819 関係ナシ
「ぶぶ漬けスラッシュ! ぶぶ漬けローリングアタック! ぶぶ漬けグリーンティーライトニング高菜!」
「ぐわぁぁぁっ! 何で最後のだけ普通に美味そうなんだぁぁぁっ!」
「おいっ、フォン警部補が殺られたぞっ! 誰か供養してくれっ!」
「や……殺られてはいないよね……ガクッ」
「フォン警部補ぉぉぉっ! クソッ、仇はきっと討つからな、そのうち、忘れなかったらだが」
「ひ、酷でぇ……」
敵の『凶ドスゑ』による連続パイナップル、いやパチナップル攻撃、次々に出現し、こちらへ投げ付けられるぶぶ漬け型のそれにより、遂にこの仲間で一番のおじさんキャラであるフォン警部補が限界を迎えた。
疲れ、回避が間に合わなくなったところへ、それを狙われたかのような集中したぶぶ漬け攻撃。
哀れフォン警部補はそれをまともに喰らい、戦闘開始早々にして堂々のご退場となったのである。
というか耳が良すぎるメンバーを初撃で持っていかれて、次いでフォン警部補、そして気付かなかったのだが、体の軽いハーピーのハピエーヌもキツそうだ。
絶え間なく続く爆発と、それによって生じる爆風、それによりフワッと舞い上げられてしまうその体では、地上へ近づくことが、そして『ポン刀』による一撃を加えることが出来ない。
だがまぁ、それはそれで良いのかも知れない、今ハピエーヌが敵に近付いて攻撃を仕掛け、それが成功したとしても、おそらくたいしたダメージは入らないうえに、キッチリ強烈なカウンターを貰うのは目に見えているのだから。
回避特化で防御力の低いハピエーヌをそこへ遣るわけにはいかない、そして強さ的には紋々太郎とカポネも危険そうだな……というかこの女、島国全体の英雄である紋々太郎よりも強いのは絶対におかしい。
通常は広域指定……ではなく、カバーしている範囲の広い『正義の味方』の方が強いはずなのだ。
なのにこの狭い都市のみで活躍していたというこの女が、紋々太郎を圧倒する力を有している。
当初より気掛かりであったこの話の通じなさも考慮すれば、やはりこの女、凶ドスゑに対しては、敵共による何らかの操作、改造の類が施されていると見るのが妥当だ。
これはつまり、このまま敵として討伐してしまうようなことは避けなくてはならないということ。
もちろん結構可愛いので殺したりなどしないのだが、それ以上に気を遣い、本人の尊厳を保つ方法で倒さなくてはならない……
「よしっ、ミラ、ジェシカ、前で戦うのはもう俺達3人だけだからな、マリエルは着替えが遅いし、町を破壊出来ない時点で後ろからのサポートも期待しないほうが良い、とにかく押し込むぞっ!」
「だが主殿、このままでは集っているモヒカンの雑魚キャラが邪魔だ、予め全て退かすか、それとも消滅させるかしないと」
「確かに、てか何でこいつらは逃げないんだ? ほら、また一撃で10匹以上殺されて……まだ盾に使えそうだったのに本当にもったいないな……」
転移前の世界においては、フィクションの中の雑魚キャラの行動として良く見た光景、強敵を囲んで、なぜかその状態から一斉にではなく、順番に向かって行って次々にやられる、そしてその状態では明らかに分が悪いにも拘らず逃げようとしない。
それをリアルでやってしまうのがこの世界の雑魚キャラであるということか、とにかくこの連中を排除しないとまともに戦いが出来ないのは事実。
いっそお供モヒカンは後から再募集をするとして、ここに居る連中は全部消滅させてしまおうか? いや、それをやると周囲への破壊が深刻なものになる。
どうにかしてこのモヒカン共だけをどこかに……そうだ、この場で盾として、いや押し込むための道具として使ってしまおう……
「おい雑魚共! お前等もうどうせ死ぬんだっ、ここで漢を見せて散った方が得だぞっ、敵を囲んで押し潰せっ!」
「ウォォォッ!」
「どっ、どすぇぇぇっ! 当店ではおさわりはご法度どすぇぇぇっ!」
「当店ってどこだよ……てか良いぞっ、いけっ! そのまま転倒させるんだっ!」
「あっ、危ない……こうなったら隠し玉、最凶焼きバーストどすえっ!」
『ギョェェェッ! ぜっ、全滅したぁぁぁっ!』
「あぁっ、もう少しだったのにっ!」
「残念でしたね勇者様、モヒカンの人達、何も成し遂げることなく無様に焼け死んでしまいました」
「全くだ、本当に役に立たない雑魚共だったな、死んでくれてせいせいしたよ、逆にな」
死んだモヒカンだけが良いモヒカン……なのかはわからないが、敵を囲んでいた分、全方位の攻撃によってより大きな被害を受けてしまった、というか全員死亡してしまった。
せっかく集めた肉の盾がもったいないという感情もあるが、どうせモヒカンの雑魚キャラなどほぼ無限沸きに等しい存在。
別にまた後でどうにかなることは目に見えているのだから、ここは先程考えた選択肢のひとつであるそれを採択しよう。
で、粉砕されて塵ひとつ残さずこの世から消え去ったモヒカン共、それが居なくなり、完全に俺達と凶ドスゑだけとなったストリート。
冬の冷たい風が通過し、建物の隙間で轟々と音を立てているのだが、それに季節の移ろいを感じているような暇ではない。
この女の使う『パチナップル(ぶぶ漬け型およびサワラの切り身型)』は、間違いなく今カポネが投げるオリジナルの『パイナップル』よりも強力であり、手数も多いのだ。
いくら俺やその仲間達がこの世界で最強の存在であるとはいえ、まともに喰らえばダメージと『怯む』効果が、そしてそこから追撃されてしまえば、おそらくは血が出る、痣になるなどの被害を受けてしまうはず。
そんな強烈で、しかも突然繰り出される攻撃の前では、どうしてもそれに集中せざるを得なくなるのだ。
だがまぁ、凶ドスゑへの呼び掛けだけは続けることとしよう、もしかしたら意識を取り戻し、攻撃を中止するかも知れないからな……
「凶ドスゑ! お前何やってんだ? この町はお前が守っていて、今でもそうすべきはずのところだろうにっ! それがこんなっ、こんな汚いモヒカン共の死体で薄汚れた街並みにしてしまって……」
「どすぇぇぇっ! どどどどどっ! どすえぇぇぇっ!」
「ダメだぞ主殿、完全に自我が崩壊しているとしか思えない、いや、最初は意識があったのだが、操られて破壊行為を、自らが守り抜いてきたこの町をダメにしてしまう行為を止めることが出来ず……」
「それを受けてどうにかなってしまったと、まぁでも喋ることが可能なんだから、まだワンチャン戻って来る可能性も……おっと、またぶぶ漬けが飛んで来るぞ」
「最凶焼きとやらもだ、魔力を使って放っているようだが……精霊様、奴の力の原泉が何のかわかるか? これだけ強力な火属性の攻撃を打ち込んでなお魔力が枯渇していないのはおかしいだろう?」
「ジェシカちゃんの思った通りよ、コイツ、外部から供給した魔力で攻撃をしているみたいだわ、でもその供給の源が……結構色んな方角なのよね、見えてはいるけど、全方位すぎてどこがどうとか言えないわ」
「何だ精霊様、空気中から魔力を抽出しているとか、そんな感じの供給方法なのか?」
「いえ、そうじゃないわ、どこかから、きっと町中にある装置か何かから直接力を得ていると思うんだけどね、それが沢山ありすぎるってだけ」
「なるほど……それを破壊すれば、もしかしたら凶ドスゑそのものの暴走が停止するかも知れないと、そういうことだな?」
「まぁ、可能性はあるわね、ただそんなもの探すよりも、ここで突撃して気絶させた方が早いわよ、ほらあ、行きなさいリリィちゃん」
「はーいっ! じゃあ突撃ーっ!」
精霊様によってけしかけられ、凶ドスゑに向けて普通に勢いを付けて突進して行ったのはリリィ。
当然攻撃がリリィに集中するのだが、ドラゴン形態でなくともかなり防御力が高いため、そのぐらいはどうということない感じだ。
というかその勢いで大丈夫なのか? 助走も中盤に達した現時点において、リリィの速度は時速にして……いや、考えるまでもなく、その瞬間に轟音を伴って音速を突破した。
次の瞬間には空間が歪んでしまうのではないかと危惧するほどの強烈な衝突、まるで隕石の落下を彷彿とさせるようなエネルギーは……当たり前のように周囲の家並みを破壊し尽くしたではないか……
「きゃっ、ちょっとリリィちゃん、やりすぎよそれはっ!」
「あ、ごめんなさーいっ……やべっ、町壊れちゃった」
「リリィは後でお仕置きな、あとけしかけた精霊様は今から鞭打ちの刑な、ほら、早く尻を出して四つん這いになれ」
「ちょっとっ! どうして私までそんな目に……あっ、上に飛んで行った凶ドスゑが落ちて来たわよ」
「誤魔化すなっ、どうせ凶ドスゑはしばらく動けないだろうよ、ルビアに治療させるから、ほら早くしろっ!」
「仕方ないわね……はいどうぞ、あまり痛くしないで……ひぎぃぃぃっ! ごっ、ごめんなさいっ、ひゃぁぁぁっ!」
余計なことをした精霊様にお仕置きしていると、確かに真上へ飛んで行った凶ドスゑがドサッと、いやドカーンッという音を立てて地面にめり込んだ。
声を上げる暇もなく吹っ飛ばされたのだが、どうやら無事ではあるらしい凶ドスゑ、比較的頑丈なたいぷのようである。
というか、これで大丈夫な時点でもう普通の、単なる地域限定の英雄などというものではないな。
音速を超える凄まじいエネルギーの物体に弾き飛ばされ、おそらく1万m以上の高さから墜落。
通常であれば跡形もなく消し飛んでいる程度のダメージなのだが、これで生きて……いや、治療しようと接近したルビアが驚いて飛び退くほどに元気だ。
普通に立ち上がろうとしている凶ドスゑの姿を見て驚愕する一同、そしてその隙を見てまんまと逃げ出し、尻を隠して舌を出している精霊様、まぁこれは後でお仕置きを追加すれば良いか。
で、立ち上がった凶ドスゑだが、俺達が少し離れた場所に居るのを良いことに、またしても連続で攻撃を放ってくる。
だがその攻撃はもう見切った、飛んで来るコース、一度ごとの数、そしてモーションによってどちらへ投げるのか、誰を狙っているのかも丸わかりなのだ。
あとはこちらから接近して、かなり強めの攻撃を加えて昏倒させる、それがベストな予感である。
まぁ、あれほどタフなのであれば大丈夫であろう、聖棒を使って、俺の本気の1%程度の力で攻撃しても死にはしない。
そう思って弾幕の中を近付き……いや、向こうから近付いて来ているではないか、この距離では攻撃が当たらないことを悟り、接近戦で戦うつもりになったのか……にしても遅いな……
「勇者様、やはりあの方、移動が凄く遅いようで……」
「おう、そんな感じだな、あの高すぎる下駄で1歩1歩、しかも変な歩き方だぞ」
「……我は確か聞いたことがあるね、この都市の女英雄は強い、だが遅いと……どこへ行くにも目立ち、人目を惹くが、町の端から端まで移動するのに1ヶ月を要すると」
「めっちゃ遅いじゃないっすか、あ、でもさっきの移動速度、モヒカン共を吹っ飛ばしていたときのペースを考えると、これが普通、というかこれで全速力なのか? おいどうなんだお前っ?」
「どすぇぇぇっ! そんな走ったり急いで歩いたりなどはしたないどすえ、歩くときはこう、足をクロスさせる感じで美しくなければならないんどすえ」
「そうなのか、ちなみにそのぶぶ漬けとかの射程は?」
「およそ30mどすえ、遠いと命中率も下がるし、飛ばすのに魔力を使い切ってしまって単なるぶぶ漬けを投げただけみたいになるんどすえ」
「あっそう、そういうことか、じゃあ達者でな、皆行くぞ、コイツはそんなに脅威じゃないことが判明してしまった」
『うぇ~いっ!』
「あ、ちょっと待つどすえっ! 一見さんはアレだけど、ぶぶ漬けとかの代金を命で払って、その、どすぇぇぇっ!」
そのまま戦闘エリアを立ち去る俺達、誰が何を言うでもなく、自然に町の中心部を目指して進み始めた。
そしてそれを追う凶ドスゑ、Uターンし、必死で俺達を追っている様子だが、花魁道中のような歩き方では離れるばかり。
まぁ、もしこのまま追い掛けて来たとしても、俺達が町の中心部で敵を討伐し、このエリア、そして『鉄の道』の支配権を取り戻し、ついでにまったり宿泊する、その辺りでようやく凶ドスゑの存在が近付いていることを把握出来る程度であろう。
もちろん更に移動すれば、凶ドスゑはそちらへ方向を変え、さらに俺達が向きを変えれば……無限に彷徨わせることが可能になりそうだな。
もっとも、今はともかく最終的にはコイツもどうにかしてしまわないとならないのは事実。
敵の親玉を倒せば元に戻るのか? それとも町中にあると精霊様が指摘した装置のようなもの、それを破壊し尽くせば任務完了か?
色々と考えを巡らせてみるのだが、本当にあの女がどういう存在で、元に戻る、つまり正義の味方に復帰した場合にはどうなるのか、まるで想像が付かない。
隣では同じことを考えているのであろうか、まだ走ることの出来ないカレンを小脇に抱えたジェシカが、怪訝な表情をして……いや、これはまた別のことを考えている感じだな……
「どうしたジェシカ、奴に関して何か重大な事実でも判明したのか?」
「いや、そういうわけではない、ないが……少しおかしいと思って」
「何が?」
「いや、あの敵は、む、本来は操られているだけなのかも知れないのであったな、とにかく凶ドスゑなんだが……『ドス』の要素はどこへ行ったんだ? あれだけ攻撃してきて一度も使っていないようなんだが?」
「確かにっ! 名前からして『ドス』だろうに、最初から最後までずっと『パチナップル』尽くしだったじゃねぇかアイツッ! ちょっと待て、これは完全におかしいぞ」
「……そもそもあの者は元々『火魔法使い』であったようだし、そのネーミングがどこから来ているのかについても疑問だね、口癖かも知れないが」
「口癖……『どすえぇぇぇっ』ってやつっすか? うむ、それが名前になったのであればまだ……いや、そういえばあの『汚染組』の隊士、『ドス』のパチモンもあの女が持っているって……」
ジェシカの指摘から始まったこの謎についての、町の中心部を目指して走りながらの会議。
英雄武器をして大変危険である『パイナップル』のパチモンに目が行っていたのだが、『ドス』についてもわすれてはならないのだ。
ちなみに、時折飛び出してくるモヒカンやスキンヘッドの敵キャラ共は、サリナが常に垂れ流している幻術の虜となっているので大丈夫、どころか俺達に付き従って走るメンバーが続々と加入している状態である。
ということで今は走りつつ、その『ドス』の行方について少し考えることとしよう、英雄武器のパチモンなど、一応大きな問題だからな……
「まず勇者様、どうしてこの町を制圧した敵は、その英雄武器のパチモンなんてのを造ったのかしら?」
「わからんが、こういう町では昔からパチモンがあったんじゃないかと思う、色んなブランドとかの、明らかに馬鹿にしたようなのがな」
「そうなのね、で、今回はそのパチモン文化を敵が利用して、元々この町に居たあの汚らしい連中とかみたいなのが受け入れ易くて、あげれば仲間というか配下になりそうな感じのモノを……って感じかしら?」
「あぁ、英雄の紋々太郎さんが『ダンゴ』を与えてあの馬鹿な犬畜生とかチンパン野朗を配下にしていたように、西方新大陸系の犯罪者共は『パチモン』を与えてこの島国の、一部の戦闘集団を仲間にしていたってことだ」
「あ、でもご主人様、それだとおかしいですの、あの凶ドスゑという方も、それを受け取って自ら敵の配下になった可能性があると思いますわよ」
「む、そうなるとそれがそうだな……ちょっと待て、何かもうややこしくなってきたぞ、結局のところ凶ドスゑの奴は正義なのか、無理矢理悪にされた元正義なのか、それとも堕ちた正義、つまり元正義の悪者なのか、その判断だよな……」
凶ドスゑのどこからも出てこない『ドス』に続き、もはやその前提である『何者かにやられてああいう風になってしまった』ということすら崩れ始めてしまった。
これは一度戻って、改めて本人と戦い、その中でキッチリ見極めをしていく必要があるか?
いや、そもそも話が通じないような相手なのにどうするというのだ? 何かを探ることさえ不可能に等しいのに。
しかし、だからといってあのような見た目の良い、可愛い部類に属している女の子キャラをどうこうしてしまう、そういうわけにはいかないというのも事実。
だが先へ進むためには……拙い、このままでは堂々巡りになってしまうな、とりあえず仲間達にはこの都市における最終目的となり得る中心の巨大建造物へと向かって貰おう。
そして俺と、その他数名を選抜して凶ドスゑに立ち向かう、そこでは何も得られない可能性が高いのだが、その分先へ進んだ仲間が話も先へ進めてくれるという寸法だ……
「よっしゃ、じゃあまずは俺と、何かあったときのためにルビア、あとは凶ドスゑを軽く拷問しなくちゃ可能性もあるからな、精霊様にも来て貰おう、3人で一旦奴の所へ戻るぞ」
「わかりました、ちょうど走るのが辛くなってきたところなのであり難いです」
「拷問ね、拷問するのねっ、それなら私に任せなさい、ギッタンギッタンにして、全ての情報と臓物を口から吐かせてやるわっ」
「……やべぇ、人選をミスした感が凄いんだが」
とはいえ決めてしまい、その瞬間には他の仲間と離れてしまったため、結局はこの3人で戻り、凶ドスゑと再び相対する他ないのだが。
まぁ、精霊様も殺してしまうようなことはないであろうし、ルビアも本気でヤバいと思えば素早く動いてくれるであろう、それに期待する以外に救いの道はない。
とにかく3人で戻り、今だゆっくりと、地を踏みしめるようにして進む凶ドスゑの姿を捉え……顔は必死なのだな、歩みは遅いがこれでも全力なようだ。
まぁ、まずはすぐにやって来るであろう攻撃を回避しつつ、もう一度呼びかけるところから始めよう……




