853 到着と行列
「えっと、じゃあこの作戦その2でいくとしたら……実際に潜入するのは数人、勇者様は確定として、他は?」
「ちょっ、俺は確定なのか?」
「うむ、じゃあ俺も行こう」
「フォン警部補で2人目ね、他、出来ればちょっとぐらい我慢出来る子で」
「もしも~っし、俺、行きたくないんですが~っ?」
バーのマスターから貰った謎の公園内作業場の作業員募集チラシ、ミラ曰く完全なブラック労働であり、潜入捜査とはいえかなり酷なのではないかとのことで、基本的には行きたいと、参加したいと思わないものだ。
それをセラが勝手に、何の相談もなしに俺を加えてしまうという、極めて愚かな行動に出たのであるが、以降、俺からの反論は一切、誰からも受け付けられていない状況にある。
そして無駄に立候補するフォン警部補、そのせいで俺の辞退がさらに難しくなってしまったではないか、こんなおじさん、作業中にギックリ腰でも発動してしまえば良いのに。
などと世間に対する恨みを内で渦巻かせていると、どうやらルビアが参加を悩んでいる様子。
重労働は嫌だが、出来が悪くて罵声を浴びせられたり、鞭でシバかれたりはしてみたいという変態である。
他には……こういう潜入だの何だのとなった場合、いつもは飛び付いてくるカレンとリリィだが、今回は『まともな食事が与えられない』という地獄を見る可能性があるため、とてもではないがやる気になれないようだ。
紋々太郎はいまだ酔い潰れて寝ているし、他のメンバーで適任と思える者もまた少ないのが現状。
まず見た目からして人族でないマーサはダメ、さすがに目立ちすぎるし、マリエルやジェシカも顔立ちからして高級すぎる、庶民ではないためダメ。
あとミラや精霊様はもちろん拒否しているし、ユリナやサリナもマーサと同じ理由でアウト、セラは……あまりにも貧相なため採用されない可能性があるのだが……まぁワンチャンであるといえよう。
ということでチラシの裏の『作業員応募者リスト』に、こっそりとセラの名前を記入しておいたところ、すぐに発見して何やら青い顔をしている。
チラシはこの1枚しかないようだし、その辺にあった油性マジックで太く、濃く記入したため消すことも出来ない。
もちろん、こういうヤバめの人員募集においては、取り消し線による訂正など認められず、『希望した』ということが確定してしまうはずだ。
「もう勇者様ったら! どうして私がこんなっ、キツそうなっ、ダメだわ、もう消えないみたい」
「フンッ、勝手に人をそんな場所に放り込んでおいて、自分が道連れにされるとは思わなかったのか? まぁ、とりあえず最後の1人が目を覚ましたら行こうぜ」
「そうね、紋々太郎さんなら英雄とバレない限りは大丈夫そうだものね、キャラ的には『実はブラック名職場であるということを完全に見抜いていたが、出所したて、ヤクザから足を洗いたてで行く所がなく、住む所もないため即応募した中年』って感じかしら」
「おう、そのノリなら多少は酒が残っていても怪しまれないだろうよ、ムショから出て最初に行ったのが飲み屋で、次に仕事探しってことだな」
これで紋々太郎のキャラ付けは完了した、で、フォン警部補はもう普通にその辺の転職活動中のおっさんで良いであろう、ここは特に問題など生じ得ない。
そして俺とセラは……どうしようかと考えたところ、精霊様の意見によって決まったのは、『多額の借り入れをして始めたベンチャー企業が5秒で破綻し、借金取りに追われてこの町に辿り着いた若い夜逃げ夫婦』という設定だ。
で、もちろん出所ヤクザと普通のおっさん、それから夜逃げ夫婦が一緒に面接を受けに来るわけにはいかない。
つまり3つのチームに分散して、内部に入り込んだら独自に調査を進めていく流れとなる。
まぁ、可能であれば『その場で仲良くなった』雰囲気でコンタクトを取り、積極的に自分の得た情報を交換していくつもりではあるのだが……
「よしっ、じゃあ紋々太郎さんが起きるまで暇だし、それぞれ衣装のセットでもしようぜ、あ、フォン警部補はそのままで良いと思うぞ」
「確かに、このくたびれた加齢臭スーツと黄ばんだワイシャツがいかにもって感じだものね」
「結構臭いです、洗った方が良いです絶対、本体ごと……」
「お前等メチャクチャ言うな……まぁ良いや、俺はこの一張羅でいくぜ」
「なら着替えるのは俺とセラだけか、ということでこっちで何か見繕うこととしよう」
ここで俺とセラ、それから衣装には少しだけうるさいカレン、ついでに庶民的センスを有し、予算の上限等についても指摘してくれるミラの4人で、別室へと移動して着替えを始める。
用意されたのはこの大都市国家にて一般的に使用されている作業員の服装や、その他休みの日におっさんが着ているようなショボい服など。
ちなみにここ最近は都市全体のブラック化が進み、作業着の需要は爆上がり、価格も高騰しているのに対し、まるで休みがなくなってしまったため、私服の類はもうほとんどタダ同然で流通しているのだという。
もちろん『仕事用のインナーに出来る』ようなものは引き続き通常の価格だが、今目の前にある明らかなアウター、しかも摩擦に弱く風を通し易いジャケットなどは、もはやゴミのような扱いを受けているに違いない。
「え~っと、じゃあ俺は……どうしようか?」
「ご主人様、こっちの古いのが良いです、紺色で擦れて悪くなった布製のベストですよ」
「じゃあベストはそれで、カレン、インナーも選んでくれるか?」
「う~ん、ならこのシャツでどうですか?」
「いやそれ半袖だし、赤とか奇抜すぎんだろ」
「貧乏なんで半袖のしか買えなかった設定です、ズボンはこっちの何かピチピチなので良いですね、はいっ、完成ですっ」
「お、おうっ」
ついでにベルトと肩に付けるアレもセットし、少しだけ世紀末感をだしていったのだが、外の街並みはそのような雰囲気を有しておらず、未だ破局前の平静さを保っている。
で、俺の方は別にどうでも良いし、どんな格好で行ったとしても、それについて誰も言及しないし、普通に見ていないことであろう。
肝心なのはセラの方だ、そこは間違いないのである、セラには少しだけ『良い感じ』の恰好を、もちろん俺が許せる範囲での目立つ格好をさせ、それによって付近の人間の注目を集めるのだ。
そうすれば自ずと情報も集まるはずだし、作業している、つまり虐げられている側の口は堅くとも、作業を監督している側からは、もしかしたら何かを得られるかも知れない。
それに期待してまずは……と、ミラの奴、セラをとんでもない服装にしようと試みていやがるな……
「ほらお姉ちゃん、そこ、胸元はもっとザックリ開ける感じで、そうっ、インナーが裂けても構わないっ、それタダだし」
「そうって、これじゃ着てないのと同じじゃないの、凄く寒いわよ」
「ダメよ、そのぐらいは我慢、ほら、上着の前は全開にして……というか上着なんて要らなさそうね、お姉ちゃん、やっぱ作戦変更で」
「ちょっと、これ以上どうしようってわけ?」
「やっぱり貧乏な夜逃げ夫婦設定だし、お姉ちゃんは着るものがなくて、結局裸ワイシャツで、でもボタンもないから前が全開で……パンツは……紙紐で良いかしら?」
「風邪引いちゃうわよそんなのっ!」
風邪を引くとかそういう次元の話ではなく、むしろPOLICEに牽かれるタイプの服装だと思うのだが、セラとミラはそのことに気付いていないのであろうか?
とにかくもう一度、今度は普通の服装、いや貧乏臭い服装に着替えさせ……と、どうやら最初に出会った頃のあの服装が最も『貧乏臭い』ようだ。
というかセラは、もちろんミラもだが、元々生粋の貧乏人なのだ、余計な飾り付けをせずとも、素のままで行動していれば、その一挙手一投足から貧乏のオーラが滲み出るに違いない。
とはいえまぁ、せっかく呼んだミラの意見も少しは参照しようということで、見えない部分、主にパンツを紙紐で代用する部分だけは採用しておいた。
セラは尻がスース―して非常に寒いなどと言って不満そうであったが、引っ叩けば暖かくなるからといって黙らせておく。
「よしっ、これで完璧だぜ、じゃあセラいつもの感じで貧乏さ、身分の低さをさらけ出しながら動くんだぞ」
「それよりもお姉ちゃん、その体型で雇って貰えるかが心配よ、この、何か変な紙屑とか胸の所に入れて……」
「ダメだミラ、そんなことをしたら不自然になるぞ、まぁ、もしかしたら貧乳好きの奴が居るかも知れないから、セラだってたまには……殴るのはやめろぼへぷっ!」
「良いパンチねお姉ちゃん、それなら鉱山でも、地下の強制労働何とかでも雇って貰えるわよ」
いつもの如く殴られ、仕返しにと半死にの状態のままセラの紙紐パンツをグイッとやってやる。
全くこんなモノを履きやがって、本当にエッチな奴だと罵ると、もう一度殴られて昏倒し、知らぬ間に部屋から連れ出されていたようだ……
※※※
「勇者様、いつまでゴロゴロしているの? もう皆準備が出来ているわよ」
「へいへい、あ~っ、誰かに殴られたせいでまだクラクラするぞ、こりゃアレだな、三半規管とかがアレになってアレな感じだな、あ~もうアレだわ~」
「あらそう、じゃあ逆向きからもう一度殴ったら元に戻らないか、ちょっと試してみても良いかしら?」
「やめておけセラ殿、治療をしなくてはならないルビア殿の気持ちにもなるんだ、面倒臭いだろう? いひゃんっ!」
「そうですよ、いくら魔力量が凄いからって、半殺しにされた勇者様を毎度毎度……はうぁっ!」
ジェシカには脇腹抓りを、マリエルにはカンチョーをそれぞれお見舞いして黙らせておく。
2人共なかなか良い反応であり、このまま続けて次の攻撃を……している暇ではなさそうだな。
で、仕方なく起き上がった俺は準備をし、酔いから醒めていた紋々太郎、そして普通のおじさんであるフォン警部補、さらにはリアル貧乏人のセラを伴い、バーを出て鳥共の情報にあった公園とやらを目指す。
しかし、外に出るとこの貧乏臭い服装が意外と目立ってしまうな、ほとんどの通行人が『仕事がある』系統の恰好をしている中、俺とセラだけがそれを失い、路頭に迷っている系のスタイルなのだ。
もちろん俺達の少し前を行っているフォン警部補も、それから完全にヤ〇ザでしかない紋々太郎も比較的目立ってはいるのだが、この誰もが否応なしに、無限に働かせられる大都会において、失職者という設定は余裕の間違いであったのかも知れないな……
「へくちっ……寒いわねぇこの格好、特に下が」
「おうおうセラよ、昔はそういう格好でも平気だったじゃねぇか、もしかして贅沢病か? 弱体化してしまったのか?」
「そうじゃないでしょ、この穿いてるの、当時もこんなのじゃなかったはずだわ」
「しょうがないだろう、紙紐パンツしかなかったんだから」
「あったでしょそのぐらいっ!」
「いでっ、町中で殴るんじゃない、ほら、凄く見られてんぞ」
「あら、ごめんあそばせ、おほほほっ」
「全く……」
適当な話をしている最中に、ちょうど通過している際中であった横の建物の壁が一部破損するほどの衝撃はを持ったパンチを放つセラ。
当然注目を集めてしまったのだが、それはパンチの威力だけではなく、きっと色々と失敗して流れ者となった夫婦の、妻の方がキレて夫の方に暴行しているという、まぁ何となくありがちな光景を見て『うわっ、こりゃひでぇ』と思ったのであろう。
しかし、本当に歩いている連中は皆勤め人だな、この大都市の人口は凄まじいとのことだが、一定数のやる気がない、フラフラと遊んでいるような奴は居ないのか?
働きアリの法則ではないが、やはりどの世界にも、どのコミュニティにも、そういった類の人間が少しは存在しているはずなのだが……やはり見受けられないな。
というかアレだ、最初からかなりの違和感があったのだが、娯楽関係の施設が一切見当たらない。
先程までのバーも『隠れ家的』な感じであって、看板さえ出していなかったことだし、もしかすると本当に飲み屋がないのか?
だとしたら酒の臭いを漂わせ、未だフラフラと頭を押さえながら歩いている紋々太郎は……まぁ、あの男は元々、見た目からしてアウトローなタイプだから大丈夫か、特に不自然とか、そういったことにはならないはずだ。
「ねぇ勇者様、見てよあそこ、ほら、あっちのちょっと広くなった場所よ」
「どれどれ、ギャルがパンチラでも……って、汚ったねぇおっさんが死刑にされてるだけじゃねぇか、そんなもん日常の一場面でしかねぇだろこの世界では」
「でも罪状が凄いわよ、ちょっと行ってみましょ」
「罪状って……確かに理不尽だな……」
少し遠い場所の広場で処刑されようとしている変なおっさん、何やら叫んでいるが、執行人はその声に耳を傾けることをしない。
同時に周囲の、処刑を見るために集まった人間も、何も言わずに……いや言えないのだ、しかも集まったのは自らの意思ではなく、明らかに『動員』されていることが、その人々の表情からも判断出来る。
処刑方法はごくごく一般的な縛り首か、この程度のことであれば、俺達が本来の拠点としている王都なら、商店街の福引レベルのイベントとして、その辺の流れ者であり、万引き犯でもある雑魚キャラなどに対して日常的に行われているものだ。
だがその光景が異質だと感じるのは、やはりその観衆の反応にあるとしか思えないような状況。
ここの人間は処刑を娯楽として見ているのではなく、『さすがにかわいそう』だとか、或いは『次は自分の番かも知れない』などと思っている様子。
まぁ、とりあえず様子を見てみよう、もし理不尽な処刑であったとしても、作戦上この場で割って入って救助するわけにはいかないのだが、処刑の対象がおっさんであり、美女とか美少女ではないため普通に諦めよう。
と、ここでいよいよ刑が執行されるようだ、その前に、明らかに西方新大陸系の顔立ちをした執行官が、前に出て色々と話をするらしい……
「では処刑を開始するっ! この者は国から賜った仕事であるっ、1日23時間の事務作業に対して不平不満を述べたばかりかっ、あろうことか途中で居眠りをするなど……」
「待ってくれっ、1日23時間なんて無理だって、ちょっとミスする度に1時間ずつ労働時間を増やされて、そんなになったらもう無理だって!」
「うるさい黙れこの無能ゴミ野朗! 貴様は当然に処刑されるべき人間だっ! 与えられた仕事もこなすことが出来ないというのであればっ! 貴様の吸っているこの貴重な空気が無駄になるっ! 執行しろっ!」
「まっ、そんな空気なんて、イヤダァァァッ……」
「……これにて悪は潰えた、お集まりの善良な皆様は、このゴミのようなことにならぬよう、精一杯ご自信の仕事に励んで下さい、ありがとうございましたっ!」
とんでもない重労働を科せられ、またそれによって命まで奪われてしまった哀れなおっさん。
ぞろぞろと解散していく民衆らは、自分がこうならぬよう、あり得ない重労働に対しても我慢の一点張りとなるであろう。
そしてその緊張感が忘れ去られた頃になると、また同じように動員され、新たな犠牲者が処刑される瞬間を目の当たりにし、それによってまた無駄に気が引き締まるという悪循環。
この『誰かを晒し者にする』という手法は、やはりどの世界においても共通で効果があるようだな。
こうはなりたくない、自分が晒されたくないという気持ちは、まるで呪いのように人々を突き動かすのである……
「……何だか知らないけどムチャクチャだな、王都がこんなんじゃなくて良かったぜマジで」
「そうよね、もしこういう感じだったら、勇者様なんて速攻であそこに吊るされているものね」
「まぁ、そうなったら逆にブチ殺してやるがな、さぁ、行こうぜ」
処刑の見物に来なかった紋々太郎とフォン警部補は、既に見えない程度にまでは遠くへ行ってしまっている。
これでバラバラにやって来た感が出せるというものだ、俺達もサッサと行って、そのトンデモ重労働の募集に応じるとしよう。
そのまましばらく歩いて行くと、鳥共の指定してきた公園らしき場所へ出た、出たのだが……何やら凄い行列が出来上がっているではないか。
もしかしたら有名なラーメン店でもあるのか? こんな場所に? いやそれはない、これは求職者達の行列だ。
皆昨日までは別の場所で働いていた、働かされていた感が丸出しの風体で、下を向き、黙ったままその列に並んでいる。
しかしどいつもこいつもガリガリに痩せてしまっているな、おそらく昨日までの職場は大変に厳しく、このままでは先程のおっさんのように、難癖を付けられて処刑される運命にあったということが目に見えてわかる状態。
表向きは職業選択の自由を認め、誰もが真っ当な社会生活を送ることの出来る平和な大都市だが、もし普通に職を辞し、次の仕事を探さなければどうなるか。
そういったものの運命は、俺が転移前に居た世界のように理不尽に落ち零れていくのと同様であるが、この世界では、この大都市では社会的地位に留まらず命さえ奪われる、つまり、結局は先程のおっさんと同じ運命に陥るのであろう。
「あ、2人ももう並んでいるみたいよ、フォン警部補、凄く溶け込んでいてナイスよね」
「元々おっさんだからな、俺達はちょっとアレだ、物語の主人公感が溢れ出してしまっているから注意が必要だぞ」
「ええ、じゃあ早速並びましょ」
こうして『明らかにやべぇ』この大都市で、非常にブラックだと予想される仕事、そしてそれが敵の、西方新大陸から来た犯罪組織と、それから魔王軍の合作であると思しき何かの作業に従事せんとする俺とセラ。
行列はどんどん進み、そのうちに俺達の順番が回ってきた……どうやら面接のようなことをするらしい、採用されるよう、気を引き締めていかなくては……




