847 救出
『グォォォッ! 死ねぇぇぇっ!』
「ちょっ、キレてんじゃねぇよこの単細胞が、マジで何なのお前、馬鹿なの?」
『馬鹿は貴様だこの人間風情がぁぁぁっ!』
巨大な翼による攻撃、嘴で突く攻撃、その恐竜のような足で蹴る攻撃、どれも予想し得たものであり、今のところ火を吹くとかそういう類のイレギュラーはないようだ。
ただ魔鳥だけあり、そのひとつひとつの攻撃には凄まじい魔力が乗って、受け止めるだけでかなりのダメージを受けてしまう。
飛んで来た羽の1枚を手で払ったら血が出た、聖棒を前でグルグルと回して衝撃波をやり過ごしたら、もうそれだけで腕が軋み、肘がどうにかなりそうであった。
嘴や足の鍵爪による物理攻撃は今のところ全て回避しているのだが、それをまともに受ければどうなってしまうかわからない、実に強力な一撃なのである。
しかしどうにかしてこちらも攻撃を、いや回復が……ルビアは天井から吊るされており、高さ的に相当な大ジャンプをしないと手が届くことはない。
当然、そこまで高く飛び上がれば敵の魔鳥に意図がバレる、そして落下時の身動きが取れない状態から、一方的に攻撃されるタイミングまで生じてしまう。
それでは俺の敗北が近付くだけだし、回復魔法使いを救助したとなれば、おそらくこの程度の知能を有している敵であれば、確実にそちらを優先ターゲットとしてくるであろう。
もしかしたら一度は回復が間に合い、完全な状態に戻ることが可能かも知れないが、その先はルビアを護りつつ、もう一度今の攻撃も受けつつ戦うことになる。
それは結果的に損であろう、やはりこのまま、救援が来るまで戦い続ける、こちらが攻撃するチャンスにはあまり期待せず、耐え続けるしかないようだ……
『グォォォッ! 死ねっ、踏み潰されて死ねっ! この下等生物がっ!』
「うるせぇよ、下等生物はお前だ……っと、ここだっ!」
『ふぐぅっ……わ、我に、我に対して攻撃するとは、人間の分際でぇぇぇっ!』
「ふむ、ちょっと浅かったようだな、結構本気で突いたのにな……」
敵が踏み付け攻撃を繰り出した際、その下に潜り込んで腹の、もっとも柔らかそうな部分に聖棒の一撃を加えてやる。
効いたには効いたようだが、だからといってそれで討伐出来るわけでもなく、むしろより一層怒らせてしまった感もあるな。
ここはもう少し距離を取って、攻撃を回避し易い場所から対話を試みる、そしてその間に自然回復を試みるべきであろう……
「……おいお前っ! どうしてそんなに凶暴なんだ? 飼っていた人族が全部連れ去られて、それでムカつくのはわかるけどよ、だからといって『それっぽい形状の生物』を全部毛嫌いすることもなかろうに」
『フンッ、では貴様はアレか飼っていたナメクジが、外からやって来た別のナメクジと駆け落ちしてもどうとも思わないのか?』
「いや意味わかんねぇよ、てかナメクジとか飼わねぇしそんなもん普通に」
『なんとっ? 人族よりも僅かに下等な、そのすぐ下に位置している存在がナメクジだと思ったのだが……どうも人族というのは自意識が過剰なようだな、自分達が優秀で、高位な種族だと誤認しているらしい、単なる馬鹿の分際で、しかも唯一の長所である器用さで、森を切り開いたりわけのわからぬ武器を創り出したり』
「まぁ、それは一理あるかも知れないが……しかしつまらん理由でその人族とか、似たような姿をした生物に、問答無用で攻撃して殺そうとするのは……というかお前、どうして俺は殺そうとしているのに、仲間の3人は生け捕りにしているんだ?」
『3人? あぁ、上から吊るしている3匹のことか、それなら新たに調教して、今度は絶対に逃がさぬように飼育しようと考えてな、リベンジだよリベンジ、もっとも、貴様のような輩は要らぬので処分しようというだけだ』
「なるほど……じゃねぇよっ、俺の仲間なんだから返しやがれってんだこの鳥野郎がっ!」
セラとルビアならともかく、精霊様を飼育するなどとわけのわからないことを言い出す魔鳥。
この植物の蔦があればどうにか出来ると思ったのであろうが、あの女が何かしたところで言うことを聞くようになるとは思えない。
というか最悪、他の『精霊様』を呼んで助けに来させるのではなかろうか、もちろん火の精霊辺りであったら、このような植物、そして鳥も、一撃で制圧してしまう、というか消し炭に変えてしまうことが可能なのであろうから。
やはりこれは忠告しておいた方が良いか? いや、それよりも何よりも、まずはこの場で3人を救出する方法を考えないとならない。
援軍は未だやって来る様子がないため、今のところはまだ俺1人で対処を……と、魔鳥の奴、3人の方を見て何かをしようと考えている様子だ……
『ふむ、ではこのコイツ、3匹の中でも最も体の大きな者で良いか、コイツを少し使おう、降ろせっ』
「おいっ、ルビアに何をするつもりだ?」
『何を? それは調教のデモンストレーションだ、かつての仲間であり、これから死に行く貴様の前で、この我が新たなペットの調教をしてやろうというのだ、まずは……痛め付けてやろうではないか』
「いや、それは無駄だと思うんだが……」
「むーっ! むむーっ!」
『と、これでは悲鳴も上げられぬではないか、おいっ、口と目をオープンにしろっ』
「ぷはっ! あ、ご主人様、まだ負けていなかったんですね、でもこの状況……何でしょうか?」
「ルビア、お前その鳥に調教されるらしいぞ、痛め付けるって、だからちょっと見せ付けてやれ、その実力をな」
「は、はぁ、わかりました……で、大きな鳥さん、具体的には何をするつもりなんでしょうか?」
『そうだな、う~む……ん? 貴様この種子は……既に洗礼を受けていたということか』
蔦で縛られたまま地面近くに吊るされているルビア、そのスカートに付着していたのは、先程ここへ来る際に攻撃を受け、貼り付けられた『お尻ペンペン草』の種であった。
その種をピッと、翼の先端を上手く使ってひとつ採取する魔鳥、お前もなかなか器用ではないかと言ってやりたいところだが、今は話し掛けたところで反応を得られることなどなさそうだ。
で、その種を持ったまましばらく考えた魔鳥であるが、突如として頷き、何かを決定したような雰囲気を出す。
鳥ゆえ表情などはわからないのだが、とにかくルビアに対して試す『調教』を思い付いたようである。
『フンッ、これが付着しているということは、例のエリアに突入して、それを耐えたということだな、面白い、実に面白いではないか』
「これって、あぁ、お尻ペンペン草のことですか? あの程度、たいしたことありませんでしたから、もっとハードなのをお願いします」
『強がりを言うではない、ふむ、人間は布を纏いたがるからな、全て取り払えっ』
「あ~れ~っ」
スカートとパンツを没収されてしまったルビア、スカートの方はどうにか無事なようだが、パンツは自在に動く植物の蔦によってズタズタにされてしまい、雑巾としてさえ使用出来ないような状態となってしまった。
これは後でミラから苦情を受けるな、パンツもタダではない、むしろ旅先であるゆえ、その存在がかなり貴重なものであることは確実なのだ。
それをこんな場所で失って、しかも再利用すら叶わない状態に……と、パンツの心配をしている暇ではない、縛られたまま尻丸出しになったルビア、これから何をされるのかと恐れて……はいない、普通に嬉しそうな変態ドMである。
で、魔鳥の方はその余裕に満ち溢れた様子を見ても動じず、何かを呼び出すような仕草をした……
『出でよっ、我が配下にして最強の懲罰部隊の長、お尻ペンペンギン!』
『呼ばれましたか魔鳥様、いや、人型の侵入者を捕らえたと聞いたときにはもう、私の出番が来るものだと思っておりましたゆえ、既に1時間ぐらい前からスタンバッてたんですが』
『良い、久しぶりの出番であるからな、それでだ、今回はこの人族を罰して貰おう、侵入したうえ、調教など余裕だと息巻いておるわいっ』
『なるほど……おい人族、貴様覚悟は良いのだな?』
「はい~っ、もちろんです、早くお仕置きをっ」
『……魔鳥様、こやつ、私の見立てによりますと、どうも変態とか、変質者とか呼ばれる性格を有する人族ですぞ』
『なるほど、それでこんなにトチ狂って……まぁ良い、そんな余裕を持っていられるのも今のうちよ、この我が配下、お尻ペンペンギンの調教を受ければなっ』
「もうっ、何でも良いから早くして下さいっ」
呼ばれ、登場してきたのはペンギン、しかも人間と同程度かひと回り程度大きなもので、全身がシルバーの体毛に覆われたモンスターである。
そしてその大きな羽の部分、通常のペンギンの一撃であっても、人間程度骨折させることが可能な威力を有しているとは良く聞くのだが、それの巨大版、果たしてどれほどの威力だというのだ。
とはいえ、その羽の一撃を喰らうのは鍛え抜かれたルビアの尻であって、魔鳥やこのペンギンが期待しているような結果にはならないのである。
そのことをどのようにして伝えてやれば良いのか、口で言ってもわかるものなのかどうなのか、先程から考えているのだが、一向にどうしたら良いかわからぬまま、目の前ではことが進んでしまっているのであった。
『ではお仕置きを始めるっ! 喰らえっ!』
「ぎゃひぃぃぃんっ! き……効くっ……ってほどでもないですね、もっと強くお願いします」
『なっ? そんな強がりなど無駄だと、何度言えばわかるのだ、更に強烈な一撃で(尻が)滅せいっ!』
「あうぅぅぅっ! い、今のは良かったです、でもちょっと物足りないような……あっ、あそこに見覚えのある鳥の方が居ますね、ちょっと呼んで下さい」
『あそこに居る鳥とは……もしかしてカン鳥のことであるか? まさか奴の攻撃を、自ら進んで受けたいと申すか?』
「ええ、そうですけど、それが何か?」
『いやどうなってんだ貴様……まぁ良い、カン鳥よ、こちらへ来るのだ、ちなみに貴様、どのような事態に陥っても知らぬぞ、後悔するが良い』
「はいは~い、じゃ、お願いしま~っす」
『・・・・・・・・・・』
完全にルビアのターンがきてしまったようだ、もちろん縛り上げられた状態であり、特にこちらから攻撃することなどは『今のところ』出来ないのだが。
もっとも、叩かれれば叩かれるほど、痛め付けられれば痛め付けられるほどにその戦闘力を増していくという、ドM専用の固有スキルを有しているルビアにとって、散々尻を叩かれた今の状態においては、その植物の蔦による拘束などあってないようなもの。
おそらくだがルビアは、植物の蔦によって楽な姿勢で体を支えて貰っている、その程度にしか感じていないはずであり、もし今俺が命令すれば、そんなものはババッと引き千切って敵に相対することが出来る。
いや、それもまだ早いな、強化されているとはいえルビアと、それからかなり受傷した、そして体力を奪われた状態の俺で2人。
そのタッグで戦い、ペンペンギンとやらはどうでも良いとして、ボスである魔鳥を確実に仕留めるにはまだ、ルビアの力をもう少し伸ばしてからでないとなのだ。
しかし懐かしの生物、『カン鳥』の登場によって、ここからルビアが受けるダメージは倍増、いやそれ以上か。
つまり、その力の完成はかなり早まるということであり、もはやのんびり向かっているのであろう援軍などに頼る必要もなくなったということ。
うむ、もう何かを言うのは面倒だし、ムキになったペンギン野郎も、そして魔鳥の方も、もはや俺や他の2人、未だ天井近くに吊るされているセラと精霊様のことだが、そちらへの興味は失ったらしいし、このまま事態を見守ることとしよう……
『ハーッハッハッ! カン鳥よっ、私の加えるお仕置きとタイミングを合わせて、その鋭い嘴による攻撃をお見舞いしてやれっ、いくぞっ、それっ!』
「ひぎぃぃぃっ! はうっ! ひぎぃぃぃっ! はうっ!」
『どうだっ、さすがに耐えられまいっ!』
「こ……こ、これはなかなか……でもやっぱり弱いですね、これならご主人様から頂くお仕置きの方が10倍、いや30倍は効きますね、正直言ってゴミです」
『なっ、なにぃぃぃっ!? そんな、かつては処断すべき行為に出た人族をこの一撃で、たったの一撃で粉砕してきた私が……このような変態にコケにされるとは……ぐぬぬぬっ』
『……もう良いペンペンギンよ、貴様の力は既に衰えた、もう貴様とかゴミだしどこへなりとも行ってしまえ』
『クソッ、クソォォォッ! こんな小娘にぃぃぃっ!』
「ひぎぃぃぃっ、い、今のは少し良かったですよ、少しですけど」
最後にルビアの尻をビシッと引っ叩いたペンペンギンとやら、敗北し、その怒りを他者どころか勝者であるルビアにぶつけるとは、コイツは本当に情けない奴だな。
で、これ以上余計なことをしていれば魔鳥によって処分されてしまう、そう悟ったらしいペンペンギンは、既にビビッて身を退いていたカン鳥と共にその場から立ち去る。
さて、これはなかなかのタイミングだな、ルビアの方はかなり仕上がってきたようだし、反撃に転じるチャンスが訪れたといえよう。
そのためにまずはルビアを動かさなくては、次のお仕置きがどんなものなのかと、まだその場で痛め付けられる気でいるお馬鹿を、戦闘モードに切り替えさせなくては……まぁ、それは簡単なことか。
「ルビア、そろそろ決着のタイミングだ、そっちの魔鳥とかいう奴、次はそいつが相手をしてくれるらしいからな、そこから動いて、自分からお仕置きをして貰いに行くんだ」
「わかりました、じゃあブチッと」
『ぬっ? この人族、どうして蔦の拘束をいとも簡単に……何だというのだ……』
「えっと、魔鳥さんでしたっけ……とりあえずご主人様に戦えと言われたので戦いますね、まずは……このままお尻アタァァァクッ!」
『ギョエェェェッ!』
「次に上も脱いでっと、ダブルおっぱい往復ビンタッ!」
『ギョベベベベッ!』
「ラストですっ、ノーパンどころか丸出し状態から繰り出される究極の、スーパーフリーアクション回し蹴りをどうぞっ!」
『がっ、ぼごえっ!』
「……と、飛んで行ってしまいましたね、ご主人様、勝利したようです」
「お、おう、とりあえずスカートを着用しろ……すげぇな、一方的に攻撃して秒で勝ちやがった……」
最初の尻アタックでピヨピヨ状態となり、次のおっぱいビンタデほぼ昏倒、さらに最後の回し蹴りによって吹っ飛ばされ、壁にめり込んで気絶した魔鳥。
その力が一時的に失われたことにより、セラと精霊様を吊るしていた植物の力が抜け、蔦が解けてストンッと落ちて来る……すかさず2人共キャッチした。
で、ボスの敗北を知ったその他の鳥、足が生えて移動することが出来る植物等においては、ビビりまくり、というか本能的な行動によってその場から、実は存在していた施設の裏口から、我先にと脱出して行くではないか。
まぁ、この連中はもう見逃してしまって良いであろう、特に害悪というわけでもないし、魔鳥の力さえなければ単なる鳥……というほどでもないが、少し強い、普通に人を喰らう程度の怪鳥や怪植物である。
今はとにかく、吊るされていた2人の無事を確認するところから始めなくてはならない、セラの方は大丈夫そうだが、精霊様は……
「おい精霊様、大丈夫か? 意識は……あるみたいだが、ここで何があってそんな情けない姿になっていたんだ?」
「ふぅっ、まんまとやられたわ……あそこでメタルオオウナギが吹っ飛んで停まった後、ちょっとここから強大な力を感じて……それでヤバいと思ってすぐに来たんだけど、まさか水の攻撃どころか『水の力が乗った攻撃は全て無効』みたいな奴が居るなんて」
「……つまりだ、精霊様が飛んで行ったのってもしかして……脱線事故の責任を取らされるのがイヤだったからじゃなくて?」
「脱線事故? それならあのウナギが悪いんでしょうに、ちゃんと前を見ていないから、私のせいなんかじゃないわ、絶対にね」
「・・・・・・・・・・」
ここにきて、どうやらそもそもの行動に誤りがあったのだということに気付いてしまったのだが、精霊様本人がそう言うのであればそうなのであろう。
で、本当は強い力、おそらくこの魔鳥から漏れ出していた微量の力を感じ取り、急いでここへ向かったのだが……結局植物系の敵に敗北し、今に至ると。
まぁ、たとえ最強の勇者パーティー内で最強の力を持つ精霊様といえども、迂闊に1人で飛び出して行くのは非常に危険であるということがわかったのが今回の収穫だ。
もしその場で誰かに、主にリリィやユリナなど、火を使った攻撃が可能な仲間に声を掛け、一緒に行けば、おそらくそんな植物程度に敗北することなどなかったのであろうから。
そしてそれともうひとつ、この魔鳥について、もしかしたらとんでもない収穫になるかも知れないな。
どういうわけか人族、どころか人型の生物に恨みを抱いているのだが、それを解消し、仲間に引き入れることが出来ればどうか。
間違いなくこの状況から俺に……はどうかわからないが、ルビアに対してもう一度攻撃を仕掛けようなどとはしないはずだし、正直言って安全なのは確実だ。
もちろん植物の蔦さえどうにかしてしまえば、精霊様の力でどうにか討伐してしまうことが可能な相手であるため、そういう点からもここで止めを刺してしまう必要はないのである。
と、ここでようやく他の仲間達……ミラとユリナ、サリナだけなのだが、強大な魔力を感じ取ってやって来たらしい。
他のメンバーは元の場所で、未だに回復途上にある連中の世話をしているのであろうが、まぁ、何というかもう遅かった感じだな。
とにかく事情を説明し、あとは壁にめり込んだままの魔鳥が目を覚ましてくるのを待とう。
そこから少し話をして、俺達の東への移動に協力して貰えないか、打診してみる価値は十分にあるはずだ……




