837 激アツ情報
「は~い、OKOK、着水したわよっ」
「よっしゃっ! 早速突撃だぜっ、ってあぁぁぁぁっ……」
「着水したんだから、下は極寒の湖に決まってんじゃないの」
「おいセラ! それを早く言えっ!」
『言わなくてもわかれっ!』
「・・・・・・・・・・」
全員に同時ツッコミを入れられ、ついでに自分自身の方は氷点下の気温の中、冷たい湖に全身をツッコミしている状態、寒すぎて呼吸さえ出来ない次元である。
とりあえずロープを垂らして貰ったものの、手がプルプルして掴むことなど出来ず、結局精霊様に鉄貨3枚(本日の小遣いの全部)を支払って引き上げて貰うことに。
途中、ふざけて落とされたりもしたため、報酬を鉄貨2枚に減額してやると主張したのだが、もう一度突き落として、今度は助けに行かないと脅迫されたため、渋々希少な3枚のコインを手渡し、財布の防御力をゼロとした。
しかしとてもではないが、この湖の中へ入って行って、人力でそのメタルオオウナギとやらを捜索するのは不可能だな。
凍えてしまわないメンバーも居るには居るのだが、それにしてもあまり水質の方が良くなく、可愛い仲間をこんな場所へ放り込むことなど出来はしない。
もちろん遠征スタッフらを行かせるという方法もあるにはあるのだが、そうするとかなりの数の損耗となってしまいそうだ。
きっと100人派遣して、無事に戻って来るのは10人程度、その戻って来たうちの半数が、その後寒さで免疫力が低下、何らかの病に陥って死亡すると考えると……損耗率95%か、作戦としてはダメダメだな。
そして湖に下りることなく、今乗っている空駆ける船の船べりから探すにしても、それはもう非常に高い場所から眺めるだけの無意味な行動でしかない。
きっと真下の水面をそのメタルオオウナギが通過して、ようやくその存在に気付くか気付かないかのレベルであろう。
動力を失い、湖底で起動を停止しているであろうそれを発見することは、その方法によっては確実に不可能なのである。
となると……この巨大な空駆ける船から出て、別の乗り物、つまり小型のボート等を用いて付近を捜索する他ないな。
まぁ、とりあえず救命用のものが1艘あったはずなので、それを出して周囲を捜索しよう。
この近くには長い長い橋が架かっている、つまり人間の存在があることだけは確定しているのだ。
その橋を辿る感じで捜索部隊が移動していれば、すぐに湖畔の人里、もちろん漁業などで生計を立てている人々の集落が見つかるはず。
そこで船をチャーターするなどして、もちろん地元の船長の力も使うなどして、効率良く、この極寒の湖に身投げすることなくメタルオオウナギの捜索をしていくこととしよう……
「じゃあ救命ボートには遠征スタッフを10人、それで大丈夫かな?」
「良いんじゃないかしら? でもまぁ、その人達には行って貰って、私達は寒いから船室で待ちましょ」
「だな、カレンもマーサも元気だけど……リリィがな……」
「ええ、これからどうなるか、何と戦うかわかんない状態では凄い戦力なのに……これじゃあね……」
あまりにも低い気温、おそらく零下といえるような状態であるのだが、ドラゴンのリリィはそれに耐えられない、というか耐える努力さえしていない状況。
皆が起床した時間にはbとっくに起きていたにも拘らず、既にかなりの時間が経過した現在において、おそらく腕だけが20cm程度しか移動していない、素早さのステータスがマイナス査定になるのではないかという次元の遅さだ。
このままでは使えないため、先程からルビアがリリィを抱え込んで温めているのだが、上空に浮いた空駆ける船の甲板という、極めて風の強い状況に置かれている状況ゆえ、効率良く温めることが出来ないでいる。
その間もリリィは必死に動こうと試みているのだが……ダメなようだ、瞬きするのに10秒程度必要としている有様で、今徒競走をしたらデンデン虫が相手でも普通に敗北してしまう。
「ユリナ、ちょっと火魔法を出して、リリィが動けるようにどうにかしていてくれ、で、マリエルは遠征スタッフの中から決死隊でも募って……そうだな、向こうの方が岸が近いから、そっちに行ってみるよう頼んでくれ、それと他のメンバーで暖炉に火を入れたり色々するぞ、船の動力を持って来て暖房に使っても良い、ということで開始!」
「うぇ~いっ!」
各々が動き、まずは派遣部隊の編成と、それからどうにかして船を温める、もちろん船室の中だけではなく、これから活動の拠点になりそうな甲板についても、魔力でドーム状に囲んだうえで暖房を書ける算段だ。
そうでもしないとこの極寒と爆風の中、少なくとも昼暖かくなってくるまでは……いや、この天気だと今日は1日中寒いままだな、湖での捜索に支障が出るレベルの寒さだし、そもそも風の音のせいで、少し離れた場所との意思の疎通が図れない可能性が高い。
もちろん地元の漁師らに頼んで小舟を出すにしても、この湖面の状況ではどうなるかわからないのだが。
これはもしかして作戦見送りか? いや、そんなことをしていては他の連中に迷惑が掛かってしまう。
少なくとも今日中に、もし多数の死者を出して、作戦遂行が不可能なレベルに陥ったとしても明日中には、本当にどんな犠牲を払ってでも……いや、その犠牲の中に俺や大切な仲間達が寒い思いをするというものは存在しない。
犠牲となるのはもちろん、『誰でもない』ようなモブ状態の連中であって、おそらくそのモブは遠征スタッフ他となることであろう。
今回は10人ぐらいの死亡で済ませたいところだが、まぁ、あまりにも減りすぎた場合には、またその辺で募集すれば良い。
この連中はあくまでも現地採用の臨時雇用であって、元々連れて来たような者はもはや死に絶え、俺達がこの島国を出る際には紋々太郎に全権を委譲してしまうような存在なのだ。
つまり『俺達勇者パーティーに関しては』だが、後腐れや補償の問題など、そういったことを特に考えることなく用いることが可能な便利な『消費アイテム』ということ。
それではスタッフの皆さんがかわいそう? いや、古今東西兵士とはそういうものである、口からは次々に綺麗事が飛び出す為政者も、内心ではそのようなものにしか見えていない、自分を慕って集まった兵士諸君が、まるで畑に整列したジャガイモのようにしか見えていないのは想像に難くない……
で、そんな感じの兵士と俺達主役級の偉い人の関係なのだが、今連れているジャガイモ……ではなく兵員か、それは比較的優秀なようで、マリエルが募集を開始するとすぐに10人が集まったようだ。
やる気満々だし、死亡する可能性もあるのでもったいないから食糧は分け与えないという宣告に対しても、そうですかと特に不満な様子はない、本当に優秀な連中らしいな。
まぁ、だいたいはこういう連中から先に戦死していき、残ったクズや使えない将校などが軍をダメにしていくのだが……いや、今回は司令官たるこの俺様が天才なのでそうはならない。
などと根拠のない自信を抱きつつ、本来は救命用であるボートのような感じのマシンにその10人の決死隊を乗せ、爆風で波立つ湖へ、人里を目指せとだけ命じて派遣した……
「さてと……おっ、そろそろ温まってきたな、リリィは?」
「ちょっと動き出しました、早速つまみ食いしようとしていますが、このっ」
「あら~っ、こっちの手も伸びてきました、生のお魚はダメですよ~」
「おうリリィ、そんなにスローじゃ何も出来ないぜ……」
ゆっくり、といっても本人は全力で、最速で動いているつもりなのであろうが、とにかくスローモーションで下拵え中の食材に手を伸ばすリリィ。
それをミラとアイリスが、まるでハエでも振り払うかのように、ペペッと叩き落として諦めさせる。
いつもであれば準備中の食事の1割は持って行かれるところ、これなら今日の昼食はたらふく……のためにはカレンも捕まえないとだな。
まぁ、それは俺には無理そうなので、とにかく温度の上がってきた甲板にて、外のビアガーデンを使って何か軽食を取ろう。
俺達専用の高級な昼食はミラとアイリスが直々に用意してくれているのだが、スタッフ連中はスタッフ連中でまた、食堂係のようなものを勝手に配備してそこで食事を提供しているのだから。
……と、暇そうにしていた悪魔3人娘を誘って外に出ようとすると、何かを食べに行く感じを察知したカレンがパッとその中央に出現する。
やはり捕らえられるリスクが伴い、しかも味付けがまだのものも存在しているつまみ食いと比べ、合法的な食事の方が遥かに良いようだ。
もっともカレンの場合は『軽食』においても『ガッツリ』なのだが、この小さな体のどこにそんな収納スペースがあるのかというぐらいの食べっぷりなのである。
で、俺は適当に揚げたポテトを、悪魔達はベリーとふんだんに使った血の滴るようなケーキを、そしてカレンはステーキだのハンバーグだの、全ての肉料理をコンプリートするのではないかというぐらいの勢いで『軽食』をしつつ、本来食べるべき昼食の時間をまった……
※※※
「はい、ごちそうさまでした~っ」
『うぇ~いっ!』
「……あら、ちょうど良いタイミングで船の影が見えましたよ、ほら、さっき出した船です、派遣部隊の方々が戻って来たようですね」
「お、わかっているじゃねぇか、バッチリな時間配分をありがとう、で、どんな感じに……なぁ、乗っている連中が違くないか? 何かこう、俺達のスタッフじゃないような……」
「ん~っ、あら、確かにそうですね、全員悪人面で、ボスキャラみたいなモヒカンの人間? が後ろに座っています、勇者様よりも偉そうな態度ですね」
「黙れマリエル、カンチョーを喰らえっ!」
「はうあっ!」
遠くに見える船影、そして確かにマリエルの言う通り、乗っているのは俺達が送り出したスタッフ連中ではないようだ。
まず目に付くのは一番後ろ、バスの後部座席を制圧するヤンキーのような座り方をした馬鹿そうなモヒカン野朗。
そして船を漕いでいる周りの子分共も似たような感じだ、おそらく、いや間違いなく西方新大陸系犯罪組織の連中だな。
しかしどうしてわざわざこちらへやって来たというのだ、戦闘力の低いスタッフ10人を殺害し、小舟と僅かばかりの金品を強奪した、それだけでは満足を得なかったというのか?
で、更なる利益を求めて、その小舟が発せられたこの巨大な船へと向かって来たということか……アレだな、目先の利益に目が眩んで命を落とす、その代表例のような馬鹿共だな。
というかなぜ全員上半身がほぼ裸で、下にシャツも着ないで、冷たそうな鋲を大量に取り付けた革のジャケットを着込んでいるのであろうか、寒くはないのか、その格好が恥ずかしいものだと認識出来ないのか、全くもって謎である。
そんなことを考えている間にも小舟は近付いて来て、遂には俺達の乗る巨大船に横付けしたのであった……
「……あ、上がって来るつもりみたいね、汚い手で私達も使う縄梯子に触れたわよ」
「最低な連中だな、で、どうする? というかどう殺る?」
「う~ん、少し待て主殿、奴等、念のためそのままここへ上げないか?」
「何で? あんなに汚なさそうな連中を、この神聖な場所に上げるなど、どういうことだジェシカ」
「いや、派遣部隊が殺されたのは奴等によってであろうが、それに遭遇したということはだな、奴等、この辺りを拠点にしている犯罪組織連中だろう?」
「まぁ、そうだとは思うが……」
「それなら少しは、いや侵攻して来て色々と周囲の宝などを漁った経歴があるのならばだ、その、メタルオオウナギだったか? それについても知識があるという可能性を有している、違うか?」
「まぁ、そう言われればそうだとしか……仕方ない、念のためここでコンタクトを取って、殺して棄てた後はキッチリ消毒する感じでいこう、皆、処分する際にもあまり触れるなよ、見ればわかると思うが、ああいうのはもはうやヒトというよりもばい菌の集合体みたいなモノだからな、激ばっちいぞ」
『うぇ~いっ!』
ということでそのまま待機、ゆっくりと、先程までのリリィを彷彿とさせるようなスピードで、しかし顔は真剣そのもので登って来る敵キャラ共。
そのまま船べりで応戦されたらどうするつもりであったのか、そもそも甲板に上がったとして、腕の筋力をすべて奪われたような状態で、果たしてこちらに勝利することが可能だと思ったのか。
いや、むしろ巨大とはいえだ、縄梯子を使って船に上がる程度のことで、そこまで必死にならなくては成し遂げられない時点で、もはや体力的にそういう稼業には向いていないのではないかと……と、その馬鹿共がようやくクライミングを終えたようだ……
「はぁっ、はぁっ、やりやしたぜ親分!」
「あぁっ、遂に成し遂げたぞっ、これほどまでに高い壁を登り切るとは、もはやこれで帰っても良いぐらいの気持ちだっ!」
「へっへっへっ、そうは言っても、やるんでしょうこの船? 確か英雄パーティーの船で、その英雄様が不在だってあのブチ殺した連中が」
「うむ、奴等を拷問しておいて本当に良かったな、ほとんど金持ってなかったし、さて、この船には……早速女が居るじゃねぇか、ラッキーだぜ」
「……ご主人様、何ですかこの人達?」
「見ちゃダメだカレン、そういう感じのかわいそうな人達なんだ、もう生きていても意味はないから殺してやらないと」
こちらを見つつ、ヘラヘラと笑いながら接近して来る敵キャラ共、話の内容からしてこの連中が直々に派遣した決死隊を殺害、そこから情報を引き出してこの船を襲撃したということが明らかである。
しかし余裕を持っていられるのも今だけであって、これからこいつらにはミンチになりつつ、逆にその有している情報を洗いざらいこちらに提供して貰わねばならない。
ということでまずは……あまり近付くと臭そうだからな、適当な距離まで詰めて来たところで、ユリナの魔法、或いはインパクト大であるリリィのブレスによって、このうち1匹を丸焦げとしてやろう……
「ゲェ~ッヘッヘッ、よぉ姉ちゃん達、もしかして英雄様のお友達かな?」
「で、そっちの頭が悪そうな変な野郎は召使い……というほど身分が高そうでもねぇな、金魚のフンみてぇにくっついて来ているだけの物乞いってとこかな」
「よしユリナ、今おかしなことを言った奴を殺せ」
「はいですの、あの正解に辿り着いたと思しき男を……いてててっ、冗談ですのっ頬っぺたが取れてしまっひょへーっ」
「良いから早くしなさいっ!」
「はひっ! そりゃっ!」
「ギャァァァッ! 何か燃えたぁぁぁっ!」
パッと飛んだ微弱な火魔法、炎に包まれる敵のうちの1匹、俺に対して物乞いなどと言い放った大馬鹿野郎である。
で、他の雑魚キャラ、そして親分と呼ばれた強雑魚は、その光景を見て一瞬固まり、次いで転げまわる火達磨をサッと回避した。
とりあえず何かが、というか仲間が突然炎上したというところまでは理解したらしい、あとはこちらを向いて……と、誰がそれをしたのかということも知ったようだな……
「あっ、ああああぁっ、悪魔、親分、あの女、そっちの女も、あとあの子どもも……」
「悪魔……悪魔だと? ひぃぃぃっ、ホントだぁぁぁっ!」
「お前等マジで便利だよな、その見てくれだけであの反応をする奴が一定数居るんだから」
「ええ、私だけ『女』じゃなくて『子ども』と表現されていたのが気に喰わないところですが」
「まぁサリナよ、『物乞い』よりも少しはマシだろう?」
「ええ、それはもちろん、それであなた達、その悪魔を指差すとは、どういう了見ですか? 死にたいんですか?」
『ひぃぃぃっ! そんなことございませんですっ!』
「そうですか、じゃあ特別に、私達が欲しくて欲しくてしょうがない情報、もしそれを全部くれたら、あそこのウッドチョッパーに入るだけで勘弁してあげます、悪魔にも慈悲の心がありますから」
『ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!』
「はい、大変によろしいですね、では……ご主人様、何から聞きましょうか?」
見た目以上に便利なのがサリナの幻術、もっとも全ての相手に効果があるわけではないのだが、まともに会話出来るぐらいの知能を有した者であれば、この目の前の馬鹿共のように術中に陥る可能性が十分にあるのだ。
で、せっかく小舟を奪い、せっかくこの甲板まで上がってくることに成功した敵キャラ共は、もはやサリナの言うことを聞くだけの物にすぎない状態へとなり下がった。
まずは何から聞こうか、どうせならこの地域に蔓延っている犯罪組織の小規模集団も潰しておきたいところだし、その辺りについてもまとめて聞いておこうか。
しかし肝心要である『メタルオオウナギ』の情報についてがまず先決だな、ということで最初にそれを聞くべく、命令権者であり、目の前の雑魚共の視界全てを埋めている小さいのに大悪魔のサリナ様へとその内容を伝達する……
「えっと、じゃあ最初にですね、この湖、しかもこの橋のすぐ近くに投棄されたという、『メタルオオウナギ』なるものについて教えて下さい」
『ひぃぃぃっ! めっ、メタルオオウナギッ! やめて下せぇっ、勘弁して下せぇっ、オラ達まだ死にたくないだぁぁぁっ!』
「あれ、何か急にハモッて、しかもチンピラだったのが『村人A』みたいな感じに……」
「何だろうな、もしかしてこいつらにとってのメタルオオウナギって、トラウマ級にヤバいシロモノなのかな?」
『ギョェェェェッ! またメタルオオウナギって……どこ? どこに居るんだっ? 居ないよね? 近くには居ないよね? 封印が解除されたりしてないよねっ?』
どういうことであろうか、とにかくまともなビビり具合ではないということだけが確かなこと。
これはまた、その『メタルオオウナギ』について何やらひと悶着……どころで済めば良いのだが……




