806 これかも知れない
「……と、これで手持ちの『赤いモノ』は全部終了だね、スッカラカンだよ」
「うわ~っ、これでもほとんど伸びないんだ、先は長いわねぇ……」
「大丈夫さ、絶対に何か『供物メーター』をグイグイ伸ばす裏技がある、いやないはずがないんだ、それを探そうぜ」
「とはいっても……と、リリィちゃんが手に持っているのはどうですか?」
「あ、コレ忘れてた、ほいっ!」
『弱き者共ぉぉぉっ……ぷちゅんっ……』
「……消えちゃった」
最後にリリィが投げ込んだのは、先程までトラップをサーチするのに使っていたルアー、ではなく中ボス溶岩野朗の細かくなったモノ。
何やら叫びながら賽銭箱様の『供物BOX』の中へと消えていたのだが、帰って来ない辺り受理されたらしい。
ただ、供物としてはイマイチであったようで、メーターの方はまるで動いていない、シケた野郎だ。
だがまぁ、赤いものとはいえ雑魚でサイズも小さく、そもそも比較的効率の良い食べもの系なわけでもないからな。
あのようなゴミであって、それが最後に俺達の役に立てたのだ、誇りに思いながら『赤ひげの玉』を開放するための養分になるが良い。
しかしこれで本当に手持ちの『赤いもの』はなくなってしまったな、このまま諦めれば数万往復、きっと数年を掛けてそれを完遂することになるのであろう。
それはさすがに無理があるし、そんなことをしている間にせっかく追い詰めた魔王軍が息を吹き返し、人族の地を蹂躙するのは目に見えている。
どうにかしてこの場で良い案を、一気に『赤ひげの玉』を開放することが出来るような効率の良い供物を考え出さなくては……
「で、どうするよ、試しにそこの死体でも入れてみるか? ボスサラマンダーの」
「良いけど、キモいから触らないわよ私は」
「しょうがないな、じゃあ俺がこの手を汚してでも……手を洗う水ぐらいは出してくれるんだよな?」
「もちろんよ、有料だけど」
「足元見てんじゃねぇよっ! このっ、ベッチョベチョの死体に触れた手で顔を触ってやるっ」
「ひぃぃぃっ! ちょっ、さすがに冗談じゃないわっ! やめっ、イヤァァァァッ!」
「ほれほれっ、次はこの潰れた頭の一部を……ってアッツゥゥゥッ!」
「馬鹿ね、サラマンダーは死んでもしばらくアッツアツなのよ、触れるものすべてを焼き払うほどにね」
「それを先に言えよな、まぁ良いや、アッツアツついでにこれを供物として……それっ!」
精霊様とくだらないバトルをしつつ、本来の目的である故ボスサラマンダーの供物化を試みる。
ボディーは赤いし、これも赤リンゴやその他赤系の海産物と同じように力を発揮してくれることであろう。
そう期待して賽銭箱的な形状をしたそれへ、まずはその頭の部分を……と、『赤リンゴ』300個分程度はメーターが伸びたか? 300個分といってもほんの僅か、焼け石に水どころか焼石の方を投入しているにすぎないのだが……
ついでに本体の部分も投入、こちらも頭の部分と同様の伸び率しか得られないようだな。
本体の方がボリュームはあるが、やはり貴重な首級と違ってそこまでの供物的価値はないと、そういうことか。
しかしこのボスキャラでも一応は供物になるということが判明したな、本当に少しずつではあるが、それでも1匹で俺達が一度に持ち込むことの出来る供物の量と同程度には価値がある。
これは次以降も使うとしよう、ボスサラマンダーはどうせ次までにリポップしているはずだし、またブチ殺して生贄、ではなかった供物にしてやれば良いのだ。
……と、ここで思い付いた、そうか生贄か、何も殺さずとも、生贄にすれば死体以上の供物ポイントを得ることが出来るのではなかろうか。
「なぁ精霊様、あのボスサラマンダー、生きたまま賽銭箱に放り込んだらどうなるかな?」
「さぁ? まぁでも、少なくとも今の感じよりは高いポイントを得られるはずよ、何でも活きの良い方が価値があるってのが鉄則だし、それは間違いないわ」
「そうか、『赤ひげの玉』め、本当にグルメな奴だな」
「……で、勇者君、今度こそ何もなくなってしまったようだが、どうするかね? というか、NEW新サルヤマーが少し怪我をしているようだ、パイナップルの破片を受けたかな?」
「ええ、大丈夫には大丈夫なんですが、そういう系の魔法薬が欲しくもありますね」
「っと、それは気付かなかったっす、しょうがない、一応怪我をすることも想定して、アイテムもバッチリにして再度ここへ来ますか」
「……そうだね、また供物を持って、道もわかっていることだし今度は30分も掛からないと思うからね」
「では勇者様、あの、向こうでかわいそうな姿勢のまま固まっている副魔王の方は……」
「縄で括って引っ張って行こうぜ、あの状態でもちゃんと入り口まで転移することを期待しつつな」
「じゃあ、私が引っ張るわね、行くわよっ」
ということで一時撤退とする、供物メーターはまだまだほんの僅か、『もしかしたら少し経験値を得ているのかも知れない』ぐらいの微妙な伸びしか得られていない。
だがそれに関しての対処方法が未だわからない、そして供物となるものを使い果たしてしまった、さらには今まで黙って我慢していた怪我人の存在も発覚してしまったのである。
これはもう一度帰還するしかないのだ、というかそもそも、どうしていくべきかについてはこの先の往復の最中に考えれば良くないか?
初回はバナナ……〇ンポコボートに乗りつつ、火の魔族の里の歴史などについて紹介を受けるアトラクションを楽しんでしまったのだが、次回以降はそれを眺めている必要もないのだから……
「よっしゃ、じゃあ副魔王の奴はここへセットして、全員この魔法陣に入って……で、どうやって作動させるんだ?」
「え? あ、あそこにレバーみたいなのがありますけど……遠いですね、誰かが行って操作しないと無理みたいです」
「じゃあその人は?」
「転移の魔法陣には入れませんね、見たところタイマー式ってわけでもなさそうですし」
「これ1人犠牲になるやつじゃねぇかっ! 何だ? 『俺のことは気にせず早く行けっ!』みたいなのをやれってか? 冗談じゃねぇぞ馬鹿野郎!」
ダンジョン等からの脱出に際してのありがちな展開、そう、誰かを犠牲にして、そいつの死を乗り越えて安全な場所へと移動するタイプのクライマックスイベントだ。
もちろんこの突入部隊の誰かをここに残していくことは出来ないし、そのつもりも毛頭ない。
もし残したとしても後で必ず迎えに来るのだ、もちろんその際は代わりにここへ置いて行くべき『LV1の商人』を仲間にして連れて来るのだが。
まぁ、そんな古来より仲間に置き去りにされがちな『LV1の商人』についてはどうでも良い。
この誰かを犠牲にして帰るタイプの仕掛けには致命的な欠陥なのか、それとも悪意なのかはわからないが、とんでもない結果となる可能性が秘められている。
そもそもこのボス部屋兼火の魔族の里地下空間の終着点、最初に入った段階で出現するボスサラマンダーによって1人、次に宝箱の溶岩によって1人、最後にもう一度装備していたであろう『水っぽい衣装』によるまさかの裏切りによって1人、合計3人の死者が出る仕組みなのだ。
で、一般的な探索者のパーティーが4人であることを考えると……最後の1人、全ての仲間を失い、辛うじて生存したその探索者は、決して自分を乗せて発動することのない転移魔法陣のレバーを、離れた場所から寂しくガコンガコンと、そしてそのまま朽ち果て……悲しすぎるではないか。
もしそれが、ここまで辿り着くような優秀な探索者のパーティーが、そういう結末を迎えることを狙ってここが創られたのだとしたら、一体その創造者は何を考えていたというのだ?
少なくともリピーターが出るとは思えない、それどころかリピートする前に一度はいったら出て来られない、そんなアトラクションを開設した意図が知りたい。
まぁ、アトラクション自体は元々俺達、つまり当代の勇者や英雄を迎えるための施設を流用したものであり、入り口付近で一般の、観光客のような探索者が遊ぶ分には良いのかも知れないが。
とにかく一度も戻ったらダメ出しをしておこう、奥の方、特に変なボートと『水っぽい衣装』をゲットする辺りから先が凶悪すぎると。
そしてもしかしたらその意図を知っているのかも、いや知っている可能性が比較的高い年寄り連中に、どういうことなのかと質問を投げ掛けておきたい……ここから全員で出られればの話だがな……
「う~む、誰かが残ってレバーを引かなくてはならない、そしてそれをやるとしたら野郎である俺か紋々太郎さんだ、まさか女の子に風呂もトイレもないここへしばらく残ってくれとは言えないからな」
「それで、もちろん英雄はこんな場所に残せないわよね、主役なんだし、つまりここは脇役たるポンコツ異世界勇者のあんたが残るべき、そういうことよね?」
「至極辛辣だな精霊様は……だが実際その通りだ、それ以外に方法はないといえよう」
自らが残るという決断をしたことを表明しておくポンコツではない異世界勇者様たるこの俺様。
これは自己犠牲の精神によってなされたものであり、後の世で称賛されるべき伝説の決断だ。
まぁ、考えてもみよう、まず俺の仲間達、リリィはまだ子どもで、そのお子様をこんな場所へ残して、大人達が脱出するわけにはいかない、本人は別に気にしないであろうが、世間の目がそれを許さないのである。
次にマリエル、俺が実質所属している王国の第一王女様だ、事件を起こした悪い姫につき、王位継承権は剥奪され、罰として俺達、つまり勇者パーティーでの活動をさせるべく預かっているの状態。
で、さすがにその何も知らない大衆から人気のマリエル様を、こんなわけのわからない場所へ置き去りにすることなど出来ない、これも世間の目によるものだ。
次に精霊様、コイツはもう次元が違う、俺様よりも、そして英雄たる紋々太郎よりも、そして自分の中では当然に女神よりも偉い存在なのである。
それに対して、『この地下空間の劣悪な環境にてしばし待機せよ』などと上から目線で命じたらどのようなことになるか。
言うまでもない、ムカついて暴れて、この地下空間を、そして島国を消滅させるに違いない。
あとは紋々太郎を除く英雄パーティーのメンバーなのだが、この3人は現状で比較的戦闘力が低く、NEW新サルヤマーことカポネに関しては受傷までしている。
よってそのカポネを始め、この3人をここへ置いて行くリスクは非常に高く、何よりもこんなに可愛いのにかわいそうなのだ。
よってここは俺様が直々に漢を見せる以外の方法がない、汗などでベタベタ、そして先程ボスサラマンダーのご遺体に触れたため少し不快だが、ここは我慢する他なかろう……
「よっしゃ、じゃあそういうことだ、全員魔法陣に入って……いや、ちゃんと迎えに来てくれよ」
「わかっています、すぐに酒場へ行ってLV1の商人を連れて来ますから、それまでエッチな妄想でもしていて下さい」
「おうよっ、じゃあこのレバーは俺の手で……」
「ちょっと退いて、危ないわよ、私が水を放って水圧で動かすから、巻き込まれないでね」
「……えっと、そうなると俺はどうなるんだ?」
「別にそこにいる意味はないわね、ほらっ、退いて退いてっ、それっ!」
「ちょっとまっ……待ったぁぁぁっ! 俺も入れてくれぇぇぇっ!」
なんと、別に魔法陣の中からレバーを操作することが出来たというのだ、水を自在に操ることが出来る精霊様の力を用いて、極めて簡単にだ。
それを知らなかった俺を小馬鹿にするために、あえて俺だけが覚悟を決め、魔法陣の外に出たタイミングでそのことを発表。
慌てふためき、ダッシュで中へ戻る俺を見て笑っている精霊様に対し、魔法陣の効果で転移しつつの拳骨を喰らわせてやった……
※※※
「ふぅっ、どうにか間に合ったぜ、馬鹿にしやがってこのっ!」
「いてててっ、そんなに拳骨しないでよね、ちょっと悪戯しただけじゃないのっ」
「ちょっと悪戯どころの騒ぎじゃねぇだろっ! それとも何か? 皆の前で尻叩きの刑の方が良かったか?」
「ひぃぃぃっ! そっ、その屈辱には耐えられないわっ」
その後、調子に乗った精霊様に謝罪させつつ、戻って来た里の中心にある井戸の横、地下空間の入口から周囲を見渡す。
特に変な所へ来てしまった様子もないし、メンバーも全員揃っているので大丈夫そうだ。
そしてハピエーヌが『担当者』の復活を阻止すべく呼んだ『何かババァみたいの』もその場で、椅子に座って編み物をしている。
で、肝心の『担当者』は……こちらも大丈夫、まだ薄汚い死体のままだ、引き続きこの『何かババァみたいの』、ではなくどう見ても普通のばあさんに監視を続けて貰うこととしよう。
「……うむ、とりあえず他の仲間と合流しないかね、そういえば最近影が薄くなってしまっている者も多いからね、少し登場の機会を提供しないとだ」
「ええ、特にどっかのPOLICEとか、この間死にかけて以来居るのか居ないのかといった感じで……まぁ良いや、とりあえず行きましょうか」
突入部隊に選抜されなかった仲間達は、今は普通に火の魔族の里にある宿泊所で待機しているらしい。
その旨を案内係でもあり、どうやってかはわからないが俺達の帰還を知ってやって来たアスタから聞く。
ということで一旦仲間達と合流し、久しぶりに登場するフォン警部補がそこに存在し、物理的に消えたり、薄くなってしまったりしていないことを確認しつつ、ついでにこれまでの報告もしておく。
供物の量が半端でない程度には必要であること、そしてその必要量を満たすために、このままでは凄まじい回数の往復を要求されることなどを伝えると、仲間達は休憩がてらここで会議をしてはどうかといい始める。
本来は早く行動を再開したいのだが……まぁ、それでは体力の限界が来てしまう、ここで一度座り、茶でも啜りながら少し考える時間としよう……
「う~ん、結構距離があって、乗り物が必要で、しかも凄い量の『赤リンゴ』を賽銭箱に入れないとなのね?」
「そうなんだよ、誰か良い考えを出してくれ、なるべく安全で、もし可能であれば遠征スタッフのモブに死人が出ない方法でな」
「難しいですね……あ、ご主人様、バケツリレーなんてどうでしょうか? 入口から一所懸命……」
「いや、ルビアの案は難しいな、どちらかというと入り口から灼熱エリアよりも、その先からラストまでの距離があるんだ、バケツリレーだと火の魔族の人達だけじゃ長さが足りなくてな、どうしても遠征スタッフの一部ががその灼熱エリアに入ることになる、まぁ即死だよきっと」
「そうですか、いいぇ、つまらない案を出してしまったので鞭でお仕置きして下さい……あひぃぃぃんっ!」
単に鞭で打たれたかっただけであろうルビア、まともに考えるつもりなど毛頭ないのはバレバレだ。
他にも意見を募ってみるが、皆遊んでいたり興味がなかったりと、一向に良い案は出てこない、というか話を聞け。
ちなみに、居残り班の中で真面目に考えている様子なのは、セラとミラ、ジェシカの3人のみである。
一応案を出したルビアはともかく、カレンとマーサ、ユリナにサリナは全く参加してこない。
アイリスは話を聞いているようで実はボーッとしているし、エリナに至ってはどこへ行ってしまったのかさえわからない状況。
いや、それだけ今回のミッションが『無理ゲー』であるということだ、考えても何かが解決するわけではなく、特に普段は賢いメンバーほど、考えるのを放棄しがちなのかも知れない。
そんな中でブレずに真面目なジェシカ、一番人間が出来ているのだが、そこそこに変態で色々と倒錯しているのが玉に瑕。
まぁそんなことはどうでも良いとして、そのジェシカが何やら思いついたような顔をしているではないか。
俺達の話の中からヒントを感じ取ったのか? それともこれまでの経験から解決策が見つかったのか?
とりあえず本人が話し出すようなので、その内容を聞いてみることとしよう……
「……ふむ、今の話の中で思ったんだが……最後の敵、ボスサラマンダー? それを討伐した際には報酬らしきものがなかった、そういうことだな?」
「そうなんですっ、せっかくでっかい宝箱が出たのに、中身はドロドロの溶岩だけだったんですよっ、プンプンッ」
「おう、普通の人間じゃ傾けないと開けられないぐらいに巨大な宝箱でな、きっとありゃ溢れた溶岩をブッカケするトラップだって話になったんだよ」
「なるほど、となるとそれはそれで、つまり討伐後に出現したのは再度のトラップで……実はその後にまだ報酬が出現することになっていて、それこそが供物の量を抑えるカギになるのでは?」
「っと、おぉっ! その可能性があるな、あの○ンポコボートも最初はショボい引換券だったんだ、だとすると今度も『供物買取価格500,000万%UP券』みたいなのが出たりしてな」
その可能性は十分にある、そしておそらく正解を知っているのであろう里の上層部に、それで合っているのかをなんとなく確認しておこう。
いくら俺達が世界を救う旅をしていて、この里に祀られた『赤ひげの玉』は俺達のために用意されたものとはいえ、その仕掛けを解くための大ヒントをそう易々とは与えない、与えてはいけないルールなのかもかも知れないが。
まぁ、それ以外にもコイツ、地下で救出して運び出して来た副魔王(固形)を預ける必要もあるのだし、すぐにその上層部連中の所へ行くこととしよう。
必死で考えたジェシカの力により、何となくではあるが解決策のようなものが、それに至るためのキッカケが見えてきたような気がする。
あとはそれが正解であることを信じつつ、もし当たらずとも遠からずであった場合には、臨機応変に行動を修正出来るだけの準備をしておくのだ……




