850 見学へ行きたい
「すみませ~んっ! 旅行者なんですが~っ!」
「誰か~っ、誰か教えて下さ~いっ……ダメね、皆チラチラこっちを見てはいるけど、目が合いそうになるとスッとそっぽを向いてしまうわ」
「あぁ、何か足早に過ぎ去って行く奴も多いしな、俺達がそんなに怪しいっていうのかここの連中は?」
「いや怪しいわよ、何で勇者様がマーサちゃんのスカートなんか履いて、ウサ耳付けて声掛けしてんのよ?」
「この方が目立つだろう? ほら、向こうから……」
『お巡りさんこっちですっ! こっちにウサ耳の変質者が』
『逮捕だぁぁぁっ!』
「やべっ、また通報されてんのかよ、さっさとずらかろうぜっ」
「100%勇者様のせいよねこれ……てかあのケツアゴの刑事、結構しつこいわね……」
先程から何度通報されたことであろうか、バラバラに分かれて情報収集をしているのだが、どういうわけか俺のチームのみに現地のPOLICEが絡んでくる。
しかもほとんどが人の皮を被っただけの魔導警備兵であるところ、なぜかケツアゴの刑事が1名、執拗に追って来ているのだ。
何度振り払っても次の『お巡りさんこっちです!』の際には登場するというしつこさ、むしろこちらから話し掛けて、どうやって追跡しているのかを聞き出したいところなのだが……それはそれで暑苦しそうだな……
『まぁぁぁてぇぇぇぃっ! 逮捕だぁぁぁっ!』
「待てと言われて誰が待つかってんだこの野郎、てかこれはもう作戦失敗だな、他の班がどうなったのかは知らんが、とにかく奴を振り切ってからでも合流しようぜ」
「そうよねぇ、そろそろ私のスカートも反して欲しいし……あ、向こうから臭いがするわよっ、嗅ぎ慣れたおじさんの臭いっ」
「おっと、フォン警部補が居るのか、ちょうど良い、こっちのPOLICEとちょっと話し合って貰おうぜ、俺達が怪しい奴じゃないってことをPOLICE対POLICEでキチッと説明してくれるよう頼むんだ」
「というか勇者様、その格好だと全く説得力がないんじゃ……最悪フォン警部補に逮捕されそうね」
「なぁに、そしたらブチ殺すさ、フォン警部補も、それから後ろのケツアゴも……と、そのフォン警部補が見えたな、お~いっ!」
「むっ? おぉ、勇者殿か……というか何なんだその恰好はっ? 普通に事案じゃねぇかっ!」
「いやかくかくしかじかでな、それよりもケツアゴ刑事を頼んだっ、もう後ろに迫って……どうした?」
ようやく合流したフォン警部補、それに後ろから迫っていた、どういうわけか異常に足の速いケツアゴを擦り付けようとしたところ、一瞬時が止まったかのような、そんな現象が起こった。
いた時間停止とかそういった類のものではない、停まった、というか固まったのはフォン警部補とケツアゴ刑事、その2人のみであったようだ。
どうやら目が合った瞬間にフリーズしたようだが……もしかして2人で何か会話を、テレパシーとかそういうモノで、いやPOLICEだから無線か、この世界だから魔導的な、『夢線通心』とかそういった……というわけでもなさそうだな。
フォン警部補もケツアゴ刑事も、何かにショックを受け、普通に固まっているだけのようだ、そして今ようやく動き出したかと思えば……
「フォン警部補……ではないのか?」
「お前はもしかしてかつての同僚、『ケツアゴのHAGE』じゃねぇかっ!? 何やってんだこんな所でっ?」
「いやお前こそ、確か西方新大陸に渡ったとかで……まさかお前、連中を追ってここまでっ?」
「あぁ、その通りだ、そしてこの変質者、これが今の仲間だ」
「何てことだっ!? こんなのを仲間にするほど人材が枯渇しているのか、西方新大陸からの増援には期待していたというのに……FUCK!」
「いやFUCKじゃねぇよ、何だお前、ケツアゴのハゲ? フォン警部補の仲間だったのか?」
「勇者様、ハゲじゃなくてヘイジよ、まぁうっすらとハゲだけれども」
「もうどっちでも良いだろ、フォン警部補一応コイツを紹介してくれ、もしかしたら目的が似通っているかもだし、この先協力した方が良いかも知れない、変な奴だけどな」
「おう、その前に勇者殿、せめて法に触れないていどの服装に着替えてくれないか……」
仕方ないということと、それからどうも貴重な情報源をゲットした、つまり目的は達した可能性が高いということで、ひとまずマーサにスカートを返して普通の格好へと回帰する。
まぁ、コイツがダメならまた、今度はルビアの服でも借りて、ついでにパンツを頭に被って情報収集をしよう、その方が先程よりもさらに目立つはず、そしてその分、入手出来る情報量も増えるはずなのだ。
で、ケツアゴのハゲ、じゃなかったHAGEか、ややこしい表記なのだが、とにかくフォン警部補のかつての同僚であること、この島国出身で、フォン警部補の地元に出向していたこと、そして今の階級がフォン警部補のひとつ上、刑事であることなどが判明しているところ。
そして更に詳しい話を聞いていくと、どうやらこのケツアゴ、西方新大陸の犯罪組織が侵入するとほぼ同時にこの島国最大の都市へと異動、その後のことについて詳しく知っている……どころの騒ぎではないな、完全に巻き込まれたうえ、ピンで活動を続けて犯罪組織政権からのの解放を画策しているようだ。
マーサが呼びに行った他の仲間達も集まったことだし、紋々太郎のことはこのケツアゴも一方的に知っていたようだし、とにかく落ち着ける場所へ移動して、詳しい話を聞くこととしよう。
と、ケツアゴ行きつけのバーがあるとのことなので、まだ陽の高いうちではあるが、ひとまずそこを安全な場所、誰かに何かを聞かれ、計画に支障が出るような場所ではないと判断し、向かった……
「……いやはや焦ったぞ本当に、奴等、普通に入って来て暴れるかと思いきや、全く、一切犯罪に手を染めないんだ……もちろん『目立つ、やっていれば誰にでもわかる』タイプの犯罪にはな」
「というと、そんなんでどうやってこの大都市の政権まで簒奪したってんだ?」
「至極真っ当に、合法的にだ、奴等、どうやったかは知らんが選挙で圧倒的な支持を集めてな、不正当方かと思って俺達のようなPOLICEも調べたんだが、そもそも世論調査の結果からして圧勝の勢いでな」
「それで証拠も出ずに、国、というかこの都市国家か、それを丸ごと持って行かれたと、そういうことだな?」
「あぁそうだ、お陰で不正を疑ったPOLICEは予算を大幅に減らされて、奴等が再起動させたあの魔導何ちゃらに仕事を奪われ、この店のツケは……マスター、今日はこの旧友と、それから世界を救う旅をしているその仲間の変質者が払ってくれるそうだ」
「え? あーっあーっ、聞こえないーっ」
「そうか、聞こえなかったのでは仕方ないな、今の長い話をもう一度させて貰おう」
「イヤイヤイヤイヤッ、ちゃんと聞こえてたかんねっ!」
「じゃあそういうことだ、マスター、お勘定はこの変質者へ頼む」
「FUUUUUUUCK!」
外の見張りは魔鳥軍団に任せ、店内に居る客、そしてマスターまでもが、この都市の未来を憂いて集ったケツアゴの仲間であるということもわかっている。
つまり問題なのはお支払だけだ、先程から隣で浴びるように飲んでいるルビアと、むしろ樽ごとどうこうしてしまっているリリィや精霊様のお食事代は、それはもう極めて高額、尋常ではないはずだ。
まぁ、最悪労働を提供する、即ちこの大都市を犯罪組織の手から解放してやるという方法で支払っていくしかないのだが、とにかく食べすぎ、飲みすぎの連中には少し自重するよう言っておくこととしよう。
それで、マスター以下、元々バーの中に居た数人の客は、やはり外では余計なことを言えない、もしこの場ではなく、町の中で何かを聞かれた場合には、適当に誤魔化して逃げるであろうということを伝えたうえで、俺達にこの町の様々なことを教えてくれた。
まず、問題となっているのはこの大都市全体に蔓延する『息苦しさ』である、犯罪組織が選挙で大勝し、政権をとってから先、これまである程度の自由があった発言や批判につき、やたらと厳しく取り締まられるようになってきたのだという。
もちろん、そういう状況にあっても、引き続き『自由に発言・自由に批判』という、異世界から来た俺にとってはごく当たり前であった原則は、キッチリ護られている体であるということも付け加えて……
「俺達はよぉ、あんな連中が突然やってきて、それであっという間に政権与党になったのは何だかおかしいと、そう主張していたのさ……いや、もっと正確に言おう、そう主張していた連中の生き残りなのさ」
「生き残りってことは……他は全部殺られてしまったとでもいうのか?」
「あぁ、絶対におかしい、何か裏があるはずだって言った奴等はな、寄って集ってデマの発信者扱いさ、で、そのうちに『危険なデマを流す野郎は排除すべし』とか何とかで、とっ捕まって縛り首にされちまったんだよ、野郎はな、女はどこへ連れて行かれたのかさえわかりゃしねぇ」
「まぁ、売られたんだろうな……てかおいケツアゴ、あの魔導警備兵が被っていた皮ってもしかして……」
「そうだっ、大変に悔しいことだが、彼らは犯罪者ではなく善良な市民であったんだ、それをあんな感じにして……めっちゃ気持ち悪いだろうアレ? 今の政府はな、ああいう風にされたくなかったら言うことを聞いておけ、大人しくしておけと、住民に対して無言の圧力を掛けているんだ、ヤバいだろう普通にっ?」
「なるほどな、で、誰もがこれはおかしいと、こんなの絶対にナシだと、そう気付いているのに何も言えないでいると」
「ということだ、この都市はパッと見凄く平和だ、犯罪組織が侵入しているなんて、誰が聞いても疑ってしまうような状況だろうよ、パッと見はなっ」
「そのパッと見は作られた、偽りのものでしかないと、まぁ、これは戦わないともうどうしようもないな、だがどうやって戦うかがな……」
今回の敵は犯罪組織にして、やっていることは今のところ合法でしかないという、何とも矛盾した状態にある連中だ。
もちろんこれまでの悪行をもとに成敗することも出来るとは思うが、その場合には『この町で、ここへ侵入している連中が直接的に何かした』という証拠を、追加的に発見して提示することをしなくてはならない。
そうでなくてはこちらが、逆に俺達が悪の側に立ってしまうことになりかねないのだ。
現状で敵の犯罪行為が見えていない以上、攻撃よりも前に捜査が必要になるのは確実だし、それが面倒でもある。
いや待てよ、俺達には非常に強い味方が居るではないか、今回に限り、本当に特別ゲストの味方ではあるが、その存在がそもそも諜報、偵察に向きすぎている存在が。
そう考えながら、比較的隅の方でナッツを齧り続けているハピエーヌの馬鹿を見つめる。
食事に夢中でこちらには気付いていないようだが、その肩にはキッチリ、魔鳥との連絡用に派遣された小鳥が止まって、指示が出るのを待っている状態だ。
まぁ、ハピエーヌ本人に話し掛けても、また何を言っているのか、まともな言語を用いているのかさえわからずにイライラするのがオチであるから、ここは紋々太郎を経由して会話することとしよう。
で、俺が要請したいのは敵の連中、つまりこの都市国家にて政権与党となった犯罪組織連中、その上層部の監視と内容についての報告だ。
可能であれば証拠の収集もして欲しいところなのだが、それについては何かが暗躍しているということがバレてしまわぬよう細心の注意を払ってということで、無理はしなくて良いと伝えさせる。
あと俺達に出来るようなことは……少し厳しいかも知れないが、引き続き対人での情報収集に努めていくこととしよう、また奇抜な格好で……と、それはダメらしい……
「とにかく聞き込みに行こう、またチームを分けて……ジェシカ、どうしてこっちを見ているんだ?」
「いやな、主殿が居るチームに配属されると……」
「配属されると……とっても嬉しいのか?」
「違う逆だ、主殿と一緒だと聞き込みどころではない、最悪この地域から追放される気がしてならない、だから他の皆とは一切別行動にしてくれとは言わないが……聞き込み以外で……」
「・・・・・・・・・・」
どうやら俺の作戦、奇抜なスタイルによって衆目を集め、それによって情報を集めるものなのだが、世の理というものがわかっていない仲間達には大層不評らしい。
まぁ、町中でずっと止まっていたり、楽器を演奏したりして注目を集め、それによって日銭を稼ぐなどということは、この危険極まりない、そんなことをしていて襲われ、殺害される可能性さえある世界ではなかなか出来ないこと。
つまり芸をして、それで目立って何とやらという手法が認められ辛い、俺のあの完璧な作戦が、単なる馬鹿の愚行にしか見えていないのである。
となると俺は作戦を変えていかなくてはならないのだが、ここで数十分前よりも明らかに髭が伸びている、まるでマジックテープのあの部分のような見た目の割れたアゴから、そんな俺に対して何やら提案があるようだ……
「ふむ、じゃあこうしよう、そっちの変質者と、それから秘書の格好が似合いそうな巨乳の女性、君だよ君、一緒に来てくれないか、フォン警部補も一緒にな」
「は? どうしてお前のようなケツアゴ野郎と行動を共にしなくてはならんのだ? 何か奢ってくれるのか? 飲み代さえも他人に転嫁しようとしているこの貧乏刑事が?」
「奢りではないし店へは行かない、少しこの国家の中枢、もちろん一般公開はされていなくて、未だに少しだけ残っているPOLICEの特権でどうにか捻じ込める場所を見て欲しいと思ってな、この巨大な人口を擁する大都市が、現時点でどれだけ腐り切っているのかを見て欲しいんだ」
「なるほど、国会的な場所を見学するってのか……ジェシカ、もちろん行くよな? 先導してくれるのがこのケツアゴってのはちょっとムカつくが、良い情報が得られそうだ」
当然のように了承したジェシカ、リリィも行きたいなどと言っていたが、今回は修学旅行ではなく戦争だということで、ひとまず我慢して貰うこととした。
ということでその国会的な場所へと赴くのは4人、俺とジェシカは『政治家デビューしたくて仕方のないその辺のボンボンの馬鹿』と、『ボンボンの馬鹿に手を焼いている美人お世話係』という役回りで、そしてフォン警部補とケツアゴ刑事はその護衛と案内を兼ねた存在という、本来のものとさほど変わらない役回りでの潜入とする。
何だか俺の演じなくてはならない役回りが大変なクズであるという点が少し、いやかなり引っ掛かるのだが、そこは作戦のため、そしてリリィに対し、これは大人の何とやらだのと言い訳してしまった以上、我慢して引き受けてやるしかないようだ。
「よし、では主殿、準備は良いか?」
「余裕だぜっ、モミモミ」
「ひっ……ちょっ、いきなり揉むんじゃないっ、何がしたいんだ突然?」
「ジェシカよ、俺は今ボンボンの馬鹿になり切っているのだ、そしてボンボンの馬鹿は通常おっぱいが大好き、もしそのボンボンの馬鹿に美人秘書が付属しているのだとしたら、それ即ち、常におっぱいを揉むことの出来るおっぱいマシンとしてのやろばげぽっ!」
「ふざけていないでさっさと行くぞっ!」
「ふぁい……」
モロにブン殴られて昏倒寸前のまま、フラフラとジェシカの……ぷりぷりの尻を追い掛けた、もう回復した、もう一度、今度は尻の方を揉んでやろうではないか。
そう思ってコソコソと接近すると……子度は襟首を掴まれ、無理矢理に連行されてしまった。
意外とガードが堅いな、真面目モードのときには手を出さないのが無難で、かつ経済的なのかも知れない。
で、このままこの大都市国家における国会議事堂的な場所へ向かうのか? 本当に怪しまれることなく侵入することが可能なのであろうか、実に微妙である。
とはいえケツアゴ刑事は自信満々、ジェシカのプリケツと比較するとかなり高硬度で薄汚いであろうそのケツアゴをぷりぷりと揺らしながら、外へ出てまっすぐ都市の中心部、最も高い建物が密集している場所へと歩いて行く。
しかしその自信ありげなアゴが、ではなく表情が逆に不安を呼び起こすのだ、確実に上手くいくと決まったことではないのに、そしてこんなケツアゴ中心のビジュアルなのに、それでいて自信満々などおかしな話。
通常こういう見た目の人間は出オチで、その場でインパクトのある行動を取った後に即退場していく、つまりこの世界においては無様に死に晒すはずなのだ。
それがここまで何事も起こらず、比較的中心に位置するフォン警部補という強キャラの元仲間などというポジションを提示して、結果として世界の中心であるこの俺様と行動を共にして……まぁ良い、これに関してはなるようになる、そう思っておこう……
「それでHAGE、都市国家の中央議会……なのかはわからないが、その場所へどうやって入るのだ? HAGEはこの国のPOLICEだから良いし、勇者殿達もまぁどうにかなるかもだが、西方新大陸POLICEの俺が入り込むのはどうなんだ?」
「大丈夫だフォン警部補、それに変質者と巨乳美人秘書役のお姉さんも、我がPOLICEとしてのパスポートがあれば、なんと無条件で『お友達3名様まで』を国の重要施設内に招待することが可能なのだ」
「警備体制ザルじゃねぇかっ!」
「これなら魔鳥軍団を使わずとも、普通にカレン殿や精霊様を侵入させて、直接情報を収集すれば良かったな……」
もはや意味不明なのだが、それはまぁいつものことであり、今回もそんな感じ、実にいい加減な感じであったかというだけである。
とにかくもう目的の施設は目の前だ、左右対称の、明らかに国会ぎ……いや、どちらかというと平〇院鳳〇堂だな、どうやら入り口はど真ん中のようだ……




