820 合流
「おいコラ凶ドスゑ! 良いから攻撃してくんじゃねぇっ、ちょっと話を聞けっ!」
「そうはいかないどすえっ! そうやって油断させて、その隙に後ろから『おさわり』するつもりなんどすえっ!」
「しねぇよっ! いやするかもだけど、したくないといえば嘘になるけど……」
「ご主人様、そういう曖昧な態度を取っているから警戒されるんだと思いますよ、もっとシャキッとかつビシッとしないと」
「クソッ、ルビアなんかに諭されてしまったではないか」
少しやらかしてしまったようで、凶ドスゑ身を守る態勢に入ってしまった様子、これでは話し掛けるだけで犯罪者呼ばわりされ、最悪通報されかねない。
しかしそんなリスクを取ってでも、この凶ドスゑについて知っておかなくてはならないことがいくつか。
本当は『良いもん』なのか普通に悪者なのか、そして名前に使われているにも拘らず、まるで姿を見せない『ドス』についてなど様々である。
で、俺は後ろへ下がり、というかルビアと精霊様によって無理矢理に後退させられ、その代わりに2人が前に出て交渉を始める感じだ。
それを受けて凶ドスゑの態度は……多少、いや最初の遭遇からこれまでに見せたことがない程度には軟化しているではないか。
むしろ最初から俺が話し掛けたり、接近していたのがよろしくなかったのであろうか、そう思ってしまうような敵の行動である。
まぁ、何はともあれこれで少しは話が通じそうだ、もちろん凶ドスゑは完全に警戒を解いたわけでなく、天にかざした両掌には、それぞれぶぶ漬けと最凶焼きが浮かんでいるのだが……
「えっとですね……え~っと、あなたはSですか? それともMですか? ちなみに私はドMなんですが……」
「ルビア! 何てこと聞いてやがんだお前はっ!」
「だって、他に聞くことなんてなくて」
「あるだろう沢山っ! 全く、耳を引っ張ってやるっ」
「あてててっ、で、答えの方は……」
「……え、え、え……Sどすえっ!」
「ほら、恥ずかしそうな感じになっちゃったじゃねぇかっ! てかSだったんだな、ふ~ん」
「クッ、よくも恥ずかしい情報を……ジャイアントぶぶ漬けファイナルゴールデンクラッシュ!」
「のわぁぁぁっ! 何で俺だけぇぇぇっ!」
お椀の直径が3mはあろうかという爆発性のぶぶ漬けを喰らった俺は吹っ飛ばされ、そのエリアからの退場を余儀なくされてしまった。
しかし俺が離れるともう攻撃はしてこないのだな、先程までは仲間全員を満遍なく狙ってきたし、弱い部分があればそこを突いてきたのだが。
もしかするとこの凶ドスゑ、周囲に野郎が居ることそのもの自体が気に食わない性質なのかも知れない。
となると俺が離れた今、ルビアと精霊様にはフランクに話を……している様子はないな、単に接近を許しただけのようだ。
と、ここで精霊様がその場を離れ、ちょろちょろと俺のところへ飛んで来る、何かを伝えたい様子だが、一体何なのであろうか……
「はいちょっと、ちょっとそこでストップよ、あんたはその場所で待機、わかった?」
「どうしてだよ精霊様、異世界勇者様で主人公様で、この世界で最も目立たなくてはならないこの俺様がこんな場所で待機だと? どういう風の吹き回しだ」
「凶ドスゑがあんたキモいから近付くなって、でもあんただけじゃなくて私もちょっと嫌われているっぽいのよね」
「キモいからって何だよっ! ちょっとおさわりしようとしただけじゃねぇか……と、その内心を読まれてキモがられているってのか……」
「読まれる読まれない以前に行動とかがキモいのよね……と、それよりもほら、ルビアちゃん相手だと普通に話をするみたいなの、攻撃の意思もなさそうだわ」
「本当だ、良くわからん奴だな……」
そういえばリリィに吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた際、油断しながら接近したルビアに対して攻撃しようと思えば出来たはずのところ、凶ドスゑはそれをしなかったという事実がある。
イマイチ納得はいかないのだが、とにかく奴は現状ルビアに対してのみしか心を開くことがない、そんな感じの雰囲気だ。
俺と精霊様は、遠くから2人が話すのを眺めて……凶ドスゑの奴、かなり楽しそうで……ルビアがその場で正座して……どうやら一方的に話しを聞かされている感じだな……
もしかするとだが、凶ドスゑは意外と自分の主張をしたいタイプ、いや見てくれからして意外と、でもないか、普通に自分が一番目立ちたいタイプだ。
しかしこれまでの遭遇ではどうであったか、もちろん異世界勇者様であることの俺様が目立ってしまうのは致し方ないとして、キャラの濃い紋々太郎、さらには影が薄くなってきていることに危機感を覚え、必死で前に出ようとしているフォン警部補。
それに可愛らしい見た目の獣人キャラやウサギ魔族の誰かさん、ついでに煌びやかな衣装に身を包んだリアルお姫様、さらにはドラゴンに精霊様と、人外なれど非常に目立ってしまう者ばかり。
そのような状況においては、やはり自分が一番目立ちたいと思い、町を練り歩いて善行を積んできたこの凶ドスゑが反発するのも無理はない。
で、今はそこまで主張しない、見た目は最高でおっぱいも凄いしドMとしてキャラが濃いルビアが、そんな存在ではあるが、いちいちそれを表に出してこないことから凶ドスゑに気に入られ、話し相手の地位を確立したのだ。
このチャンスを逃してしまう手はない、主張しすぎな俺と精霊様は後ろから、落ち着いている今の凶ドスゑを刺激しないよう、静かに見守っている他ないのである……
「……と、ついにルビアが何か質問をしたようだぞ」
「ここまで長かったわね、『会話をしている』のは確かだけど、相手が100話して、それを聞いて理解なり賛同なり何なりした後で、ようやく自分が1話せるって感じよね」
「で、そこで帰って来る答えもアレだろ、内容は1に対して1だけど、やたらと長くなって話自体は100あると」
「そんな感じよね、私だったらもう普通に殴っているわ」
「俺もだ、まぁそんなことよりもだ、ルビアが真っ当な質問をしたのかどうかが非常に気掛かりなんだが……大丈夫だよな?」
「さぁ? わからないけど、とにかく怒らせたりはしていないらしいわよ……と、聞いた内容を伝えにこっちへ来るみたいね……」
ニヤニヤと嬉しそうな顔をしつつ、小走りでこちらを目指すルビア、『大活躍だったね!』と褒めて貰えることがもう確定しているかのような感じだが、その結果はこれからの報告内容によって変化する。
で、それを知らずに戻って気たルビアは、若干息を切らしながら報告を始めるらしい。
どれほど有力な情報を得て来たというのか、とにかく精査してみないとわからないな……
「ふぅっ、聞き取り調査、完了しましたっ、ビシッ!」
「うむ、で、内容の方は? てかそもそも何を聞いたんだ、ちょっと楽しそうではあったが」
「えっと、何で敵の方に付いちゃったんですかって」
「ほう、でかしたぞルビア、通常そうすべきであろう、そう聞いていくべきであろう内容をちゃんと聞けたじゃないか」
「褒められたっ! それでですね、えっと、何だかイヤになってしまったそうです、この町の、元々支配していた麻呂の人達が」
「麻呂がイヤになった? どういうことだろうなそれは……」
「何だかですね、自分が正義の味方として現場で活動している間に、上級者で貴族である麻呂達は、あの大きなお館みたいな所で遊んでばかり、全然意味不明な詩なんか詠んでふざけ倒していたと」
「なるほど、それで不満が募って、この地域が西方新大陸の犯罪者に制圧されると同時に……って感じか、わからんでもないな」
花魁道中よろしく町を練り歩き、その中で悪を討って町の平和を守っていた凶ドスゑ、だがその最中にも、本来町の安全について責任を負うはずの上位者、貴族である麻呂共は我関せずの態度であった、それが良くなかったのである。
どころか、凶ドスゑがどれだけ悪者を討伐し、平和を守ったところで、その手柄は所轄のお偉いさん(上級麻呂)のものとなってしまうことが多く、自身の活躍を奪われるようなかたちでさえあったという。
これは目立ちたがりで、それゆえあんなに派手な格好をしている凶ドスゑにとって、明らかにストレスの原因となっていたことであろうな。
何かをキッカケにして、誰かが内側にため込んでいたストレスが爆発するようなことは良くあるとは思う。
だがこの凶ドスゑのケースに関してはそれが最悪のタイミングで、最悪の形で発現してしまったのである。
敵に何かされたのか、そうであればこの行動も許されたかも知れない、だが上位者に対する反抗として、この状況を自ら作出したというのであれば話は変わってきてしまうのだ。
これはどうする、どう対処すべきなのかわからない、もちろん俺だけでなく精霊様も判断を下しかねている様子だし、ルビアは報告を終え、いつもの何も考えていないモードに移行してしまった様子。
討伐してしまうわけにもいかず、生け捕りにするのも……この嫌われようではかなり難しいであろうな。
外部からの魔力供給によって、無から兵器を生じさせることが可能な凶ドスゑを拘束しておくことは難しい。
となると説得なのだが、それも現状ではルビアぐらいにしか出来ないことだし、押しが弱いため言い負かされて終わりとなるのは目に見えている。
そしてこの凶ドスゑ、自分の力で言い負かすことが可能な対象以外の全てを拒絶する傾向にあるのだからまた厄介だ。
完全に『小さなお山のボス猿』のような、自分が頂点に君臨するコミュニティを形成し、その中でのみ行動するタイプの人間であることは、もう何も言わずともわかりきっていること。
つまり、コイツがこちらへ靡くことはない、そして手出しが出来ない、これはいつもの如く詰んだ状況だな……
「……はい、これはまた困ったわね、どうするべきかしら?」
「どうするべきって、精霊様にもわからないものを、Fラン小僧の俺にわかってなるものかよ」
「何よFランって、てかその『自分は雑魚です』オーラを出して近付けば、凶ドスゑも受け入れてくれるんじゃないかしら?」
「イヤだよそんなのっ、俺はな、女の子の前では野生動物の威嚇バリに自分を大きく見せるんだ、本来の姿がどうあれ、それがポリシーだからな」
「ご主人様、なかなか最低ですよその発言、勇者としての資質が問われる……あいてっ」
余計なことを言うルビアに拳骨を喰らわせつつ、主に精霊様と凶ドスゑへの対応策を考える。
で、しばらくすると、その相手方である凶ドスゑがあまりにも退屈そうな顔をしているのを認めたため、再びルビアを『話し相手』として派遣してやった。
しかし本当にルビアに対してはフランクに話すのだな、俺達には睨みを、どころか目が合う前から攻撃が飛んで来るのにも拘らずだ。
いっそこのままルビアと2人で話をさせておき、その間にこの町でのタスクをすべてこなしてしまおうか。
既に中央の巨大建造物へと向かった仲間も、そこに到着して行動を開始しているはずだし、正直その方が遥かに効率的な気がする。
と、ここでルビアが再び戻って来る……先程にも増して笑顔だ、何か良いことでもあったのか、それとも単にアホなだけなのか……
「何だよルビア、今度はえらく嬉しそうに……どうした?」
「ご主人様、実は凶ドスゑさんを私達の船に招待しました」
「はぁっ? 招待ってどういうことだ? もしかして甲板でストリートファイトのアレみたいに戦うってのか?」
「そうじゃなくて、何かパーティーめいたことをしようって、そんな感じです」
「いや、大丈夫なのかそれ? 誰が参加するパーティーで……と、参加者リストか、どれどれ……」
勝手に船上パーティーを企画して来たルビア、その参加候補者リストに列挙されていたのは……ルビアはもちろん、あとはアイリスにフォン警部補、他に『遠征スタッフの有象無象を20名程度』の記載もある。
なるほど、ルビアとアイリスであれば人の話を聞き、自分からは見た目も含めて特に主張しないことが出来る、そしてフォン警部補は最近影が薄い、さらには遠征スタッフなど、名前や台詞さえ与えられていないホンモノのモブだ。
このメンバーで凶ドスゑを囲み、もちろん茶会にしろ飲み会にしろ、この地域でされている、おそらくシートを敷いて、そこに巨大な傘のようなものを立ててする、地べたスタイルの方法を取って接待する。
なかなかにいけそうではないか、ついでにSPとしてエリナ辺りを横に控えさせておくと、よりVIP感が出て良いとアドバイスし、計画を承認した。
「じゃあそれまでの間、凶ドスゑさんにはゆっくり私達の船へ向かって頂くことにしますね、たぶん歩くと1週間ぐらいかかると思うんで、そのつもりでこっちのやるべきことも終わらせましょう」
「だな、他に凶ドスゑからの要望は?」
「あっ、そういえば言っていました、出来ればで良いけど、船上パーティーで『無能な麻呂共の処刑』を見たいって」
「なるほど、この都市が犯罪組織に侵略される前の元支配階層で、堕落し切っていた無能な白粉豚共を処刑な……うむ、まぁ犯罪組織側に付いたあと4匹の麻呂は良いとして、残りは状況次第だろうな、親玉の『DEATHNAGOOON』とかいうのもまだどんな奴なのか、善良なのかゴミなのかわからんからな」
どこまでご期待に添えるのかはわからないものの、とにかくこれから相対するであろう4匹の裏切り麻呂については、その場で殺害することなく『取っておく』こととしよう。
先に捕えたジャンボ麻呂も加えれば5匹、時間を掛けてジワジワと痛め付けていけば、おそらくは船上パーティーの時間をフルに用いて処刑を終えることが出来そうな人数だな。
ということで、通過する俺と精霊様にガンを飛ばしてくる凶ドスゑとはなるべく目を合わせないよう注意を払いつつ、それが確かに俺達の船の方角へ向かっていることを確認してその場を立ち去った。
さて、メインで行動している他の仲間達と合流しよう、『パチナップル』の奇襲でやられた仲間達はもう回復しているであろうか、それも確かめなくてはならない……
※※※
「ご主人様、精霊様が戻って来ました」
「お、早かったな、で、確認や伝達は終わったのか?」
「もちろんよ、まずは船に行って、変な花魁が来たら攻撃せず、何か偉い人っぽいものとして丁重に扱うようにって伝えて、ついでに他の皆の場所も確認して来たわ」
「ほう……いや、もう敵の本拠地、建物の中なんじゃないのか?」
「残念ながらそうじゃなかったわ、あの建物、周りにかなり強力な結界が張られているみたいで、その手前で阻まれて止まっていたのよ」
「マジか、だがとにかく合流しよう、話はそれからだ」
「まぁそうよね、とにかく付いて来て」
いつもであれば、そんな結界などその場でブチ破り、仲間を通してから戻って来るはずの精霊様。
それをしていないということは……まぁそういうことだ、結界とやらが異常に強固なのは目に見えている。
とにかく3人で先へ進み、その結界とやらに阻まれている仲間の……すぐに辿り着いた、どうにかしてそれをブチ破ると必死になっているらしい。
こちらから見れば、何もない空間に突進したりパンチキックを加えたり、どう考えてもバグって居るとしか思えない行動を取る仲間達なのだが、その表情は真剣そのものである。
何をしても先へ進むことが出来ない中で、目一杯にその目の前の結界を……破ることが出来るような分厚さではないようだな、かなりガチめのアレのようだ……
「お~いっ! どうなってんだ~っ?」
「あ、勇者様達が戻って来たわ、ルビアちゃんは大活躍だったそうじゃないの、偉いわね
「ふふんっ、私のスーパーパワーがあればどうということはないミッションでしたっ」
「こらっ、調子に乗るんじゃないっ1」
「あいた、もっとぶって下さいっ!」
変態ルビアはともかく、まずはこちらであったことを精霊様に続いて軽く伝えておく。
皆そこまでは大丈夫なようだ、先程先行した精霊様によって、必要なことについて全て伝えられたらしい。
で、こちらの状況についてなのだが……特に目の前に何かがあるとか、そういったことはないように思える……それでも先へ進めていないということはそういうことなのだ……
「それでセラ、ここで何が起こっているんだ? とてもじゃないが状況が理解出来ないぞ」
「えっとね、こんな感じなの、ほら……パントマイムじゃないわよ」
「ん……ホントだ、何か壁があるような、そんな感じだな、これってそんなに強力なのか?」
「ええ、市販の魔力結界を超強化したものね、極めて強力なものだわ」
「市販の魔力結界とかあるんだ……」
「あるわよ、まぁ蚊帳みたいなのとかそんなんだけど、ここに張ってあるのはそういうのを、魔力充填の限界を超えて、超巨大要塞みたいにしたものね」
「グレード上がりすぎだろマジで」
精霊様でも気軽にブチ抜くことが出来ないというその魔力結界、セラやユリナ曰く、こんなモノを用意することが可能なのは『陰陽道ガチ勢』ぐらいのものだという。
麻呂の類ではないがそれなりに身分の高いその連中が、敵であり侵略者である西方新大陸系犯罪組織に付いているのは確実の状況、つまりここからは魔法によるバトルが繰り広げられていく予感だ。
その『陰陽道ガチ勢』がどんな陽キャラで、どれだけ陰湿な魔法を使ってくるのかはわからないものの、とにかく楽勝でブチ殺せる敵でないことだけは事実。
だが普通に戦って潰すまでだ、その陰陽道の何とやらを叩けば、残りの裏切り麻呂共4匹、おそらく子の中に居るのであろう馬鹿共は、特に自力での戦闘が出来ない雑魚である可能性が高い。
それであれば非常に話が早い、戦闘員たるその陰陽何とやらだけブチ殺せば終わるのだから。
ただ、それ以外にもわけのわからない奴が居ないとは限らないのだが……ともあれこの結界を破壊しよう、何よりもそれが先決である……




