、まともに考える頭を有している野郎が出て来るはず。


 その際に怪しまれるとかなり面倒だからな、徐々に遡られ、セラに言い寄った、しかも夜中に来訪したあの変態監視員が、その日のうちに事故で死亡しているところまで調べ出されるかも知れない。


 などと考えつつUターンした俺は、普通に誰も居ない廊下と階段を進み、誰も居ない玄関口を通過し、そして誰も居ない、おそらく本来居るべき者が先程の非常階段に屯しているのであろう守衛所をもスルーして外へ、念のためそこからは物陰に隠れつつ先を目指して行く。


 しかし作業場は特撮の爆発物を使う現場のような感じであったのに対し、それ以外の場所は普通に公園のようだな。

 見渡すと、特に緑が生い茂っている平穏そうな場所が……マップではそこがメイン事務所になっているのか。


 まぁ、それについては最後の最後、全ての状況を把握した段階で確認しにいくとしよう。

 どうせ親玉がこの公園エリア内に居ないことは判明しているのだし、見つかるリスクを冒してまで無理に侵入する必要はない。


 俺がまず見に行くべきはマップ中央、巨大戦艦の組み上げが行われている場所、俺達が昨日やらされていた、岩石から金属を抽出するという行程と比べてかなり川下に値する作業である。


 あの監視員は残り2ヶ月程度で完成だと言っていたが、果たして実際にはどの程度なのか、さすがに予定していた工期よりも短いということはないであろうが、実際に目で見て確認しておく必要はあるのだ。


 ということでマップを頼りに後援の中心部へと……と、そうか、居住エリアや事務所エリアを抜けると、そこはもう完全な更地にして特撮現場なのであった。


 このまま抜けて行くにはまた反復横飛びが必要になってしまうのだが、さすがに疲れそうなので接近することが可能な別の方法を探りたい。


 もう一度マップを開いて確認すると、どうやら少し離れた場所に岩場、というかがけのような場所があるらしい。

 昨日運ばれて来ていた岩はおそらくそこから運び出されたものなのであろう、そしてそんな場所なら隠れつつ移動することも出来そうだ。


 マップを開いたまま、そこへ最短ルートで近付いて行くと……と、さすがは重要な資源の採掘場だ、働かされている人間の数も、そして監視員の数も半端ではない。


 適当にその辺の大岩、おそらく運ぶことが出来なくて放置されたものなのであろうが、その影にサッと身を隠してその人が居るエリアの様子を見る。


 足元にはその大岩を運び出そうと試みていた人々の、ぺちゃんこになった死体と地面に染み込んだ体液があるのだが、それについてはもう構っている暇ではなく、汚いので踏まないように気を付ける程度だ。


 で、作業場の方では……うむ、岩を落としたショボいおっさんが、監視員にそれを見咎められて……そして殴られているようだな、哀れなことである。


 いや、だがあのおっさん、かなりタフではないか、身の丈3mを超える強雑魚に殴られても普通に立っているし、それによってダメージを負った気配はない。


 もう少し良く様子を見て……というかおっさん、フォン警部補ではないか、後姿でわからなかったのだが、振り向いた瞬間にその類稀なるおっさん臭さが伝わり、正体について俺に気付かせたのだ。


 しかしあの監視員の強雑魚、かなり粘着質な性格のようだな、リヤカーから小石をひとつ落としただけで、未だにフォン警部補を殴り続けている、全く効果がないというのに……


 いや、このままではさすがにアレだな、フォン警部補があの強雑魚に目を付けられ、これ以降の諜報活動に支障を来す結果となり得る。


 ここはひとつ、俺様の最強暗殺テクであの雑魚を殺害してやろう、誰にもバレたりせず、もちろん事故死に見せかけてだ。


 うっかりフォン警部補を撃ってしまわぬよう、細心の注意を払って狙いを定め、空気を切るイメージでデコピンを放つ。


 俺にしては珍しく遠距離攻撃なのだが、果たしてヒットするのかどうか、或いは誤ってフォン警部補を吹っ飛ばしてしまうのかどうか……



「だいたいテメェはなべろぽっ!」


「わっ、汚ったねぇっ!」


「何だっ? 監視員が突然……赤い霧になったぞ、何が起ったんだ?」


「事故か? それともそこの新入りが殺ったのか? おいっ、どうなんだよっ?」


「新入り貴様、黙って殺されておけば良いものを、監視員に手を出すなんて」


「いや、俺じゃないんだがな、マジで……こんなことをするのは……」



 俺の攻撃によってフォン警部補に暴行を加えていた強雑魚は消滅、昨日の俺のように演技ではなく、リアルにこの世から消え去ったのであった。


 だがなんと、そのせいでフォン警部補が責められているではないか、しかも仲間であるはずの作業員達から。

 おそらくこの後の連帯責任を恐れているのであろう、フォン警部補が何かしたとしたら、それはこの作業エリア全体の責任となるのだから。


 まぁ、とりあえずフォローを入れておくべきだな、またしても超高速反復横飛びをすることとなってしまったのだが、これに関しては仕方ない。


 姿が消える程度には加速したところで、そのままの勢いでフォン警部補へと近付いて行く。

 今日はセラが居ないため、風でスカートが捲れて何とやらということは心配する必要がないため非常に楽だ。


 で、その雰囲気で俺の接近に気付いたフォン警部補と、この期に及んで未だ『何かが居る』ということさえ察することの出来ないその辺の作業員達。


 これがガッツリ登場している脇役と、その他一般のどこにでも居る単なるモブとの違いだ。

 その後ろの連中が良い感じにざわつく中、俺は風を纏いつつフォン警部補の下へと辿り着く……



『……よぉ、勇者殿か、どうしたんだこんな所まで?』


『……俺は事故で死んだフリをしておいたんだ、だから自由に動き回れる、で、さっきのも当然俺だ、ここは上手く誤魔化してくれ』


『わかった、じゃあこうしよう、この風が超強力なカマイタチで、ほら向こうに見えているだろう? こっちには気付いていないようだが、あの監視員も同じように殺しつつ移動してくれ』


『おう、それで事故を装う作業は完璧だな、それと、その先の移動ルートは?』


『あの監視員をブチ殺した先、ちょうどその横ぐらいを見ればわかる、切り出した鉱石を運び出すためのルートがあるからな。それを辿って行って、突き当たりまで到達したら上がフリーだ、クライミングして、崖の上から公園中央へ向けて移動することが出来るぞ。もちろんそっちへ向かっているんだろう?』


『わかっているじゃねぇか、そして良く昨日1日でそこまで調べ上げて……と、元々そういうのが仕事だもんなPOLICEは……とにかく助かった、あとここ引き続きは任せたぞ』


『うむ、ではそっちも頼んだ……』



 フォン警部補とのナイショ話を終えた俺は、すぐに指定された監視員の下へ、ついでに作業員達にも強烈な風を感じさせるよう移動して行く。


 これでこの鈍感な連中にも『何かの存在』が認められたはず、俺が移動して行った方向を全員で振り向いているのがその証拠だ。


 そしてターゲットに可能な限り接近して……一撃、ポッという音と共に赤い霧へと変化したデカブツ監視員は、その周囲で作業していた連中へと、エアロゾルとなって降りかかったのである。



「おいっ、あっちの監視員も同じ感じにっ!」


「祟りじゃ、これは祟りじゃぁぁぁっ!」


「だがとにかくここだけの事件じゃなかったんだ、おいそこのショボいおっさん、疑って悪かったな」


「あ、あぁ、どうも……」


「ま、良く考えればこんな奴に監視員を殺すだけの力があるわけないよな」


「違いねぇ、はははは・・・…っと、新しい監視員が来る前に作業に戻らないとだ」


「だな、何をしたかしていないかに関係なく、普通に処刑されてしまうぞ」


「いや、最近は鉱山送りにされるらしい、ここで採れる分だけじゃ足りないし質も悪いみたいでな」


「そうか、だがどっちにしろ死ぬのは確かだな、まぁ、ここに居ても変わらないか、そのうちお迎えが……」



 卑屈な感じで無駄話をする作業員達、フォン警部補はこのとき、こうなってしまったら人としてお終いだと、そう感じたのだという(参考:勇者らとの旅路~伝説の格闘刑事 フォン元警視正回顧録 中巻~)。


 で、その場を後にした俺は、言われた通りのルートを辿り、途中崖が崩れて落下したりもしつつ、どうにか人の居ない、採石エリアの上へ出ることが出来たのであった。


 ここからなら公園の作業場全体を見渡すことが出来るな、この場所と、昨日俺が居たエリア、それにその他の製造工程がある場所や、使えなくなった『社員』を生きたまま焼却するための炉、『追い出し部屋』と書いてあるが、この世から追い出してしまうのは性質が悪い。


 で、その中でもひときわ目立つのは中央、造っているという巨大戦艦の本体が組み上げられつつある場所だ。

 少しばかり穴が掘られ、その底から徐々に上へ上へと造られている鉄の塊、アレが戦艦になるのは……うむ、おそらくかなりの時間を要するであろうな。


 ひとまずこのまま1時間程度様子を窺って、どういう感じで作業をしているのか、何か面白いことや、セラへの土産話になるような面白い野郎は居ないかと注視しておこう。


 もっともここからでは遠すぎて、人の表情などは見えない……と、辛うじて怒鳴り声は聞こえるようだな、とにかく目で見て耳で聞いて、現場の生の情報を収集するのだ……



 ※※※



 その日、朝早くから現場に引き出されたセラは、間違いなくその場で唯一、このエリアを監視している監視員の1匹が、昨夜のうちに非常階段で馬鹿な死に方をしたことを知っていた人間であろう。


 日の出前に作業を開始させられ、風魔法で炉に火を送っている最中に、別の監視員が昨日の変態野朗の死亡について触れていることを、そしてローテーションの組み直しをしているのを耳にした。


 その際、最初の監視員であったスキンヘッド野郎がその場を離れたため、僅かの時間ではあるが、他の作業員達と話をする機会が生じる……



「何だろうな? 監視員の方でトラブルでもあったのかな?」


「さぁ? わからないわね、それよりも早く鉱石を入れないと、炉が空焚きになっていると怒られるかも知れないわ」


「おっとすまねぇ、で、お姉さん、昨日はどうだったんだ? あの後帰らされて……普通に休んでいたのか? どうだったんだ?」


「それはそうよ、他に何があるのかしら?」


「いやな、俺達はもう休むとか、あと布団で寝るとか、そういうのは夢のまた夢でな……昨夜も監視の目を盗んで立ったまま寝ていたわけだし、夢を見る隙もないままに見つかって、殴られて起きたんだ、どうだ、かわいそうだろう?」


「かわいそうだけど……それでどうしたのかしら?」


「そんなかわいそうな俺達だ、お姉さん、貰ったんだろ昨日? ほらあの監視員から、コッソリ……缶詰だよ」


「さぁ? どうかしらね、ほら、そっち空になっているわよっ」


「なぁっ、良いだろうお姉さん、あんた体小さいんだからよ、俺だって腹が減ってもう……殺してでも奪ってやる、覚悟しておけっ」


「面倒ねぇ……」



 呆れ果てた様子のセラに対し、隣のおっさんはさらに、執拗に要求を繰り返してくる。

 きっと昨日セラが帰った後に、あの監視員が『缶詰でも持って行ってやろう』などと発言していたに違いない。


 全く最後まで、というか死んでもなお迷惑を掛けてくる変態野朗であったのだが、そのお陰でセラはひとつ理解した。


 この場所において狂っているのは監視員の犯罪者共だけではない、追い詰められ、色々と破綻してしまった作業員達もまた、いつ何をしてくるのかわからないということを。


 で、そんな『やべぇ奴等』の中で、偶然横に居たことからその『やべぇ奴』ぶりが露見してしまったおっさん作業員のセラに対する執拗な絡みは、結局監視員が戻って来るまで続いたのであった。


 最後にもう一度大きな溜め息を付き、せっかくのチャンスでまともな情報が得られず、かつ不快な気分にさせられたことをリセットしつつ、仕方なしに黙々と作業を続ける状態へと戻る。


 その際、チラッと新しい監視員、おそらく午後からやって来るのであろう、昨日死んだ変態の代わりの奴が見えたのだが……セラよりも歳が若いと思しき少女であった。


 やる気に満ち溢れた顔、まるで真っ当な仕事に初めて従事する新入社員のような、そんな初々しさを誇る謎の美少女。


 だがその服装は女チンピラ然とした感じであり、皮製のジャケットには当たり前のように大量の鋲が打ってある。


 美少女なのは顔だけ、そしてその顔立ちは明らかに西方新大陸系であり、犯罪組織の一員としてこの島国へ渡って来た者であるということは、ひと目見るだけで容易に判断出来ることだ。


 美少女はひと通りの説明を受け、午前中の監視を執り行っているモヒカン野朗にヘコヘコと頭を下げると、他に何かやるべきことがあるのか、その場を立ち去って見えなくなってしまった。


 だがこれはセラにとっての大チャンスである、先程のチャンスは隣の死んだ方が良い馬鹿おじさんによってフイにしてしまったが、今度こそはモノに出来そうな、かなり期待値の高いものである。


 セラと同年代かそれ以下の存在、しかも初心者感丸出しで、まだ悪に染まり切っていない、どこかに善良さも兼ね備えた、いやむしろ未だ善良さの方が勝っているような、そんな存在なのだ。


 1時間働く毎に1時間の休憩を与えられるセラにとっては、ここでその美少女を懐柔することが出来ればそれで良し、敵ながらに心強い味方、そして情報源となる。


 あとはその美少女が、監視員としてやって来る午後を待つのみ、休憩を挟み、他の作業している作業員達から憎悪の視線を向けられつつも、一切気にすることなく午前中を過ごしたセラ。


 ようやく監視員の交代時間が来たことにより、例の美少女がやって来る、まずは話し掛けよう、そう思って振り向いた際に見た光景は、当該美少女が無言で、そして優しい笑顔のままで、いきなり作業員の1人を縊り殺した瞬間であった……

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