846 魔鳥
「よし、もうそろそろ届きそうだな、喰らえっ! グレート勇者ロックバレット!」
「単なる石礫じゃないの……」
「うるせぇっ、あっ、でも外れた」
「どうして外すんですかその距離で……」
「黙れ黙れっ! 気を取り直してもう一発……って、奴はどこへ行ったんだ?」
大変に下品なビジュアルを有しつつ、しかも最強の俺達を舐め腐ったかのような態度で木に止まっていたフクロウのような魔物、それがどこかへ消えてしまった。
いや、むしろ最初からそこに居なかったのではないか? 俺達は幻影の類に騙され、無意味な攻撃を仕掛けていたのかも知れないということである。
しかしだとしたら何のために……とりあえず今まで奴が居た木の下へ行ってみよう、何かヒントが得られるかも知れないからな……
「えっとこの辺りか……って、ぬわぁぁぁっ!」
「あら、落とし穴が掘ってあったのね、で、勇者様はまんまと誘われて落ちちゃったと……てかもう見えないじゃないの、どれだけ深いのかしら?」
「お~いっ、ご主人様~っ、早く出て来ないと置いて行ってしまいますよ~っ」
『待ってくれ~っ、てかすげぇなこの落とし穴、壁がツルツルに磨き上げてあって、クソッ、良く滑りやがる……』
「普通に上ろうとしないで、壁に指を突き刺す感じでいけば良いのよ、ほら頑張って」
『なるほどその手があったか、とりゃぁぁぁっ……いや、あれ? 何これ、のわぁぁぁっ!』
「どうしたんですか~っ?」
『何かよ、壁を傷つけたらダメらしいんだわ、不正発覚のためスタート地点が更に深くなります、猛省しなさい、だってさ』
「あらら、もうしょうがないわね、ちょっと待っていてちょうだい」
結局落とし穴から脱出したのは、ルビアが常日頃から持ち歩いている縄と、その先にさらに植物の蔦を結び付けて長さを増したものを垂らして貰う作戦が成功したタイミングであった。
おそらく10分以上は無駄にしたな、先程の卑猥極まりないフクロウのような魔物は、俺達をここに足止めする目的でやって来ていたのかも知れない。
そしてそれはつまり、俺達には絶対に敵わないということを悟り、仲間が避難する時間を作るためにやっている、或いは嫌々やらされているという可能性が高く、精霊様にも同じような仕掛けを使ったに違いない。
もっとも、空を高速で移動する精霊様を止める手などあるはずもなく、おそらくは完全にスルーされてしまったのであろうが。
まぁとにかくこんな所で文句を言っていても仕方がない、ここは更に先へと進み、目的地である例の人工的建造物を有する施設らしき場所へ向かうとしよう。
「はい、じゃあ出発よ、まだ落とし穴があるかも知れないから足元には気を付けて」
『うぇ~いっ』
すっかりセラに探検隊リーダーの座を奪われてしまったのだが、それに関しては別にどうでも良い。
とにかくこれ以上余計な足止めを喰らうことなく……というのは無理なようだな、またトラップの類に遭遇してしまったようだ。
「あら、この草ってもしかして……」
「何だ? 腰の高さぐらいまでしかない単なる草じゃねぇか、人喰い……には見えないんだが」
「ご主人様、これは伝説のお仕置き植物、『お尻ペンペン草』です、こういう感じでお尻を近付けると……ひぎぃぃぃっ!」
「ホントだ、お尻ペンペンされて……服に種みたいなのを貼り付けられるのか、良く出来てんな」
「そうなのよ、あひっ! しかもなぜか女の子しか襲わない、ひゃんっ! ちょっと不思議な草なのよね、あうっ!」
「まぁ、だがこの草が生えたエリアを通らないわけには行かないからな、セラもルビアも頑張ってくれ」
「わかったわ、あひぃぃぃんっ!」
「私はずっとこのエリアの方が、あうぅぅぅっ!」
「しょうがない奴等だなホントに……」
小さなえんどう豆のような種を大量に付けられながら、それでも大喜びで進んで行く2人。
なるほど、確かに俺がそのエリアに入って行っても襲撃されない、女の子だけを襲うというのは間違いないようだ。
しかしこの小さな種、間違いなく後で取るのが大変なものだ、転移前の世界においても大変苦しめられた『ひっつき虫』の類なのだが、このまま帰ったら俺がミラに怒られそうだな。
まぁ、その際には知らないフリでもしておけば良いのだが……と、そうだ、精霊様を捕まえたら、罰としてそのえんどう豆のような種の除去をさせよう。
地道な作業が嫌いな精霊様にとってはきっと地獄のような罰と感じられるであろう、もちろん正座させたうえでひとつひとつ丁寧に剥がしていく必要がある。
ついでに、といってはアレなのだが、せっかくなので尻丸出しにしたうえでここに放り込んでやろう。
考える力がないと思しき植物だし、きっと精霊様であっても容赦なく襲い掛かるはず、尻を叩かれて悶絶する姿を見て、指を差して笑ってやるのだ。
で、そんなことを考えているとそのエリアが終わり、セラとルビアのスカートに付着した種を眺めつつ、もしや王都に持ち帰って栽培するつもりではなかろうなと疑いつつ先へ進む。
その後も何度かトラップの類に遭遇するものの、敵性の鳥が向こうから襲い掛かってくるようなことはなかった。
しばらく歩くとようやく見えてくる目的の施設……と、中に鳥らしき影があるのが確認出来る、大きいのも、小さいのも居るようだが……どういうわけか敵意は感じないな、こちらの接近に気付いていないわけではないはずなのに……
「さてと、やっぱり中には鳥が居やがるな、ちょっと動きもおかしいし、逃げ込んだ精霊様が何かやらかした感じもしないが」
「それで、どうするの勇者様? あの施設、中はひとつの広いホールになっているみたいだけど……突入した瞬間から精霊様に見られるわけだし、すぐに逃げられそうよね」
「まぁ逃走は試みるだろうな、だがそこは説得して、例えば今投降すればお仕置きを本来の2割引にしてやるとかそんな感じで」
「ご主人様、その割り引かれたお仕置きは私が引き受けます」
「そうか、2割だと……便所掃除3日ってとこだな、そうか、ルビアがやってくれるのか」
「ひぃぃぃっ! 体罰じゃなくてそういうのなんですかっ!?」
冗談はさておき、とにかくその施設の建物、近くで見て始めてわかったのだが、ドーム状になっていて上が透けているタイプの、どちらかといえば先程まで居たビニールハウス系の建物をもっと頑丈にしたような、とにかくそんな感じのものなのだが、中へ入ってみないことには何も始まらないし、話も先へ進まない。
まぁ、入った瞬間どころか、現時点で既に精霊様はこちらの襲来に気付いているはずだし、どのようにして逃げ出そうかと考えている最中であろう。
もっともこれ以上時間を使う、こんな場所でグダグダとやっていることが無駄だと悟り、少しでも刑を軽くして貰おうと言い訳など考えている可能性もあるが。
精霊様がどんな作戦でくるのかはわからないが、とにかく俺達がそこへ入った瞬間に勝負が決まる、そんな気がしてならない。
3人で建物へと近付き、万が一にも取り逃さぬよう扉の両サイドを固めさせ、俺はとりあえずその扉に耳を当てて……と、やかましい鳥の声しか聞こえないではないか、精霊様の居場所がピンポイントで確認出来ないのは痛いな……
「……ダメだ、やっぱりもう入ってみる以外になさそうだな、セラ、ルビア、ここを開けたら精霊様が突然飛び出す可能性もあるからな、すんげぇ速いと思うが、頑張って捕まえるんだぞ」
「うぅっ、ちょっと無理な気がします、ご主人様が頑張って下さいよ」
「それに後で恨まれると思うとなかなか手が出せないわよね、もし捕まえてお仕置き台送りにしたとして、今夜寝ている間に何をされるかわからないわ」
「あぁ、きっと顔どころか全身に落書きされるだろうし、水を使ってオネショに見せかけるような攻撃もしてくるかも知れない、正直言って復讐の内容はそんなもんじゃないかとも思うんだがな」
ここでセラかルビアが精霊様を捕まえれば、そこで予想されることはもうわかりきっている。
もちろん捕獲者が俺であったとしても恨まれるのは確定なのだが、復讐の類について効果が薄い分、まだマシかといったところ。
となれば仕方がない、もし精霊様が飛び出して来た際には、俺が率先して逃げ道を封鎖、上手くキャッチして捕獲するしかなさそうだ。
もちろん実際にそれをやるのかどうかは、この後この扉を開けた瞬間に何が起るのかに懸かっているのだが……
「よし、じゃあ準備は良いな? 開けるぞ」
「ええ、どうにか……」
「何だか無駄に緊張してきました……」
「まぁリラックスしていこうぜ、では3……2……1……オラァァァッ! 御用だ精霊様め……って、あれ? どうしたんだ精霊様は? 居ないじゃないか」
「それにこの鳥の数……いやっ、ちょっと見て下さい2人共! ほら、あそこっ、あそこの天井から……精霊様が……」
「縛られて吊るされてるわね……反省して自主的にそうしたのかしら?」
「……いや、明らかにそうじゃねぇだろ、足だけジタバタしているが、目隠しと猿轡までされて……お~いっ、精霊様~っ!」
「むっ? むーっ! むーっ!」
「いや何言ってんのかわかんねぇよ、しかしこの鳥と、それから植物が鬱陶しくて敵わんな、お~いっ!」
植物の蔓のようなもので拘束され、建物のちょうど中央、天井が最も高くなった部分から吊るされている精霊様。
俺達が来たことに気付いているのは確実だし、何かを主張しようと必死になっているのだが、猿轡を噛まされた状態では何も伝わらない。
しかしここからだとパンツが丸見えだな、いやそうではなくて、どうしてその状態から抜け出さないのか、もしかして自力では抜け出せないのか?
と、それもどうかといった感じだな、最強である勇者パーティーの中でももっとも強い、つまり史上最強、最大の力を持つ存在がこの水の精霊様なのだ。
それがこんな細い蔓に縛られたぐらいで、全く抜け出すことが出来なくなってしまうなどおかしなこと。
きっと事故のことで反省し、俺達が捕縛する必要がないようにと、あえてその状態で待機……などする性格ではないな。
これは一体どういうことなのであろうか? 先程の人面木が出していた毒花粉のようなものにやられたのか、それとも何か別の理由でこのような状態に陥っているのか。
それは本人から聞き出すのが最も早いことだな、とにかくサッサと救出してしまうこととしよう……
「セラ、ちょっと風の刃であの蔓を切って……セラ? あれ? ルビアも……どこに隠れて……あっ!」
「むーっ!」
「むむむーっ!」
「何やってんだよお前等まで……てかいつの間にこんな……」
音も気配も全く感じられないままに、俺の後ろに居たセラとルビアが精霊様と同じ状況に、そして手の届かない、高い場所まで連れ去られ……と、最初から吊るされていた精霊様と並べられてしまったではないか。
しかし敵はこの植物なのか? 先程から不気味なほどに数の多い鳥の群れ、大きい小さい、カラフルかそうでないかを問わず、数千は居るのではないかと思われるその群れが、悉くこちらを睨んでいて不気味なのだが。
……いや、これは蔓だけではないな、なぜならば1ヵ所だけ鳥の群れがザザザッと回避し、その後ろから巨大な、まるで翼竜のような鳥が現れたのだ。
間違いない、奴がこのジャングルのエリアボス、『魔鳥』と呼ばれていた例の鳥であろう。
どこかで見たことのあるフォルムだが、とにかく嘴が大きい、そして足が長く、その体型で本当に飛べるのかという感じのビジュアル。
それが建物の奥から徒歩で、まるでレッドカーペットの上を歩くVIPのような雰囲気を醸し出しつつ、ゆっりとこちらへ近付いて来たのだ。
現時点でまだ敵意は感じない、というか俺をどうこうしようというつもりがないことが明白。
だがそれも今のうちだ、これから行われるであろう対話、その結果次第では、牙を剥いて、いや牙はないのか、とにかく攻撃を仕掛けてくるに違いない。
そしてその重要な対話が、残された俺のみを相手として今始まろうとしている……
『……やぁ、君はこの侵入して来た人族……と、こっちは精霊だったか、とにかくこの人型の3匹の飼い主かね?』
「飼い主……というよりも仲間だ」
『仲間? まさか仲間だなんて、いやね、我もかつてこの地にて、相当な数の人族を飼っていたんだがね、奴等、手先は器用だが頭も力も弱く、増えるのも遅いし仲間割れで殺し合いはするし、なんと脆弱な生き物なのであろうかと。そして挙句の果てにだよ、我の留守中に別の場所からやって来た人族が、我の飼っていた人族を全て持ち去ってしまったのだよ、あれにはキレたね、マジで滅ぼしてやろうと思ったね……で、そんな矮小な人族や、まぁ人型の生命体を、君はペットや家畜ではなく仲間だと、そう言うのかね?』
「え、いや、だって俺もほら……てかさ、お前、俺がどういう存在だと認識しているんだ?」
『ハッハッハ、馬鹿なことを聞くものだね、そんなに我が無知な存在に見えたかね、君はもちろんオランウータンという種族だよね?』
「馬鹿言ってんのはお前だぁぁぁっ! 人間、異世界人だけど俺人間だからっ!」
『なっ、なんとっ!? それでそんなに薄毛であったのか……我を……我を侮辱しよって……許さぬぞぉぉぉっ!』
「え? ちょっ、何でそんなにキレてんの? 俺が人間なのが気に喰わないの? ねぇ?」
巨大な翼を広げ、完全に敵意を剥き出しにしてきた魔鳥、そのサイズ感もさることながら、何といってもその実力の方が……いや、これはタイマンで勝てるのか? 何だか知らないがこの鳥、超強いんですけど。
しかも無数に存在している周りの鳥と、それから施設内の植物の動き、間違いなく魔鳥の力を受けて、それに連動するようにして動いている。
つまり、この魔鳥の奴はこの施設内の『全て』を支配しており、それらを完全なる言いなりにしているということだ。
これはセラやルビアが突然捕まったのも無理はない、精霊様についてはそれでも無理なような気がしなくもないが、まぁ、何か上手いことをやって捕獲したのであろう。
しかしこれはどうしたものか、今からもう一度、『実はオランウータンでした、ウホッ』などと言ったところで聞き入れて貰えるとは思えない、むしろ余計に怒らせるだけであろう。
かといってこのまま戦うのか……それはガチで死闘になりそうだし、最悪数の多い敵の方が有利であって、つまり俺が敗北するという可能性もないとはいえないのだ。
どうしようか、まずはセラとルビア、さらに精霊様も救出して、4人で戦うべきところか、それとも俺だけが一時脱出して、あの丘の上のビニールハウス的な場所に居る仲間にこのことを知らせるべきところか。
……と、魔鳥の奴がこれだけの力を放っているのだ、倒れてしまった仲間を除けば、おそらく誰もがこれに気付いているはずのところ。
きっとユリナ辺りが指揮を取って、何があったのかを見に来ている最中に違いない。
ゆえに俺はその援軍の到着を待ちつつ、危険のない範囲で時間稼ぎをしていくべきところなのであろう……
『貴様ぁぁぁっ! 貴様だけは落とし穴に退避させて、後で安全に、どこか遠い場所にリリースしてやろうと思ったのに……まさか人族の類であったとはぁぁぁっ!』
「いや見ればわかんだろ、俺がオランウータン? 冗談じゃねぇぜ」
『確かにそうであるなっ、オランウータンは比較的高等な生物、10段階評価で言えば7か8程度は付けてやっても良いところだ、それを同じ評価でマイナス500の人族などと見紛うとは、我も歳を取ったものであるな……もっとも、貴様を処分してリハビリを完了させるがなっ!』
「言ってくれるぜ、とにかくお前、単なる鳥とは思えないぐらいの強さだな……」
一度翼をバサッとやると、濃厚な魔力の波が、まるで熱波のように襲い掛かってくる、こんな敵はなかなか居ないし、普通に生活していてこのような力を獲得したとは思えない。
元々は改造されたか、それともマーサのように、弱い種族の中で発生した突然変異の類であろうか。
まぁ、それを探るのはまずこの状況をどうにかした後だ、精霊様でさえ抑え込まれたこの強敵との戦いを、援軍の到着まで持ち堪えさせた後……いけるか?
『ウォォォッ! 行け、植物共よっ、その者を細切れのゴミにしてしまうが良いっ!』
「こ、これはっ……植物の蔓……こんなに自在に動かせるなんて、クソッ!」
襲い掛かる植物の蔓、3人を縛り上げ、天井から吊るしているのと同じものだが、俺については確実に殺る気で攻撃を加えている様子。
下手をしたらこの蔓によって、まるでワイヤーでゆで卵を切断するかの如く斬られてしまう。
聖棒を使って手近なものを振り払いつつ、どうにか場所を移動して、完全に囲まれてしまうのを防ぐ。
しかしこの敵の魔鳥、自らの魔力、というか戦闘力そのものの高さだけではなく、周囲で付き従っている厄介な部下の脅威も凄まじいな。
良く見ればこの蔦の植物、実は魔物であるし、水属性の攻撃は全くの無効でもあるようだ、もしかしたら精霊様はコイツに完封されてしまったのではなかろうかといったところだな。
で、その植物を回避し、ついでに切り刻んでいくと、今度は上空から、謎の猛禽類のような……あの卑猥な姿のフクロウも居るではないか、実に気持ち悪い。
『フハハハッ、我が手を出すまでもないようだな、そのまま蔦と、我が配下の鳥共によって、ズタズタに引き裂かれて死ぬが良いっ!』
「誰が死ぬかよこんな攻撃でっ、この卑怯者め、そんな所で偉そうにしていないで攻撃でもしたらどうだ? それともビビッて近付けないのか? 下等生物だから? あんっ?」
『ぐぅぅぅっ、貴様、人間の癖に偉そうなっ!』
とりあえず親玉を挑発してみたのだが、この行動は果たして正解であったかどうか。
とにかく植物の蔓や鳥共はサッと退き、その代わりとして魔鳥本体が向かって来るようだ……




