810 確認すべき事項
「ギャハハハッ! さぁっドンドン飲めやこのボケナス賽銭箱がっ!」
「ざまぁ見なさいっ、きっと『中の人』か何か知らないけど、ビックリしているに違いないわねっ!」
「あの、ちょっとそこの……」
「全くシャレにならねぇイベントだったぜ、てかさ、『赤ひげの玉』はどうするよ?」
「ぶん殴って開放してやりましょ、まずはこの社みたいなのをこじ開けるのよ、もう『供物ポイント』の獲得には期待出来ないし」
「……君達、その供物ポイントなのだが」
「ヒャッハーッ……え? 供物ポイントがどうかしたっすか?」
『凄い勢いで溜まって……』
「はぁ? 何を言ってん……あらホントじゃないっ⁉」
「わぁぁぁっ⁉ なんじゃこりゃぁぁぁっ!」
供物の問題について、そしてボスモンスター討伐報酬について、全く解決の糸口を見つけられずにいた俺達。
もうムカついたのでラジコンであることが判明した巨大宝箱を操作し、中の無限溶岩を賽銭箱、つまり供物BOXの中に注ぎ込んでやる。
とんでもない悪戯だが自業自得だ、この復讐は当然の結末、俺達にとって『赤ひげの玉』が重要だからといって、さすがにここまで馬鹿にされる謂れはないのだから。
で、ギャハハと笑いながらそんなことをしている俺と精霊様を見て、他のメンバーが驚愕していた理由。
それは『やりすぎ』に対するものではなく、また別の事象、本来そのようなことが起こるとは思えない事柄に対するのもであったのだ。
それに気付かずに悪戯を続けていた俺達は、その他全員による一斉の指摘によってようやく状況を理解したのであった。
なんと、溶岩を流し込まれたことにより、これまではほんの僅かずつしか動かなかった『供物メーター』が、それはもう凄い勢いで伸びに伸びているのだ……
「おい何だコレ? 遂にぶっ壊れやがったのか?」
「違うわ、私達の恐ろしさを思い知ったのよ、きっと『中の人』がビビッて、慌ててこちらの目的を達成させようとしたんだわ」
「そういうことか、じゃあこのまま放置して、『供物メーター』が一杯になるまで待とうぜ、何にせよ俺達の勝利だ、最初から敵を、賽銭箱の『中の人』を脅迫すれば良かったんだな」
『いや、そういうことじゃないんじゃないかと……』
勝利を確信した俺と精霊様に、何やら水を差す感じで指摘を続ける他のメンバー達、いや、リリィは何もわかっていないようだが、それ以外はこの作戦に何か問題があるとでも思っているのか?
だとしたら本当に馬鹿な連中だな、供物など捧げなくとも、このようにして力を示せば、この世界における問題の全てが解決するのだから。
こちらが何らかの出捐をする必要は常にないのだ、常に相手に譲歩させ、損失を押し付けて利益だけを獲得する、それが俺様や精霊様による極めて勝率の高い戦い方なのである。
「……勇者君、ちょっと良いかね?」
「どうしました? ちなみにあの『溶岩流し込み嫌がらせ魔道ラジコン宝箱マシン1号機』は退がらせませんよ」
「……いや、その意味不明で至極適当な名前はどうでも良いんだがね、もしかしてこの行為……正解なのではなかろうか、我はそう思うのだが、どうかね?」
「これが……正解?」
「そうですよ勇者様、それに精霊様も、おそらくこの地下空間における『ボスモンスター討伐報酬』それはこの『溶岩入りの宝箱』だったんです、もちろん魔導ラジコンも含めてですが」
「……で、その中の無限溶岩をだね、供物として、赤リンゴ以外に指定されている『赤いモノ』としてその賽銭箱に捧げる、それが本当の奉納行動だったということだね」
「なるほど……いや、そういうことなのか……」
完全に『トラップの類』だと思い込んでいた無限溶岩宝箱、だがその中身である溶岩は燃えるように、というか燃えていて真っ赤なのだ。
そしてどれだけの供物を捧げても捧げ足りない賽銭箱様の『供物BOX』、普通に何かを奉納していたら、満タンになるまでに膨大な時間とコストを要してしまうものである。
だが宝箱内の『無限溶岩』が『供物』として認められることによって、その状況は変わってくるのであった。
いくら取り出してもどこからか湧いてくるその溶岩を、文字通り無限に賽銭箱の中へ注ぎ込むことにより、半永久的に奉納を続けることが出来る、『供物メーター』を伸ばし続けることが出来るのだ。
過去二度のトライにおいて、俺達はこの溶岩の供物性を全く認識していなかった、それが敗因であったようだな。
そして今、それに気付いた……というか意図せずして気付かされたことにより、ようやくこの地下空間の完全クリアに近付くことが出来たのだ。
「う~む、なるほど、そういうことだったのか、『既に報酬に辿り着いている云々』も、ここでようやくその意味が理解出来た感じだな」
「そういうことなのね、全くわかりにくい仕掛けだわ、殺してやろうかしら」
グングンと伸びていく『供物メーター』を眺めながら感心する俺と精霊様、何だか歯切れの悪い解決なのだが、とにかくこれで『赤ひげの玉』の開放に必要な供物は提供出来そうだ。
ちなみにこの祭壇、最初にあの北のリンゴの森でゲットした『赤リンゴ』を捧げることによって起動し、以降はとにかく赤いものを受け付け、そのレア度や元々持っているエネルギーに応じてポイントが入り、メーターが伸びる仕組みとなっていたらしい。
なるほど単なる食材よりも、そして死んでグッチャグチャになったボスモンスターよりも、まだ生存した状態の熱を発する『生贄』の方が、そして今捧げ続けている溶岩の方がメーターの伸びが速いのも頷ける。
単純に炎をブチ込んでしまうのが不正扱いなのはわかっていたが、食べ物ではない溶岩でもOKというのは盲点であったな。
その考え、つまり供物は食材のみという思考においては、その溶岩が『赤ひげの玉』を開放するための最短ルートを行くためのアイテムとして用意され、ボスモンスター討伐報酬にもなっていることにも気付くはずがない。
考えてみれば最後のトラップ、脱出の魔法陣を作動させるために1人が取り残されなくてはならないというもの、それは最低でも2人が生き残っていることを想定して作られた嫌がらせであったはず。
なのに最初のボスサラマンダーによる丸呑み攻撃で1人、宝箱から溶岩トラップで1人、そして最後の水っぽい衣装裏切りトラップで1人と、通常4人で構成される探索パーティーのうち、普通にボス戦で勝利したとしても3人が死亡するのはおかしかった。
つまり、この宝箱の溶岩はトラップではなく純粋な報酬、別に探索者を騙して殺すのではなく、純粋に供物として捧げることに気付くかどうかというものであったのだ。
もっとも、最初に『赤リンゴ』を捧げていない通常の探索者によって『赤ひげの玉』が開放されることはなく、正解に行き着いた者にはそれなりの、ここで成すべき本来の目的とは別の何かが達成され、だいたいの報酬が手に入ることとなるのであろうが。
とまぁ、そもそも宝箱の溶岩を浴びた時点で1人は普通に死亡するよな、それをトラップではなく報酬としていたのはおそらく事実だが、熱耐性の高すぎる火の魔族の里の連中による見積もりが甘かったとしか思えないものだ……
「で、これ、このメーターが端まで行ったら良いんだよな? それで開放が完了するのか?」
「どうかしらね、完了したらきっと社みたいなのの扉がご開帳するんだろうけど……どうもこのまますんなりいくとは思えないわね」
「俺もそう思う、もうひと悶着ありそうな予感だぞ……」
いくら溶岩が無限とはいえ、それが賽銭箱の中の空間へ消えていく、というか流入していく量には毎秒ごとの限度がある。
ゆえに『供物メーター』は伸び続けているものの、完了までにはまだまだ時間が必要といった感じだ。
このまま暇を潰しながら待つしかないのだが、その間にこれからどうなるのか、そしてこちらがどうしていくべきなのかについてを話し合う。
ここまでの経緯からして、この地下空間による嫌がらせ、というかトラップの類がここで終わりとも思えない。
もうひとつ、最後に何か隠されていると見るのが妥当であり、その可能性は極めて高いといえよう。
そしてその『何かが起こる瞬間』というのは、もう間違いなくラストの、この『供物メーター』がフルになった瞬間であるということもまたほぼ確実。
そこで俺達がどう対処すべきなのかということに関しては、それが一撃必殺のトラップなのか、それとも裏ボス的な何かの出現なのかによって異なってくる。
後者であれば簡単だ、俺達は普通に戦って、場合によっては英雄パーティーの安全を確保しつつ、その裏ボス的なキャラをブチ殺してしまえば良い。
だが前者、一撃必殺的なトラップであった場合、もしかすると対処が困難な状況に陥るかも知れないのだ。
例えば床ごと抜けて下へ落下したり、転移トラップでそれぞれが別の場所へ送られたりと、それがシャレにならないものである可能性を否定することが出来ないのである。
一応全員で固まっておこう、そして出現するのが敵キャラであった場合を想定して、武器を構えた状態で待機しよう。
そうすれば、最低限何かには対処することが出来るはず、あとは絶望的な何かが生じないことを祈るのみだ……
※※※
「……そろそろフル満になるようだね、全員、気合を入れて迎え撃つ姿勢を取ろうか」
『うぇ~いっ!』
もうすぐ満タンとなるメーター、まるで新年を迎えるカウントダウンを待つかのような心境……ではないな、これから起こるのはきっと鬱陶しいことなのだ。
しかしやって来てしまうその瞬間は避けることが出来ず、また解決に至ることのない仕組みとなっているものなどではない、それゆえ待ち、どうにかするしかないのである。
そして遂にその瞬間が訪れ、点滅を繰り返した『供物メーター』、同時に社が、その中に『赤ひげの玉』を鎮座させていると思しきその木造の建物が、白く、そして強く輝いた。
同時に光に包まれる室内、何も見えない、隣に居たはずの精霊様の姿も、前に居たミラも、リリィも、その他のメンバーも全く見えなくなってしまったではないか。
徐々に収まっていくその強い光……今度は逆に真っ暗となってしまった、相変わらず他の仲間の姿は見えず……というか気配すら感じないのだが?
「おいっ、お~いっ! 誰か、居るなら返事をしろ、お~いっ……え? ちょっと待ってこれどういうこと? お~いっ!」
何度か呼び掛け、そして1人ずつ名前を呼んでみるも、一向にその仲間からの返答は得られない。
相変わらず真っ暗な空間、そして全く気配のしない仲間……これはもしかして分断されたパターンか?
いや、もうそれ以外には考えられない、きっと他の仲間達もそれぞれ、1人ずつこのような暗がりに閉じ込められているのだ。
どうしようか、いや、下手に動くと状況を悪化させることに繋がりかねないな、ここはひとまず待機することとしよう。
何だか最初にこの世界へやって来たあの日のような光景なのだが、少なくともここが神界ではないこと、そしてこの後登場するのがあのアンポンタンゴミクソ馬鹿女神でないことだけは確かだ。
ということでその場にて待機、1分、2分……正味3分程度そのまま固まっていたか、そこで突如として周囲の明るさが増し、徐々に辺りの様子を見ることが出来るようになってきた……
ここは……何の変哲もない、そして本当に何もない石造りの部屋、広さは10畳ほどか、窓などはなく地下のワイン貯蔵庫かと言われればそうかも知れないと答えられるような雰囲気の場所。
明らかに先程まで居た部屋ではないな、一体ここがどこで、どういう理由でこんな場所へと飛ばされたのだ?
というか他の仲間達は無事なのか? 少し、いやかなり気になることが多すぎるのだが……
「……お~い、誰の仕業か知らんが、ここは何なんだ~っ? 俺達はそんなに暇じゃないんだ、『赤ひげの玉』も開放しなくちゃだし、他にも色々とやることがあってだな……お~いっ、もしも~っし……ダメか、誰も居ないのかマジで?」
誰も呼びかけに応じることはなく、俺が黙ると同時に再び静寂に包まれた謎の部屋、暑くもなく寒くもない、そして窓も出口も何もないとは、こんな場所に居たらそのうちにどうかなってしまうぞ。
イベント発生であれば早くして欲しい、そしてそうではなく、何らかの手違いによってこんな場所へ飛ばされたというのであれば、早く謝罪したうえで開放して欲しいものなのだが……
と、向かって正面の壁に動きが出た、何やらグルグルと、渦を巻くようにして……何かが出現するようだし、とりあえず武器を構えておこう。
そう思って構えを取ると、渦巻きは渦巻きのまま、その中から何かが出てくるというわけでもなく、普通に喋り出した……
『……はい、ようこそおいで下さいました、こちらは火の魔族の里地下空間、勇者確認システム対面確認室にございます』
「勇者確認システムだと? 何じゃそりゃ?」
『ここは、火の魔族の里地下空間において、最終ミッションをクリアした者、またはパーティーが出た際、その中に赤ひげの玉の開放権者、即ち当代の異世界勇者が存在しており、玉を開放することが妥当であるかどうかを自動判定する凄いシステム、その内部の亜空間となります』
「あっそ、で、俺はその異世界勇者様なんだが、何の用だ?」
『実は、確かにあなたからは異世界勇者性を感じ取ることが出来、それにて確認を終了するのが通常なのですが……』
「通常なのですが?」
『何か、ちょっともう見た目からして勇者っぽくないなと、聖剣とか持ってないし、ゴミみたいな顔してるし』
「ざけんじゃねぇぞオラッ! シバき倒されてぇのかこの欠陥システムがっ!」
『ほら、そういう暴言を平気で吐く辺りも、人々から尊敬されるべき勇者ではありません、溶岩のように真っ赤なニセモノの可能性が十分にあります』
リアルにブチ殺されたいのであろうかこのシステムは、とにかく俺様がホンモノの異世界勇者様であるという紛れもない事実に疑念を抱き、わざわざこんな場所に転移させてまで確認しようというのだ。
で、その確認方法なのだが……今度は渦の中から何かが出て来るようだ、そいつとの面談によって、こちらが確かに勇者であることを疎明、いや証明してやれば良いというのだな。
それなら簡単である、その何者かの足を引っ掛けて転ばせて、馬乗りになって顔面を素手で殴って……おや、どうやらそういうわけにもいかないようだ……足が……足が足ではない……
「おいちょっと待てこのゴミシステム、これから面談的なことをするんじゃないのか? どうして渦の中からその……何だろう、変なナメクジみたいなのが出現するってんだ?」
『いえ、面談などではありません、ここでは勇者として本来持っているべき勇気を示して頂きます、まずはその渦から出現する敵を討伐して下さい。なお、出現する敵はあなたが常日頃からキモいな、消えてくれないかな、そう思っているモノの集合体となります、以上』
「ざっけんじゃねぇぇぇっ! あっ、ナメクジ出て来やがったっ、人間の顔で……しかも脂ギッシュなハゲオヤジじゃねぇかっ! ついでに背中! 『チャバネのG』だろその羽!」
1人で大声を出してツッコミを入れてしまうほどのその姿、とんでもないビジュアルのバケモノが登場してしまったようだ。
ナメクジの体にハゲオヤジの顔、そしてチャバネに、なぜか接地していないムカデのような脚、ついでに言うと顔の下、ナメクジボディーの部分に穴が……間違いなく『ウ〇コ発射装置』だな、俺の勘がそう告げている。
そのとんでもないバケモノは、おっさんの顔でケタケタと笑いながら、ナメクジのペースでゆっくりとこちらへ近付いて来る、非常に気持ち悪い。
で、とりあえずどうしようか、今は俺1人なわけだし、戦う以外に選択肢がないのだが……とりあえず話し掛けてみよう、人間の顔だし、もしかしたら通じるかも知れないからな……
「おいこのハゲ、何なんだお前は? ナメクジなのかチャバネのGなのかハッキリしやがれこのハゲがっ!」
『……ハゲって言うな』
「はぁっ? 聞こえません、もう一度言って下さ~い」
『ハゲって、ハゲって言うなぁぁぁっ!』
「うわっ、キレやがった気持ち悪りぃな、汁が飛んでんぞこのハゲッ!」
『ぬおぉぉぉっ! 許さんぞぉぉぉっ!』
とりあえず人間の言葉を理解しているタイプのバケモノであること、そして多少キレ易い性格であるということが確認出来た。
というか、このまま小馬鹿にしていったら普通に『憤死』するのではなかろうか? そうすればこの気持ち悪いハゲ頭やナメクジボディーに触れることなく、俺の力を証明……いや、今回は『勇気』を示す必要があったのだ、つまりそれでは拙そうな感じだな……
『ぬおぉぉぉっ! 殺してやるっ! 貴様を殺して俺も死んでやるぅぅぅっ!』
「うわっ、マジで汁飛んでっから、汚ったねぇしついでに中身まで腐ってんのかよお前! 何が貴様を殺してだ、勝手に隅っこの方で寂しく死にやがれこのハゲッ! 寄ってくんじゃねぇボケがっ!」
叫びながらズイズイと迫ってくるナメクジハゲゴキ野郎、もう戦うしかない、戦って、物理でブチ殺して俺様の勇気と力を証明する他ないのだ。
ご指摘の通り聖剣など持ち合わせていない残念勇者の俺は、その代わりとして与えられた聖棒を構え、迫り来るトンデモ物体にそれを突き立てる。
入った、確実に良い一撃が、人間の、ハゲのおっさんの顔面部分に直撃、弾け飛んでブッチュブチュのグチャグチャになった。
これで俺様の、こんなキモいモノに立ち向かう勇気が証明……されていませんね、普通に再生しやがりましたね、はい。
このナメクジ野郎、そう簡単には倒せないどころか、今のを受けてなお、先程のハゲ発言に対する怒りの方が上回っている様子。
もしかするとだがとんでもない強敵ではなかろうか、ここは一発、気合を入れて討伐してやるとしよう……




