835 最後の片付け
「は~い、到着で~す」
「ほえ~っ、相も変わらず無駄なデカさどすえ、あんなモノがこの地を支配していたなど、思え出しただけで虫唾が……おぇぇぇっ、どすえぇぇぇっ」
「あらっ、大丈夫ですか?」
まさか本当に吐くとは、そう思ったのは俺だけではないはずであるが、とにかくその吐くほどに気持ち悪いデカブツを、これから丸焼きにしていく必要があるのだ。
既に先行していた遠征スタッフらが、解放された一般的な住民らに声を掛け、中心部にある『宮殿』と称される場所に、皆さんお誘い合わせのうえ集合して下さいと告げてある。
それゆえその場には大勢の市民が、もちろん以前はこのDEATHNAGOOONなるデカブツに、そしてその後は西方新大陸系の犯罪組織の連中に蹂躙されていた哀れな民草が集合しているのであった。
そして俺達の、いや凶ドスゑの到着とほぼ同時に、示し合わせたかのようにこちらへやって来るその住民の集団。
どうやらスタッフらが気を利かせ、『目立ちたがりの凶ドスゑにサインをねだると良い』という話も流していたようだ。
まぁ、それを受けて先程までゲロゲロしていた凶ドスゑが元気を取り戻し、今は嬉しそうに殺到する民衆に応えている状態であるのだから、当該『ご機嫌取り作戦』は成功したといえよう。
で、その隙に俺達がやっておきたいこと、それは群集の中央に鎮座しているデカブツに、自分を処刑するための燃料となる例の処刑台、それを取りに行かせることである。
幸いにも群集は未だこのデカブツに対してビビッており、これまでの恨みを晴らすべく投石などしている様子はない、話しかけるチャンスだ……
「おいこのバケモノ野朗、こっちだこっち、お前、本当に頭悪いなこの馬鹿がっ、で、ちょっと頼みがあるんだが、殺されたくなかったらさ、向こうの、俺達が所有している空かける船の真横にある物見櫓の高級版みたいなの、それをここへ持って来てくれないか?」
『ウォォォッ、でおじゃる、腕がないのだが、そのようなものが持てるのか? でおじゃる?』
「持てるさきっと、ほら早く行け、あ、あとそのブツの中にはアレだ、黒焦げになった麻呂の死体とか色々入っているから、船の甲板に溢したりしたら殺すぞ」
『グォォォッ、わかった、でおじゃる、行って来ようではないか、でおじゃる』
「おう、危ないからコケるんじゃねぇぞ~っ、あと、その辺の家を踏んだりしたらブチ殺すからな~っ」
アッサリと俺の要請に応え、広い道を慎重に、家を踏まぬようにと気を付けながら……と、足の小指が引っ掛かって一部の建造物につき屋根を破壊してしまったようだ。
これでさらに処刑が追加されるのだが、大変残念なことに奴の命はひとつしかないのである。
ゲームのように『残機:残り○○個』という感じで、何度ブチ殺しても良いような感じであれば、もっと大勢を納得させる処刑が出来るというのに。
まぁ、その辺りはまた女神にでも頼んで、この世界の理をそういう感じに改変して貰うとして、今はとにかくDEATHNAGOOONの奴の帰りを待つこととしよう……
「はぁ~っ、しかし本当に疲れたわね、あの凶ドスゑを喜ばせるってのが、ここまで大変だったなんて思いもしなかったわ」
「おうセラ、お前は給仕とか洗い物とか、あと罰を受けた貴族女達の誘導とか、それぐらいのことしかしていないからまだマシだろうに、俺なんか木だったし、精霊様はビニール袋だし、ミラなんか椅子になって蹴られまくっていたんだぞ」
「それは大変だったわね、でも勇者様、いかにもモブっぽい感じの勇者様には木の役がとっても痛いぃぃぃっ! 耳を引っ張らないでちょうだいっ!」
「全く、すぐに調子に乗るからなセラは、すまんユリナ、ちょっとセラを罰してくるからここを頼む」
「はいですの、ごゆっくり~っ」
「ほら行くぞセラ、向こうの物置小屋だっ」
「いててっ、お仕置きならちゃんと行くから、耳を引っ張るのはっ、あててててっ」
「黙れ、これもお仕置きの一環だ、尻の方も痛め付けてやるから覚悟しておけよ」
「あら、それは素直に嬉しいわね、いてててっ」
ということでセラの耳を引っ張り、その辺にあった物置小屋へと向かう、中には……と、短剣がブッ刺さった謎の装置があって邪魔だな、とりあえず隣に座っておこう……いや、それでも邪魔だ。
いや、この装置、どうやらキャスターが付いていて移動することが可能な仕組みになっているようだな。
もちろんキャスターはオフィスで見かける椅子のような感じのモノではなく、魔導式のこの世界然としたものである。
それならば移動は簡単だ、線でどこかに繋がっている様子もないし、特に『動かすな危険』というようなシロモノではないようだし、そのまま転がして外へ出してしまおう。
帰りにまた……それも面倒なのでそのまま放置で良いか、何のつもりか知らないが、こんな所に変な魔導装置をしかも短剣……ではなくこれは英雄武器の『ドス』のようなものだな、とにかくそれを突き刺して置いておくなど、迷惑極まりない行為だ。
「よっしゃ、じゃあセラは押してくれ、俺がこっちから引っ張るから、そのまま外へ放り出してしまおう」
「わかったわ、でも倒さないように気を付けてね、ここに『天地無用』って書いてあるし、きっと傾けたりすると中の魔導溶液が零れたりするんだわ」
「天地無用って、荷物じゃないんだから、まぁ、そのわけのわからない何かが液漏れすると厄介なのはわかった、じゃあ慎重にいくぞ、せぇ~のぉっ」
「それっ……と、上手く搬出出来たわ、これはもう放っておきましょ、私達には関係なさそうだし」
「だな、いや、何かちょっと引っ掛かる気がするんだが……まぁ気のせいだな、じゃあサッサとこっちへ来いっ」
「いや~ん、お尻ぶたれちゃう~っ、あ~れ~っ」
謎の演技をしているセラを抱え、邪魔な魔導装置を排除して広くなった物置へと再入室する。
セラには罰として、物置の中に置いてあったスコップによる尻100叩きを執行しておいた。
そうこうしているうちに、ズシンッ、ズシンッと、明らかにあのデカブツ馬鹿野郎が戻って来た音。
もう少し静かに歩かないと殺すぞといっておけば良かったな、というか今から殺すのだが。
「あ~痛かった、さてと、そろそろ行かないと、またサボっていたって言って怒られそうよ」
「そうだな、じゃあ外に出て……どわぁぁぁっ!?」
「あっ、危なかったわね、あの臭そうな足に踏み潰されたら一大事だったわよ……」
「野郎、絶対に殺して……いや殺すが、とにかく許さんぞ……って、この魔導装置、壊れてしまったようだが、構わないよな?」
「ええ、やっぱり液漏れして大変なことになっているけど、まぁ良いんじゃないかしら」
凄い歩幅で戻って来たDEATHNAGOOONの大馬鹿野郎、俺達が居る物置小屋を跨ぎ、そのすぐ近くに足を着いたことによって、運び出してあった詳細不明の魔導装置が壊れてしまったではないか。
踏んだ本人はそのような小さなもの、気になったりなどしないようだが、まぁ、足の裏の皮が分厚いゆえ、液漏れした『魔導何とやらのやべぇの』が付着したぐらいではどうということはないのであろう。
とにかくペチャンコに潰れてしまったその装置は放っておいて……と、突き刺さっていた『ドス』についてはどうにもなっていないようだ、そこそこ頑丈だな。
で、俺とセラが皆の所へ戻った頃には、既に凶ドスゑ専用のVIP処刑イベント観覧席が設けられ、そこに『茶会』の参加者達が集められているようであった。
一方のDEATHNAGOOONは、これまで虐げてきた民衆が集まっていることにつき、未だに自分を称えるイベントだと勘違いしているようで、どうして凶ドスゑが、自分よりも圧倒的に下の立場に位置する者であり、現場で全てをこなす使い勝手の良い配下が、そんなに高級な椅子に座っているのかがわからない様子。
まぁ、この期に及んで自分が殺されることに気付いていないなど、通常人の知識水準を有している者であればあり得ないはずのことだ。
つまりこの馬鹿なデカブツは本当に大馬鹿者ということであり、こんな奴が暴力によって支配していたこの都市の人々は、それはそれは苦労を強いられてきたことであろうと想像出来る。
そして今、その苦労してきた分の精算が、比較的人々に近しい存在であった凶ドスゑの名の下で執り行われるということで、デカブツ馬鹿野郎を除く誰もが、これが成功したクーデターの一類型であることに気付いているのであった。
と、そろそろ本格的に『DEATHNAGOOON惨殺祭』が開始されるようだ、方々に配置された遠征スタッフらが、民衆に油の入った小瓶を配布している。
そして残りのスタッフらによって、処刑の塔を抱えたままどうして良いかわかっていない様子のDEATHNAGOOONを動くことが出来ないようロープで括っていく。
しかも単なるロープではなく、誰かがどこからか調達してきた『魔力を奪う金属が多分に配合されたロープ』を用いているため、もはや巨大な麻呂のバケモノとはいえこの状況から逃れることが出来ない。
で、ここでVIP席の凶ドスゑが立ち上がり、スタッフからルビアへ、そのルビアから凶ドスゑへと、良くわからんが『高級な松明』が手渡される。
それを掲げ、そのまま前へ出て来た凶ドスゑ、まずは軽くスピーチをするようだ……
『え~っ、お集まりの皆様、凶ドスゑどすえ~っ』
『・・・・・・・・・・』
『おやおや、返事がなどすえ、ただの屍なのか、それともこれからブチ殺されて屍になりたいだけなのか、どっちどすえ?』
『……うっ、ウォォォッ! 凶ドスゑ様万歳! 凶ドスゑ様最高! 凶ドスゑ様超かわいいっ!』
『よろしいどすえ、ではこれよりイベントを始めるどすえっ!』
『ヨォォォッ! 待ってましたぁぁぁっ!』
『さすがは凶ドスゑ様!』
『凶ドスゑ様のご降臨をどれだけ待ちわびたことかっ!』
完全に『言わされている』感じの人々、これまではDEATHNAGOOONによる恐怖を用いた支配があり、その後西方新大陸系の犯罪組織による恐怖を用いた支配、さらにこれからは、実質クーデターに成功した凶ドスゑによる、またしても恐怖を用いた支配が始まるのだ。
ここの一般的な、戦闘力を有さないモブキャラ達は非常にかわいそうな存在だな、どれだけ支配者が変わっても同じこと、常に始末されてしまう恐怖に怯えながら暮らしていかなくてはならないのだから。
まぁ、これからの凶ドスゑ政権はこれまでに比べると幾分かマシか、人を喰らう強大なバケモノや、突如侵入して来て、殺戮の限りを尽くし、土地を奪い去った連中、そのような感じのモノではないことが、今回の唯一の救いとなっている。
で、その凶ドスゑが喋り終わったところで、何を勘違いしたのか次は自分が喋る番だと、思い込んだDEATHNAGOOONが口を開いたではないか。
きっと凶ドスゑは前座で、やはり最高位の麻呂である自分が、これから本命のスピーチをすべきタイミングなのだと、その足りない脳みそで必死になって考えたのであろう……
『え、え~っと、でおじゃるっ! 我の右腕がなくなったのは不慮の事故であって、でおじゃる、この地を侵略した犯罪組織とやらは、我の力で排除したでおじゃるっ! 皆の衆、我を称えるのだっ! でおじゃるっ!』
『ウソ付けこのボケナスがーっ!』
『死ねっ! お前とか迷惑だから死ねっ!』
『お前が負けてんの見てたんだよこのタコがっ!』
『生き恥晒してんじゃねーぞボケッ!』
『死~ねっ! 死~ねっ! 死~ねっ 死~ねっ!』
『グォォォッ! 我を侮辱するとは何たることかっ、でおじゃる、おじゃる? はて、どうして我に恐怖しているはずのゴミ共がこのような態度を取るのか? でおじゃる?』
『それはお前が馬鹿でアホでマヌケで、単にデカいだけの廃棄物であって、生きる価値などまるでないからどすえ~っ!』
『ぬぅわぁぁぁにぃぃぃっ! でおじゃるっ! 貴様! 凶ドスゑ如きがこの我に、最上位麻呂たるこの我に対して何たる侮辱! でおじゃるっ!』
『はいうるさい、ホントにうるさいどすえ、ということでお集まりの皆様方、配布された油の小瓶をこのデカブツへ投げ付けてやるどすえっ!』
『ウォォォォッ! これで良く燃えろぉぉぉっ!』
『びぎょっ……でおじゃる……何なのだ一体これは? でおじゃる? まるで油の……油かっ、でおじゃるっ!』
ここでようやく何かに気付いた様子のデカブツ馬鹿野郎、気付いたといってももう全てが手遅れであって、油塗れ、しかもそれが抱え込んでいる処刑塔にまで浸透してしまっている。
そしてその目の前には松明を持った凶ドスゑ、焼かれる、そう思った瞬間に逃げ出そうとする大馬鹿だが、もはや身動きが取れない程度には、処刑塔に固定されてしまっている状態。
で、もちろんこのままでは油も足りず、この巨体は小さな火でジワジワと、時間を掛けて焼かれていくことになるのだが……まぁ、そうなるということで集まった連中も納得している様子だ。
これまで公害として都市の北側に巨大な影を作り、地価を低下させ続けてきたその損失に比べれば、たとえばこの巨大な馬鹿が、苦しみ悶えながら数日間に渡って燃え続けたなど、些細なものに過ぎないのである。
とはいえこの乾燥した季節、火の用心のレベルはかなり上げて、周囲への延焼などということが絶対にないように心掛けねばならないのだが。
そこはまぁ、今回のイベントの責任者である凶ドスゑがどうにかするということで、それについては本人も納得していることであろう。
で、その凶ドスゑなのだが、更に前へと進み出て、必死で逃れようとしているDEATHNAGOOONの目の前に立ち、目を合わせる勢いだ……
『遂にこのときがきたんどすえっ! 皆様、カウントダウンをっ! 3……2……』
『やめろぉぉぉっ! でおじゃるっ! やめてくれぇぇぇっ! でおじゃるっ!』
「……1……ファイヤーどすえっ!」
『ギャァァァッ! でおじゃるぅぅぅっ!』
凶ドスゑが投げ付けた松明、それは放物線を描いて飛び、DEATHNAGOOONの足元へ着地、当然その周囲にも染みていた油に火が点き、そして一気に燃え上がる。
炎上する巨大な麻呂、ブッカケされた油によって表面だけが燃え、ついでに身に着けていた高級な衣服もそこそこ良く燃えるようで、それが火の勢いをかなり上げている様子。
苦しみ悶え、絶叫するDEATHNAGOOONと、その様子を見て指を差し、大笑いしながら喜ぶ民衆。
凶ドスゑもご満悦のようで、笑顔のままVIP席に引っ込んで行った、もちろん席の中にはまたミラが入っているのだが。
で、これにてこの都市における馬鹿共の始末はひと通り終わったわけだが、肝心の確認事項がひとつ残っている。
それは凶ドスゑに力を与え、そしてこれから俺達が東を目指す際に必要な『鉄の道』の動力源ともなる魔導装置についてだ。
そういえば魔導装置……つい先程まで、どこかでそのようなものを見ていたような気がするのだが……いやきっと気のせいだな、そうに違いない。
ということでルビアに合図を出し、その件について触れるよう指示すると……すぐに伝達してくれたようで、しかも即座に了承を得て、2人で席を立った。
今回はルビアにしてはなかなか使えているな、後でご褒美として飴と鞭をダブルでくれてやろう。
で、そんな大活躍のルビアを引き連れ、凶ドスゑが向かったのは、先程俺とセラが遊んでいた小屋の方角。
そちらに何かあったというのであれば、凶ドスゑがそちらへ向かう前に周囲を調べておけば良かったな。
などと情報のない当時ではどうしようもなかったことを後悔しつつ、その様子を見守っていると……凶ドスゑが固まってしまったではないか。
あの様子は何かにショックを受けている感じだな、見ているのは地面で、そこにあるのは……先程俺とセラが勝手に運び出し、処刑されると知らずにノリノリで戻って来たDEATHNAGOOONが踏み潰した謎の装置だ……
「ちょっと勇者様、何だかアレを見て凶ドスゑが……怒っているような気がしないかしら?」
「うむ、そんな気がしなくもない、もしかしてあの魔導装置、大切なものだったのか?」
「そうっぽいわね、でもまぁ、踏んづけたのはあのでっかい麻呂だし、私達は関係ないわよね?」
「うむ、もちろん関係ないし、特に悪いことなどしていないぞ、だが一応この件については黙っておくこととしよう」
「ええ、そうしましょ、余計な誤解をされても敵わないし、きっとそうすべきだわ」
「主殿とセラ殿は何を話しているのだ? 2人共冷や汗が凄いようだが」
『もちろんなんでもないっ! ちょっと冷や汗ダイエットを実践していただけだっ!』
「そういうのは体に良くないと思うぞ、と、ルビア殿が凶ドスゑと一緒に戻って来たな……凶ドスゑだけVIP席に戻るのか、で、ルビア殿はこっちに……」
怒りに満ちていた凶ドスゑを何とか宥め、自席へ戻らせることに成功したルビア、そのまま今聞いた内容について俺達に報告するつもりでいるようだ。
しかしあの謎の装置が壊れ、それを凶ドスゑが発見したせいで、肝心要の『魔導装置』について情報が得られなかったではないか、全くあのデカブツめが、後で成敗……もうされているのか、で、戻って来たルビアは……
「えっと、例の装置について色々わかりました、で、ひとつサンプルで見せて貰ったんですけど……」
「見せて貰ったんですけど?」
「誰かが悪戯でペチャンコにしてしまったようで、動いているところは見られませんでした」
次の瞬間に、俺とセラが目を逸らしながら作った『やべぇ、やっちまった』という表現に繋がる顔は、当然のことながら、その場に居た全ての仲間達に見られてしまったのであった……




