805 供物問題
「よぉ~し、じゃあリリィ、扉を開けて良いぞ」
「はいっ! よいしょっ! ほぉっ!」
「っと、この先の部屋は暑くないようだな、普通の気温だぞこれは」
「……あまり暑い場所だと『赤ひげの玉』が腐ってしまうかも知れないからね、ここだけ意図的に良い環境を設けたのであろう」
「いや、『赤ひげの玉』って生モノなんすか……まぁ良いや、これならもうこの重くて邪魔な衣装もしばらくは要らないっしょ」
「そうですね、でも帰りにまた使いますし……副魔王さんをここへ置いて、その上に掛けておきましょう」
「何だか『ご遺体』みたいになってしまったんだが……」
灼熱の流れる溶岩プールを抜けた俺達、その先にあった扉を空けると、いかにもという感じの広い場所へ出た。
壁も天井も溶岩ではなく、床に至ってはタイル張りになって輝きを放っているではないか。
そして気温は23度程度、これまでがあり得ない、人間の生存出来る環境でない場所であったことを考えるとかなり異常な変化だ、風邪を引いてしまうかも知れない。
で、その快適すぎる部屋の奥には……確かに見えている『赤ひげの玉』が鎮座したらしき祭壇。
遠いため、そして社のようなものに阻まれているため本体は見えないが、そこにそれがあるのはもう間違いない感じだ。
その祭壇を見て早速近付こうとするのは早く帰りたいマリエルだが、もちろん精霊様が手を引っ張って制止する。
ここから『御本尊様』までの間には罠か、或いはラスボス的な何かの発生装置があるに違いないのだ。
まずはそれがどんなモノなのか、最強であるこの俺様達にさえもダメージを与えるようなシロモノなのか、そこを確認してからでないと迂闊には近づけないのである……
「え~っと……うむ、リリィ、ポケットに何か入っているか?」
「石ころがそこそこと、さっき捕まえたコレです、ちなみにもう要りません、良く見たらあんまり可愛くないし」
『……弱き者共よ、早く元の場所に戻りたいんですが?』
「あぁ、じゃあ要らないそれに紐でも付けて、向こうに投げてみてくれ、かる~くな」
「わかりました、じゃあこの変なのに紐を……こんな感じで……それっ!」
『弱き者共よぉぉぉっ! へぶっ……』
「よしっ! ナイスキャストだ、そのまま手元まで引くんだ、ズルズルとな」
「はいっ!」
『んべべべべっ……』
紐の付いた中ボス溶岩野朗、それを釣りでもするかの如く前へ投げ、そして引き摺って来る。
戻って来たら角度を変えてさらにもう一度……うむ、今サーチした範囲内には特に困ったものは存在しないようだな。
ということでそのまま今の『調査済みエリア』を進む、そこからもう一度溶岩野朗を使ってサーチ、更に前へ進む、といった感じで慎重に安全圏を拡大していく。
なお、既に調査した場所については、溶岩野朗の放つ熱によってタイルが焦げていることで判別することが出来る、出来るのだが……部屋が広い分全てを調べていくと効率が悪いな、少し的を絞ろう……
「リリィ、ここからはもっと前側だけをサーチするんだ、横のどうでも良い場所は見なくて良い」
「わかりましたっ、行けっ、サーチベイト1号!」
『フンギョォォォッ……ゴリゴリゴリゴリ……ふべぽっ!』
「ヒット! 何か魔法陣に引き寄せられてこれ以上引っ張れませんっ!」
「おっ、遂に何かが……これはラスボスの登場かな? いきなり身動きが取れなくなって、出現と同時に大ダメージを喰らうとかそういう形式での出現のようだっ!」
「何だか良くわかりませんが……また私達が戦うんでしょうか?」
「いや、今回は時短のために俺達で始末する、安心して後ろで見ておけ」
『はぁ~っ、良かった~っ』
安堵の表情を見せる英雄パーティーメンバーの3人、だが今回はともかく、次以降、もちろん俺達がこの島国を離れた後は、自分達の力で今回出現しようとしているような強敵と戦わなくてはならない。
それを理解するのはまた今度か? とにかく今はこれからのラスボス戦に備えて……と、出やがったではないか。
巨大な口がバクンッと、床をすり抜けるようにして出現、地面に落ちていた中ボス溶岩野朗を飲み込んでしまった。
おそらくはこれが最初の攻撃、迂闊に進んで行ったパーティーは、先頭を歩いていた1人がこの場で喰い殺されて退場してしまうという、1点のビハインドを抱えたままの戦闘開始になるということだ。
で、そのまま全体が床から現れたのだが……これはそこそこに巨大なサラマンダーというやつだな。
全身のそこら中から火が出ているのだが、それがこのバケモノの熱さを物語っている。
ちなみに全長は10m前後、ビジュアルとしてはオオサンショウウオを何倍にもして、カラーをイモリにして、ついでにそれに火を点けた感じのものだ。
そして何やら……苦しんでいるのだが? 直前に何かダメージを受けるようなことでもあったのか?
『げぇぇぇっ! がぁぁぁっ! ぺっぺっ!』
「あっ! 私のルアーが吐き出されちゃった……」
「仕方ないな、フックを装備していなかったんだ、次はちゃんとしようぜ」
「はーいっ……でも何でせっかく食べたものを吐いたんですか?」
『ぺぺぺっ……馬鹿野郎このヘンテコな生物めがっ! しかもガキだしよぉ、あのなっ! 俺様は猫舌なんだよ、覚えておきやがれこのガキッ!』
「いや、その見た目で猫舌とか言われても困るんですけど……」
なんと人語を解するバケモノであったか、しかし態度が悪い、そのうえ『見た目に反して猫舌であった』という、それを知る前までの状況では如何ともし難いことについてキレているのが非常にムカつく。
というかその目の前のリリィ、お前なんぞとは比べ物にならない次元の上位種、ドラゴン様だぞ。
本気を出せばこの地下施設ごと、もちろん大切な『赤ひげの玉』ごと消滅させることも可能なのだが?
まぁ、今は人間の見た目をしており、それを見てヘンテコな生き物と呼びたくなるのもわかるにはわかる。
このような巨大生物からすれば、人間など矮小でキモい生物にしか見えないのであろうからな。
が、だからといってこの態度は良くない、ここはディスられた張本人、ドラゴンであらせられるリリィ様直々に処断して頂くこととしよう……
「じゃあリリィ、殺ってしまって良いぞ、一応はリリィが釣ったんだから、自由にして良いはずだ」
「わかりました、じゃあこの人とスタイルを合わせて戦ってあげましょう」
『なぁ~にを言ってんだこのヘンテコ生物共めが、あ、てかコイツ良く見たら裏ルートの更に裏ルートの中ボス溶岩野朗じゃねぇか、随分縮んじまったなぁ、おい、それからこっちのガキは……随分と大きくなられましたね……』
『じゃ、もうやっつけますよ』
『あの、すみませんすみません、まさかドラゴンのお方だったなんて、私如き爬虫類の底辺、地を這い単に火を吹くだけのゴミ雑魚ウ○コキャラが調子に乗ってしまって……』
『ウ○コって言っちゃダメなんですよっ!』
『プギィィィッ!』
久しぶりのドラゴン形態となったリリィの踏み付け攻撃、ボスサラマンダーは背中を踏まれ、その部分だけ妙に凹んでしまった。
なお、さすがはそういう生物だけあってまだ命には別状がないようだ、ということで次の一撃、いや連続で四撃……今度は足が全部ぺちゃんこになった、これではもう逃げ出すことも出来まい。
さらに尻尾を先端から踏み潰し、ついでに炎でない、通常の息を吹き掛けてその体表面の温度を下げ、ついでに火が点いていた部分を消化していく。
どうやら火が消えると、というか表面温度が下がるとヤバいようだ、その部分にはバキバキッとヒビが入り、終いには砂のようになって崩れ去ってしまう。
そして全身がそのような状態になったボスサラマンダーは……諦めたと思いきやまだ逃げようと必死ではないか。
頭だけがもがき、その下のボディー部分を完全に自切してしまおうと必死な様子である。
おそらくあの状態からでも再生することが可能なのだな、だが頭が必死に逃げているということは、そこを潰してしまえばお終いということだ……
「リリィ、最後にちゃんと頭を潰しておけ、プチッとな」
『はーいっ!』
『やっ、やめてくれっ、やめてくださいぃぃぃっ! のわぁぁぁっ……ぺちゅっ……』
『大勝利!』
「よし、良くやったリリィ、ついでに発生した宝箱もオープンして良いぞ」
『わかりましたっ、ごっほうび、ごっほうび……何コレ?』
ボスサラマンダーを討伐したことによって出現した超豪華な宝箱、ドラゴン姿のリリィにとってはともかく、俺でもその開く部分に手が届くかどうか微妙な高さである。
もし俺が、というかリリィ以外の仲間がこれを開ける場合には、予め傾けてからオープンしないとならないのだが……唯一上から覗くことが可能なリリィはその中身を見て微妙な表情をしているではないか……
「どうしたリリィ? 中身が腐ってんのか?」
『違うんです、全部溶けちゃってるんです、熱くてドロドロになって、普通にアッツアツの溶岩しか入ってないです』
「……それに手を突っ込んで掻き回しているのかね君は? 改めて凄いな普通に」
宝箱の中には溶けた岩、つまり溶岩のみしか入っていないと主張するリリィ、しかもこれまで見てきたモノよりも遥かに温度が高いらしい、まぁリリィにとってはぬるま湯程度にしか感じないのであろうが。
しかしこれは本当に危険な、マジオーラストラップであったな、ボスを討伐して出現した巨大宝箱、大きすぎるので傾けて開けたら溶岩がバシャーッと。
おそらくここまで辿り着くことが出来た探索者パーティーは、この部屋の涼しさを受けて邪魔な『水っぽい衣装』をOFF、通常の、より防御力が高くなる装備でサラマンダーとの戦闘に臨むことであろう、俺達もそうであった。
最初にここへ到達して、やれやれと思って奥の祭壇へ近付く、途中でボスサラマンダーの攻撃を受けて仲間が喰われ、ようやく討伐したと思ったら今度は中身が溶岩の宝箱。
これで少なくとも2人は死亡するはずだ、通常の探索者が4人パーティーであることを考えると、このあともう1人ぐらい殺害するようなトラップが残っていそうなのだが……
「う~ん、祭壇の前が危険よね、この感じだと絶対何かあるに違いないわ」
「精霊様もそう思うか、というか全会一致でそういう結論に至るだろうな、何もないということはないであろうよ」
「でもどうやって攻撃してくるのかが……一応あの防御用の衣装を着ておきましょ」
ということで『ご遺体』ではなくまだ中で生存しているのだが、とにかく騎乗姿勢でカッチカチに固まった状態の副魔王に掛かっていた『水っぽい羽衣』を取り、全員で装備する。
あるとしたらおそらくは炎系の攻撃だ、そうに違いない、これさえ着ていればそのような攻撃は……待てよ、設計者側からしても、この『溶岩宝箱』を生き延びたメンバーが、再度衣装を着込むのは想定済みなのではなかろうか……
「おいっ、ちょっとコレ拙いぞっ! すぐに脱ぐんだっ!」
「……我もそう思ったっ!」
「へっ? あっ、はいっ!」
「ちょりーっ」
「よいしょっと」
「まぁ、そういうことよね、マリエルちゃん……は手遅れみたいね」
「いや、狙われたのは1人だけ、マリエルだけだったみたいだ、この衣装……じゃなくてスライムだな、とんでもない罠だぜ」
「関心してないで助けて下さいっ! 服が溶けて素っ裸になってしまいますよっ!」
「いや、別に良いだろ、その格好で帰れば皆同情してくれるぞ」
「そんなっ、お気に入りの超高級ドレス……じゃなくて今日はジャージなんでした、溶けても構いませんね」
「素っ裸になるのを気にしていたわけではないんだな……」
などと言いながら『水っぽい衣装』、ではなくそれが変化して襲い掛かってきたスライムを引き剥がすマリエル。
全部は溶けていないのだが、所々に穴が空いたジャージというのもそこそこにエッチだ。
もちろん高い防御力ゆえ肌にダメージを負ってはいないのだが、これも通常の探索者であったら今頃は骨と化していたことであろう。
ボスサラマンダーに1人、宝箱の仕掛けで1人、そして再装備した『水っぽい衣装』が実は罠で1人。
本来は4人であろう探索パーティーのうち、3人をここでロストすることになるのか、なかなか過酷なアトラクションだな。
しかもその探索パーティーというのは、最初に紐を引く仕掛けで敵を討っただけでなく、『水っぽい衣装』まで獲得してここへ到達した優秀なパーティーだ。
それがこんな場所でアッサリと……いや、もしかしてキチンとセーブしてあれば本当に死んだりはしないのか? 良くわからないが、次は俺達もどうにかセーブしておきたいものだ、まぁ、別にしなくとも大丈夫ではあろうが……
「で、これでようやく祭壇に近づくことが出来るってわけだな」
「でも『水っぽい衣装』は全部消えちゃったわね、あのバナナ……じゃなくてとんでもないモノを模したボートもそうだけど、益々帰ることが出来なくなってしまったわよ」
「それはどうにかなるような仕組みになっているだろうよ、とりあえず祭壇だ、祭壇……目の前の賽銭箱みたいなのが妙にデカいんだが?」
「あそこに供物を入れるのね、それから……あっちのは転移装置、ほら、『入口へ戻る』って書いてあるわよ」
「なるほど、ここで供物を備えて、あの転移装置から入り口の井戸へ戻るのか……でも来るときはもう一度今のルートを来ないとならないんだよな?」
「たぶんそうね、宝箱3つの中ボスとゾンビを倒して、トンデモボートと衣装をゲットして、ここでサラマンダーを討伐して、みたいな感じで」
「そりゃ大変だな、出来ることなら数回の往復で済ませて欲しいものだ」
「……そうだね、とにかく供物を捧げてみよう、この賽銭箱の中へ入れれば良いのだね?」
「みたいっす、え~っとリンゴリンゴ……」
ようやく辿り着くことが出来た祭壇の前、賽銭箱の向こうに見える神棚のような社には扉があり、まるで通夜のときのように固く閉ざされている状態にある。
おそらくは規定量の供物を備えることによってその扉が開き、中から開放された状態の『赤ひげの玉』が出現するのであろうが、その供物の量が問題なのだ。
神棚の上に見えるのは横一直線に伸びた温度計のような棒、というか明らかにメーターである。
あのメーターが振り切るまで、供物によるポイントを獲得しなくてはならないということだな……
と、ここで紋々太郎が持ち込んでいた『赤リンゴ』を取り出し、袋ごと30個程度を賽銭箱の中へ……中のリンゴはフッと消えてしまったようで、力の抜けたようになった袋だけはヒラヒラと、風に乗るようにして払い戻された……
「……これで奉納が完了したようだね、『供物メーター』の方は……まるで進んでいないような気がするのだが?」
「いえ、ほんのちょっと、本当にちょっとだけ進んでいるわ、ほら、良く見るとここ、僅かに赤いメーターが出てるのよ」
「いやちょっとすぎんだろっ! そんなんMAXまで狙ってたら日が暮れるどころか年が明けんぞマジでっ!」
「そう言ってもねぇ……」
ここで生じた問題、いや当初からわかっていたのだがあまり考えていなかったことである、そう、必要とされる供物の量が異常なまでに多く、何度往復してもミッションを完遂することが出来そうにないのだ。
今持って来ている『赤リンゴ』を始め、マグロやイクラ、ボイルしたエビカニなど、赤いものを全て捧げたとしても、おそらくは数万分の1程度しかメーターが進まない。
数万分の1、つまりそれだけの回数、数万分の数万になるまで、ここと火の魔族の里の井戸を往復しなければならないということ。
冗談ではない、もっと効率の良い方法を考えないと、そんな気の遠くなるようなことをこの場でやっていられるほど、世界を救う異世界勇者様は暇ではないのだ。
ということで少し考える……供物は何でも良いのか? そう思ってカッチカチに固まった状態の副魔王を持って来て、そのまま賽銭箱へ放り込んでやる。
……ダメだ、『赤いもの』でない限りは全く受け付けないようで、先程のリンゴが入っていた袋と同様、拒絶されて賽銭箱の枠を捉えることが出来なかった。
となるとお次は……赤いものか、ちょうど良い場所にちょうどいいモノがあるではないか……
「リリィ、ちょっと火を噴いてみてくれ、賽銭箱に向かってな」
『わかりましたっ! すぅぅぅっ……』
大きく息を吸い込んだリリィ、直後、全力のファイアブレスが賽銭箱の中にブチ込まれる。
これだけの熱量があれば、そして深紅の炎であれば、こんなメーターなどあっという間に……増えないではないか。
というか賽銭箱の上に何か表示され始めた、何と書いてあるのか……っと、警告文だ、『供物BOXを破壊しないで下さい、これ以上指示に従わない場合、これまでの供物供給量を全て取消し、以降100年間の受付を停止する可能性があります』だと……これは拙い。
「リリィ! ちょっとストップだっ!」
『ふぁっ? あっ……』
「ギョェェェェッ! 俺を燃やすんじゃねぇぇぇっ!」
うっかりブレスを噴いたまま振り向いたリリィ、当然頭が向いたのは叫んだ俺の方向である。
おかげさまで全身真っ黒焦げにされてしまったのだが、まぁ、このぐらいは舐めておけば治るであろう。
とにかく賽銭箱、ではなく『供物BOX』というのか、まぁどうでも良いが、それがヘソを曲げる前に炎をブチ込むのを停止することが出来て良かった。
しかしなるほど、供物は『赤いモノ』ではあるが、物体ではない真っ赤な炎を直接入れてやるのはNGということか、まぁ、転移前の世界で考えれば、神社の賽銭箱に電子マネーのコードを翳しているようなものだ……それで良い神社もありそうだがな。
いや、そんなことよりも本題に戻ろう、この供物についてだ、明らかに必要量が多すぎる、どれだけ往復してもそれには足りることのないこの供物。
絶対に何か仕掛けがあるはずだ、一旦この場で考えることとしよう、入口へ戻るのはその後だ……




