843 またしても
「ふぅっ、サッパリしたぜ、正直あの変な培養液? みたいなのはベッタベタだったからな」
「ホントに溶けるとか、火傷するようなのじゃなくて良かったわね」
「全くだ、まぁ不快ではあったが、あの矮小おじさんを中に浸したままずっと生き永らえさせてきたんだ、やべぇものではないだろうよ」
「で、その変なの……もう見たくも聞きたくもないけど、あの物体から話は聞けたのかしら?」
「わからんが、俺は確認しに行って来る、3人はどうする?」
風呂上がり、ああいうタイプの『キモいの』があまり得意ではないマーサはそのままメタルオオウナギ内の座席へと戻り、俺はやはりもう少しあの矮小おじさんの様子を見ておきたい、見ていたら面白そうだというカレン、リリィを伴って元の場所へと戻る。
外では欧鱒がひっくり返っており、その中身であった矮小おじさんは石だらけの地面に正座させられ、俺の仲間達はそれを見下ろすようにして立っているか、或いは地面に敷いたシートの上に座っている状態。
……座っている側はもう興味を失っているな、セラは暇そうに空を眺めているし、英雄パーティーの配下となったカポネも転がって……ルビアに至っては居眠りを始めているではないか。
なお、事故で全員死亡してしまった遠征スタッフの、大量の死体は未だそのままであるのだが、もし矮小おじさんから『死体処理に関するロストテクノロジー』を得ることが出来た場合には、まぁ片付けて適当に供養してやろうかといったところだ。
さて、それで完全の矮小おじさんの方なのだが……正座させられているかに見えた足は、実際には変な方向に曲がって正座など出来ておらず、顔はボコボコ、もう当初の面影がなくなり、目と鼻と口から薄汚い血を垂らしながらガタガタと震えている。
まぁ、それについては自業自得なのだが、このままではあまりにも早く死んでしまいそうなのも事実。
少し治療してやった方が良さそうだということでルビアを叩き起こし、軽く、絶対に完治しない程度の回復魔法を使わせた。
「あぁぁぁっ、ま、まだ痛いのだが……足が折れたままで……」
「はぁ? じゃあ腕もブチ折ったら釣り合いが取れそうだな、どれ貸してみろ」
「ひぃぃぃっ! か、勘弁してつかぁさい、き、聞かれたことには答えたし……これからも答えるし……」
「いやお前な、POLICEに聞かれたことを答えるのは当然なんだよ、それをさも『やってやった』感じで受け止めているなど、言語道断だしそれだけで死刑だぞ、わかってんのかこのハゲは? おいっ」
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんっ!」
「チッ、張り合いのない被疑者だぜ」
「あ、フォン警部補、ちょっと良いか? 今の感じだともう既に色々聞き出したようだが、あとそいつ、被疑者じゃなくてガチ犯罪者な、普通に勇者侮辱罪とか、それから汽車転覆等致死罪で死刑が確定しているんだ」
「おうそうだったのか、ちなみに今POLICE侮辱罪とカツ丼の無銭飲食でどちらも死刑判決が出たところだ、俺が勝手に出したんだがな、それで聞き出した内容だが……」
既に4つの死刑判決を受けたことになる矮小おじさん、もちろんこの後『矮小○○罪』や『顔面醜悪罪』などで捜査を受けることにつき、被疑者であるという言い方も間違いではないのだが。
で、その矮小おじさん死刑囚兼容疑者からの聞き取りによってわかったことなのだが、どうやらコイツが麻呂として生きていた時代はおよそ5万年前であったのだそうな。
当時、繁栄の極みにあったらしい例の都市、あの美しい都にて、こんな馬鹿そうな、そして矮小なおっさんが貴族であったのだから驚きだ。
もちろん矮小なだけあり、貴族としては雑魚キャラの部類に入っていたようだが、それでも当時のあの都市の軍事力は、今の西方新大陸系犯罪組織にも負けず劣らずではないかと、話を聞く限りではその程度であったとフォン警部補は主張している。
まぁ、このメタルオオウナギや欧鱒など、喋って走ってミサイルまで発射する魔道兵器を作成し、別の大都市との間を『鉄の道』で繋ぐ技術力があったのは事実なのだから、それについては特に驚いたり、必死で否定してみたりするようなものではない。
そして、当然ながらフォン警部補が矮小おじさんから聞いた話はそれだけではない。
欧鱒として当時の繁栄を見ていた矮小おじさんが、その最後についてどこで、どのように見て、どう感じたのかを聞いたようだ……
「おい、そういうことだからテメェ、今来た3人にももう一度、さっきの話を一字一句、まるでコピーしたものであるかのように話せ、さもないと殺すし、少しでもズレたら殴るからなっ」
「へ、へぇ……」
「さっきは『へ、へぇ』なんて言わなかったろぉがっ!」
「そこからかべぽっ!」
追加のパンチをお見舞いするフォン警部補を、まぁまぁと宥めたうえで矮小おじさんに話をさせる。
本当に顔を見るだけで殺したく、いや惨殺したくなってくるキモさなのだが、ここは情報のためにグッと堪えよう。
で、まずは古の都、つまりあのDEATHNAGOOONが支配して、その後西方新大陸系犯罪組織に実験を奪われた都市のかつての姿についてなのだが……
「……えっと、かつての都には『鉄の道』が通っていて、この島国の東側にある別の都との行き来が余裕で……我はそこで下級麻呂としての仕事をしていたのだが」
「していたのだが?」
「あるとき下っ端の労働者共が保守点検を怠ったせいで鉄の道が破損、その責任を取らされて、わけのわからないまま欧鱒に……そこから我は欧鱒として、気が付けばイケイケの考え方で、かつ変態趣向に染まって……」
「あっそう、それはどうでも良いから、その進んだ文明の都市がどうして今の、この世界の標準程度まで成り下がってしまったのかを問いたいんだ、わかるか馬鹿野郎?」
「あ、えっとそれは……」
「はいさっきと説明がズレました、POLICEキックを喰らえっ!」
「ゲフゥゥゥッ! か、かかっ……おぇぇぇっ」
「おや、さっきは嘔吐していなかったよな? POLICE指示に二度も従わないとはふてぇ野郎だ、適当に未解決事件の犯人にしてやろうか? あんっ?」
「まぁ待てフォン警部補、コイツだって悪気があって嘔吐しているわけではないんだ、単に馬鹿で、さっき言われたことを忘れているだけなんだ、今のところは勘弁してやって、後で本当に殺す際にその分も痛め付ければ良いさ」
「そうか……う~むしかし俺にはこういう『取り調べ』の方法しか出来ないし……じゃあ勇者殿、あとは任せたぞ」
ということでフォン警部補とバトンタッチし、ここからは俺が直接矮小おじさんに質問し、先程話したという内容をもう一度口にさせることとした。
もう殴られなくて、蹴られなくて済むと思って少しうれしそうな顔をしているその気持ちの悪い生物を、最大限の痛みを与え、かつ気絶だけは絶対にしないよう微調整を施した、その辺に落ちているものを拾った木の棒での一撃をお見舞いする。
悲鳴を上げ、同時に恐怖した際の顔が戻ってきた矮小おじさん、やはりこういう輩はこうでないと。
で、早速例の都市の古バージョンの最後について聞いてみたのだが、その説明は……
「我が欧鱒になった後も、都市はまるで何事もなかったかのように、我など最初から居なかったかのようにして繁栄を続けた、だが、その日常もある日突然終わった……本当に一瞬だったんだ、ごくありふれた日常の中の一瞬、それが何か影響を及ぼす、全てを終わらせるとは思えないようなほんの一瞬。しかしながらその一瞬は全てを変えた、都市の姿も、そして栄えあるものと信じて誰もが疑わなかったその未来も、何もかもが悉く変わってしまったのだ」
「いやそういう語り口じゃなくて良いから、もっと簡潔に話せやこの馬鹿が、で、どうなったの?」
「……何か爆発して吹っ飛んだ、で、そこから2万年とちょっとしたら急にデカい奴とか出現したりとかして、終いにはあのDEATHNAGOOONが君臨し、我のような、欧鱒となった我を始めとする移動系魔導兵器はお払い箱に」
「いや簡潔すぎるんだが? 何があってそんな、都市が丸ごと吹っ飛んで修復不能になるような大爆発を起こしたんだよ?」
「我は知らん、欧鱒にされていたのでな」
「ちなみに当時の技術とか、そういう類についての知識は?」
「知らん、ガチガチの文系だったのでな」
「もう死ねよお前……」
もしかしてだが、この大変希少な存在かと思われたおっさんは、単に当時の地層から発掘されただけの、特に何の変哲もないその辺の虫けら、その化石と同じであったのかも知れない、というかフォン警部補は何を、どんな情報を聞き出して満足したというのか。
それで、確かに当時の、あの都市が発展していた頃の詳細を知る生身の存在ではあるのだが、そこから引き出すことが出来る情報は極めて限定的、というか皆無に等しいのだ。
これは失敗であり、無価値なものを高価値なものと誤認して、こんな場まで儲けたのは凄まじい損失で……いや待てよ、そうなるとこのおっさんを『発見』した俺にも、一部責任が降り掛かるのではないか。
どうにかせねばなるまい、俺は悪くない、もちろんこのおっさんも期待していたほどではないが一応は有価値であり、話を聞いておいて良かったと、皆が笑顔で最後の殺処分を行えるように仕向けなくてはならない。
となると何をすべきか……適当に『古の情報』をでっち上げるか? いや、そんなことをしたらいずれは遭遇するであろう、当時の存在にして、もっと賢い奴にその内容を否定されてしまうことであろう。
ならば……さらに暴行を加えて、どうにかして良い情報を引き出すしかないな、うむ、そうしようそうしよう……まずは棒でシバき倒すところからスタートだ……
「オラァァァ! このダボがっ! このままブチ殺されたくなかったら金……じゃねぇ情報を出せやっ!」
「ヒギィィィッ! わ、わかった、いやわかりましたっ、えっと、ではここで、『鉄の道』の接続先であった東側にある都の情報など……如何でしょうか?」
「東側にある都の情報か……どうだろうな、目的地ではあるんだが……」
「主殿、それは念のため聞いておいた方が良いのではないか? もしかしたら現在に繋がる情報があるかも知れないからな」
「そうか、まぁジェシカがそう言うのであればそうなんだろうな、よし、おい全裸ハゲ、その情報を早く吐きやがれ、ゲロばっかり吐いていないでな」
「オゲェェェッ……と、あの地は我等が都よりも先に奪われたと聞く、我は欧鱒として生きていたが、ある日DEATHNAGOOONの馬鹿野郎に片付けられ、そこからずっと暗闇の中……外の情報を集めていた」
「それで、どうして向こうの方が先に制圧されたなんてわかったんだ?」
「起動したのだ、何か爆発してしまったのは向こうも同じ、失われた古の技術群が、いきなり、何の前触れもなく起動したのだ……その後すぐに我等が地へも何者かがやって来たと、そしてDEATHNAGOOONが封印されて良かったねと、さらには『敵の犯罪組織? そんなものどうでも良いでおじゃるよ、帰ってゲームしようぜっ』などの情報も……」
「最後その辺の麻呂の腐った会話拾ってんじゃねぇよ」
内容はともあれ、ここで引っ掛かることがひとつだけ、そう、今の話の中にあった、『テクノロジーの失われた古の何とやらがいきなり起動した』というものだ。
誰がそのようなことをしたのか? それはもちろん西方新大陸系犯罪組織の連中で、そこに侵入して来た馬鹿共なのであろうが、その連中はもしかして……いや、さすがに使いこなすことなど出来てはいないか。
しかし、それでもそのようなもの、危険極まりないことが詳細を聞かずとも判明してしまうロストテクノロジーの何とやらが、これから向かう先の地で復活しているということだけは事実。
当然そこを制圧している連中が、その何とやらが『凄いモノ』だということは理解しているはず、どれだけ馬鹿であったとしてもだ。
そうなると俺達が攻め入った際、あまりにも圧倒的な力を振るいすぎると、ダメ元でその中の『やべぇ兵器』を起動してしまう可能性が……まぁ、100%程度であろうがある、というかないなどということは考えられない、確実にやってくるであろう。
そうなったらどのような事態に陥るか、もうこの時点でパッと見た精霊様の表情からもわかる通り、これはお馴染み、この世界の消滅を意味する事象だ。
「おいおい、どうするよコレ、てかどうするよコレって毎回何度聞いてんだ俺は? トラブル多すぎんだろ」
「しょうがないわね、まぁこの『鉄の道』の片付けの方もさることながら、そっちはかなりの大問題よね」
「ご主人様、古の魔道兵器なんて、もし都市ひとつにある分を全部暴走させてしまったら大事ですわよ、何か爆発どころじゃありませんわ」
「だよな、まぁそんなにやべぇものばかりかどうかは定かでないが、とにかくやべぇものはやべぇ、どうにかしてそういう事態になるのを避けないとなんだが……」
「では主殿、やはりここは敵がパニックに陥らない方法、つまり平静を装って敵地へと潜入、いきなりではなく徐々に活動の幅を広げて、敵からは『あっ、やべぇな、ちょっと攻撃されてね?』と、そのうちに思わせるか思わせないかぐらいの感じでいくのが妥当だ」
「うむ、ぜってぇ無理だろ俺達には、そんな作戦、そのうちにうやむやになって、結局最後は全ツッパになるのがいつものパターンだぞ」
「まぁ、それを言われてしまうと何も言い返せないのだが……他にやりようもないしな……」
ここで紋々太郎やその配下、フォン警部補にも意見を聞いてみるものの、これといった妙案が思い付くわけではないようだ。
つまり、先程ジェシカが提案した、皆がそれ以外にないものの、自分達がそれをやってのける、完遂する可能性が極めて低いと考えている方法を取るしかないらしいということ。
この作戦の『成功』はそのミッション、つまり今この場で『こうしよう』という風に決定したことの完遂ではない。
どこがどう変更となって、最後はもう破綻しつつ前に進んでも構わないので、とにかく『世界の消滅』さえ回避してしまえばそれが『成功』ということになるのだ。
もちろん攻め入ってしまえば、そして破局を完全に回避してしまいさえすれば、そこに居る敵そのものにはそれほど苦労しない可能性もあるし、正直そうなる可能性が高いはず。
まぁ、こうなったらもう仕方がない、可能な限り敵に悟られぬよう、ゆっくり、自然な感じでその目的地である都市へと入城するのだ。
当然のことではあるが、これから元の場所へ戻って、俺達の有している空駆ける船を用いて大々的に突入するのではなく、このまま『鉄の道』を進んで、犯罪組織の手によってDEATHNAGOOONによって封じられていたそれが復活したとか、そういうノリで向かうのである。
つまりこのまま『鉄の道』を走るということであり、そのためには一定の片付けが必要なのではあるが……それに関しては地道に頑張るしかないな。
とはいえ作業のほとんど、キツいし面倒臭い部分についてはこの元凶となった馬鹿野郎、死刑が確定している元欧鱒であり元麻呂のこのリアル変態全裸馬鹿矮小おじさんにやらせれば良い。
俺達は作業こそすれ、軽く、面倒でないものばかりを優先してやってこととすれば、ある程度は体力を消耗せずに……と、精霊様は何をするというのだ、巨大な水の塊を上空に出現させ、それをメタルオオウナギの進行方向に……勢い良く放つつもりか……
「いくわよっ! ちょっと凄いことになるかもだから退いていなさいっ!」
「ちょっと待て精霊様、そんなことして『鉄の道』が破損したりしたらっ!」
「そうなったらもうしょうがないわよ、私が責任を取るからっ……いや今のはナシね、とにかくここは任せておきなさいっ!」
「いやマジ……おいっ、総員退避だっ!」
「勇者様以外はもう全員射線から離れたわよ」
「へっ? あ……のわぁぁぁっ! 何てことしやがるんだぁぁぁっ!」
「飛んで行ってしまいましたね……お~いっ……あ、良い感じに風を掴んで落ちて来ましたよ」
「まぁ、主殿のことだし死にはしないだろう、とりあえず中へ戻ろうか、そろそろ時間帯的に寒くなってきたからな」
俺が水の塊に弾き飛ばされ、空高く舞っている間に出発準備を終えていた仲間達、ようやく地面へと戻り、頭から岩に突き刺さった俺は、それをデコピンで粉砕したリリィによって救出された。
そしてそのままメタルオオウナギに乗り込むと、すぐに出発となり、速度がグングンと上がっていく。
さすがは精霊様の水塊だ、周囲は綺麗サッパリなようで、特に振動や、脱線の気配などもなく進んでいる様子。
これなら実に快適だ、おそらくあと缶ビールを1本空けるか空けないかぐらいのタイミングで目的地に……と、そういえばこのメタルオオウナギ、どういうわけか『掛○のみ停車する』のであったな。
まぁ、そんなに長くは停まらないであろうし、間違いなく名物である茶でも飲んでいればすぐにまた動き出すことであろう。
そう考え、どういう仕組みなのかは知らないが念じるだけで倒れるリクライニングシートを限界まで倒し、後ろの座席に座っているユリナを押し潰しつつ、これまたどうういうわけか念じるだけで出現する缶ビールをブシュッと開封する。
これは良い旅だ、こんな感じの遠征であれば、島国ではなくこの世界中のどこへでも行って、悪い奴を軽くシバいてまたこうやって帰還することが出来るではないか。
などと叶わぬ幻想を抱いていたところ、突然フワッと宙に浮いたような感覚、ついでにグルグルと回転し、その場にあったもの全てが浮遊する……いかん、これはまた破局に近い事故が発生したに違いない……




