815 鉄の道とは
「オラァァァッ! ヒャッハーッ! ウェェェェイッ! 皆殺しだぇぇぇっ!」
「ちょっと、どうしてしまったんですかこの方は? 何だか魔力弾の発射装置の横で暴れ狂っているんですが……」
「あぁ、それなら元からバグっているから気にしないで、この世界に転移して来たときにはもうそんな感じだったはずよ、私は初期メンじゃないから見てはいないけど、断言は出来るわ」
「そうなんですか、なんてかわいそうな……異世界勇者?」
「俺様は勇者様だぜぇぇぇっ! 平伏すか死に晒すか、好きな方を選びやがれぇぇぇっ!」
テンションが上がる瞬間という者がある、それは他者を蹂躙するとき、圧倒的な力を用い、相手の命を一方的に奪うときである……あとは商店街の福引で白ではない玉が出たときぐらいか、まぁその程度だ。
で、そのテンションが上がる要因のひとつとして、今現在地上にて執り行われていること。
モブな雑魚キャラ共の、こちら側、しかも上空からの一方的な攻撃による殲滅作戦である。
西方新大陸からはるばるやってきて、こんな人里離れた場所でしか粋がることの出来ない雑魚キャラ共を、名前すら与えられないまま、そして当然台詞などひとつも用意されないままに葬り去るのが今の俺達のタスクだ。
遥か遠くの地上で散っていく敵の雑魚キャラ、名前さえ与えられないようなそのモブ共の最後を、こうして高い場所から眺めるのは実に良い気分だ……と、ここも親玉らしき目立つ野郎が死亡したようだな……
「よし、攻撃終了だ、ほとんどの敵は死亡したし、見ろ、あの『ちょっとデカいモブ』だったと思しきモノも、焼かれたうえで飛び散った小石に引き裂かれてグッチャグチャだ」
「うわっ、ちょっとグロテスクなんですが……しかもこれ、私がやったみたいになってません?」
「何だよわんころもち、お前がやったのは事実だろう? なぁに圧倒的な力をもって敵を蹂躙するのにもすぐに慣れるさ、お前も1か月後にはヒャッハーしていると思うぜ」
「こうはなりたくないなと思うモノの典型なんですが……」
強大な力を持つものの、あまり前に出て目立つようなタイプではなく、そもそもその秘めたる力の存在に気付いてさえいなかったわんころもち。
まぁ、本人がその力をどう使うのか、そして力を使うことによって得られる絶大な効果について、どのように受け止め、どう反応するのかも自由だ。
俺であればその自らの強さに酔い痴れ、ヒャッハーしつつ無駄な殺戮を繰り返すところだが……そういうことはせず、裏から淡々と、安全に獲得出来る利益のみを追求するのを良しとするのがわんころもちの性格なのである……
で、滅ぼした地上の敵拠点はそのまま放置し、俺達の乗った空駆ける船は次のターゲットへと向かう。
徐々に本来の目的地へと近付きつつ、点在する犯罪組織のアジトを潰していく、まるでそういうシュミレーションゲームのような展開だ。
「え~っと、次はここを撃滅するのね、それからこっちへ移動して……そういえば勇者様、このマップにある線……これね、ずーっと海沿いを続いているんだけど、何だかわかるかしら?」
「海沿いを……本当だ、何だか東〇道〇幹線みたい……といってもこの世界の人間にはわからないか、いや、正直不明だぞ、紋々太郎さん、これ何だかわかります?」
「……どれだね、ふむ、この地図に記載されたものは……古の遺構、『鉄の道』だねこれは」
「やっぱ鉄道……まぁ、何でもないっす、しかしどうしてそんな遺構なんかがこの比較的新しいマップに……」
「……それはね、その遺構がまだ普通に使用出来るためだよ、その『鉄の道』をうまく使いこなせば、高速移動して目的地まで一直線だと思うが……難しいかね?」
「目的地まで一直線? つまりは快速、どころかノンストップですっ飛ばせるってことっすか?」
「……うむ、そういうことになるね、使い方によっても異なるのだが……確か『言霊』、『闇』、『絶望』の3種類であったか」
「あ、そういう感じの……乗り物なんすね、わかります何となく」
紋々太郎の言う『鉄の道』、詳しくはまだ聞いていないものの、それが完全に俺の知っている『鉄道』の、しかもその中で『新〇線』と呼ばれるものの異世界バージョンであることがわかってしまう。
きっと乗り込めば素早く、本当にあっという間に目的地、どう考えても『東〇都』にしか見えない位置取りのエリアへ向かうことが出来るものだ。
そしてその『鉄の道』の入り口は……ここからもうすぐそこ、次の敵拠点を殲滅したらもう目の前に見えている場所にあるではないか。
しかもその敵拠点、これまでのものと比較してかなり大きく、明らかにその入り口となる場所を守護しているとしか思えない。
これはもしかしたら『善良な一般市民』が取り残され、人間の盾にされているタイプの場所かも知れないな。
とにかく接近し、いきなり攻撃はせずに様子を見てみることとしよう、それが得策のはずだ……
「うむ、じゃあこのまま接近して、この場所、まぁその『鉄の道』の入り口だな、そこに接近したら着陸して、ちょっとコッソリ様子を窺おうか」
「そうね、状況がわからないとなんとも言えないし、もし犯罪組織の連中だけだってなったなら、それから再浮上して撃滅しても構わないものね」
「あぁ、で、そういう方法によるかはその場で判断するとして、当該エリアを制圧することが出来たら、早速『鉄の道』の使い方を探っていくこととしよう」
「でもご主人様、速い速いとは言いましても、それってこの空駆ける船よりも速いんですの?」
「あ、それもそうだな、この船よりも遅いのであれば特に意味は……でもノンストップだってことだからわからんぞ、紋々太郎さん、そこのところどうっすかね?」
「……うむ、これは言い伝えによるものだが、この『鉄の道』をタイプ『絶望』にて用いた場合には、この入り口、かつて都であったこの地域から、こちらの終点、我々が目指している場所だね、そこまで移動するのに要する時間がおよそ30分程度であったとのことだよ」
「30分⁉ めっちゃ速いじゃないっすかその乗り物! もう乗ったら即バビューンッて……さすがは『希望』じゃなかった『絶望』だな、転移前の世界ではそれでもそこそこ、何度か止まっていたりしたけど、こっちの世界ではノンストップなんだな」
「……いや、残念ながら一度だけ止まってしまうとのことだ、ほら、この辺りで『10分間停車』するとの伝説があってだな」
「いやここって、静〇で停車してんじゃねぇぇぇっ!」
転移前のせかいにもあった似たような乗り物、その『希望の乗り物』から、どういうわけかガン無視されてしまっていた一部地域がある。
しかしこの世界においては、その一部地域こそがこの『鉄の道』における『絶望』の唯一の停車場所であったのだ。
だからどうしたと言われればそれでお終いなのだが、あの永遠の通過地点は、この世界において輝きを放っているということを、いつか誰かに伝えてやりたいと思う。
まぁ、それは良いとして、そんなに素早く目的地に問い着することが出来るというのであれば、もはやそれを使わない手はない。
そういえばあのシャチホコの地域を攻めた際にも、犯罪組織の連中はその手前にある半島にて、トロッコのレールを押さえてその付近に陣を張っていたな。
やはり小さな犯罪組織が大量に参加して、それによって大規模な侵攻となっている今回の事案。
敵は移動手段を最も重視し、それを重点的に押さえる作戦できていると考えるのが妥当か。
この世界では通信手段というものがイマイチ発達していない……もちろんそれは人族の中においてであって、比較的進んでいる魔族領域ではなかなかに凄いのだが、とにかくその未発達の通信よりも、移動を主な戦略の要とするのは通常のことなのかも知れない。
しかしこのようなことを考えることが可能な、比較的頭の回る人間も敵の中には含まれているということだな。
いや、その程度のことを考え付くのはおそらく普通のことなのだが、これまで相対してきた敵の、あの尋常でない次元の頭の悪さからは想像出来ない『まともな奴』がこの先に待っているのは確かだ。
ついでに言うとそいつさえ、いや1人かどうかはわからないが、とにかく『敵集団のブレイン』的な奴をどうにかしてしまいさえすればどうなるか。
すぐに犯罪組織間の連携も絶たれ、烏合の衆、ただ生きているだけの有象無象となり果てた敵集団が、この後どうしたら良いかさえわからずに、俺達が殺しに来てくれるのを待つというようなことになりそうだ。
そうなればもう、こちらの圧倒的な、完全な勝利が確定するではないか、間違いなく中央の(元)大都市、そこに居る『まともに考えることが出来る何者か』をターゲットに選定すべきところである……
「あっ! 何だか向こうの方で煙が上がっていますよっ! 人が沢山居るんだと思いますっ!」
「え~っと、あ、そっちはこれから向かう敵拠点の方角ね、そろそろお昼時だし、食事の準備でも始めたんじゃないかしら?」
「となると……急いで行って、もしあそこが普通の都市であって、殲滅出来ない場合の徒歩による襲撃を昼食の時間に間に合わせようか、その方が有利だぞ」
「それにご主人様、食べ物を向こうで用意してある状態ですよっ、それをゲット出来ますよっ」
「確かにな、今から喰らおうとしていた食料が、実は罠で毒入りなんてことはないだろうからな、よしっ、じゃあちょっと急ぐぞ、異論は……ないっすね」
『うぇ~いっ!』
もしもそのこれから向かう場所から、最終目的地までおよそ30分という『鉄の道』を用いるのであれば、朝方に攻撃第一波を仕掛けるための時間の調整というものはほぼ不要となる。
場合によってはそこで普通に宿泊し、もし居たら救出することになるであろう本来の現地民からの歓待を受けるというのもなかなか良いな。
まぁ、実際にどうなるのかはわからないが、とにかく敵の昼食時を狙い、命だけでなく食料も頂戴する作戦については確定だ。
全速力で進む空駆ける船は煙の立ち上る方角を目指し、やがてうっすらとだが、冬の澄んだ空気の向こうに敵のアジトらしき場所が……凄いな、アレは間違いなく元都市、いや『都』であろう。
碁盤の目状に切り分けられた、というか道が通った盆地、中央には明らかに『偉い人が住んでいる』系の立派な館なのか城なのか、とにかくそんな感じの建造物。
赤を基調としたその都市の全景は、明らかにこのまま空駆ける船で接近し、上空から一撃で滅ぼしてしまうことなど出来ない、してはならないものであるということを示している……
「おぉーっ! すっごいじゃないのっ! 何アレ? ねぇねぇあの門みたいなのって何?」
「知らんが、とにかく偉い人が通る門なんじゃないか? とりあえずマーサ、そんなに身を乗り出すと落っこちるぞ」
「平気よ、このぐらいの高さならジャンプして戻って来られるし、最悪船を追って降りる場所までは知っても大丈夫だわ」
「もうウサギの範疇超えてんなお前、バケモノじゃねぇか……」
テンションの上がってしまったマーサ以外のメンバーも、それぞれが遠くに見える『都』の美しい姿に感動している様子。
だが現在、あの『都』の主となっている者共は、それを造り上げた者の末裔でも、それら本人でもなく、どこからかやって来た薄汚い犯罪者のゴミ共である、そのことを絶対に忘れてはならない。
で、かなり接近したところで船を停止させ、ある程度開けた場所を発見してそこへ着陸させる。
遠征スタッフとそれからアイリス、ついでに観光気分で準備をしていたエリナに居残りを命じ、俺達は船を降りて徒歩でその『都』を目指した……
※※※
「こっちこっちっ、こっちですっ、ここから道がありますよっ!」
「やれやれ、やっと平らな道に出られるのか、もう森の中はこりごりだぜ」
「それでも勇者様夏と違って虫とか何とかが居ないだけマシですよ、ほら、靴も汚れていません」
「とはいえだな……と、例の『都』が見えているじゃないか……」
ブツブツと文句を言いながら森の中を歩き、隣のマリエルが虫が居ないだけマシなどとわけのわからないことを言い出したところで、ようやく目的地が見えてきた。
ここから本来向かうべき大都市に向けて、移動手段として使用すべき『鉄の道』が伸びているのは確認済み。
あとはどうにかして、この景観を損ねない方法でエリア一帯を手中に収めなくてはならない。
もちろん敵は皆殺しだ、そしてそうではない、善良な民については全生かしだ。
ということで道の続いた先、4つの方角にある町の入り口、その巨大な門のうち西側に辿り着いた俺達。
それを待っていたのは……やはり犯罪組織の構成員と思しき見張りというか門番というか、そういう感じの連中であった。
明らかにこの場に相応しくない、それこそ存在しているだけで景観を損ねるタイプのボケナス共。
モヒカンにスキンヘッド、その頭でいて裸の上になぜか革ジャン、しかも謎のトゲトゲが飛び出すまさに世紀末なものを着込んでいる。
そのモブキャラ共は、俺達の姿を認めるとすぐに集まり出し、典型的な行動であるナイフペロペロをしながらこちらへと近付いて来た……
「おいテメェらっ! 何勝手に近付いてんだよ? もしかして町へ入ろうってのか? なら許可は取ったのか?」
「ついでに通行料とお布施と賠償金と謝礼と、税金と義捐金と、それから俺達のために女を全て置いて行きなっ」
「ギャハハハッ、良く見りゃこの連中、女ばっかりだぜっ、素直に女を置いて行ったらそっちの弱そうな馬鹿と、島国の人間じゃねぇおっさん、それにそっちの……どうしてその筋のもんが紛れ込んでんだ?」
「……それはお前達をこの場で殺すためだ」
「はぁ~っ? 冗談じゃねぇぜ全くよぉ、テメェら如きに俺様の超絶凄い拳法が負けることはねぇんだ、アチョォォォッ!」
「何やってんだコイツ……」
突如調子に乗り出した雑魚キャラ、仮に『門番A』とでもしておこう、とにかくわけのわからない踊りを始めて……まさかこれが拳法のつもりなのであろうか。
いや、マジでそうなのであろう、後ろに控えるその他の門番モブ野郎共も、『良いぞ殺っちまえっ!』だの『お前こそ最凶だっ!』だの、かなりこの『門番A』に期待を寄せている様子が窺える。
これは殺してしまって良いものなのであろうか? いきなり戦闘になるとすると、この先俺達がこの町の中で平穏に過ごすことは出来なくなるのだ。
それはつまり、敵の親玉をブチ殺すに際して、コッソリ接近して時間を短縮することが出来ないということを意味するのであって、敵の殲滅に時間を要することになるということである……
「さて、どうするっすかこの状況?」
「……構わない、少し面倒だが、ここから作戦開始としよう、とりあえずお前は死ね」
「はぁっ? どうやって俺様の拳法を……まさかその武器⁉ えいゆ……ひょげろぱっ!」
『なぁぁぁっ⁉ 門番Aが一撃で殺られたぁぁぁっ!』
「いや門番Aっていう名前だったのねその人……」
その後の状況についての描写は面倒なので割愛するが、結果としてその場に居た門番Bから門番Jまで、全てのモブキャラにつき紋々太郎があっという間に討伐し、その戦闘はこちらの勝利で幕を閉じた。
だがその際の『ハジキ』による攻撃でかなり大きな音を出してしまったため、門の向こう側からゾロゾロト、またわけのわからない格好をした明らかな雑魚キャラ共が溢れ出して来る。
その数は100を超え、200……500……1,000以上だな、指揮官らしき『少し大きめのモブ』は見受けられないが、まぁ討伐を続けていればそのうちにお目見えすることであろう。
しかしこの数となると、周囲の建造物等に被害を及ぼさずに殲滅するのは少し大変で……いや、安全のために固まらず、バラけて行動するべきということを知らないようだし、そこまででもないか。
「さて、じゃあ手分けして端から殺していくぜ、皆そろそろ腹が減ったと思うが少し頑張ってくれ、この周囲一帯だけでも制圧すれば、そこそこな食料(調理済み)が手に入るぞ」
「わうっ、食べられてしまう前に早くしないとですっ、それじゃあいきますっ!」
目の前からタッと駆け出したカレンの動きに呼応するようにして、それ以外の仲間達も一斉に攻撃態勢を取る。
敵のモブ集団は前の方から、次々に赤々としたご遺体に変貌していくのだが……どうやらあまり死への恐怖を感じないタイプの兵員だな。
前の奴が惨殺されても、また自分の腕や脚が消滅したりどこかへ飛んで行ったとしても、全く躊躇することなく攻撃を続けるモブ兵士軍団。
良く見たら目に生気が宿っていない、これはシャブでこうしたのか、或いはまた別の方法を用いたか……
「サリナ、戦闘中にちょっとすまないが、こいつらって洗脳されている系か?」
「いえ、そうじゃなくて、きっと何かキマッている系ですね、魔法の感じがしませんから」
「じゃあさ、その何かシャブみたいなのの効果に、サリナとか、あとわんころもちの攻撃を上書きすることって可能か?」
「う~ん、やってみないとわかりませんね、人数も多いですし、どうします?」
「物は試しだ、こんな場所で雑魚と戦って無駄なエネルギーを消費したくないからな、ちょっと幻術でもキメてやってくれ、もちろん練習も兼ねてわんころもちにも手伝わせてな」
「わかりました、じゃあやってみますね」
かなりの数の敵、しかもハンコで押したような同じ格好の、画一されたモブ集団である。
周辺被害をゼロに抑えつつこれに対抗するには、間違いなく幻術系の攻撃が有効となろう。
ということでサリナと、それから同じく『そっち系』の術者であるわんころもちに準備をさせ、攻撃を加えるタイミングを計る。
これが成功すればかなり楽になるはずだ、敵を使って敵を殲滅、俺達は後ろから付いて行くだけで、目的を完全に達成することが出来る可能性さえあるのだから……




