825 次の敵について
「皆さんっ! どうやら助けが来たようですっ!」
「良かった! これでようやくここから出られるっ!」
「あじゃじゃーっ!」
「ようやくこの屈辱から解放されるのですね……」
「いやちょっと待て、お前等は何なんだ? やっぱ攫われた人とか? しかもどうして俺達を見て助けだと判断しているんだ?」
『流れ的にそうっぽいからです』
「あ、そうですか……」
建物の中、木造ではあるが比較的堅牢と思しき壁の向こうには、どうしようもないぐらいに薄着をした女性が10人、狭い部屋にひしめき合っていた。
このことからも敵に何かされた、本来はこの施設の中を自由に動き回ることが出来るような身分の者達であるということが推定され、そして顔の高貴さなどからその仮説が間違いなく真実であると裏付けられる。
で、この状況を相手方から見ると、結界の向こうで裏切った雑魚麻呂を討伐し、モヒカン共を術中に堕とし、敵意を持たずにこちらへ向かって来た時点で、俺達が救助部隊、味方であるとの判別をしたようだ。
そして両者の持つ相手へのイメージはそれぞれが正解であり、ここからはまず俺達が行動してこの女性らを救出する、そして逆に内部に関する情報を、この施設についての詳細なお話を頂戴するという流れになるのは、どちらもが暗黙の合意に至っている内容であるはず。
ということで早速……壁を破壊してしまって構わないのか? 少しでも傷を付けてしまえば警報が作動する、そのようなことになりかねないような……
いやそもそもだ、この木造の建物の壁、中の女性らが全員で本気を出せば、それはもう10分も掛からないうちに破壊し、脱出することが出来たのではないかと思う。
どれだけ堅牢な造りであったとしても木造は木造だ、壁は無理かも知れないが、今俺達が仲と会話するのに使っているこの格子状の嵌め込まれた窓枠であれば……というか、一部留め具が悪くなっていて簡単に外れてしまいそうだ、普通に修繕が必要なレベルとも言える。
この状況で自ら脱出し、逃げ出していないとなると、やはり何かそうさせないための仕掛けがあると考えるのが妥当。
それについて先に聞いておこう、逃げ出していない本人達であれば、そのことについて当然に知っているはずだ……
「お前等、10人も居てどうしてここを外して逃げないんだ? 破壊行為をすると何か起こったりするのか?」
「さぁ? それは知りませんね、いえ、昔から特にそういった話は聞きませんし、制圧されてからも何かそういう仕組みが設けられたとも聞きません、その格子を壊したぐらいでは何も起こらないかと」
「じゃあアレか、お前達が外に出ると警報みたいなのが作動して……」
「それも聞きませんね、別に何かが起こるわけではないと思います」
「じゃあ何で自分達で脱出しないんだよ、ほれ、この格子なんぞ缶詰を開くよりも容易に取り外せるんだぞ」
『おぉぉぉっ、なんと乱暴なことかっ!』
「え? 何言ってんの?」
「申し訳ありません、私達、リアルに箸より重いものを持ちませんゆえ、そのような大きなるものをバキッといくなどということは……」
「そういうことだったのかよ、情けない連中だな……まぁ、とにかくここから出て、隠れられるような場所を探すとしようか」
「ではこの先の蔵へ向かいましょう、そこであれば敵も容易には近付けますまい」
「うむ、何だか知らんがそこへ行こう、どうして敵が近付けないのかも一切わからんがな」
格子を外したことによって人が簡単に通ることが出来るスペースが出来、そこを潜らせて10人の女性を脱出させる。
しかし本当にエッチな格好をしているな、ボロを着ていると思ったのだが、良く見たらわら半紙のような紙で出来ているではないか。
しかも歩くのが異常に遅い、先程まで戦っていた凶ドスゑの花魁道中ではないのだが、明らかに『急いでいる』という風には見えない足の遅さである。
これでは簡単に捕まってしまう、あんなところに閉じ込められてしまうのも納得がいくな。
というかむしろ逃げ出したりせず、ただ黙ってあそこに放り込まれるのを待っていたのではなかろうか。
そのように情けない人間など、本来はこの荒れ果てた、人命や人権がフェザー級に軽い世界では生き延びることが出来ないはず。
だが今現在もこうして生きており、しかも日々の苦労のなさそうな顔をしているということは、きっと犯罪組織によるこの都市の制圧前には、それはそれは大切にされていた者達なのであろう。
そしてそれは非常に高い身分を有していることを意味し、あの凶ドスゑが親の仇の如く嫌っていた上流のブタ共であることを同時に意味する。
この10人の女性を救助したのは良いが、下手をするとこの後、つまり敵の排除後に内部的な抗争に進展しそうだな。
せっかく町の破壊を回避しているのだし、そうなってしまってはそれが何の意味もなさないこととなる。
きっと数週間後にはこの美しい都市は、薄汚れた焼け野原へと変貌してしまっていることであろう。
まぁ、それについては後々考えることとして、それまではこの女性らと凶ドスゑを会わせないようにでもしておけば良い。
まずはこの結界内部の情報を得て、敵である犯罪組織と、それから残り3匹の麻呂を討伐するのが先決だ。
ということでまずは状況の把握からだな……10人居る女性のうち誰に聞こうか迷ったのだが、既に1人は候補から外れている状況。
最初の段階で反応がおかしかった、そして現時点でなぜかハピエーヌと意気投合してしまっている、どう考えてもギャル系の、かといって貧相でもない、『お嬢ギャル』とでも言った方が良い感じの女だ……
その女を除いた残り9人の中から、代表となるものを選んで……と、そんなことを考えている間に目的の蔵へ到着したようだ、酒蔵のようだが、何か敵を惹き付けないための仕掛けがあるのか?
「……うむ、確かに蔵のようだが、ここが安全地帯かね?」
「そうにございます、この『高い酒ばかりの酒蔵』の扉を開けるには、かなり高位の権限が必要でして、私共の中でもその権限をお持ちなのはこの方のみにございます」
「ちょりーっ」
「って、ギャルみてぇな貴族女じゃねぇかっ、そんな馬鹿そうな奴のどこが高位なんだよっ!」
「何を仰いますか、こちらの『Say YO! 納言』様はですね、型破りな見た目(西洋系)と言動で超偉い方々、特に『DEATHNAGOOON』様の目に留り、それで気に入られて出世した、世界初のパーリィ系納言様なのですぞ」
「うぇ~いっ」
「ふざけんな、何だよパーリィ系納言って、馬鹿なんじゃねぇのか」
「やれやれ、救助して頂いて申し訳ありませんが、所詮は下々の者のようですね、Say YO! 納言様の凄さがおわかりにならないとは」
「わかってたまるかそんなもん……」
どうやらこのわけのわからない貴族女がこの10人の中の最上位者らしい、それはわかった。
わかったのだがコイツとは話をしたくないな、とりあえず酒蔵の扉だけ開けさせて、そこからはもうガン無視しておこう。
で、確かに何らかの魔法、おそらくそのSay YO! 納言特有のものではなく、限られた者にしか知らされていない暗号的な術なのであろうが、とにかく不思議な力で酒蔵の扉が開く。
10人の女性と俺達が全て中へ入ったところで、開けた扉が自動でバタンッと閉じ、同時に真っ暗であった蔵の中が、魔法の力によって明かりで照らされる。
そこに、明るくなった酒蔵の中にあったのはもちろん樽、瓶、その他諸々の酒の山。
島国原産のものが多いが、他の地域から取り寄せたと思しきものもある、ジェシカの実家の領地で製造された酒もあったぐらいだ。
「おいおい、この酒蔵の中身、凄まじい価値じゃねぇか、後で貰って良い?」
「この酒蔵が凄まじい価値? やはり下賤の者なのですねあなたは、この蔵の中にある酒は確かに例外なく高級で、そこの樽などあなたが10回転生して、その都度馬車馬の如く働いて全てを合算しても、決して購入することの出来ないものです。しかしそれもこちらのSay YO! 納言様にとってはその辺の水溜まりの水に同じ、あなたとは格が違うのですよ」
「うぃっ、あじゃじゃーっ」
「クソッ、マジで納得がいかねぇぜこの格差社会は、でも後でひと樽、いや持って帰られるだけちょうだい、土下座するから、へへーっ!」
「うぃ~っ」
「やったぜ! もう一度へへーっ!」
「主殿にはプライドというものがないのか、本当に情けない異世界人だな……」
とまぁくだらない話はさておき、ここからは真面目な話をして、敵の討伐に資する情報をゲットしていく時間だ。
高級な酒の方は凄く気になるのだが、それは全てが滞りなく終わってから、ゆっくりと堪能させて頂くこととしよう。
で、まずはあの馬鹿貴族女以外の代表者を……まぁ、先程から散々俺のことをディスッてきているコイツで良いとしようか、良く喋るし、情報も持っているはずだからな。
「で、まず聞きたいんだが、その服装は何だ? 見たところ位が高いと思しき顔なのに……その紙の服、パンツも紙なのか?」
「いいえ、パンツはノーマルのものを改めて着用したんですが、なんと普段はノーパンなんです」
「なんと、普段はノーパンなのか、その件について少し詳しく……」
「勇者様、余計なことばかり聞いているとブチ転がすわよ」
「すみませんでした……で、話を戻そう、普段はノーパンだというが、今日は穿いているんだろう? どんなパンツなのか少し確認しておげろぱっ!」
「ちょっとそこで死んでおきなさい、それで、どうしてそんな恰好をさせられているわけ?」
「あの、それって生きているんでしょうか……」
セラを怒らせてしまったことにより、魔法で作成した無数の風の刃で構成されたつむじ風のようなものに巻き込まれ、全身をズタボロにされてしまった。
とりあえずこの程度では死んでしまったりしないのだが、治療を受けないと普通に痛いな。
仕方ないのでルビアに縋り寄って、膝枕して貰いながら回復魔法を受けることとした。
その間に、俺に変わって前に出たセラと、それからミラにジェシカが中心となり、女性らへの質問を続けていく。
まずは引き続き服装についてだ、まぁ、なぜボロを着せられているのかというよりも、それを着せられるような扱いなのかということを聞きたいのだが……
「えっとですね、何からお話ししたら良いか……まず、私共のような高位の女性はですね、普段は『十二単』を着せられているんです、超高級なものですが……」
「へぇ~っ、私も着てみたいわね」
「お姉ちゃん、暑そうだし動き辛そうだし、そもそも貧民には似合わないわよ」
「それもそうね、貴族のコスプレをすること以上に空しいことはないわ、それで、今着ているのは何なのかしら?」
「これは雑魚キャラ、あまり可愛くない女官とか、その他名前も台詞もないようなモブ女性の制服で、『紙単』と言います」
「何それ、紙一重じゃなくて……」
「ええ、この質の悪い紙はですね、水に濡れると溶けてしまうため、上位貴族がそういう雑魚女官とかを小馬鹿にするために採用したものでして、私共はいつも下々の、この服装のものを見つけては、茶をブッカケするなどしていじめておりましたのですが」
「最低じゃないの、助けて損したわね……まぁ、でも情報は必要だし……どうするべきかしらね?」
「それに、今現在は自分達がそれを着せられ、制圧者共によって小馬鹿にされているということだな、自業自得だし、見方を変えればちゃんと報いを受けているとも取れるな、セラ殿、一応許してやっても良いのでは?」
「まぁそうよね、許してあげるかどうかは後で考えなきゃだし、被害に遭った人の判断になるけど、とにかく今は良いわ、で、それを着せられて、あそこで何をさせられていたわけ?」
「それはですね……」
思っていたよりも、いや、ここまでである可能性も想定することが出来たには出来たのだが、この女性らは最低の人間共であった。
もしこれが『美しい女性ら』ではなく『薄汚いおっさん共』であったら現在の状況は変わっていたはず。
というかそもそも最初から助けることなどなかったであろう、あの状況で、自力で逃げ出していない時点で野郎なら放置だ。
だがこの女性らが悪い人間であるからといって、ここで会話を終了、後は好きにしなさいというわけにはいかないというのも事実。
そしてもちろん全てが終わった後も、こんな所に放置して構わないような存在ではない、脆弱で儚い、自分では何も出来ないこの女性らは、どうにかなるまでこちらで保護し続けなくてはならないのである。
まぁ、その分は情報を貰うことによって相殺させて頂くのがベストだ、そのままセラの質問は続き、どうやらこの女性らがこの服装をさせられていたことが、次なる敵へ繋がるヒントであるような、そんな感じの話となっていった……
「……ええ、ですから私達10人は、これからあの忌々しい裏切った麻呂共の玩具として、『水泳大会』に参加させられる予定だったんです、開催は明日ですね」
「水泳大会って……その紙の、水で濡れると溶ける服でってことかしら?」
「そうです、まずは広いプールで、全員が浮島の上に乗って、合図と同時に落とし合いをするとのことで……」
「なるほど、つまりお前等はエッチなイベントに使われて、それを見て裏切り麻呂が狂喜乱舞する、そういうことになるところだったってわけだな?」
「まさにその通りです、あの麻呂め、Say YO! 納言様に対して偉そうな態度を……」
「というか勇者様はいつの間に復活していたの?」
「つい今だ、エッチな話題の臭いを嗅ぎ付けて地獄から舞い戻った、あと乱暴なセラにもお仕置きしないとだからなっ」
「いててててっ!」
起き上がった俺はセラの尻を思い切り抓りつつ、女性らとの会談に復帰していく。
どうやらその『イベント』を見に来る裏切り麻呂は2匹、この結界を維持しているというやべぇ名前の『麻呂モッコリ』以外の2匹のようだ。
で、そのまま話を聞いていったところ、どうやらその2匹の麻呂は兄弟麻呂であって、いつも一緒に行動し、同じ顔で同じ動きをしているため、全く見分けが付かないのだという。
おそらくはその同時攻撃や、頻繁に入れ替わってどちらがどちらなのかわからないようにして攻撃を……などというタイプの戦士であることはもう間違いない。
だが女性らの言うエッチなイベントでは、その2匹の麻呂もかなり油断しているはずだし、それに『同じ動き』をするのであれば、両方を同時に討伐してしまうチャンスだ。
そうすればもう、残る裏切り麻呂は例の麻呂モッコリの1匹のみとなり、そこへ到達する際に討伐すべきは西方新大陸系の犯罪者共ぐらいのもの。
その犯罪者共にしても、上位者のうち全部または一部が、明日開催されるイベントを見に来るのであろう。
となると、その兄弟麻呂だけでなく、そちらについても複数の討伐が可能であると……これは確実に狙い目だな。
「よしわかった、じゃあお前等、あの閉じ込められていた場所へ戻るぞ」
「えっ? せっかく助かったというのに、またあの場所で卑猥なイベントのネタとされるのを待てというのですか?」
「その通りだ、殺されたりはしないだろうし、もちろん後で再度救出してやるから安心しろ、まぁ、文句があるならもう知らないぞ、どこへでも行って、自由に生きるが良い、どうせまた敵に捕まるだろうがな」
「……そうですか、わかりました、私は仕方ありませんが……Say YO! 納言様は?」
「あじゃじゃーっ」
「なんとっ、あのような闇のゲームに進んで参加されるとっ⁉」
「いや、そいつ結構そういうの好きそうじゃんか」
「しかし身分からしてそういうわけにも……」
その後、どうにかSay YO! 納言以外の女性らを説得し、先程まで閉じ込められていた例の狭い部屋へと戻らせる。
敵の巡回の類は来ていないようで、特に騒ぎになっているわけでもなく、その場所は平穏そのものであった。
おそらくはこの女性らが絶対に逃げ出したりしないという自信があったに違いない、そしてジャンボ麻呂と雑魚麻呂が俺達に敗北したという情報がそろそろ伝わり、敵の主力はそちらに掛かり切りとなっているに違いない。
もっとも、俺達が雑魚麻呂からここへの入り方を教わったということについてはまだ敵も知らない様子で、結界内部において何かが起こっているというような感じはしないし、誰の耳にもおかしな音が聞こえていないという状況。
本来であれば動くなら今のうちなのだが、今はそうすべきではないことが確実である。
明日の『イベント』まで、俺達が結界内部に侵入していることを悟られてはならないのだ。
ということで、女性らから明日の詳細について、主に開催される場所などを聞き取ったうえで、ついでに隠れる場所についての情報も提供させる。
この宮殿ばりの施設の中で働く使用人、それらが用いていた風呂がある小さな詰所の場所が最も安全であろうということで、そこへ行くことに決めた俺達は、その場を離れてコソコソと移動を開始した。
敵共はおそらく結界の外を、必死になって捜索している最中なのであろう、この鉄壁の守りであり、かつわけのわからない方法でしか中へ入ることの出来ない仕様が裏目に出たかたちだな……
「あったっ、きっとアレが言っていた建物です、温泉みたいなお湯の匂いがしますよっ」
「ほう、天然なのか人工のものなのかはわからんが、とにかくまともな風呂に入ることが出来そうだな」
「とにかく疲れたし、今夜はここで息を潜めておきましょ、明日は日が昇る前に動き出さなきゃだろうし」
「だな、じゃあそうしようか……」
そのままその施設に入った俺達は、使用人が使うにしては高級だなと思えるヒノキの風呂に浸かり、あの女性らをネタにした『イベント』が開催されるという翌日に備えたのであった……




